138 知らない世界
おはよう。こんにちは。こんばんは。
遂に、一年遅れのオリンピックが開催されましたね。
皆さんはご覧になっているのでしょうか?
生憎私は、少しだけ見て終わりました。
コロナ渦での異例のオリンピックですが、開催してしまった以上は、何事もない事を祈るばかりですね。
薄暗い部屋に通されてから暫く経過する。闇オークション会場は裏オークションの様な感じだが、一般的オークションにも似ている部分が多く。丁度間を取った感じだった。
「部屋の中でもフードは外さないようだな」
ユリアーヌの言葉の通り、俺とユリアーヌはフードを被ったまま個室で待機している。と言うのも、この部屋に入る時に同行してくれていたベルネットから、フードは必ず被って参加するように言われたのだ。
闇オークションは、違法な代物も多く取り扱う関係で、身バレすると大変な事になる。自分と言う証拠を可能な限り残さない様にするのが、長くいる秘訣らしい。
昔、禁忌の毒薬を使って国王の暗殺をもくろんだ人物がいた。勿論、未然に食い止める事が出来たが、出所を探ると闇オークションから流れている事が発覚。しかも購入した人物は暗殺者としてあるまじき行為・・・素顔を曝して参加しており、身バレし、雇い主まで突き止められて、国家反逆の罪で一族を処刑した。
それ以降、闇オークションはかなり厳しく取り占められており、身バレでもしたらあっと言う間に牢屋行きは確定だろう。
なので、何があっても素性を明かすようなことはしてはいけないのだそうだ。
そして、既に二十点近い出品物が落札される。どれも取り扱いに注意がいるものばかりで、その中には取引自体が禁止されている超猛毒の毒草だったり、相手を操る魔道具だったり、相手の意識を半刻奪う飲み物と言った物もあった。
魔道具等が一通り終わると、今度は呪われていそうな武器や防具、装飾品が出品され、相次いで落札される。呪われていそうな武器や防具を誰がつけるのか、気になる部分ではあるが、関わらない方が良いだろう。
その後は、奴隷のオークションとなる。俺たちの目的でもあったので、注意深く該当する人物を探した。
どこかの国の元侯爵の娘や伯爵の娘など、元上級貴族の者が出てくる。他にも獣人の中でも珍しい雪豹人族や雪狐人族と言った種族や亜人族であり、奴隷として強靭な力を持つ竜人族と出てきた。
竜人族に至っては、間違いなくBランク冒険者以上の能力を有していると直感で理解する。価格も吊り上がり、五億ユルドで落札された。日本円で五十億円・・・奴隷を買うにしては些か高すぎる気もする。
けれど、竜人族が奴隷として出品してくることは非常に稀で、人化状態の彼女はとても美人な顔立ちをしていた。戦闘もできて美しく、竜人族と言う珍しさから買い手が多かったとベルネットから後で教えてもらった。
そして、お目当てのアカネの妹たちは、オークションに出品されなかった。取り敢えず、アカネの妹たちの捜索はイースラ小国に行ってからになる。
「それにしても魔物を捕まえて売る事もあるのか?」
奴隷の次は、一般のオークションや裏オークションでは取り扱っていなかった生きた魔物や獣のオークション。一応、危害を加えない様な種類やテイムされている魔物は問題ないが、危険種などの売買は国法で禁じられている。
今、売買されているのは法に触れるもの。オークの上位種であるハイオークやブラックパンサーの上位種のデスパンサー、ノーラスドード、ポイズンスネークなど、初心者の冒険者では確実に命を落とすような魔物ばかり、中堅の冒険者ですら油断すればあっという間にあの世に行くような魔物たち。しかも、テイムもされていない完全なる野生。
なぜこのような代物が売れるのか。どうやって捕まえたのか。そもそもこの場所に持ち込む手段をどうしたのか等分からない事が山積み状態。国法で禁じられている物の売買。これは例えば劇毒や魔道具は魔法の袋の中にでも入れてしまえば解決するが、生きているものは入れられないと言う欠点がある。奴隷は禁止されていないので問題ないが、魔物は大問題だ。
まあ、素直に尋ねたところで、教えてくれるはずもないだろうし・・・。
「魔物の売買って何か意味があるのだろうか?」
使えない魔物を高く買う意味にどんな価値があるのか分からない。それこそ、馬の様な移動用とかなら分かるが、ハイオーク何てどうするのだろう?
ある意味、良い経験が出来たと思うが、何も落札しなかったので入場料だけ取られる形となった。
魔物を見ていると、ベルネットが部屋を訪れる。彼曰く、魔物のオークションの後は終わりとの事で、俺たちはすべてが終わる前に退出する事にした。
「今日はありがとうございました」
「いえいえ、アヴァロン伯爵様はうちのお得意様ですから、これぐらいは当然ですよ。しかし、残念でしたね。お目当ての人が居なかったようですが・・・」
裏オークションや闇オークションに参加する理由を知っているため、本当に残念そうに話すベルネット。
「いえ、可能性が低い事は分かっていました。今度は彼女が発見された周辺の捜索を行いたいと思います」
「ええ。では、我々は奴隷商仲間にそれらしい人物がいないか。確認をしてみましょう」
さらに協力を申し出る彼に、レオンハルトは感謝の言葉を伝えた。本当に良い人物を国から紹介されたとこの巡り合わせに感謝する。
既に日付が変わりそうなほど遅くなっているので、互いの帰路が同じところまで帰った後それぞれ分かれた。後日、お店の方に寄らせてもらうと言う事も伝えた。
深夜に戻ったため、誰も起きていないだろうと思っていたレオンハルトとユリアーヌだったが、屋敷の玄関戸を開けるとフリードリヒが出迎えを行う。
「お帰りなさいませ、ご主人様。ユリアーヌ様」
「ただいま。こんな時間まですみません」
屋敷の明かりが何部屋か点いていたので、誰か起きているだろうとは思っていたが、出迎えてくれるとは思っても居なかった。レオンハルトは常時と言ってよい頻度で探索魔法をかけているが、すべての者を把握するのは神経が磨り減る。なので、対象を敵意のある者、驚異的な者、不審な人物などに絞っている。
出迎えてくれたフリードリヒは、執事服を着ている。彼は、主人であるレオンハルトたちが戻ってくるまで、起きて仕事をする気で書類を作っていたのだ。
他の使用人たちは既に床に就いて自由にしている。
「その様子ですと駄目だったようですね」
フリードリヒは、新しい同行者がいない所を見て、アカネの妹たちがいなかった事を理解する。レオンハルトは、ベルネット同様にイースラ小国で捜索を行う事を伝えた。
「分かりました。捜索に当たられるのであれば、何グループかに分かれて捜索を行うのでしょうか?必要でしたら他の使用人もお使いください」
「ありがとう。もい皆休んでいるだろうから、明日改めてその話し合いの場を設けようともう。フリードリヒ悪いけど皆を食堂に集めておいてくれるか?」
フリードリヒは「承知しました」と軽く頭を下げる。
翌朝、彼は俺の指示した通り、ユリアーヌたちや使用人たち、ローレたち奴隷の面々をほぼ全員集めた。流石に、屋敷の警備等疎かには出来ない人員もいるので、必要最小限の配置だけはしている。
「あれ?何だか眠そうだね。夜更かしでもしていたの?」
シャルロットが不思議そうな顔で訪ねてくる。俺の中では普段と変わらないのに、彼女は俺自身でも気づかない様な変化に気付いたようだ。
「ちょっと野暮用で寝てないんだが、よく気が付いたね」
俺はとある事の為に一晩中動き回っていた。まあ、既に察していると思うが、イースラ小国に転移してアカネの妹たちの捜索と本日捜索に当たってもらう場所の選定に行っていた。
シャルロットは「直に分かるわよ」と少し頬を膨らませて素っ気なく言う。俺はそれに対して苦笑し、集まってくれた者たちの顔を見た。
「皆、忙しい中集まってくれてすまない。先日、奴隷として加わったアカネだ。既に承知の者も多いと思うが、彼女は我々の言葉を一切知らない。これから、言葉を覚えてもらうつもりだが、彼女に何か話をしなければならない時は、俺かシャルに言ってくれ」
屋敷に勤めている者たちは彼女の存在をよく理解していたが、クイナ商会・・・それも、商会でも上の立場の者たちは彼女の事を知らず、色々尋ねてくる。クイナ商会の店員はただ単に雇われている者も多いので、流石にそう言う人に何かを手伝わせると言う事はしない。
けれど、トルベンやハンナたちの様な此方側に深く関わっている者は、この場に呼び出されている。とは言え、クイナ商会の店員の半数近くは、レオンハルトの使用人や奴隷たちでもある。
彼女の境遇や素性も含めて説明をし、別の世界から飛ばされたところは、少し濁して説明した。事実を知る者も少なくはないが、俺とシャルロットが前世の記憶を持つ事を知らない者も居るので、そう言う事にしておいたのだ。
「彼女の妹たちが恐らくこのあたりのどこかにいると思う」
壁に貼ったローア大陸の南東部あたりが記載された地図で朱音の妹である葵と若葉がいると思われる範囲を示す。
その範囲はかなり広範囲で、イースラ小国の全土は勿論、魔の森ミストリア大森林にアバルトリア帝国やアルデレール王国の一部、魔の森があるベルクァント森林国、ガーフィスト連邦共和国も広範囲に及んで範囲内となっていた。
そんな広範囲をたった二人の人間を探すのにどれだけの期間を要するのか見当もつかないが、やるしかない。
それも早急に見つける必要がある。
言葉が分からないのは当然だが、彼女たちは身を守る手段もない。この魔物が跋扈する危険な世界に何も知らない日本人が普通に生き残れることなんて、かなり低いのだから。
「昨晩、ある程度調査をした。今日は、そこをしらみつぶしに探してほしい。俺は、一度イースラ小国の国王に謁見を済ませてくる。その後、すぐに捜索に当たるが、皆はグループに分かれて捜索を行って欲しい」
「グループ分けはどうするのですか?」
エルフィーは、自分は余り戦力にならない事を告げている様な言い回し。彼女は、戦闘力は乏しい代わりに皆の治療や支援が出来る優秀な治癒士だ。捜索で森の中を探すのは難しいだろう。
「それについては、基本的に町や村の捜索を任せたい」
「町や村で彼女の妹たちを探すのか?それは流石に範囲が狭すぎにならないか?」
ダーヴィトの言葉にエッダや他の仲間たちも頷く。何処に居るか分からない人物をしらみつぶしに探す。それも町や村を回るだけでどれだけの時間がかかるか分かったものではない。
それに、人がいる様な場所以外はどうするのかと言う問題も残っている。二人が町や村にいる保証はどこにもない。奴隷商に見つかって捕まっているだけでもまだ良い方だろう。ゴブリンやオークの類に捕まれば苗床にされても可笑しくはない。
「いや、町や村以外は俺が担当する。グループは四人体制で、村や町の規模なら一つのグループで対応、街の規模になる場合は、二つか三つのグループで捜索してくれ」
まあ、町の規模でも大きい場合は複数のグループで当たる様に言う。あと、各グループには戦闘が行える者と索敵が出来る者を同行させる。円卓の騎士は必然的に各グループ配置される事になる。
それと、情報を一括で管理するための本部立ち上げも必要だろう。
「第一グループは、ユリアーヌとアニータ、それに・・・」
とグループ分けの発表を行う。
第一グループには、ユリアーヌとアニータ、御者のラウラ、狼の獣人のルドミラの四人。ユリアーヌとアニータが基本聞き込みで、ラウラが連絡係、ルドミラはその優れた嗅覚でアカネと似た臭いの人物がいないか探す分担。連絡係は、本部やレオンハルトとのやりとりをする者で、遠距離連絡用魔道具を使う為、人目を偲んで行う必要がある。
第二グループには、ヨハンとティアナ、黒猫の獣人の妹リン、エルフのシルフィアの四人のグループ。ヨハンとティアナが聞き込み、リンが連絡係でシルフィアが探索魔法で探したり、周囲を警戒したりする。
第三グループには、クルトとリーゼロッテ、薬師として働いているローレ、ローレ同様に薬師として働いている銀狐の獣人のルナーリアの四人は、ローレが連絡でルナーリアが周囲の警戒。
第四グループには、ダーヴィトとエルフィー、ラウラの姉であり御者のエリーゼ、狸の獣人のマルガの四人。此方も同様でエリーゼとマルガに役割を持たせている。
第五グループには、リリーとエッダ、黒猫の獣人でリンの兄でもあるラン、エルフのフェリシアの四人。フェリシアが連絡係をして、ランが周囲の警戒に当たる。この二人はほぼ同じぐらいの索敵能力を持っているので、戦闘が出来るランを警戒の方に回した。
第六グループには、シャルロットとアカネ、屋敷の警備主任のイザベラと同じく警備担当の犬の獣人のアルヌルフの四人。。シャルロットはアカネの通訳兼聞き込みと周囲の探索。イザベラとアルヌルフが警戒に当たる。六グループある中で、一番捜索能力が高いグループだ。
本部には、フォルマー公爵家の紹介できた筆頭執事のフリードリヒを中心、料理人見習いのソフィア、給仕係のナディヤとリタ、クイナ商会の支配人クリストハイト、執事見習いのローマン、元貴族のベアトリス、ハーフエルフのセシルで対応する事となり、捜索以外の事はラインフェルト侯爵家の紹介で来た給仕係長のアルビーナを筆頭にアヴァロン伯爵家とクイナ商会の経理などを担当する給仕係のイレーネや屋敷の他の使用人たちでローテーションしてもらう。屋敷の警備は、四人も抜けてしまったので、虎の獣人ダグマルと鳥の獣人イルジナに頑張ってもらう。二人以外にも人族を雇用しているが、彼らにも引き続き警備を行ってもらう。
給仕係長のアルビーナは、ラインフェルト侯爵家の給仕係だった女性で、沢山の給仕係を抱えていたラインフェルト侯爵家の中でもかなり上位に立っていた人物。年齢は三十代後半で、夫は数年前に他界している。子供は実家に預けているそうだ。優しくもあり、厳しさも持ち合わせているそんな人物だ。
「このグループでそれぞれ町や村での聞き込みや捜索を行ってくれ」
「レオン様流石にそれは・・・」
不安そうに見つめるティアナ。シャルロットやリーゼロッテ、リリーにエルフィーも同様の顔で見つめてきた。
「俺は町や村以外の範囲を上空から魔法で移動しながら探す。町や村などの人が多い場所での探索魔法は疲れるからね」
まあ、そもそも発見できる確率はかなり難しい。一言で表すならば、太平洋で遭難した特定の人物を見つけるぐらい難しい。しかも、条件には多分太平洋で遭難していると言う事と遭難信号や遭難場所の特定が無いと言う高難易度。加えて言うなら、海難遭難は自力で漁港に辿り着いている可能性もあるし、探し終えた場所に海流で流されて来たり、既に海に沈んでしまっている可能性もある。発見できるかどうか奇跡でも起こらない限り難しいと言うレベルの物。
それは、皆も理解しているし、そのお願いをした朱音自身も薄々勘づいている。何しろ、彼女も一月以上奴隷商に囚われていたのだ。
言葉の通じる人間に出会えたのは、彼と彼女の二人だけ。それも偶々、前世の記憶を持っており、その前世が日本人だったと言うだけ。
「町の捜索が終わったら、本部に連絡して、次の場所を捜索。本部は、それを記録した後、次の行き先を決めて俺に連絡。俺が皆の場所を転移で運ぶから」
レオンハルトの力を惜しみなく使えるからこそできる力技の様な捜索活動。
「アルデレール王国やアバルトリア帝国の方はどうしますか?」
リリーは、イースラ小国だけの捜索は時間的に可能でも、他の国まで手が回らない事を懸念。魔の森ミストリア大森林やベルクァント森林国、ガーフィスト連邦共和国は王命の依頼の途中で探す事は出来る。魔の森だけは全域を探す事は出来ないだろうが・・・。
「そこは、陛下に協力してもらって捜索するのと、冒険者ギルドや商業ギルドに依頼をする方向で考えている。レーア殿下に頼んで、彼女の似顔絵が出来る人を紹介してもらおうと考えている」
「では、早速王城へ向かわれますか?」
「ティア王城は明日以降に尋ねようと思う。急な訪問は陛下に失礼だろうからね。フリードリヒ、悪いけど手紙を書くから王城へ届けてくれないか?」
アウグスト陛下ならば、忙しくしていてもすぐに会う事は出来るだろうが、それでは他の伯爵位以上の上級規則に示しがつかなくなる。
その後、朝食を取ってから、各々準備を始め昼前には各町や村へ送り出した。
「フリードリヒ。後の事は任せる。何かあれば直ぐに連絡してくれ」
レオンハルトは最後の面々を連れて村に移動した。夜中の間に目ぼしい所は記録しておいた。今日中に半分ぐらいは捜索できるだろう。
俺は、シャルロットたちを町に連れて行ってから、そのまま別の場所に転移した。捜索の前にイースラ小国の首都に行って陛下からの王命の依頼を済ませるためだ。
アルデレール王国の使者と言う事で、直ぐに案内されてあっと言う間に用件を済ませた。向こう側から歓迎の宴をと言われたが、これから次の場所に向かわねばならない事を伝えると、残念そうに了承してくれる。
流石に申し訳ないので、後日訪問させてもらう事を約束しておいた。
そして、首都から南下して草原や森と言った場所をしらみつぶしに探す。反応がある者は基本的に冒険者か商人ばかりで、時々盗賊もいた。盗賊は、手早く魔法で麻痺状態にして、近くの町に引き渡す。移動方法は簡単だ。全員気絶させた後転移で町の近くに飛んで衛兵に突き出す。
簡単に説明してから賞金を受け取り立ち去る。
ついでに、魔物に襲われている冒険者を援護したり、魔物に捕まっている女性を保護して近くに居た冒険者に託したりする。
何故時間がないのに人助けをしているかと言うと、助けた人や町の兵士にアカネの妹たちの事を尋ね、もし見つけたら冒険者ギルドに報告してほしいと伝えておいた。恩を売っておけば何処かで帰ってくる可能性もあるし、ほんの少しでも可能性が高まるのであればしないと言う選択肢はない。そんな活動をしながら森の上空を飛行していた時、遠距離連絡用魔道具が震える。
音が鳴らない様に振動のみの設定にしている。
「あーあー。聞こえるか?」
遠距離連絡用魔道具の先から聞こえてくる声は、やや渋い感じの声の男性。
「はい。もしもし、聞こえます。陛下どうかされましたか?」
連絡してきた相手はアウグスト陛下だった。突然の連絡に少し戸惑いつつ用件を尋ねる。
「もしもし?・・・とは何か分からないが、先程お主からの手紙を読ませてもらった。儂の指示した事を遂行するのであれば、何処で道草を食おうと構わない。人手が必要なら用意するぞ?」
「ありがとうございます。すでにアバルトリア帝国とイースラ小国は済みましたので、残りはベルクァント森林国とガーフィスト連邦共和国の二カ国だけです。陛下には王国の各領地に人探しの依頼を出してもらえませんか?」
「もう二カ国も終わったのか、流石だ。残りの二カ国も頼むぞ。それと、先程の事は儂の名で各領主に伝令する様にしておこう。明日の朝一番に城を訪問しろ。そこで最終の打ち合わせをしておきたい」
陛下の助力を得られることとなり、その後少し会話してから捜索の続きを行った。
時は遡り、朱音がこの世界にやって来た時、別の場所でも同じように時空が歪みそこから二人の少女が投げ出された。
「いたたた・・・なにこれ?」
「うーーーちょっと、若葉・・・・重いよー」
飛び出してきた二人の少女。式守葵と式守若葉の二人だった。三つ子の二人は髪型こそ違うけれど、顔や声質、体格などはほぼ同じである。
「重いってッ!?葵ひどいよ!?私そんなに重たくないはず」
現在二人の恰好は、葵の上に若葉が乗っかっている状態。中学二年生の女の子。それも普通より少し細身の彼女たちが重いと言う事は無いが、下にいる側は中学二年生の細身の女性であろうとその人物のほぼ全体重が覆いかぶさっているのだから重たいと言いたくなる気持ちもわかる。
若葉は直ぐに葵が下敷きになっている事に気付き、立ち上がる。
「葵、ごめんね?大丈夫?」
「大丈夫よ。ちょっと背中を強く打っただけだから、それよりも制服が泥だらけ・・・って、此処・・・・何処だろう?」
葵と若葉は、自分たちが置かれている現状が分からずに、周囲を確認した。二人も朱音同様にこの世界にやって来た先が魔物の住処とかではなかっただけ、幸運な事だろう。
まあ、森の中にある湿地帯みたいな場所で、地面が泥だらけなのは朱音に比べると不運だったと言えるだろうが。
不気味な感じがする・・・・そんな雰囲気に二人は急に怖くなった。
「―――ッ!?朱音は?」
「え?そう言えば・・・朱音――っ!!」
朱音同様、その場で彼女を大声で探す二人。こんな不気味な場所で大声を上げるなんて行動は、自分の居場所を知らせるのと同じ。それが人の入る場所であれば然したる問題もないが、此処は魔物が生息する場所、と言う事は彼女たちを食料として近寄る猛獣やゴブリンやオークの様な卑猥な目的で近寄る魔物も居る訳で・・・・。
ベチャ!!
そこそこの重量があるものが、泥に足を踏み入れた時にする足音が、彼女たちの後方から聞こえる。
「朱ね――――え?何あれ?」
「ば、ばけものッ!?」
二人の前に姿を見せたのは、体長三メートル近くある鬼の様な生物。この地域で割と生息しているオーガ。そのオーガの変異種が彼女たちの前に姿を現したのだ。
巌の様な肉体に灰色の肌、剥き出しの鋭い歯と頭から生える二本の角。丸太の様な腕に持つ何かの骨で作った様な棍棒。車でも簡単にボコボコにしまいそうな重量感を感じさせられる。
「若葉ッ!!逃げるよ」
葵は咄嗟に妹である若葉の手を取り走り始める。地面が泥の様な粘土質で非常に走りにくいがそれでも今走らないといけないと思い全力で逃げる。
激しく地面を踏む為、足元やルイセント女学園の可愛い制服が、泥まみれになっていた。
葵のポニーテールが大きく揺れる。若葉は三つ編みをオシャレに束ねているので大きくは揺れないない。
振り向かないでもわかる。アレが追ってきていると言う事を・・・。師から伝わる振動もそうだが、泥の跳ねる音が少しずつ近くなってきている。
(誰か、誰か助けてッ)
あんな化け物に敵うものがいるのだろうか、あんなものを引き連れて町に出たら、町の人がパニックになる・・・スマホが使えれば警察を呼ぶ事が出来るのに、未だに圏外と言う表示が出ている。
そもそも、此処は本当に日本なのだろうか?あんな化け物が日本に生息しているなんて聞いた事もない。
葵は逃げながら考えているせいで、足元の注意が散漫になる。こんな足場の悪い所で、全力で走りながら別の事を考えていればどうなるか。それは、足を滑らせて転ぶという大惨事を招きかねない。
ッ!?
案の定、葵は少し傾斜の付いた地面を平らな地面と同じように踏み込んだため、バランスを崩す。如何にか体勢を整えようと踏ん張るが、かえって逆効果となり、踏み込んだ足は変な角度でくじいてしまう。
葵に手を引っ張られていた若葉は、葵が転倒すると彼女も一緒に転倒してしまう。
「きゃっ」
二人とも盛大に転んでしまい制服は泥だらけに、葵に至っては右足首を捻挫してしまった。
すぐ後ろにまでやって来た化け物は唸るような声を出しながら、大きく腕をあげる。振り向かなくてもわかる。私たちをあの大きな凶器で嬲り殺すのだろうと。
「た、たすけて」
恐怖に支配されたら助けを呼びたくても声が出せない。辛うじて消えゆくような声を出せる程度で、その声は葵ではなく若葉から発せられる。位置的に葵よりも若葉の方が化け物に近いのだから順番的に若葉が攻撃される可能性が極めて高い。
(朱音ッ!!)
葵も若葉も知らない事だが、別の場所では二人の姉である朱音も魔物に襲われて逃げ、タイミングよく奴隷商人の護衛として同行していた同商会の冒険者に助けられた時だった。
もうダメと諦めかけたその時、何処からともなくやって来た大柄な男が化け物と若葉の間に入り、両手に持つ重量感のあるハンマーの様な武器で化け物の攻撃を相殺した。
響く金属音と震える空気。
「△△△△△△△△」(うりゃああああ)
知らない言葉が背後から聞こえ振り返る。男が化け物と激しい攻防を繰り広げており、何が何だか分からず、ただその場にへたり込む。
白髪のショートツインテールの同年代の女の子が、大きな槍の様な斧の様な武器を回転させながら叩きつける。
化け物の方に深く食い込むが、致命的になっている様には見えない。相手の身体を足場にして武器を引き抜いた女の子は空中を回転しながら離脱。女の子が使っている武器は、二人が知らなかっただけで、世間一般的な武器で知られる半月斧の一種。
少女が離脱した事で、水属性魔法『水の槍』と三本の矢が連続でオーガを襲う。
「△△△△!!△△△△△△」(貴方たちッ!!早く此処から離れて)
先程の少女同様に白髪の美少女が、私たちに何か話しかけてくる。けれど、何を言っているのか全く分からないため、ただ眺めるだけでいた。すると、その美少女に手を引かれて、移動を促される。私は足を痛めていたから、美少女が肩を貸してくれたので、如何にか移動する事が出来た。それにしても、手を貸してくれた美少女は、先程の少女に良く似ている。先程の少女も私たちのクラスにいたら間違いなくアイドルとしてもてはやされるレベルだった。けれど、もう一人はそれを上回る美貌。
顔立ちがとても似ている所から、ひょっとしたら姉妹なのかもしれないと推測する。
安全な場所と呼べるかわからないけれど、数人の武器を持った人たちの後ろに避難さえられたことで、少し考える時間が出来た。
一言でいえば、あり得ない光景。
西洋の剣みたいな武器や名前も知らないような武器で先程の化け物と戦っている。一応武器を使う事に関しては百歩譲ったとしても、明らかにおかしいのは、何もないところから水が出てきてそれが槍の様な形になったかと思えば、勝手に飛んでいく。まるで魔法を見ているかのようだった。
実際には、魔法で正解なのだけれど、彼女たちの住んでいた世界に魔法と言う物が存在していなかった関係で、それが魔法であったとしても魔法みたいと言う表現になってしまうのだった。
白髪の美少女は、彼女たちに話をかけたのに対して何も反応がなかった事を不思議に思う。取り敢えず、遠距離攻撃を行っている者たちの所へ移動させてから戦線に戻った。
「フィーネ?あの人たち、言葉通じた?」
フィーネと言うのは、半月斧を持っている白髪の少女。そして、白髪の美少女の方はフィーネの実姉でクリスティーナと言う。二人は一歳差で且つ珍しい事に姉妹二人ともアルビノ種、別名色素欠乏症と言う一種の遺伝子疾患を持っている。
更にこの二人は、アルビノ種以外にも別の力を持って居た。百万人に一人ぐらいの割合で発言する聖印症候群。瞳の色・・・アルビノ種の瞳は紅色なのだが、戦闘・・・それも敵をあしらう様な戦闘ではなく、高度な戦闘を求められる時の集中力、これを有した戦闘になると右目だけ金色に変色する。
それに聖印症候群の者は、単に瞳の色が変色するだけでなく、普通の人の何倍もの魔力や力をもっている。瞳の色が変色する事で更に能力が向上する。つまり集中すれば集中するほど能力が増し強くなると言う事だ。
そして、クリスティーナとフィーネの二人も聖印症候群を持った類まれなる人物なのだ。アルビノ種に聖印症候群その発生確率はどのくらい低いのだろうか、加えて年子の姉妹でとなるとある種の神がかっている。
戦闘中だと言うのに悠長に会話をする姉妹。
「クリスにフィー、悪いが話は後だ。アレの討伐が俺たちの依頼の目的だろッ」
葵を庇った男が、オーガと正面から打ち合う。互いの力が互角なのだろう。武器同士が衝突すると攻撃が相殺されて、互いに弾かれている。
「フィデル、援護してッ!!大技を決める」
「ラウル、ロランド、サントス。注意をそらして」
「白銀の翼ッ!!俺に続けぇーーー」
オーガ相手に現在十三人で戦闘を行っていた。オーガ単体の強さはランクで言う所のCランク相当。それも変異種となっているので脅威はBランクに上がっていても可笑しくはない。
実際、Dランク冒険者数人とEランク冒険者で構成された三つのチームが悪戦苦闘している。
フィデルと言うのはエルフの男性で先程から水属性魔法を使ってオーガを攻撃している人物。彼の援護を必要としたのは、猫人族の女性バーニャ。ラウルは葵を庇った冒険者でロランドやサントスたちの冒険者チームのリーダーでもある。ロランドとサントスは、発言こそ少ないがオーガ相手に一歩も譲らず戦闘をしている。
この場の三つのチーム、一つはバーニャ率いるサリファの爪痕と言うチームで、ラウル率いる鉄壁の武人と言う名前のチーム。最後は、クリスティーナとフィーネの二人のチームである白銀の翼。
三つのチームは、近くのまたから出ていた依頼、変異種のオーガの討伐を複数のチームで請け負っている。
「セイッ」
クリスティーナは細めの剣でオーガを攻撃、恵まれた身体能力を十二分に発揮して、硬いオーガの表面に無数の切り傷を作り出す。
「ヤーァ」
姉に負けじとフィーネも半月斧で応戦する。
ただ、そんなあり得ない光景に葵と若葉は只々言葉を失うのであった。
そして気づけば、オーガは数人の怪我人を出してしまったが、結果的に討伐に成功した。
いつも読んで頂きありがとうございます。
誤字脱字の御報告も大変助かっております。
今後も皆様に読んで頂けるよう精進してまいりますので、応援の程よろしくお願いします。




