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020 生誕祭とクリスマスの思い出

 薄暗い空から白い結晶が地上に舞い降りる。その一つを手に取ると一瞬だけひやりと冷たくなったが、手の温度で白い結晶は溶けて手の平から消えてしまう。


 白い息を吐きながら、再び空を眺めるレオンハルト。雪が降っているのにもかかわらず、今はそれ程寒さを感じられない。それもそのはず・・・。


「やあああああー」


 ほんの僅かの時間、別の所へ意識を向けていたのだが、それを隙だと判断したエッダが、彼目掛けて突進し、直前で持っている槍の連続突きを繰り出した。


 普通に捌く程度では、間に合わないだろうが、それは一般人に対しての評価だ。対戦しているのは達人の域に足を踏み入れているレオンハルトだ。連続突きを鞘に入れた状態で持っていた刀ですべて受け流す。


 最小限の動きだけで、無力化されたエッダは、彼との距離が零距離になる前に横へ跳ぶ。間髪入れず、十数本の矢が急に視界に入りレオンハルトを襲う。エッダの身体で認識が遅れてしまったが、如何やらこの矢はエッダの身体で隠していた様で、エッダが避ける事で、突如現れたように錯覚した。


 槍と同じように捌こうと考えたが、すべてを捌き切るのが不可能だと悟ると足に力を入れて跳躍する。


 先程までレオンハルトが居た場所を無数の矢が通過した。通過したのだが、レオンハルトが避ける事まで予想していたのだろう。矢羽を調整していた矢が急に方向転換をするようにカーブして追撃してきた。空中でそのまま向かってくる矢を今度はすべて捌き落とす。


 着地と同時にエッダが再び攻撃を仕掛けてきたため、鞘から刀を抜き、槍を受けきる。それと同時に鞘を後方へと差し向け、背後から飛来する盾を受け止める。


(良いタイミングだ)


 レオンハルトは素直に感心する。前方にはエッダ。後方からは飛来する盾。両方を受け止める事で両サイドへのカバーが出来なくなる。その左右をリーゼロッテの剣とダーヴィトの拳がレオンハルトを襲う。


 身体を捻り、エッダの攻撃を流し、そのままダーヴィトと接触するように誘導。リーゼロッテの剣は空中を一回転して避ける。此処まで避ける事を見越していたかは分からないが、予想通りなら、次に来るのはシャルロットの射抜く矢だ。


 培ってきた勘を働かせ、シャルロットがいると思われる場所を見る。


 しかし、そこには誰も居らず、ただ弓が置いてあるだけだった。しかもご丁寧に矢をセットしている。


「なッ!?」


 矢がセットしてあれば、人がいるかどうかよりも矢先が光る事で一瞬其方を警戒する。だがよく見れば、本当に何の脅威も感じない弓矢。その目的は、レオンハルトの警戒を一瞬でも自分から外す事ただそれだけだった。


 これまでこの様な攻撃手段を受けた事がなく。完全に意表を突かれたレオンハルト。背後から忍び寄る人物の攻撃を持ち前の反射神経だけで如何にか回避する事が出来た。


 現在、シャルロット、リーゼロッテ、ダーヴィト、エッダの四人対レオンハルトの模擬試合を行っている最中。ダーヴィトと出会った当初は、同じ状況でもまだ余裕に四人を相手にできていたが、修行を積み重ねている彼女たちの実力は更に高くなり、油断すればレオンハルトでも簡単に追い詰められてしまうのだ。


 シャルロットの持つ短剣を手刀で払落し、反対の手で持つ刀を返しシャルロットを襲う。だが、その攻撃はリーゼロッテの剣に阻められてしまう。力を入れれば男女の力の関係で押し切れるが、それを許すはずがなく。ダーヴィトが盾で殴りかかってくる。


 直撃が免れないような鋭い一撃を蹴りで対応。鉄と鉄がぶつかり合う激しい音が周囲へと広がった。


 紡ぎ紡がれる連続的な攻撃は、見ている者が居れば圧倒されているに違いないレベルの戦闘だ。


 幾度となく繰り広げられる攻撃も流れが止まった所で漸く終了となった。


「くっそ。今日も勝てなかったか」


「やっぱりレオンくんには、敵わないねー」


 四人とも地面にへばり込んで休んでいる。今回の模擬戦・・・・いや、ここ一月(ひとつき)ほど前から始めた。魔法や魔力、魔道具など一切を禁止した戦闘。これは単純に戦闘センスを磨き、これまでしてきた訓練を実戦形式にした練習法だ。当然、魔法が使える者はこの後に魔力操作の訓練。使えぬ者は、引き続き基礎体力作りに励む。


「皆、修行開始前よりだいぶ強くなっているよ。ダヴィもエッダもランクで言えば(ディー)ランクになれるだけの実力は備わっているさ」


 レオンハルトたちが修行を始めた頃は、ダーヴィトとエッダのランクは(ジー)ランクで、実力だけ見れば(エフ)ランクに近い程度だった。それを僅か一年以内に(ディー)ランクになれるだけの力を付けているのだ。


 (ディー)ランクの実力だが、実はここにいる全員ランクは(エフ)ランク。修行が始まってから、十数回程度しか冒険者ギルドからの依頼を受けていないのだ。これが、何十回と功績を貯めていればすぐにでも昇格試験を受けれたのだが、それをするタイミングが一度しかなく、それで実力よりも下のランクに納まったままなのだ。


 ある程度見切りをつけて、修行を一時中断するべきかとも考えている。


 何せ、先月に入ってから、この近辺の領主であるヴェロニカ・イーグレット・フォン・ヴァイデンライヒ子爵に王都で開かれる武術大会に誘われていたのだ。だが、その大会も今月の初旬に始まり、先日閉会式が行われた。


 閉会式の情報まで知っているのは、参加しなかった事を王都から戻った彼女からネチネチと聞かされたからだ。


 参加しなかったのは、丁度タイミング的に悪かったからである。その頃、とある事で悩んでいた案件が、色々解決し始め、流れを崩したくなかったのだ。まあそのとある案件とは、今日の模擬試合でも行われた連携についてだ。それまではタイミングが合わなかったり、行動がバラバラだったりと戦闘の形としてはかなり不出来な物だった。それが、互いを意識し、攻撃の波長を合わせられるようになったから、当然其方を優先する。


 ではなぜ、大会が終わった後の・・・今なのかと言うと、今年もあと数日で終わるからである。その為、年末から年始にかけて行われる祭りの準備を自分たちもした方が良いのではないだろうかと思ったためである。


 その連続する祭りの初日を飾るのが二十月二十五日、生誕祭と呼ばれる日だ。この生誕祭は、記録上で最もこの世界に貢献したと言い伝えられているニコラウス・ラインハルト・バッハシュタインが生まれた日だ。彼の事は、図書館などに行き魔道具に関する記述を読めば必ずと言って良いほど登場するし、本屋でも彼について語られる本が未だに数多く存在している。その彼が此処まで有名なのは、彼が発明者だったからであろう。現代の基盤となる馬車の開発や水薬(ポーション)の調合。そして一番大きい功績は、魔道具制作の第一人者であったと言う事。今尚、多くの者にその恩恵を与えている事から、彼の誕生日を皆で祝い、忘れず、生きて行こうと言う事から祭りが開始されたのだ。


 彼が亡くなってできた祭りなので彼自身がどう感じるか不明だ。


 そして、年月が経ち今では祭りの初日と言う風習に変化してしまっている。


 生まれた日にちを祝う行事とは、まるで前世の十二月二十五日にあるクリスマスを感じさせられる。クリスマスもまた、イエス・キリストの降誕を祝う祭りとされている。


 それに近いのかもしれない。それが前世の記憶を持つ二人の考えだ。


 その、生誕祭があり、その後の年末までの三日間と新年を迎えた四日間の計八日間が、祭りの期間だ。一応、二十月二十八日が年終際。一月一日を新年祭と呼ばれ、一月四日は精霊祭となっている。二十月二十六日と二十七日、それと一月二日、三日に関しては特に名前はつけられていない。


 生誕祭まで残り三日しかない現状。流石にこんな時期に山の麓のログハウスに籠る必要はないだろうと言う事だ。


 その日の夜に皆にその事を伝える。久しぶりの休日と言う事もあり喜ぶ。しかし、出てくる会話が予想とは違う物だった。


「よっしゃー。まずは、このあたりにいる魔物を倒さないとな」


「どれを倒そうかしら?」


「久しぶりに、凝った料理でも作ろうかしら?」


 各々が休日をどう過ごすか考えているが、祭りが終わるまでの休日をどう過ごそうか考える場合、何処を見ようかとか、何を食べようかなどの話をするのだと思っていた。


 それがどうすれば、魔物退治や料理作りになるのだろう?普段とほとんど変わらない気がすると眺めていると、不思議に思ったのかダーヴィトが話しかけてくる。


「レオンは何が良いと思う?シャルさんが折角凝った料理を作るのだから、ここはホーホーの焼き鳥でしょう・・・・ってどうした?そんな顔して?レオンは屋台を作る係なんだからしっかり意見出さないと」


「屋台?」


(あれ?いつの間に屋台の話になっていたのだろう?)


 ふと、そんな事を考えていると、今度はリーゼロッテがレオンハルトの発言に食って掛かる。何でも少し前に大々的な祭りがある事を知り皆で楽しみにしていた。そこで、自分たちも参加しようと言う事になり、話し合いの結果。屋台を開くことに決まった。それを聞いても一向にその時の会話を思い出せない。


 そのあたりの記憶にある事と言えば、ヴェロニカ子爵の話についてだ。王都で開かれた武術大会に知った名前が参加していた事を知ったのだ。どんな戦いだったのか、結果がどうだったのか等詳しく聞き、参加しなかった事を悔やんでいた事しか覚えていない。


 どうやらその悔やんでいる時に決まった話だと、リーゼロッテの話の前後から読み取り、結局今日まで何も言わなかったため、若干不安に思っていたのだそうだ。まあそうならそうで伝えてくれれば、良かったのだが、それを今言っても意味はない。


 話の結果。誰も真似しない料理に手を出す事にした。


 翌朝から、食材調達をする組と街中で準備をする組に分かれる。


 食材は、リーゼロッテとダーヴィト、エッダの三人で、街中での準備にレオンハルトとシャルロットが受け持つ。


 振り分けには意味があり、屋台を作るにしても屋台に備え付ける道具の購入を行わなければならず、その道具の購入と作る際に必要となるその他もろもろも購入する。それと、祭りの期間中はログハウスではなく、宿屋に泊る事にしたため、その手配。シャルロットが同伴しているのは、食材調達組が調達できない食材の購入だ。言わば、野菜類や調味料等だ。それと、屋台を出すのに何らかの手続きがいるのかを商業ギルドに確かめに行く。


 買い物をしながら商業ギルドにたどり着き、支配人をしているヴィーラント・シュミットバウアーを呼び出してもらう。と言うより商業ギルドはそれ程関りが少ない為、知っている人物から聞いた方が良いだろうとの判断だ。別に支配人だからと言う理由は全くない。


「ようこそお越しくださいました。レオンハルト様にシャルロット様」


 呼ばれて現れるヴィーラント。彼に此処に来た用件を尋ねる。


「なるほど、祭りの期間中に屋台を出したいと?わかりました。私の方で場所を手配しておきましょう。因みにどのような屋台を出すつもりで?」


「ドネルケバブです」


 シャルロットがその食べ物について説明する。


 ドネルケバブ。トルコ料理の代表的な料理の一つで、主に香辛料などで下味をつけた肉をスライス状に切り、積み重ねる。更に積み重ねた一塊の肉を表面からじっくり炙りながら焼き上げる。炙り焼きが出来ればその部分を削ぎ落し、ピタと呼ばれるパンに野菜や肉を挟みソースをかけて食べる肉料理だ。


 見た目、味共に衝撃を与える事が出来る品だと判断している。


「そのような料理がある事を初めて知りました。流石、レオンハルト様にシャルロット様。あのマヨネーズもお二方が考えたとか、でしたら今回のその・・・ドネルケバブでしたか。絶品なのは間違いないでしょう。お二方の為にぜひ協力させていただきましょう」


 何故か、すごい期待感を持っているヴィーラント支配人。そう言えばマヨネーズをリッテルスト商会が売り始めた時に一番絶賛していたのはこの人だった。


 流石は、商業ギルドの支配人を務める人物と称賛したくなる。


「では、場所についてなのですが、申し訳ありませんが人気のある場所はもう空きがない状態です。ですが、もしお二方が宜しければ、私共のギルドが出そうとしている屋台の一角を提供したいのですが・・・」


 なるほど、提供したかわりに何か要求をしようと言う魂胆なのだと理解する。まあ。許可を今頃になって言い出した此方にも非があるので、その要求次第では飲んでも構わないと伝えた。


「出来れば、此方側からもお手伝いをお願いしたいのですが、駄目でしょうか?もちろん、場所はメイン通りの一番良い場所を提供させていただきます」


「それは、作り方を教わりたいと言う事ですか?」


「はい、そして可能であればその製法をお譲りしていただけないでしょうか?」


 要は、ドネルケバブの情報と販売の購入をしたいと言う事なのだろう。しかし、商業ギルドが独自に商会のような事をしても良いのだろうか?そのあたりの事を詳しく聞いてみる。此方としては、情報開示や販売の権利程度は渡しても構わないとさえ考えていた。なので、それ等の事を商業ギルドがどの様に扱うのかが気掛かりだった。


 しかし、独占とか情報の売買に使うのではなく。商業ギルドが運営しているというか隣接した食堂で販売する事と飲食店や個人屋台で失敗しかけている所に情報を与え、生計を立て直してもらおうと考えているのだそうだ。


 その程度の事なら別に構わない。いやむしろ積極的に広げてそれぞれが別の方向からアプローチした料理を食してみたいとさえ思ってしまう。


 結局、ヴィーラント支配人の提案を受け入れる事に、必要な書類にサインや具体的な場所、機材、当日手伝ってくれる事になった職員へ挨拶や作り方の説明をして、商業ギルドを後にした。


 ドネルケバブを作るために欠かせないゆっくり回転しながら炙る装置を作らなければならない。とは言ってもある程度は考えていたから、材料を買い揃えて組み立てるだけで済むだろう。


 日が暮れる頃には、買ってきた物で装置の付いた屋台を完成させた。その後、リーゼロッテたちを迎えに行き、彼女たちの方も一日で必要数以上の肉を確保できていた。


 夕食を食べてから、それらの肉の処理を行い。下ごしらえを済ませておく。これで明日焼いたりすれば完成予定だ。


 それから、生誕祭当日。朝早くに起きて皆で支度を済ませる。祭りの準備ではないそれは、前日にほとんど終わらせているので問題ない。では、何の準備をしているのかと言う事だが、それは・・・・。


「レオンくん準備できたら行こうか?」


 声をかけてきたシャルロットに返事をして、ある物を準備する。そして、レオンハルトの部屋に集まった皆は、それを合図にレオンハルトに摑まる。


 目の前の景色が一瞬で変わった。


 レオンハルトが使用したのは、『転移(テレポート)』。移り変わった先の景色を見てある者は懐かしく、ある者は初めての場所の為周囲を観察した。


 彼らが訪れたのは、レカンテート村の近くの森の中だ。レカンテート村からそれほど離れておらず、且つ村人たちはそれ程来ない場所へと移動したのだった。


「何だか、すごく懐かしいわね」


 レオンハルトたちがこの地を離れてまだ、一年にも満たない。それに、レカンテート村の近くにある交易都市イリードには、たびたび訪れてるため実感しにくいと思っていたが、レオンハルトやシャルロットも思いのほか懐かしく感じた。


 森を出てそのままレカンテート村へ向かう。


「ん?こんな時期に旅人か?」


「本当ね。何か用――ってあんたあれ、リーゼちゃんと違う?」


「ああ。それにレオン君とシャルちゃんも一緒の様じゃな」


 村の入口にいた夫婦の会話から、徐々に村の中へ知れ渡る。それを聞きつけた者は、店から出てきたりして歓迎してくれた。


「お久しぶりですヴェラさん」


 歓迎してくれている村人は全員顔なじみと呼んでいい人たちだがその中でも良く関わっていた人物を見つけるとすぐに其方へ足を運び挨拶をした。


 孤児院にいた頃に薬草や野草、フェザーラビット等を買い取ってくれていた商店の店主。子供にも優しく接してくれる為、孤児院の子供たちにも人気があった人物だ。


「久しぶりだねー。元気にしておったか?」


 それから、ヴェラや村の人と少し話をした後、アシュテル孤児院に向かった。その際に、お土産として、修行中に仕留めた魔物や獣の肉を幾つか渡しておいた。


 話の中で、自分たちがこの村を出てから肉類の供給が減ってしまったと言っていたためである。今孤児院から入荷しているのは、レオンハルトたちが活躍する前のフェザーラビットやランドバードばかりで、時々兵士やアンネローゼたち大人が猟に出たりしているが、ピーク時に比べると激減したのは言うまでもないだろう。


 それと、ヴェラや村の人からロック鳥など出発する前にアンネローゼに渡した食料のお礼をされた。出発して数日後にロック鳥の解体を行い孤児院だけでなく村の人にも分けたそうだ。


 村の中で皆から声を掛けられつつ目的地であるアシュテル孤児院に到着した。此方も旅立つ時とほとんど変わっていなかった。唯一変わっていたのは、木で作られたテーブルや椅子が庭に置いてあったぐらいだろう。正確にはテーブルや椅子は、以前別の場所に置いていたが、如何やら場所を変えたのだろうと言う程度の事だ。


「お母さんただいまー」


 孤児院の玄関を開けて大声で挨拶をするリーゼロッテ。朝早くなので普通に考えれば迷惑な行動だが、この孤児院は朝日が昇る前に半数ぐらいは起床していて、残りの半数も朝日と共に起きたりする。そして今は既に朝日は昇っているので、殆どの人は起きている事になる。


 玄関近くに居た子供たちは、レオンハルトたちが戻ってきた事に喜び集まってくる。そうこうしていると、リーゼロッテを大人にした感じの女性が姿を見せる。


「リーゼッ!!お帰り」


 リーゼロッテ似の女性・・・・この孤児院の責任者であり、リーゼロッテの母親でもあるアンネローゼ。自分の娘が戻ってきた事を知ると急いで駆けつけ、すごい勢いでリーゼロッテを抱きしめた。


 積もる話もあるだろうが、まずは母娘の感動に水を差すわけにも行かず、ただ見守る事にした。リーゼロッテを十分抱きしめた後にレオンハルトとシャルロットも抱きしめられ、話が出来るようになるのに多少時間がかかってしまった。


 食堂へ案内され、ミュラーがお茶を入れて持ってくる。そのタイミングに合わせてそれぞれ自己紹介を済ませ、これまでの出来事を掻い摘んで話をした。


 そもそも今日ここに訪れた目的は、近況報告に来たのではない。二十月二十五日の今日は村全体でお祭り騒ぎになる生誕祭。規模こそ小さいが、孤児院の子供たちも楽しみにしているお祭りだ。お祭りと言えば屋台だが、この村の規模では二、三軒しか出ない。基本はそれぞれの過程で豪華な料理を振舞ったりするのだが、それでは味気ないと思い、子供たちに玩具や料理のプレゼントを持ってきた。これが、彼らの今日ここに来た目的だ。


 前もって作っておいたパンケーキやシフォンケーキに生クリームでデコレーションしたクリスマスケーキや果物を混ぜ込んだパウンドケーキを渡す。それ以外にも、肉料理や魚料理、野菜を使った料理と幅広く渡す。


 折角のお祭りを豪勢に彩ろうとしたのだ。玩具も積み木やけん玉、羽子板、絵本などをプレゼントした。絵本は、ナルキーソの古本屋で幾つか見繕い購入し、それ以外は自作の道具だ。殆ど本など購入する機会がなかったからわからなかったが、古本の絵本でもかなり値段が高く。何冊も買うとあっと言う間に普通の人は金欠になってしまう値段だった。


 後は、魔物の肉を幾らか渡し、この後予定があるため、名残惜しいがナルキーソに戻る事にした。


 朝と昼の間ぐらいの時間だと言うのに街の通りには屋台が幾つも準備を始めていた。物によっては既に販売を開始している屋台も見受けられ、俺たちは急いで所定の位置で準備をしてくれている屋台へ移動した。


 ドネルケバブ用に改良した屋台に他の通行人は非常に気になっている様子だが、何も作る気配がない事を察したのか、顔をのぞかせるとすぐに去ってしまっていた。


「お待たせしました。これから準備に入りますので、皆さんも用意をお願いします」


 レオンハルトは、今日の日の為に準備しておいた肉を取り出し、炙る準備を始める。シャルロットは、ピタの用意とその中に入れる野菜類を次々に取り出し、セットしていく。


「ここに置いておいて、彼が切り落とした肉をこうやって挟んで、それで・・・・」


 シャルロットは、手伝いに来ていた商業ギルドの職員へ作り方を教えていく。因みにある程度教えたら、リーゼロッテとエッダに監督してもらいながら、レオンハルトとシャルロットは、ドネルケバブの主役である肉の作り方、肉の味を引き立てるソースの作り方。そして、それらすべての食材をまとめてくれるピタの作り方を教えていく予定だ。


 周囲のお店も次々に開店し始める中、通行人たちが待ちに待っていた屋台も漸く開店した。開店と同時に購入を希望する街の人の列が出来上がり、飛ぶ様に売れて行った。


 購入する殆どは、ドネルケバブの調理工程に釣られて集まり興味本位で購入していったのだが、その料理を口にしてから瞬く間に美味しい料理として街に広まった。


「やはり私の予想通りの事になりましたね」


 次々と注文が入る中、客の一人がレオンハルトに向かって話しかける。顔を上げて確認すると、ヴィーラント支配人がドネルケバブを片手に立っていた。


「此処まで大事になるとは思いませんでした」


 レオンハルトは、その客の列に驚き、只管肉を削ぎ落していたのだ。


「私はこうなると思っていましたよ。何せ聞いた事もない料理をレオンハルト様たちが御作りになるのです。売れないはずがありません」


 何処からそのような根拠が出るのか分からないが、この状況を予想していたのであれば、ある意味すごいと言わざる負えない。普通、興味本位で購入してくれる人以外は、あまり買ってくれないのではないかと考えていたからだ。


 そろそろ準備していた食材も数が少なくなってきたため、約束通り商業ギルドの職員に作り方を教える。屋台の方はリーゼロッテ、エッダ、ダーヴィトの三人に任せ場所を移す。目的地は、ヴィーラント支配人が手配してくれている食堂の厨房の一角。このお店は、祭りでも通常通りの品を出すため、こういう日は多少なりと客足が遠のく、ここの料理人自体、それを気にしていない為、レオンハルトの作業場を提供してもらえたのだが・・・。


肉をスライス状に切った後は、付けタレなどで肉に味を馴染ませる。馴染んだら、肉をどんどん積み重ねていき、一塊の肉を再形成したのだ。


「なるほど、一度その工程を行う事で肉の旨味が全体に行き渡るのですね。勉強になります」


 うーん。そうなのかどうか正直分からないが、まあそれぞれが自分の答えを見つけたのだからそれでもいいかと思い、続きの作業を教えていく。


 仕込みを済ませ再度、リーゼロッテたちの元へ戻る。それから再び皆で売っていくが、結局昼過ぎに完売してしまう程に大繁盛した。


 リーゼロッテとエッダ、ダーヴィトの三人は後片付けの為に残り、レオンハルトとシャルロットは今日の売り上げを商業ギルドへ報告しに行く。祭りに参加した屋台は基本売り上げの一割を商業ギルドに渡す義務がある。いわば場所の貸し代だ。本当は一割とかではなく幾らかを明確にしたいのだが、人気のない場所や品によってはあまり売れず、赤字になる可能性もあるため、この様な措置にしている。このあたりの事は以前ヴィーラント支配人と話をしたときに聞いた。


「二人で買い物なんて久しぶりね」


 今は売り上げの入り割りを支払い適当に街中を歩いている。正確には、片付けが終われば各々自由にしても良いと伝えているので、屋台に戻ったとしても誰もいない事が予想された。


 それに、少し前まで猫の手も借りたいほど忙しく、今になってその疲労感と空腹感に襲われ、適当に屋台で食事をしようとぶらついていたのもある。


 シャルロットの言葉に返事をし、何か美味しそうなものはないか周囲の屋台を見て回ると、二人の目の前に如何にもと言う感じの男たちが立ちふさがる。


 その数は八人おり、見た目だけで判断すれば、街のチンピラ風の冒険者。悪く言えば少しだけ小綺麗にしている盗賊だろう男たち。


 偶々、彼らの進路上に自分たちが居たのであれば道を譲ればよい。しかし、彼らは此方を認識したうえで立ちふさがっていた。


「そこの可愛い子ちゃーん。俺たちと遊ぼうーぜ」


「おっ!!いいねー。お酒でも飲みながらお兄さんたちと楽しいことしようーや」


「おい。男はいらねーから。その子を置いてさっさと帰りなッ」


 白昼堂々のナンパだ。しかも質が悪い事に八人全員が剣や斧などの武器を携帯しており、酒で気分が若干高まっている様子も伺える。レカンテート村にいた頃と祭りの規模が明らかに違うのだから、この様な輩も少なからず参加している。ナンパや争いも当然発生率が上がるのは分かるが、それらが自分たちに向くのは不愉快に感じる。


 シャルロットも同じなのか表情がやや険しく、彼らの誘いを丁重にお断りした。


 だが、俺から見ても・・・・いや俺だからなのか分からないが、彼女はかなりの美少女だ。孤児院時代の時から美少女だった彼女が、孤児院を離れ食事や衣服などの生活環境が良くなってより美少女になっていた。そんな彼女を目の前の男たちが一度断られたからと言って引くはずがない。


 その予想は正しく。断られた男たちの表情に苛立ちの様なものを感じさせ始め、口調も荒く怒鳴るように再度誘う。


「良いから俺たちと来るんだよッ!!」


 怒鳴る彼らのうち一人がシャルロットへ手を伸ばそうとした。しかし、その手はシャルロットを掴む事は出来なかった。酔っぱらった男たちとシャルロットの間に入り込み、伸ばす手を跳ねのけたのだ。


「彼女に触らないでもらえますか?それと、あまりしつこいのは、どうかと思いますが」


 彼らを挑発するレオンハルト。別に彼自身が挑発行為をしたかったわけではない。彼らの目を自分に向ける事が目的で行った行動だ。まあ、それとは別にシャルロットに手を出そうとした事に不快を感じたのも事実だ。


 跳ねのけるために使った手とは逆の手で、シャルロットを自分の後ろへ移動させ、振り返り此処は自分が対処すると伝える。


 男たちは、跳ねのけられた事と少年に馬鹿にされた事の二つから、一気に怒りを爆発させた。酔っていた事と冒険者と言う好戦的な性格からか、かなり怒りの沸点が低いなと感じつつ。レオンハルトは此方に殴りかかってくる拳を見向きもせずに受け止めた。


 男たちからすれば驚愕だろう。倍以上ある体格の男の攻撃をまだ十歳程度の子供に簡単に受け止められてしまったからだ。


「なっ・・・・」


「おいおい。子供相手だからって手抜き過ぎじゃねぇか?」


 他の男たちに笑われながらも受け止められた男は、必死に抵抗する。防がれただけでなく、そのまま拳を握られて手を引く事が出来なかったからだ。体格差からでも分かるように明らかに殴り掛かった方が力は強いはず、それでも掴まれたまま引く事が出来ない状況に男は焦り始める。


 彼の焦りを演技ではなく本当に掴まれたまま抜け出せないのだと分かり始めると、持っていた武器に手をかけ、怒鳴るように叫ぶ。


「てめぇ仲間を離しやがれッ!!」


 街中で武器を抜く事は余り宜しくない。場合によっては兵士たちに拘束され牢に数日軟禁されることもあるからだ。ただし、訓練場などで使用したり、お互いに了承した決闘などは、それに該当しない。それと、魔物や獣、賊などが街に入ってきた際の武器の使用も罰則はないが、今回の様ないざこざで、使用する場合はその対象になりやすいのだ。


 しかし、そんな事は男たちにはどうでもよい。お酒で気分が良くなり、祭りの雰囲気に当てられ羽目を外し、美少女を見つけて楽しい事をしようと企んでいた彼らからすれば、気持ち良い気分を台無しにされただけでなく、子供に舐められ逆上してしまうのは無理もないだろう。


 未だに仲間の拳を掴んでいたレオンハルトに向かって、剣を抜き振りかぶる。


(よし。これで正当防衛として動けるな)


 彼が攻撃してくるのを待っていたかのように、タイミングを見計らい男の手を離し、バックステップして振り下ろされた剣撃を躱す。


 一度は後方へ避けたレオンハルトだったが、着地と同時に前へ一気に駆け寄る。剣を振り下ろした男の懐に入り込むと隙だらけの腹部に掌打を撃ち込む。


 掌打を受けた男は、その威力を殺す事が出来ず、後ろへ吹き飛ばされた。それを見ていた者は、仲間がやられたことに更に逆上し、各々武器を持ち、レオンハルトを襲う。


(この状況・・・・まるであの時みたい)


 目の前で酔っ払い逆上している男たちの攻撃をまるで舞うように避け、隙があれば拳や蹴り等の体術で応戦する彼の姿が、二人のきっかけとなった時の事を思い出してしまったシャルロット。










 まだ、前世で普通に生活していた頃。


 真っ暗な空を街のイルミネーションで照らし、高層ビルや街灯、看板に駅の光などあらゆるもので街が光輝くこの季節。街だけでなく街中を歩く人たちも今日と言う日をとても楽しみにしていたのであろう。


 何せ、今日は十二月二十四日の金曜日。世間でいう所のクリスマスイブだ。


 こんな日に窪塚(くぼつか)琴莉(ことり)は、社会人になって二度目の忘年会に参加すべく、駅近くのホテルに来ていた。一般的に遅めの忘年会だが、何だかんだ言いつつ参加者は三百人を超える社員が集まっていた。


 世帯を持つ者や彼氏、彼女がいる社員にとっては余りうれしくないであろうその日。


 不参加もそれなりにいるが七割近くの社員は、この忘年会に参加していた。


 参加費は無料で、しかも料理はそこそこ豪華な物が出る。時間もそこまで束縛されないのだから、参加率も増えると言うものだ。


 それぞれの部署によってテーブルが決められており、所定のテーブルについて開始の時間を待つ。その間に乾杯用のお酒が配られ、会社の社長が前でスピーチをする。


「皆、クリスマスイブにも関わらず良く集まってくれた。今年のわが社は・・・・」


 社内目標が達成できたとか、業績がどうとか、来年に向けての新事業拡大など長々と話を進める社長を横目に、中間管理職の役職に就く者たちは、社長の発言一つ一つに深いため息をついていた。恐らく来年も大変な事をさせられると今から落ち込んでいるのだろう。


「皆、今年もご苦労だったな。そして、来年もよろしく頼むぞ。まあ長くなってしまったが、これで私からの話は以上だ。各自グラスの準備は大丈夫か?では、かんぱーい」


 社長の後に続き社員たちも乾杯と言い、近くに居る者同士でグラスをぶつけ合った。


 そこからは、基本それぞれが催し物を披露して会場を盛り上げたりする。この催し物は参加自由だが、新人は全員参加が義務付けられている。窪塚も去年は、この催し物で同じ受付社員の者たちと歌を披露した。


 そんな事を考えながら、今行われている催し物に目をやる。現在は新入社員数名が、マジックや漫才などで会場を盛り上げていた。


「ねぇー。さっきの若い男の子、えぇっと名前は確か・・・そう二階堂君。彼、格好良いと思わない?」


 同じ受付で働く同期の子が、先程新人で出てきた二人の男性のうち一人をみてそう話しかけてくる。今は別の新人に代わっているが、その前に出ていた二人の男性は確かに他の人たちよりも完成度の高い催し物ではあったが、彼女のような目線で見ていなかったために、彼女の言葉に同意しにくかった。


 曖昧な返事に対してそれを聞いていた別の同僚が声をかけてくる。


「窪塚さん。そんな事だと人生勿体ないよ?折角、容姿端麗、頭脳明晰、おまけに性格もスタイルも抜群に良いのだからさー」


 自分自身、容姿端麗かどうかわからないし、頭脳明晰ではないと思っている。美人の女優と比べれば負けるし、成績も大学時代は中の上程度。性格は良いか悪いかは相手が判断する事であって、自分自身の評価は余り当てにならないと思っていた。まあスタイルに関しては、年頃の女性と言う事もあって食生活や運動などに気を使っている。


 でも、同僚の言いたい事は分からないでもない自分もいる。


 昔から容姿に関して皆から羨ましがられる事があった。しかも中学、高校、大学と容姿だけで近寄ってくる人物が多く。そういう事でしか人を判断できない人物が若干苦手ではあった。社会人になってもそれはあまり変わらず、同期の子ともう一人も、どちらかと言えば見た目を重視するため、苦手意識は少し持っていたぐらいだ。


 ありのままの自分を受け入れてくれる人物であれば、相手の容姿が少しばかりダサくても気にしないと考えていた。


 そうこうしていると、新人たちの催し物が終わり、各テーブルに瓶ビールやワインなどを持って挨拶回りをしていた。


 当然その一団の中には、同期が騒いでいた二階堂と言うモデルの様な爽やかな青年が女性たちにお酌をして回る。


(うわー流石についていけないわ)


 彼女は隣で、彼に群がる女性を見て若干引いてしまう。まあ確かに見た目は格好良いとは思うが、彼女自身のこれまでの経験から、見た目だけで判断しない様にしてきたため、彼に対し何とも思わなかった事が、更にこの状況に拍車をかけた。


「良かったらどうですか?」


 二階堂に群がる女性陣に引いている時、優しく声をかけてくる男性。どこにでもいる様な感じの人物だったが、雰囲気は他の新人たちの中でもずば抜けて落ち着いた感じを出す人物だった。


「ええ。ありがとう。私は受付係の窪塚・・・窪塚(くぼつか)琴莉(ことり)よ。貴方は?」


「自分は営業二課の伏見(ふしみ)優雨(ゆう)と言います。窪塚先輩よろしくお願いします」


 伏見は、自己紹介をしながら彼女のグラスにワインを注ぐ。他の面々もまだ先輩方に注いだり、絡まれたりしていて次のテーブルまで少し時間があり、そのまま少し話をした。


「伏見―そろそろ次に行こう」


 声をかけてきたのは、散々女性陣にお酌して回った二階堂だ。そんな彼に連れられ、次のテーブルへ挨拶に向かった。彼は彼女との話を中断した事に一言謝り、去る光景を見て、少し興味を持っていた。


 恋愛とか異性とかの興味ではなく。単純に落ち着き具合と言った部分に感心した程度の興味だ。


 それから、何だかんだと飲み食いしたり、催し物を見て楽しんだりして過ごし、あっと言う間に忘年会は終了した。忘年会が終わり、このまま二次会に行く者、そのまま帰宅する者、会社へ戻り残った仕事をしに戻る者など様々で、窪塚は電車などの事もあり、そのままお開きにして駅へ向かった。


 別れ際に先輩や同期たちに夜道は危ないから気を付ける様言われて、急ぐように駅へ向かった。暗い所が怖いわけではないが、皆にそう言われると無意識に危険な輩を必要以上にみてしまい、少し怖くなったからである。


 イルミネーションなどで夜でも明るくなっているが、暗い所で(たむろ)っている輩も少なからず居た。


「なあ俺たちと遊びに行かない?」


「ねーいいでしょお姉さん。うわっ!!お姉さんめっちゃ美人じゃん」


 案の定と言うべきか、窪塚は帰り際に不良っぽい外見の人物たちにナンパされてしまった。しかも一人二人なら普通に断って済むのだが、周りは話しかけてきた男の仲間なのか、ニヤつきながら周囲を囲っていた。


「俺ら良い店知ってるんだ。奢ってあげるから行こうよー」


 最初に声をかけてきた男が彼女の手を掴もうとする。


「すみません。急いでいますので」


 そう断って、男との距離を縮めさせないよう後ろへ下がる。下がるが、この場から逃げ出すには難しいと言う事も同時に判断した。何せ、進行方向は男たちで塞いでおり、後方も男の仲間が彼女を覆うように周囲を固め終わる寸前だった。


琴莉(ことり)―。こんなところにいたんだ。探したぞ」


 突然、声を掛けられ後ろを振り向く窪塚。一瞬何故名前を知っているのかと思ったが、振り向いた先にいた人物に心当たりがあり、緊張の糸が切れそうになる。


 そこに立っていたのは、包囲網が完成する前に包囲網の中に入ってきた伏見優雨だった。ほんの少し前まで一緒の忘年会に参加し、新人の挨拶回りで少し話をした程度の人物だが、それでも見知らぬ不良たちにナンパされている立場の彼女からしたら、そこに現れた事はどれほど救いになったであろう。


「すみません。俺の彼女が何かしましたか?」


 周囲を不良たちに囲まれた状況で平然と話す彼。その言葉を聞いた男たちの表情も少し険しくなったのが分かった。話を合わせるべきなのか、助けを求めるべきなのかで悩んでいると。


「お前、この子の彼氏か?悪いが今日はこれから俺たちと楽しい所へ行く約束をしたんでな。お前はとっとと家にでも帰ってなッ」


 彼氏が来たところで引く気はないと言う不良たちを無視して、彼女に近づく。そして、小声で大丈夫か尋ねてきたので、怖かったけど大丈夫と伝えた。


 彼が来てもこの状況がどうにもならなかった事に、この後の状況を考える窪塚。十中八九暴力沙汰になり、彼が殴られたり蹴られたりするのが想像できた。後輩にそんな思いをさせても良いのか。どうにか二人で逃げる手はないかと考えていると、彼から此処は任せてと呟き、彼女の前へ踏み出た。


「おいっ聞こえなかったのか?お前に用はねえんだよッ!!」


 彼女の前に立ち塞がる優雨に向かって怒鳴る不良。それに釣られて周囲も不良に同調する。

彼女は、その雰囲気に怯えてしまうが、そんな彼女にこの後どうすれば良いか優しく伝えた。


 それは、不良には聞こえない小さな声だったが、彼女はその言葉をしっかり聞き取る事が出来た。彼曰く、隙を作るからこの場から引く様にと、それと出来れば交番が近くにあるから警察官を呼んできてほしいとの事。


 警察沙汰になるのは、会社にも迷惑になると考えたが、今の状況だと彼が一方的に暴力を受けてしまうのは分かりきっているために、その考えを捨て交番へ助けを求める事にした。


 優雨は、彼女が納得したのを確認し、素早く不良たちの方へ向き歩み寄る。


「彼女の代わりに俺が、あんたらと遊んであげるよ」


 その言葉を聞き、不良たちが一気に彼に向かって殺意や怒りなどをぶつける。そして、近くに居た不良二人が、彼に向かって拳を振るった。


 だが、その拳は呆気なく軌道をそらされる。しかもすれ違いざまに足払いをされ派手にこける始末。そのことがきっかけで他の不良たちも優雨目掛けて襲い掛かった。


 優雨は、その状況から彼女にこの場から離れる様に合図を出す。それを見た窪塚は急いで、交番がある方へと走り出した。


 数人の不良が素人丸出しと言う感じに拳を振るうが、怒りに任せた拳など当たるはずがない。繰り出される拳や蹴りをすべて躱すか逸らすかして防ぎきる。流石に防ぐだけでは埒が明かないので反撃もするが、あまり強い攻撃は相手の骨まで折ってしまうかもしれないので、ある程度手加減をしつつ一撃で沈める。


 四人程地面に転がすと、他の不良たちは怒りと恐怖から直ぐ傍の工事現場の資材置き場から鉄パイプを持ち出し、殴り掛かる。


「このくそがーーーー」


 普通に受ければ痛いでは済まない威力の攻撃に、素早く対処する。手や足で受けてしまえば最悪の場合此方が骨折する可能性もある。それに無暗に振り回せば周囲に野次馬としてきている一般人にも被害が出かねない。


 武術の構えをとり、鉄パイプによる攻撃を躱し、不良の顔面に掌打を打ち込む。その流れで、他の不良たちにも掌打や殴打、蹴り、投げと繰り出し不良たちを地面に転がす。


 大体ニ、三撃で沈めていたが、不良たちが何故か最初に絡まれていた時よりも増え、気が付けば倍近くの不良が地面へ倒れていた。


 その頃漸く窪塚が警察数名を引き連れて戻っており、この惨事に驚く。


「伏見くん大丈夫?」


 窪塚は、急いで優雨の元へ駆け寄り声をかける。この数の不良を相手にした割には怪我が少ないようにも感じたが、それでも無傷ではなかった。額から薄っすらと流れる血。右手で左手を押さえていた。


「ええ。大したことはありません。それより・・・」


 近寄ってきた警察官の一人が此方へ話しかけてくる。他の警察官は倒れた不良を見たり、応援を呼んだりしている。


「すみませんが、何があったのか聞きたいので署までご同行願えますか?」


 流石にこの場での事情聴取はまずいのだろう。しかし、この現場もそのままにする事も出来ず、訪ねてきた警察官は優雨たちに応援が来るまで待機する様伝える。


 十数分後、数台の警察車両(パトカー)がやってきて、不良たちを拘束していった。痛い目に合わせてはいるが、素人相手に手加減していたので、不良たちは軽度の打撲の者がほとんどだ。痛みから一時的に動けなくしただけなので、応援の警察官が来たときは痛みを耐えながらでも立ち上がる事が出来るまでに回復していた。


 待機している間。彼は連絡したいところがあると警察官の一人に伝え、電話をしていた。そして、電話で状況を話した後、持っていた電話をその場に来た警察官の中で一番指揮権を持っている人物に渡す。


 なぜ、渡したのかその時の彼女は分からなかったが、後で聞けば電話の相手は、彼の叔父にあたる人で、しかも警察の偉い人みたい。電話を受け取った警察官は真っ青な顔で誰もいない所にペコペコと頭を下げていた。


 警察官たちに丁重に案内され、取調室ではなく応接室みたいな場所で聞き取り調査をした。経緯がどうだったのか、先に手を出したのは等聞かれる。話をしている時、婦警が救急箱を持ってきて彼の手当てをしていた。


 窪塚は、淡々と説明する彼を横目に手当てをされる場所を見る。額の血は止まっており、少し切れただけのようで、消毒のみ。腕の方は現場で転がっていた鉄の棒で叩かれたのだろう痣が出来ていたが、骨折したわけでもなくただの打撲痕との事で、湿布を貼って対応。


 説明を終えると特にお咎めもなく、それどころか注意も何もされなかった事に私は驚く。言葉通り状況を説明しただけ、不良たちは反省の為に留置場で過ごす事になるそうだ。


「夜も遅くなったので、うちまで送りますよ」


 警察官の申し出を受け、覆面車両(覆面パトカー)に乗せてもらう事にした。これは私の立場を考慮して彼が提案した。一般的に考えても警察車両に乗っている所をあまり見られたくない。ましてや家の近くまで送ってもらうのだから、近所の人に何と言われるか分かったものではないだろう。彼は、車の中で何度か乗った事があるし、送ってもらった事まであると言っていたので気にしないのだと思う。


 私の家まで送ってもらった時に私は彼にお礼を伝えた。気にしなくても良いと言っていたが、それでも多少時間は費やしたが、此処まで何も被害がなく済んだのは彼のおかげだと理解していた。後日お礼のお食事のお誘いをして、彼と別れた。それから、彼とは会社の社員仲間として、そしてプライベートでも友達として交流する事になった。










 優雨との最初の出会いを思い出していると、まるで現実に引き戻すかのように、酔っ払いが、蛙が潰れた様な声で悲鳴を上げていた。


 どうやら、今の酔っ払いが最後だったのだろう。他の者は地面に倒れたまま軽い痙攣のようにピクピクしていた。


「まあ、こんなもんだろう?・・・・ん?シャルどうかした?」


 昔・・・いやこの場合は前世と言えば良いのだろうか。初めての出会いの時と変わらぬ彼を見てうれしくなり、笑顔になる。そして・・・。


「何でもなーい。それよりもレオンくん。メリークリスマス」


 彼女の笑顔に若干見惚れつつも、レオンハルトもそれに答える。


「・・ああ。メリークリスマス」


 クリスマスはこの世界にない行事だが、それでも二人は、二人だけが知る行事の言葉を口にし、皆が待つ場所へ向かった。

あーーーークリスマスまでに間に合わなかったΣ(゜д゜lll)

でも、誤差範囲ということで許してください。

今年中にもう一回投稿する予定です。今度は間に合わせてみせます・・・・・・・たぶん(;^ω^)

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