149 強き者を求めて
おはよう。こんにちは。こんばんは。
俺たち円卓の騎士の面々はオルキデオに来ていた。丁度、王立学園の中期の授業が終わり、一週間前から一ヶ月の休みに入っている。
一月しか休みが無いので、夏季休暇の様に帰省する事も出来ない。ではなぜ一ヶ月も休みがあるのか。これは、休みの間に補習を行うと言うもの。成績が芳しくない者を集めて勉強を教えたり、単位が不足している者への救済処置の様なものだったりと様々だ。
他にもこの期間中に、来年の入学をして来ようとする者の試験の準備と試験もあるらしい。俺たちは、編入生だったので正規な段取りでは入学していない。とは言え、編入生も立派な正規ルートの一つだ。お金を積んで裏口入学したわけではない。
此処で言う入学試験は、初等部の一年生になろうと言う者たちが対象で、例えば初等部の二年生からとか、中等部の一年生や二年生、高等部の一年生など初等部一年生で入学しない者は皆編入生と言うくくりになる。
貴族や豪商と呼ばれる様な家系の多くは初等部から勉強を行うが、平民などは編入生として途中から来る事の方が多い。その理由のほとんどは金銭面にある。九年間も学費を払う事が出来ないのだ。
逆に言えば、進級できずに自主退学する者もいるし、冒険家業と並行で学業を学んでいた生徒の何人かは、冒険者として行動中に命を落とす事もある。
レオンハルトたちは、きちんと単位もとり、学業も常にトップクラスの成績を収めている。講師からは、何故授業に来ているのか分からないと言った雰囲気を出している時もあるくらいだ。
唯一、他の者と同等なのは、クルトとアニータだけで、成績は中の上か上の下ぐらいだ。皆で教えているからこそ、その位置にいる事が出来るが、教えていなければ二人はこの休みの間に補習を受けていた事だろう。
それで、どうして俺たちが商業都市オルキデオを訪れているかと言うと、先日王都の冒険者ギルドから指名依頼があったからだ。
冒険者ギルドの担当者が言うには、三週間ほど前にオルキデオを拠点に活動していたBランクの冒険者チームが依頼中に消息不明となった。オルキデオでトップに居た冒険者チームと言う事で、何かのトラブルに合っているのだとすれば、彼らよりも実力が下の冒険者を送り出す事も出来ないと判断し、最寄りの街や王都に救援要請をしたのだ。
こう言う時、兵士や騎士に依頼して捜索隊を出してもらうらしいが、状況が読めないと言う事で、一度冒険者側で調べたうえで依頼を出すらしく、その調べる依頼を俺たちではない別の冒険者チームが請け負った。消息を絶った冒険者チームと同じBランクの冒険者たちが捜索したが、今度は負傷して戻って来る。
全員が戻って来たわけではないらしく、恐らく報告として寄越したのだろうとの事。
戻って来た冒険者は「襲撃された、救援を」と言って意識を失ったらしい。現在もまだ目が覚めていない様だ。
そこで、俺たちに声が掛けられたと言うわけだ。
穏やかな生活は何時頃来るのだろうかと思いたくもあるが、被害が大きくなっても目覚めが悪いので、依頼を受けた。
そして、俺たちはオルキデオの街に来ていると言うわけだ。
一ヶ月と言う期間しかないので、早々に動く必要がある。依頼を受けた次の日に転移魔法で移動している関係で、移動による疲労は一切ない。オルキデオの街に入って直ぐ冒険者ギルドに向かい現在ある情報の聞き取りを行った。
「この先にある森で、最初の冒険者たちが消息を絶ちました。調査に向かった冒険者たちは、消息を絶った森よりも手前のこの辺りの森で襲撃にあったと思われます」
「どうしての其方あたりだと?」
「この辺りを捜索していたのだとすれば、早すぎるからです」
ギルド職員が示す場所に辿り着いて捜索し、襲撃を受け、戻って来るこの一連の期間が、予定の場所で行われたのならば、二日も戻りが早い。目的地に到着し直ぐ襲撃を受けたとしてもやはり早いとの事。
なので推測から、襲撃されたのはこの辺りだとテーブルに広げられている地図で襲撃地点を教えてくれたのだ。
最初の冒険者が行方不明になった場所は、本当にこの辺りなのかと言う疑問が頭を過ぎり確認すると、この辺りで別のチームと別れているとの事だ。それが、行方不明となったと思われる場所と今回襲撃を受けたと思われる場所の間当たり。
その冒険者たちは、偶然そのあたりで採取の依頼を受けて戻る途中で遭遇したらしい。その者たちに捜索をと思えば、Dランクの冒険者の為、依頼できなかったそうだ。
「では、すぐにでも捜索を開始します」
「アヴァロン伯爵様、それに皆様、宜しくお願い致します」
深々と頭を下げる職員たちを背に俺たちは、馬車に乗り込みその森に向けて出発する。
「そう言えば、支部長いなかったのかな?」
あの場に冒険者ギルドオルキデオ支部の支部長が同席していないのは、考えられない事だ。普通の依頼であれば、同席する方が変なのだが、今回は救援依頼で、現れたのは現伯爵家の当主にしてAランク冒険者のチームだ。支部長などの上の者が挨拶に来るのが常識的。
「支部長だけではないな。副支部長や受付主任もいなかった」
一応俺たちに説明してくれた職員も事務主任と言う肩書を持っているそうなので、役職持ち全てが居ないと言うわけでもなさそうだった。
この時の俺たちはまだ知らなかったのだが、オルキデオのトップ冒険者チームが消息を絶った件だけでなく。もう一つ別の事がこの街を襲っていた事に・・・・。
残念ながら、目的地には行った事が無いので転移魔法で移動が出来ない関係上、馬車移動となってしまっているが、彼らの馬車は普通ではない。魔法で馬たちを強化し、馬車も魔改造された冒険者として活動する時の馬車に更に、向かい風の抵抗を無くす魔法と様々な事を施して、通常の三倍近い速度で走っている。
馬車の揺れも殆どないため、舗装されていない道でも乗り物酔いにならない。
三刻ほど進んだところで、二度目かの休憩を行う。時間的には後一刻半ほどで日が暮れる時間帯となるので、少し早いがこの辺りで野営を行う事にした。それに周囲を少し調べたかったのもある。と言うのも、目視できる位置に森が広がっているのだ。
あの中に入って少し進んだところで襲撃にあったと思われる場所がある。だからここから先は慎重に進む必要があった。
野営の準備と同時に周囲の確認を行った。野営をする場所は今いる草原ではなく少し離れた所にある丘の辺り、草原で野営は見晴らしが良く敵を見つけやすい利点がある反面、相手からも発見されやすいと言う欠点もある。その点丘の上だと、勾配の関係で此方からは見えやすく、向こうからは見えにくい状況を作り出せるのだ。まあ、ちょっとした差でしかないし、暗くなると火をつけるので、位置を教えてしまう事にもなる。
その日は何事もなく終わり、翌朝出発の準備をしていると・・・。
「何か森の中から強い気配を感じるな」
「ああ、人の様な感じだが少し違うか?何処かで感じた雰囲気だが・・・」
準備の時にレオンハルトが急に立ち上がって森の方に視線を向ける。何かあったのかとシャルロットやヨハンたちも森の方を向く。レオンハルトやシャルロット、ヨハンは『周囲探索』の魔法が使える。ヨハンは二人ほど精度が高いわけでも広範囲を知る事も出来ない平均的なレベルだが、それでもギリギリ範囲内だった様で、それを感じ取った。ユリアーヌたちは魔法ではなく、鍛え抜かれた直感と経験で判断した。
森の奥から人影らしきものが五つ現れる。
「レオン。あれはひょっとして冒険者ギルドで聞いた・・・」
「ああ、ガーフィスト連邦共和国からの来訪者だろう」
姿を捕えてから更に強い気配を感じ取った。森から出てきた所で漸く五人の姿をはっきりと捉える。見た目は人族に似ているが、纏う雰囲気が人族とは異なっている。五人とも美少女と呼べる程度に容姿が整っているが、その見た目に反して一人一人の潜在能力は、正直ユリアーヌ以上だろうと推測できる。
まともに戦闘を行えば、俺とシャルロット以外は全滅するのは目に見えていた。
「何処かで感じた気配だと思ったら・・・まさか・・・」
「知っているのですか?」
俺の言葉にティアナが質問する。あれは、王都の武術大会に初めて参加した時に襲撃に来た者の一人と似た雰囲気。
「魔族が王都襲撃をしてきた時に居合わせたシュラ族の一人と同じだ」
「シュラ族ッ!?と言う事は、相手は魔族ですか?」
その言葉を聞いて全員が武器を手に戦闘態勢を取る。
魔族は、他の種族と戦闘状態にある。シュラ族は魔族であって魔族でない中立にいる魔族。シュラ族は魔族の中でも異質の存在として知られており、生涯一人の者にしか使えないと言う変わり者。それは、自分よりも強く、仕えたいと思える者のみで、それが魔族であろうと人族や獣人族であろうと変わらない。
言わば自分が認めた主人にしか従わないと言う。魔族からしたら裏切り行為と言える行いを平然と行い、魔族もそれを容認している。だから、同族の魔族たちは、シュラ族の者を魔族であって魔族でないと言う表現をするのだ。
ただ、シュラ族は皆、超が付く実力者ばかりで、魔族の中でも上位に食い込むほどその実力は本物とされている。だから魔族の中でもシュラ族を従えている魔族は、ある意味周りから注目されるのだ。
人族に仕えているシュラ族もいるが、この国ではなく大陸北部に居ると言われている。
主人無しのシュラ族か、主人の命令でこの場に居るのかは不明だが、まともにやり合えばかなりの惨事になる。
「まさか、ガーフィスト連邦共和国から来たのがシュラ族とは笑えないな」
シュラ族でなくても笑えないのだが、まあ多少強い魔物の方が良かったと言う意味合いが強い。
遠目から見える姿でわかった事は、女性五人の集団と言う事と年齢が俺たちと変わらないぐらいだと言う事。それと、持っている武器がそれぞれ異なると言う事だ。
右から順に片刃大剣、無数の短剣と短剣の柄から延びる鎖の武器、片刃直剣、大鎌、肩まである篭手。どれも通常の物と異なりかなり歪な形状をしていた。
彼女たちは、ただ森から出てきたようには見えない。明らかに此方に向かって歩いて来ている。
「どうする。此処で戦闘をするか、それとも撤退するか」
「行方不明の冒険者や負傷した冒険者が彼女たちによるものだとすれば、此処で食い止める方が良いでしょうけど、僕たちでどこまで対抗できるか」
彼女たちの個々の能力がはっきりしない為、憶測になるが、対抗できる者はこの面子でも数人だろう。
「シュラ族の目的が分からない以上、出来れば戦闘は避けるべきだろうが、冒険者たちの事を考えると、引くこともできない。だから、チームを二手に分ける」
まだ距離があるため、このような会話をする事が出来るのであった。間合いが近い状態だった場合は、このような会話をする余裕すらなかっただろう。
レオンハルトの指示するチーム分けは、捜索隊にシャルロット、リーゼロッテ、リリー、エルフィー、エッダ、アニータ、ヨハンの七人で、足止めはレオンハルト、ユリアーヌ、クルト、ダーヴィト、ティアナの五人だ。
一対一での勝負が出来るようにしているが、レオンハルト以外はかなり荷が重いと言える。チームの中でも実力派ばかりの集団でも、荷が重いのだから、それだけ相手が危険だと理解できるだろう。
「足止めにもう少し人員を割いたほうが・・・」
シャルロットの言い分も分かるが、俺は寧ろ捜索の方にもっと人員を割きたいのだ。だから、足止めでの様子を見て場合によってはユリアーヌたちを捜索に向かわせるつもりだ。
「大丈夫。倒す必要はないし、それにいざとなれば撤退も出来るからな」
そんな事を話していると。
「レオ様、私もあの者たちと戦ってみたいです」
「だったら私もっ!!」
リリーとリーゼロッテが足止めの方に名乗りを上げる。足止めだと言っているのに、二人から感じる闘志は、足止めではなく全力で倒すという物を発していた。
二人だけではない。他の四人も同様の意気込みをしている。
六人がどうしてこうも闘志を燃やしているのか。それは、数ヶ月前のデビルキラーマンティスとの戦闘だ。あの時、レオンハルトとシャルロットを欠いた面々で挑み、辛うじて倒す事が出来た。けれど、最後の最後にデビルキラーマンティスは死力を尽くし暴れまわり、防戦一方となってしまう。
レオンハルトとシャルロットの二人がその窮地を救ってくれたのだが、幾ら手負いのデビルキラーマンティスとは言え、二人はあっさりと倒してしまったのだ。
最初から戦えば、多少手間取る可能性はあるが倒せない事は無い。
だから、自分たちの力不足を感じさせられた一件となり、懸命に技術や身体能力を磨いた。そして、目の前の敵はその成果を試すチャンスなのだ。
多分、デビルキラーマンティスとの戦闘の前の自分たちであれば一方的にやられていたという自覚はある。故に何処までついて行く事が出来るのか、今の自分たちの力を確認したかったのだ。
「はーわかったよ。俺はサポートに回る。倒せないと判断したら交代だ。その時は捜索隊の方に回ってくれ」
「「ありがとうございます」」
捜索隊の面子が減るのは痛いが、捜索隊にはシャルロットとヨハンがいる。流石にヨハンたちも挑もうとすれば止めていただろうが・・・。
「シャル。そっちは任せる。何かあれば直ぐに連絡してきてくれ」
「うん。皆も気を付けてね」
シャルロットたちは転移魔法で森の入口まで移動して、森の中に消えた。
エリーゼとラウラの二人は後方で待機してもらっている。他の魔物や獣に襲われてもいけないので、屋敷の警備をしている獣人たちを数人二人の傍に待機させた。
シュラ族五人との距離は最初の時の半分以下となっている。戦闘を始めるにしてもそろそろ頃合の位置だ。
「さて、ならお手並み拝見と行くか」
レオンハルトは、最初はサポートに回り様子を見ながら、フォローに入るつもりでいる。なので、皆に複数の強化魔法を施した。
「私はあの赤髪を」
ティアナは同じ大剣使いのシュラ族を相手にすると言う。赤髪と称しているが、正しくは淀んだ血の様な色をしたロングヘアーの女性だ。その者が扱う大剣は、片刃大剣なのだが、刃が真っすぐではなく無造作な湾曲をし、峰の部分は鋸の様な形状をしている。
「俺は、あの大鎌を持つ者だな」
ユリアーヌは、長物同士という意味でシュラ族の大鎌を持つ女性を相手にするようだ。深い緑色のウェーブのかかったミディアムヘアーで、大鎌は彼女の細身の体からは想像できないような大きさだった。
「ならば自分は、近接系と言う意味で、あの者と相手にしよう」
ダーヴィトは、篭手を装備するシュラ族と死闘を繰り広げる様だ。此方も五人の中では小柄の分類で、髪は他の者と異なり銀髪だ。全体的に短めの髪型だが、左右非対称で、長い方が三つ編みをしている。シュラ族もお洒落をするのか?
「だったら、私は剣同士と言う事で彼女かな?」
リーゼロッテの相手は、紺色の髪のシュラ族。髪を後ろで束ねており、腰のあたりまで長い髪をしている。手には片刃直剣を持っており、此方直剣と言っている通り真っ直ぐ刃が伸びている。
「俺と一緒にあいつの相手をするか?」
「そうさせて、貰いますわ」
クルトとリリーは、共闘するそうだ。相手は無数の短剣に小さな鎖を付け、地面に垂らしている。中国武術で使用される縄鏢に似ている。二人の攻撃の長所はその速さにあるが、一発一発の威力は他の者に比べると一段落ちてしまう。だから、二人で移動もとしているのだ。それに、厄介さで言えば五人の中で一番かもしれないと肌に伝わる空気で察した。先の銀髪と似た金髪で何故かツインテールにしている。
やっぱり、シュラ族であろうと女性だからお洒落に気を使うのかも知れない。
シュラ族も戦闘が行える位置まで来ると足を止めた。張り詰める空気の中、レオンハルトが前に出る。
「魔族がこの国に何の用だ?」
魔族ではなく、シュラ族と呼び方をしても良かったが、レオンハルトたちは過去に魔族の襲撃の際に魔族側にシュラ族がいた。だからと言うわけではないが、魔族の手先ではないかと疑っている。仮に魔族の手先でなくとも、ガーフィスト連邦共和国での目撃時に兵士や冒険者が襲われている。それに、彼女たちが現れた森でもアルデレール王国の冒険者が消息を絶って居たり負傷したりと言う事件が起きている。これらが繋がっていないと考える方が無理と言うもの。
いきなり襲われても良いように、レオンハルトも最大限の警戒をしている。
しかし、その予想は思ってもいない方向に進んだ。
「・・・我らの主たる資格を持つ者を探している」
紺色の髪のシュラ族の女性が五人を代表して話始める。彼女の言葉から、五人とも仕える主が居ない者たちだと言う事は分かった。これで、魔族の手引きによる間者や襲撃などではないことは分かった。ただ、単独でもシュラ族を相手にするのはかなり難しいのにそれが五人同時となると、勇者レベルの力を有していないと主として認めさせるどころか、退く事すら厳しいだろう。
五人のシュラ族は、主を求めて出会い頭に兵士や冒険者を襲撃していたのだ
「お前たちの主になれる者は、この先に居ない。だから去れっ。これ以上進むと言うのであれば、抵抗させてもらう」
まあ、抵抗と言うか足止めなのだが。
「話は終わり。私たちは仲間の為、主が必要」
五人が武器を構える。言葉による制止はできなかった。彼女たちが戦闘態勢に入ったのを確認したユリアーヌたちも武器を構える。
「邪魔する者は、排除する」
そして、シュラ族と円卓の騎士の実力派メンバーの戦闘が始まった。
レオンハルトたちがシュラ族と接触した頃、森の中へ捜索に向かったシャルロットたちは魔法を使って負傷者や行方不明者の捜索に当たっていた。
「ッ!?如何やら戦闘が始まったみたい・・・急ぎましょ」
身体強化の魔法で森を走破していた為、それなりに離れたはずだが、それでもこの辺りまで感じる衝突の余波。
本当であれば私自身もあの場に残って皆を手伝いたかったのだけれど、シュラ族と戦闘をして冒険者たちがどうなっているか分からない。いや無事でない事だけは分かる。もし動けない状態で放置されていれば、魔物や猛獣の恰好の獲物となる。
二次被害を考えると一刻も早く見つけ出さなければならず、それを可能にできるのは私と彼しかいなかった。
「ちょっと待って。これを見て欲しい」
ヨハンが何かを発見したのか、皆を一箇所に集める。
そこにあったのは、争った形跡と折れた剣や手に持つらしき冒険者用の道具が散乱していた。血痕の後もあるが、死体はどこにも見当たらなかった。
「この血の量だと、致命傷に放っていない感がするけれど・・・」
血痕はあちらこちらに散らばっているが、大量出血している様な血液量ではない。一人の者か複数の者かまでは判断できなかった。
「こっちに何かを引きずった跡があるわ」
エッダが少し離れた場所にあった痕跡を発見する。しかし、その痕跡の近くには獣の足跡も複数確認できた。間違いなく獣が何かを引きずったのだろう。草は踏みつけられているし、低い位置の茂みや細い枝は一方向に向かって折れていたりしている。
葉の裏にも血痕があり、付着してそれなりに時間が経過しているのだろう。色が少し黒くなっていた。
念のためシャルロットが『周囲探索』で探してみたが、結構な魔物や獣はいるが、人の反応は自分たちを除いて見つけられなかった。
生存の可能性が低いと判断して、次の場所に向かう。ある程度見切りをつけたらまた戻って来て、遺体が無いかの捜索を行うつもりだ。
生きているかもしれないのを見捨てるのかと言われそうな行為だが、生きている可能性が低い者に時間を費やして、間に合ったかもしれない人たちが危険にさらされ命を落とす・・・その可能性が最も悲惨だ。最悪の場合は、捜索したけれど見つけられず、改めて先程の者を捜索したら息絶えてしまったばかりと言う可能性もありえるが、結局のところ犠牲者が出ると言う選択肢に変わりはない。
後はどれだけの人を救えるのか、最終的にはそこに至る。
それに、シャルロットは『周囲探索』で広範囲を捜索したが、発見できなかった事を考えると生存していないと判断しても誰も文句は言えない。探索系の魔法を使わずに今の判断をした場合は、それはそれで後悔が重くのしかかるだろう。
シャルロットだけでなくヨハンも魔法で捜索。アニータとエッダはエルフィーの護衛をしながら移動を行っており、何度かそれらしい痕跡はあったものの生存者の発見には至っていない。一応、遺体と思われるものは発見した。
と言うのも、獣に食われてしまって結構悲惨に姿で見つけたのだ。さっきまで捕食されていたのだろう。噛み千切られた肉体からは血が滴っていた。
獣は、シャルロットたちの気配を感じ取り、獲物をその場に素早く逃げていたのだ。
あまりに悲惨な光景にヨハンが、後処理をしておくと言うが、エッダ以外は遺体の回収に手を貸した。エッダが参加しなかったのは、魔物に襲われても対処できるようにだ。
私自身かなり精神的に堪える現場だったが、如何にか耐えて見せた。エルフィーやアニータは顔が真っ青になっており、見てすぐ分かるぐらい気分不良になっている。
「二人とも大丈夫?」
「大丈夫・・・急がないと、他の人たちが・・・」
「私は、大丈夫ですから、先を急ぎましょう」
顔色はアニータよりもエルフィーの方が悪いのに、言葉から感じ取れるのはその逆だった。エルフィーは自分自身、治癒魔法が行える分、耐性が身についているのだろうし、貴族の令嬢としての意地の様なもので如何にか耐えていると言う感じがする。
シャルロットは、二人にリラックスできる魔法を掛けて、落ち着いてから捜索を再開する。
それからすぐに生存者の反応を見つけたので、急いでその場所に向かった。
生存者の反応があった場所には、誰もいなかったので不思議そうな顔をしているエッダたちにシャルロットは、上を指さす。
そこには、四人の冒険者が木の高い位置で逆さまに吊るされていた。
四人とも意識はなく。此方の呼びかけにも反応を示さない。
「皆、右後方距離百二十の位置に人型の魔物二」
ッ!!
エッダとアニータが戦闘態勢に入る。
「目視できない?」
エッダの言葉は、シャルロットから位置を聞いてその位置に視線を向けた。しかし、そこには何もいなかった。森の中なので木々は沢山あったが、魔物や獣の姿を視認できない。木々の後ろに隠れていると言う可能性もあるため、警戒は怠っていない。
エッダ同様に焦るアニータ。姿が見えないと言う恐怖は、かなりの不安要素である。
「木の上に二人いるね。目視が難しいのは、プラルガーだからだろうね」
ヨハンも魔法で魔物の正体を捉えている。プラルガーとは、別名森の狩人と呼ばれる魔物で、形状は人型ではあるが、見た目は人族とはかけ離れている。顔は前世のブルドッグを更に凶悪化し、そこにオーガやオークと加えた感じ。部分部分に鎧の様な物を身に付けていて、両手に鉤爪を付けている。手や足の指はそれぞれ三本しかなく、蜥蜴の様な皮膚をしている魔物だ。強さ的にはEランク程度の魔物で、まあ、新人冒険者では勝てないが、熟練ともなれば何とかなる強さだ。けれど、このプラルガーと言う魔物には特殊な能力を備えている。
「森との同化か、ですか・・・」
「そうです。エッダの言う通り森との同化が、この魔物の最大の脅威ですね」
森との同化と言う特殊能力。つまりは、保護色や迷彩色の様に周囲に溶け込む色に切り替える事で、自分の存在を隠す事が出来るんだ。
この特殊能力を使われた場合、光学迷彩やステルス迷彩と呼んでも良い位、目視で見つける事が難しい。じっくり眺めると、多少の歪みみたいなものは発見できるが、そもそもじっくり見る余裕は普通ない。
この能力があるならば、もっと上のランクでも良いのではと思うだろうが、姿を見えなくするだけで、気配や敵意は軽減していても、分かる者には隠し通せない。だから一流の冒険者には、油断していなければ問題なく対処できるのだ。
エッダは、気配を少なからず読む力はあるため、何となくの場所は分かったが、アニータはまだ読める程の技量はない。Aランク冒険者なのにと言われてしまうだろうが、アニータはその珍しい武器で、圧倒できる力があるのだ。だから、得手不得手と言う意味では少々偏ったAランク冒険者ではあった。
「アニータは吊るされている人の救出を。ヨハンくんは、下で彼らを受け止めて。エルちゃんは治療を。エッダさんは、皆の護衛に。私が、魔物の対応に当たります」
アニータは飛行する板で、吊るされた者たちの元に行き、蔓を魔導銃で撃って下に落下させた。ヨハンが風属性魔法で受け止めてから、エルフィーが診察すると言う流れが進む中、シャルロットは弓矢を用意して構える。
二体のプラルガーが、同化したまま木の上から降りてくる。落下した音で今いる場所が分かったが、直ぐにその場を離れたので、魔法で居場所を特定する。
二体のうちの一体が、此方に急接近していた。
鉤爪で殴り掛かってくる攻撃を危なげなく躱し、横切る瞬間に膝蹴りを腹部に入れる。プラルガーはそのまま腹部に受けた攻撃でバランスを崩し前かがみで倒れ込む形となる。
その瞬間を狙って・・・。
右手に持っていた矢を逆さにして、そのままプラルガーの後頭部を躊躇なく突き刺す。矢は、後頭部から前頭部に向かって貫通し、プラルガーは一瞬で絶命させられる。死んだことで同化の効力も切れてプラルガーの絶命した姿が顕になる。
矢を弓で射抜くことなく倒された事で、もう一体のプラルガーも慌てたように追撃をしてくるが・・・。
シャルロットは、突き刺した矢を引き抜き、左手で持っていた弓でプラルガーの攻撃を受け流す。遠距離攻撃を得意とするシャルロットの珍しい近距離戦闘が繰り広げられる。まあ、敵の攻撃を受け流して、此方は弓で足払いをしたりする程度だ。
そのうちの一回が、見事に決まり地面に倒れ込むとシャルロットは、攻撃の流れを利用して空中をバク宙し、その態勢から弓を引いて射抜く。至近距離から射抜いたので、射抜いたと同時に相手に突き刺さった感じだ。
今度は頭部ではなく心臓部を的確に射抜いている。
そのまま、手を地につくことなく着地して戦闘は終了した。アニータも最後の一人の救出を終えて下降してくる。
「容態はどう?」
「かなり衰弱していますが、命に別状はありません。ただ、麻痺毒を受けている様で、薬にて解毒をしています」
「この四人は消息を絶っていた冒険者のメンバーですね。残りのメンバーの姿はなさそうですが」
エッダは、首からぶら下げている認識票を見て、彼らが何者なのかを判断した。認識票は冒険者カードみたいなものだが、書かれているのは名前とチーム名などと簡単な情報のみ。私たちは事前にギルド職員から行方不明者たちの名前とチーム名は教えてもらっているので、その名前と認識票の名前が一致して判断した。
簡単な治療が終わったら、一旦彼らをエリーゼたちの転移で連れて行き、その後捜索活動に戻るようにした。
何時も読んで頂きありがとうございます。




