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025 とある一行の悲劇

暑い日が続いております。

熱中症、脱水症にはご注意を!!

 レオンハルトが、ワイバーンに襲われた商人たちの救出から三ヶ月余り経過した頃、襲撃のあった山道から更に北西に四十キロ近く離れた山々が連なるマウント山脈の代表的な山マウントマウンテン。


 そのマウントマウンテンの隣に位置する標高が小さい山の一角に現在ある一行が、王都アルデレートから隣国であるアバルトリア帝国の首都、帝都アバルトロースへ向かって進行していた。


「ねーサラ?後どれくらいで着くのかしら?」


 とある一行が所持する七台の馬車。その中でも一際豪勢(ひときわごうせい)な作りをした馬車の中からその幼い少女の声が発せられる。その声は同乗者にしか聞こえず、近くにいる馬車を操作していた御者にもその声は届かなかった。


 発言した少女の声が小さかったからではない。どちらかと言えば普通に近い声量ではあったが、御者には何故聞こえなかったのか?


 馬車自体が豪勢で強固に造られているのも原因の一つだが、もう一つ周囲を守るように配置されている兵士たちの身に(まと)っている甲冑や馬の歩く音、そう言った雑音の方が強く近くに居る御者にも聞き取る事が出来なかったのだ。当然馬車の外にいる兵士にも聞こえてはいない。


「姫様。失礼ながら先程も同じような事を仰っていましたが、何度尋ねられても答えは変わりませんよ」


 サラと呼ばれる騎士風の女性は、目の前の少女に対して丁寧に答えを返す。


 そして、そのサラと話をしていたのが、この国アルデレール王国の現国王アウグスト・ウォルフガング・フォン・アルデレールの娘にして第二王女レーア・エル・フォン・アルデレールだ。


 彼女は、今年十歳と言う若さでありながらも、その美貌は他国に知れ渡るほどのもので、アルデレールの美姫とまで呼ばれる容姿をしていた。両親から受け継いだ金色の髪は、まるで絹の様に細く輝き。少しウェーブがかっている髪は、肩のあたりで切り揃えている。この長さだからこそまだ幼さの一面も見えるが、これが長ければ大人顔負けの容姿であったであろう。その時は身長と容姿とのアンバランスが逆に目立ってしまう。


 王族と言う立場から、普段はきちんとした態度をとるのだが、数日馬車に揺られ今は山の中。彼女も年齢に相応しく退屈しているのが伺える。


「だって、お父様もお兄様も話が急なんですもの。わたくし、まだ婚約するつもりはありませんのに、お見合いの話なんて・・・」


 レーア姫は、父である現国王陛下よりお話を持ってきた縁談の為にその縁談相手のいる場所へ赴いている際中なのだ。


 縁談のお相手は、目的地で分かると思うが、隣国のアバルトリア帝国の王族からのお話でもあるため、無碍にも出来ず向かっているというわけだが、彼女はそもそも縁談を持ってきた段階で嫌気がさしていた。


 貴族の結婚と言う者は何かと面倒であるが、なお面倒なのが王族の結婚だ。一般人であれば、好き同士若しくは家同士関係で自由に結婚できる。しかし、貴族はその高貴な血筋に誇りを持っているため、貴族同士の結婚が一般的だ。しかも、貴族の位も両家が同じぐらいではならず、どこかの男爵家へ侯爵家の娘が嫁入りするなどほぼあり得ない。逆なら場合によって第何番目かの嫁にもらう場合もあるが、それでも正妻にはなれない。仮にお互いが好き同士であったとしても。


 貴族とは、自身の恋愛感情よりもお家の存続を第一とするから、貴族の結婚は非常に面倒なのだ。


 貴族でこれなのだから、王族ともなればもっと面倒なのは理解できるだろう。王族に関しては、下手に下級貴族にも嫁には出せないし、上級貴族にもおいそれと結婚させられない。王族との関係を強めると他からの圧力も高まり、貴族間のバランスが崩れる場合もあるのだ。


 実際、それが原因で幾つもの国が滅んでいる。まあこの時代ではあまりないが。


 そう言うわけで、政略結婚の材料として用いられることが多い王族の結婚にレーアは嫌気がさしていたのだ。


 まあ幼少期より数々の縁談を持ってこられては、両者御対面して話をしたりするし、同年代ならまだしも、酷い時は十五歳以上離れた縁談も持ち上がってくるのだから、結婚と言う事に反対する気持ちも分からなくはない。


 彼女の年代ならば尚、恋愛と言うものに憧れを抱くものだからだ。


 しかし、だからと言って結婚しないというのは、王族として難しい。レーア姫の年齢ではまだ結婚していなくても婚約者を決めておいても不思議ではない。婚約をして、お互いが結婚可能な年齢になって結婚するのが多いからだ。


 十歳になるレーアの事心配し、彼女の六つ年上の兄コンラーディン王太子

と父親であるアウグスト陛下が如何にか探してきた相手なのだ。


 数多くの縁談を断ってきた故か、美姫として知られているのにも拘らず、縁談の話が減って困っていた所でのこの縁談だ。


 しかも、縁談の相手は、アルデレール王国と親しいアバルトリア帝国の王族だ。まあ王族と言っても現皇帝の甥にあたる人物で、皇位継承権も七番目と低いが、今年十二歳とレーア姫との年齢も近く。しかも性格は温厚で、民に愛される美少年だとの噂まで耳にしている。


 この相手ならと舞い込んだ縁談を両者最優先事項の様に話を進めて現在に至るのである。


「仕方がありませんよ。姫様に幸せになってほしいとお思いになり、陛下に殿下も色々考えておいでなのですから」


 レーア姫と共に同席するサラは、何処か悲しげな様子で話す。


 サラと言う人物は、本来ならレーア姫の近くに居るのではなく、馬車の外で護衛をするはずの人物だ。年齢は二十台に差し掛かる手前だが、彼女の実力は王国の兵士の中でも指折りの実力者で、その年で既に王家を守る近衛騎士団の二番隊、それの隊長補佐をしている。


 近衛騎士団は全部で七番隊まであり。それぞれに隊長、副隊長と存在している。隊長補佐は副隊長とは別枠で、いわば隊の中で第三席の地位にいる者に与えられる役職みたいな物だ。


 サラは十代の後半でその地位に就いた優れた実力の持ち主と言えよう。それと、サラには別の任務も並行して与えられている。


 彼女の父も騎士として王国に仕え、良く王城に足を運んでいた。その際にレーア姫の相手にと一緒に連れてこられていたのだ。


 レーア姫にとって、サラと言う騎士の存在は、幼馴染でもあり、お姉さんの様な立場でもあったのだ。そんな彼女だからこそと、レーア姫専属の騎士として警護の担当にもなっているのだ。


 二番隊の隊長補佐として、また第二王女レーアの専属の騎士として多忙な日々を送っているのだ。この度も二番隊が護衛を行っているが、現在の立ち位置としては専属騎士と言う役割が非常に強いため、サラはレーア姫の乗る馬車に便乗しているというわけだ。


「レーア様、御寛ぎの所申し訳ございません」


 馬車の外から中年の男性の声が聞こえる。その騎士に声を掛けられ、親しいものにしか見せない砕けた感じの雰囲気は無くなり、姫としての雰囲気を身に纏う。こう言ってはレーア姫が普段は不真面目と思うかもしれないので、訂正しておくが、人は常に気を張っているわけではない。一般人も国王も同じ人間である。だから、必要な時と不必要な時の切り替えがあっても可笑しくはないと言う事だ。彼女の場合、サラと言う存在と二人っきりと言うのが、気を緩めれる時間でもあっただけの話。


 レーア姫に声を掛けられたが、返事をしたのはサラ自身だ。直接話をしないのかと言われれば、答えは否。当然兵士や騎士とも話をする事はある。だが、この場合は普通御付きの者が返答するのが常識だ。ただ、その場合傍にいる侍女が対応するのだが、この場には居ない。と言うより居ないのではなく。同乗していないと言うだけだ。別の馬車に侍女が数名乗っている。


「斥候部隊より連絡がありまして、この先の山道が如何やら先日の大雨で土砂崩れをしているとの報告をありました。徒歩でも難しい状況との事です」


 五日ほど前に大雨が降り、近くの街で立ち往生したのを思い出す。その際は只、足を止められたという感覚にしかならなかったし、雨が止んでから多少、道がぬかるんでいたぐらいで、大きな被害報告も聞いていない状態だったのだ。


 如何やら被害が出たのは、マウント山脈の山道周辺の様で、此処までの道のりでは被害らしい被害は分からなかったが、登るにつれて被害が見え始めたと言う事なのだろう。


 この場で考えても何も変わらないので、代案がないかをその騎士に尋ねる。恐らく二番隊隊長ウルリヒなら既に代案を用意しているに違いないし、それを見越して訪ねて来ているのだと判断した。


「はッ。来た道を一度引き返し、旧道を進むと言う手があるようです。そちらの道も土砂崩れを起こしている可能性は捨てきれませんが、其方は既に隊長の指示で斥候を出しています」


 やはり、出ていたのかと納得するサラと土砂崩れで進めなかった事で縁談の話を有耶無耶にしようと考えていたが出来ず、残念そうな表情を示すレーア姫。ただし、騎士が言う様に旧道の道がどうなっているのか分からない。


 それに、仮に土砂崩れがなかったとしてもマウント山脈の現在いる道とは別の旧道と呼ばれる道は、使用されなくなってから十年以上経過している。そもそも道として機能できるかどうかも怪しい上に出来たとしても道が非常に悪い。


 更に、下手をすると旧道は、魔物や獣の通り道として使用されている可能性もあるので、魔物や獣との遭遇も考えられる。


(ああ。そもそも何で普段使用されている道が封鎖されているのだ。封鎖されているおかげで、マウント山脈のルートを取らざる負えない状況になったと言うのに、此処に来てもルート変更か。もしかして神は姫様の縁談を快く思っていないのでは?)


 サラは、これまでの道のりの不運を考え始める。


 サラの言う様に、本来マウント山脈を抜けるルートは使用頻度が少ない。そもそもアルデレール王国とアバルトリア帝国を繋ぐルートは僅か三本しかない。三本と言う表現が正しいかは不明だが、此処で言う三本とは大きく分けてと言う意味だ。実際はもう少し数がある。


 まずは、サラの言っていた一般的に皆が使用する道。つまりマウント山脈を迂回するように行く陸ルートだ。もう一つが、現在彼女たちが進んでいるマウント山脈を抜けるルートだ。どの山から出入りするかで、変わるし、山の数だけ道もある、いうなれば山ルートだ。そして、最後は海隣都市ナルキーソから出る船に乗って行く海ルートだ。


 陸ルートを進もうと考えていたのだが、運悪く出発の数日前に魔物の大量発生の知らせを受けていて、兵士が其方へ駆り出されている。そんな中で王女を連れて進むのは不味いとの判断をしたからだ。


 では、次に海ルートを進むかと考えるも海隣都市ナルキーソに到着する頃には時期的に海が荒れて船で行くのは難しいと言う判断が下される。


 それで最後に残ったのが、山ルートだったと言うわけだ。当然、不憫に感じる山ルートだが、他のルートとは違い良い点もある。


 良い点は、何と言っても時間の短縮が可能と言う事と魔物や獣、それに賊との遭遇が少ないと言う事だろう。ただし、良い点があると同時に悪い点もある。寧ろ悪い点のせいで不評なルートになってしまっているのだ。


 だが、全く使用しされていない訳ではない。先にも言ったが、時間の短縮が出来るため日持ちしにくい商品などを運ぶ商人は、この山ルートで商売をするケースもあるくらいだ。


 その悪い点と言うのが、遭遇する魔物や獣が非常に強いと言うのと、山道を進むのでかなり体力が必要なこと、落石や崖からの転落死などがあげられる。


 陸ルート、海ルートでも悪い点はあるからそこまで変わらないが、やはり魔物との遭遇が一番危険だろう。


 そう言えば、数ヶ月前にも商人の一団がワイバーンに襲われて半壊したと言う事を冒険者ギルド王都本部より耳にした情報だ。その時はかなり凄腕の冒険者が助けてくれたとか、生き残った人たちはうまく逃げ延びたとか、魔物同士で争いになった隙に逃げ出したとか色々な話が上がっていた。


 まあ、それは置いとくとして、結果的に山ルートが不人気になってしまったのだ。そして、そんな山ルートでも比較的安全なルートを進んでいたのにまさかの土砂崩れで旧道を使わざる負えない状況になってしまった。


 現状一度戻ると言う選択肢を取らざる負えないので、七台ある馬車をすべて逆方向へ向けるため残っていた兵士や騎士は総動員で対応に当たった。


「サラ。姫様の様子はどうだ?」


 馬車の方向を変えるのはかなり一苦労な作業だ。ましてや一般の道とは違い今は山道と呼ばれる傾斜もあり道自体も狭い。自分一人が馬車から降りたとてそこまで重さは変わらないだろうが、他の兵士たちが必死に頑張って作業をしているのだから、自分も降りて見守っていると、身長百八十を優に超える大きさの・・・それでいて全身筋肉質と言える中年の男性が声をかけてくる。


「ウルリヒ隊長ッ!?なぜ此方に?それより姫様の事ですね。姫様は相変わらず縁談の話に乗る気ではない様子です。今朝から同じような溜息や質問を何度もされました」


 筋肉質の大男は、二番隊隊長のウルリヒ、黒にやや紫がかった様な髪色のしかもどこか大雑把に切られた感じの角刈りの人物。無精髭も生やしているため余り身だしなみが良いとは言えない人物だが、彼の腕力はかなりのものである。それでいて、これまで培ってきた経験と戦闘の勘で幾度となく戦果を挙げてきた。実力の持ち主だ。


 年齢がサラの倍以上あるため、傍から見れば親子に見えなくもない年の差。と言うか普通に彼の娘はサラと同い年の娘が居るから強ち間違えではない。


「ふむ。やはりそうか・・・」


 何か思う所でもあるのだろうかと不思議そうにウルリヒの顔を見ていると先程報告しに来た騎士が再び現れる。


「隊長、それにサラ殿。斥候部隊の一部が報告の為に戻ってまいりました。斥候部隊の報告では、旧道は荒れているようですが、馬車でもなんとか通れるとの事です。その先も一応偵察に出てくるとの事です」


 彼の報告で、旧道は一応使える事が分かった。実際、馬車の方向転換を終えたばかりなので、旧道への入口まで戻る必要があるが、それまでに考えておかなければならない事がある。


 それは、・・・・・。


 このまま進行するべきなのかどうかと言う内容。そもそも此処まで進行状況が悪いのであれば縁談の話による顔合わせなどは日を遅らせるべきなのでは?と言う考えだ。


 旧道でアバルトリア帝国まで行くことは可能になるだろうが、此処まで不利益な環境なのだ。進めば危険性も高まる。姫様に何かあっては遅いのだ。そう判断していたが、実際旧道の入口を見ると思っていたよりも進めそうなのと、更に入り口付近で待機していた残りの斥候部隊からの報告を聞き進むことを決意する。


 報告によると、この先をかなり進んだが魔物は愚か獣もほとんど見かけなかったと言う事だ。多少、中型程度も獣が居たらしいが数匹だったこともあり彼らだけで駆除したようだ。


 この道なら七日もあれば山を抜けられるし、非常に短縮になる。今から王都に戻るにしても、迂回するにしてもそれなりに日数がかかる。迂回に関して言えば、数ヶ月と言えよう。


「ウルリヒ隊長?」


 選択肢に悩んでいると不意にレーア姫が、馬車の車窓から顔を出し、問いかける。サラと一緒にいたウルリヒは、レーア姫の元へ駆け寄り、呼ばれた内容を聞く。


「どうするのか迷っているのでしょ?でしたら、このまま進みましょう。何となくなのですが・・・その、運命を左右する何かが起こる様なそんな感じがするのです」


 レーア姫は、稀にこの様な突飛押しもない事を発言する。これは誰かの注意を引こうとか痛い発言をする人物とかではなく。彼女自身の天性の才能とも呼べる力の一つだ。


 ただ、それが必ずしも当たるとは限らないし、良い事ばかりでもない。簡単に言えば、直感的な部分が多いのだ。


 良い結果となるかは分からないが、選択肢が多いわけでもないウルリヒはレーア姫の指示通り、旧道を進むことを決意する。


「マリオン、アーベル、クラウディアは、引き続き旧道を先行し、野営できる場所の確保とその周辺の探査。トビアスとイーヴォは、俺と共に他の騎士や兵士に指示を、サラはそのまま姫様の護衛を行うのだ。くれぐれも危険な目に遭わせないように注意するように、では行けっ」


 マリオンとアーベル、クラウディアはすぐさま他の斥候部隊と共に先に旧道を掛ける。因みにマリオンと呼ばれる爽やか系の青年がこの二番隊の副隊長だ。彼は、サラ同様に実力が高いのだが、本領は斥候部隊の様に隠密行動に長けている。恐らく、隊長並みの実力は持っていてもその隠密能力の高さ故に隊長にはならないと思われる人物だ。


 アーベルとクラウディアは、マリオンと共に隠密兼斥候を担当する騎士だ。と言うか隠密や斥候が主体の場合は騎士とは呼びにくいかもしれないが、一応騎士の称号を与えられている。


 アーベルは、探査や調査が得意で、クラウディアと呼ばれた女性騎士は、鳥を使った伝令が得意な騎士でもある。


 残りのトビアスとイーヴォだが、トビアスは好青年を過ぎたばかりの人物だが、能力は高く指揮能力に秀でた魔法士だ。イーヴォは逆におっとりした感じのサラと同年代の女性だが、戦闘が主な騎士団とはかけ離れた様な人物だ。彼女の仕事は主に支援系の魔法や治療を扱っている。支援は、他社の攻撃力や防御力を上げたり、防御系の魔法を使用したりする。治療は『治癒(ヒール)』などの魔法ではなく、どちらかと言えば手当てに近い。


 騎士団の中でも数少ないサポート兵士だ。故に他の騎士や兵士からの人気も高い。


 それぞれ、ウルリヒ隊長の指示通り、行動を開始する。


 この縁談に反対のレーア姫が、何かを感じたからか若干だが、その表情はいつもの彼女に近づきつつあった。


 結局その日は、旧道を少し進んだところにある開けた場所で野営をする事が決まる。野営と言っても冒険者たちが野晒しまま地面で寝たり、簡易テントで寝たりするようなものではない。持ってきた馬車の一つは、レーア姫が寝床として利用できる物であり、侍女たちも似た様な馬車を用意されている。流石に女性の騎士や兵士の分はないが、彼女たちはそう言った事も経験をしているし、気にもしていない様子だ。


 道中で仕留めた獣を兵士たち数人が解体作業をしている中、他の者は周囲を探索したり、明日の行動について話し合ったりと忙しそうにしていた。


 夕食は、昨日仕留めた熊の肉を調理したものが出てきた。その熊肉を当然ながら、レーア姫も食していたが、これは別に一般的な事だ。王族だから、貴族だからと旅の最中、特に今回の様な野宿に近い場合は、普通に事前に用意していた食材を使うか、仕留めた獲物を調理して食べたりする。


 なので、レーア姫も少し表情が硬いながらも熊肉を食されていた。表情が硬いのは、そう言った食事を食べたからと言うわけではなく。熊肉自体の獣臭さによるものが大きい。恐らく調理担当も余り熊肉を扱った事がないようで、他の兵士や騎士も同じような表情をしていた。


 夜中に獣や魔物の襲撃を受ける事はなく静かな一時を過ごし、翌朝何時もの様に出発する。ただし、昨日とは違い侍女の一人がレーア姫の乗る馬車に同席。サラは姫の乗る馬車の直ぐ近くで護衛を務めていたぐらいだ。


 何でも、昨日の一般道とは違い。旧道は獣道と化している可能性がある事から、何処から魔物や獣の襲撃があるか分からない。当然、他の兵士や騎士にも注意を怠らない様に伝えているし、斥候部隊も複数出している。


 出発して一刻ほどが経過した頃、目の前に山と山との間に自然にできた天然の橋が現れた。橋の下には川が激流の様に流れている。落ちれば、助からない高さだ。


 一般道であれば、こんな高さまで登る前に隣の山へ渡る事が出来たのだが、今はそんな事を言っている時ではない。


 人や馬車が通ったぐらいではビクともしないだろうが、流石に馬車七台と数十人の騎士や兵士が一遍に通るのには、聊か不安ではあった。


 標高も高いので、橋からの転落と言う恐怖と相まってやや肌寒さを感じる。


 先に三台の馬車と兵士が進み、次に姫の乗る馬車と侍女たちの乗る馬車に騎士たち、最後は食料を運ぶ馬車を含めた二台と残る騎士と兵士が進むことになる。


 最初のグループは、恐る恐る前へ進み無事にたどり着くのを確認すると、それに続く様に姫の乗った馬車も動き始める。最初のグループが三つの中で一番重量があるので、そのグループで問題ないないのであれば、他のグループも問題ない事になるからだ。


だが、それは起きた。


 レーア姫が乗る馬車の一団が橋の中腹に差し掛かった頃、何処からともなく鳴き声の様な音が聞こえ始めた。


「全員止まれッ!!各自、周囲を警戒しろッ!!・・・・サラ、トビアス何の鳴き声で何処から聞こえるか分かるか?」


 サラとトビアスは、ウルリヒ隊長の問いかけに分からないと返事をし、何処から聞こえてくるのかだけでも探ろうと耳を澄ます。


 斥候部隊として出ている者たちが魔物と遭遇して戦闘しているのならまだ安心できるが、鳴き声しか聞こえない事から、斥候部隊と戦闘している可能性は低い。また、最悪なのは斥候部隊が戦闘音を立てる暇すら与えられないまま全滅したケースだろう。


 そうなれば、全方位からの警戒が必要になる。


「鳴き声が・・・近づいて来ている・・・ッ!?」


 そこで悟った。魔物は此方へ進行してきている何かだと、そして現在山と山を繋ぐ天然の橋の上。身を隠す場所などないのだ。遭遇すれば、確実に戦闘する事になる。


「全員、戦闘態勢ッ!!全方位を警戒しつつ団員は速やかに集合せよ」


 警戒態勢から戦闘態勢へと切り替え、橋の両端にいた兵士や騎士たちを素早く中央へ集める。中央には姫の乗る馬車がある上、固まっていれば、全方位を確実に警戒できるからだ。


だが、一か所に集めるのは諸刃の剣でもある。一網打尽にできる様な驚異な何かであれば、あっと言う間に全滅する事もあり得るし、敵からも狙われやすい。


 イメージ的には鰯などの群れのいる所に海豚などが、捕食するため群れの中を集団で突入するような感じだ。まあ、この場合若干違う気もするが、そんな感じだろう。


 兵士や騎士たちは、各々、弓を構えたり、盾で仲間を守ろうとしたり、剣や槍で何時でも攻撃できるようにしていた。中には杖を持った魔法士たちもいる。


「声が反響している?それにこの音は・・・」


 サラが、何か気になる様子だったが、その音が明確になるとサラの表情も一変しだす。


(反響するのは、この下が谷の様に・・・そして、この翼を動かすような音・・・まさかっ!!)


 正体に一早く気が付いたサラだったが、それを警告する前にその正体が姿を現す。


 橋の下から急上昇しその存在をその場にいる者に恐怖を抱かせる存在・・・ワイバーン。皮膚の色が深緑色の所を見ると普通のワイバーンの様だが、その数は優に六匹。一匹でも脅威と成りえるのにそれが六匹もいるのだ。


「全員耐防御態勢ッ!!来るぞッ!!」


 ウルリヒ隊長の指示により、ワイバーンの脅威で動けなくなった騎士や兵士たちが慌てて、装備していた盾を前へ突き出す。それと同時にワイバーンは、力強い咆哮で、前方に強い衝撃波を放つ。


「うわあ――」


 衝撃波に耐えきれなかった兵士が数人橋から吹き飛ばされ谷へ落ちる。レーア姫が乗る馬車は魔法士の張った『魔法障壁(プロテクション)』により耐えたが、馬車と繋がっていた馬たちは衝撃波に驚き転倒してしまう。


「きゃああああああああ」


「姫様ッ。前衛部隊はワイバーンの注意を引きつけろ。後衛はその間に対空攻撃の準備」


 そう言ってサラも自身の獲物を構える。


 魔装武器・・・水の魔槍クルートヴェルト。長槍に分類され、穂先は十字の形をしたものとなってる。その穂先から渦巻く水を作り、突く要領で攻撃を繰り出し、穂先の渦巻く水を打ち出す。


「はああ。<変幻自在の水流よ。激流となりて敵を穿(うが)て>『ストライクゲイザー』」


(とどろ)け雷刃『ライトニングインパルス』」


 サラの攻撃に続く様にウルリヒの魔装武器、雷の魔大剣ボルドブリンガーから電の斬撃がワイバーンを襲う。


 サラの水にウルリヒの雷。相乗効果によって威力は数倍に跳ね上がっている。その証拠に直撃を受けたワイバーンの一匹は、決して浅いとは言えない傷を負ってしまう。


 だが、この場で魔装武器を所有しているのは、隊長のウルリヒと隊長補佐のサラ、そしてトビアスの三名だ。トビアスは純粋な魔法も使用できるが、余分な魔力消費を抑える魔装武器で魔法を行使する事が多い。


 しかし、幾ら魔装武器を持っていたとしても脅威となるワイバーンが残り五匹もいる。と言うより残りの一匹も傷を負わせただけで戦闘不能にしたわけではない。


 現在もワイバーンの攻撃を、大盾を持った兵士が必死で食い止めようとしていたが、力の差が大きく。ゴミ屑の様に吹き飛ばされている。運良く最初の時の様に橋から転落する者はいないが、たった一撃で守りの半分は削られている状況だ。


 魔法士たちも必死で『魔法障壁(プロテクション)』で守ろうとするが、障壁が薄く余波だけで砕け散っている状況だ。


 苦戦しているのは、守りだけでなく。攻撃を行う兵士も同様だった。上空に上がっている状態だと剣や槍が届かず、弓や魔法の攻撃もうまく当たらない。当たったとしても弾かれてしまうのだ。


 ワイバーンに有効打を与えられるのは、魔装武器を持つ三人だけ。でも、初手以外はどれも掠りはするが、直撃にまでは至っていない。


「はあああああ」


 トビアスは、魔装武器の魔力ではなく自身の魔力を使用し、身体強化の魔法をかける。これまでは、魔法を撃ったり、斬撃を飛ばしたりしていたが、避けられるのであれば直接攻撃を仕掛けるという単純明快な作戦に切り替えたのだ。


「『ルィンクロス』」


 底上げした身体能力で、ワイバーンのいる上空に向かい跳躍。そのまま十字の斬撃を繰り出すも、空中はワイバーンの方が有利。トビアスの攻撃を意図もたやすく躱すと、そのまま反撃するように尾でトビアスを叩きつけた。


受け身も取れず、地面に叩きつけられたトビアスは、肺の中にある空気と共に少量ではあるが血を吐きだす。


 それを見た騎士たちも国から提供されている自身の身体能力を向上させることのできる腕輪型の魔道具、その力を使いそれぞれの騎士たちもトビアス同様に高く跳躍し、接近戦を試みる。


「イーヴォ。今のうちに姫様たちを逃がせっ!!」


 ウルリヒの指示に仲間の支援を行っていたイーヴォは、素早くレーア姫が乗る馬車に近寄り、馬車から降りるよう指示する。


 ワイバーンの攻撃で馬車は無事だったが、それを牽く馬たちは転倒した衝撃からか動けず地面に悶えている。逃がそうにも馬車が動かせない現状で、取れる行動は馬車から出て徒歩で現在いる橋を渡り、どちらかの方角へ逃げるしかないのだ。


 両端に待機させていた馬車は、繋いでいた馬が恐怖のあまり暴れて、繋ぎ部分が壊れそのまま逃げ去っている。馬車の方は変にしたからか車輪が一つ外れていたり、地面の凸凹に捕まりどうにもできないものもあった。


 馬車が使えない現状では、どちらに逃げても逃げ延びれるリスクは少ない。


「姫様。こっちです。デッセル、タルナート、アヒム。姫様を逃がす退路をっ」


 近くで応戦していた兵士に指示を出し、退路の確保に向かう。


 だが、上空からのワイバーンの攻撃にさらされ、三人は無残に吹き飛ばされてしまう。死には至らなかったが、三人のうちの一人、タルナートが吹き飛ばされた衝撃で足を骨折。残りの二人もそこそこのダメージを受けた。


「退路は私が・・・―――――」


 魔法士の一人が、レーア姫の退路を作ろうと其方に向けて魔法を発動させようとしたが、魔法が発動する前に他のワイバーンに襲われ、一瞬でその場から姿を消した。彼の姿は既に先程襲ってきたワイバーンの腹の中だろう。


 陣形などもうすでに形を成していない。戦場となっている場所は乱戦状態にあるため、全方位に意識を向けなければ何処から敵味方の攻撃が来るか分からない。


 イーヴォは、レーア姫と共に馬車の陰に隠れて逃げるタイミングを伺う。その間にも激しい戦闘があちらこちらと火花を散らしている。とは言うが、戦闘はある一部の人たちを覗いて蹂躙に近い差の戦闘になっている。


 此処までで、死者十四名、中重傷者多数、軽症者僅かと言う感じだ。その軽症者にレーア姫や姫様の付き人としている侍女数名、ウルリヒ隊長にサラ隊長補佐のみだろう。


「うわああああああ」


 そして、今まさにその死者の枠にもう一人加わろうとしたが、そこを隊長のウルリヒが、自身の持つ魔装武器で、迎撃する。


 辛うじて迎撃に成功するも、無理な姿勢からの割り込みもあって、踏ん張りがきかず、左腕一本食いちぎられてしまった。


「隊長ッ!!」


 騎士の一人が、その光景を見て叫ぶ。他の兵士や騎士も同様な表情をするが、今は自分たちの事でいっぱいなのか。駆け寄る事も出来ない状況だ。寧ろ、ウルリヒが戦力として半減した事で、更に状況が悪くなったと言える。


「ギャアアアアス」


 ワイバーンの雄叫びを上げているかのように発し、橋の中央目掛けて突進し、その場にいた兵士や馬車などを蹴散らす。


 馬車の傍で身を潜め得ていたレーア姫やイーヴォは、その攻撃に巻き込まれてしまう。レーア姫は辛うじて地面に転ぶ程度で済んだが、イーヴォは隠れていた馬車ともども橋から落ちてしまう。


 落ちてしまうが、イーヴォは咄嗟に落下する馬車を足場にして跳躍。如何にか橋の側面部分にしがみつく事が出来た。


 けど、しがみつく事で精いっぱいの為、一人では攀じ登れない。戦闘中の為、助けを呼ぶお声もかき消されてしまい。力尽きる前に身体を固定する方法を考える。


「姫様―――ッ。大丈夫ですか?急いでこちらに」


 イーヴォと別れ、助けてくれる者が居ない乱戦の場に一人の老魔法士が駆け寄る。この老魔法士は、見た目こそ老いているが実力は高く、王宮魔法士の地位にいる魔法士だ。


 そもそも、一般的に魔法使いと呼ばれる者たちが、魔法士と呼ばれるのは、その者が国に仕える兵士と言う条件が必要になる。俗に言う魔法兵と呼ばれるものが魔法士と呼称されている。その中でも、王宮を守る魔法士の事を王宮魔法士と称され、魔法士の中でもかなりの実力を持った逸材しかいない程だ。一応、その王宮魔法士をまとめる者が王宮筆頭魔法士と呼ばれる。その国に仕える最高クラスの魔法使いに与えられる称号の様なものがある。


 この老魔法士こと王宮魔法士は、今回レーア姫の護衛に就いている近衛騎士団二番隊の補佐と言う形で派遣されている魔法士だ。


 彼もワイバーンの戦闘で、最前線で防衛していたが、レーア姫が一人の所を発見すると素早く駆け寄り別の場所へ誘導する。


 そのまま、無事であったもう一つの馬車の中へ誘導する。


馬車も先程と同じような事があれば、安全とは言いにくいがそれでも外で乱戦に巻き込まれるよりかは安全と判断し、誘導したのだ。外であれば、敵味方の攻撃に注意するとともにワイバーンの捕食のターゲットにされかねないと言うのがあったからだ。


 老魔法士も馬車の中に入り、レーア姫に防御系の魔法を施していると外から他の兵士たちの声が聞こえ始める。










 レーア姫が橋の中央でワイバーンの襲撃にあっているその頃。


斥候に出ていたマリオンとアーベル、クラウディアや他の兵士たちは、橋を渡り徒歩で四半刻程度離れた位置の索敵をしていた。ある程度すれば姫の乗る馬車の一団がこの近くを通る。その時に魔物や獣に襲われえないようにするための用心だ。


「副隊長?何か変な音が聞こえませんか?」


 アーベルが尋ねると副隊長であるマリオンは、周囲に静かにするよう指示を出し、耳を澄ませる。


 微かに聞こえる戦闘音らしき音、聞こえる方角からしてレーア姫たちが居るあたりと推測し、すぐさま鳥による偵察の指示を出す。


 クラウディアは、伝令に使用したり戦闘時に使用する鳥を数匹使役しており、今回はその中でも中型サイズの鳥を使用した。


「フラン、急いでレーア姫の元へ飛んでッ」


 飛び立つ鳥を後にクラウディアは、使役している魔物や獣と同調出来る魔法を使用する。『視覚同調(シンクロアイズ)』と言われる魔法で、使役している物の視覚を共有する魔法だ。共有と言っても一方通行の情報で、此方側の視覚は彼方側には伝わらないが。


 また、視覚以外にも聴覚や嗅覚などもあるが、基本的には視覚と聴覚ぐらいしか使われていない。


 使役している鳥からの視覚で、現在いる場所より少し谷へ進んだ位置にいると、谷の方から数匹の飛行する物体を捕える。


「あ、あれは・・・ッ!!副隊長大変です。本隊がワイバーンの襲撃にあっている模様。被害甚大・・・ああッ」


 報告をするクラウディアが見た光景は、レーア姫を馬車から降ろし、逃がそうとしていた仲間がワイバーンの攻撃によって意図も簡単に陣形を乱されている所だった。


 だが、見えているのは騒然クラウディアただ一人だ。周りにいる者にはその現状を知る由もない。


「どうした!?」


 マリオンの言葉で、再び戦況がどうなっているのかを説明する。


 他の者たちもその表情に絶望に近いそんな顔をしていたが、そこはマリオンの一言で、改善する。仮にもその年齢で副隊長の地位まで上り詰めただけの事はあり、すぐさまどうするのかを考え始める。


「姫様を見殺しには出来ない」


「この人数でワイバーンとどう戦う?」


 仲間たちも必死になって作戦を練るが、時間を掛けられないのも事実。数分と言える短いような、現状を考えれば長いようなそんな話の結果は、レーア姫の救出ただそれだけとなった。


 どういう形であれ助ける。それが、自分たちが囮になる。仲間たちが全滅する。そう言った事になっても救い出すと言う結論だ。


 目的が明確になれば後は、全力で現地に向かうだけだ。


「各員ッ。腕輪の使用を許可する。直ちに使用し、速やかに行動を開始よッ!!」


 マリオンの言う腕輪。それは、身体強化の魔法が使用できる魔道具で、魔力消耗が激しい事から、緊急時以外の使用は余り許されていない。本来であれば、現地に到着して使用するのがセオリーなのだろうが、今は一刻を争う場面と言うのもあり、使用が認められる。


 身体強化を施した騎士や兵士たちは速やかに現場に向けて走り出す。途中で魔物との遭遇を無視してでも走り、戦場に到着する事には、隊長が片腕を無くし地面に蹲っている場面だった。


「各員。装備を弓に変更し、あの場で戦っている仲間の援護を行う。良いか狙うのはワイバーンの眼だ。それ以外は強靭な鱗で弾かれるだけだぞ」


 マリオンは、戦場が未だに維持できている事を認識すると、全員での突撃する作戦を変更し、援護して追い払事にした。レーア姫は、王宮魔法士が付き添い別の馬車の中に避難している様で、サラが前線で激しい戦闘を繰り広げている。生憎、ウルリヒは仲間に止血してもらっているので戦線に復帰できそうにないが、それでもうまく指揮していた。


「今だっ!!放てーーーー」


 弓を構えていた斥候隊は、マリオンの合図により一斉に矢を放つ。それと同時に第二、第三と続けて放つことで、戦場に雨の様に矢が降り注ぐ。


 雨と言う表現は余り正しくないかもしれないが。


 何せ此方の人数は精々十名程度だ。その十人が一斉に放ってもたかが知れているだろう。それでも、前線で戦っている者たちにとっては、非常にありがたいタイミングでもあった。


 飛来する矢のほとんどは、強靭な鱗によって苛まれたが、六匹のワイバーンのうち二匹は、この矢の攻撃で、一匹は片目に刺さり、もう一匹は防御の薄い翼の部分や眼球のすぐ下の所に突き刺さった。眼球のすぐ下に突き刺さりかなりの苦痛なのか悲痛な叫びをあげていたが、視力を奪うまでには至っていなかった。


 攻撃を受けなかったワイバーンは、斥候隊を警戒するが、目の前の兵士に意識を向ける。だが、攻撃を受けたワイバーンはそれを警戒するどころか、斥候隊に敵意を剥き出しにし、荒れ狂う様に睨め付けていた。


 しかし、そのワイバーンは斥候隊に意識を向けすぎており、周りへの警戒が薄まる。その隙をチャンスととらえたサラは、持てる力を最大限にして、ワイバーンの片方を襲う。


「<変幻自在の水流よ。激流となりて敵を穿(うが)て>『ストライクゲイザー』」


 本日二度目の大技。


 一度目の時とは違い。今回は此方を完全に認識していない状態だ。しかも込める魔力も前より数段高めている。


 サラの放った攻撃は、負傷した方のワイバーンの首を大きく抉った。


 ワイバーンは、口と抉られた首から大量の血を出し、そのまま地面に倒れ込むようにして絶命する。


 これで漸く一匹を倒した。


「お前たちはそのまま飛行しているワイバーンへ攻撃をっ!!俺は前に出る」


 片目を負傷したワイバーンを仕留めるべく、マリオンは自身の魔装武器、闇の魔篭手ダークスレインを身に着け、斜面となっている所を駆け抜け、橋に向かう。


 マリオンの持つ武器は、篭手(ガントレット)の分類に入るが、殴る事をメインにしたものではない。どちらかと言うと鋭利な爪で敵を切り裂く事をメインにした武器になる。だが、切り裂くだけではなく殴る事も出来るし、肘の辺りまであるため、防具としても力を発揮する。接近戦に於いてはかなり強力な代物だ。攻撃範囲が短いのが欠点だろう。


 橋までたどり着くと、両手に嵌めた魔篭手に力を貯める。


 マリオンとダークスレインとの相性は非常に良いと言える。隠密能力の高いマリオンは、ダークスレインの持つ闇の力を最大限に発揮しやすい。


 ああ、闇と言っても闇属性は、希少なだけであり使用者が居ないとか使用する者が悪だとかはない。まあ見た目や能力からそっち方面に近いとはいえるが。


 それに、彼の持つダークスレインの闇の能力は、細かく分類分けをすれば影の能力と言える代物だ。存在を影のように薄く出来る。影の中を移動できる。爪の部分を影で覆いリーチを僅かに伸ばすなどの効果がある。因みに影の中の移動は、使い手にもよるが、マリオンの場合、数メートル移動できれば良い所だ。


 腕輪の力で身体能力は向上し、ダークスレインの効果で存在を薄くしたマリオンは、片目を失ったワイバーンの死角へ飛び込み、そこから自身の爪撃を繰り出す。


「<我、示す道は影なり、敵は影を認識できず、影の攻撃は死を意味する。我が爪でその命を切り裂け>『デスアサルト』」


 死角から攻撃をまともに受けるワイバーン。即死に至る技ではないにしろ。確実に致命傷となる場所を攻撃。その事で切り裂けた箇所から血が水しぶきの様に噴き出す。


 だが、そんな程では死に至らしめるの時に時間がかかる。マリオンはすぐさま反転し、両手で攻撃する。


()らえ『シャドークロス』」


 十字似た攻撃を繰り出すと、ワイバーンの顔に四本線の筋が(エックス)の字の様に刻まれる。


ギュルアアアアアッ―――――


 吠えるワイバーン。ダメージは確実に入るが、やはり致命傷にならなかった。最初の攻撃は血が噴き出すように出たが、今回の攻撃は、滲み出る程度しか出ていない。


「っく。届かないかッ」


 攻撃力不足。そうとらえる事の出来る現状だ。大型になればなる程、リーチの短い武器の持ち主は、攻撃力不足に悩まされる。


「まだだッ!!<雷鳴の一撃よ。すべてを断ち切れ>『サンダーブレイク』」


 マリオンの攻撃に便乗するようにウルリヒが、雷を纏った大剣でワイバーンに斬撃を与える。片手を失っても尚、大剣を振り抜けるのは彼の腕力があっての事だろう。


 片目のワイバーンは首を一刀両断された事で、叫ぶ事すらできず、命を落とす。


 これでの残りは四匹。そう思った瞬間、ワイバーンも仲間が()れたのを危険と感じたのか、これまでとは違い。怪我をして動けない兵士や馬を足で鷲掴みすると空高く飛び上がった。


「うわああああああ。助けてくれ―――――がはっ」


 助けを求める兵士の一人の悲鳴が途中から途絶える。足の爪が身体に突き刺さり、命を落とした。捕まった者の半数は、爪が突き刺さったり、強く締め付けられたことによる圧死したりして彼同様に命を落としていた。


 転倒し、起き上がれない馬は、馬車につなげていた金具がそのまま取れず、馬車も馬と一緒に持ちあがってしまう。


 その馬車の中には、レーア姫と王宮魔法士である老魔法士が乗っていた。


「姫ッ!!くそっ行かせるか―――ッ!!」


 サラは、高く跳躍し連れ去られるのを阻止しようとするが、僅かに届かず、そのまま落下した。


 マリオンがギリギリの所でサラを抱え落下による転落死を救ったが、サラは空を掴む様に馬車の方へ手を差し伸べていた。


「ぐっ・・・」


「隊長動いてはなりません。出血がひどいのにあのような攻撃を・・・」


 ウルリヒは、この戦闘による激痛に耐えていたが、先の一撃で限界を迎えたようで、地面に倒れ込んでしまう。サラはサラで、レーア姫が目の前でワイバーンに攫われてしまった事から未だに立ち直れていない。他の者たちも怪我人の治療や救出にかかりきりになっている。


「クラウディア。姫様を連れ去ったワイバーンの追跡を頼む。その間に怪我人を連れて後退する者と少数で姫様の追跡を行う者とで分かれて行動する」


 ウルリヒの代わりにマリオンがこの場の指揮を取る。


「追跡部隊は、俺とクラウディア、アーベル、それに・・・」


 そのまま追跡できそうな人材を三人加えた計六人で当たる事となり、サラを始め、ウルリヒ、イーヴォ、トビアスは後退する方へ回された。


 人選選びの時にはサラは既に復活を果たして、自分も追跡にと言っていたが、隊長のウルリヒが戦闘に復帰できない現状、実力派の二人が追跡に回るのは不味いとの判断から、外されてしまう。


 その代わりに、街に戻り次第、捜索隊の編成及びその指揮を言い渡されている。


 残りの二人、イーヴォは橋にずっとしがみついていただけだったが、極度の体力低下で休まざる負えない状況、トビアスはワイバーンに吹き飛ばされた衝撃で手足を骨折しており動けない状態だった。


 橋の入口と出口の場所の馬車は無事だったので、そのまま近くに逃げ隠れていた馬を発見して、そのまま下山する。


「さて、俺たちも追跡を始めるか。クラウディア場所を教えてくれ」


 クラウディアの案内で、ワイバーンの追跡を開始した。


(これ以上山頂の方へ逃げられてしまえば、追跡ができなくなる。その前に姫様を救出しないと・・・)


 マリオンは追跡をしながら、自分たちが徐々に山の頂上へ進んでいることを懸念し始める。唯でさえ、強力な魔物や厄介な猛獣が生息するマウント山脈。それは、山頂に近くなれば近くなるだけ、魔物の脅威も上がってくるのだ。ワイバーンもどちらかといえば中腹より上にいる魔物ではあるが、人がその領域に足を踏み入れようとすると、冒険者ランクで言えば(ビー)ランクは最低でも必要になる。騎士団で言うなれば、騎士団の中でも精鋭中の精鋭や騎士団の隊長、副隊長クラスが数名いる状態でないと全員が生存するのは難しいレベル。


 それから、半刻程追跡をしたのだが、自分たちの手に負えない領域に侵入し、その上追跡していた鳥がワイバーンの姿を見失ってしまったため、追跡部隊も断念せざる負えない状況になってしまった。


 残す希望は、どうにか自分たちで脱出し、無事人里まで辿り着けると言うところだが、それは、神に祈る他ない状況だろう。もう一つもあるにはあるが、時間的観点から捜索は遺体若しくは遺品の捜索になるだろう。


 どちらにしても絶望的な状況に変わりはなかった。


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