016 アーミーアント討伐部隊~前編~
北門に集まった冒険者は三十四名。Dランクが二名、Eランクが三名、Fランクが六名、残りがGランクたちで、三十四人とは別に四人程補給要因としてHランクが同行する。彼らは主に食料やその他の荷物持ちに選ばれている冒険者たちで、皆魔法が使えるため、魔法の鞄を所持していた。魔力量が少ない為、すべて入れる事は出来ず、大きな鞄も背負っていた。
三十四人をまずは二つのグループに分ける。十七名ずつにして、補給要因も二人ずつに分ける。
ノーマン率いる部隊とカスパル率いる部隊だ。ノーマンはDランク冒険者の一人で、赤い一撃と言う名のチームを率いるリーダーでもあった。ダーヴィトの知り合いでもある様で、少し彼について聞く。如何やら、ノーマンは背中に背負っている槍斧の使い手で、その体格の良さと腕力で武器を軽々と振るう事が出来る強者の様だ。しかも仲間思いだと言う事も教えてくれた。
俺たちはそのノーマンの部隊に配置される。
もう一つの部隊を率いるカスパルもまた、ノーマンと同じくDランクの冒険者で、影の牙と言う名のチームを率いている。ノーマン同様に実力はあるが、やや自分の思い通りに事が進まないと機嫌を損ね周囲に当たる癖がある。しかし、彼の素行の悪さとは裏腹に実力も兼ね備えているらしい。
部隊を分けたのには、理由があり。一つは大勢で進行すると森にいる魔物が、集団で襲ってくる可能性が強いからだ。要は餌となる人間がたくさん入れば、餌にあり付けると狂暴な種から弱い種まで手当たり次第に攻撃してくる。
もう一つは効率が悪いと言う事だ。大人数で同じ道を捜索するよりも、複数で分けて捜索する方が断然早い。その為部隊は二つに分けられたのだ。
二つの部隊は、森の左右を捜索する形で進められる。分けると聞いて各部隊で野宿をするのかとも思ったが、如何やら森のある場所で合流し、それぞれの部隊から夜番を行うようだ。
何日かかるか分からない依頼に冒険者の疲労を少なくする配慮がなされているようだ。
取りあえず、二つの部隊に分かれて捜索を開始した。
此処までの道のりを考えてもまだ早い今の時間は、森の緑に木の葉の隙間から差し込む光が、幻想的な景色を作り出しとても神秘的場所に思える。
獣や魔物もそれほど活動していないのか、風に揺れて葉と葉が擦れる音しか聞こえない。
「この辺りには特にいないな」
『周囲探索』が使える冒険者が、周囲の情報をノーマンに伝える。彼の有効範囲は俺たちの五分の一程度だが、規格外の俺たちが出しゃばりすぎるのも良くないと判断し、自重している。自重しているが、実際は自分たちだけで把握して皆の安全を配慮していた。勿論、緊急時の場合は報告するようにしている。
暫く進むと、先程までの幻想的な景色から徐々に光が弱くなり、朝だと言うのにもかかわらず、暗い世界が目の前に広がっていた。
地面も少し湿気た感じで、踏みしめると靴底が地面に軽く沈む。
生物の鳴き声が奇妙に木霊し、その雰囲気をより一層高める中、リーダーを務めるノーマンが他の皆に注意を促す。
「ここからは慎重に行くように。この先何があるか分からんからな」
冒険者たちはそれぞれ武器を強く握りしめる。ここまでくる間にゴブリン数体と遭遇したが、それ以外はまだ何も遭遇していない。
レオンハルトの使う『周囲探索』にも何も引っかからない。
更に奥に進むと遂に複数で群れになっているアーミーアントを見つける。数は三十匹程だが、場所が悪い。奴らはこの少し行った先にある巣を目指して戻っている最中だった。
今仕掛ければ、倒した死骸からの臭いを嗅ぎ付け巣にいるアーミーアントを誘き出してしまう可能性があった。
アーミーアントの巣の発見時は、交戦せずに出入り口から奴らにとって有害の物質を流し込み巣の中の蟻どもを根絶させる作戦が言い渡されていた。と言うよりもアーミーアントの巣の破壊はこの方法が最適とされている。
茂みに隠れて、息を潜める。その後、アーミーアントが向かった方向へ進み暫くすると、赤茶けた土の小山が幾つか存在しその先端には、アーミーアントが入れるほど大きな穴が開いていた。その小山がアーミーアントの巣であると教えてもらい、ばれる事無く巣の周囲を固める。
「俺とゲルルフ、バルドゥルは巣の入口まで接近する。火属性魔法が使える者は、アーミーアントが現れたら焼き尽くせ、他の者は東西南北に分かれて内側と外側からの敵に注意しろッ。バルドゥル毒の準備をしておけ」
アードルフがそれぞれに指示を出す。その中で気になる点があり尋ねるレオンハルト。
「毒が有効なんですか?」
バルドゥルがその答えを説明する。何でも毒自体にはそれほど効果は得られないのだそうだが、この毒を熱する事で発生する煙の方にアーミーアントの弱点となる毒の成分が含まれているそうだ。一応、使用時は此方も直ぐに退避する必要があるが、その煙を吸いこんだからと言って害が出るわけではない。単純に煙たいだけだ。
煙が出るまでには少しばかり時間がかかるようだが、アーミーアントにとっては煙自体速攻性が強いので、数個ある入り口にこの毒煙を流し込み巣の中で一網打尽にする算段のようだ。
鍋に毒を入れ熱し始める。ここからが正念場だろう。敵に気が付かれる前に煙を発生させ、幾つもある小山の入口に毒を流さなければならない。
包囲網を作り、毒を流し始めて、暫くするとアーミーアントの巣からアーミーアントが大量に出てくる。しかし、殆どが出てきた瞬間に息絶えていた。煙の効果で特殊な臭いも薄まっており、周囲のアーミーアントを呼び寄せる事もなく手早く終わった。
個体数は、凡そ二百三十匹ぐらい。これは、幾つか腐敗液で分解させたりしたため、正確な数が出ないのだが、九割近くは討伐部位の為、アーミーアントの触角を取ったので、間違いはない。
呆気なく終わり、合流地点へ移動を始める。道中でタイガーキャットと呼ばれる大型犬と中型犬の間ぐらいの大きさの黒い虎模様をした獣とヘヴィベアと言う毛並みが鱗みたいな感じになっている熊型の獣も討伐した。
タイガーキャットは、それほど美味しくはないのだが、素材として高く売れるし、ヘヴィベアは見た目と反して中トロの様なとろける旨さを持った肉の持ち主だ。
どちらも今日の夕食のおかずになるので、少し楽しみではある。
それからは、水場を見つけ休憩したり、捜索途中で見つけた果物を集めたりして合流地点に到着した。
カスパルの部隊はまだ到着していない様子だ。
取りあえず、寝床の設置と食事の準備に取り掛かる。
荷物持ちをしてくれていたHランクの二人から簡易テントの材料を受け取り、設置していく。
シャルロットとリーゼロッテ、エッダの三人は他の女性冒険者と一緒に料理の準備をしていた。
簡易テントの設置が終わったら、薪集めに向かい。数人は解体作業に入っていた。それから暫くして、カスパルたちも合流地点にやってくる。
カスパルたちの部隊は、二箇所の巣を駆除したようで、二箇所目の駆除の最中にゴブリンが奇襲を仕掛けてきて、乱戦になりGランクの二人が命を落としたらしい。
その報告を聞いたノーマンの部隊は暗い表情を浮かべるが、それを察してカスパルが発言をする。
「死んだ奴の事を悔やんでも仕方ねぇ。それを分かった上で参加したんだろうが」
見下した様な言い方に数人が睨みつける様に彼を見ていたが、確かに彼の言う事も一理あると言える。
この世界の命は、前世に比べ軽くみられる。弱い者が死に強い者が生き残る世界。
悲しみや恐怖に臆すれば、次に死ぬのは自分だと言われている様な感覚に陥る。
「亡くなったことは悲しいが、俺たちが悲しんでやれるのは此処までだ。今日以上に明日は慎重に捜索しよう。では、数人が見張りを行い。他の者は食事を済ませよう」
ノーマンがその場をしっかり締め、指示を出す。その機転とフォローの速さは、流石自分のチームを率いるだけの素質を持っていると感心した。
その後は、食事を済ませ、夜番を交代で行った。俺たち五人ダーヴィトと俺が当番で始めの二刻程見張りをし、シャルロットたち三人は見張りなく朝までぐっすり眠った。
翌朝、朝食を食べた後に簡易テント等を片付け出発する。
昨日のカスパルの部隊で起こった事が捜索の速度を遅くした。慎重だったと言えばそうなのかもしれないが、予定よりも時間がかかってしまっているため合流地点には大幅な遅れが予測される。
それに、森の奥に行くに連れて魔物の種類や遭遇率、強さが昨日よりも比較的増えているのも進行を遅くしている原因の一つでもある。
「前方に魔物がいるな。数は八。種類はゴブリンみたいだが、少し形状が違う」
レオンハルトの使った『周囲探索』により前方に敵がいる事を捉える。それをシャルロット、リーゼロッテ、ダーヴィト、エッダの四人に伝える。
現在、俺たちは五人一グループとなり周囲を捜索している。
昨日は十七人まとまって捜索していたのだが、奥に進めば集団で行動する人種などは猛獣たちからすれば餌が集まっているのと同義であり、襲われるリスクが高くなるのだ。
高原や見晴らしの良い場所であれば、集団で行動する人種などは手出ししにくいが、こういった深い森で奇襲しやすい場所では逆に不利になる方が高いのだ。
一応中央グループにノーマン率いる五人と荷物持ちをしている二人の冒険者の計七人。進行方向左側に二人グループで来た冒険者と三人グループで来た冒険者と共に五人で捜索している。
距離的にも余り離れすぎるとお互いを見失う可能性があるため、ギリギリ目視できる程度には離れて捜索していた。
出来るだけ魔物との戦闘は避ける様に言われているが、進行方向上にいたり、遭遇してしまった場合には戦闘を許可されている。
レオンハルトが見つけた魔物も進行方向上に陣取っていて、レオンハルトたちが回避してもそのまま中央のグループに接触する可能性があった。
小声で四人に戦闘を行う事を伝える。
「この辺りだとゴブリンの亜種の可能性が高いな。上位種がこの森に生息しているって話は聞いた事ないし」
「そうなると・・・私たちが遭遇したことがあるのは、ゴブリンソルジャーとゴブリンアーチャー、それと私たちは遭遇した事はありませんがゴブリンメイジの目撃情報も多いのでその可能もありますね」
亜種、上位種とは異なった進化をした魔物たちである。通常上位種に進化するには、それなりの経験と魔素が溜まっている所に長時間いる事によりより強力な魔物に進化する事を言う。今回のゴブリンで例えれば、上位種にはレッドゴブリンやハイゴブリン、デビルゴブリンなどが存在していて進化し続ければ、ジェネラルゴブリンやゴブリンキングなどになるのだ。
亜種は経験を得るのではなく、倒した冒険者からの戦利品、剣や弓などを使い強くなっていけばそれを主とした者へ変化すると言う事だ。普通のゴブリンが武器を使うのとゴブリンソルジャーが武器を使うのとでは訳が違う。素人が剣を持っているのと有段者が剣を持っている程の差があるのだ。それに、ゴブリンなどの低い地位にいる魔物は亜種になりやすかったりもする。
話は分かるが、亜種や上位種のほかにも変異種と言うのもある。変異種についてはこの世界でも何故そうなるのか解明されていないが、ゴブリンが急にジェネラルゴブリンへと急成長したり、全く違う見た事のないタイプの者に変異する場合など様々である。因みに過去に遭遇したギガントボアは、上位種ではあったが進化の過程は変異種でなったと言える。普通の獣がかなり厄介な魔物へいきなり姿を変える事はない。まあ変な形に進化していなかったためアンネローゼたちも分からなかったのだが。
そういう意味でいっても魔物と言う存在は、厄介なものである。
レオンハルトたちは、エッダが教えてくれたゴブリンの亜種と戦闘した事がない為どの程度の強さなのか分からなかったが、戦闘を回避する事は考えていない。
戦闘を行うためノーマンがいる中央グループに連絡を入れる。
ただし、この世界にはスマートフォンの様な物は存在しない。それどころか、通信機すらほとんどないのが現状だ。
では、戦場においてどのように連絡を取り合うのか?
声を出せば、味方だけでなく相手にも存在を知らしてしまうし、連絡しに行くのにも気づかれる危険性がある上に場合によっては時間もかかる。
そうなると、音もなくその場で連絡を取り合える方法が必要だ。
魔法という手段もあるが、魔法が使えない者が多いのでこういう場面には向かない。
答えは簡単だ。光信号とハンドサインだ。光信号は知らせたい相手のみに分かるような手段を用いる。刀身や鏡などによる光の反射を用いると効果的だろう。ハンドサインもある互いが分かるようにさえしておけば良い為、こういう戦場には打って付けだ。
そもそも此方が戦闘を行うと言う連絡を入れるのにも理由がある。
仮に近くに居るグループが急に戦闘を始めれば、何か起きたのではと他のグループがパニックに陥るかもしれない。しかもこう物静かな森の中での戦闘音は思いの外響く。音を聞きつけ魔物が寄ってくる可能性さえあるのだから、戦闘を行わないグループにも一応警戒するよう注意を促しておくことは必要だからだ。
リーゼロッテが中央のグループに連絡を入れる為、持っていた短剣の刀身を反射させて気づかせた後にハンドサインで戦闘を行う事を伝える。
シャルロットが木の上へ移動をし、弓を構えその下でダーヴィトがシャルロットの守りに入る。
シャルロットに援護してもらいながらレオンハルトとエッダが先行し、リーゼロッテがエッダのフォローに入る体制と取る。
気づかれない様に木々に隠れるように近づく。目視できる所で確認すると如何やら敵はゴブリンソルジャーが二体とゴブリンアーチャーが一体。ゴブリンが五体居た。ゴブリンソルジャーの一体は、革鎧に木と鉄のバックラーに鉄の片手剣を持っていて、もう一体は壊れたハーフプレートに鉄の槍を装備していた。しかも、二体とも腰には短剣を持っていたので戦闘慣れしている感じが犇々(ひしひし)と伝わってきた。
ゴブリンアーチャーは木の弓に木の矢と如何にも初心者ですと言わんばかりの装備だったが、その眼は獲物をしとめるハンターの様な目つきだった。その他のゴブリンも棍棒やメイス、片手剣や片手斧など持っていたため森の入り口などにいる何も持っていないゴブリンよりも厄介な事は伺える。
まだ、気が付いていない隙に草陰から一気に飛び出す二人。
俺はまず、ゴブリンソルジャーへ攻撃を仕掛けるがその道中にいたゴブリンを二体すれ違いざまに一瞬で首を切り落とし、絶命させる。エッダの方もゴブリンの一体の心臓を一突きで突き破り絶命させた。
ゴブリンソルジャー二体は、慌てて武器を抜くがその時には彼の射程範囲に入り、二体同時に斬り伏せた。ゴブリンアーチャーは、矢を構えようとするが、何処からともなく飛来した矢が脳天を突き刺し倒す。エッダもリーゼロッテと共に残りの二体をあっと言う間に倒してのけた。
過剰戦力と言っても過言ではないレベルだ。
戦闘終了の連絡をしてもらっている間にゴブリンの死骸を魔法の袋に入れ、身に着けていた防具や武器も一緒に回収する。
すると今度は中央からハンドサインで連絡があった。
反対側もこれから戦闘に入るらしい。俺たちの戦闘音で引き寄せられた魔物ではなく元々いた魔物なのだが、中央は俺たちの戦闘音で寄ってきたと思っているようで、そんな感じの内容のサインだった。
暫くすると金属と金属がぶつかる音が聞こえる。戦闘相手は昆虫型の魔物数匹のようで、そのうち二体がアイアンマンティスで如何やら手こずっているのだろう。『周囲探索』で調べてみると中央にいたノーマンともう一人がヘルプに向かっていた。
アイアンマンティスは、この森の奥地に生息し森の中では上位に君臨する魔物の一体だ。レカンテート村にいた時も近くの森の奥地でアイアンマンティスが生息していたが、それと同じタイプだろう。
硬い外装に鋭い鎌が冒険者の行く手を阻み、それなりに腕がなければ倒すのは難しいのだ。
まあノーマン程の実力者なら倒せない事もないので、レオンハルトはそれ程気にかけてもいなかったのだが。
その後は、安全そうな場所で昼食を食べ、小休憩を挟みながら捜索を行い。結局、アーミーアントの巣は二つしか発見できず、どちらも規模としては小さい物だった。
夜にはカスパルたちと合流し情報交換を行った。
「こっちは巣一個しか発見できなかった。大量発生の情報がある割には巣の数が少なすぎる。どういう事だ?」
「もしかして初日に捜索範囲外の場所にたくさん巣があった可能性も・・・」
ノーマンの心配事は、可能性としては否定できないが恐らく問題ないと思う。レオンハルトの使う『周囲探索』効果範囲内、約入口付近の八割以上を探索していたが巣らしきものは引っかからなかった。そして残りの二割の部分に仮に巣があったとしても街道に近く目撃情報がこれまでなかったことも踏まえると考えにくい。
しかし、『周囲探索』を担当していた冒険者たちはそんな広範囲を調べられない為、そんな懸念も残ってしまう。
「もし、入口近くにあったとしても、そっちは後続で編成される部隊に任せた方が良いのでは?」
カスパルの部隊で『周囲探索』を担当しているうちの一人の発言にレオンハルトも乗っかる。
「そうですね。今から戻って探しても時間を無駄にする可能性が高いかもしれません。それならば、このまま奥へ捜索して行くほうが得策だと―――っ!!」
突如感じた威圧感にその場に立ち上がり周囲を見渡す。他に感じた者も同様に警戒心を強めたが、分からない者たちには何かあったのかと不思議そうな顔で見ていたが、警戒心を強めた者たちがノーマンやカスパルなどのDランクの者にEランクの三人、それとレオンハルトやシャルロット、リーゼロッテの三人だ。ダーヴィトとエッダには、何かを感じた程度だが警戒心を強めるほどではなかった様だ。
『周囲探索』を使い周囲で何が起こっているのか探りを入れる。
探索範囲ギリギリの所でその反応を見つけた。範囲内にはある程度の魔物や獣を探知していたがその一箇所は明らかに今回の威圧感の原因だと分かる。
大きな反応が二つと小さな反応が複数・・・いや此方に向かって来ておりその数はどんどん増えている。
敵が向かって来ている事を伝えようとした時、遠くの方で木々が倒される大きな音が聞こえた。
「緊急事態だ。全員戦闘態勢を取れっ!!」
鳥や獣が逃げる音が聞こえる中、徐々に此方に近づいて来る不気味な音。
元々光が届きにくい深い森の中、それでも辛うじて視界のよさそうな場所で野営をしていたのだが、今は全く光がない。簡易テントの傍に置かれた篝火が唯一の灯りだ。
夜間戦闘は、視界が悪いだけでなく経験がない場合にはかなり不利な状況でしかない。
「前方より大型百足ニ、小型二足竜複数、小型昆虫百以上」
「ジャイアントセンチピードにヴェロキレイオス、それと・・・・昆虫はアーミーアントか?」
カスパルの部隊の人の報告を聞き、ノーマンが素早くこの森に生息している魔物を伝える。それを聞いた周囲の者の表情が険しくなり始めた。
ジャイアントセンチピードは、全長二十メートルを超える巨大な百足で、その巨体からは考えられないような素早さを持っている。捕食する獲物を絡み取るように自身の身体で団子状に締め上げ窒息させる。また、鋼の様な殻は生半可な攻撃では傷一つ付けられない上、口からは猛毒の霧を発射する。極めて危険性の高い魔物だ。
そしてヴェロキレイオスは全長二メートル程で、前世で言う所のヴェロキラプトルの様な姿をしているが獰猛性は此方の方が高い。と言うのも彼らの知能があまりに低い為、獲物を見つけるとそれが自分たちよりも強い個体であっても集団で襲い掛かるのだ。
森の中でも遭遇したくない魔物の代表格ともいえる。
(不味いな、このままだと全滅の危険性もある。どうする)
「ねえ、『短距離転移』で逃げるって言う手は?」
こっそり話しかけてくるシャルロット。
「難しいと思う。『短距離転移』は知られない方がいい。まずは魔法が使える者と遠距離攻撃のできる者たちを集めて到達前に数を減らす」
シャルロットとリーゼロッテの三人で作戦を決める。決まった内容をダーヴィトとエッダの二人に伝え、両部隊にその準備をさせる。
前方から聞こえる音が次第に大きくなり、荒々しい声を聴きながらその瞬間を待つ。
『周囲探索』で分かった事は、如何やらジャイアントセンチピード対ヴェロキレイオス対アーミーアントの構造のようで、互いに争いながらそれでいてアーミーアントから逃げる様に向かっていると言う事だ。
すると――――向こうから何かが飛来してきた。
向かってきた先にいた冒険者たちは慌てて退避し、被害はなかったが飛来してきたのは如何やらヴェロキレイオスのようだ。
吹き飛ばされたダメージから起き上がれず暴れまわるが、ノーマンは槍斧で止めを刺す。
それと同時に雪崩れ込む様に魔物が押し寄せてきた。
「今だっ!!攻撃開始ぃーー」
弓を持った冒険者と魔法を使える冒険者が一斉に攻撃を開始した。吹き荒れる風や尖った石、燃え盛る炎の球など様々魔法が飛ぶが殆どが効果を成さなかった。弓矢の攻撃も同様の結果に終わる。
暴れまわるジャイアントセンチピードに吹き飛ばされて、ヴェロキレイオスやアーミーアントが飛んでくる。
「なっ―――しまった」
冒険者の数人がそんな事を言う。その理由は、アーミーアントの死骸の体液が冒険者たちにかかり、アーミーアントが此方にも標的にしてきたのだ。ヴェロキレイオスも同様に目の前の獲物を見る様に此方へ攻撃を仕掛けてきた。
飛ばされてきた魔物を相手に冒険者たちも剣や斧などの各々の武器で対応する。
「くっそ―――くたばれ―――」
冒険者の一人が殺された仲間が捕食されているのを見て、怒りに身を任せた様な攻撃をする。しかし、そんな攻撃は意味がない。剣は弾かれ、そのまま群がるアーミーアントに捕食された。
他の冒険者たちも次々に餌食になる。ある者はアーミーアントに片足を切断され、体勢が崩れた所で腕や胴体、首などを次々に切断。またある者はジャイアントセンチピードの下敷きになりつぶされてしまった。
シャルロットはなるべく高い木へと登りそこから他の冒険者の救助に当たっていた。リーゼロッテやダーヴィト、エッダの三人も既に木の上に避難しており、他にも荷物持ちをしていた四人の冒険者に魔法が使える数名の冒険者、実力派の冒険者も自力で避難していて、下で残って戦闘していたのは、レオンハルトにノーマン、ノーマンの仲間たちにカスパル、それと五人程度の冒険者たちだ。
ノーマンたちは、残りの冒険者を守りながら冒険者が木の上に上る時間を稼ぎ、レオンハルトとカスパルが戦場で激しい戦闘を繰り広げていた。
「おらおらおらおらっ!!雑魚は引っ込んでなっ!!」
カスパルはどす黒い赤色の槍でアーミーアントの群れを蹂躙する。攻撃の一つ一つが荒々しく力任せの部分もあるが、武器の性能に救われている事もあり固い外殻も砕く様に切り裂いていた。
それとは真逆にレオンハルトは、洗礼された最小限の動きだけでアーミーアントの群れやヴェロキレイオスの群れを次々一刀両断の如く首の部分を斬り飛ばして進む。殻自体は硬いが、すべてが殻で覆われているわけではなく。必ず関節部はむき出しになっているのだ。その場所を寸分たがわず攻撃すれば、何の抵抗もなく綺麗に斬れる。
二人の奮闘をもってしても数が一向に減らないそれどころか、どんどん状況が悪化し始める。
アーミーアントたちが木の上に避難した冒険者を狙い始めたのだ。ただ狙い始めたのであれば、ヴェロキレイオスも数体狙っていたのだが、それとはわけが違う。奴らは自分たちの身体を土台にどんどん重なり合わせて山の様大きくなり始めていたのだ。
そっちへの対処は敵わない現状、木の上の冒険者たちは奴らの頭上から攻撃をするも大したダメージを与えられない。下の者たちも今の戦闘でいっぱいいっぱいの為対応できない。
まさに絶体絶命になってしまった―――――。
大変遅くなってしまいすみません。
本職が非常に忙しく、PCすら開けなかったので、活動報告も書けませんでした。
仕事も一段落したので、これから執筆活動ができると思います・・・ってか頑張ります