141 魔の森ミストリア大森林
おはよう。こんにちは。こんばんは。
皆様、雨が降り続いております。冠水していたり、河川の氾濫などご注意ください。
俺たちは今、イースラ小国の西側に隣接している魔の森ミストリア大森林を彷徨っている。此処は、ローア大陸に存在する危険区域の一つで、魔物と言うよりもその自然影響力が危険区域にしてされている場所だ。
此処を踏破するには、エルフ族の同伴か、広範囲の探索魔法等が使えないと難しい。まあ、ミストリア大森林を通らなければいけない場合は、最寄りの冒険者ギルドに依頼を出せば、案内をしてくれるエルフたちが数人いるそうだ。
「霧が濃くなってきたな。皆、はぐれない様に注意して進め」
馬車三台にそれぞれ俺とフェリシア、シルフィアが乗っている。一台目には俺の他にダーヴィト、ティアナ、リリー、護衛である虎人族のダグマル、御者にエリーゼがいる。二代目にはフェリシアにシャルロット、エルフィー、アニータ、御者にラウラ、ラウラの補佐に虹彩異色症のヴェローニカ、護衛役に狼人族のルドミラ、あとはアカネ、アオイ、ワカバの三人も同行させている。三台目は、シルフィアにヨハン、クルト、ユリアーヌ、エッダ、御者に猫人族のリンとコノリ、護衛の猫人族のランと言う配置にしている。
真ん中の馬車に遠距離系と非戦闘員を集めて、前後でカバーに入る体制。それと、万が一この隊列が崩れバラバラになった場合は、それぞれに探索が可能な者やエルフを配置しているので、如何にか合流できるだろう。
可哀想かなと思うのは、アカネたち姉妹だ。魔の森ミストリア大森林は、中級冒険者でも時と場合によっては命を落とす期間な場所。そんな場所に三人を連れて行くべきなのかと思うだろうが、彼女たちはこの世界の事について知らない事が多いし、教えようにもこの世界の言葉を話したり聞いたりする事が出来ない。
故に、三人と会話が出来るレオンハルトとシャルロットの傍にいさせる事にしたのだ。
馬車の速度は、人が歩く速度と変わらない速度で森の中を進む。
舗装されていないのは仕方がないにしても、もう少し馬車が通れるぐらいの道にはしてほしいと思ってしまう。こんな速度なのには、この濃い霧で速度を出すといきなり目の前に障害物何て事もありえるし、はぐれてしまう可能性もある。そして、最大の理由が、この道だ。こんな凹凸の激しい道・・・道と呼べないような所を進んでいるのだから、速度を出し過ぎると馬車の方が壊れてしまう。
空を飛んで移動すると言う手もない事もないが、魔の森の名前は森全体に留まらず、大気の気候変動も含まれており、気流がかなり乱れている。空を飛んで進むにはその気流を読む力が無ければ、まともに飛ぶ事も出来ない。
気流が狂うのは、決まって霧が濃くなり始めてからとの事らしいが、そこに至る原因についてはまだ分かっていないそうだ。
と言うわけで、俺たちは比較的安全と言って良いか分からないが、森を進む事にしている。最初から空を飛ぶと言う考えは持っていなかったが・・・。
因みに森に入ってから既に二日が経過していた。凡そ進む方角は分かるのだが、如何せんこの厄介な自然の驚異に何度か足を止めさせられた。
魔物は強くはない。そう決して強くはない程度だが、視界や方向感覚が来るわされるので、弱い魔物にすら最初の時は手こずる始末。霧の中からの襲撃・・・アバルトリア帝国で魔族との戦闘時に経験をした円卓の騎士は対処できたが、護衛役で同伴させていたランやダグマルたちが深追いをしてしまい。
一度見失いかけた。レオンハルトがすぐさま皆の回収をしたおかげで、はぐれる事は無かったが、その後の戦闘は暫く苦戦を強いられた。それは円卓の騎士も同様だった。
深い霧の戦闘経験はあり、魔族との戦闘の時の霧の濃さに比べれば、今回の方が幾分視界は確保できている。けれど、方向感覚や気配が読みにくい。
試行錯誤の結果、前衛が襲撃者の足止め、若しくは反撃にて撃退をし、その間に遠距離たちが敵を倒す戦術になったのだ。
言うまでもないが、最も多くの魔物を倒しているのはシャルロットで次にアニータが多い。エルフの二人も弓で応戦してそこそこの敵を倒している。前衛の者も倒しているが、守りの方が多いので、倒した数は思ったほど伸びなかった。
「魔物、数十六。ゴブリンです」
フェリシアが早速、霧の中から襲って来ようとする魔物を発見する。レオンハルトも同タイミングで発見したが、ゴブリンが放った矢が此方に向かって来ていたので、皆に知らせるよりも先に身体が動き、飛来する矢を斬り飛ばした。
(狙いは馬かッ!?)
移動の要である馬を真っ先に狙ってきたと言う事は、頭の良い指揮官がいるとみて間違いないな。
「ゴブリンアーチャーが混ざっている。皆注意しろ。シャル、アーチャーを仕留めろ」
此方の遠距離組が直にゴブリンアーチャーを探し、反撃に移る。
「ギギッ!?」
後方でもゴブリンが奇襲を仕掛けてきて、真っ先にクルトが襲われる。・・・はずだったのだが、クルトは棍棒で殴られる前にその姿を消し、ゴブリンが空を殴りつけると、背後からクルトが現れて、ゴブリンを斬り付ける。
敵の背後を取り攻撃する『バックスタブ』。一体目のゴブリンを倒したところで、別の方向から飛び出してくるゴブリンの攻撃を双剣で防ぐ。攻撃を受けとめるとそこに間髪入れず矢が飛んできて、ゴブリンの額を貫いた。
シルフィアからの援護射撃が見事敵に的中する。
「見つけました。セィッ!」
フェリシアも負けずゴブリンアーチャーを見つけて射抜く。
「『石の礫』、『風弾』」
アニータは両手に持つ魔導銃にそれぞれ弾倉用魔石から魔力を吸い出し、それぞれの属性の魔石を経由して魔法を発動する。このトルベンとレオンハルトが共同で製作した魔導銃は、通常の魔道具と大きく異なっており、そこが唯一無二の物となっている。
従来の魔道具は例えばエッダの様な魔装武装である氷の魔槍は、氷属性の魔石を使ってそこに魔力を蓄え、蓄えた魔力を使う事で氷属性魔法などが使える。溜めない方法としては使用者自らの魔力を魔石に流して魔法を発動する方法があり、これだと氷属性に適性のない者でも氷属性魔法が使用できるのだ。
魔力が使えない、属性に適合しないなどの欠点を活用次第では大きく変化する。けれど、これも万能とはいかなかった。属性が限られてしまうと言う欠点がある。それを研究していた者は多かったが結果的にすべて失敗していたのだ。
けれど、その欠点を解決したのが、レオンハルトたちが作った魔導銃だ。複数の属性魔法を一つの魔道具で行う事が出来る画期的な魔道具。魔力を溜める魔石と属性の魔石を別にする事で、魔石から魔力を通し、属性の魔石で魔力を属性の魔力に変換する。それを魔法が発動する場所に流していけば複数の属性を使う事が出来るのだ。
普段は火属性と風属性を使うのだが、森の中で火属性魔法は使わない方が良いので、火属性から土属性に変えて使用している。
右手に持つ魔導銃から『石の礫』を、左手に持つ魔導銃から『風弾』を使用し敵を倒す。
「ホブゴブリンだ。全員の攻撃に備えよ」
通常のゴブリンだけでなく、ゴブリンアーチャー、ゴブリンソルジャーが居たうえ、馬車馬から狙ってきた当たり頭がいい奴がいるとは思っていたが、ホブゴブリンまでいるとは・・・。
ホブゴブリンの頭の良さはゴブリンと然程変わらない。体格が大きくなり力が付いているので、ゴブリンよりも厄介だ。
彼らを指示しているのは誰だ?
「チッ!?嫌な位置に居やがる。ティア、此処任せる」
「分かったわ。気を付けて」
『周囲探索』で見つけたのは、イエローゴブリンだった。ゴブリンの上位亜種で、イエローゴブリンは力こそないが、狡猾な頭脳を持った司令塔の様な魔物。
「アニータ。私たちはアレを倒すよ」
ホブゴブリンはシャルロットとアニータが倒す事になり、ホブゴブリン目掛けて同時に攻撃する。シャルロットの氷属性魔法『氷の矢』とアニータの『石の礫』、『風弾』がホブゴブリンを襲う。二人の初撃は躱されてしまうが、連続で撃てるアニータが、ホブゴブリンの動きを抑え、シャルロットの二撃目が心臓を貫く。
他のゴブリンたちもその後あっと言う間に倒された。
「“何度見ても慣れないよー”」
「“お昼食べた物が・・・出そう・・・うぅ”」
馬車の中に居てもついつい目線は、死んだゴブリンに向いてしまい。斬られた箇所から出る臓物がグロテスク過ぎて、三人には刺激が強すぎた。
「戻ったぞ。一応、周囲に隠れていたゴブリンも殲滅しておいたが、早くこの森を抜けたいな」
イエローゴブリンを倒したレオンハルトが無傷で戻って来る。そもそもAランクに匹敵する力を持っている者が、ゴブリン相手に傷を負ってしまう方が問題だろうし・・・。
「レオンハルト様、アカネさんたちの顔色が優れないようですので、何処かでゆっくりした方が良いかもしれません」
慣れない馬車での移動に、舗装もされていない様な森の道、魔物や獣の死骸、死臭や獣臭、生臭い血の臭い、全ての事が彼女たちの精神を削っていた。
「そうだな。少し行った所で休むか」
手早く回収して馬車を移動させた。四半刻も進まない程度の距離に小さな湖を見つけたので、一度そこで休憩を取る事にする。
獣がちらほら居るようだが、此方に気付いていないのか水を飲んだらそのまま離れていった。
・・・・・ん?
「ご主人様。私たちとは違う足音が数名此方に近づいています」
狼人族のルドミラが、優れた聴覚で何かを捉えた。虎人族のダグマルも少し遅れて気づく。かく言う俺も、ルドミラとほぼ同タイミングか、少し遅れて気づいた。
エルフの二人も何かを察知したようだし、シャルロットも気づけば弓を手に持って三人の近くに待機していた。シャルロットが動いた事で、他の皆も異変に気付き準備する。
「その様だな。目的が何か分からないから、此方から先に攻撃してはならない」
此方から仕掛けないが、何時でも動ける準備だけはしておく。
ん?これは・・・・・、この反応は・・・。
湖の囲う茂みからそれらは姿を現した。
先程より霧も収まっているから、周囲を見渡しやすいが、それらは丁度霧との境目に出てきたので、他の皆は霧に映る影のみ捉えていた。
「貴様たち、この辺りでイエローゴブリンを見なかったか?里の近くで目撃されたらしいから討伐に来たのだが・・・」
霧の中から現れたのは、エルフ族の武装した集団だった。
「イエローゴブリンですか、それなら討伐しましたよ?」
「何ッ!?討伐しただと・・・・子供たちだけでか?」
確かに、大人に見える者の方が圧倒的に少ない。そもそも魔の森に居るのだからそれなりの実力者だと思わないのかな?と疑問に思っていると、エルフ族のリーダーらしき者に鋭い眼光で見つめられる。
何か見られている?何らかの魔法で、此方を確認しているのだろうか?
暫くすると、リーダーらしき人物からの鋭い眼光が収まった。
「すまない。君が事実を口にしているのか確認させてもらった。如何やら本当の様だな。疑ってしまった事謝罪する」
リーダーらしき人物が、深々と頭を下げる。やはり何らかの魔法で此方を確認していたようだ。
「それは構いませんが、一体どうやって確認されたのですか?」
魔法と使われたのかどうかも分からなかったレオンハルト。教えてくれるか分からないが、一応訪ねてみた。すると、相手はそれに応えてくれて、使われた魔法は探索魔法の一種で『真実の眼』と言うらしい。相手の言葉が真実か嘘かを見定める事が出来るようだ。話を聞いた時、凄いと思うよりも先に・・・それは、探索魔法に分類されるのだろうかと言う疑問が浮かんだのであった。
それと、彼らはこの近くに住んでいるエリラの里と言う名前のエルフ族の集落に住んでいる戦士たちだと教えられた。別に集落の事を隠しているわけではないが、場所が場所だけにエルフ族の集落を見つけにくく、他の諸外国からは隠れ里と言われている。
エルフ族が住む里だが、他の種族も生活しているので、本当はエルフ族の里ではないが、集落に住む種族の比率が、エルフ族が圧倒的に多いのと、エルフ族が基盤になっているからエルフ族の里となっているそうだ。
これらの話は、彼らに案内される形でエリラの里に向かっている時に聞いた。
俺たちに色々教えてくれている人物は、『真実の眼』で俺たちを確認していたリーダーらしき人物で、名前をセレクと言うそうだ。リーダーらしき人物ではなく、実際に集落の戦士のリーダーで、しかも現里長の息子らしい。
互いに自己紹介をした時は、俺たちがBランク冒険者だった事にすごく驚いていた。俺たちは俺たちで見た目はまだ十代後半ぐらいの青年に見える彼らだが、年齢は百を超えているそうだ。
そう言えば、エルフは長命種としても有名で、寿命は六百歳から七百歳らしいから、百歳を超えたばかりの彼らは成人になったばかりの様な感じなのだろう。フェリシアたちの年齢を聞いた事が無かったから、エルフが長命種だと言う事をすっかり忘れていた。
それから暫く進むと、森の中でも一際太く大きな木々にツリーハウスの様な建物がたくさんあった。木から木へと移動する橋も架けられており、超巨大な森のアスレチックみたいな感じの集落になっていた。
木も中は空洞になっており、上に行く為の螺旋階段があったり、各居住地もあったりするそうだ。木を空洞にしたら、木そのものが駄目になってしまうのではと尋ねるもこれも特殊な魔法で加工しているから問題なく、加工された木々もそのまま生きているとの事。
フェリシアたちに聞いても、その魔法は知っているが自分たちは使えないと言っていた。
この特殊な魔法はエルフ族では皆が知っているが、特殊な魔法を使えるのは里の族長とその後継者だけらしい。
「森力魔法は、エルフ族にしか使えませんから、人族の皆様が知らなくても仕方がありませんよ」
フェリシアたちのフォローをセクトが行う。エルフたちは同族をとても大切にする様だ。まあ、感情を出すのが苦手な者も結構いるらしく、そのせいで冷たい感じに見えるのだが、見た目と内面が違う事は良くあるらしい。俺たちの元で働いているフェリシアたちは、感情を出すのが苦手な分類に入らない・・・それどころか、感情を良く出している気がする。
薬師として調薬や調合している時は、真剣な表情だが、接客をしている時は終始笑顔でいるからな・・・。
「まずは、里長に挨拶に行った方が良いだろうな」
セクトはそのまま彼の父親であり、里の長の元に連れて行く。ただの旅人であれば、その必要もないのだろうが、俺たちは各国のトップと会う為の使者として動いている。故にかくして後で揉めるよりも今のうちに打ち明けておいた方が良かった。使者として隠さなければならない様な場合は、一般人や冒険者として行動する事もあるが、その場合は、こんな大所帯で動く事は無い。
「長、失礼します。目撃情報の在りましたイエローゴブリンは既に別の者に討伐されておりました。その討伐した者たちをお連れしました」
セクトが一人で入り、事情を説明。その後セクトが出て来ると、俺たちを中に通す。流石に全員が入るわけにはいかないので、代表で俺とティアナ、リリー、ヨハンの四人が入る。普段ならばシャルロットが参加するが、今の彼女はアカネたちの通訳と言う任があるので、シャルロットの代わりにヨハンが参加した。ティアナとリリーが出席しているのは、他国とは言え上級貴族の令嬢だからである。同じ上級貴族の令嬢であるエルフィーが参加していないのは、残った者たちのまとめ役としてだ。一応ユリアーヌやリーゼロッテ、ダーヴィトと言った面々がいるので大丈夫だとは思うが、日頃移動慣れしていないヴェローニカたちもいるので、体調確認も兼ねて残っている。
セクトの父親・・・当然ながら、同じエルフ族で、セミロングの金髪に長い耳、エルフと聞いて一番に想像できそうな模範的な見た目の人物。少し年配さも感じられるが、それでも人族で言う所の三十代前半の少しだけ渋さが生まれ始めた感じのイケメンおじさんだ。
「イエローゴブリンを討伐してくれたそうで、感謝します」
里長は上座に座った状態から頭を下げる。
イエローゴブリンは初心者では太刀打ちできないだろうが、中堅クラスであれば戦力を揃えれば対処可能な魔物。けれど、この地のイエローゴブリンは自然を味方にして、敵を翻弄しながら戦うので厄介な魔物らしい。
レオンハルトたちが発見できたのは、彼のずば抜けた能力があったからこそできた事。セクトたち里の戦士・・・それも精鋭でないと対処が出来ていなかっただろうと教えられた。
里長・・・名をルーファスと言うらしく。ルーファスに俺たちの目的を簡潔に話す。目的地であるベルクァント森林国に移動中だと言うと、この里から南西に二日ほど進んだ先にあると教えてもらえた。
西の方角に進んでいたつもりだったが、僅かに北へそれてしまっていたようだ。
まあ、イースラ小国から完全な西の方角にあるわけでもないし、馬車が通れる道を進んでいたので、仕方がない事ではある。
「大したおもてなしは出来ませんが、里でゆっくり休んでくだされ」
「ありがとうございます。所でルーファス殿、この里で補給などをしても構いませんか?出来れば、エルフ紅茶を購入できればと思っているのですが」
エルフの里であれば、大体どの場所でもエルフ紅茶がある。レーア王女殿下たちへのお土産に頼まれていたし。融通してくれるのであれば、非常に助かる。
「構わないさ。セクト、彼らをディルクの店に案内してあげなさい」
里長のルーファスの言うディルクと言う人物のお店にエルフ紅茶を扱っているらしいので、案内してもらえる事になった。
里長に挨拶を済ませた俺たちは、そのまま一度、里唯一の宿屋に案内された。木一本丸々宿屋になっていると言うので驚いたが、内装はログハウスの様な感じだった。中央にある螺旋階段、そこを上る事で各客室に行けるらしく一階から十五階まであるらしい。一階と言っても地面から既に十メートル以上離れた位置に宿屋の入口があり、地上から直接行く事は出来ない仕組みで、一階部分に受付とレストランが設置されていた。二階から十階の客室は各十室あるそうなので、全部で九十室あり、十一階から上層階は部屋が広い造りになっていると言う事で、各四室ずつあるとの事。
「・・・・・これって、まさかっ!!」
「そのまさかだよね?」
レオンハルトとシャルロット・・・アカネたちも後ろで驚いているが、彼らの目の前には、螺旋階段の真ん中部分を丸太で出来た四角い箱が、上下に移動している物だった。
前世では誰もが利用した事があるだろうエレベーター。それをこの世界で初めて見たのだ。前線で知っているエレベーターとはかなりかけ離れているが、用途はエレベーターそのもので、各階に移動できる。
ワイヤーの代わりに頑丈そうな蔓がその丸太で作った四角い箱を吊るしており、その蔓をどうやって引っ張ったり伸ばしたりしているのか不明だが、移動させている。
前世で、遺跡の発掘やお宝を見つける映画で、人力エレベーターみたいなのがあったが、それに近い物を感じる作りだ。
「昇降箱を見るのは初めてですか?これは、各階に移動する事が出来る乗り物なんですよ。二階や三階の部屋の人は彼方の螺旋階段の方を使いますが、五階以上となればこちらの方が断然便利ですね」
・・・・
他の者たちも初めて見る昇降箱に口を開けたまま呆けていた。俺やシャルロットたちも別の意味で呆けている。
「これは、エルフの里では割と使われていますね。初めて見る人は、皆様の様な反応をしますが・・・」
詳しく聞いてみたが、これも森力魔法で作られた魔道具の様なものらしい。魔道具とは違い、これらの原動力は木が持つ力を借りていると言う事で、構造を全く理解できなかった。
次期里長であるセクトもまだ半分も分かっていないそうだ。
そもそも森力魔法と大木があってこそできる事らしいので、俺たちのいる街で使うには非常に使い勝手が悪い代物の様だ。まあ、工夫をすれば形にできるかもしれないが、それには魔道具の専門の人と本格的に考えなければ出来ないだろう。
全員個室に泊る事になり、宿屋の手続きが完了してからは自由行動にしている。
シャルロットは、アカネたちに言葉を教えるとの事で宿屋に残り、ティアナとリーゼロッテはこの幻想的な場所を散策して見ると言って出かけ、リリーとエッダ、アニータの三人は美味しい物が無いか露店巡りに出かけた。ユリアーヌとクルト、ダーヴィトの三人は、セクトからエルフの戦闘訓練に参加してみたいと言っていたので、彼の部下と共に出かけていく。
俺とエルフィー、ヨハンとフェリシア、シルフィア、護衛で同行する虎人族のダグマルの六人で買い出しなどに出かけた。セクトに連れられルーファスお勧めのお店、ディルクの紅茶店に連れて行ってもらうと・・・。
「此方が、お探しのエルフ紅茶です。種類が幾つかあるので、試飲も出来ますよ」
紅茶の専門店の様だが、色々な種類の紅茶の葉が棚に並べられている。お店自体は狭いのだが人気なのだろうか、そこそこの人が紅茶を買いに来ていた。
正直、沢山あり過ぎてどれが良いのかさっぱり分からない。それどころか、単品で購入する方法の他に、自分で複数の種類の紅茶を混合して飲む事も出来るので、それこそ自分の好みに合う紅茶を見つける事は至難の業である。
紅茶の葉を眺めている間に、セクトはこのお店の店主であるディルクと何か話をしていた。
「ご主人様。此方のエルフ紅茶が私たちのお勧めでございます」
エルフ族のフェリシア、シルフィアが迷っていた俺に一つのエルフ紅茶を教えてくれる。
「これは、何て紅茶なの?」
見た目は少し赤みがかった紅茶の葉、レットリーヌと言う品種だそうで、エルフ紅茶でも三本に入る程の人気商品らしい。紅茶の色が紅玉の様な綺麗な色が出るそうで、更に甘みがあるため子供も好むそうだ。
他にも青や緑の紅茶の葉の混合、スカイブロッサムと言う青い紅茶の葉を渡された。此方は、ミント系の味なのだろう。飲むととても爽やかになり、爽快感があると説明してくれた。スカイブロッサムは人気ではあるが、レットリーヌに比べると少し人気は落ちるとの事。
「お土産用でしたら、此方のドライアドの涙何てどうでしょうか?献上品でしたらゴールドリーフがお勧めですよ」
ドライアドの涙と言う名前の紅茶は、水みたいに透明色の紅茶らしい。太陽の下で見ると光の反射によっては虹が薄っすら見えるらしい。ゴールドリーフは、黄色い紅茶なのだが、豪快で且つ非常に美味い紅茶との事。どちらも三本に入る人気商品との事で、結局レオンハルトは、購入する機会も少ないだろうしと思い、結構な種類をたくさん買う事にした。
レオンハルトは、紅茶を嗜む機会は少ないが、女性陣は結構好きらしいし。フェリシア、シルフィアに任せれば、混合紅茶も色々試作してくれそうだった。ついでに紅茶以外に紅茶に使う道具なんかも販売しているので購入する事にした。
あまりに多く買う物だから、持って帰れるのか心配されたが、魔法の袋に全て収納すると、ディルクの紅茶店を後にした。
セクトの案内で、その後も食料や調味料、薬関連も入手する。中でも薬関連は、俺たちが知らない薬も沢山あり、定番の痛み止めや水薬に麻痺解除や石化解除の類もある。更に風土病の薬まで販売していた。敢えて面白かったのは、風邪症状になる薬や眼が充血したように見える薬、髪の毛が抜ける薬もあった。育毛剤ではなく、まさかの髪専用の脱毛剤・・・冒険者の中にはスキンヘッドの人も良く見かけるが、彼らに対して用意されているのだろう。エルフ族でスキンヘッドの者は見た事がないし・・・。
薬の材料になる物も取り扱っていた様で、マンドラゴの粉末や乾物、バットヒルの抗凝固液、スモールバジリスクの尾、フレッシュリーフの新芽などなかなか手に入りにくい素材もあったので、購入しておいた。
此方も、行商用の魔法の袋から売買可能な物を売っておいた。塩や砂糖などは良く売れたし、この辺りで入手しにくい薬草も結構な数売れた。
今では、殆ど活動していなかったが、クイナ商会を立ち上げる前は、自分たちや奴隷たちに任せたりして、彼方此方の街や村に売りに行ったりしたものだ。
それと、素材や薬など結構な数の在庫を持っていたが、この集落にそれ程の需要があるのか・・・在庫過多になっているのではないかと心配したが、如何やら結構な数の者が魔法の袋を持っていた。
まあ、魔法の袋に似て違う魔道具らしく、名前も魔法の小袋らしい。
何が違うのかと言うと、容量がそれ程大きくないのだそうだ。魔法の袋は使用者の魔力量に応じて収容量が変化するが、魔法の小袋は三畳分の部屋ぐらいの大きさしかないのだそうだ。
そっちの方が、魔力を持っていない人には使い勝手が良いのではと思ったが、この魔道具は魔法の袋の言わば下位互換にあたる魔道具。色々不都合な点もあるそうだ。その理由の一つが、最初に物を入れてから二年で魔法の小袋が朽ちると言う事、もう一つは、強い衝撃で破れると言う事。他にもあるが、それらの理由であまり普及していないのだとか。
ただ、魔法の袋の制作過程で出来る失敗作でもあるので、エルフたちはこれを結構な数持っていたりする。逆に言えば、魔法の袋を作れる人物がいると言う事なのだが、集落に大体一人か二人はいるらしい。
やはり、魔法に関しては人族よりも高い適性があるのだろう。
けれど、成功率はあまり高くないようだし、三日から五日に一つのペースで成功品か失敗品が出来るので、成功品が一つ出来る可能性としては二月から四月に一個と言う頻度とのこと。二十回に一回ぐらいの成功率の様だ。
人族は、確かもっと成功率が低かった気がする。今出回っている魔法の袋もエルフ族の作品か、遺跡などの出土品が殆どだ。
そんなの魔道具を失敗せずに作れるレオンハルトは、まさしく異常の存在と言わざるを得ない。
「それにしても、此処は景色が素晴らしいな」
買い物を済ませた俺たちは、展望台の様な場所で、あかね色の空を眺めながらお茶にしていた。
「ユーリたちも来ればよかったのに」
セクトは、買い物を終えた後、用事があると言う事でこの場所を教えてくれた後に別れ、宿に残っていたシャルロットたちや別行動していたティアナたちとも合流をして、ゆっくりする事にした。この場に来ていないのは、ユリアーヌ、クルト、ダーヴィト、エッダだけで、ユリアーヌとクルトは、全力で訓練に取り組み疲れたとの事で夕食まで部屋で寝ているとの事。ダーヴィトとエッダは、この幻想的な場所でデートに出かけていった。
二人は付き合っているのだから、参加できないのは仕方が無いことだろう。
出会った時から二人の仲は良かったが、二人とも俺たち円卓の騎士の一員となり、またアヴァロン伯爵の従者としての地位も得てから、付き合うようになった。
再来年あたりに結婚するつもりと先日報告も受けている。
何故再来年なのかと思ったら、俺たちが成人し、その後婚約者たちとの結婚式を行った後に結婚を行うそうだ。
冒険者のチーム間だけであれば、もう結婚していただろうけど、主従関係があるため主より先に結婚できないとの事、「俺は気にしないから幸せになれ」と言ったのだが、そこは曲げられない様だ。
彼らがそれで良いと言うのであれば、此方からは特に言う事はしない。一つだけ付け加えるなら、結婚式はきちんと準備して上げよう・・・・戦友であり、チームメンバーであり、従者であるなら主が用意して上げても良いだろう。
どんな式にしてあげるか考えておかなければ・・・・。ってアレ?俺たちはどんな結婚式になるのだろう。
一応、王都の一番大きな教会ですると言う事と、その後のパーティーは王城でするとだけ聞いているが、それ以外は特に聞いていなかった。また、時間がある時にでも確認しておこう。
日が完全に沈み、空が暗くなって来た頃、待ってましたと言わんばかりに集落に霧が発生する。此処に訪れてから発生していなかったから、霧は発生しないのかと思い込んでいたが、如何やら偶々らしい。
外を出歩く時間でもないので、丁度良いと言えば丁度良かった。
夕食は、宿屋にあるレストランで食べる事にした。
薬草を使った料理を注文したり、エルフ豆の料理を食べたりした。あと、エルフ紅茶の葉を使った料理もあったので注文してみたが、紅茶とはまた違った美味しさがあり、非常に堪能できたと言える。
それと、各部屋にシャワーの様なものがあり、常時使えると言う事で今日は王都の屋敷には戻らなかった。
これも森力魔法で、地下水を巨木がくみ上げ、昼間太陽が出ている時に光合成でくみ上げた水を温めているらしい。
地下水が枯渇しないのかとか、植物にお湯の耐性があるのか等の疑問が頭を過ぎるが、この霧のおかげで地面には十分すぎる水分があるらしい。それとお湯の耐性だが、これも魔法のおかげとか、これらは此処の主人に教えてもらった。
その日は、皆ぐっすり寝て疲れを癒したのだった。
いつも読んで頂きありがとうございます。
このお盆休みの間にストックをと思っていましたが、何かとバタバタしてしまい。ストックも二話分しか書き溜め出来ませんでした。
ら、来週こそは・・・。




