013 新しい武器、名を雪風
俺たちは、三体のマウントゴリラを討伐した後、完全装備した兵士やゲロルトと共に街に戻った。辺りはすっかり暗くなってきたが、時間時にはまだ昼過ぎぐらいだ。分厚い雨雲が空を覆い今にも雨が降り出しそうになっている。
このあたりで一雨来てくれたら、血や泥まみれになった服を綺麗にできるのにと考えたが、冷たい雨風に晒されて風邪を引いても良くないと思い。雨が降らないうちに宿屋へ戻ろうとした。
北門の入り口付近には、多くの兵と冒険者が集合しており、その先頭には立つ見知った顔の人物も立っていた。
先に街へ状況を伝えに行った兵士たちが、きちんと仕事をしたと言う事だろう。
この街の領主、ヴェロニカ・イーグリット・フォン・ヴァイデンライヒ子爵だ。その後ろにも身なりの良い人たちや他の兵と少し違う鎧の兵士に、凄腕と思われる如何にも厳つい風格の男も一緒にいた。
「まさか、お前たちが倒してくるとは・・・・・本当に心配したんだぞ」
安心したのか、その瞳には涙がたまっていた。
それから、俺たちはある一団に捕まり、冒険者ギルドの中にある一角へ連行された。
それは、少し前にヴェロニカたちが緊急会議を開いていた場所でもある。一団とは、ヴェロニカに加え、先程ヴェロニカの後ろにいた人物たちだ。身なりの良い者たちが、この街に住み貴族の当主たちで鎧の兵士が兵士長。厳つい男がナルキーソ支部の支部長だそうだ。
未だに動けないシャルロットや血や泥まみれの俺たちは、一度ヴェロニカ屋敷に連れていかれ、メイドたちによって綺麗にしてもらい。新しい服に着替え、俺とリーゼロッテだけが冒険者ギルドへ訪れていたのだ。流石に動けないシャルロットを連れて来るわけにいかないので、ヴェロニカの屋敷の一室で横になっていた。
「君たちがいない間に、ゲロルト氏から事のあらましを聞いたが、一応君たちにも聞いておく。森で何があったのだ」
最初に聞いてきたのは、兵士長からだった。
蜂蜜採取の依頼を受け、ゲロルト共に森の中へ。暫くすると、巣の近くでハニービーを捕食する三体のマウントゴリラと遭遇。撤退を試みるも相手に存在がばれてしまい戦闘に・・・・。
レオンハルトの発言に俄には信じられない内容だ。先にゲロルトの報告や兵士たちの報告を聞いていなければ、嘘の発言をしたと罰していた可能性もあるほどだ。
彼らの戦闘技術もそうだが、北の森で何やら不穏な動きがある様子。奥地に進めばいる様な魔物が、森の中心部で現れたり、夜行性の魔物が昼間に活動していたりとここの所相次いで報告を受け、今朝方調査依頼をだしたところだった。
恐らく森の奥地にあるマウント山脈で何かが起こっている、そう判断せざる負えない。マウントゴリラの出没もそれが原因かもしれないし、マウントゴリラ自体が原因だった可能性もあるが、安易な方向へ考えると取り返しのつかない事態になると議論が始まる。
話し合い?の結果、マウントゴリラが原因だった場合は、事態が自然に終息するだろうとの事で、暫く警戒態勢を強めつつ様子を見る事になった。また北の森への出入りに制限をかけ、再度高ランクの冒険者に調査依頼を出す事になった。
出入りに制限を掛けたのは、森の中でFランク冒険者やEランク冒険者等、複数の遺体が発見されたとの報告を受けたからである。レオンハルトたちと遭遇する前にマウントゴリラに殺されたのか、討伐された個体とは別の個体かは判断が出来なかったからである。
「それでだ、レオンハルトにリーゼロッテ、此処に居らぬシャルロットたち三人が居なければ、この街はどうなっていた事か分からない。皆を代表して礼を言う、ありがとう」
十日程の付き合いだが、今までこの様な態度を見せた事のないヴェロニカに驚きつつも答える。
「自分たちではなくても、この街には優秀な兵士や高ランクの冒険者の方々がいますので、どうにかなったようにも思います」
その後は、報酬をどうするか。マウントゴリラを単独で倒せる者をIランクのままにしておくのか等話し合いが起こり、そのあたりの事をもう少し話し合うとの事で、俺とリーゼロッテは退出させてもらった。午前中だけで、ほぼ体力や魔力、気力等が殆ど消費してしまい。今は少しでも横になって動きたくないと言う思いが強いからだ。
ただ、だらけたいのではなく、本当に身体が悲鳴を上げているのだ。魔力欠乏症になりかけている証拠ともいえる。重い身体を無理やり動かしているので、疲労度は更に増す。
ヴェロニカより、屋敷に泊って良いとの事で、そうさせてもらう事にした。
シャルロットが既に休んでいるのもあるが、宿屋まで戻るよりも屋敷の方が近いからだ。
冒険者ギルドでの説明に思いのほか時間が経過しており、外は大雨となっていた。雨の中帰らないといけないのかと、げんなりしている所に馬車が冒険者ギルドの入り口横で待機していた。
「レオンハルト様、リーゼロッテ様。此方の馬車にお乗りください。屋敷までご案内いたします」
馬車の前に立っていたのは、ヴェロニカの執事アルノルトだった。
疲弊しきっている二人の為に態々馬車を用意していたようだ。
しかもこれまで乗ってきた屋根のない軽馬車や幌を張った幌馬車の様な物ではなく、貴族などが使う箱馬車だ。アルノルトが箱馬車のドアを開き、彼らに入るよう促す。
有難いので、箱馬車に乗せてもらい屋敷まで送ってもらう。アルノルトは、一緒に乗っているが、御者は雨に打たれていたので、色々復活したらお礼をしようと決め、気が付けば馬車の中で意識を失っていた。
翌朝、見知らぬ天井を見ながら目を覚ました。宿屋より断然広いこの部屋は何処だろうと考えたが、昨日ヴェロニカの屋敷に向かう途中からの記憶がない事に、箱馬車の中で気を失い屋敷の部屋で寝ていたと言う事なのだろう推測した。
ふかふかのベッドで寝たのは、何年振りだろう。と感動を味わいながら、窓の外を見る。何となく朝なのだろうが、天気が悪く外は土砂降り状態。太陽の光どころか、暗雲が空を覆いつくしていた。
傍の机に気を失う前に着ていた服が綺麗に洗濯された後、畳んで置いていたので、其方に着替える。その他の装備は、革のブーツに短剣、魔法の袋、脛当てに予備のレザーアーマーも置いていたが、脛当てとレザーアーマーは魔法の袋の中に入れる。
それ以外は身に着け、扉の前まで行くと人の気配があった。
開けて確認したところ、メイドが二人待機しており、目が覚めたら食堂へ案内するように言われ、ずっと待っていたようだ。申し訳ない事と思い謝ると、それも仕事のうちなので大丈夫ですとメイドたちに言われる。
食堂では、この屋敷の当主ヴェロニカ・イーグリット・フォン・ヴァイデンライヒが席について食事をとっていた。その隣にはシャルロットの姿も見られ、無事回復したのだと安堵する。リーゼロッテの姿は見えない。メイドによって案内された席に座る。
屋敷に泊めてもらった事のお礼を伝えると、ヴェロニカからそのような事は気にしないでほしいと言われる。逆にマウントゴリラ討伐を成してくれたことに頭を下げてきた。
ヴェロニカが頭を下げた時、食堂の隅に並んで待機していた執事やメイドたちも一堂に頭を下げる。
この空気に居た堪れなく感じるが、そのすぐ後に消化のよさそうな食べ物が出てきたので、俺たちはそのまま食事を勧めた。半分ぐらいの所で、食堂の扉が開きリーゼロッテがメイドに案内されて入って来る。
リーゼロッテも食事に加わり、食べ終わる頃に漸く昨日の話の結果を三人に伝え始めた。
「昨日決まった事だけ伝えると、今回の依頼は達成したとみなされ、報酬を用意しているので近いうちに受け取っておいてくれ。それと、マウントゴリラ三体の討伐の報酬も出ているのと冒険者ランクのランクアップも行うそうだ。此方は簡単な実技試験を一応形式上として必要との事で行ってもらう予定だ。その他には、マウントゴリラの素材を売ってほしいと商業ギルドの連中がお願いに来ていたから、それは君たちに任せるよ」
決まった事を次々に伝えられる。
マウントゴリラの素材とはどれの事を指すのだろう?と考えていたが、まあ何処の部分を何に使うのか聞いてから売る量を決めよう。
それよりも問題は、装備一式だ。戦闘用の服はあっちこっち破れたり裂けたりしていたし、泥や血でかなり汚れてしまっている。メインで使っているハーフプレートもひびが入り使い物にならない。武器に至ってはそれこそ新しいのを新調しなければ、誰一人としてまともな戦闘が行えないのだ。
レオンハルトの刀は半ばから折れてるし、シャルロットの弓も真ん中あたりから折れ、全体に細かなひび割れもしていた。リーゼロッテの剣自体は折れていないが、かなり刃がかけてしまっていて、研ぎ治すぐらいなら新調した方が早いぐらいだ。
ヴェロニカから今後の事を尋ねられ、今日中に冒険者ギルドにより報酬を受け取った後、商業ギルドに足を運び売買。宿屋の中で水薬の作成など行い。雨が止んでからイリードに武器を買いに戻ると伝える。シャルロットとリーゼロッテの武器は、この街の武具屋で見てどうするか判断するが、できればトルベンに二人の武器も作ってもらいたいのだ。
リーゼロッテたちは、前使っていた鉄の剣と短弓で良いと言われたが、今回の様な突発的に上位の魔物と遭遇してしまうかもしれないので、できれば性能の良い物を装備させておきたい。そんな、何処にでも置いている様な一般的な武器ではなく。
昼過ぎには、ヴェロニカの屋敷を出る。土砂降りの雨の中、雨具を着て出発した。
宿屋に戻る前に冒険者ギルドへ立ち寄る。蜂蜜採取のお手伝いの報酬に大銅貨一枚と採取した蜂蜜を容器いっぱいに分けてくれた。そして、マウントゴリラ討伐の報酬が金貨五十枚、正式な依頼ではないが緊急依頼が発令していたため報酬がただの討伐証明に比べれば多少高くなっている。これが正規の依頼であれば金貨七十枚近くしたそうだがそれは仕方がない。
また、冒険者と言う事で気持ち色を付けてくれているらしいが、受付の職員に微々たる物ですみませんと謝られてしまった。
その足で、商業ギルドへ赴く。
商業ギルドは、主に商売を生業にする者たちを管理する元締めの様な存在だ。道端での露店や店舗による販売など一応許可がなければ禁止されているようなので、お店の者たちは販売許可証や一時販売許可証等をお店の分かる処に出している。これがないまま露店などを開くと罰則金や最悪奴隷落ちするようなので、皆商売に携わる物は商業ギルドで許可をもらって売り買いしているのだ。
ただし、例外もある。個人同士での売買だけは特に許可がなくても行える。簡単に言えば、冒険者ギルドの中で他人から傷を治すために水薬を買い、その代金を払う行為は問題ない。言わばお店として売らなければ良いのだが、そのあたりの線引きは意外に難しい。
それ以外にも街の外、例えばマウントゴリラと遭遇した辺りとかでの物の売り買いは、許可書がなくても出来る。許可書とは、街の中のその場所で商売をすると言わば土地代の様な感じだ。
その取り仕切りを行う商業ギルドに入っていくと、これはまた冒険者ギルドとは違いかなり人が少なかった。土砂降りの時は露店などを出す人が少なく。その為その者たちの手続等に追われなくて済むので、ある意味では雨が定期的に降ってほしいと願う商業ギルドの職員たちである。
そう言えばマヨネーズの製法を教えた大手の商会・・・・・名前は確か、リッテルスト商会と言う名前だったはず。その人に商売について色々教えてもらった。これでも教えてもらったうちの半分にも満たない。それ以外の事はほぼ忘れてしまったと言うのが正しい。今の所商売をするつもりもなし、する時にもう一度覚えなおせば良いかなと言うから話半分で聞いていたからだ。
買取の窓口で売る物を伝える。すると職員は慌てて何処かへ走って消えた。これ前にも見た事がある。言わば一番偉い人が来る流れだ。
その予想は大当たりである。商業ギルドの支配人と呼ばれる人がやってくる。冒険者ギルドで言う所の支部長と同じ役職の人物だ。どこかで見た事があると思ったら、昨日会議の席にいた人物の一人だ。有力者枠の一人であろう。自己紹介を省いたので名前は知らないが・・・。
「ようこそお越しくださいました。自分は此処商業ギルドの支配人、ヴィーラント・シュミットバウアーです。どうぞよろしくお願いします」
ヴィーラントに続いて自分たちも挨拶を行い。早速、マウントゴリラの素材買取の商談に入った。
マウントゴリラの素材としての価値は大きく、皮はなめして防具の裏側に縫い付ければ、防寒効果と防御力を大幅に上げてくれるそうだ。内臓器官の幾つかは特殊加工をすれば、薬になるし、肉はそのままでは筋張っていて非常に硬いそうなので、一度ブロックごと茹でて取り出した所に細かい切り込みを入れていく、そうすれば少し硬いが食べ応えのある肉になるそうだ。
骨も特殊な液体に浸しておき、武器や防具の材料として使用したり、馬車の骨組みの一部や漁船などの舟の一部に使われるらしい。
骨や肉は問題なさそうだが、皮に関してはかなり素材としての価値が下がりそうだと判断するレオンハルト。
言わずもながら、レオンハルトの討伐したマウントゴリラはかなり斬り刻まれているし、シャルロットの方は穴だらけだ。リーゼロッテも火属性魔法で色々な場所が焦げている状況なの防具の裏地に使えるか非常に微妙なところだ。
一応その事も相手に伝えると、現物を見てから判断する事となった。
商業ギルドの裏手にも大きな倉庫の様なところがあり、そこには冒険者ギルドから買い取った素材や物がたくさん置いてあるそうだが、肝心の解体場所はないとの事なので、向かい側にある冒険者ギルドの買取倉庫兼解体場所に移動する。冒険者ギルドと商業ギルドは元が同じ母体であるため、犬猿の仲だったりすることはないそうだ。
実の所、冒険者ギルドの買取の窓口で同じ手続きをしても、結果は同じだったそうだ。それは向かう途中で支配人自ら教えてくれた。いまいち違いが判らなかったので、詳しく聞いた所・・・・要は、加工前の素材の買取は冒険者ギルドで、加工後の買取や加工がいらない物の買取は商業ギルドで行うそうだ。魔物や獣の買取は基本冒険者ギルドで行うのだと言う事らしい。この辺りは冊子にも書いていなかったので分からなかった。
解体場所まで訪れ、三体のマウントゴリラを魔法の袋から取り出す。
解体の準備をしていたギルド職員や支配人は、その大きさに驚きを隠せなかった。
巨体をある程度の大きさに分けて持っていると勘違いしていたからだ。二体は、ほぼそのままの姿で、一体は腕と頭部を欠損しているぐらいで、ほぼ大きさ的には変わらない。欠損させた腕と頭部も勿論出しておく。血抜きなどの時間がなかったが、魔法の袋の中では時間の経過がない為、マウントゴリラの死骸はまだ少し温かみを持っていた。
「・・・・す、すごいですねー。でもこれぐらいの損傷ならそれ程価値が下がったりはしません」
本当にそうなのだろうかと思ったが、過去に大暴れをしたマウントゴリラは、これ以上に損傷が酷く半分近くが使い物にならなかったそうだが、此処にあるマウントゴリラは、八割以上使える所があると言っていた。皮の方も一枚物の方が価値は高いが、数枚を組み合わせて一枚にする方が多いので、損傷の少ない個所をなめし防具の裏地にするそうだ。
結局、一体当たり金貨六十枚と言う価値になり、三体とも売った。因みにレオンハルトが切り取った腕は、此方で使うとの事を申し出たら、問題なく了承してくれ、差額を引かれることもなかった。
その後、二日ほど雨が降り続いていたが、三日目には再び太陽が顔を出し、雲一つない快晴となったので、イリード行きの馬車に乗り込んだ。
雨の間にランクアップの試験も受けたが、格上のランクの人との戦闘の結果でランクアップが決まるそうで、皆メイン武器を失っている状態でありながらも、問題なく合格した。
武器を使わず、素手での戦闘で倒した事に相手は少し悔しそうにしていた。
ランクはIランクからGランクへ。二つもランク上げる事が出来たのだ。
イリードまでの道のりは特に問題が起こる事もなく六日程でイリードの街に到着した。
空間魔法『短距離転移』を使えば一瞬で戻れるが、マウントゴリラの件で悪目立ちしてきているので、転移系の魔法を隠す事にしたのだ。魔法の袋に入る物量でも支配人が驚いていたので、余計に秘匿しようと思う。
かなりの量が入る魔法の袋に転移系の魔法。戦闘技術や魔力の高さ。これらの事が一人の人間で行えると知られれば碌な事になりそうにない。空間魔法に関する魔法は自分たち以外には未だに使っているのを見た事がないからだ。
懐かしい街並みにそれ程時が経っていないのにも関わらずそう感じてしまうのは、それほど濃密な生活を送っていたと言う証であろう。
宿屋の手配を後回しにして、先に武器の調達のためにトルベンの工房へと向かう。
「いらっしゃいませー」
刀の売れ行きが良く、トルベンの工房も最初の時に比べかなり拡張されている。店舗の方も新しく作り直すぐらいに繁盛し、弟子も今は八人近くいるそうだ。
そんな大きくなった店舗の方へ入るとトルベンの奥さん、ペートラが明るい笑顔で対応してくれた。
来店したのが俺たちだと気が付くととても気さくに話しかけてきた。
「久しぶりだねー最後にあったのが半年ぐらい前か?」
「ええ、そのぐらいになりますね。所でトルベンさんは工房ですか?」
半年前に水平二連銃の材料となる素材を此処で仕入れて以来、来ていなかった。刀のメンテナンスは此処に訪れた時はお願いしているが、基本は自分でメンテナンスしている。
レオンハルトの問いかけに少し言いにくそうな表情を作るペートラ。何かあったのかと思い事情を聴くと。
「旦那は今、王都に出かけているのよ。何でも王都にいる大貴族がカタナと言う武器を見てみたいとの事で、数十本ほど持って弟子二人と出かけているのよ」
しかも、聞けば出発したのが一昨日との事だ。なのでまだ、王都には付いていないが、帰りは半月後ぐらいになると言われた。
刀のメンテナンスであれば残っている弟子でも出来ると言われたが、メンテナンスできたわけではない事を伝える。
魔法の袋から取り出した刀と鞘をペートラに手渡す。それを受け取ったペートラは、鞘から抜く事なく変化に気が付いた。恐る恐る鞘から刀を抜くと予想通りだったのか、あまり驚きはしなかった。半ばから折れてしまった刀を眺め、打ち直しをしても意味がないと判断する。
それ以外にもシャルロットの短弓やリーゼロッテの鉄の剣も取り出し渡す。此方の二つも損傷が激しく、武器としては既に使えないレベルに至っていた。
「これは・・・・確かに旦那がいないと話にならないわね」
どちらも修復できる状態ではないので、新しく購入する方向で来ているのだが、ペートラもそれを察して新規の武器の制作を考えての発言だった。
店舗には、同じような武器は置いているが、刀に関しては鉄のみで作った刀しか置いていなかった。
「剣と弓は、同等の性能の物はあるけど・・・それでは満足しないのでしょ?」
その問いかけに頷く。店舗の中には鉄の剣を始め、ウーツ鋼で作った剣やミスリル鉱で作った剣もあったが、リーゼロッテが使うには少しばかり大きい。何せまだ身体は十歳の子供だ。魔法で身体能力を強化し剣を使う事は出来るだろうが、長さがかなり長くなってしまう。
現状、リーゼロッテが使用していた剣は、トルベンと刀を制作した後に再度訪れ、リーゼロッテの長さに合わせて作られたものだったのだ。短めの剣よりは少し長めの鉄の剣で、重さも少し減らしてもらっていた代物だ。
リーゼロッテは、レオンハルトの作成した短弓だったのだが、この機会に職人武器に変更しようと考えていた。俺を含めた三人が此処に合わせた武器の作成を依頼したかったのだ。
「そうね・・・・そう言えば、旦那からあなたに渡してほしい物があるって言ってたわね。ちょっと待ってて」
ペートラは近くに居た従業員に声をかける。従業員はそのまま何処かへ消えると此方へ戻ってくる。どうやら従業員に取りに行かせたようだ。
そして、従業員が戻ってくると一本の刀をその手に持っていた。真っ白な鞘に薄い緑色の装飾が鮮やかに彩り、柄も色染めをしたのであろう真っ白にしていた。従業員からその刀を預かり、ペートラの許可をもらい抜刀する。
現れた刀身もまた少し白味がかった様な銀色に荒れ狂うような波紋をした見事な出来栄えだった。重さ的には以前の物より少し重く、長さもやや長めの刀だったが、前に比べて問題ない重さと長さであった。
少し、素振りもさせてもらうと、いとも簡単に振る事が出来、その剣速から風を切る音が良く聞こえた程だ。
前より重いのに振りやすいと言う疑問をペートラが説明してくれた。
「振りやすくなっているのは、カタナのバランスを変更したからだそうよ。強度も以前より遥かによくなっているし、あなたの成長に合わせて作った代物だからね」
なるほど、バランスの調整か。以前は制作する事と強度さや重さを重視していたから拘らなかったが、バランスを変えるだけでここまで変化するのかとその刀を見ながら感心する。
そう言えば、渡してほしいと言っていた気がするが、どういう事なのか尋ねる。
何でも、珍しい鉱石を入手し、それを使ってレオンハルトの新しい刀作りをする事にしたようだ。身体の成長から考えても後一、二年もすれば今の刀では物足りなくなると踏んでの事だ。
その時に合わせて作っていてもいいが、試作として一本打つことにしたらしい。
その珍しい鉱石・・・白鱗鉱石と言う白い竜の鱗の様な表面の鉱石で、昔使った結晶石と同じ様な効果を持ちながら強度はウーツ鋼並みにある。ベースを鋼より硬いクロム鋼にし、ミスリルの剣の作成時に出たミスリルの粉末と魔法の粉を混ぜたオリジナルの粉末。そこに先程の白鱗鉱石加えを熱して幾重にも折り曲げては叩きを繰り返したそうだ。
数年撃ち続けたトルベンの勘で急遽バランスにも手を加えて出来たのがこの刀と言う事らしい。
試作で作ったつもりが過去最高傑作になってしまった事に、弟子たちはかなり呆れていた。腕は確実に良くなっているが、未だに気分次第で、出来に差が出てしまうらしい。
ただ、以前の様な良品か粗悪品しか作れなかったトルベンが、良品と普通を行き来する程度にまで技術が底上げされ、良品率が上がっているとの事だから努力はしているそうだし、最良品も稀にできてしまう程の腕前になっている。
今回は、その稀を試作で起こしてしまったのだから、弟子たちにとっては何とも言えない状態なのだろう。
店に顔を見せたら渡すようにしていたようで、本人が居ないがその刀を受け取ってほしいと言われる。
タダで貰うのも申し訳がないので、マウントゴリラの腕の皮のなめし終わった物と骨を一式プレゼントする。
リーゼロッテとシャルロットの二人の武器は、トルベンが戻って来るまでの繋ぎの武器として魔鉄鉱の短めの剣とトレント系の魔物の身体で作った弓を選択しておいた。
矢も補充して、合計金額が金貨五枚もかかった。繋ぎにしては高い買い物になったが、戻ってくるまでの間にギルドの依頼をやっていればすぐにでも元は取れると考えての購入だ。それにマウンテンゴリラのおかげで懐はかなり温まっている。
最後にレオンハルトに渡した刀に銘を付けてほしいと言われ、全体的に白く美しさの中に吹き荒れる波紋から、雪風と称した。
銘が決まると弟子ではなくペートラがそれを刀の柄を外した場所に刻み込んだ。刻み込みに半刻程かかっていたが、その作業を俺たちは見つめていた。そして、銘が刻まれた刀を受け取った。
トルベンが戻ってくる頃に又来ることを伝え、一同は店を後にした。
宿屋の確保だが、これは度々使う黒猫亭で宿泊の部屋を確保し、冒険者ギルドへ赴いて依頼を探す。
適当にゴブリン討伐やワイルドボアと言うギガントボアの下位に位置する魔物の討伐等を熟し、一日を終えた。
翌日は、イリードを発ちナルキーソとは反対の西へ向かう。目的の街は商業都市プリモーロだ。此処で、良さそうな布地を買って自分たちで服を制作するらしい。最初はイリードで布地等を揃えようとしたが、折角ならプリモーロで購入してはどうかと打診したのだ。
プリモーロは布製品に優れているので、良い生地が手に入るかもしれないとの事で翌日出発する事にした。宿屋は二泊三日分支払っていたが、こういった場合の返金はしてもらいにくい。返金してくれるところもあるが、当日キャンセル扱いになるような状況ではできないと言わざる負えない。仮に七日泊るようにしていて一泊し、依頼などで後に残り二泊したら出発するとか言う場面であれば残りの三泊分の返金をしてもらえるそうだ。
まあ大した額でもないので、そのまま誰かに使わせてあげるように言って、出発してきた。
また暫くは馬車の旅が始まる。
アルゴリオト星の何処か・・・・。
月明かりすら届かぬ闇の世界。壁に備え付けてある篝火で、辛うじて部屋の雰囲気が分かる程度の明るさしか保たれていない部屋に、複数の影揺らめく。
「アルドレール王国の街にマウントゴリラを嗾けたそうだな」
影と言うシルエットしかわからない中で、それぞれが座る豪華な椅子に大理石の様な長机。そこの入口から一番遠い席から三番目に座る人の形をしたシルエットが、目の前の巨大なシルエットをした影に声をかける。
何も言わないその巨大なシルエットの人物。
物言わぬと言う事は、それが失敗したと言う証だ。
それに対して他の者たちは、表情は分からないが、興味なし等の態度をとっていた。
しかし、そんな空気を壊すように頭から二本の角が生えたトカゲの様な顔のシルエットが発言をする。
「フン。爪ガ甘イカラ失敗スルンジャ」
責められていた巨大なシルエットが、トカゲのシルエットを睨みながらその者の成果を尋ねる。
「童カ?モウジキ、ガバリアマルス王国ヲ落トセルワ」
その成果を聞き面白くない態度を表す。
現状うまく行っていない者は皆同じ様な態度をとっていたが、背中に蝙蝠の羽を生やした様な女性のシルエットは、その者たちを言葉巧みにいじり始めた。
「喧嘩を売ってんのか?このクソ女ッ!!」
「あらやだー。本当の事を言われて怒ったのかしらねーこの能無し猿は」
巨体なシルエットと蝙蝠の羽のシルエットは、席が近かったこともあり、エスカレートし始める。しかし、それを止めようと言う者はいなかった。
額から一本の角を生やしたシルエットは、只々眼を瞑り我関せずを貫き、耳が尖った女性のシルエットは、その醜い争いに嫌気が指していた。
太ったシルエットも別の者に絡みだし、この豪華に見える一室で戦場と化そうとしたその時に大理石の長机に座る人の形をしたシルエットとは別の人の形をしたシルエットが、玉座の席の前まで出てきて皆に活を入れる。
「やめんかっ!!」
それで漸く落ち着いたのか、それぞれが席に座りなおす。
「全く貴様らときたら、魔族の長が揃いも揃って喧嘩とは、一体何を考えているのだっ!!」
立っている男の注意に誰しもが言い返せない。
「まあその位にしておいてやれ。皆が騒ぎ立てるのも分かるからな」
玉座に座るその人物が話し始めると、先程まで説教染みた事を言っていた男は一歩下がりその場で待機した。圧倒的な存在感、それを犇々(ひしひし)と感じながらその人物に皆が注目する。
「喜べ皆の衆、もう間もなくだ。間もなくすれば邪神様は復活する」
その一声に歓喜の声が広がる。
「それは誠でありますか?魔王様」
魔王・・・・この世界で魔族を従え頂点に立つ人物。武力や魔力と言った力に存在感、カリスマ性どれをとっても申し分ない紛うことなき魔王と呼べる存在。
そしてその魔王が言葉にした邪神、邪道の教えを正とする悪しき神で、大昔に人族や獣人族、亜人族たちが崇める神々の手によって封じ込められた。余りに禍々しく神たちですら倒せない至高の存在、そう語り継がれており、魔族にとっては唯一崇められている神様なのだ。
後ろに立つ腹心の問いかけに愉快そうに笑う魔王。
「邪神様が復活すれば、この世界は我らの物となる。忌まわしき人間を根絶やしにしてな」
そして、それぞれ行っているある事を急ぐように言い渡す。
「手始めに魔龍帝よ。ガバリアマルスを早急に落とすのだ」
「ハッ!!直チニ」
トカゲのシルエットが席を立ち魔王の言葉を受け取り、礼を伝える。
そして、巨人のシルエットと同じように現状それ程進めれていない者たちを名指し、行動を急がせるように発破をかける。
「猿皇、不死王、赤銅豚王、巨兵王お前たちは、悪しき人間から悲鳴をもっと集めるのだ」
それに答える様席を立ちそれぞれ頭を下げる。
「鬼神お前は―――――の勇者を殺せっ!!奴はこの計画を嗅ぎ付け阻止しようと動いている」
外で鳴り響く雷によって何処の国の勇者か分からなかったが、鬼神と呼ばれた角の生えたシルエットには、何処の国か聞こえていたようで、席を立ち他の者たちと同じ様に頭を下げる。
「残る闇妖精王、魔妖妃、魔焉皇帝、冥府王、破壊魔人、お前たちは残りの封印の祠を見つけ次第破壊しろっ」
それぞれ立ち上がり一同に頭を下げる。最後に一つ残るシルエットのみが席に座っている形だ。
そして、その最後のシルエットが妖艶な笑みで魔王へと語りかける。
「俺様はどうするんだ?魔王クラウドよ」
魔王に対する言葉使いに頭を下げていた配下から一斉に睨まれるが、そんなものに興味でも無いかのように大きな態度をとる。
「邪煌大帝か・・・・お前は・・・・・好きにすると良い。いくぞリリス」
魔王クラウドは、そう言うと玉座から奥の闇へと消える。それに同行するように玉座の隣の席に座っていた魔王妃リリスは、魔王クラウドの後を追う様に奥の闇へと消えてゆく。
玉座の傍に控えていたシルエットが、解散の合図を皮切りにそれぞれ闇の中へ姿を消した。
どうも皆さん。ここまで読んでいただき誠に感謝感謝であります。
少し体調を崩してストックが寂しくなってしまったので、できる限り遅れないように執筆していきますが、遅れたらすみません。
また、読んでいただけると幸いです。