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144 王女殿下たちのお忍び外泊

おはよう。こんにちは。こんばんは。

9月に入りましたね。大雨が各所で続いております。

自分は木曜日にコロナワクチンの2回目を終えたのですが、土曜日の深夜に本格的な副反応があり、38.3℃まで上がりました。インフルの時の様な身体の倦怠感に、常温で身体の芯が震える様な寒気に布団をかけていたら異常な暑さで殆ど寝付けませんでした。

頭は熱でボーッとする事もなく平常運転なのがまた不思議な感覚です。

薬を飲んで過ごし、土曜の夜に再び37.5℃まで上昇しましたが、今は落ち着いております。

 此処暫く、アルデレール王国は晴天に見舞われ、暑さが続く。時期的にも真夏と然程変わらない気温なため、時折額から汗が流れそうに・・・ならない。普通であれば流れるのだが、レオンハルトの魔法で、彼を中心とした周囲を快適な温度になるよう調整していたので、熱中症で倒れるような事は無い。


 朝、王城に登城し、王女殿下たちと合流してから転移魔法で海隣都市ナルキーソに向かった。ナルキーソに到着して直ぐ、殿下たちの護衛騎士十数名とナルキーソの領主ヴェロニカ・イーグレット・フォン・ヴァイデンライヒ子爵。女性でありながら貴族当主を任される手腕の持ち主。


 ヴェロニカの近くには彼女の私兵や使用人たちも待機していた。


「お久しぶりです、ヴェロニカ様。それにアルノルト殿」


「お出迎えありがとうございますヴァイデンライヒ卿」


「ご無沙汰しておりますレーア王女殿下。お久しぶりですアヴァロン伯爵様。貴方様の方が爵位は上になるので様付けは必要ありませんよ」


 ヴェロニカの言葉に、それを言うなら自分よりも圧倒的に貴族歴が長い上、領主としても王都の代表的な都市の領主と言う意味でも明らかに自分より優れているので、爵位関係なく様をつけたくなるが、敢えてこの場では口を紡ぎ苦笑いする。


「ローゼリア皇女殿下。初めまして、私はナルキーソの領主を務めさせていただいておりますヴェロニカ・イーグレット・フォン・ヴァイデンライヒでございます。ご滞在中何かありましたら直に対応いたしますので、申し付けください」


「初めましてアバルトリア帝国の皇女ローゼリア・ラナ・リザーナ・フォン・アバルトリアです。留学の身ですので分からない事も多々ありご迷惑をおかけすると思いますが、どうぞ宜しくお願いします」


 ヴェロニカの自己紹介に、ローゼリア殿下も自己紹介を行った。シルヴィアは自身の身元を隠す必要があるので、ローゼリア殿下の友人と言う扱いで来てもらっている。勿論、レーア殿下とも共通の友人と言う地位なので、立場的に言えば伯爵令嬢並みの地位にいる。


 もう一人、共に転移してきた者がおり、彩色異色症(オッドアイ)大鎌(デスサイズ)を携えた少女。ローゼリア殿下の護衛としてやって来たアバルトリア帝国の守護八剣の第八席ローゼマリー。ローゼリア殿下とは腹違いの妹にあたり、その稀な瞳により特殊な力を持っている。


 特殊な力・・・俗に超人病(スーパーヒューム)と呼ばれる通常の者よりも圧倒的に多い魔力を保有し、戦闘を行える者。レオンハルトの元にいる給仕係(メイド)のヴェローニカも同様の特殊な力を持っている。


 因みに、先刻似た様な力を持っている人たちとあったが、彼女たちの力は超人病(スーパーヒューム)ではなく聖印症候群(ホーリーシンボル)と言う特殊能力。何が違うのかと言うと、発揮する効果も違うし、発言する見た目も異なる。


 彩色異色症(オッドアイ)が生まれつき左右異なっているのか、それとも普段は両目とも同じなのに、感情が高まったりすると彩色異色症(オッドアイ)になるのかと言う点。前者が超人病(スーパーヒューム)で、後者が聖印症候群(ホーリーシンボル)となる。


 そして、能力の同じように、例えば一般的な人の力が百とした場合、超人病(スーパーヒューム)だと常時、五百近くの力を有している。逆に聖印症候群(ホーリーシンボル)は、集中すればするほど、力が向上していくので、最初は百から徐々に二百、三百、四百・・・八百と段階を踏んで強くなるのだ。


 魔力も力と同じ考えだ。寧ろ、超人病(スーパーヒューム)は魔力に依存して強くなっているとも言える。


 超人病(スーパーヒューム)の知り合いは、ローゼリア殿下の護衛であるローゼマリーとうちの給仕係(メイド)のヴェローニカの二人で、聖印症候群(ホーリーシンボル)の知り合いは、アオイとワカバを保護してくれていたクリスティーナとフィーネの姉妹だけだろう。クリスティーナとフィーネは聖印症候群(ホーリーシンボル)だけでなく、色素欠乏症(アルビノ)種でもありかなり珍しい姉妹だ。


「本当にあっと言う間に此方へ来られるのですね」


 若干呆れ気味に話をしてきたのは、騎士団の二番隊隊長補佐をしており、レーア殿下直属の護衛も兼任している女性騎士。正確には元二番隊隊長補佐と呼ぶべきだろうか。現在の肩書は二番隊隊長となっている。レーア殿下がアバルトリア帝国へ移動中ワイバーン襲撃を受けてその時の傷が元で当時の隊長が負傷し、体長職を降りた。副隊長が隊長への昇格を辞退した事で、隊長補佐だった彼女に隊長の任が回ってきた。


 一応、隊長及び副隊長や一部の騎士団の団員たちは、レオンハルトが転移魔法を使えることを知っている。更にその中でも転移人数や距離にほぼ制限がない事を知る者は少ない。厳密には、制限がないわけではないが・・・一般的な転移と比べれば制限があってない様なもの。


 サラ隊長の後ろには同じ二番隊から同行させた選りすぐりの精鋭たち。


 王都に残している残りの団員は副隊長やサラの代わりに任命された隊長補佐がしっかりと隊をまとめている。


「それで殿下、今日はどの様な事をなさいますか?」


 俺の問いにレーア殿下は、悩む事無くこの街発祥のドネルケバブを食したいと言い始める。ドネルケバブはレオンハルトが考案したこの街の名物料理で、今でこそどこの街でも似た様な料理が出されている。


 レーア殿下たちも食した事はあるが、やはり元祖と言うべきか、(レオンハルト)が手掛けた料理方法、その味を今も継続している事から訪れた際には是非食してみたいと思っていたようだ。


「レオンハルト様は、本当に多彩なのですね。料理研究、開発までするなんて」


 シルヴィア殿下の誉め言葉に、レオンハルトは苦笑するだけだった。確かにこの世界で公判したのは自分だが、前世の記憶を模倣しているだけなので、誇らしいとは思っていない。


「では、早速屋敷の方でご用意いたしましょう」


 ドネルケバブは、屋台で買い食いするのが支流ではあるが、王城殿下たちにその様な食べ方を推奨する事は出来ない為、領主館でもある子爵邸で用意するとヴェロニカが話すと、それに対してレーア殿下は買い食いをしたいと言い始める。


 別に、領主や騎士団に迷惑を掛けたいと言うわけではない。その食べ方が支流と言うのであれば、それをしてみたいと言うわけだ。


「で、ですが殿下ッ!?」


「サラ隊長、私たちは一応お忍びで来ているのですよ?貴方たちもそれを分かった上で、騎士の恰好ではなく、私服での警護をしているのですよね?」


 レーア殿下の言う通り、今回の件に関して一応お忍びと言う扱いになっている。騎士たちも騎士服ではないし、俺も冒険者風の恰好でも貴族の礼服でもない。まあ、下級貴族が着るぐらいの身なりではある。それに場所も人目が付かない場所を選択している。転移魔法で来ると言う事もあるが、私服とは言え騎士っぽい人たちに、領主たちもいるとなると、傍から見れば、重要人物だと分かってしまう。


 けれど、サラ隊長の言う様に、王族たちが行う様な行儀のよい事でもない。


 どうするか悩んだ末・・・出来るだけ人払いを行う事になった。方法は分からないが、アルノルトが動くそうだ。


 ただ、移動してすぐドネルケバブを食べると言うのも早すぎるため、その前に街中を散策する事にした。


 殿下たちの今日の目的は、ドネルケバブを食す事と水の都と言われるだけの事はあるこの街の見て回りたいと言う。


 昼前まで、広場で蚤の市を見て回ったり、露店や店舗などを巡ったりした。王都でもそんなに街中を散策できない三人、加えて王都ではない都市の散策もあり、とても新鮮で楽しそうにしていた。


「レオンハルト様、周辺の人払いを終えたとのご連絡がありました」


 騎士の一人が此方にやって来て耳打ちしてくれる。


「わかりました。時間的にもそろそろ良い頃なので、向かう事にします」


 レオンハルトは、三人を連れてドネルケバブの出店に足を運ぶ。


「い、いらっしゃい・・・ませ、何に致しましょう?」


 俺が考案したドネルケバブ、その中でも元祖にして最も美味と有名な屋台にやって来たのだが、事前に重要な人物たちが来ると知らされていたのか、それとも彼女たちの雰囲気に当てられているのか分からなかったが、偉く緊張しているのが手に取るようにわかった。


「ドネルケバブを五つ。ソースは・・・・」


 レシピ提供と屋台での出店当初は、チリソースしかなかったが、現在はチリソース以外に甘いメープルソースやヨーグソース、フレッシュソース、マヨソースと言うのも増やして五種類のソースで味わえる。メープルソースは蜂蜜をベースに作られているらしく、ヨーグソースはヨーグルトの様な感じのソースの様だ。フレッシュソースは数種類の野菜や調味料で作ったドレッシングの様な物。マヨソースは、マヨネーズに手を加えたソースらしい。


 俺は、定番のチリソースにしたが、レーア殿下はヨーグソースを、ローゼリア殿下はメープルソースにして、護衛のローゼマリーはマヨソースを選ぶ。シルヴィア殿下は、フレッシュソースに興味があるとの事で、それぞれ注文した。


「はいよ。これで最後だな、チリソースお待ち」


 殿下たちの物を優先してもらい、その後ローゼマリー、最後に自分と言う流れで作ってもらった。


 食べ歩く事も出来るが折角なので、屋台近くにあるベンチで頂く事にする。


 領主のヴェロニカもドネルケバブを注文して狩っており、他の護衛たちも数人買っていた。


「皆様、お飲み物を調達してまいりました」


 アルノルトが銀のコップを持ってやってくる。中身は果汁ジュースと言う事で、毒物が入っていないか分かる様に銀食器を持ってきていたようだ。銀は毒物に反応する。毒見役がいない場合や今回の様な時に用いる事が多い。まあ、魔法で既に調べているけど・・・。


「では、早速・・・・もぐもぐ、・・・・ッ!?と、とても美味しいですわ」


「はい、甘いメープルソースが肉とこれ程、相性が良いなんて知りませんでした」


 ああ、それは俺も知らないな。前世でもドネルケバブを蜂蜜に付けて食べるなんて行為した事が無いし・・・ただ、蜂蜜は肉の下処理で使用すると言うのは聞いた事があるので、案外悪くないのかもしれない。


「此方は、ベリーのジュースですわね。甘酸っぱさが更に美味しさを引き立ててくれますわ」


 殿下たちは絶賛する。勿論、殿下たちだけではなく護衛の者たちも同様に頬張っていた。先に周囲警戒のために食べずにいた者まで、食べ終わった者と交代して急いで買いに行っていたぐらいだ。


 ベリーの酸味と肉との相性も良さそうだな。ただ、マヨネーズやメープルソースとの相性は分からないが・・・甘い物に甘いとか、甘さが強い方が勝って、他の味を阻害しそうな感じもするが・・・。


 ただ、殿下たちは珍しいご当地メニューを堪能しただけでなく、こういう環境下で食べるからこその美味しさも加わり絶賛したのだろう。


「殿下、此方を」


 俺は、嬉しそうに食べる彼女たちの姿をみて、余り他の人に見られない方が良いと思い、魔法の袋からハンカチを取り出して渡す。


「これは?」


 不思議そうな顔をする殿下たちにこっそり伝えた。


「口元にソースが付いていましたので」


「ッ!?し、失礼します」


 顔を真っ赤にするレーア殿下、慌ててソースを拭うと消える様な小さい声でお礼を口にしていた。他の者たちもレーア殿下だけかと思っていた様なので、同様に伝えると皆同じ反応をしていた。


 楽しい時間はあっという間に終わり、午後からは商業ギルドを訪問したりした。


「では、此方でお待ちくださいませ」


 そして、日が沈み始めた頃には、子爵邸に皆が集まっていた。夕食は子爵邸でご馳走になる事になっているので、今はそれ待ちである。何度か訪れた事があるレオンハルトは少し懐かしい気持ちになった。


 他国の皇族であるローゼリア殿下たちは勿論、レーア殿下もヴァイデンライヒ子爵家の屋敷に来たのは初めての様で、当主が居ないからと案内された部屋をいろいろ見渡す。


「子爵位にしては、結構立派な屋敷ですわね」


 ローゼリア殿下の言葉、別に他意はなく。ただ、一般的な子爵位の屋敷にしては大きさもさることながら、内装や飾られている芸術品も良い物ばかり。


「ナルキーソは、この辺りでは最も発展していますからね。海路もあるので、それこそ他国との貿易も盛んですし」


 そんな事を話していると、執事のアルノルトが入室してきた。食事の用意が出来たとかではなく、殿下たちのお召し物の用意が済んだという事らしい。これから、着替えを行ってから夕食になる様だ。殿下たちは侍女を連れてきてはいない。サラや他の女性騎士も侍女の様な事は出来るが本職には負ける。なので、ヴァイデンライヒ子爵家の使用人が手伝ってくれる事になっている。


 殿下や女性騎士が退出すると、今度は俺の所にやって来たアルノルト。


「アヴァロン伯爵様も着替えをなさいますか?」


「そうですね。何処か部屋を一室お借りしても?」


「では、此方へどうぞ」


 執事アルノルトに連れられ、俺もその場から退出した。客室と思われる場所に通されると、アルノルトより「お済になられましたら、外で給仕係(メイド)を待たせておきます。その者に案内してもらってください」との事で、俺は手早く着替えを済ませた。


 激しい運動はしていないが、夏季と言う事もあり、汗はかいている。魔法で綺麗にしてから服を着替えた。


 遠距離連絡用魔道具で、陛下やシャルロットたちに状況を報告して、皆の元に向かう。まあ、女性に比べて男性の方が圧倒的に準備にかかる時間は短い。報告をしていたからと言ってもレオンハルトの方が早くついてしまった。


 まあ、殿下たちより遅れてくる方がよろしくないので、問題ないと言えば問題ない。


 それから数分もすると、食堂に殿下たちがやって来る。大人しめのドレス姿が、逆に彼女たちの良さを引き出している・・・そう思える程、綺麗だった。


 あれ?こんな事を思うと、幼女趣味(ロリコン)とか、女たらしとか思われてしまいそうだが、そう思ってしまうのもやぶさかではない。


 レーア殿下は、黄緑色のドレスにフリルがあしらわれている。ローゼリア殿下は薄い黄色と橙色のグラデーションカラーのドレスで、シルヴィア殿下は白色と赤色の混合ドレスだった。


「殿下、此方の席にどうぞ。皆様も」


 この屋敷の主であるヴェロニカが、上座に殿下たちを案内する。本来は当主が座る位置だが、流石に王族が同席するとなると、譲るのも仕方がない。


 それから、アルノルトたちが夕食の料理を持ってくる。夕食の席に座るのは領主であるヴァイデンライヒ子爵にレーア王女殿下、ローゼリア皇女殿下、シルヴィア王女殿下、アヴァロン伯爵の合計五人。騎士団の面々やローゼマリーは主の後ろに控えている。


 豪勢な料理が次々に運び込まれて、行儀は悪いかもしれないが、会話も交えながら食事を楽しんだ。終始話題が俺だったのは困ったけれど。


 夕食後は、使用人たちに案内され殿下たちは退出。護衛たちも殿下たちに同行する形で退出した。残されたのは領主であるヴェロニカとレオンハルト、護衛のサラ隊長を始め他に二人ほど残っている。


 何故残ったのか、それは明日の事について軽く打ち合わせをしておこうとの事で、話し合いを始める。


「明日の事だが、殿下たちはどう言われていましたか?」


 サラ隊長は今回の訪問先について海隣都市ナルキーソに行くとしか聞いていない。ナルキーソの何処に行きたいのか、何をしたいのかは現地について考える言われていたからだ。


 ただ、事前に目ぼしい所はレオンハルトが聞いておりその情報は護衛をする彼女たちやヴェロニカにも伝えられている。


「明日ですが、今日の会話の流れからすると、海の方に行かれるかもしれません」


「海ですか?それはどうして?事前の候補にはありませんでしたよね?」


 ヴェロニカの言う通り、海と言うのは元々候補には上がっていない。ではなぜ此処に来て新しい候補が浮上したのか。それは、今日の会話の時にナルキーソの食事で海産物がとても美味しいと話をすると、是非見に行きたいと言い始めた。今日は時間的に厳しいだろうからまた別の日にと伝えて話を終えている。


 食べ物ばかりと思うだろうが、それ以外にも綺麗な魚が泳いでいたり、貝殻などのアクセサリーも今日の露店巡りで会話に良く上がって来ていた。


「出来れば、明日の海は止められた方が宜しいかと・・・」


「それはどうしてですか?アルノルトさん」


「明日は、港に船が到着する予定となっています。確かに港は賑わって見所はあると思いますが、護衛をする側としては非常に難しいかと、それに国内の船ならいざ知らず、明日は他国の船が停泊しますので、トラブルになる可能性も・・・」


 それは確かに困ったな。舟の乗組員・・・船員たちは結構荒くれ者が多い。冒険者の次に荒くれていると言われているのが船員か土木作業員と言われる程。


 面倒事は避けるべきだと誰もが思う。


「では明日は海側ではなく南側に行ってみましょう。あのあたりは、私が冒険者になったばかりの頃よくウロウロしていましたので・・・」


「殿下が海をご所望した時はどうしますか?」


「それについては、考えがあります。ヴァイデンライヒ卿、舟を貸してくれそうな人物に心当たりはありませんか?」


 レオンハルトの考えは、海を岸から見るのではなく、舟に乗って海上を楽しむという案だ。海の上は足場も悪く、海の魔物に襲われれば戦い慣れていない騎士たちにとって不利ではある。けれど、魔法で広範囲の索敵が行えるレオンハルトにとって、常時展開していれば然程危険もないと思っているし、いざと言う時は転移で逃げれば良い。


 街中と違い海上と言う事で、人に見られるリスクも少ないのだ。


「小さすぎるのは困るけど、大きすぎても意味が無いから、二十人前後が乗れるような船だと助かるのだけれど・・・」


「そうですね・・・・アルノルト誰かいる?」


「モルカンに頼んでみるのは同でしょうか?彼の両親は確か中型船で漁師をしていたはずですよ」


 誰か尋ねると、今日の料理を作ったヴァイデンライヒ子爵家で働く料理人だそうだ。俺が訪れていた時には居なかったそうで、俺たちが王都で暮らすようになった頃に子爵家で働くようになった人物らしい。元々は、魚などを彼の両親から仕入れしていた事がきっかけで息子が子爵家で働いているとの事。


 早速、彼に確認してくるとアルノルトはその場を立ち去る。


 でだ・・・明日は南側を散策するとして、何をするかだが・・・一つ街の外に出てみるのはどうか尋ねてみた。外に出れば魔物に襲われる危険性もあるが、大きな街の周辺だと余程の事でない限り危険な類は現れない。現れても下級の魔物や獣ぐらいだろう。


 確か、南側の門の手前辺りにお花畑があったはず、ヴェロニカに確認しても現在もその場所は荒らされていないそうなので、お花畑でゆっくりする案を提示する事にした。午後からは、冒険者ギルドに顔を出すのも良いだろう。朝と夕方は冒険者ギルドに冒険者が多く滞在しているが、昼間はわりとすくなかったりする。


 野蛮な所にと言われそうだが、明日の港や朝夕の冒険者ギルドに比べればマシかと判断され、サラ隊長からも許可が出る。


 大きな予定が決まった所で、アルノルトがモルカンと思われる人物と共にやって来る。好青年と言う感じの人物で、一言で言えば気が弱そうな人物だ。人は見かけによらないと言うから見掛け倒しと言う可能性も大いにあるけれど、俺の第一印象は気が弱そうな好青年と言った感じ。


「子爵様、アルノルト様からお話は伺っております。お客人たちを船に乗せて遊覧させたいとの事ですが、大丈夫でしょうか?何か事故があれば一家全員打ち首とか・・・」


 青褪めるモルカン。


 客人が何処の誰かまでは知らない様だが、主であるヴァイデンライヒ子爵がこれ程までに丁寧に対応している人物と言う事で、粗相があれば重い処罰があると思っている。普通に考えれば、彼の言う通りだろうが、そんな事が無いように俺やサラ隊長たちが動くので、心配はいらないと伝えておいた。


 サラ隊長の素性は明かせないが俺の素性は明かしても問題にはならない。


「伯爵家当主である自分が、仮に何かあったとしても弁護する様に手配するから」


 子爵家よりも上の伯爵家が後ろ盾してくれると言う事で、モルカンも許可を出してくれた。とは言え、実際に船を出すのは彼の両親たちだけど・・・。


 早速、明日の朝一番に実家に足を運んでくれるそうだ。


「それでは、明日の予定も大まかな事は決まりましたので、皆様お部屋へご案内いたします」


 領主の言葉に合わせて、傍に控えていた使用人たちが一斉に行動を開始する。


 サラ隊長や女性騎士は、殿下たちがいる場所の近くの部屋を、俺ともう一人男性騎士は、別の場所に案内される。男女をきちんと分けているようだ。


「アヴァロン伯爵様は此方をお使いください。何か御用がありましたら室内にあります鈴を鳴らしていただければ、すぐに使用人が参りますので」


 部屋まで案内してくれた使用人は、そのまま男性騎士を別室に案内するため部屋を退出した。


 初めてはいる部屋だが、結構大きい部屋で天蓋付きのベッドにソファー、机と椅子まで置いている。服を掛ける衣装ダンスもあるが、トイレと浴室は完備されていない様だ。この部屋に来る途中で共有のトイレがあったので、各部屋に設置していないのだろう。


 まあ、設備投資にかなりお金をかけても、この世界だと各部屋に用意するのは難しいのだろう。費用面と言うよりも衛生面的に・・・。


 着ていた服を衣装ダンスに掛け、軽く身体を動かした。今日は、何時もの日課を熟しておらず、この時間に出ていくのも問題になるかもしれない為、今日は精神統一と軽く身体に負荷を掛けるだけに留める事にした。


 トレーニング用の服に着替えると、逆立ちをして更に片手で身体を支える。これだけでもすごい事なのだが、そこから次のステップに移行する。何と、片手から三本指に変え、三本指から人差し指のみで全体重を支えたのだ。


 体幹と筋力、胆力などが優れていないと出来ない・・・いや、優れていたとしても普通は出来ない。しかも、身体の芯がブレる事無く綺麗に倒立している。


「さて、準備はこれくらいで・・・・ふぅーーーー」


 これが身体への負荷かと思っていたら、まだ準備段階だと言う事にこの場に誰もいないが、いたとしたら突っ込みが入りそうだ。


 因みに、身体強化系の魔法は一切使用していない。純粋な身体能力でこれを行っている。


 倒立の姿勢から徐々に身体を水平に変更する。両手でも難しい事を片腕、しかも指一本で行っている。流石に完全な水平は難しいが、最終的には水平に近い姿勢で終わる。どれぐらいかと言うと傾斜で言えば五度ぐらいだろうか。


 この者に重力と言う概念はあるのだろうか、それとも此処は無重力の世界なのかと言いたくなる行い、水平から倒立、逆の手でも同様の事をし、後はどこぞの体操選手かと言う様な動きをして終わった。


「まあ、こんなもんだろう」


 何がこんなものなのか分からないが、レオンハルトは次に座禅を組んで、精神統一を始める。意識を周囲に溶け込むようにし、無の境地に至る。


 よく、心を空にすると聞くが、これは何も考えないと言う意味ではない。何も考えないと言うのは何も考えないと言う事を考えている事になる。心を空にすると言うのは、今レオンハルトがしている様に周囲と一体となり、色々な物を感じ取るのだ。


 こういう時、世界はとても穏やかに感じる・・・・ん?


 意識を分散していると、遠距離連絡用魔道具が鳴る。


 誰からだろうと思い出てみると・・・。


「レオくん。ちょっといいかな?」


 連絡してきた相手はヨハンだった。


「大丈夫だけど・・・何かあった?」


「少し気になる情報を入手してね。一応、耳に入れておこうと思って」


 ヨハン曰く、今日冒険者ギルドに立ち寄った時、アルデレール王国とガーフィスト連邦共和国との国境付近で、謎の集団が目撃されたとの事。その場にいた兵士や冒険者数名が倒され意識不明との事だが、命に別状はないそうだ。


 たまたま、その近くで活動していた低ランクの冒険者集団が目撃していた様で、謎の集団が去った後に倒れた彼らを手当てしたり、人を呼びに行ったりしたようだ。


「その集団はアルデレール王国内に入ってきたのか?」


「その様だね。一応、西部を拠点とする高ランク冒険者たちが捜索を行う事になったらしいけど、神出鬼没のため気に留めておいてほしいとギルド支部長からの伝言があったよ」


 他にも詳しい情報が無いか聞いてみたが、それ以外に目ぼしい情報はなかった。有力な情報かは分からないが、魔族かどうかは分からないそうだ。人族にも見えたと目撃者の冒険者は口にしていた事。襲撃してきた人数は五人で、全員が女性だった事。装備している武器は禍々しい形状の武器ばかりだったとの事。


「わかった。此方は反対側ではあるが、注意しておく。そっちも気を付ける様に皆に伝えておいてくれ」


 遠距離連絡用魔道具を切り、殿下たちが楽しそうにしているお忍び旅行中何事もないよう願うのであった。

いつも読んで頂きありがとうございます。

誤字脱字の御報告もありがとうございます。

今日中に修正を行いたいと思いますが、新たにある様でしたら気兼ねなく報告して頂けるとありがたいです。本当は誤字脱字が無い方が良いのでしょうが・・・・。

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