146 渾身の一撃
おはよう。こんにちは。こんばんは。
今日も一日頑張っていきましょう。
村の反対側に打ちあがった『火球』。敵が攻めてきた事を示していると判断した私たちは、兵士たちにこの場を任せて直ぐに救援に向かった。
「ティア、あっちの方角って」
周囲の警戒にあたる際にヨハンから、ユリアーヌとヨハン、ダーヴィトとクルト、ティアナとリリー、リーゼロッテとエッダとアニータの四つに分かれた。それも今の順を右回りに配置しており、私たちの警戒していた場所は、この村を訪れた時に通った方面。
レオンハルトたちが周囲を魔法で確認していたので、殆ど出る可能性が低い場所。リーゼロッテたちの場所もティアナたちに比べれば高いが四箇所の中では三番目に襲撃が少ないと思われる場所。因みに一番はダーヴィトたちの所だったが、これはヨハンの予想が外れてしまった形となる。
まあ、ヨハンにとってみたら、自分の所かダーヴィトの所の二択に絞っていた様なので大差ないのだろうけれど・・・。
「急がないと・・・『身体強化』、『加速』」
「『身体強化』、『加速』」
ティアナとリリーは強化魔法を使って急いでヨハンたちの元に向かう。村の半分以上を踏破した時に他の仲間たちも同じように駆け付けている姿を視認した。
最も早く到着しそうなのがチームの中でもトップクラスの速力を持つクルトだった。次点ではアニータだろう。彼女は魔道具を使用して浮遊状態で移動している。
他は、それ程変わらない距離だろう。
もう少しで到着と思った時に、ヨハンたちがいると思われる場所から大きな火柱が天に向かって燃え盛った。火属性魔法『火炎嵐』。炎の渦に巻き込まれれば忽ち消し炭になると言われる高火力の魔法。
それも、何らかの方法で威力を増倍しているのだろうか。発生した『火炎嵐』の熱風がこんな場所まで分かる程の威力。ヨハンやユリアーヌたちの場所はもっと強い熱波に襲われているのだろう。
そう思うと、足に力が入る。
「流石に、『火炎嵐』を直撃すれば・・・・っ!?」
炎の渦の威力は下がっていない。中心温度は熱でも溶ける様な高温になっているはずなのにそれは何故か動いていた。
そして、突然炎の渦で出来た柱が、無数に切り裂かれて霧散してしまう。
「アレを打ち破るのかよ・・・けど無傷ってわけではなさそうだな?」
「・・・その様ですね。けれど、あれが通用しないとなると・・・もっと強力な魔法を撃つ必要がありますね」
ユリアーヌの攻撃をも容易く防ぐ硬い外殻は、高温で変形し所々熔解している感じになっている。大きなダメージを与えられたと思う反面、蟷螂の魔物はかなり怒り狂っている様な雰囲気を出している。
「・・・・ん?」
どう攻めるか考えていたヨハンは、ある事に気付く。それは・・・・。
「ま、まさか。自己再生能力を持っているのか?」
大火傷を負っていた身体が少しずつだが回復している・・・いいや、外殻などは修復されている様に見える。
「自己再生能力だと・・・やばいな・・・くッ!?」
自身の身体を修復しながら此方にもう攻撃を仕掛けてくる蟷螂の魔物。大ダメージを受ける前よりも数段、攻撃速度が速くそして鋭くなっていた。
「しまっ・・・!?」
ユリアーヌが捌ききれなくなった鎌がヨハンを襲う。ユリアーヌは対応できないし、先程の様に兵士も間に合わない・・・ヨハン自身も防御魔法を展開する余裕もなかった。そこに・・・。
七本全ての鎌の攻撃を防いだ。
「み、皆ッ!?」
「ギリギリ間に合ったな」
「ああ、そうだな。しかし、何て重い一撃だ」
「これ、長くはもたない」
「真正面から防いだらダメよ。軌道を逸らして」
ヨハンを庇う様にクルトにダーヴィト、エッダ、ティアナ、リリー、リーゼロッテ、アニータがそれぞれ一本ずつ担当し、攻撃を防いでいたのだ。最後の一本はユリアーヌがきっちり抑え込んでいる。
アニータの言う通り、まともに受けていたら真っ二つにされかねない攻撃をティアナが的確に分析して皆に指示を飛ばす。
横やりが入ってきた事で蟷螂の魔物も少し警戒心を強めた。受け流された鎌は再度攻撃を行う為、連続で斬り付ける。けれど、この場に揃った面々が、見事な連携で襲って来る鎌を全て受け流した。
ヨハンは、この瞬間再び地面に手をついて魔法を発動させる。
「『氷壁』」
氷属性魔法『氷壁』。『土壁』や『岩壁』と同じく物理的な魔法防御ではあるが、水属性の上位種である氷属性魔法は、『岩壁』を粉砕した蟷螂の魔物でもすぐには破られない。
氷の壁は蟷螂の魔物とユリアーヌたちの間ぐらいに現れる。幸運な事に、八本全ての鎌は氷漬けにされているようだが、蟷螂の魔物がその氷を砕こうと藻掻いていた。
『氷壁』を使用した直後、ヨハンの指にはめていた指輪の一つが砕け散った。単なる魔道具ではなく、魔力貯蔵としても使っていたのだが、『氷壁』を使用した事で、貯蔵していた魔力が空になり、砕けてしまった。
「直ぐに付与を掛ける『身体強化』、『武器強化』、『魔力高純度化』、『筋力増強』、『俊敏力向上』」
全員に同時に使用していくので、ヨハンの魔力がみるみる減って行く。
「『集中力増幅』、『高感覚』、『魔法鎧』、『魔法防御向上』」
強化魔法や防御魔法、補助魔法とヨハンが今行える効果的な付与を全部掛ける。『魔法防御向上』は、『魔法強化盾』に似ているが、『魔法強化盾』はアクティブ魔法なのに対して、『魔法防御向上』はパッシブ魔法・・・つまり常時展開する魔法なのだ。そう言う意味で言えば『魔法強化盾』よりも魔法鎧』に近い。
二個目の指輪も砕け散ってしまう。
腰のベルトから砕けた二つの指輪の変わりの指輪をとりはめ直す。
「あれは、Aランク相当の魔物だが、Aランクでも上位かSランクに相当すると考えられる。外殻はユーリの攻撃を寄せ付けない上に、魔法の効きもいまいち・・・おまけに自己再生能力もあると来たものだ」
ヨハンからの情報を聞いて、これから相手にする魔物がどれ程危険なのかを改めて認識する。
「外殻は狙うな。鉄の様に硬い上に自己再生で傷付いても治してしまう。此方の武器や体力が消耗するだけだ。関節部を狙え。全員で攻撃し続ければ再生も追いつかないだろう」
「けれど、あの鎌は厄介ね。さっき受けた感じだと、剣が持って行かれるかと思ったわ」
こんな状況で話が出来るのは、『氷壁』から蟷螂の魔物が未だに抜け出せていないからであるが、それももう限界が来ていた。
鎌のあたりの氷が大きくひび割れ始めている。
氷が割れる音が激しくなったと思ったら、氷の壁は大きな崩壊音と共に一気に砕けてしまった。
「兎に角、全員生きて戻るぞ」
それぞれが、蟷螂の魔物に挑む。まず、一番厄介なのはあの八本の鎌の存在だろう。あの八本の鎌のおかげで、本体に決定打を当たる隙が無いのだ。
「『空気砲』」
風属性魔法『空気砲』を数十発撃ち込む。蟷螂の魔物が防御態勢に入った所を追撃する形で、ティアナとリーゼロッテが走りだす。
「アカツキ流大剣術『砲鎚』」
「二連撃『ホリゾンタルシーカー』」
二人の技が炸裂する。ティアナの大剣を振り下ろす一撃は、鎌の関節部を僅かに外れてしまい、軽いひび割れ程度のダメージしか与えられなかった。一方、リーゼロッテの王国剣術である技『ホリゾンタルシーカー』は斬撃を交差させる様に切り付ける二連撃で、此方は関節部に当たり斬り落とす事は出来なかったが、かなりの深手を負わせられた。
二人を攻撃しようと動くが、上空から無数の魔弾が蟷螂の魔物を襲う。
「『拡散高魔弾』」
飛行する板に乗ったアニータは、蟷螂の魔物のはるか上空から魔物に向かって魔導銃の引き金を引く。通常の『魔法弾』とは違い、威力が数倍に跳ね上がり且つ、一度の攻撃で複数の弾を撃つ事が出来る。一対多の戦闘に置いて大きな効果を齎すが、今回の様な大きい魔物にも効果はある。
正し、一発一発に正確な狙撃が出来る程アニータの実力は付いていないので、大まかな場所に絞られてしまう。だから、アニータの技は関節部に直撃したものはなく。決定打とはならなかった。
けれど、敵としての対象物を増やすと言う意味では効果があり、ティアナとリーゼロッテを襲う鎌の動きが一瞬鈍くなる。
「『シールドブーメラン』、『インパクトガード』」
ダーヴィトは、両手に持つ円盾の片方を投げつけて鎌の動きを阻害。もう一つの円盾でティアナを襲う鎌を弾き返した。
『インパクトガード』は、盾で敵の攻撃を防ぐと言う意味では同じなのだが、他と違って攻撃が当たる瞬間盾を持つ腕を振るい。相手の攻撃を弾き返すのだ。腕にかかる負担は大きいが、タイミングが合えば、相手の攻撃をそのまま相手に返す事が出来る。
「体勢が崩れた。一気に攻めろッ」
ユリアーヌの言葉で、クルトとエッダ、ユリアーヌ、リリーの四人はそれぞれの方向から連続攻撃を繰り出す。
「『アサルトブレード』」
「『ダンシング・スラスト』」
「『ドラゴンバスター』」
「『月下楼』」
クルトの操る双剣による八連撃に、エッダの槍による回転を使った連続的な範囲斬撃、ユリアーヌの三連突き、リリーの十二連刺突が蟷螂の魔物を襲う。
大半の攻撃は外殻で防がれてしまったが、何回かは関節部を攻撃する事が出来た。
ギュルルルルルルルルルルウウウ
蟷螂の魔物が雄叫びを上げる。『火炎嵐』でそれなりに負傷した時でも、雄叫びを上げるような事は無かった。
そこから一気に叩き込む。鎌を斬り落とす事が最優先事項だが、陽動時の攻撃は関節部を狙ったり六本ある脚を狙ったりする。それぞれが、ローテーションしながら位置を変え、各々の技を繰り出し続ける。
「せいっ」
そんな時、大きな変化が起こった。ティアナの攻撃・・・『宵斬り』が右後脚を切断したのだ。巨体を支える脚と言う事もあり、蟷螂の魔物の体制が僅かにずれる。
「させるかよっ!!『轟雷』――――からの、『シールドストライク』」
鎌の攻撃がティアナを狙う。その右前脚である鎌の胴体よりで構造上、符節と呼ばれる場所を攻撃する。蟷螂の前脚は、胴体側から符節、脛節、腿節の三構造になっており、鎌の部分は脛節、腿節になるのだ。
一度目の『轟雷』は神明紅焔流体術の技で内部破壊を行い、次に別の場所に投げていた円盾が戻って来て、そのまま二度目の攻撃『シールドストライク』で内側と外側からの攻撃を行い粉砕した。
「このチャンスを逃すなっ!!」
「『クロスファイヤーシュート』」
「<雷よ、天空を貫く、雷光となれ>『稲妻槍』」
アニータの火属性の多弾射ちとティアナの得意属性である雷属性魔法を略式詠唱で追撃を行う。
「『跳翔』」
ヨハンは、自身が攻撃をするのではなく仲間の動きのフォローに入る。彼の持つ指輪は二つを残し全て砕けてしまっている。いざと言う時の事を考えて、魔力を温存しているのだ。
『跳翔』によって空中に展開された複数の足場をクルトが有効活用する。
「『フライングアサルト』」
腕輪の魔道具を使って自身に『加速』の魔法を掛けて速度を上げ、目にも止まらぬ速さで斬り付ける。
金属音があっちこっちで響く中、ユリアーヌもヨハンの作った『跳翔』を使って蟷螂の魔物の上を陣取ると、槍を構え直して突撃する。
「『ストライクホーク』」
槍技突進系『ストライクホーク』。ユリアーヌが考えた技で、クルトの『フライングアサルト』を参考にして作った。重力による加速を加える事で、通常の突進よりも遥かに威力が高い技となったが、その反面、回避された時は地面に激突してしまうと言う欠点もある。
狙うは胴体の関節部。
「『武器強化』」
ヨハンは、落下するユリアーヌの槍の先端部分を強化する。
「おりゃあああ」
ユリアーヌと蟷螂の魔物との衝突の衝撃が地面をとたわって離れている兵士たちにも感じ取る。
「――――す、すごい」
「これが、Aランク冒険者の戦い」
息を呑む様な激しい戦いに只々見ている事しかできない。
そんな兵士たちを他所に、ユリアーヌたちは懸命に蟷螂の魔物に決定打を与えようと懸命に頑張っていた。ヨハンの放った『火炎嵐』で追った傷は自己再生能力で元に戻っている。けれど皆で攻撃した傷の大半はまだ癒えていない。
蟷螂の魔物の背中から青色の血が間欠泉の様に噴き出す。
ユリアーヌの技『ストライクホーク』が見事に関節部に突き刺さったのだ。
そのまま貫こうと頑張るが、中々貫通迄には至る事が出来ずにいると、地面から無数の氷柱が蟷螂の魔物の腹部を襲う。より正確に言うと、ユリアーヌの攻撃した丁度反対側の辺りを主としていた。
エッダの持つ氷魔槍、氷の魔装武器による魔法攻撃。
胴体を切断されると悟った蟷螂の魔物はこれまで使用してこなかった羽を展開し、大空へ飛び立とうとする。
羽をはばたかせるだけで、地面にかなり強烈な風が巻き起こる。
「逃がしません。切り裂け『雷鳴剣』」
「はああああ『紅蓮剣』」
ティアナとリーゼロッテは共に左右の羽を目掛けて大振りの斬撃を行う。雷を纏ったティアナの大剣と炎を纏ったリーゼロッテの剣が左右の羽を容易く両断する。羽の外皮の部分は硬いが、羽自体はそれ程耐久力があるわけでもない。
二人の渾身の一撃で、切断できる程だ。
羽を切断されて上空に逃げる事が出来なくなった蟷螂の魔物。
更に両側に回り込んだリリーとクルトの二人。此方も、大技をユリアーヌやエッダが攻撃している関節部の側面を攻撃した。
「終わりです『氷雪剣』」
「良い加減に堕ちろ『ブラッディークロス』」
氷を纏ったリリーの細剣に、魔道具で赤黒い魔力を帯びたクルトの双剣。
上下左右の攻撃で遂に蟷螂の魔物の胴体は、真っ二つに両断された。
悲鳴のような叫び声。昆虫系の魔物は、死んだ状態でも動く事が出来るので、注意が必要なのだが、この蟷螂の魔物は絶命にまで達していない。達してはいないが、瀕死なのは間違いないだろう。後脚の部分と本体が両断されたので、まともに移動する事も出来ない。
だが、忘れてはならないのが・・・・自己再生能力の高さだ。これは死ぬまで発動する能力な様で切断された部分から新しい身体が作り始めていた。
ダーヴィトは自身の持つ盾を踏み台に跳躍し、蟷螂の魔物の頭部まで来ると、右拳を上空に突き上げる。
「砕け散ろッ!!『轟雷』」
頭部に立たたきつける拳。体術用の篭手が頭部に直撃すると同時に首を支える骨を砕いた。そのまま頭部ごと地面に叩きつけると、漸く自己再生の能力が失われた。
遂に、蟷螂の魔物を討伐する事が出来たのだ。
円卓の騎士の面々は激しい戦闘故、終わった後は地面に座り込む。戦いを見守っていた兵士や村を守ろうと集まった村人たちは歓喜の声をあげた。
「如何やら戦いが終わった様だな。こっちもこれで終わりだ」
レオンハルトたちの方も無事に負傷者の治療が終わった。
「おお、ありがとう。其方たちのおかげだ。本当にありがとう」
「いえ、我々は仲間の元に向かいます。怪我をしているかもしれませんから」
三人は立ち上がり建物から出る。
―――ッ!?
レオンハルトとシャルロットは、仲間たちが戦闘していた魔物がまだ生きている事を感知して、大急ぎで移動する。
「きゃああああああああああ」
エルフィーは、訳も分からず急にレオンハルトに抱きかかえられると猛スピードで移動し始めた為、恥ずかしさよりもその速度に驚き、大きな悲鳴と共にレオンハルトの服を強く握りしめた。
「シャル。動きを封じろ」
レオンハルトの指示で、シャルロットは移動しながら、弓を構える。魔法で作った大きい矢を上空に向かって射抜く。
射抜いて直ぐ、弓を肩にかけてレオンハルトからエルフィーを受け取る。
レオンハルトの服を強く握りしめていたが、レオンハルトが彼女に「シャルの方に移動させるぞ」と声を掛けた事で、彼女は怖いながらも握っている手を緩めた。
「エルちゃん?ごめんね。でも急がないと皆が危険なの」
シャルロットに捕まって直ぐ彼女から教えられた現状を聞き、叫ぶのを止めた。恐怖よりも仲間を助けたいと言う彼女の優しさが上回ったのだ。
覚悟を決めた目を見たレオンハルトは、「先に行く」と言って一気に速度を上げた。
異変に気付いた兵士が、ユリアーヌたちに声を掛ける。
「ま、まだ生きているぞッ!!」
蟷螂の魔物は、上半身だけとなっているため、何本かの鎌を失った後脚の代用に使い、起き上がる。とても起き上がれるような状態ではないのにも関わらず、それは起き上がったのだ。
「ヨハンッ!!」
ユリアーヌたちは既に体力を使い切っており、まともな戦闘が出来る状態ではない。更に言えばヨハンからの付与魔法の殆どが効果を失っている状況にあった。
「『円形捕縛』」
無属性の拘束魔法の一つで、無数の魔法で出来た円形が相手を縛り上げる。イメージとしては手錠の様な感じだが、この世界に手錠と言う物はない。この世界の者たちがこの魔法をイメージする時は投げ縄をイメージしている。
結局のところ似た様な効果になるが、『円形捕縛』で動きを封じられた蟷螂の魔物。何とか拘束魔法を打ち破ろうと悪足掻きをする。
瀕死・・・寧ろ命を絶っていたはずなのに、どうして此処まで動けるのか・・・不思議に思う面々。
拘束魔法を無理に破壊しようと動く蟷螂の魔物に対し、ヨハンもこのままでは破壊されると判断して、もう一つ魔法を重ね掛けする。
「『捕縛檻』」
魔力で作った半球状の檻。まるで鳥かごの様な檻は、魔物の捕獲や数人の盗賊を捉える時に使用したりするが、この魔法は魔力制度が非常に左右される。制御しきれない者は抜け出せる隙間が出来てしまうし、強度も体当たりで壊れてしまう。
しかし、制御が出来る者が行えば、その効果は絶大で、腕一本通らない様な間隔のスペースで作り上げる事が出来、強度も十人近い者が同時に攻撃しても何にも起こらない。
魔力貯蔵として使っている指輪、その指輪も残りの二つとなっており、今の魔法で二つの内の一つは砕けてしまった。
『円形捕縛』に『捕縛檻』の二重捕縛だが、蟷螂の魔物はその捕縛の更に力任せに壊そうとした。
破壊されないよう魔力を注ぐが、魔力消費量が異常に高く。あっと言う間に最後の一つも砕け散ってしまった。
「まだ・・・立てるだろ」
「此処で寝ているわけには・・・いきません」
皆が如何にか立ち上がるが、先程の戦闘で体力を殆ど消耗している。魔力を持つ者たちは魔力欠乏症になりかかっていた。立ち上がるだけで精一杯のはずなのだが、ユリアーヌがヨハンに対して声を掛けたのは、少しでも時間を稼ぎ、自分たちが立ちあがるための時間が必要だったから。
けれど、立ち上がったからと言って、どうする事も出来ない。
「クっ・・・破られるっ!!」
遂にヨハンの魔法が砕け散ってしまう。上半身の身と言う状態になり、未だに瀕死の状態ではあるが、解き放たれた事で、三本の鎌を上空に振り上げる。
このまま斬られると覚悟したが、次の瞬間、天空より無数に飛来する物が蟷螂の魔物の身体を貫き地面に固定させた。
シャルロットの弓技『矢の雨』が蟷螂の魔物を襲ったのだ。通常の矢を使う事もあるが、今回は『魔法の矢版』だ。
「これは、まさか・・・」
ふと蟷螂の魔物の正面に視線を向けると・・・一人の少年が何もない所から突然姿を見せる様に現れた。彼は既に戦闘を行う体勢となっており、愛刀に手を掛けると、再び姿を消す。
正確には、視認できない程の速さで移動しただけなのだが・・・。神明紅焔流抜刀術奥義弐ノ型『真達羅』で高速移動しながら抜刀し相手を斬る奥義の一つ。消えたと思った次の瞬間には蟷螂の魔物の頭の後ろに居た。
蟷螂の魔物の頭部が跳ね飛ばされたのだろう。遅れて頭部が空中を舞う。レオンハルトもそのまま空中で身体を捻り、魔法で足場を作ったと思えば、空中を舞う頭部に追撃を仕掛けた神明紅焔流抜刀術奥義弐ノ型『真達羅・終ノ閃』。
『真達羅』の二連撃目の斬撃で、本来はどちらも横切りなのだが、二撃目は兜割りの要領で蟷螂の頭部を左右に分かれる様、一刀両断する。
綺麗な着地を成功させたレオンハルトは、無言のまま刀を鞘に納めた。
「間に合って良かったよ。昆虫型はしぶといから確実に頭を潰さないとね」
何事もなかったの様に此方に歩いてくるレオンハルト。背後にある魔物の死骸は、頭だけでなく上半身部分も両断されたのか大きな音を立てて地面に転がる。
「やはり勝てないな」
自分たちは、あれ程までに苦戦したと言うのに、それを涼しい顔で容易に倒してしまう。確かに全快だった俺たちとの戦闘と瀕死の状態とでは違うのだろうが、逆だったとしても多少苦戦するだけで、彼なら倒していただろうと思う。
追い求める背中が余りにも遠い事を突きつけられた。
けれど、遠くてもきちんと見えているし、目標としたい人物なため、彼と共に道を進もうと皆が思っている。
「それにしても、レオンだけでなくシャルの攻撃も見事に通用していると思うと、流石俺たちのリーダーとサブリーダーと言う所だろう。ヨハンの指示も凄く助かったぞ。あんがとな」
クルトの言葉に他の者もヨハンに声を掛ける。
「エルちゃん・・・悪いのだけど、治癒魔法お願いできないかな?着地に失敗して足捻っちゃったぽい」
リーゼロッテが申し訳なさそうに右足首を摩りながら言う。彼女以外にもよく見たら他の者たちも彼方此方傷だらけだ。
適宜、手持ちの水薬で回復はさせていたが、回復よりも攻撃を優先していたので、傷が残っていたのだ。
倒した蟷螂の魔物を魔法の袋に収納し、兵士たちに引き続き村の警戒を頼んで、皆で村の中に入る。
俺たちはそのまま、治療を行っていた場所に移動した。あまり気にしていなかったから知らなかったが、治療した場所は村長の家の一角だったそうだ。一角と言うより母屋の隣に建てている離れだったようだ。
「倒したのか?もう大丈夫なのか?」
心配そうに尋ねてくるバーティス公爵家の子息のカール。その後ろには治療した騎士デビッドや他の騎士に兵士、ガランダ村の村長らしき者や村民たちが控えている。
「彼らの活躍で討伐完了しました。カール様がよろしければ、もう一泊お世話になって明日、王都に移動しようかと思いますが、どうでしょうか?」
このまま移動しても構わないのだが、負傷していた騎士の事を考えると一日休ませた方が良いと言う判断だ。兵士たちは動けるだろうが、騎士たち・・・特に重症だった二人は、結構な量の血を失っている。点滴で賄っているが、点滴はあくまで応急処置に過ぎない。なので、もう少し安静にしておいた方が安心できる。
「私は構わないぞ。其方たちは良いのか?」
「ええ。何日も滞在となると学園の夏季休暇が終わってしまうので、遠慮したいのですが、一日や二日程度は問題ないですね」
「・・・そうか。わかった。村長すまないが、もう一泊させてもらえないだろうか?」
「ええ、わしらは構いませんが、大した御持て成しもできませんが・・・」
カールを含めた騎士たちは、如何やら昨日からこの村に来ていたようだ。騎士たちの重傷具合を考えると、昨日からあの状態だと既に命がなかったはずなのだが。そのことが顔に出たのだろうか。カールの近くに居た兵士が、こっそり教えてくれる。
「昨日の午前中にあの魔物と遭遇したのですが、その時は馬車を捨てて逃げたことで、大した怪我をする者もいませんでした。村に到着し、早馬を走らせた後、あの魔物が村の近くに現れたので、デビット殿たちが村から引き離すために囮となって行動し、その後我々が捜索に当たったところ、瀕死の状態で発見されたのです」
なるほど・・・確かに、それだとあの状態で生きていたのも納得が出来る。
しかし、囮として動くのは間違いではないが、兵士が探しに行くと言うのは一つ間違えれば二次被害になっていた可能性もあるし、そのまま魔物を村の方に誘導してしまい被害が拡大していた可能性もあった。
まあ、最悪な結末にはならなかったのは、幸運と言えるだろう。
カールや騎士たちは、村長の家の離れと近くの空き家を借り受け一泊する。俺たちは、出入り口に近い空き家を借りて寝泊まりをする。男女を分けてくれたのは、気を使っての事だろう。
おかしな事はしないが、そもそも人数が多いので空き家一つでは寝泊まりをする場合は入りきれなかったのだ。
夕食は、兵士と共に近く雑木林に入り数匹獣を狩った。食す事となるが、蟷螂の魔物が食い散らかしたせいか、大物は見つけられず、質素な感じになりそうだったので、手持ちの食料を少し提供した。
翌朝、重症者たちの体調を確認して王都に向かって出発したのだった。
何時も読んで頂き、ありがとうございます。
誤字脱字などの報告を受けておりました件、一応修正しましたが、新たに報告があり、
時間があればおいおい訂正してまいります。ご不便おかけし申し訳ございません。
引き続き執筆活動を頑張って参りますので、よろしくお願いします。




