012 冒険者の仕事は、常に予想外
レオンハルトたちがナルキーソに到着して十日近く経過する。
その間は何かと目まぐるしく動くことになる。一番の原因と言えるのは、新料理開発に乗り出そうとナルキーソの領主、ヴェロニカ・イーグリット・フォン・ヴァイデンライヒ子爵にあった。
結局、新料理の開発に付き合ったり、新しく出来た調味料たちの売買契約を王都で活躍する商会と結ぶことになったり、それに付け加え冒険者として活動すると、初心者たちに捕まり講義や指導をするはめになった。
そんなこんなで気が付けば十日も経過していたと言うわけだ。
思っていた以上に疲れたのか、昨晩ぐっすり眠ってしまい。久しぶりに朝稽古をさぼってしまったと反省しながら、ベッドから起き上がる。まだ眠いのであろうか、立ち上がった時に大きな欠伸をしてしまう。
「今日は余り天気が良くない様だな」
部屋のカーテンを開け、外を眺める。いつもならこの時間太陽が昇り始めて朝日の光がナルキーソに隣接するようにある海にあたり、反射光が宝石の様にキラキラと輝くのだが、今はその面影が全く見られない。一面を覆いつくす雲により太陽の光が地上に届かない。
外で屋台などを出すお店も普段に比べて少なく。出しているお店も雨対策のできた屋台のみだった。
前世での天気予報とかもないので、何時頃降り始め、それがいつまで続くのか分からない。幸いな事に旅の途中でなかった事が救いであろう。旅の途中の雨は、視界を悪くさせるだけでなく、足場もぬかるみ易いので戦闘時は普段以上に注意が必要なのだ。それに加え火属性魔法や土属性魔法は効力を大幅に下げてしまう。逆を言えば水属性魔法や氷属性魔法、雷属性魔法などは効力が高くなるが、氷属性や雷属性は水属性と風属性の上位属性だ。使い手もかなり限られてくるので、やはりディスアドバンテージの方が高いと言える。
雲の動きからまだ雨は降らないだろうが、昼・・・いや夕方より少し前ぐらいから雨が降り出しそうなので、今日の予定を少し変更せざる負えない。
今日は、シャルロットとリーゼロッテの三人で、一日中狩りに行く予定にしていたのだ。何せ、ヴェロニカは私用があるとかで此方に顔を出さないし、初心者組は昨日の訓練の張り切りすぎで皆動けないはずだからだ。二人ほどは動けるかもしれないが、チームで動いている様なので、一人が欠けると自ずと活動できなくなる。
ナルキーソに来て未だに近くの草原や原っぱにしか散策が出来ていないので、できれば北の森か、西の方にある湖近くまで遠方しようと考えていたからだ。
どうするか考えながら、普段着に着替え食堂へ行く。
「おはよう」
「あれ?今日は遅かったね」
シャルロットに続きリーゼロッテも声をかけてくる。二人とも朝稽古を終えたのか、タオルで汗を拭きながら階段を上ってくる。
今日は、起きれなかったと素直に伝え、先に食堂に行く。彼女たちは着替えたらすぐに行くと言っていたが、恐らく身体を拭いたりして来るだろうから、もうしばらく待つことにした。
みんなが揃ってから注文をする。
「今日、どうしようか?天気悪そうだよ」
「取りあえず、冒険者ギルドに行って、午前中で終わる様な依頼があれば、それだけしようか。なければ、たまには部屋でゆっくり過ごそうかな」
レオンハルトの言葉に沿って、食後すぐに準備をし、冒険者ギルドへ向かう。
中には、普段とは違いそれなりの数の冒険者が雑談したり、情報交換したりしていた。
Iランクの俺たちが受けれる依頼を探す。何々・・・Fランク、王都までの道のりの護衛、報酬大銀貨三枚・・・・。Gランク、南の街道わきにある森林調査、報酬大銅貨・・・・。Eランク、オーク肉の回収と十体討伐、報酬・・・。Iランク、屋根の補強・・・・・。
何だろういつも思うけど、Iランクの依頼ってフェザーラビットの捕獲や薬草の採取、家や納屋の修理、御使い、漁師の網の修理の補佐等雑用系ばかりの気がする。ゴブリン討伐でもHランクからなので、本当につらい。
納品系の依頼の中にある魔物の部位とか手持ちにあるやつをそのまま依頼書と一緒に出したい気分だ。
五人以上のパーティを組んでいたら。一つ上の依頼も出来るが、現在三人だし。そもそも子供と組んでくれる様な物は少ない。特にIランクの俺たちでは・・・。
取りあえず、一般依頼には、良さそうな物がないなと諦めようとした時、十数枚の追加の依頼書を持った職員が現れた。
依頼者は引っ切り無しに来るが、来る毎に貼りに来ていたら仕事が追い付かなくなるそうで、こうして定期的に溜まった依頼書を持って貼りに来るのだそうだ。
その中で一つ面白そうな依頼を見つける。
依頼書に記載されているのは、Iランク、ハニービーの蜂蜜採取のお手伝い、報酬大銅貨一枚と蜂蜜、依頼主ゲロルト。と書かれていた。
「これいいんじゃないの?場所も北の森の入ってすぐの所だし、少し偵察と言う事でどう?」
リーゼロッテのやる気にシャルロットもどこか便乗するような眼差しを向ける。内容よりも報酬の蜂蜜に釣られている感じがするが、まあそれほどかからないだろうし問題いないだろうと依頼書を取る。
レオンハルトは、それとなく目に入った新しく貼りだされた依頼書を見る。Dランク、北の森の奥地の調査、報酬金貨一枚、依頼主冒険者ギルド。
冒険者ギルドも依頼を出すのか・・・・それよりもこれから向かう所の奥地か何かあるのか?
少し気になってはいたが、どのみち自分たちのランクでは受ける事が出来ないので、それ以上追求しない事にした。
「いらっしゃい。この依頼を受けるのね。カードを出してくれるかな」
一通りの手続きを済ませる。依頼主に会う必要があるので、依頼主の住所を教えてもらい。そこへ向かった。
北の門に近い農家の家々が連なる一角に小さな家が建っていた。教えてもらった場所と一致したため、依頼主に声をかける。
「すみませーん。冒険者ギルドから依頼を受けてきたのですがー。ゲロルトさーん、いらっしゃいますかー」
そこそこ裕福な家になれば、ドアノッカーや使用人たちが居るが、この周囲の家はその様な物を付けてはいない。なので、用事がある時は大きな声で言うか、ドアをノックしたりする。
「もう来たのか?思っていたより早かったの。ちょっと待っておくれ、直ぐ準備してくるからの」
暫くすると、蜂蜜を取る様な格好ではなく、変な道具を持ってやってくる。
不思議に思い防護服とか着ないのか尋ねると、笑われてしまった。ナルキーソに来る前の村でハニービーの蜂蜜を購入した事はあるが、その時はすでに容器に入っていた。なので、どういう風に蜂蜜を取るのか知らなかったのだ。
ただ蜂蜜を取る番組を前世で見た事がありその時と全然違ったから、どうとるのか疑問に思った。
ゲロルト曰く、ハニービーは人の半分ぐらいの大きさの巨大蜂で、分類も魔物に含まれるが、人に危害を加える事が少ないそうだ。危害を加えるとしたら、産卵時か巣を破壊した時だけらしいので、手に持つ道具はその巣を壊さずに蜂蜜を取る物なのだそうだ。
蜂蜜を取っても怒ってこないのかと言う質問には、巣自体が大きいからその一部を貰っても怒ったりはしないと言う答えだった。
ミツバチやスズメバチでも巣はあれほどでかいのだから、ひょっとしたら物凄いでかいのではないかと少し不安になる。
そして、門の外へ出て森の近くまで歩く。
此方の森は奥地には恐ろしい魔物や凶暴な獣がいるそうだが、森の入り口付近は、人間を襲って来る様な魔物はいないらしい。いるとしても、野犬ぐらいらしいが、流石にハニービーの巣の近くには来ないのだとか・・・。
「この先にハニービーの巣があるんじゃよ」
森に入ってちょっと歩いた距離で、道具を一生懸命運ぶゲロルト。
その時、一瞬空気が震えたのを感じた。
(何だろう?すごく嫌な気配がする。シャルとリーゼも感じ取っているようだな)
森に入ってそれ程経っていないのに重い雰囲気は異常だ。すぐさま、魔法で状況確認を行う事にする。
「動かないで、何か嫌な感じがする・・・シャルとリーゼは周囲を警戒。ゲロルトさんは何時でも逃げれる準備をしておいて」
そう指示を出すと手を前に出し、『周囲探索』を発動。
ちょうどこの位置からギリギリ見えない辺りに何か動く物体があった。
「・・・・あれはなんだ?猿ではないな・・・・ゴリラみたいだが」
大型のゴリラが大きな蜂を美味しそうに食べていた。食べられているあれが、ハニービーと言う蜂の魔物なのだろう。そう考えるとゴリラがいかに大きいか理解できる。ざっくりで言えば五メートルはありそうな巨体だ。木々も軒並み高いから気が付きにくいが。
レオンハルトの言葉に今度はゲロルトが反応する。表情がみるみる青くなり、脂汗までかき始めていた。
「ゴ、ゴリラで・・・ま、間違えない、ですか?」
如何やらゴリラの魔物に心当たりがある様子。彼の様子から気配を潜めた方が良いと判断し、小声で聞く。
「このあたりで・・・現れるゴリラと言えば、マウント山脈に、せ、生息する種じゃ」
森の奥地を進むと山の麓に就くそうで、その山が連なる一帯をマウント山脈と言う名前らしい。そこは、強力な魔物の巣窟となっており、Aランクの冒険者でも躊躇うレベルの様だ。
そこに住まうゴリラ、一番弱いゴリラでも、ギガントボアやロック鳥と同格か少し格上の存在らしい魔物マウントゴリラ。マウント山脈の中腹から頂上付近に生息する魔獣ギガノガラーシャ。マウント山脈の何処かに生息していると噂される幻獣アシュラコング。といる様だ。
「仮にマウントゴリラだった場合は、一体なら何とかなるかもしれないが複数体になると全滅するわね」
リーゼロッテの判断にゲロルト以外の二人が肯定する。魔獣と戦った事がないので強さがわからないが、ギガントボアと同等なら倒せなくはない。ただ、ギガントボアの時は見通しの良い草原に直進攻撃がメインだったので対応できたし、ロック鳥の時も見通しが良い場所で、基本魔法で弱らせ倒したが、今回は違う。
地の利は向こうにあるのだ。それにどんな攻撃をしてくるのかも分からないので、余計に此方が不利。一体なら連携で対応できたが、『周囲探索』で分かったことは、ゴリラが三体いると言う事だろう。そうなれば一対一で戦わなくてはならない状況だ。下手をすれば向こうも連携を取ってくる可能性があった。
此処は素直に引き返した方が良いだろう。戻って冒険者ギルドに報告し、討伐メンバーを組んで挑んだ方が良いと判断した・
しかし、此処で彼らは失念していた。もう少しで視界に納める距離にいるのにもかかわらず、気が付かなかったのか、気配でもそうだが、ハニービーが捕食されていれば嫌でも臭うはずだった。獣臭や昆虫独特の臭いを。
後方からわずかに流れる風でその事に気が付いたが、それは同時に向こうにも存在がばれたと言う事だ。
俺たちは風上に立っていたのだ。
「やばい!!ばれたっ急いで逃げろ」
慌てて走る四人だが、マウントゴリラからすれば、些細な距離だ。足を地面に就けるだけで地面を揺らすその移動は、直ぐ後方まで迫っているのがわかる。
大きくなる地響きのタイミングに合わせてレオンハルトは、身体の向きを変え刀に手を添える。神速の抜刀術による斬撃を飛ばす技、神明紅焔流抜刀術『光翼閃・改』本来は斬撃を飛ばすなんてことは出来ないが、それを可能にする世界なので、本来の技の改良と言う意味でその名前を付けている。ただ、技を使う時に技名を口にしないので、改が付いていようが付いていまいが関係ない。
飛ぶ斬撃を周囲などの木に捕まり着地のタイミングや着地地点をずらし、意図もたやすく躱した。
身体強化魔法を全力で掛け向上させるが、その後の二撃、三撃と飛ばす斬撃を見事に躱されてしまう。ただ、それはレオンハルトも分かっていた事。本当の狙いは回避できない程の攻撃魔法を撃つことだ。
火属性魔法だと森林火災になる可能性もあるので、土属性魔法『岩石爆破』を無詠唱で発動。百以上の大岩を相手に撃ち込む。
攻撃の手は止めない。そのまま水属性魔法『水刃斬破』と風属性魔法『真空斬閃』も追加で次々叩き込む。撃ち込まれた先は砂埃と魔法でよくわからない状況だが、それでも撃ち続ける
「先に行け―――ッ!!」
ゲロルトたちに意識を持って行った瞬間、三体のマウントゴリラが三方向へ飛んで襲って来る。
どのマウントゴリラも攻撃体制へと入っており、レオンハルトに避ける隙を与えない。
「『暴風の障壁』」
シャルロットの魔法がレオンハルトを中心に発動する。球体状の風の防御魔法が、マウントゴリラの攻撃を防ぎ、三匹のマウントゴリラ大きく後方に跳び、様子を見るかのように此方を睨みつける。
「シャル。助かった」
マウントゴリラの全長は、予想よりやや大きく約六メートル前後あった。全身剛毛の赤茶けた色に、一本一本が巨木を思わせる様な太さの手足。その巨体からは想像できない速さで動く巨大なゴリラ。
この時は、マウントゴリラなのか。上位種のギガノガラーシャやアシュラコングなのかは、分からなかったが、後ろで叫んでいるゲロルトによってその個体が何なのか判明した。
「マ、マママ、マウントゴリラだぁぁああああああああ」
「これがマウントゴリラか。いやーギガントボアと同等ならどうにかなるかと思ったが、どうにもならないわ。普通に強い」
三人は武器を構えて、迎撃できる態勢でいる。当然三人とも身体強化魔法を最大にして発動。警戒も一切緩める事がない重い雰囲気。
すべての感覚を研ぎ澄ませている三人は、この場の空気の重さと静まり返る雰囲気の寒さで少しずつ精神力を削られる。
先程まで騒がしかったゲロルトは、三人が臨戦態勢に入った時にレオンハルトの魔法で後方に吹き飛ばされてしまった。距離が出来た事ですぐに木の陰に隠れ、その行く末を見守っているのだ。
その空気が変わったのは中央にいるマウントゴリラの雄たけびだ。
「ンゴオオオオォォォォォォ」
ビリビリと肌を刺激する様な空気の振動と同時に先程捕食していたハニービーの死骸の一部が口から飛び出して周囲へ撒き散らす。マウントゴリラはそんなつもりはなかったのだろうが、食事中に叫んだことによる副次的効果だ。
食べかけの物体を裁くと他の二体のマウントゴリラが攻撃を仕掛けてくる。
油断をしたわけでも、隙を作ったわけでもないが、それでも反撃をするタイミングをわずかに後らされ、止む追えず跳躍で回避する。
跳躍した先には雄叫びを上げた個体が目の前に現れ、ちょこまかする虫でも叩くかのような平手打ちをする。
風属性魔法『飛行』で避けようとするも攻撃速度の方が早く、直撃を受ける。そのまま奥の大木へと吹き飛ばされ、身体がめり込むと口から空気と共に血を吐く。
無属性魔法『魔法障壁』と同じく無属性魔法『魔法鎧』で攻撃力の半分以上は打ち消したが、それでもかなりのダメージを受けてしまう。
最初の一撃を避けたリーゼロッテも、レオンハルトがやられた事で援護に駆けつけようとしたが、目の前に振り下ろされた剛拳の衝撃波で、レオンハルトとは反対の方向へ軽く吹き飛ぶ。
いきなり前衛の二人が倒されるが、二人が動けない事で逆に冷静になり、打開策を探す。
マウントゴリラとの距離を保ちながら、光属性魔法『閃光』を使い一時的な隙を作りだし、怯んでいる間に二人の治療を行う。
『範囲治癒』指定するエリア全域にいる人を回復させる魔法だが、回復力は『治癒』より少し高い程度だ。
暖かい光に包まれて、レオンハルトは目を覚ます。気絶をしていたのではなく、脳震盪を起こしていたのだ。
如何にか、大木から這い出ると地面に落としてしまった刀を回収する。
マウントゴリラ三体は執拗以上にシャルロットへ攻撃をしようとするが、シャルロットの後方からの射撃だ。近づかせないよう位置取りを考えながら回避していた。
注意を此方に向けるため、『岩石爆破』を再度撃つ。注意が逸れていたのもあり数発直撃する。
反対側からはリーゼロッテの放つ『火球』が炸裂。シャルロットも自分から注意が外れた事により、木の上から『空気砲』を撃ち込む。三方向からによる魔法攻撃の連続攻撃。
ロック鳥辺りであれば、とっくの昔に倒している勢いだが、どうも決定打には程遠い感触を三人は感じていた。
三体のマウントゴリラはそれぞれ防御態勢を取った状態で、近くに落ちている物をレオンハルトたちに向かって投げる。
それを躱しながらレオンハルトとリーゼロッテは地上から、シャルロットは頭上からの攻撃を続ける。
木の陰に隠れてみていたゲロルトは、その戦いの凄さに驚きのあまりただ茫然と眺めていた。
無差別な投石に回避する方も難しくなる。何せマウントゴリラの三体のうち二体は防御態勢を捨て、攻撃を食らいながら反撃してくるため、攻撃の手数が増え、避ける事にも注意をしなければならなくなった。
そこからは、簡単だ。緩んだ攻撃網を最後のマウントゴリラが強引に切り崩しに掛かる。三対三の構造から一対一の構造に変化した。
再びお互い距離を保ったまま膠着状態が続く。三人は絶え間なく打ち続ける魔力の消費と体力、精神力の消費を整え、マウントゴリラは攻撃を受け続けた事によるストレスで怒りを少しずつ上げていた。
そして、怒りが最大になったのか、ナックルウォーキングと言う四足歩行の姿勢から二足で立ち上がり、両手で胸をおもいっきり叩き始めた。一打一打胸を叩く音はまるで、打ち上げ花火の様な大きな音を立ててレオンハルトたちを威嚇した。
俗に言うドラミングと言うゴリラ特有の威嚇行為だ。
「ウホ!!ウホウホ!!ウホウホヴゥホオォォォオオオオオ――――っ」
三体のマウントゴリラのテンションが怒りと共に最大になり、その勢いのまま第三ラウンドが始まる。
・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・・
「ンゴォォォオオオオオオオオ」
先に動いたのは、マウントゴリラの方だ。マウントゴリラの攻撃は単純だが、威力が高く速さもあるため。初見では、不意を突かれ二度目の攻撃を許してしまったが、今は一対一。攻撃の動きをよく見極めればどの軌道で攻撃が来るか大体予想が付く。特に最初の時の冷静さを失った者の攻撃はより単調になりやすい。
繰り出す剛拳を躱しながら、尽かさず刀による斬撃で少しずつ相手に傷を負わせる。
シャルロットも魔法の矢と普通の矢の混合攻撃で翻弄していた。手数の多い風属性の魔法の矢『風の矢』に、普通の矢に風属性魔法を付与させ貫通力を高めた『貫通の矢』。硬質な鎧に近い剛毛と筋肉は、魔法の矢では殆どダメージらしいダメージが与えられず、『貫通の矢』だけでは簡単に避けられてしまう。そこで魔法の矢で牽制しつつ、防御力の薄い個所を狙って『貫通の矢』で狙い撃つ。
眼や指の間、関節部など幾つも狙い突き刺さる毎に苦痛の叫びをあげる。
リーゼロッテは、突進してくるマウントゴリラの背後で、火属性魔法『大爆破』を発動させ、背中に大ダメージを与えるとともに、勢いの付け過ぎで前のめりに転げる。そのまま剣技と魔法で動けない状態のマウントゴリラに攻撃を仕掛ける。当然、相手も我武者羅に攻撃をしてくるが、それをギリギリの所で躱し、攻撃を続けた。
段々優勢になったのも、彼らが相手の動きに慣れ始めた事が大きいが、一番の理由は相手に連携を取らせない事だろう。あの巨体で、なお立体的に動けるマウントゴリラの連携は、この森での戦闘にかなり優位な立場と言えた。恐らく三対三のままなら、まだマウントゴリラに分があったが今は一対一の状況だ。
相手がそれに気が付く前に倒す。
一方、ナルキーソの北門では・・・。
突如発生した地響きの後に激しい戦闘音が聞こえ、門の外にいた者たちはパニック状態になっていた。馬車馬は暴れ、人々は街に入ろうと流れ込んでいる。
異変に気が付いた門の兵士たちもチェックを後回しにして、外の人たちを中に入れる。
「全員警戒態勢ッ!!ハイアーマンとザイツは門の近くに居る人を中央地区へ避難させろ。ニコライっ!!お前はすぐにこの事を領主様にお伝えしろ。他の者は直ぐに武器を持って門の外で待機」
指示を出した直後に身体の芯にまで響くような激しい爆音がナルキーソまで響く。その爆音の正体は、三体のマウントゴリラによるドラミングだと言う事は、後に分かった事だ。
中央地区へ馬で駆ける門兵ニコライは、丁度騒ぎを聞きつけ外に出ていた領主ヴェロニカ・イーグリット・フォン・ヴァイデンライヒの姿を見つけると、膝間付く様にして北門の状況を説明する。
子供たちが泣き喚くのを親たちがあやしているが、それほど事態が不味い事を物語っていた。
「アルノルト。すぐにギルドへ向かう。そこの兵士も付いてこい」
ヴェロニカは、アルノルトと門兵ニコライを引き連れ、冒険者ギルドまで足を運ぶ。その際中に街の中を巡回する兵士と遭遇。彼らも異変に気が付き北のメイン通りに駆けつけたようだ。その兵士たちにこの街の貴族や有力者たちをギルドへ来るよう言伝を行った。
冒険者ギルドにたどり着くと、そこでも事態の把握に覆われたギルド職員や何事かと慌てふためく冒険者たちで溢れていた。
一人のギルド職員が、ヴェロニカの存在に気が付き、そのままギルド支部長の居る部屋へ案内する。
普通、緊急事態が起これば兵士たちが集う建物に貴族や有力者たちを集めるが、此処の場合は違う。冒険者ギルドの横に兵舎があるが、緊急事態などがある場合に開かれる会議用の部屋を備えていない。
緊急事態は、冒険者ギルドも動く為、其方の部屋を用いているのだ。
「支部長!直ぐに会議を開く、準備を頼む」
そして、ヴェロニカはギルド支部長と門兵ニコライと共に別室へ移動。アルノルトに扉の前で待機させ、ナルキーソを支える他の貴族や有力者たちが揃った所で対策会議が開かれた。
門兵ニコライにヴェロニカに伝えて事と同じことをその場で伝える。
「・・・・それは、恐らく・・・マウントゴリラでしょうな」
支部長からの発言で他の者たちが唖然する。過去にもマウントゴリラがナルキーソに現れた時は、かなりの被害が出た。北の外壁の崩壊、北地区の半分が犠牲になるほどの被害を支部長自ら語った。
「魔獣ギガノガラーシャや幻獣アシュラコングではなくてか?」
誰もが今回の騒動をゴリラの類の何かと判断しているようだが、その種に関して特定はしなかった。現状魔獣ギガノガラーシャや幻獣アシュラコングより弱いマウントゴリラであると信じたいが、どれにしても被害が出る事は明白だ。
その答えは支部長ではなく、兵士長が答えた。
「それは無かろう。その二種のどちらかが森の近くに来ていれば、サイズ的に分かるし、そもそも悠長な会議を開く時間すら無かろう。それに戦闘音が聞こえたと言う事は、少なからず誰かが遭遇して戦っていると言う事。魔獣はともかくとして幻獣に挑む者はおらんよ」
その回答は実に説得力があった。その証拠に他の者たちも一様に安堵の表情を見せていたが、そこで更なる疑問が起こる。
「その誰かと言うのは誰じゃ?」
門兵に訪ねても分からないかもしれないが、数人が門兵ニコライをみる。
彼は門兵の駐在所で仮発行の手続きをしていたため、行き来する人間のチェックは行っていない。仮にしていても恐らく特定は難しい。
それを理解している兵士長がそれは難しいだろうと説明する。大物貴族や名の知れた有名人でなければ、記憶にとどめておくことは難しいと・・・。
それに、ナルキーソに到着寸前の所で戦闘になった可能性もあるからだ。
「支部長の方では何か掴んでいないのか?」
マウントゴリラと戦える者など騎士団の精鋭部隊か、一流の冒険者たちぐらいだ。騎士団は基本王都にいるので、可能性とすれば冒険者だ。なので、心当たりの人物がいないか尋ねた次第だ。
「北の森の調査にDランクの冒険者を今朝方依頼はしたが・・・・少し待ってくれ」
そう言って部屋を出て何かを取りに行く。
少しすると数枚の紙を持ってやってくる。
「先程の依頼は、蒼剣の煌きと言う名のDランクのチームが受けているな。後は北の森のオーク討伐にFランク冒険者の――――。同じく北の森のゴブリン討伐に――――――。最後が、蜂蜜採取の依頼にIランク冒険者のレオンハルト、シャルロット、リーゼロッテの三名が受けています。それ以外で北に行きそうな依頼書はなかった。依頼とは別で向かった者はわからぬが」
「い、今・・・今何といった?」
ヴェロニカの様子が急におかしくなる。席を立ち、支部長の持つ紙を奪い取るとそれを自分の目で確かめる。
レオンハルト。シャルロット。リーゼロッテの三名が受諾と・・・。
「お知り合いでもいたのですか?」
支部長は、ヴェロニカの様子から知り合いがいたのだろうと当たりを付けた。
それに対して返事はしなかった。ショックがあまりにも大きすぎたのだ。僅か十日程しかない繋がりだが、彼らのおかげで色々な事を知る事が出来たのだから。
「可能性としてはその・・蒼剣の煌きとか言う冒険者が辛うじて食い止めていると言うのが、一番ありそうな事ですな」
貴族の一人がそう放つと別の誰かも同調する。
兵士長は、現状を見て食い止めているうちに兵士や冒険者たちを集め討伐しに向かった方が良いと支部長に打診。支部長も同じ考えだったようで、肯定したのち領主であるヴェロニカに最終確認を行った。
了承を得たら、それぞれ自分の持ち場に戻る。兵士長は兵舎に戻り、集められるだけの兵士を北門へ行くように通達。支部長は、緊急依頼を発令。対象をEランク以上は森へ、それ以下は北門の守備にあたるように言い渡す。
そこから暫くして北門に多くの兵士や冒険者が集まった。
激闘は尚続いていた。
無作為に殴り掛かるマウンテンゴリラに、ギリギリの所で拳を躱す。二撃、三撃と襲い来る剛拳に当たれば致命傷は避けられないそんな攻撃をも躱しきる。
シャルロットやリーゼロッテも似た様状態が続いていた。
ゲロルトが木の陰で茫然と見守る中、優位に立っていたレオンハルトたちの均衡が崩れた。
「きゃあああああ」
シャルロットの相手をしていたマウンテンゴリラが、倒れた木を持ち上げそれを彼女に向けて殴りつけたのだ。渾身とも思える一撃で木が粉砕され、その破片が彼女を襲う。まるで刃物の様に先が尖った木の破片を捌き切る事も避ける事も難しいと判断し、『魔法障壁』で防いだ。
すると、いつの間にか別の木に攀じ登り、気が付けばマウンテンゴリラの攻撃範囲内に入っており、咄嗟に避けようとするも掴まれてしまう。そのまま握りつぶすのかと思いきや、地面に向けて叩きつける様に投げる。
地面にあたる直前、レオンハルトが飛び掴まえ、二人して地面を転がる。二人とも既に血や泥でかなり汚れているが、寸前の所で助ける事が出来たため多少の擦り傷程度で済んだ。間に合っていなければ、防御系の魔法を発動していてもかなりの重傷を負わされていたであろう。
二人とも・・・いや、リーゼロッテにも言えるが、かなりの体力と魔力を消費してしまっている。
重い身体を起こしながら、目の前の二体のマウンテンゴリラを睨む。
二体のマウンテンゴリラも満身創痍の状態で、少し休憩するかのように息を整えていた。
これ以上長引けば此方が不利か。
「シャル。あれはまだ使えるか?」
「余力は残しているけど・・・・・・相手しながらだと、ちょっと」
「俺が二体相手取っている間に準備してくれ」
危険と言いかけるもどのみちこのままだと結果は同じ、だったら勝率のある手段を取る事が得策だと自分を納得させ、後方の木の枝まで跳躍する。
シャルロットが動いた事で、二体マウントゴリラが反応をするが、追撃させない為にレオンハルトが攻勢に出る。
目を閉じ周囲の音も聞こえなくなるぐらい集中し、魔力を高める。その間、二体のマウントゴリラの攻撃を縫う様に躱し、殴る蹴るなどの打撃や斬撃、魔法攻撃を絶え間なく行う。剛拳による衝撃波やかする程度でも肌が切れ、痛みが全身に響いてくるが、それでも攻め続けた。
「舐めるな――――!!」
刀を収め、目の前に迫り来る拳の一点を見つめその瞬間を待つ。そして、その一瞬を見つけると脱力した状態で構えていた手で刀を持ち抜き放つ。かなり目の前まで来ていた拳は、その一閃により大きく外され、レオンハルトの横を通過する。
神明紅焔流抜刀術奥義参ノ型『摩虎羅』。レオンハルトの使った奥義の一つで、カウンターに特化させた技だ。基本的には壱ノ型『伐折羅』に類似しているが、『摩虎羅』は相手の攻撃に攻撃すると言う離れ業で、武器等を持っていれば、その武器を斬り飛ばす恐ろしい技だ。
マウントゴリラの場合は、武器が拳なので拳の一点に最初一撃を入れ、そのまま相手の力で切り裂いていく。大きく逸らされたのは、拳を繰り出している時の拳圧が、最初の一撃で変化し、自然と拳の流れがズレたと言う事だ。
右手の親指あたりから前腕部に向けて鋭い剣閃が煌き、親指と前腕部の一部の肉を削ぎ落した。悲痛の叫びに後ろへ仰け反る形になったが、削がれた場所へ追撃の一閃を入れる。硬い筋肉も削がれてしまっては効果が薄くそのまま右腕をごっそり斬り飛ばした。
怒り狂った左手からの拳を後方へ飛んで回避。その直後に無数の矢が二体のマウントゴリラを襲う。
シャルロットの切り札、風属性魔法『風精霊の化身』を使用し、自分自身に強力な精霊を纏わす魔法だ。精霊魔法とも呼べなくはないが、実際に使うのは風属性魔法なので、分類上は風属性魔法で良いと思う。何せこの技はシャルロットのオリジナルの魔法だ。
そして、この魔法自体単体で発動させてもそこまで効果はない。あるとすれば身体強化が更に上乗せした事と見た目が大幅に変わる事ぐらいだ。髪の毛の色が紫から緑がかった白になり、肩まであるストレートがお尻の辺りまで伸びややウェーブが掛かった状態になっている。瞳の色も濃い緑へ変化し、肌の色も全体的に白っぽくなる。初めてこの状態で見る者は、その神秘的な姿に手を合わせてしまいたくなるぐらいだろう。
この魔法は、風属性魔法の威力を大幅に上げ、活その手数を数倍に増加させる能力を持っているのだ。
分かりやすく言えば風属性魔法『風の矢』を一発使用しようとすると、使用者の後方から魔法陣が無数現れ、魔法陣からも風属性魔法『風の矢』を撃つ事が出来る。しかも魔力消費は、ほとんどなく魔法陣の数や位置もある程度任意で調整できるのだ。
当然欠点もある。恐ろしいぐらいの高密度の魔力を作る事と消費する魔力量と維持する魔力量が桁違いなのだ。使用後は今の所殆ど動けなくなっているので、その四つが今の所大きな欠点だ。
風属性魔法『風の矢』の上位版『暴風の矢』。毎分五十を超える数の矢を撃つ魔法だが、それを『風精霊の化身』によって威力と数を増加、毎分千を超える矢を射抜く事が出来る魔法を現在使用している。
二体のマウントゴリラ回避し、木に登ったりしていたが、片手を失ったマウントゴリラは、片手がないせいで動きが鈍く、千を超える『暴風の矢』の餌食になる。というか、地面や木などそこら中を穴だらけにしていた。木に関してはまるで達磨落としの様に次々粉砕されて短くなった木もいくつか見られた。
逃れた方のマウントゴリラもシャルロットを危険視していたので、此方への注意が疎かになる。
抜刀術の構えから、脚に力を籠め地面を蹴る。此方に気が付く前に一瞬で目の前まで移動し、刀を抜いて通り過ぎる時には再び鞘に納めていた。
神明紅焔流抜刀術奥義弐ノ型『真達羅』。壱ノ型の様な固定系でも、参ノ型の様なカウンター系ともかけ離れた突進系の抜刀術だ。
マウントゴリラの首を切断する勢いで斬り付けたが、既に残りの体力も少なかったためか、一撃で仕留めきれなかった。しかし、『真達羅』にはもう一つの顔がある。
元々、高速の移動に加え神速と言われる抜刀の速さで態勢を崩し、反転したのち背後からもう一太刀を浴びせるのが、本当の顔だ。しかし、余りの速さに一撃目で大体終わってしまう。真価を発揮する機会が少ない技の一つでもあるのだ。
その真価を発揮する。一撃目を与えた後、そのまま木の枝を足場として跳ね返る反動で背後からもう一太刀入れる。
神明紅焔流抜刀術奥義弐ノ型『真達羅・終ノ閃』。
二撃目によりマウントゴリラの頭部は身体と分断され、地面に転がる。
その拍子に刀がものの見事に折れてしまった。この戦いで刀の消耗が激しかったのと、それだけ硬い身体だったのだと改めて理解できる。
二体目を倒した時には、シャルロットの魔法は切れており、体力と魔力の消費の激しさから木の幹によりかかるようにして倒れていた。
最後の一体がリーゼロッテと交戦している中、近くで観戦していたゲロルトを呼ぶ。気が付けば知らない武装した人たちや完全装備した兵士が、唖然として表情で此方を見ていた。
恐らく先程の戦いに援軍に来てくれたのだろうが、自分たちが入る隙がなくゲロルトと同じように観戦していたのであろう。
まだ戦いの音は止んでおらず、応援に駆けつけようとしても、肝心の刀は折れて使えないし、短剣も恐らく刃が通らないだろう。意識は残っているシャルロットに了承を得て弓矢を借りる。
「リーゼちゃんの事お願いね」
シャルロットの頼みに返事をし、その場を離れた。
「この子たちは一体何者なんだ?」
駆けつけた冒険者の一人がゲロルトに問いかけると、冒険者になりたてだって本人たちが言っていた事を伝え、周囲の人間を驚かせていた。
兵士たちの周囲には、マウントゴリラを死骸が二体と激しい攻防を繰り広げた惨状だけが残されていた。
一人の兵士が、レオンハルトの方に進みだす。それにつられて、他の面々も進む。彼らは戦いに参加できるか分からないが、いざと言う時は助けに入れるようにレオンハルトたちの元へ向かっているのだ。
兵士たちが最後のマウントゴリラのいる場所に付いた時には、レオンハルトとリーゼロッテが猛攻撃を繰り広げていた。
火属性魔法によって周囲の草木は炭となり、黒焦げの跡が幾つも残されていた。
リーゼロッテの剣技と魔法がマウントゴリラを襲い、レオンハルトの射抜く矢は、シャルロット程命中率があるわけではないが、シャルロットの弓の使い方の指導をした事だけはあって、的確なタイミングに正確に射抜いていく。
彼女に向かって振りかざす拳を『空気砲』で逸らし、別の木へと飛び移ったあと両眼を同時に射抜く。
「リーゼっ!!最後の止めをっ」
彼女に向かって叫び、最後の矢に手を掛ける。狙うは暴れまわるマウントゴリラの左腕。強烈な一撃を放つために限界ギリギリまで弓を引く。
左手の剛拳が出たタイミングを見計らったのち、限界を超える勢いで弓を引く。限界を超えて引いたためか、メキメキを弓が悲鳴を上げていたが、壊れる直前に射抜く。
神明紅焔流弓術奥義弐ノ型『韋駄天』。限界を超えた弓引きで、目視できない程の速さで飛来する矢。速さだけではなく威力も増しているため、マウントゴリラの左腕にしっかり食い込み、左腕は後方へ仰け反りそうになる。
それと同時に無属性魔法『鎖の拘束』で両足を捕まえ、強引に引く、普通にそんな事をしてもビクともしないだろうが、今は身体のバランスを崩した所だ。少しの力で相手を倒すことなど造作もない事だ。
仰向けに転倒したマウントゴリラにリーゼロッテは素早く移動、渾身の一撃をマウントゴリラの頭部に直撃させる。
頭部は半分に裂かれ、身体が痙攣を起こし始めたので、割れた頭部の傷口から脳へと剣を突き刺す。
これで、息の根を止めた事を確認し、地面に座り込む。
「リーゼ。お疲れ大丈夫か?」
「大丈夫だよ。緊張が解けたからかな、ちょっと足腰きて立てないけど」
戦いが終わったことを周囲に来ていた兵士に伝える。急に現れた兵士にリーゼロッテが変な声を出して驚いていたが、これだけの騒ぎを街の近くでしていたので救援に来たのだろうと説明する。
そうこうしているとゲロルトが此方へやってくる。
そう言えば、当初の目的は蜂蜜採取だったなと思い返しながら、今の状態ではお手伝いが出来そうにないので、ゲロルトに謝罪する。
当の本人は、気にしていない様子だったが、そんな俺たちの様子を見て、兵士の一人が代わりに手伝うと名乗り出てくれた。それに続く様に十名ほど兵士や冒険者が手伝う事になり、無残に殺された無人のハニービーの巣へ向かうと巣の中にまだ子供の個体が数体残っていたので、必要な分だけ頂戴し戻ってきた。恐らく半年もすれば子供のハニービーたちも立派に蜜集めをするだろうとの事だった。
残りの兵士や冒険者たちは、死んだマウントゴリラの積み荷を行おうと街まで馬車を取りに行こうとしたので、魔法の袋の中に三体ともしまい込んだ。
取りあえず、街への伝令の為に数人の兵士が先に戻り、残りの者たちは他に異常がないか探索をして戻るらしい。
俺は、シャルロットを背負い、ゲロルトやリーゼロッテ、同伴してくれた兵士たちと共にナルキーソへ戻った。
その頃、アルデレール王国の王都アルデレートでは・・・・。
東地区にある大きな屋敷の中へ入る二人の女性。
一人は修道女の様な格好をしており、もう一人はメイスや盾などを持った如何にも冒険者と言う身なりだ。そんな二人が屋敷に入ると・・・。
「お帰りなさいませ、お嬢様。それにローザ様もようこそいらっしゃいました」
屋敷の執事やメイドたちが玄関先で待機していたかのように挨拶してくる。此処は、王都アルデレートにあるシュヴァイガート伯爵家の屋敷である。
執事に連れられ奥の執務室へと足を運び、許可をもらった執事が扉を開け、エルフィーたちを中へ誘導する。
「只今戻りました、お父様」
エルフィーは、親子関係でありながらも、父ハイネス・クレマー・フォン・シュヴァイガート伯爵、伯爵家現当主にきちんとした作法で挨拶をする。
幼少期より厳しく指導を受けていたため、今では当たり前の様に行う仕草は、まだ子供でありながら何処か凛とした物を感じる。
ハイネス伯は、我が娘エルフィーと昔から親交を持っているフロシャウアー男爵家の娘、ローザに労いの言葉を贈る。
今回、エルフィーが修道女として、王都の東へ遠征に行くことは知っており、その遠征にローザを護衛に依頼したのが、ハイネス伯である。正確には、フロシャウアー男爵の現当主、ローザの父クリストフ・フロシャウアーにこの事を話すとローザを護衛に就けましょうと打診があり、それを決行したと言う事だ。
エルフィーもローザの事を姉の様に昔から慕っており、ハイネス伯も実の娘の様に可愛がっていた。そんなローザに畏まった対応をされると少しばかり表情が陰る。
その後は、遠征がどうだったかを聞かれ、魔物の大群に襲われて危うく命を落とす所だったと素直に話した。
この話はハイネス伯にとっても由々しき事で、この遠征を企画した義理の父オルトヴィーン・ベルント・フォン・エクスナー枢機卿に一言いう勢いでいた。
そしてそんな大惨事にどのように生還したのか聞くと驚きを隠せない。
「まさか、エルフィーとそう変わらない子供たちが、全滅させたと―――――」
助けてくれた少年少女の話を聞くと、まだ冒険者ではなくこれからなりに行くところで、遭遇したようで、少女は弓と剣、そして魔法を使用していた事。少年の方は見た事がない武器で魔物の大群を斬り付けたり、魔法で倒したりしていたとの事だ。
見た事がない武器と言うのは少々気になるが、恐らく最近、交易都市イリードで全く新しい分類の武器が出回っている噂は聞いた事があった。
確か名前は・・・・・カタナとか言っていた気がする。
武器自体、相当値が貼る物でしかも使いやすさと使いにくさの両方を兼ね備えているとか、よくわからない噂を耳にした。
そう言えば、五年ほど前にナルキーソの近くの村で、ギガントボアを討伐した子供がいたと聞いた事があるが、同一人物なのだろうか。
「その者にいつか礼をせねばな。確か・・・・レオンハルトとか言っていたな。それにシャルロットとリーゼロッテだったか?」
「はい。王都に立ち寄った際はぜひ我が家をお尋ねくださいとお伝えしておりますので・・」
「では、その時は私も立ち合おう。それとエルフィー、エクスナー枢機卿には此方からその件を伝えておく。其方も顔を見せておらぬのであろう?この後にでも伺うのか?」
エルフィーの返答は、明日の朝伺うと言う事だった。エルフィーの祖父でもあるオルトヴィーン・ベルント・フォン・エクスナー枢機卿はこの王国全土にある教会を管理する六人のうちの一人だ。何かと忙しい立場である為、直ぐに面会しても会えない事が多いので、事前に訪れる事をお伝えしておく必要があるのだ。
そして、大の御祖父ちゃんっ子であるエルフィーは、そんな祖父の手助けが出来ないかと修道女の道を進んだのだ。
翌日、エクスナー枢機卿に今回のことを報告に行った際は、会っていきなり泣きながら抱きついて来た。エルフィーは苦笑しながらエクスナー枢機卿の対応していた。言う事でもないが、周りの者は、どちらが子供で、どちらが大人なのかって突っ込みが半分。もう半分は、「そんなに心配なら遠征なんかに行かせるなよ」であったが、そのことは皆心の中だけに留めたのは言うまでもない。
何せ、エルフィーが戻ってきた日の夜に、ハイネス伯はエクスナー枢機卿と会い。遠征がどのような物だったのかを鬼気迫る表情で訴えたそうだ。
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます。最近めっぽう寒くなりましたので、皆様風邪などひかないように注意してください。
いつものように誤字、脱字、言い回しとおかしな点があれば、ご指摘のほど宜しくお願いします。