表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/165

026 看病

 ・・・・ガッキン。・・・・ガッキン。・・・・ガッキン。


 洞窟内に響き渡る高音に近い音。しかも、そこそこ聞こえるのではなく、思いっきり聞こえるレベルの音量。


 騒音とも言える音が、もし家の近くで行われていたら間違いなくご近所から苦情の嵐であるだろう・・・それほどの音だ。


 現在レオンハルトは、とある場所の洞窟に一人で来ていた。


 なぜ洞窟に?と思うかもしれないが、レオンハルトはこの洞窟内で必要な物を揃えるため、必死につるはしを振るい採掘作業をしていた。


 事の発端は、彼がワイバーンを討伐して数日後。


 ワイバーンの素材をどうするのか、みんなで話し合った結果、ブラックワイバーンとホワイトワイバーンの素材を自分たちで使うことが決まった。


 と言うより討伐をしたのはレオンハルトなので所有権は彼もしくは彼らにあるのだが、要は売らずに使うという事。


 使い道として、ブラックワイバーンとホワイトワイバーンの表皮を衣類と防具関係に牙、骨などは防具の装飾品や武器、アクセサリーに決まり、肉類は基本食材に決まり、最後に内臓系や血、目玉などは錬金術の材料にする事が決まった。


 決まったのは良いが、衣類関係でお世話になっているプリモーロの所のハンナや武器防具関係でお世話になっているイリードの所のトルベンの所へ持って行くも、流石に困惑していた。


 それもそうだろう。


 急に高級な素材を持って行き、これで武器防具や衣服を頼むと言っても困るのは目に見えている。


 衣類に関して言えば、ハンナは染め物を主に布系を扱う店で魔物の革や獣の革を使った衣類はあまり手を出していないそうだ。


 ハンナの知り合いに魔物の素材から衣類作成が出来る人がいるとの事で、その人と一緒に作業してもらう事になるが、幾つか素材が足りないとの事だ。


 因みにブラックワイバーンから、男性陣の戦闘服としてレオンハルトは、ブラックレザーコート、ダーヴィトはブラックレザーアーマー、全員分の外套を作成する事になった。ダーヴィトのレザーアーマーは途中からトルベンが仕上げるようになる。


 レオンハルトの要望したレザーコートとは違いレザーアーマーは金属も使用するため、鍛冶師としての技術も要求されるからだ。


 ホワイトワイバーンから、シャルロットのホワイトレザーコート、リーゼロッテのクリムゾンレザードレスアーマー、ホワイトではないのは彼女の希望で染め直しをしてもらうからだ。他は、ちょっとおしゃれな私服に回す。


 エッダはと言うと、少しだけ取っていたワイバーンの物を使用するそうだ。色合い的に其方の方が好きなのだとかと言う理由だったが、上位種に比べ一段防御力が下がるので、裏地に別の魔物の革を使用して補う事にした。種類としては、ジャッケット風にお願いしている。槍を振り回す際に邪魔にならないようにするための配慮だそうだ。


 素材が余れば、ハンナたちで使ってもらっても良いし、他に服などもお願いしておいた。


 足りない素材に関しては、シャルロットとリーゼロッテが担当した。


 この二人なら色々物入りになっても集められるだろうとの判断とトルベンの方は力仕事になりそうと言う理由からだ。


 そのトルベンだが、武器防具関係で、色々お願いをするが、此方も手持ちの素材だけでは製作が出来ないとの事で、幾つか指定された魔物を討伐する事となった。


 ヴェロキレイオスの鉤爪、ジャイアントセンチピードの外殻、ドーベルバスクと言う犬系の魔物で体長二メートルのやや凶暴な種類の牙、フャイヤーボアと言う全身を火で覆った猪系の魔物の火種、ジェムスコーピオンと言う背中に宝石を付けた蠍系の魔物の宝石部分、その他は鉱石関係や魔法(マジック)(パウダー)などだ。


 どれもダーヴィトとエッダの二人で捕ってこれる物なので、魔物の討伐と素材集めをお願いした。ジャイアントセンチピードやヴェロキレイオスは、恐らく仲間になった頃の二人では、実力不足で返り討ちになっていただろうが、今はかなり鍛えたおかげで対処できるに至った。それを言い渡された時の二人はかなり驚いていたが、実際に付き添って二人だけで戦闘してもらい。倒せることを確認するとかなり驚いていた。


 そして、残るレオンハルトは鉱石関係や魔法(マジック)(パウダー)の調達にマウント山脈へ赴く。ワイバーン戦の際にざっとしか調べていないが、かなり良さそうな場所を幾つか見つけていたのだ。ついでに行ってしまえば、そろそろアシュテル孤児院を出る直前に試作で作っていた銃、その改良を行いたいと考えてもいたので、数日はマウント山脈で一人過ごす事となった。


 それが、現在一人で採掘をしている理由だ。


 互いに五日後、イリードの冒険者ギルドに集まる事にしているが、それよりも早く終われば、他の仲間の手伝いをするようにしている。


 まあ、どの内容も五日以内には終わらない物ばかりだ。レオンハルトに関して言えば、鉱石集めにそこまで時間は費やさないだろうが、銃の完成となると恐らく誰よりも時間がかかる。場合によっては完成に半年近くかかっても可笑しくはない。


「ふう。このぐらいで良いかな?」


 そう言うと、足元に転がる大きめの石、岩というのが正しいのかわからないが、それらを拾い魔法の袋へ収納する。


 一応、回収した岩の中に鉱石が混ざっている。本来はこれらを更に道具などで削り土の部分と鉱石の部分をわける作業があるのだが、それはベースキャンプに戻ってから行うことにしている。


 次の場所を探すため、探索魔法の一つで『地中探知(アクティブソナー)』で鉱石や宝石の原石を探す。この魔法はそれ以外にも地中に変わった物や水脈、地脈なども探す事が出来るし、地中の中の魔物も多少は感知できる。


 ただ、訓練次第による部分が大きく。使える者の多くは、鉱石や宝石類のみの様だ。


地中探知(アクティブソナー)』で、数メートル先にも何やら鉱石っぽい反応があるし、反応からして少し希少(レア)鉱石の可能性があった。


 それから、午前中いっぱいを採掘に時間を割き、昼食を取るため一度ベースキャンプへ戻る。ベースキャンプの位置は、近くにあった河原より少し離れた位置に設置している。強いて言えば森の境目辺りだ。


 普通キャンプなど河原の河川敷にキャンプを設置したがるだろうが、川辺の近くは雨などで氾濫する可能性が強く。また、魔物や獣も生き物には変わらない。そうなれば必然的に水場にそう言った魔物たちも集まってくる。そこにキャンプしていれば、是非狙ってくださいと言っている様なものだ。隠れる場所すらないのだから・・・。


 簡単に昼食を作ろうとするが、自分が掘削作業で身体中土埃を被っており、服も汚れている。・・・何より汗で服がべたついているので、衛生上宜しくないのと不快感を取り除く為、川の水で身体を綺麗にしようと道具を持ち其方へ進む。


「あー。やっぱり川の水は、冷たくて気持ちいいな」


 全裸でダイブ・・・なんてことはしない。タオル用の布を水で濡らし、上半身裸になって汗を拭きとっているのだ。


 ついでに、汚れた服も洗っておく。魔法で綺麗にする事も出来るが、、こうやって洗い干すのも良い部分があるので時間に余裕がある時は、基本的にこうして選択をしている。


「ん?」


 洗っていると、ふと川の上流から何かが流れてきているのが見えた。『鷹の(ホークアイ)』を使用し、それが何なのか確認をする。


(あれは・・・人か?死体なの――――いやっ生きている!!)


 生命反応を感じ取ったレオンハルトは、すぐさま川へ飛び込み救命救助に向かう。本来なら魔法で飛んでいくって方法もあったのだが、そんな事を忘れるぐらいに危ない状況にあった。


 生命反応を感じ取れたその人の生命は、かなり弱々しくなっていて、今にも消えてなくなりそうな状況だ。しかも最悪な事に生きている事が分かった直後、流れてきた人物は川に沈んでしまった。


(くっ!!間に合うかッ!?)


 意外とこの川の水深は深く。浅瀬の流れは穏やかなのに対し、その人物が沈んだ辺りはそこそこ流れが急である。水中に潜り、溺れた人物を探す。


 「ぶはっ、はあはあ。おい、きみ大丈夫か!?おい」


 溺れた人物を見つける事は出来たが、大量に水を飲んだのか、声をかけるも反応はない。とにかく急いで水辺からでなくてはと考え、川岸へ移動する。


 助け出した子を抱えると、漸くその人物がどんな人なのか認識できた。


 小柄な金髪の少女。年齢的に言えば自分たちと同世代ぐらいで美少女の分類に入りそうな感じだ。顔や身体に無数の痣や傷があり、衣類も辛うじて残っている程度しか着ていない。半裸から全裸にかけての間ぐらいだろうか。


 また、服が白っぽい事もあり、残っている衣類の部分も水に濡れた事であられもない姿になっている。透けているのではなく、張り付いてその身体のスタイルが良くわかる。それが白っぽい衣類ならちょっと拙い感じに見えると言うわけだ。


 そんな事に意識を向けているとある事に気が付く。


「え?息・・・していない?まさかっ!!」


 そう。彼女は息をしていなかったのだ。


 その事に気が付いてレオンハルトは、彼女を降ろし、心臓が動いているのかを確認する。


 ・・・・。


 心臓も動いてはいなかった。


 すぐさま、心肺蘇生を行う。この世界では、基本心臓が止まってしまうと蘇生する方法がないが、そこは前世の知識を持つ彼だからこそ行える医療行為。


 いまでこそ、人工呼吸や心臓マッサージ(胸骨圧迫)、自動体外式除細動器、通称AED(エーイーディー)など一般人でも講習が行われ、誰でも行えるようになっているが、昔はそうではなかった。


 この世界も一部の人が知っているのか、若しくは医療よりも治癒魔法が発展したため知らないのかは不明だが、間違いなく普及されてはいない。


 再度、呼吸の確認を行い更に『構造解析(スキャン)』、『分析(アナライズ)』の魔法も使用する。身体の体内がどうなっているのかを確認する必要があるからだ。


 その後、気道確保の為に首のあたりに布を丸め簡易枕を作り、(あご)を引いて人工呼吸を行う。こういう時にアンビューバックがあれば良いのだが、そんなものはない。仕方がないので、彼女の鼻をつまみ、口を重ねて息を吹き込む。


 肺が膨らむのを確認し、二度行うと今度は心臓マッサージ(胸骨圧迫)を行う。レオンハルトも何度か講習は受けた事はあるが、実践するのは初めてなので、一つ一つ思い出しながら慎重に進める。


 講習を受けているから、そんなの知っていると言う奴ほど、実際そう言う現場に行けば慌ててしまい。何らかのミスをしてしまうのだ。


「胸の中心・・・ここか。そして、両手で肘を曲げず、垂直に体重を開けていく。一、二、三、四、五・・・・・・」


 一分間に百回圧を掛ける様に行う。ある程度行うと人工呼吸を二回。終われば心臓マッサージ(胸骨圧迫)を再開する手順を繰り返した。


 講習の経験とヴァーリから与えられた知識を使い、きちんとした心肺蘇生を行う事が出来たおかげで、少女の口から大量の水が噴き出された。


「ごほっごほっ」


 如何やら息を吹き返したようだ。だが、衰弱しているのは変わらない。息は吹き返すも意識が戻っていないのだ。


 ベースキャンプまで戻り、すぐさま治癒魔法『中級治癒(ハイヒール)』を掛けて、傷や痣を消していく。後は泥だらけの身体に生活魔法『清潔(クリーン)』で綺麗にし、濡れた身体は『乾燥(ドライ)』で乾かす。破れた衣類に関しては直す事が出来ないので、下着から何まで脱がし、彼の私服から無難な物を彼女に着せた。


 服やスカートだけでなく、下着も損傷が激しいが、此方は修復すれば問題ないレベルなので、後で修復する事にする。


 後は、水に浸かっていた事により身体が冷え切ってしまっている事と疲労や栄養が不足している様なのでそのあたりの対応が必要になる。まずは、屋外で焚火をして冷えた体を温める事にした。


 ただ、流石に地面に寝かせておくのは、忍びないので簡易ベッドを取り出し外に設置。ベッドだけではあれなので、タープテントも設置しておいた。


 前世で見たら普通にキャンプに見える光景だろう。ベッドが些かおかしい気がするが、これが設置型のハンモックなら問題ない気もする。


 まあそんな馬鹿な話は置いとくとして、次に取り掛かる事にする。治療魔法は、傷などは癒せるが、失った血液や体力回復、病気などはあまり効果がない。なので、意識がない人でも水分摂取や栄養を入れるため、ある物を作る事にする。


 そのあるものとは点滴だ。


  実は、前回子供たちを助けた時に点滴の重要性を感じ、それからちょっとした時間を見つけては点滴に使用する道具の開発や点滴液の比率の配合を研究。ちょっとした栄養補給が行える点滴液や水分補給用の点滴液にその他、状況に応じた複数の点滴液を用意していた。点滴液から道具までの作成を何の知識もない状態で作るとなれば一生かけて研究しなければいけないだろうが、前世の知識や恩恵を活用。更に高いレベルの応急処置が行えるように前世の少年時代に祖父から叩き込まれた事が、今となっては大きな助けとなっている。


 魔法の袋から点滴用のチューブと針を取り出す。容器に関してはプラスチック容器なんてものがないのでガラス容器となってしまった。チューブも点滴用のチューブの様な点滴筒や流す量を調整するクランプ、混注ポートと言ったものはついていない。普通のチューブだ。分かりやすく言うと注射をするときに腕を縛る駆血帯(くけつたい)みたいなものだろうか。


 まあ、これは天然の樹脂ゴム製品だから害はなく。問題がないように何度も試行錯誤して作った代物なので、万が一って事態もないはずだ。


 クランプの仕組みも分かっているが、素材となる物がないので、作成していない。まあ、今回はチューブを軽く縛って調整する。


 点滴の中身は、蒸留水に塩を混ぜた即席の物に、水薬(ポーション)と万病薬を加える。これで、傷口から入った病原菌に対する対応も出来るだろう。輸血も行いたいところだが、こればかりはどうする事も出来ないので、点滴に頼るしかない。


「意識が戻り起き上がる事が出来れば、もう少し栄養価のある物を食べさせれば良いだろう。それより、着ていた服はボロボロになっていたけど、生地自体は良い物だったし、分かる範囲での装飾品も見た事がないぐらい豪華に見えたな。極めつけにこれか」


 彼女の服を脱がせている時に腰のあたりに装備していた豪華な短剣。武器としても使えるのだろうが、それよりも高貴の身分だと証明する物なのだろうかと言うぐらい派手な物だ。しかも刀身にはどこかの家の家紋の様なものが刻み込まれていたのだ。


 どこかで見た様な気がしないでもないが、忘れているという事は大したことではないのだろう。


 処置やら後片付けやらで、気が付けば日が傾き始めている時間だった。昼食食べ損ねたなと考えながら夕食の準備をする。一応何時目が覚めても良いように彼女の分も作っておく。あまり、胃に負担のかからず、かつ栄養価のある物。まあ、安定の野菜スープあたりが良いだろう。


 食事を終える頃、彼女の点滴も二本目に突入する。若干冷えからか微熱が出ていたので、解熱作用のある薬草のエキスを追加し、水薬(ポーション)も濃縮の物に変更した。ついでに、額へ濡らしたタオルを置いておいた。


 熱が出ている時は、余り下げない方が良いのだが、この程度ならそこまで問題にならないだろう。


 夜中の間に昼に作業をしようとしていた。鉱石の摘出作業を行う。岩を少しずつ砕いて中の鉱石を取り出す作業だ。大体は、鉄や銅と言ったものがとれていたが、中にはバラニア鉱石やクロマイト、それに少量ではあるが、金や銀も摘出できた。


 他にも宝石類も少し取れたが、小粒故商品化は難しい感じだ。色も若干濁り気味でもあったので余計に売れないだろう。宝石類は鉱石と違い透明度や輝き大きさなど厳しく判断される。幾ら輝きが良く透明度が素晴らしくても極小のサイズであれば商品としての価値はない。


 最悪加工により更に小さくなる場合もあるのだ。と言うよりもほぼ小さくなる。


 摘出を終え、次は自身の銃の改良を行っていく。課題としては、一、二発しか撃てない物なので、これをもう少し弾が込められるものにする予定だ。具体的に言えば六連式リボルバーだろう。


 今までの物とは違う構造をしており、一から作り直す。作り方は知識として得ているので、然程難しくはない。ただ微調整や細かなパーツ作成に時間と労力を費やすが。


 日が昇り始めた頃に漸くその作業も終えた。まあ一刻半で完成できるほど単純な構造でもない。きりが良かったとも言える時間でもあった。


 彼女の傍へ行き、体調を確認する。


「熱は下がったようだな。まだ意識が戻っていない様だが、そのうち目を覚ますか」


 彼女の額に置いていたタオルを回収し、傍に置いていた(たらい)へ入れる。


「んっ・・・こ、ここは?」


 タオルを取った事で目が覚めたのか、タイミングよく目覚めたのかは不明だが、彼女は意識を取り戻した様だ。


「気が付いたのですね。大丈夫ですか?」


「え?・・・・あ、はい。大丈夫です?」


 何故、疑問系で返されたのかは不明だが、意識はしっかりしている様子。救出した時は、かなり非道い状態だったので、最悪の場合は目覚めても自我があるか分からなかった。まあ、意識混濁や記憶喪失の可能性も捨てきれてはいない。


「自分が誰なのか分かりますか?」


 彼女は一瞬何を言われているのか理解できない様な、そんな表情で此方を見てくる。彼女からすれば、見ず知らずの男から・・・しかも、此処が何処なのか分からない。何が起きているのか分かっていない状況なのだ。それを一番初めに聞かれたのが、自分の事が分かるかどうかなのだ。


「・・・・え?あ、はい」


 戸惑いながらも返事をする彼女、余りの状況がつかめず、自分が今横になっている事に気が付いた為、重い体を起こそうとする。だが、腕に力を入れた瞬間に鋭い痛みが身体に走る。


「痛ッ」


 身体が何でここまで重く怠いのか、わからなかったがそれよりも先に何故腕に痛みが走ったのか理解できずにいた。そこで痛みを最初に感じた所へ視線を向けると、見た事がない何か太い糸の様なものが腕に突き刺さっているのが分かった。しかもその先にはガラスの容器に入った謎の液体付きだ。


 身体に何か毒物でも流し込まれている。そう錯覚した彼女の表情はみるみる青くなっていく。


「あっ。動かないで、今点滴をしているから」


 見知らぬ男性に声を掛けられるも、彼の言う点滴が何なのか分からない。毒の種類だろうか。そうであるなら一刻も早く抜かなくてはならない。先の痛みでも分かったし、痛みを感じてからと言うもの徐々に何かが刺さっている場所に痛みがジワジワ強くなっているのを感じた。


「あー。やっぱり漏れてしまってるね。痛かったでしょ、ちょっと抜いておこうか」


 レオンハルトは、彼女の腕の状態を確認すると点滴針を指していた場所が、少しずつ腫れてきているが分かった。俗に言う漏れが発生したのだ。


 これは点滴をしたことがあるものならば、一度は経験した事があるかもしれない現象。血管内に入れている薬液が体動などの原因で血管外に出てしまい。皮下の周囲組織に漏れてしまい、注射部が膨張しやがて、浮腫となってしまう。この際に不快感や鈍痛、冷感を感じてしまうのだ。


 だが、そんな事を知らない彼女は、腫れる。鈍痛がある。冷たくなる感覚。それらを踏まえて身体に良くない物を入れられたと勘違いしても可笑しくはないのだ。


「これは、点滴って言う治療法の一つなんだよ。きみの身体に直接栄養や薬を入れていたんだけど、今動いた衝撃で針がずれて薬が間違ったところへ入ってしまったんだ」


 レオンハルトは、今起こっている事を丁寧に教えていく。


 説明している間に、手早く点滴針を抜き、少し血液が滲み出てくる注射部を事前に煮沸消毒をして乾かしておいた布で軽く圧迫をする。


 そして、チューブや点滴針を片付けていく。点滴針などは、そのまま置いておくと他の者、この場合自分自身になるが、誤って自分に刺さらない様にするためだ。この様な事をきちんと行わなければ、彼女が血液系の感染症を持っていた場合、二次感染する恐れがあるからだ。


 まあ、万病薬を入れている段階で、血液感染が仮にあったとしても治しているだろうが。それでも、こういう事は守らなければ何時か重大な事故につながる。


 空き瓶の中に針だけ入れて蓋をし、チューブと共に魔法の袋の中へ収納した。


「さて、説明は以上になるけど・・・・。その様子は信じていないって感じだね。まあ無理もないか」


 一通り説明したが、彼女にとってそれが真実かどうかなど分からない。


だが、説明を聞いてからか、気が付いた時には腕の鈍痛はなくなっていた。それに毒を入れられたにしては、不調らしい不調は感じられないのだ。とは言っても最初からある身体の怠さはそのままではある。


 説明は納得できないと言うか分からないし、結果として不調も消え始めているのが現状、信じざる負えない状況と助けてもらった事へのお礼を述べる。


「・・・この度は助けていただきありがとうございました。・・・ええっと」


 名前を知らず、何と呼べばよいか分からなかった彼女に対して、レオンハルトは自己紹介を始めた。


「俺は、レオンハルトと言います。えぇっと、一応旅をしながら薬師をしている・・・この点滴と言う治療法は門外不出の方法になるので、出来れば公にはしないでいただきたい」


 これで、点滴についても深く追及されることはないだろう。冒険者と名乗らなかったのも点滴の治療法を信用させるためでもあり、実際に水薬や解毒薬、病気用の各種薬もある程度作れるため強ち間違えではない。


 それに旅をしていると言う表現を用いていれば、居場所を教えなくても済む上、一人で行動していたのにも説明がつくからだ。更に加えれば、彼女の身に着けていた物や仕草で良い所の御令嬢だと言うのは理解できる。上級貴族であれば、使用人や他の者たちを使って探しに来る事も考えられたし、この国に薬師は居るが、流派なんてものがあった場合説明が出来ない。旅人であれば他所の国から来ていても可笑しくはない。


 そんな色々な諸事情も含まれていた。当然、一人旅であるからして戦闘技術やサバイバル技術も持っていても不思議ではない。


「その様な秘技で助けていただいたなんて、誠にありがとうございますレオンハルト様」


 先程のお礼がきちんと言えてなかったと言わんばかりに、改めてお礼を述べる。しかも、ご丁寧な事に深く頭を下げてのお礼だ。


「様なんて呼ばれるような身分でもないから、普通に呼んでくれるほうが良いな」


「わかりました。レオンハルト殿、申し遅れましたが、私レーアと申します。是非、レーアと呼んで下さい」


 レーアと名乗る少女を見ながら、彼女が性を言わなかった事に何かしらの事情があるのだと推測する。普通、平民があの様な服を着ているはずもないし、この様な言葉使いもまずしない。貴族は豪遊しているイメージが強いが、それと同様に(しがらみ)や争いもあるのだろう。


 そして彼女も、何らかの理由で命を狙われた可能性も捨てきれない。出なければ、あのような満身創痍の状態で川から流れてくる事はないし、彼女が着ていた服の一部は焼け跡の様なものがあった。


 単純に川の上流で足を滑らせたりして落ちたにしては、不自然な痕跡だ。


 まあ不慮の事故って言う線も考えられない訳ではないが、まず低いであろう。


 そして、服に付いた焼け跡を思い出した拍子に、レーアが腰のあたりに装備していた豪華な短剣の事を思い出し、それを彼女に渡す。


「・・・え?いつの間に・・・あれ?この服は・・・・あ、あの、私が着ていた物は・・・」


 渡した短剣を見て、腰につけていた装備が無くなっている事に気が付く。更にその時初めて自分自身の服装が変わっている事に気が付いた様子だ。


 服を脱がす。その行為は素肌を見ると言う事。しかも、感覚的に下着類を身に着けていない事も分かり、レーアの表情は徐々に赤面し始めた。


「あ、あ、あの。・・・・わ、わたく、しの・・・は、はだ、裸を・・・・」


 年頃の女性からすれば、同年代の男性に裸を見られる行為はどれほど恥ずかしい物があったのだろうか。その事に漸く理解したレオンハルト。


 レーアからすれば同年代だが、レオンハルトからすれば娘程の精神年齢程の差がある。ある意味失念していた部分もあり、すぐさま謝罪をした。


 謝罪と当時の様子。また、レーアが身に着けていた服なども一緒に渡す。渡す際に、下着も見えない様に一緒に返す。下着は修復をしておいたが、彼女に身につけさせていなかったのは、ある意味彼の落ち度ではあるが、そこにはきちんと理由もあった。


 脱がせた下着を再度、穿かせる行為は流石に躊躇(ちゅうちょ)したからだ。と言うよりも修復後にそのまま銃の改良作業に入っていたので忘れていた部分もある。


 その説明を聞いたレーアは、まるで蛸が茹で上がっていくようなそんな風に赤面し、最後は顔から湯気が出ているのではないかと錯覚してしまうぐらいになり、顔を伏せてしまった。


「見られた、見られた、見られた・・・・・」


 小声で連呼するレーア。余程恥ずかしかったのか、中々現実に戻ってこなかった。流石に話が進まないので、きりが良さそうな所で声をかける。


「ひゃ、ひゃい」


 声を掛けられたレーアは、動揺が言葉として合わられたのか、返事が噛み噛みだった。更に噛んでしまった事が恥ずかしさを増した様で、顔の赤みは一向に収まらない。


「取りあえず、もう少し休んだほうが良い。それと何か食べれるか?問題なければ直ぐに準備するが・・・」


 レオンハルトの言葉で、漸く自分が空腹だと気が付いたのか、それに合わせる様にお腹の虫が鳴る。レーアは失態ばかり見せてしまったようで、慌てふためいていたが、そこは精神年齢が大人であるレオンハルトのさり気無いフォローのおかげで、すんなりスルーされる。


 彼女をベッドに座らせたまま、一度焚火の所へ戻る。焚火の近くには既に料理が出来上がっていたので、再度温め直すだけで済む。それ程待たずレーアの元に戻り、簡易テーブルを設置、その上に彼女用の食事のトレーを置いた。


 メニューとしては、消化に良い山菜の温野菜、パンと山羊乳、それに砂糖やシナモンを粉末状にしたシナモンパウダーを入れたパン粥、肉をトロトロになるまで煮込んだ。野菜と岩豚のスープだ。


 岩豚は、岩の様な頑丈な皮膚で覆われた豚だ。分類として獣に属するが、弓矢や剣などでは余りダメージを耐えられない上、普通に体当たりをしてくればかなり痛い一撃をくらう事になる獣だ。ただ、肉は濃厚且つ栄養価も高いので、その肉を一晩中煮込んでいた代物だ。病人でなくても普通に食べられるし、小さい子供でも問題ない品だ。


 パン粥もパンをドロドロになるまで山羊乳で煮込み、砂糖の甘さと高カロリー、シナモンの香りや胃健作用、更に糖尿病予防効果を持っているので、一緒に入れた砂糖の余分な糖質を押さえてくれる品だ。


 出された品をすべて平らげた彼女は、そのまま満足そうな表情で再び眠りについた。食べると言う行為は思いの外体力を消耗する。それを残り僅かしか残っていない体力をすべて使い食べたのだから仕方がないだろう。










 どれほどの眠りについていたのだろうか。次に目が覚めた時には、丁度朝日が昇る処かそれとも日が沈み暗くなる境目の時間なのかはわからなかったが、恐らく朝なのだろうと考えていた。


 彼女の読みは正しく、今は彼女が眠りについた翌日だ。


 太陽が昇る頃、それこそ真っ暗な闇が日の光で消え払われているそんな感じの時間帯だ。ふと、体を起こしてみると、昨日の時の様な点滴と言う名の治療行為は行われておらず、代わりに薬の様なものが机の上に紙と共に置かれていた。


「目が覚めたら服用してください・・・これを飲んだらいいのかな?」


 濃縮された水薬(ポーション)の様だが、何故か色合いが知っている物と違った。水薬は橙色に少し赤を足した様なそんな色をしている。水薬(ポーション)は普通緑系が多く。青系もそこそこ出回っている。だが、彼女の手に持つ水薬(ポーション)の色はこれまで見た事がない。


「そう言えば薬師と仰っていましたね。何の薬なのでしょうか?」


 疑問に思いながらも指示通りにその赤っぽい橙色の水薬(ポーション)を飲み干す。普通なら疑い飲まないはずだが、これまでに見せられた点滴や針、それに一時的とはいえ呼吸が止まってしまっていたのに対しても彼女が知らない治療技術で治してしまったのだから、疑う余地がすでにないのだ。


 因みに、彼女の飲んだ橙色の水薬(ポーション)は、体力回復水薬(スタミナポーション)と言うレオンハルトオリジナルの水薬(ポーション)だ。普通、水薬(ポーション)は傷を癒すか魔力を回復させるものしかなく、体力を回復させる事は出来ないと言われていた。


 出来ないとされる水薬(ポーション)をたった一晩で作り上げてしまったのだ。これまでその類のものが必要とされていなかった事が多く準備もしていなかったし、作ろうとさえ考えていなかった。だが、レオンハルトは彼女の為に作ったパン粥・・・それの材料に使ったシナモンパウダーに着目し、考え抜いたのがこの水薬(ポーション)だ。


 簡単に言えば、生薬を煎じて飲む様なものだろうか。前世で知られる数種類の生薬を組み合わせ、そこに魔力を込めながら煮詰めて作ったのが体力回復水薬(スタミナポーション)なのだ。


「うっ・・・にが、い」


 生薬と言えばものによるが苦みが強いものも存在する。今回使用されている生薬も苦みが多少強いものが多い。そんな代物を圧縮し濃縮させているのだから、苦くない訳ない。


「あれ?でも、さっきより身体の調子がいい?」


 苦みに耐えつつ飲み干すと次第に彼女の体力が回復し始めた。そして、ものの数分で立ち上がれるほどまでになったのだ。


 ベッドから立ち上がり、近くにあった棒を杖代わりにして外へ出る。


 焚火の火種は辛うじて残っていたが、それも僅かと言う程度。近くには調理道具なのだろう機材が複数と少し大きめの鞄が置きっぱなしになっている。


 周囲を見渡しても誰もいるような様子はない。不思議に思ったレーアは、彼を探すためベースキャンプを後にする。


 川辺まで移動するとそこには座ってのんびりしているレオンハルトが居た。近くまで寄って初めて彼が何をしているのか理解する。


「魚・・・ですか?」


 レオンハルトは、細長い棒に先から延びる糸、糸の先に変わった形状の何かが付いていた。俗に言う魚釣りだ。そして、彼の手にも今まさに釣り上げたばかりの川魚がおり、それをさっと捌いて、水の入った容器に入れていた。


「ああ、おはようございます。歩けるまで回復したみたいですね」


 そのまま他愛ない話をしながら、ベースキャンプへ戻り、朝食を済ませた。朝食のメニューは、串刺しで焼いた川魚と山菜サラダ、魔法の袋に入れていた白パンと果実水だ。


 話の時に知った事だが、レーアから釣り竿の事を聞かれた。この世界にも一般的に普及しているが、彼女はそれを知らない様子だった。一般的に普及はしていても何方かと言うと網で一気にとる漁の方が支流だから、ある意味娯楽に近い。貴族令嬢ともなれば知らない者もいて不思議ではなかった。


「さて、言いづらいかもしれないが、何があったんだ?」


 ここにきて、漸く彼女の経緯を聞く事にした。そうしなければ、彼女が回復してきている今何をしなくてはいけないのか、明確にしておく必要がある。


 それに、何があったのかが分かれば、この後の行動指針を決めやすい。此処で別れるのか、何処かの街まで付き添うべきなのか。仮に前者だとすれば、それは彼女を探して仲間か誰かが迎えに来ると言う場面(シチュエーション)


 後者の場合は、そもそも彼女が何処にいるのか分からず探し回っている可能性だ。普通探し回っているなら、彼女の発見された川の上流をレオンハルトが探せば解決すると思うかもしれないが、この世界は広大だ。運良く見つかる可能性は、無くはないが低いと言える。


 それよりも街の冒険者ギルドで捜索の依頼をかけ、冒険者を使った人海戦術の方がまだ可能性があるとなれば、冒険者ギルドがある最寄りの街へ行くのが得策だ。


「・・・・そうですね。何があったのか、分かる範囲でお伝えします」


 父親と兄の要請で、隣国へ赴く事になったレーア。一般に使用する経路が使用できない状況になり急遽、このマウント山脈を越える道を進む事になった。だが、此処でも数日前に降った大雨の影響で、主の山道が使用できない状況。仕方なく旧山道を使用したが、その道中にワイバーンの集団に襲われ、護衛の人が何とか戦っていたのだが、自分の乗る馬車がワイバーンによって持ち去られてしまったのだと説明する。


「・・・・此処でもワイバーンか」


 レオンハルトは彼女の話を聞き、前回戦闘したワイバーンの事を思い出し、小声で呟く。


「何か仰いましたか?」


 彼の独り言が自分に対して何か言われたのかと思い訪ねるが、彼からは何でもないと言われ、話を再開する。


「基本、馬車の中に居ましたので、道をどう進んだのか、戦闘でどうなったのか分かりません。辛うじて戦闘中に馬車から降りて逃げるよう誘導してくださいましたが、それも断念せざる負えない状況となり、再び馬車の中へ避難しました。ですので、此処からは馬車の中で起こった事を話します」










 馬車に乗り込んだレーアと老魔法士。


 馬車に身を潜めていると援軍と思われる騎士たちの声が聞こえ始めた。


「朗報ですぞ姫様。如何やら偵察部隊が戻ってきたようじゃ」


 だが、戦闘が激しくなるにつれて別の問題が発生した。ワイバーンが撤退を始め出したのだ。しかもただ撤退するのではなく手見上げの如く。兵士や馬車馬を鹵獲し空へ舞い上がったのだった。


 その事に気が付いたのは、もう少し後だったが、連れ去られる時は馬車の車内は、傾き外で何が起こっているのか分からなかった。


 一瞬、橋から落ちかけていると思ったが、馬車が持ちあがり、傾きが完全に縦になってしまった。咄嗟に椅子のひじ掛けにしがみついた私と老魔法士は、足元へ荷物が落ちた拍子に後方の扉が開いてしまい。そこから見える光景に絶句してしまう。


 そこには、地面がかなり遠くにある状態で、馬車自体が空を飛んでいると理解したからだ。落ちれば間違いなく落下死してしまう。ひじ掛けを如何にか攀じ登り、椅子の背もたれを足場にして窓の外を見る。


「――――ッ!!う・・・・そ・・・・」


 外の光景は、丁度別のワイバーンが存在しており、足で捕らえていた兵士を口元へ投げ飛ばし、そのまま捕食している場面だった。


「姫様見てはなりませぬ」


 老魔法士がその光景を見ていたレーアに見ないよう忠告するが時すでに遅し。その残酷な光景を目にしたレーアは、更なる絶望感に襲われる。


 自分たちも同じような結末を迎えるか、捕まっている馬が捕食されれば転落の道を歩むかの違いだ。生存確率は絶望と言っても良い状況だった。


 それからしばらく、いつ落ちるか分からない状況怯えながら過ごしていたが、不意に外から声が聞こえたので、再び窓から外を眺める。


 声の主は、捕まり気絶していた兵士が目を覚まし、どうにか脱出しようと予備武器である短剣をワイバーンの足に突き刺した所だった。


 ワイバーンの苦痛の痛みによる鳴き声と同時に捕まえていた足の力が緩み。兵士は落下するように落ちていく。彼の落下先は川が流れており、うまく飛び込めれば生存できると判断しての行動だったのだろうと老魔法士に教えてもらうが、落下の途中に別のワイバーンに追いつかれそのまま食いちぎられてしまう。結局、川に落下したのは、兵士の右足と右手のみで残りは胃の中へ収まると言う結果に終わる。


 だが、その様子を見た老魔法士が、神妙な顔でレーアに声をかける。


「姫様。脱出は彼の様に川へ飛び込む案で行きましょう」


「ですが・・・・先程の兵士も失敗しました。・・・(わたくし)たちも同じように食べられて終わりです」


 レーアの言う様に、二人して馬車から飛び降りたとしても食べられた兵士の様に自分たちも同じように捕食されるのは誰が見ても理解できる。しかし、他に案がないのも事実だ。


「大丈夫です。儂に考えがある」


 老魔法士の案は、魔法で馬車と馬の連結金具を破壊し、そのまま落下する。ただし、川に衝突する前に風属性魔法で落下速度を落とし、無事着水すると言う計画だ。


 確かにこの案であれば、先程の様に落下途中で捕食されるという事は無くなる。レーアもこの案に賛同し、最適な落下場所を探した。


 何せ今は岩肌の上空だ。先程の川はもうない。この先に川があるかも怪しいが、川でなくとも身を潜める場所があれば問題ない。


「あれ。川が見えるわ。あそこなら大丈夫ですよね?」


 老魔法士もその川を確認すると頷いて答えた。後は落下のタイミングだ。川の上空に差し掛かる前に留め金を破壊し、落下を川の上で行うようにしなければならないのだ。


 そして、留め金の破壊するタイミングになると、老魔法士は詠唱で待機状態にしていた魔法を発動する。火属性魔法『(フレイム)(ランス)』、槍の形をした炎を三本作り出し、破壊する箇所目掛けて打ち込む。


 炎の熱により金具は、溶け馬車の重みで段々と自戒する。


 だが、予期せぬ事態がそこで起こった。魔法を使った事で、馬車の中に人がいる事を悟られ、ワイバーンの一体に体当たりを受けてしまう。


 馬車は落下と同じに体当たりの衝撃で回るように落下し始めた。


「キャアアアアアアアアア」


 馬車の中は乱立状態になり、不運にもレーアは後方の空いていた扉から外へ放出されてしまった。


 外へ出てしまった事で、そこへ群がろうとするワイバーン。


 もう捕食されると思った瞬間、老魔法士に引っ張られ再び馬車の中へ戻ったレーア。しかし、レーアを助けるために老魔法士は、ワイバーンのいる上空にさらけ出されてしまった。


「姫様。無事に脱出してくだされ、『全方位魔法障壁(プロテクションフィールド)』」


最初から準備されていたかのように発動させる防御魔法。予定だった落下速度を低下させる風属性魔法は、すでにワイバーンに捕捉されている状況では意味をなさなかったのだ。


 ――ガシュ!!


 老魔法士は、魔法と同時に掲げた腕をワイバーンよって食いちぎられた。腕からは血が大量に空中へ撒き散らされたが、そんな事はお構いなしに残った腕で、更なる魔法を発動させる。


「儂の命の一つや二つ。姫様の為なら惜しくはない。炎よ。我が呼び声に答えたまえ―――『(フレイム)(ランス)』」


 十を超える槍の形をした炎を展開し、ワイバーンの注意を自分に差し向ける。補助として風属性魔法『落下速度低下(フォールダウン)』を使用し、自身の落下速度を落として。そうする事で落下する馬車との速度が変化し、より馬車からワイバーンを引きはがせると踏んだからだ。


「姫様・・・・さらばでッ」


 老魔法士は、空中でワイバーンと一瞬だけの時を稼ぐ攻防を終えると満足したように落下する馬車を見つめ呟くが、その呟きは最後まで言い終える前にワイバーンによって捕食されてしまい命を終えた。


「・・・と、私が覚えているのは此処までです。川へ落ちてからは、衝撃で気を失い。気が付けば貴方様に助けていただいていたと言う事になります」


 事のあらましを話し終えたレーアは、気を伏せてしまい。その時の様子を思い出したのか薄っすらと涙を流した。


「すまない。嫌な事を思い出すようなことを聞いてしまって」


 レオンハルトは、そっと彼女にハンカチを渡す。それを受け取ったレーアは、ハンカチで涙を拭きとった。


「いえ、お気になさらないでください」


 その後は、これからどうするのかを話し合う事にする。元々彼女から話を聞いて今後どうするのかを考える必要があった。ただ、話を聞く限り彼女が攫われた場所は此処からある程度離れた場所であるようだ。川から流れてきたので普通に考えれば上流に向かえばよいのかと考えたが、それでは合流する事が出来ないだろう。


 もう一つ彼女の話に出ていた護衛と言うのが、兵士なのか冒険者なのかわからない所ではあるのだが、彼女の捜索をしているのかどうかと言う事が気になる点である。


 彼女を捜索するのであれば近くの街に戻り捜索の為の人数を募集する可能性が高い。だが、捜索するのはマウント山脈だ。そこそこの腕が無ければ二次被害、三次被害を招くだろう。高ランクの冒険者を雇うのであれば、報酬も高くなる。それを払うとなると場合によっては彼女の住んでいる街へ戻る可能性も考えられるのだ。


「実家ですか?王都の中央区になります」


 取りあえず聞いてみた所、思わぬ答えが返ってくる。王都は、普通の平民も多く住んでいるのだが、中央区になると貴族街とも呼ばれる場所になる。それも騎士爵家や準男爵家という下級貴族ではなく、伯爵家や侯爵家といった上級貴族が主にした屋敷を始め、超が付くような高級なレストランや装飾品店などがある場所だ。


「王都か、距離があるな・・・・・送る街は近くても構わないか?」


 本音で言えば王都まで送ってあげたい気持ちもある。だが、レオンハルトも暇ではない。現に今は別行動をしてまでも素材の回収に当たっている最中なのだ。一応彼のノルマはあっと言う間に集め終わっているが、王都まで送っていると数日ではなく十数日は最低でもかかるのだ。


 レオンハルトの問いかけに頷くレーア。


 本当であれば、助けてもらっただけでもありがたいと思っていたレーアだったが、近くの街まで送ってくれると言うのだから、嫌とは言えない。それどころか、お願いしたいと思っていたほどなのだから、頷く以外の選択肢はなかった。


「近場だとナルキーソになるかな?若干離れてはいるけど、セーモの街も近いか」


 以前、商業ギルドで購入した雑な地図を広げて調べるレオンハルト。現在いる場所から近い街を順位答えていた。


 話に出たセーモとは、ナルキーソと王都の間の中間よりもナルキーソ寄りで、尚且つマウント山脈の山道を進むためによる街の一つでもある場所だ。


 花が咲き誇る都市としても知られており、別名花の都とも呼ばれる場所だ。


「出来ればセーモの方をお願いしたいのですが・・・・」


 セーモとナルキーソ。街の発展や大きさを比べれば間違いなくナルキーソの方が大きいと言える。大きい街であれば王都までの定期馬車も出ているし、高ランクの冒険者も少なからずいるため安全に王都まで戻ろうと考えるならば、ナルキーソの方が良いのだが、それを承知でレーアは、セーモの方を希望した。


「セーモか・・・・何か理由があるのか」


「マウント山脈へ入る前に立ち寄った街の一つがセーモなのです。もしかしたら、護衛をしてくれていた人たちが、そこにいるかもしれませんから・・・それに、セーモにはお父様のお知り合いも滞在しています。最悪の場合はそちらに訪ねる事も出来ますので」


 レオンハルトは知らないが、レーアにとってセーモは稀に父親の視察で同行した事があり、且つそこを収める領主の娘とよく遊んでいたのだ。レーアの中ではセーモで捜索隊の編成を行っているかもしれない。いや、ウルリヒ隊長達なら必ずあの場を生き残り、編成隊の準備と捜索隊をしている思っていた。それに最悪の場合、その領主を頼る事も一つの手段として考えていたのだ。


 此処までの事をこの年で考えられるのは、王族として日々勉学に力を入れていた賜物とも言えるだろう。


 その日は、出発に備えた簡単な道具の作成や準備等に励み、翌日の朝に出発する事に決まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ