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022 人助け

本編に戻ります。

それとサブストーリーはどうだったでしょうか?サブと言うよりもフラグの前準備の様な気がしますね。

 生誕祭、そしてその後に行われた新年祭を終えてから、はや四ヶ月。丁度レオンハルトたちが孤児院を出てから一年が経とうとしていた。


 今は、拠点としている海隣都市ナルキーソと修行の拠点としている山の麓での生活を交互に繰り返している。


 とは言っても基本的にはナルキーソにいる比率の方が高い。理由は簡単だ。指名依頼で、商品開発の手伝いをさせられたり、領主の護衛、貴重な薬草の採取など依頼が次々に舞い込んできたからである。


 冒険者ギルドからすれば、有能な冒険者を何時までも低ランクのままにしておけない。依頼を一定数熟して早く昇格してほしいという気持ちがあるようだが、依頼を受ける事自体は差程苦にもならなかった。


 それに実力はあっても経験がないのは、この先冒険者として活動するには問題があるだろうし、修行の段階をどうするのか考えているというのも一つの理由だろう。ただ普通に模擬戦や訓練だけでは見えてこない個々の欠点を知る。


 冒険者ギルドの依頼を熟す事での評価向上、自分たちの経験習得及び個々の弱い所を探す。一石二鳥ならぬ一石三鳥にも四鳥にもなるのだ。


「はあー昨日の依頼はしんどかったなー」


「だね。あの数を守りながら戦うのは骨が折れるよー」


 ダーヴィトとリーゼロッテが昨日まで受けていた依頼の不満を口にする。エッダも口にはしないが同じような感想を言いたそうにしていたし、シャルロットは皆の反応に少し困った表情をしていた。


「けど、おかげで俺たちの欠点も分かった。近いうちにそれらの欠点を克服できるようにしようと思う。・・・・それに、皆の課題もかなり増えてきたしな」


 若干呆れ顔に言い放つレオンハルトを見て、それぞれ明後日な方向へ目線を向けた。


 とは言ったもの、具体的にどうするのかは決まっていないのでそれまでは、冒険者として依頼を熟していくつもりだ。


 一旦、それぞれの部屋に戻る。いつも使う宿屋がここ暫く空き部屋がない状態が続いた事もあり今は、もう少し宿泊料が高めの宿屋に泊っている。驚くべきことに個室と二人部屋しか存在していない宿屋で、清潔感もあり実に良い宿屋だとは思う。値段以外は・・・。


 二人部屋が一つと個室を三つ確保しており、シャルロットとリーゼロッテが二人部屋、他の者が個室と言う割り振りをしている。


 部屋に戻ったレオンハルトは、備え付けの机の所まで行き、他の者の修行について考える。


「皆、共通して言える課題は、集中すると視野が極端に狭くなることだよな。それ自体が悪い事ではないけれど、周りに敵がたくさんいる時は注意が必要だろうに」


 共通の課題、此処の課題を羊皮紙に書き出していく。


 目下の課題は視野を広げる事だろう。その他にも技のレパートリーだったり、連携だったりもあるが、視野を広げる事で、それらの事も幾らか楽になるはずだからだ。


 暫く考えていると、部屋の外に誰かいる気配を感じる。よく知る気配のため何か用事なのだろうかと席を立ち上がると、扉をノックする音が聞こえた。


返事をし、部屋の鍵を開けると、そこにはワンピース姿のシャルロットが立っていた。


「こんな時間にどうしたの?」


「みんなの為に色々押し付けちゃっているから、私にできることはない?」


 生活面はシャルロットが主で行ってくれて入る。しかし、それ以外の事・・・戦闘を始めとした戦い方、訓練内容、ギルドとのやり取り、生活面のサポート、他の人たちのフォロー等多くのものを抱えている。その事を気にしたようで今回、部屋まで訪ねにきたのだそうだ。


取り敢えず、部屋へ招き入れて先ほどまで腰掛けていた椅子へと案内した。


「ありがとう。・・・これってみんなの課題?」


「そうだよ。訓練ばかりしているわけにもいかないから、効率よくやる為にどうするか考えているところ」


「そうなんだー。さっきも言ったけど私に出来ることはない?・・・あれ?こっちには・・・」


 シャルロットは、課題が書かれている羊皮紙とは別の羊皮紙を見つけ中身を見る。そこに書かれているのは、孤児院時代から彼が試行錯誤しながら作成していた銃の設計図が記されている。当時はまだ未完成品のまま終わっていた代物の銃。


 設計図は当時と少し形状が異なる様子だが、見た限りでは殆ど完成している様にも見える。


「それは銃の改良用の設計図だよ。理論的にはほぼ完成しているから、後はそれぞれの部品を作って組み立てるだけだね」


 銃について彼女は知っているし、銃を知らない者が仮に見たとしても、図面を読み解くのは不可能であった。


 何せ、図面に書かれている文字は、この世界の文字ではなく。前世で使用していた文字・・・日本語で書かれているからだ。形からならひょっとして連想できるかもしれないが、細かい部分は文字として起こしているため、分かったとしても作る事は不可能。故にこの様な場所で平然と広げていられたりもする。


 このように多忙では、彼に作る暇もないのではと思い。自分に何か手伝えないか強く思うようになった。


 結局、もう少ししたら相談するとの事で、その場の話し合いは終わり、彼女は自室へ戻っていった。


(銃もそうだけれど、自分自身の実力も・・・・・)


 シャルロットが部屋から出て、一人になったレオンハルトは、部屋の中で自分自身の悩みをどうするか考え過ごす事となった。


 シャルロットに伝えた通り、五日後に小屋へ戻り別の訓練を行う事にした。しかし、訓練前に久々に戻ったログハウスを皆で大掃除する事になり、台所と食堂をシャルロットが、皆が普段寛ぐ大広間にエッダが掃除をする。各部屋をリーゼロッテが担当した。孤児院時代からそこそこ部屋数もあり掃除も皆でしていた事もあって、こういう事には慣れていたりもする。


 男性陣は、力仕事をしたり、手の掛るような場所を掃除する事になった。主に浴室や地下室、それと窓や外回り等である。


 掃除が終われば、軽く食事を済ませ訓練の開始である。本日の訓練は、感覚の訓練だ。当初は視野を狭くして、周囲を意識した生活をと思ったのだが、その前に皆の感覚を鍛えておく必要がある。


 急に視野を狭くすれば何が起こるか分からない。良く、福祉などでは視野狭窄の体験の為に特殊なゴーグルを装着して、視野が狭くなるとどういう風になるのか試したりするが、見えていた視界が一気に見えなくなるのだ。それが一体どれだけ怖いか。


 ましてや、この世界は魔物が出たりする上に人同士でも殺し合いが行われるようなところだ。事前に視覚以外の感覚をある程度鍛えておく必要があるのだ。


 長い時間をかけて安全に行うのであれば、視野を狭めるだけで、他の感覚が鋭くなるが、今回は長期的に行うつもりはない。だから少しばかり大変だが、短期的に鍛えるようにしたのだ。


 それぞれが所有する武器は、忽ち個々に持つ魔法の袋に仕舞う。そして、森の中へ入り、魔物の攻撃を只管(ひたすら)回避するのだ。当然魔法による攻撃及び補助等は一切禁止にしている。


 最悪の時は、武器の使用を許可しているが、そうなる前に出来るだけ素手で倒すようにしてほしいとも伝える。


 攻撃するよりも回避しつつ逃げる事を優先する方が良い事も進める。


 森の中、特にお目当ての魔物は、トレント系の低ランクに位置するトゥリー・エントと言う魔物で、木に扮した少しばかり厄介な魔物だ。強さよりも木と判断しにくいほどの擬態能力の点だ。


 分からずに近寄れば、トゥリー・エントの枝による攻撃で、串刺しにされることもあるのだ。


 一撃の威力は弱くとも手数の多さはこの森でも上位に位置するため、感覚を養うにはちょうど良い。擬態もしているから見つける段階で修行にもなるし。


 森の中へ進むとあっと言う間に周囲が薄暗く少し湿気ているのかジメジメした感じに囚われる。時折見せる木々の間からの日の光が自然の神秘さを感じさせつつ、また冒険者たちを油断させる材料になってしまう。


「ギュィ?キシーーー」


 森の幻想に囚われていると茂みからひょっこりと現れるアルミラージュ。此方に気が付くと持ち前の角で襲い掛かってくる。


「なっ!!」


 意表を突かれはしたが、何とか躱すダーヴィト。他の面々もアルミラージュに意識を向けつつ、周囲への警戒も同時に行う。


 アルミラージュは、基本集団で行動する。稀に単独で居るはぐれもいるにはいるが、此方から攻撃も出来ず且つ魔法で探索も行えないのだから、周囲を警戒するのは必須事項であった。


 攻撃が出来ない。即ち倒す事が出来ない・・・そうなれば皆がとる行動は決まっている。


「一度引きましょう」


 素早くシャルロットが指示を出し、全員がその場から素早く退散した。


 その間レオンハルトは、木の上に移動し、全員の動向を監視していた。


(あの様子なら大丈夫だろうが、もう少し様子を見ておくか)


 元々は、彼らの感覚を鍛えるだけが、目的ではなく。レオンハルト自身も別の訓練を考えていた。


 こっちの世界に来てから、彼はある程度の事はアンネローゼや冒険者、兵士から教わっていたが、根本となる事はすべて自分の判断で行っている。つまり、彼自身、強くなろうと訓練を行ってもそれを指導してくれる人物はいないと言う事だ。


 自分の現状の課題を見つめなおし、その上で、どう鍛えて克服するのか自分で導き出さなければいけないのだ。この世界には、戦い方や自分の戦闘スタイルの悪い癖等を注意してくれる祖父や伯父はいないのだから・・・。


 その後も、何度か危ないシーンはあったが無事に逃げ延びている。レオンハルトは、後の事をシャルロットに任せ、一人西の森へと進んだ。


 そこには、トゥリー・エントの上位種ブラッディ―・エントやオーク、ゴブリンにコボルトまで生息している。ゴブリンやコボルトは、基本的にどこにでも生息している魔物で、個体数も異常に多い。狩ったからと言って報酬が高いわけでもないので、殆ど旨味がない魔物だ。


 暫く進むと、徐に気配を感じる。一応レオンハルトも皆と同様に魔法の使用、武器の使用を制限している。魔法は、いざと言う時だけに使用。基本スタイルは体術のみだ。


 レオンハルトが自分自身の課題として掲げたのは、防御の技術だ。これまでは、躱すか、攻撃の軌道を逸らす方向に持って行っていた。仮に攻撃を受ける事になっても魔法の障壁等で防いだりしていたのだ。


 だから、防御の面に関して少しばかり不安要素にもなっているのだ。一応、防御面の強化として着ている戦闘服は、魔物の皮を数枚重ねて作られたレザージャケットではあるが、動きの阻害等も考え金属類は使用していない。


 お目当てのトゥリー・エントを見つけるとすぐさま近くに寄る。


 一瞬、殺気を感じ取るとすぐに腕で守りの体制を取る。


 鞭の様に動かす枝で、レオンハルトの防御部分目掛けて攻撃をしてきた。直撃と共に思いのほか強い衝撃を腕に感じ取る。腕の痛みに意識を向けていると別の枝が今度は腹部目掛けて攻撃してきた。


 腕同様の痛みが腹部へ直撃し、後方へと吹き飛ばされる。


「ゲホッ!!・・・ゲホッゲホッ!!」


 樹に衝突し、肺に入っていた空気が一気に排出。しかも枝による攻撃が横隔膜のあたりを思いっきり入ったのと、樹に叩きつけられた背部への衝撃で咳き込んでしまった。


「ゲホッ!・・・・・くっそっ・・・・・完全に油断しっゲホッ!!・・油断した」


 日頃から皆に油断するなと忠告していたにもかかわらず、その油断を自分がしてしまう。しかし、レオンハルトはただ油断したのではない。トゥリー・エントの攻撃が思いのほか強力だったことが一番の誤算だったのだろう。


 何せ、身体へ直接受けた攻撃の威力が例えるなら、鉄の棒で思いっきり殴られた時の様なそんな強烈な威力だったのだから。普通に受けていれば間違いなく腕や肋骨が折れていたであろう。


 衝突した樹を支えにして立ち上がろうとすると、追い打ちをかける様に無数の枝が彼に向かって突き刺す。


 攻撃を察知したレオンハルトは、今度は防御の構えではなく攻撃の構えを行い。追撃してくる枝目掛けて真正面から殴る。


 普通に殴れば、間違いなく此方が負けるのはわかっているので、尽かさずガントレットを装着し、殴りかかる事にしたのだ。


 無数の枝の攻撃を素早い拳速ですべて打ち返す。


 攻撃は最大の防御とよく言うが、その言葉は強ち間違えでない。防御をする様な攻撃の間を与えないと言う風に捉えられるが、攻撃がそもそも防御として効果的と言う意味もあると思う。


 剣同士の斬り合いで、鍔迫り合い等になる。つまり互いの攻撃が相手の攻撃を食い止めているともとれるからだ。


 防がれ続ける突き刺すような攻撃は、次第に変化を見せ始める。枝を鞭の様にしならせた攻撃。突きとは違い鞭による攻撃は、一箇所を防いでもまるで生き物の様に防いだ箇所を起点に別の攻撃を仕掛けてくるのだ。


 しかし、この攻撃も万能とは言いにくい。鞭の様な武器ならともかく、鞭の様な枝だ。起点となる箇所を破壊すれば、その先の運動エネルギーは失われる。


「はあああああ、セイッ!!」


 トゥリー・エント本体に近づきつつ、枝による波状攻撃をすべて打ち砕く。


 気が付けば、本来の特訓とは違う形になったが、これはこれで良い訓練になっている上に思いのほか効率的だったために継続している。


 そんな折に、別の気配を十数程捕らえた。


(冒険者か?・・・・いや盗賊?にしては気配が弱いな)


 冒険者がこの辺りを散策する事は絶対ないとは言えないがかなり低い言える。現在いるあたりの森は、厄介な魔物が生息しているだけでなく。近くに聳え立つマウント山脈から時折現れる魔物が脅威な為、近寄ろうとしないのだ。


 ただし、これが強者ばかりで構成された冒険者たちなら話は別だろう。実力があればそこまで厳しい所ではないからだ。


 単純にナルキーソから此処まで来るのに時間と労力を考えるとそこそこの実力の冒険者では旨味よりも出費の方が大きくなったりする。


 魔法は出来るだけ避けるつもりでいたが、緊急事態と判断し、索敵魔法を使用する。


(数は・・・・三人か。何かに追いかけられているのか?まずい)


 索敵魔法で状況を確認していると、逃げてくる者たちが此方へ向かって来ていたのだ。此処は現在トゥリー・エントの猛攻撃が繰り広げられている際中、そんなところに現れてしまえば、確実に其方にも攻撃が及ぶ。


 案の定、三人が現れるとトゥリー・エントは其方にも警戒を強め、先の鋭利な枝を一気に伸ばした。


 追手に夢中で気が付いていない様子の三人の子供が目の前から来る攻撃に意識を向けた時には、その鋭利な枝は目前まで迫っていた。子供たちの表情が死を予見させたのか真っ青になっている。


 しかし、子供たちの所まで枝が伸びる事はなった。


「大丈夫か?」


 枝をすべて払いその上で、神明紅焔流体術『空破掌(くうはしょう)』を使用し、トゥリー・エントの幹に当たる部分に風穴を開けたのだ。


 『空破掌(くうはしょう)』は、文字通り打ち出す掌を飛ばし、離れた相手を吹き飛ばす技だが、本来は一般人が殴る程度の威力しか出ない。しかし、そこに若干の魔力を籠めれば、その威力は格段に上がる。今回はやむを得ず少量ながら魔力を用いた。


 子供たちは驚き、何が起こったのか未だに解釈できない様子だったが、追手はすぐ後ろまで迫っている。


 三人の子供を襲おうと茂みからフォレストウルフが飛び掛ってきた。


 フォレストウルフは、森に特化した狼で、分類は魔物となっている。一説には、ツインテールウルフが森で生活していた場合に瘴気を一定量浴びて進化すると言われている魔物で、姿はツインテールウルフを一回り大きくした感じだ。全体的に濃い茶色をしており、後頭部から背中尻尾にかけて葉っぱの様な緑色の体毛を持っている。


 飛び掛ってきたフォレストウルフ二匹を跳躍した状態から蹴り飛ばして、後から飛び出したもう一匹を素早く始末し、地面に着地する。この一連の動きを一瞬に行える当たり、彼の格闘能力の高さは刀を扱う剣術並みと言えるであろう。


 しかし、フォレストウルフも三匹だけではない。茂みから姿を現したのは六匹。先の三匹も倒し切る事が出来たのは後から襲ってきた一匹だけで、最初の二匹はただ蹴り飛ばしただけで殺すまでは至らなかった。


 残りの八匹を素早く始末するために、魔法の袋から愛刀雪風を取り出す。そして、そのまま居合の構えを取り、フォレストウルフの攻撃に警戒する。


 犬歯を剥き出しにし、食べ物に飢えているのか涎まで垂らす始末。威嚇する声に子供たちは怯え、三人が一箇所に固まり震えていた。


 格好の獲物を前にお預けを食らっていたが・・・・その一匹が我慢を切らせて襲う。


 だが、レオンハルトの作り出す居合の射程内、絶対領域に足を踏み入れた瞬間、その一匹は、何をされたのか認識できないままその命を途切れさせる。


 続けざまに襲ってきたがそれらもすべて、その場から動くことなくすべて絶対領域に入った瞬間に斬り伏せた。


 周囲に他の生き物が居ないかを確認してから、倒したフォレストウルフとトゥリー・エントを回収する。


「これでもう大丈夫だ。さて君たちは何処から来たんだい?」


 怯えていた子供たちの元へ向かい。先程見せた雰囲気を変え、優しく声をかける。子供は同じぐらいの年齢の少女と七歳ぐらいの少年二人は、その言葉を聞き(ようや)く安心したのか、持っていた棒を落とし、少年二人は大泣きした。


 少女は、二人をあやし泣き止むのを待つ。


「あの、先程は助けてくれてありがとうございます。うちはソニアって言います。こっちにいる二人は弟のペドロとホセです。二人もきちんとお礼を言いなさい」


「ぐすん・・・うん。おにいちゃんありがとー」


「ありがとー」


 ペドロとホセがソニアの言葉を聞きお礼をしてくる。こういう子供を見ていると孤児院にいた頃を思い出す。その癖か、ペドロとホセの頭を優しくなでる。


「ああ、気にしなくていいよ。所で君たちみたいな子供がどうしてこんな森の奥に?」


 ソニアとは年齢的に変わらないが、精神年齢が既に大人であるレオンハルトには特に気にした様子はない。ソニアもレオンハルトの見た目は子供だが、先程見せた戦闘能力を見て恐らく自分よりも年齢が上なのかなと思いながら、彼の問いに答える。


 その表情はどこか重苦しい雰囲気を出しながら、そしてその雰囲気を感じ取り先程までの優しい表情とは別に真剣な表情で少女の説明を聞いた。


「うちらは、あの山の所にある山道から逃げてきました。貴方様に不躾なお願いがあるのですが、お父ちゃんを・・・お父ちゃんたちを助けてください」


 何やら訳ありのようだと感じ取り、詳しい話を聞く事にした。聞く事にしたのだが、この場所は何時魔物に教われるか分からない。その為一旦ログハウスへ戻る事にする。その事をソニアたちにも伝えると、驚きの表情を示した。


「この、この近くに街があるのですか?だったら、冒険者ギルドで冒険者の方々に助けを求める事が」


 如何やら近くに家があると言っただけなので、街の中にあると勘違いをしてしまったらしい。なので、その間違いを早めに訂正するため、彼女の話の途中に割り込むように説明した。


「話の最中済まないけど、この近くの街まで徒歩でも一日以上離れているよ?俺が言ったのは直ぐ傍に野営地って言えばいいのかな。皆で寝泊まりできる場所があるからそこへ案内しようとしたんだよ」


 それを聞き一気にその表情が険しくなった。そしてその重苦しい空気を蹴散らすかのように、ペドロとホセのお腹が大きな音を立てる。


 聞くところによると、この三日碌に食べていないようなので、ログハウスへ行く前に軽く食事をする事にする。とは言っても魔法の袋に入っている食べ物を出すだけだ。


(三日もだとすれば胃も弱っているかもしれない。栄養も考えると肉類が良いけど、胃に負担がかかるから、スープにしておくか)


 取り出した食べ物を見て三人は、慌ててその食べ物に食らいついた。慌てて食べたせいで、ホセは(むせ)てしまい仕方なく背中を擦ったりして対応した。


 そして、軽食を済ませ詳しい話を聞くために一度、ログハウスに戻る。道中も幾度か魔物に襲われたがすべて返り討ちにしておいた。


「気配レオンか?他にも居るようだが・・・」


 ダーヴィトがレオンハルトの姿を確認する前に気配を察知して、気配のする方へ話しかける。今日始めた修行の割には、早い結果が出ているようだ。


 三人の子供たちと一緒に姿を見せる。最初レオンハルトが姿を見せた時は、シャルロットとリーゼロッテが嬉しそうな表情を見せていたが、連れている子供たちを確認すると不思議そうな表情に変化する。ダーヴィトとエッダもこの場に似つかわしくない格好の三人を見てシャルロットたちと同じような表情で此方を観察してきた。


 その場で軽く経緯を説明し、詳しい話をログハウスの方で聞くことになったと伝え、四人にも同席してもらうため、修行を一時中断した。


 ログハウスに戻ったレオンハルトたちは、温かい飲み物をシャルロットが準備している合間に三人に椅子に座るよう促した。


 ソニアたちは、ログハウスを見てから全く言葉を話していない。終始驚いてばかりで、何か話せるような雰囲気で放ったのだ。


 テーブルにホットミルクを用意し、そこで漸く話を聞くことが出来た。


 ソニアの話によれば、彼女の両親はアルデレール王国の北東に位置する隣国アバルトリア帝国で商人をしていたそうだが、国家間の貿易の為にアルデレール王国に来る途中、魔物に襲われてしまったそうだ。


 ただ、アルデレール王国とアバルトリア帝国との間にはマウント山脈があるおかげで、最短距離を進もうとすればかなり危険になる。


 普段であれば、マウント山脈を迂回する形で、アルデレール王国の北を収める辺境伯領を経由してくるのだが、レオンハルトたちが修行を始める頃ぐらいから、北にある森や山などに住む魔物が活性化して、マウント山脈を越えるよりも魔物との遭遇率が非常に高くなっていた。


 そこで、強力な魔物が多くいるが遭遇率が低いマウント山脈を進む事にし、商人十数人が協力し商隊を編成した。


 冒険者も彼女が分かる範囲で三十人近くいたそうだが、運悪くマウント山脈の山道の七割近く進んだところで、強力な魔物に襲われてしまったとの事。


 運よく近くの洞窟に逃げ込んだが、出入口に魔物が陣取ってしまい。身動きが取れない状態になってしまった。子供程度なら如何にか通れそうな横穴がありソニアの両親や他の大人たちの機転により、商隊にいた子供たちはどうにかその横穴を通って逃がす事が出来たと言う。


 ソニアたちは助けを求めに行動したが、その道中にゴブリンやバンタムオークと遭遇し、蜘蛛の子を散らす様にその場にいた子供たちはあっちこっちに逃げてしまったそうだ。


 如何にか、道に生えている草や川の水で三日間ほど森を彷徨い、レオンハルトと会う事が出来たと語る。


 別れてから既に三日。他の子供たちも捜索しなければならない事を考えるとかなり急がなければいけない案件の様だ。


 大人たちはその洞窟が崩れていない若しくは、その出入口に入れる大きさの魔物に遭遇しない限りは、生死に問題はないはず、問題はこの森の中を彷徨っている子供たちの方だろう。もしかしたら既に手遅れになっている可能性も考えられる・・・・と言うかその可能性の方が強い。


「別れた時子供たちは全員で何人いたんだ?それと、お父さんやお母さんたちは洞窟に逃げ込んだ時に食料とか持って入っていたか?」


 これまで聞いた話を踏まえ、聞いておかなければならない事を確認する。


「子供は、うちらを含めて十人。食べ物は・・・・ちょっと、わからないです」


 十人中七人が行方知れずと言う事。となれば、ソニアの依頼・・・いや、お願いを聞くにしても何を最優先させるかが重要になる。


 一つは現段階でのソニアたち三人の保護だ。考えられる最善の策は、片道一日近くかかる道のりを、ソニアたち連れて移動し、ナルキーソまで戻る。そこで彼女たちを保護してもらい。捜索に出発する。『短距離転移(ショートテレポート)』でログハウスまで戻り、そこから子供たちの捜索とソニアたちの父親の救出に向かう事だ。


 だが、この場合時間がかかりすぎると言う欠点があり、残りの子供たちや洞窟内に避難している大人たちの生存率が低くなる。それに街を出る際に他の捜索隊と合同になれば、転移系の魔法は使えず、余計に時間を食う羽目になる。


 となれば、俺たち五人を分担させると言う手もあるが、そうなれば個々の危険性が増す。レオンハルトは、シャルロットこと窪塚(くぼつか)琴莉(ことり)を守ると言う前世からの誓いを破ってしまうかもしれなのだ。


 レオンハルトにとってまず、第一は彼女の安全。それが最優先に当たる。


 とは言いつつも、これまでも彼女が危険になる場面は幾度となく合った。今更と言えば今更なのかもしれないが、これまでは、巻き込まれた雰囲気が強い。しかし、今回は自分たちで選択できる立ち位置にいる。それが、余計に判断を鈍らせているのだろう。


 すると、どうするか迷っているレオンハルトの手をシャルロットは、優しく握りしめる。


 レオンハルトは、彼女の顔を見て覚悟の様なものを感じ取った。


 それは恐らく、彼の決断を信じる。そう言っている様に感じ取れた。


(ありがとう・・・・そうだね。今できる事をしないと)


「あの、お父さんたちを助けてください。お願いします」


 レオンハルトが決心したタイミングに合わせるかのように、ソニアがレオンハルトたちにお願いをする。


「でもな、俺たちは冒険者だ。依頼をするなら、もちろん報酬も出さなくてはいけないぜ?」


 レオンハルトではなく、ダーヴィトが彼女に説明する。今回、冒険者ギルドを通していないがこれは間違いなく冒険者に対する依頼だ。それも、並みの冒険者では達成が難しいであろう高めのランクに値する依頼。このランクの依頼になれば、最低でも金貨一枚以上はする内容だ。


 とても彼女には払える金額ではないし、俺たちも払える能力があるとは思っていない。それを分かっていて、それでもそのように聞くと言う事は、ダーヴィトは彼女の皆を助けたいと思う気持ちがどれ程のものなのか確かめるための質問であろう。


「ッ――――。う、うちの・・・うちの身体で。何でもするからお願いお父さんたちをッ」


 自分自身を差し出しても助けてほしい。その彼女の意思を認識したところで、漸くレオンハルトが口を開く。


「わかった。報酬はそれでいい。皆聞いてくれ。俺は彼女の依頼を受けたいと思っている」


「その前にレオンくん。ちょっと・・・」


 話の途中に割り込むシャルロット。彼女の表情が少しだけ怒っているような雰囲気を出していた。リーゼロッテたちも若干不機嫌な感じを出していた。


 彼女たちに連れられ、レオンハルトは部屋を出る。


「ねえ。依頼を受ける事はそれで構わない。けど、報酬は納得いかない。何か別のものにしたら良いのに何で報酬が彼女なの?」


 この世界に奴隷制度は存在する。そして、前世の記憶を持つレオンハルトとシャルロットは、その奴隷制度をあまり良くは思っていない。と言うのも前世では奴隷制度そのものがない国のない時代に生まれ、そしてそれを強く非難する国にいたのだ。


 貧富の格差はあれど、奴隷制度はない。言い得て妙かもしれないが、貧困の人たちにも人権は尊重されていたのだ。


 だが、奴隷になれば人から物に変わる。その人の人権そのものがなくなってしまうのだから、だから彼女はレオンハルトに対して怒りの表情を見せているのだ。


 別に奴隷になれとは言っていない。しかし、受け取り方ではソニアの意思を無視した行いも可能と言う事だ。それこそ、彼女が身体を差し出したように、如何わしい事を行っても彼女はそれを拒めない。


「シャル・・・勘違いをしているかもしれないから、きちんと伝えておくと、俺は彼女に手を出したりはしないよ。ただ、折角彼女が自身を差し出してきたのだから、無碍にも出来ない。それだけの覚悟があると言う事も皆理解しただろう?」


 レオンハルトの言葉に誰しもが納得する。ソニアはそれだけ強い意志で彼らに助けを求めたのだと言う事を。


「だから、ソニアたちの両親を助け出せれたら、近くの街まで誘導するまでの間、料理の手伝い何かをお願いしようと思っているんだよ。彼女の言う身体を好きにして良いと言う報酬に当て嵌まるだろう」


 そう言うと、シャルロットは思い違いに気が付き、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにする。リーゼロッテも同様に赤くなっていた。ダーヴィトとエッダは、若干呆れ気味に苦笑していたが、別にこれを狙って発言したわけではない。


 五人の誤解が解け、再びソニアたちが居る部屋へ戻る。


「すまない。それで、本題に入らせてもらうが、今回の依頼は―――――」


 レオンハルトが依頼内容の確認とその重要性を説明していく。依頼内容としては、大きく分けて三つ。一つ目は、ソニアたちの保護。色々考えた結果。時間的な問題もあり、このログハウスで待機してもらう事にした。ただ、魔物が入りにくいようにはしているが、絶対ではない為、此処に一人護衛として待機する事。


 二つ目は、一緒に逃げてきた子供たちの保護だ。生きている可能性は低いが、低いだけであって、絶対に死んでいるわけではない。もし生存しているのであれば、速やかに捜索しなければならない。なので、子供たちの捜索に二人。


 三つ目は、この依頼の主の部分に当たるソニアたち両親やその他の商人たちの救出だ。場所を考えれば、此方も時間の猶予は少ないと言って良いだろう。因みに、話の最中にどんな魔物に襲われたのか尋ねた所、ワイバーンとの事だ。


 ワイバーン、別名空の殺し屋とも云われ、その強さは最下級に位置するワイバーンでもマウントコングと同等の脅威を持つ魔物で、一体討伐するのに騎士団を一個小隊有するほどだ。


 故に、救出部隊も魔物を退け助け出さなくてはならない。


 ここまで聞くと、リーゼロッテやダーヴィトたちに加え、依頼をお願いしたソニアたちも暗い表情を示す。


「それでもするんでしょ?」


 シャルロットは、先程とは違い完全に彼を信じているそう言う眼差しで見つめてくる。


「ああ。今回の要は、何と言っても速さだ。なので、皆が何処に振り分けられるのかは俺が既に決めている。リーゼロッテは此処で待機。シャルロットは、ダーヴィトと共に行方不明の子供たちの捜索。俺とエッダで救出に向かう以上だ」


「レオンとシャルが分かれるのは何となくわかる。けど、エッダを救出に向かわせるのはかえって遅くなるのではないか?リーゼは身体強化魔法を使えるがエッダには無理だぞ」


 先程の迅速な行動にエッダが当てはまらない。そう考えるダーヴィト。彼の意見に同意するようにエッダも頷く。


 確かに人選に置いて、ワイバーンの相手となるとレオンハルトかシャルロット、リーゼロッテの三人が良いだろう。ダーヴィトとエッダは空中戦に於いては現状ほとんど何もできないと言っても良い。次に捜索の方だと広範囲の索敵魔法が使用できるレオンハルト若しくはシャルロットのどちらかが必要になる。


 その観点から考えても俺とシャルロットは別々に分かれる事になる。ソニアたちの護衛に俺とダーヴィトどちらかが一人になるのは、何となく居心地が悪いだろう。それに、一人で護衛するのだからいざと言う時の実力も必要になる上、子供の面倒まで見なくてはならない。


 此処までの状況を鑑みて、結論的に強敵の対処にレオンハルトが、捜索にシャルロット、護衛にリーゼロッテが受け持つ。ダーヴィトとエッダが救出か捜索に分かれるのだが、シャルロットは弓を主体にする遠距離型だ、近寄ってきた敵には少し遅れを取る可能性も考慮し、守りを得意とするダーヴィトと組ませた。


 エッダに関して、魔装武器を所持しているので多少強い敵が出ても対応合出来ると踏んでの事なのだ。それに移動の事もきちんと考えている事がある。


「ダーヴィトとエッダに渡す物がある。本当だったら修行を終えて渡すつもりだったが、緊急事態だから今渡しておく」


 魔法の袋から取り出した二つの腕輪。装飾はそこまで派手でなく且つ質素すぎたりもしていない代物だ。腕輪の中央に魔法石を埋め込んであり、魔道具として使える代物だ。


「この腕輪には身体能力を向上させる魔法が付与されている。フルで使用しても半刻は持つだろう」


 それを二人に手渡す。使用はぶっつけ本番になってしまったが、これまでの修行で身に付けた感覚があれば、使い熟すまでにそれほど時間を有する事はないだろう。


 それに、他に渡しておかなければならない物も一緒に渡しておく。


「これは?」


二人に渡した道具で疑問に思ったのだろうエッダは、一枚の板を持って訪ねてくる。


「前に預かった浮遊(フローティング)する(ボード)に少し手を加えてみた。軽い物しか乗せれなかったが、これは人が乗っても大丈夫なようにしているし、高さもかなり高くまで上昇できるようにしておいた・・・まあ元々の能力を大幅に変更したから浮遊(フローティング)する(ボード)とは呼べないかな。そうだな、普通に飛行(フライト)する(ボード)にしておくか」


 既存の魔道具に手を加える事は、決して簡単な事ではないが不可能でもない。現に魔道具を作れる者で活膨大な知識とそれを変更できるだけの技量を持つ者は少なからず存在し、それを生業にして生活している。


 前世と現世の知識を持つ彼にとっては、ある程度の問題さえ解決してしまえば、然程難しい物でもなかった。


 因みに、飛行(フライト)する(ボード)はただ、乗せれる重量と浮遊する高さを増しただけではない。人が乗って制御できるように別の魔道具を用いて、その所持者の思いのまま動かせるようにしている。


 しかも、内蔵させた機能に自動魔力吸収装置まで組み込んでいる。本来、一部を除く魔道具は、使用した際に魔力を消費しただの道具になる物がある。


 浮遊(フローティング)する(ボード)も魔力を流して使用する事が主体だ。魔力を持たない物は魔法石などで、魔力を補充する必要がある。レオンハルトやシャルロットの様に魔力を持つ者なら問題ないが、使用する者がエッダとなると、そのあたりの対策も必要だった。


 一度動かせば、そのまま周囲の魔力を吸収し始める装置。これのおかげで、定期的に魔力の補充を行わなくても済むと言う事だ。イメージとしては車のバッテリーみたいなものだろうか。


 とにかく、そう言った知識を使い完成させた代物だ。


 それに、ダーヴィトに渡した天馬の靴も以前のよりも性能を高めている。使用回数を増やし、しかも跳躍力を高めている。エッダの様な魔改造までは施していないが、それでも十分すぎる程の手の入れ具合だ。


 ここまで、説明すると全員が驚きの表情をする。それはすごく当然の事だろう。この短期間でそれだけの改造を施していたのだから、しかし今回は、時間的猶予はない。細かい事は後回しにして、一旦それらを個々に渡した魔法の袋に収納する。


「あ、あの。うちも連れて行って」


 ソニアは真剣な表情で訴える。これまでの話では、救出に向かうのはレオンハルトとエッダの二人。捜索の方もシャルロットとダーヴィトの二人だった。それが出発直前になって申し出てくる彼女。


「理由を聞いても良いかな?」


 あまり時間を取られたくなかったが、彼女の表情からどうしても譲れない雰囲気を出していたので、理由を聞き納得できるかどうかで判断する事に巣したのだ。


 彼女から紡がれた理由、一つはどのあたりの洞窟に両親が身を隠しているのか大まかにわかるとの事。もう一つは、両親や逃がしてくれた人たちの安否を一刻も早く知りたいとの事だ。


 まあ、居場所が大まかにわかるのは此方としても助かる処ではある。『周囲探索(エリアサーチ)』でもあの山のどの山道を調べるのか分からなければ、調べるのにも時間がかかってしまう。


「わかった。エッダ彼女を頼む。リーゼ此処は任せた」


 レオンハルト、エッダ、ソニア、ダーヴィトが順に出発する。


「後はお願いね。リーゼちゃん」


 シャルロットもリーゼロッテに一声かけてから、彼らの後を追った。










「前方に敵八。その後方に更に敵ニ。間もなく遭遇。注意して」


 後方から声がかかり、彼女の前を行く者はその言葉を聞き、表情を引き締める。


「敵八視認。先行する」


 シャルロットの『周囲探索(エリアサーチ)』で捉えた魔物をレオンハルトが視認し、現速度よりもさらに加速し、前方にいた魔物八体を一気に倒す。それに続居するかの如く、殲滅した彼の頭上を二本の矢が通り過ぎた。


 最後方からのシャルロットの攻撃で前方にいた魔物を屠る。


 森へ出発してからと言うもの、レオンハルトが最前列で魔物を素早く倒し、後方から『飛行(フライ)』で飛んで周囲を索敵しつつ援護を行うシャルロット。これまでの所ダーヴィトとエッダは全く出番がない。あるとすれば、レオンハルトが回収し損ねた魔物の死骸を通りすがりに回収するのと、ソニアを運ぶ事だけだろう。


 因みに、風属性魔法である『飛行(フライ)』は、こういった森の中では使い勝手が悪い魔法なのだが、そこは熟練された魔力制御とシャルロットの魔法に関する感覚による賜物であろう。


 残りの者たちは身体強化の魔法で、森の中を駆ける速度を高めている。とは言っても、慣れていないダーヴィトとエッダに速度を合わせているため、先程の戦いの様にレオンハルトは更に速度を上げる事が可能である。


「このあたりで別れよう。シャルたちはこのまま森の中を捜索。俺たちはあの山の麓まで移動する。シャル気を付けろよ」


「レオンくんもね。いっつも無茶ばかりするから気を付けてね」


 そして、捜索と救出に分かれた。


「あの?分かれても良かったの?シャルロットさん索敵魔法が使えるのよね。彼女のおかげで魔物の位置も事前に把握できていたのに・・・・大丈夫なんですか?」


 これまでの戦いを見てきたソニアにとって、シャルロットの存在は非常に心強いものがあった。森での飛行魔法の技術、敵の位置の把握、弓の狙撃能力とどれをとっても自分にはない凄さを持っていた。


「ええ。大丈夫よ。こっちに彼が居る限りね。それに索敵魔法が使えるのはシャルちゃんだけじゃないしね」


 そう言ってエッダはレオンハルトを指さす。エッダの話を聞き、レオンハルトと言う人物の能力の高さをこれまで以上に強く意識するソニア。エッダの説明では、皆の戦い方を指導してきている人物も彼であれば、魔法もシャルロットと同程度かそれ以上の使い手だと言っていた。魔法の種類によっては、シャルロットの方が上らしいが、それでも標準的な能力では、彼が最も高いとの事。


「彼は何者なんです?」


 最も気になる疑問をぶつける。ソニアにとって同じ年齢の少年が、たった二人でワイバーンの討伐及びワイバーンに襲われた商人たちの救出に向かっているのだ。普通なら数十人で行うようなことを・・・。


 加えて、魔力も戦闘能力も秀でているのであれば、普通気になるに決まっている。


「何者って言われても・・・私たちのリーダーかな」


 少し照れくさそうにソニアに伝える。エッダにとって、年下ではあるが非常に頼りになるリーダー。そして、仲間の誰もがそれを認めている存在。


 別れてから暫く進むと、急に前を進むレオンハルトから停止の合図が出る。かなりの速度で走っていた状態からの急停止もあり、止まる際停止距離が数メートルに及び砂煙が発生する。


 これに関して、レオンハルトも同様の為特に問題にならない。砂煙に紛れる様に近くの木々に身を潜める。


 急な緊張感にソニアは恐怖を感じ始めた。


「前方に生き物の反応が多数ある。ただ、距離がまだあるのと反応の強弱の差が激しい。もしかしたら弱っている方は子供たちの可能性もある」


 不確定要素が強い事でレオンハルトは停止を促し、この位置から詳しく調べようとしたのだ。


「エッダ、周囲を警戒」


 レオンハルトの言葉で、ソニアを下したエッダは、直ぐに周囲を警戒し始める。その間にレオンハルトは、探索魔法『周囲探索(エリアサーチ)』を反応があった場所に集中させ、更に『(ホーク)(アイ)』『索敵(エネミーサーチ)』も同時に発動させた。


 『(ホーク)(アイ)』は自身の視界を上空から第三者目線で見る事の出来る魔法で、『索敵(エネミーサーチ)』は文字通り敵を見つける魔法だ。『周囲探索(エリアサーチ)』と似た様なものと感じるかもしれないが、似ているのは一部で他は全く別物だ。


 『周囲探索(エリアサーチ)』は周囲全体の・・・例えば、生き物から木々、岩、地面、そう言った情報を知りえる事が出来るのに対し、『索敵(エネミーサーチ)』は敵意ある者、若しくは敵意を持つ者しか反応しない。敵意の周りに何があるのかそのあたりの事まではわからないのだ。


 もっとイメージしやすくすると、良くインターネットで地図を見る時、航空写真で見るそれが『(ホーク)(アイ)』の魔法で、全方位や任意の方角を水の波紋のように魔法の余波を広げ、その余波をストリートビューで見る様なものにするのが『周囲探索(エリアサーチ)』。『索敵(エネミーサーチ)』は、魚群探知機のソナーや航空機レーダーみたいな感じで、敵が何処にいるか程度しか分からない。それぞれに長所と短所がある。


 今回は、それらを補う様に三つ同時に発動させた。上空からと地上から、そして敵対者の確認を重ねる様にすれば万能な探索魔法の完成だ。


 しかし、これらを行うためにはかなり集中力を有するので、レオンハルトは身を潜める様に隠れて発動させたのだ。


(糸?って事は蜘蛛系か芋虫系の魔物だな。繭みたいなのがあるのか・・・弱い反応は繭の中か、でも反応がないのもあるな)


 三つの探索魔法でかなりの情報を入手した。森の中を無数の見える糸と見えない糸で構成されており、それを作った魔物は体調二メートルの下半身が蜘蛛で上半身が女性の身体をした魔物アラクネだ。


 人の形を模しているのであれば、会話等も出来るのかと思われがちだが、アラクネは、ヒト種との会話が出来ない。それよりもヒト種を(えさ)としか捉えていないのだ。


 繭は全部で九つあり、反応があった繭はその中でも五つだけ、他の者は中に生きて生物が居ない事を示している。アラクネも六体いて正直、厄介としか思えない。急いでいる上に戦える者がエッダと自分だけの状況でソニアを守りながらとなると、普通であれば少し迂回して進むところだ。


 しかし、先に述べたように子供たちが居る可能性も十分あり得るため、アラクネと一戦交えなければならない状況になっている。


「この先にあった反応はアラクネの様だ。繭の中に何かが閉じ込められているみたいだが、子供たちかどうかまでは確認できていないが、確認はするべきだろう」


 レオンハルトの問いに二人は無言で頷く。


 問題は、ソニアを守りながらどうするか、アラクネはそこそこ厄介な魔物に分類されるうえ、強さもある。熟練の冒険者が相手にする様な魔物が六体もいるのだ。強さで言えばレオンハルトの方が上でも既に組み上がっている相手の土俵に挑むにしては何かしらの作戦が必要になってくる。


 だが、どうするのか考える余地は与えられなかった。


 後方を警戒していたエッダが、何かの気配を察知した。


 レオンハルトも同様に察知したため、前方から全体へ変更し確認する。そして、知りえた情報に対して舌打ちをする。


 襲ってきているのはクレイジーモンキーと言う猿の魔物だ。最初の訓練をしていた頃に森へ遠征に出かけその際に遭遇したのもクレイジーモンキーだった。この森で遭遇したくない魔物の上位におり、その理由は個体自体ゴブリンより上程度なのに、群れで襲って来る上、群れでの襲ってきた時はその脅威は二段階近く上昇するのだ。


 名前の通りクレイジーな動きで、予測が全くできない上に周囲の木々を巧みに使い群れでの連携も見習いたいぐらい練度が高い。囲まれれば縦横無尽に翻弄されてしまう非常に面倒な相手だ。


 全方にアラクネ、後方にクレイジーモンキー。どちらも厄介な上、アラクネの場合相手の張り巡らされた糸の土俵で戦闘を強いられ、クレイジーモンキーは既にこちらを捕らえている様子。


 そうこう考えていると、クレイジーモンキーの一匹がレオンハルトたちの前に姿を見せた。ソニアは突然現れたクレイジーモンキーに驚き、茂みから慌てて出る。


「ソニア動くな」


 慌てて停止を促すが、一歩遅かった。ソニアは、アラクネの張っていた見えない糸の罠に絡み取られる。何か糸の様なものが切れる音が聞こえる。


 見えない糸が切れた事によって、見える糸が突如ソニアの足に絡まる。


「キャッ」


 両足を糸で拘束されたソニアは、その勢いで転倒する。


「くそっ。エッダ此処を頼む。俺は彼女を」


 この後の行動をどうするか話し合っている時に更にソニアから悲鳴があがる。そちらを確認するとソニアがアラクネのいる場所へと引きずり込まれていたからだ。


 レオンハルトはすぐさま、茂みから飛び出し、風の魔法で周囲の糸を薙ぎ払いながら、ソニアの後を追う。残されたエッダは、槍を構え現れたクレイジーモンキーとの戦闘を開始した。


次回は今月下旬に投稿予定になります。

誤字脱字等がございましたら、ご指導お願いします。

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