132 帝都再び訪問
おはよう。こんにちは。こんばんは。
最近暑くて、冷房を入れたくなるような日々が続いていますね。
夏バテにはまだ早いでしょうが、十分お気をつけください。
「よし。通ってよいぞ」
俺たちは今、アルデレール王国とアバルトリア帝国との間にある国境を通過したところ。出発したのは今日で、転移魔法で国境付近まで飛び国境でアバルトリア帝国へ入国するための手続きを行った。
一気に帝都アバルトロースに飛べばよいのだが、流石に国境を通過せずに入国するのは怪しまれると踏んで、入国手続きだけはしっかり記録してもらうようにした。
詳しく調べられれば、入国後すぐに帝都に飛ぶ予定なので結局のところ辻褄は合わない事になるが。でも不法入国と言う扱いにはならない。まあ、不法入国と言う考え方があるのか分からないが。
コンラーディン王太子殿下たちと来た時と同じ所を通るので、国境を守る兵士も此方の事を覚えていたようだ。それに、今回はアウグスト陛下から外交大使としての証明書も貰っているので、他国へ入る際の審査はかなり緩くなっている。
国境を抜けてすぐ人目につかない場所に移動すると、今度は帝都アバルトロースの近くの人目につかない場所に転移した。
「ほへーここが帝都なんですかー」
間抜けな声を上げる同行者の一人。今回この旅にと言うか依頼の為の同行者はシャルロットを始めリーゼロッテやティアナ、リリー、エルフィー、ユリアーヌにクルト、ヨハン、ダーヴィト、エッダ、アニータの円卓の騎士の面々に加えて、今回馬車を三台出している。御者にエリーゼとラウラ、猫人族のリン、更に二度目の奴隷商で新しく加えた虹彩異色症のヴェローニカと村娘だったコノリが交代で行う。魔の森ミストリア大森林攻略の為、エルフ族のフェリシアとシルフィアの二人も同行させている。彼女たちの護衛役に虎人族のダグマル、狼人族のルドミラ、リンの兄で猫人族のランも連れてきている。
総勢二十一名の大所帯。
「フィア呆けていないで、行くわよ」
帝都アバルトロースの外周を覆う外壁。敵からの攻撃や魔物の侵入を防ぐためにあるため、王都アルドレートと同じ規模の外壁があった。各国の首都はどれも同じ高さになりがちで、外から見ただけではあまり変わりはしない。
フェリシアに諭されるように言われたシルフィア。同じエルフでもしっかり者と何処か抜けている者と性格が大きく違う様だ。
「身分証を」
レオンハルトは、この国での地位を証明する物を見せる。アルデレール王国では伯爵位の彼だが、この国でも爵位を授与されている。授与時に他国での貴族当主と言う事で、本来ならば授与出来ないのだが、そこを強引に皇帝が進め、特爵位なる物を与えたのだ。
帝国貴族の仲間入りをしているが、貴族としての責務はなく名誉職の様な扱いとされている。家紋を見せた所で広まっていないだろうし、特爵位を証明する物よりも皇帝陛下から賜った証明書の方が、効力があると思い提示したのだ。
「これはっ!!アヴァロン様どうぞ中へ、家臣の皆様もどうぞ」
貴族はこう言う時かなりスムーズに入れる。特爵位の爵位が無くても他国の爵位でも一般よりは早く入場できるし、高ランク冒険者も同様だ。
(さて、宿を決めて明日皇帝陛下に謁見できるよう手続きを済ませないとな)
宿の確保と皇帝陛下の謁見の予約。街の散策に分かれる事にして、俺はシャルロットたちと謁見の予定を入れるため帝城へ赴く事にし、ユリアーヌたちが宿屋の確保、ダーヴィトたちが他の者たちを率いて街中の散策へ出かける。
特に初めて帝都に来た者たちは、散策の方に行かせた。ランやダグマルたちは俺たちの護衛にと動こうとするが、断った。別に彼らが邪魔と言うわけではないが、今日は予定を入れるだけなので、長居するつもりはないし、終わり次第皆と合流するので他の者たちを見る様に言い聞かせた。
俺とシャルロット、リーゼロッテ、ティアナ、リリー、エルフィー、エリーゼの七人で帝城入口に行くと兵士らしき者たちに止められる。
「そこの者たち、これより先は許可なく立ち入る事は出来ない。早々に引き返されよ」
「兵士の方々、お勤めご苦労様。此方の馬車に乗っておられる方は、アルデレール王国の使者です。此方が証明書になります」
馬車の中にいる俺たちではなく、御者をしているエリーゼが対応する。こう言う場に良く連れてきているためエリーゼとラウラの姉妹は、かなり上手く対処できるようになってきている。
まあ、うちの奴隷たちも身なりだけでなく、知識や立ち振る舞い、言葉使いなど勉学の経験がある人並みには教育されている。
なので、ぱっと見だけでは奴隷だと思われない。
品のある対応に兵士たちも彼女からの証明書を受け取ると、すぐに詰所の中に消えた。中で本物かどうか確認しているのだろう。
暫くすると慌ただしく出てくる先程の兵士。
「これは失礼いたしました。一応確認のために馬車の中を確認させていただけますか?」
兵士の言葉で、今度は俺たちが行動を起こす。馬車から出る事はせず、馬車の窓を開けて兵士が俺たちを認識できるようにした。証明書だけ本物で、中にいる人物が全くの別人なんて事が無いようにするための最低限の確認作業は行う必要がある。
敷地内を案内され、そのまま馬車を所定の位置に止める。エリーゼに馬車で待機するよう伝えたのち、彼女は馬車を停車させておくスペースに移動した。俺たちは、帝城の中に入ると、文官らしき人物がかけよって来る。
「アヴァロン様。ご無沙汰しております。今日はどのようなご用件で?」
文官に見覚えがあると思ったら、コンラーディン王太子殿下と一緒に訪れたとき対応してくれた人物の一人だった。
彼がこれほどまで早く此方に気が付いたのは、門の所で確認作業を行っているのと同時に連絡係が文官に先に連絡しておいてくれたのだ。
「今日は、アルデレール王国の使者として訪れました。陛下から親書を預かってきております。皇帝陛下との謁見を願いたいのですが」
アウグスト国王陛下の蝋印が押された書類を見せる。
開けて中身を確認することはできないが、緊急な案件だと言う事を理解した文官は、急いで皇帝陛下のスケジュールを確認しに向かった。
暫くすると文官が慌てた様子で駆け寄ってくる。
「お、お待たせしました。本日の夕方か、明日の午前中でしたら可能とのことです」
速い方が良いのか?と思ったりもしたが、旅の疲れは一切ないけれどそう言う風に見せかける必要もあるだろう。まあ、俺だけ謁見しても良いのだが・・・。
「私たちは、今日でも大丈夫でしてよ?」
ティアナの言葉を聞いて、結局今日の謁見に決まる。予定の時間まで二刻半はあるため、後程改めてくる事を伝えて、帝城をあとにする。
「まずは皆と合流して、昼食でも食べようか」
「ご主人様、先程ラウラから連絡がありました。宿舎を無事確保し、皆様と合流したそうです。居場所は・・・」
エリーゼやラウラ、他の使用人たち全員に遠距離連絡用魔道具を持たせているので、誰が何処にいるのかすぐに分かる。
「それと、フリードリヒ様より言伝です。何でも屋敷の方に奴隷商会のベルネット殿がお見えになられ、今年のオークションの日時を話して行かれたそうです」
奴隷商会のベルネット。うちにいる奴隷たちの多くはその商会で購入している。去年トアたち第二グループを購入した時、オークションのお知らせをしてくれたのだが、都合が合わずオークションに行けなかった。
その後、二回ほどオークションが開始されたそうだが、二回とも行けずじまい。
ベルネットは、開催がある事を毎回伝えに来てくれているので、今度こそ参加した方が良い・・・寧ろ参加したいのだった。
奴隷商人であるベルネットは、勿論オークションに奴隷を出店するが、別にオークションで扱うのは奴隷だけではない。奴隷だけのオークションも存在するけれど、ベルネットが誘ってくれるのは一般的なオークションの方。
飼育に成功した魔物や珍しい食べ物、工芸品や芸術品なども出展される。
前回のオークションで最も高値が付いたのは、ホワイトレックスの剥製だった。ホワイトレックスは、雪が溶けない様な気温の低い大陸の北の山間部に生息する。
魔物のランクはSランク以上といわれており、倒そうと思えばかなりの大人数で挑まなければいけない様な魔物だ。
かなり状態が良く、大きさも一般的なホワイトレックスより一回り大きな個体と言う事で、上級貴族が一括で購入したそうだ。
俺たちからしたら目が飛び出る様な価格が付いたと言う事だが、それよりも何よりホワイトレックスを仕留めたのが勇者コウジ・シノモリ一行だと言う事。彼らは、オークションで得たお金の大半を寄付に回したそうだが、さすが勇者と言うべきなんだろう。
その前は、遺跡から発掘された出土品で、腕に装着して現在の時刻や半径一キロ県内の地図を表示できる通信魔道具並みの貴重な品らしい。
ベルネットが出店していた狐人族の希少種で黒い毛並みの黒狐と狼人族の一種で雪山に生息する雪狼族についてだが、どちらも高値で買い取られたそうだ。購入した者は、この国の者ではないらしい。旅の途中で立ち寄り、彼女たちを一括で購入していったそうだ。
当時は大丈夫なのだろうかと心配したが、購入した人物の周りにも十数人の奴隷が付き人として立っていたそうで、彼女たちの身なりも平民に比べて余程良い生活をしているのが伺えたそうだ。それに、その人物もその筋では有名人らしく。ベルネットも引き渡しの際に安心できるとの事。
雰囲気が俺に似ているらしい・・・。
それは、どうなのだろうか?
まあ、夏季休暇中にオークションを開催されると聞いて、少しだけ心を躍らせる。別に奴隷を目当てにと言うか、奴隷に手を出す目的で購入しているわけではない。彼女たちにも手を出していないのに、そんな事できるはずもないだろう。
ただ、アルデレール王国にない物も多く出展される。つまり、米や醤油、味噌と言った物がもしかしたらあるのかもしれない。あれば出品者に何処で購入したのかも聞けるかもと言う気持ちの方が強かった。
「ありがとうエリーゼ。夜にでも屋敷の方に行ってみるよ。じゃあ皆と合流しようか」
エリーゼに馬車を出してもらい出発する。
皆との合流場所は、中央広場にある馬車を停車させておく事が出来る場所、その横にある公園のようなところに向かった。
「おーい。こっちこっち」
馬車を停めて公園に向かおうとしたところで、クルトが此方に向かって手を振って来る。彼の後ろには、他の仲間たちが全員集合している状態だった。
「宿はこの先にある湖の麗人って名前の所にしておいたよ」
湖の麗人。帝都アバルトロース内にある宿屋の中でも高級な分類に入る場所。他国の使者や自国の上級貴族が利用するような格式の高い場所であるが、一般の者たちでも宿泊することは可能である。
「問題はなかったか?」
人数が人数なだけに断られる可能性もあったし、アルデレール王国の使者として利用するので、疑われたりしなかったかと言う事など、不安要素が多々あったのだ。
そのため、ヨハンを宿の手配に回ってもらった。俺たちのチームの中では、頭脳派の一人なのでこういう時は彼に任せていると大体うまくやってくれる。クルトだと何処を選んでくるか分からない・・・。
「問題ないよ。事前に証明書を預かっていたからね」
証明書と言うのは、貴族に仕える家臣を表す物で、書類だったり、家紋入りの短剣だったりするが、アヴァロン伯爵家は書類タイプにしている。行く行くは別の物にしようとは思うが、まだ手を出していない。
「エリーゼたちの部屋も一応、個室で予約しておいたが良かったか?」
「構わないよ。彼女たちにも時には羽を伸ばしてほしいからね」
「羽?」
どうやら、羽を伸ばすと言う言葉の言い回しでは伝わらなかったようだ。なので、時には休息も必要だからと説明しなおした。
昼食の為、近場のお店に入ろうとするが、ヴェローニカやコノリ、フェリシアたちが遠慮してくるため、彼女たちも気兼ねなく食事が出来そうな大衆食堂へと切り替えた。
それでも、彼女たちは「ご主人様たちは先程のお店でごゆっくりしてきてください。私たちは此方で食事を済ませてきます」と遠慮する。貴族である俺たちが大衆食堂を利用するするのはどうかと思うし、自分たちが高級そうなお店位に入って食事をするのもおかしい。そんな葛藤から慌てふためくヴェローニカたちだった。
今夜泊まる宿にしても、本当であればこんな高級な宿屋に泊るにしてもランクの一番低いそれでいて複数人の部屋を割り当てられるはずが、個室待遇なのだ。初めてレオンハルトたちの旅に同行する彼女たちにとっては、どうしてよいのか分からないでいた。
「ご主人様、席の確保が出来ました。どうぞこちらへ」
慣れた手つきで席確保に動いていたエリーゼとラウラ。二人は御者としてよく色々なところに連れて行ってもらっている関係上、ヴェローニカたちが感じている感情が少し薄れてしまっている。
「ちょっとエリーゼ?ご主人様をこのようなお店に連れてきて大丈夫なのですか?お嬢様方もいるのに!?」
慌てるヴェローニカにエリーゼは、優しく微笑みかける。
「はい。ご主人様たちもこの様な場所に良く来られていますよ?先程の様なお店にも同行させてもらった事がありますが、緊張したぐらいで特に問題ありませんでしたし。本当にご主人様たちは何処でもよろしいみたいです」
何処でも良いというのは語弊があるが、別に料理がおいしいのであれば、高級なお店だろうと大衆食堂だろうとどこでも良いのだ。
まあ、量や提供される速度を考えるならば大衆食堂だろうが、静かに食べたいとなれば高級なお店に行くべきだろう。
「えっ!?だったら、うちあっちが良かった」
素直に言うルドミラ。これまで、高そうなお店で食事をした事が無いと言う事で、次の街に行ったら連れて行ってあげると約束すると、とても大喜びしていた。
奴隷に対して甘やかしすぎと言われそうだが、前世での記憶がある分、どうしても差別をしたくないのだ。
それに、屋敷で働いている者や屋敷外で働いている身内皆、よく頑張ってくれている。社長が社員に労う事は会社全体のモチベーションを上げ、更に効率化を図れる利点がある様に、彼女たちの主である俺が、彼女たちに対してきちんと接し、労う事で忠誠心を持ってくれるだろう。
誰かを優しくしてあげれば、将来巡り巡って帰って来るのだ。
見返りを求めるためにするのではない。何かをした事で結果的に見返りがあったと言う事。
大衆食堂で、料理を注文する。
アルデレール王国では見いた事が無いフュールンと言う料理。前回訪問した時もこの料理に聞き覚えが無かったので頼んでみるついでに、従業員に聞いてみた。
「フュールンはですねー。アバルトリア帝国での家庭的な料理の一つです。兎の肉や山羊肉などの肉と一緒に野菜を煮込んだ料理ですよ。家庭によって味付けも異なるので、お店によっては向き不向きも出ますけど、とっても美味しいですよ」
肉と野菜の煮込み料理。アバルトリア帝国の家庭料理と言うが、アルデレール王国にも似た様な料理は存在する。郷土料理と称しているが、似た様な料理は世界各国に存在しているのだろう。呼び名が違うだけで・・・。
フュールンが届いたので、とりわけをシルフィアにお願いした。香りはとてもよく野菜の中に香りの高い香草も入れているのだろう。汁はコンソメスープの薄い色をしている。
フュールン以外に注文した料理の殆どがテーブルに並び、食事を食べ始める。
「どんな味がするのかな?」
俺は、まず初めにフュールンを一口食べる。気にしていた部分も大きいが、この食欲をそそられる香りにやられてしまっていた。
―――ッ!?
口の中で衝撃が走る。
見た目は薄味のコンソメスープみたいなのに、実際はかなり濃厚な味わいが口いっぱいに広がった。スープのベースは塩と香草、後は色々な肉汁が混ざり合っている。くどくなりやすい肉汁を香草がしっかり中和し、そこに野菜を加える事で野菜の甘味が加わっている。
・・・・
・・・
・・それだけじゃない。
二口目を口に含んで分かった。これは・・・。
「あっ?分かりましたか?」
先程の従業員が最後のメニューを持って此方にやって来た。フュールンの隠し味に気が付いた俺ににやけ顔で話しかけてくる。
「これ、焙煎した動物の骨の粉末を入れているでしょ?」
骨を食べると言うと少し妙な感じがするかもしれないが、実際に近い物を前世でも良く食べられていた。
ラーメンに使われる魚粉が良い例だ。あれは、骨以外もあるが豚骨スープなどのスープ作りに豚の骨や鳥の骨などを使う事もあるし、軟骨の唐揚げの軟骨も行ってしまえば骨と言えるだろう。医学的には骨と言うよりも細胞らしいが・・・。それに、魚も骨ごと食べられる調理方法もあるぐらいだから、別に不思議な事ではない。
骨の粉末は、スープ鍋のそこで沈殿しているのだろう。だからこれ程綺麗に透き通っている。沈殿させたことで、余計な物も一緒に鍋のそこにお追いやる。鍋の上層部は旨味のみのスープとなり、中層部には野菜や肉があると言うのだろう。
焙煎していると思ったのは、僅かに感じた苦みからの連想だ。
苦みを入れる事で、旨味がより際立つように工夫されていた。何でもかんでも足すのではなく、料理とは足したり引いたりしながら作るのだ。
「正解ッ!!よくわかったね。でもそれだけじゃないんだよ?」
「もう一つは、野菜の幾つかは乾燥させてから入れているのね?」
従業員言葉にかぶせる様に残りの答えを言い当てるシャルロット。確かに生の野菜だけではこれ程の強い甘みを引き出せない。乾物にする事で、深い甘みを作り出しているのだ。
「す、すごーい。初めてよ。隠し味を二つとも当てられてしまったのは」
従業員は俺とシャルロットの二人を称えるが、俺は二口目で漸く焙煎された骨の粉末を言い当てれたが、乾物野菜には気づけなかった。けれどシャルロットは一口目で乾物野菜を認識していた。骨の粉末も恐らく分かっていたのだろう。
けど、俺たちよりも凄いと感じたのは、このお店の料理人だ。ここが高級なお店なら問題ないだろうが、市民に愛される大衆食堂でこのクオリティ。採算が取れないのではと思ったが、そうでもないらしい。手間はかかるが、コストはそんなにかからないというのだからある意味、絶品激安料理と呼んでも差し支えない。
他の料理も十分満足できる物ばかりで、非常に満足した。
「またいらしてくださいねー」
最後まで明るい従業員。高級なお店と互角に渡り合える料理の味。研鑽を続けるまだ見ぬ料理人。凄いの一言では語られない出来事に出会ってしまった。
「なる程、だからこの立地でも十分やって行けるのか」
お店を出てすぐ、ヨハンが考え深そうに語る。
周囲のお店は、大衆食堂より二段階も上のお店ばかり立ち並んでいる。中央広場の立地はある意味、激戦区なのだろう。そこを生き残れるのだから皆に愛されているのが良く分かる。
しかし、何故大衆食堂のまま経営をしているのだろうかと思うかもしれないが、確かに雰囲気や味、値段も良かったが、一つ欠点があるとしたら。料理全体的に家庭でよく食べられるメニューばかりだったのだ。
まあ、盛り付け具合で高級感は出せるが、所詮一般家庭の料理。家庭で出ない様な料理は作っていない。だから、大衆食堂のまま頑張っている。
「この後なんだが、ジギスバルト皇帝陛下との謁見がこの後行えることになってな。俺たちはもう少ししたら帝城に戻る。皆は各々自由行動をしてくれ。エリーゼ悪いけど頼めるか?」
「承知いたしました」
「すまない。それとこれは皆へのお駄賃だ。自由に使ってくれて構わないが、盗まれない様に。不足する様ならヨハンに余分に渡しておくから、受け取る様に」
そう言って皆に大銀貨と銀貨数枚を持たせる。ヨハンには金貨や大銀貨、銀貨などが入った袋を預けておいた。
俺たちは、謁見に相応しい服装に着替えるためヨハンが準備してくれた貴族御用達の宿屋、湖の麗人へ向かう。
貴族服。スパイダーシルク等の高級なシルクで作られている装飾の派手な服。前世で言う所のタキシードとナポ〇オンが着ていた様な軍服を足して割った感じ、沢山の装飾品や刺繍などがあしらわれており、普段着として使いたくない様な代物。
シンプルな貴族服は持っているが、今日来ている服は初めてお披露目する。本来であれば着たくはない。けれど、自国ではないので、そう言うわけにも行かないため、渋々着ている。
白と紺色の組み合わせた配色で、デザイン的にも色合い的にも完成度が高い。
「俺に似合うのか・・・これ?」
「私の見立て通りとてもよく似合っていますわ」
ティアナとリリーが出てきて感想を述べる。ティアナは輝くような金髪が映える濃い赤紫色のドレスに身を包み、リリーも綺麗な銀髪がより輝く青色のドレスを着ていた。二人に遅れてやってくるシャルロットとリーゼロッテ、エルフィーの三人。リーゼロッテは、薄いピンク色っぽいドレスで、シャルロットとエルフィーも白に近い青色と黄色のドレスを着ていた。
どれも新しく新調したドレスでデザインは、シャルロットが手掛けてくれている。王族の前に出ても恥ずかしくない出来で、皆喜んでいたがこれを作ったハンナたちはかなり疲れた様子だったのは記憶に新しい。
「うわーレオンくん、すごく様になっているよ」
「ティア、リーゼありがとう。皆も凄く可愛いよ」
再び帝城を訪れると、先ほどの文官が現れてすぐさま、皇帝陛下の下に案内された。
広い通路を通り幾度となく側面にある扉を通り過ぎ、前回と同様にあの部屋の前にたどり着いた。皇帝陛下の息子で守護八剣の一人でもあったザイール殿下。今は早とちりとはいえ俺たちに襲撃してきたことで、守護八剣の席を外され、継承権もなくなっている。帝都ではない別の街で、根性を一から叩き直されている。
哀れに思うが、彼の仕出かしたことは国家間の関係を揺るがしかねない出来事故、重い処罰が課せられている。
どんな罰が下されたのかを知るのは、事が発覚してからかなり立っての事。まあ、噂話程度で言うならば帝国側から王国に対し、多額の賠償金も支払っていたそうだ。俺にはローゼリア殿下を宛がってきているので、困ったものである。
断れない俺も俺だけど・・・。
騎士の許可を得て謁見の間に入る。扉を開けた瞬間、中にいる者たちの威圧が犇々(ひしひし)と感じ取れる。ジギスバルト皇帝陛下だけではなく、重鎮と呼ばれる貴族たちも両サイドに整列していた。
「遠路はるばるご苦労であった。して、今日は可及的用件と聞いておるが・・・」
言葉を発する許可を貰い、すぐさま懐に忍ばせていた親書を取り出す。
「アウグスト国王陛下より書簡を預かっております」
前に差し出すと、陛下の近くで待機していた帝国最強の騎士にして騎士団の団長でもあり、守護八剣の第一席の地位に君臨するアルフレッド・ディル・フォン・アストレア。そんな彼が、レオンハルトから書簡を受け取りそのままジギスバルト皇帝陛下に手渡す。
宰相や大臣、高位の文官ではなく彼が行っているかと言うと、受け取った際に怪しい物でないか感覚で調べていたからだ。
アルフレッド騎士団長から受け取って中を確認する。
暫しの沈黙の後、ジギスバルト皇帝陛下は手紙の内容について話始めた。
「アヴァロン卿。此処に記載されている内容は・・・誠か?」
レオンハルトが作った魔道具、写鏡。対となる手鏡に魔力を流して使えばもう一つの鏡と共鳴し、空間が繋がる。空間が繋がれば、鏡の中に入れた物が別の鏡から出てくると言う魔法の様な道具だ。
ただし送る事が出来る大きさは手鏡と同じぐらいでなければならず、人を送り込んだりすることは出来ない。理論上は可能だが、色々問題もあるので、作ってもいない。
小さい物ならば可能だが、暗殺などに使われるのも危険なので、送る事が出来る物に制限を掛けている。
例えば、小さな毒蛇や蠍等を送って毒殺させるとか、爆弾を入れるとかだ。この世界に前世の様な爆弾があるかは不明だが、絶対にないとも言い切れない。爆弾ではないにしても類似する物はあったのだから。
写鏡を魔法の袋から取り出して渡す。
「陛下?それは何でしょう?」
大臣の一人が手鏡を興味深そうに眺めていると、手鏡の上の辺りに付けている魔石が点滅するように光り始める。
これは、もう一枚の手鏡が作動中である事を示し、此方も起動すれば点滅から点灯に変わる。
「その点滅している魔石を押してみてください。そうすればその魔豪具が起動します」
帝城に来る直前に遠距離連絡用魔道具でアルデレール王国の王都アルドレートにいるアウグスト陛下に一報入れておいた。写鏡の魔道具が霞むぐらい高性能な魔道具。ただ、遠距離連絡用魔道具ではできない事が写鏡で出来るので、劣化版ではある物の需要は計り知れない。遠距離連絡用魔道具は遠方に居ても声を届ける事が可能だが、物を送る事は出来ないのだから。
魔石をして写鏡の魔道具を起動する。
すると、鏡の向こう側と繋がり、一枚の手紙が届いた。
一瞬驚くジギスバルト皇帝陛下だったが、手紙の中身を確認して、すぐに返事を書き写鏡の中に入れる。すると、暫くは何もなかったが、再度向こうから手紙が届いたのだ。
「先の手紙の返答がもう戻って来るとは・・・これは、とんでもない魔道具だな」
遠距離連絡用魔道具を知らないからこういう素直な驚きを示す事が出来るのだろう。アルデレール王国の時は、遠距離連絡用魔道具が凄すぎて、呆れられていた。
謁見の間の中にいる者たちがどよめき始める。
そして、大臣や上級貴族たちは、同じ物を自分たちにもと頼み込んでくるが、それをジギスバルト皇帝陛下の一喝で治める。
「臣下たちが迷惑をかけた」
謝罪をするジギスバルト皇帝陛下の姿を見た大臣や貴族たちも同様に頭を下げる。
「して、これをどうして我が国に?」
これ程の魔道具であれば、内密にして自国で活用したいはず・・・けれど、アルデレール王国の国王陛下は、ジギスバルト皇帝陛下に魔道具の存在を打ち明けた。
情報は武器となる。もし互いの国が戦争状態だった場合、情報が円滑に出来ていない国と円滑に出来ている国では、圧倒的に出来ている方が有利だ。それ程貴重な案件を教えて来たからには、何かあると思うのも無理はない。
実際に、その通りなのである。
「アウグスト陛下から魔族の行動が活発化してきていると共に不可解な行動をしている魔族も多く見つけられています。何をしているのか不明ですが、良からぬ事を考えている可能性を示唆して、円滑に連絡が行えるようにと聞き及んでおります」
「確かに、かの国を滅ぼしてから一気に攻めてくるかと思いきや、進行が収まり各地で目撃情報を耳にする事の方が増えたな。それを懸念しているのか?」
「ええ。アルデレール王国の王都を魔族が襲撃してきた時も謎の生物がおりました。加えてスクリームと呼ばれる人族や獣人族の身体を改造して化物にしてしまう事もしています」
ジギスバルト陛下もアウグスト陛下同様に、魔族の行動に疑問点を浮かべていた。ローア大陸の中でも指折りの大国である両国は、より真剣に考えて対策を練っておかなければ、国の信用にもつながる。
小国は大国に勝てず、力関係でどうしても抗えない事が多いが、逆に後ろ盾になってくれる大国があるからこそ、小国は安心して国の運用で来ているのだから。もしなければ、小国同士領土拡大などの名目で戦争が相次いで起こっていた事だろう。
その後も真剣な話を半刻程続け謁見の間での話が終わる。気づけば空に浮かぶ太陽が八割近く隠れてしまい薄暗くなる中で、ジギスバルト陛下からローゼリア殿下の事を尋ねられた。
「とてもよく勉強されていますよ」
本当は、別の答えを聞きたかったのかもしれないが、ジギスバルト陛下も元気にやっている娘の事を聞けて良かったのだろう。国のトップと言う顔ではなく、一人の父親としての顔になっていた。
そこから四半刻程、ジギスバルト陛下たちと別室にて雑談を行い。帝城を出る頃には、空はすっかり暗くなっていた。
帰り際に暫く帝都にいるのか尋ねられたが、明日は移動の疲れを癒すために滞在し、明後日の明朝に帝都を出発する事を伝える。
疲れも何も転移魔法で一瞬と言ってもいい速さで帝都に到着した為、だれも疲れてなどいないが、それを知るのは極少数の者たちのみ。
高級宿屋、湖の麗人で夕食を食べた後、レオンハルトは一人王都の屋敷に転移した。
「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」
出迎えにやって来たのは給仕係のトアとベアトリス、ミアの三人である。
「三人とも遅くまでご苦労様。フリードリヒは今どこにいる?」
三人ともローレたちの次に奴隷商で購入した奴隷たちだ。ベアトリスは他国の元貴族の御令嬢で教育がしっかりされているから、奴隷たちの中でも頭一つ抜き出た礼儀作法を知っている。トアは幼い妹と共に買われた奴隷で、ミアも同様に幼い娘と買われている。守るものがいる分二人は遅くまでよく働いてくれる。妹や娘の分も働かないと等考え、一生懸命頑張ってくれているのだろう。
「フリードリヒ様でしたら、先程食堂の方でお姿を見ましたが、お呼びいたしましょうか?」
夕食でも食べているのだろうか?そうであるならば、食事中に呼ぶのも悪いしこの屋敷もそんなに大きいほどでもないので、此方から出向く事にした。
三人にそう伝えて、程よい所で休む様に指示を出し、食堂に向かう。
ミアの言う通り、フリードリヒは食堂に居たが、食事をしていた訳ではなく。料理長たちと打ち合わせをしていたようだ。
「なので、パーティーの時は・・・これは、レオンハルト様もうお戻りになられたのですね。では料理の続きは明日にでも」
フリードリヒはそう言うと此方に駆け寄ってくる。料理長やソフィアたちは食堂から調理場へ移動し、明日の仕込みを開始する。
「お出迎えが出来ず申し訳ありません」
謝罪する彼を制止させて、戻って来た用件を話す。
「ベルネット殿がお越しになられて、オークションの招待状をお預かりしております」
彼に渡していた魔法の袋から一枚の手紙を預かった。ベルネットが所有する商会の蝋印が押されており、フリードリヒも主宛てのもの故、仲間で確認はしていないが、受け取る際にどう言うものかを聞いていた。
「――――なるほどね」
手紙に書かれていた内容の確認を終える。オークションの招待状で間違えはないが、如何やら通常のオークションだけでなく裏オークションの招待状まであった。どちらも公式に許可されているもので、許可されていないオークションは闇オークションと言う。
ベルネットは今回、通常・・・この場では表オークションと表現し、表オークションでは商品を出品しないそうだ。代わりに裏オークションの方で一級品と太鼓判を押す程自信のある商品を出品するとの事。
オークションの開催日時は今から約十五日後に三日間開催されるそうだ。
オークションには、奴隷以外にも武器や防具、アクセサリー、魔道具に日常品的な物まで幅広く出展される。日常品でも地域特有の食材もあるとかでかで、これにかなり期待しているのだ。
オークションの日は、皆で戻って来て参加するのもありかもしれない等、思いながら脳内で当日の動きを想像していた。
「それで、レオンハルト様の方は無事に帝都に到着したようで」
転移魔法で移動している事は知っているが、それでも心配をしてくれるフリードリヒ。一応今日の出来事を簡潔に伝えておいた。
「さて、そろそろ戻るよ。フリードリヒも早めに休むんだよ?」
再び、転移魔法で帝都の近くの草原で日課の鍛錬を行った後、宿屋の一室に戻り、部屋に備え付けられた浴室で汗を流してから就寝した。
高級な宿屋だけに浴室完備している部屋も幾つかあるのだとか。なければ皆で屋敷に戻っていた所である。
まあ、高級な宿屋でも更に上から三つ目のグレードの部屋なので、あってもおかしくない。その分宿泊費用も良い値がしたとだけ伝えておこう。
いつも読んで頂きありがとうございます。
次回は、魔改造された馬車での本格的な移動になります。
新しい国、新しい場所、どう言う設定で行くか、大まかな事しか決まっていないので、
頑張って決めなくては^^;




