108 商売繁盛
おはよう。こんにちは。こんばんは。
今年も残り僅かとなりました。
コロナで帰省できない方も多くいるかと思いますし、ニュースは○○県は過去最多など
良く目にします。くれぐれもお身体には気を付けて下さい。
「いつもご利用ありがとうございます。宜しければ此方、当商会にて試作中の商品でして、宜しければサンプルお渡しいたします」
サンプルを希望されたお客には、その使い方を説明し、後日その使い心地を教えてもらう事を条件に化粧水を渡していった。
新しい香りのシャンプーやリンス、コンディショナー、ボディーソープ等の液体石鹸は、新商品として戸棚に陳列すると瞬く間に売れていく。ただ、新商品の感触を知りたいため、大量にお店には置かず、普通の物より小さい容器に入れて小分けして販売。また一人当たり二本までの制限も付ける。こうする事でより多くの人の手に渡る様にするためだ。
今までのシャンプーやリンスなども在庫が怪しくて店舗内に数を置けなかったが、レオンハルトが追加で在庫を出した事で、店内の品数も充実し始める。
「うわっ。此処の店員めっちゃ可愛い子ばかりじゃん!?」
「そうだろ?店員だけでなくて商品も一級品で、少し贅沢になるが手が届く価格だしな。これが、俺が最近使っている石鹸だ」
店内に響く男性客の声。生活用品以外にも冒険者に役立ちそうな物も揃えているので珍しくはない。
ただ、冒険者は荒れくれ者が多い為、揉め事を引き起こす者が少なからずいる。こう言うお店だと営業妨害としての女性従業員へのナンパや商品の持ち逃げ、店員への巻き上げなどだ。一人はこのお店に来た事がある口ぶりだが、もう一人は初めての様で少しだけ注意が必要。普通の新規のお客だとそこまで警戒する必要はないのだが。
注意深く観察しようとすると・・・。
「それと、このお店の女の子を絶対にナンパするなよっ。迷惑行為も駄目だっ」
「な、なんでだよっ!?これだけの上玉早々ないぜ?」
「此処の商会のトップは、現役の冒険者の魔族殺しの英雄だぞ?目をつけられたらただでは済まない。現に数名の冒険者が、女の子に手を出そうとして返り討ちにあっている」
来店経験のある男性客は、同行者に注意する様促した。彼の言う通り、開店した翌日にガラの悪い冒険者が来店され、店員にしつこく声をかけていたので注意すると此方が子供で、且つ注意された事で赤っ恥をかかされたと逆上し手を出してきた為、早々に店外へ放り出し、懲らしめた後、警備隊へ引き渡した。
それ以降もレオンハルトがいない時間にちょっとした揉め事があった様だが、警備を任せている奴隷のイザベラと黒猫人族のランと虎人族のダグマルが撃退。以降必ず三人は警備員として配置している。
警備隊には他に、犬人族のアルヌルフや鳥人族のイルジナ、狼人族のルドミラが居るがこの六人で屋敷とお店、それに孤児たちが居る屋敷の警備するのは大変だろうと言う事で、定期的にユリアーヌたちに護衛としてお店にいてもらったりしている。
「まじかー危ない所だった―――うわっ!!」
二人の男性客が話をしていると後ろから来たあからさまな連中が男性客を押しのけて、レオンハルトに同行して来ていたある人物の所に行く。
「よー姉ちゃん。此処が終わったら俺たちと飯でも行かねぇ?」
「あっちの子たちも一緒で良いからさー」
新たに来店してきた客は三人。目つきが悪く、如何にも悪さをしていますと言う雰囲気を全身から漂わせる彼らに声をかけられたシャルロット。
薬の販売の中でも症状を聞いて薬を調合するためにやって来ていたのだ。彼らの言うあの事は同じく同行してきたエルフィーの事で、彼女は病気の知識を高めるためにシャルロットに症状と病気の名前、対処法を学んでいる。
「すみませんが他のお客様に迷惑になりますので、お誘い行為は遠慮願います」
丁寧に断るシャルロット。この世界に転生してきた時に比べてかなり高圧的な者に対しても堂々としていられるようになった。まあ、彼女の前世の職業は受付嬢。会社の顔と呼ばれるその場所は、綺麗所を集める事が多く。また人に対する礼儀を身に付けていなくては難しい場所でもある。
当然取引先のお客からお誘いを受ける事も多く、それを相手に如何に不快にさせずお断りをするかと言う話術も必要だから、今の様な場面はかえってお手の物かもしれない。
まあ、前世では倫理感があり、断られて逆上でもしたら社会から袋叩きにされ、警察の御厄介にもなればそれこそ、今後の生活に支障をきたすと言う考えがよぎるのである一定の所で引いてはくれるが、こっちの世界では力こそすべてと言う考えだったり、貴族としての地位を用いてくるので、中々引き下がってくれない者も多い。
「ああ?俺たちが迷惑だって言うのかぁこの店は?」
警備体制を整えてもこう言う輩は出てくる者なのだろう。他のお客も恐怖を感じてきているので、早めに解決した方が良さそうだと判断し、目だけでイザベラに合図を送る。イザベラは直ぐに読み解き、ダグマルとルドミラに指示を出した。二人は外へ出て通行人の足止めを開始し、俺はそのままシャルロットに絡むお客の元へ行く。
二十代前半と行った所か?腰に剣や短剣を持っている事から冒険者か何かなのだろうと言う事は分かる。
「ええ。大変迷惑をしていますので、お引き取りをっ!!」
最後の方は強めに言うと、急に現れた子供に注意されナンパの邪魔をされたと思った三人は、此方を強く睨みつけてくる。
威圧でもしているのだろうが、この程度の威圧などあってないような物。威圧に何も感じ取らない俺に対して三人は更に言葉で畳みかけようとする。
「子供は黙ってろッ!!こんな良い女を放っておく方が可笑しいだろッ」
「良い女性と言うのは間違いないですが、生憎と彼女は貴方たちを相手にする事は無いでしょう。なので、速やかにお店から出て行ってもらえますか。出ないと言うのであれば強制的に追い出しますが・・・?」
冷静でいて少しだけ此方も威圧を加える。彼らの威圧とは密度が違う。店内に広がるレオンハルトの威圧で、近くに居た二人の男性冒険者は委縮し、他のお客も少々怯えた様子を見せる。
かく言う三人の素行の悪い冒険者もレオンハルトの威圧に押され一歩下がるが、如何にか威勢だけは張ろうと立ち止まり、そのうちの一人は反射的に手を出して来ようとする。
「くっ・・・舐め―――――」
だが、手を出すことなく、レオンハルトの一撃を受けて店内から店外へと吹き飛ばされた。事前の合図でイザベラが店の扉を開けっぱなしにし、ダグマルとルドミラが往来する交通を止めていたおかげで、外に飛び出した三人は通行人に衝突することなく地面に横たわる。
一撃と言っても実際に身体に当てたわけではなく、寸止めをして衝撃波だけで吹き飛ばしたのだ。手を出されそうになっただけで実際にはまだ出されていないし、此方が先に手を出したと喚き散らされても迷惑だったから、当てずに吹き飛ばす選択肢を選んだ。
三人のうちの一人が起き上がり、剣を抜く。
「てめぇ――俺たちに手を出しやがったなッ?ぶっ殺してやるっ!!」
攻撃を加えられたと勘違いをしたガラの悪い三人。向こうが手を出そうとしたので、此方も当てずに対処しただけなので、その場合はお互い未遂として処理されるが、剣を抜いてしまう行為は未遂として扱われにくい。それに、現状でみれば向こうが先に剣を抜いた事で此方が抜刀しても正当防衛として扱われる構図が出来た。
通行人の遮断をしていたダグマルに視線を向けて合図し、警備兵がいる駐屯所へ走らせた。
まあ、実際レオンハルトは正当防衛と言う構図を作らなくても貴族当主と言う立場で冒険者たちに意見させない事も出来る。白を黒と言えるし、その逆もしかり、貴族社会と言うのはそう言う事だ。ただ、当然信用性を失うので、行使したくはない。今回の場合は権力の立場ではなく、平民が貴族に剣を向けたと言う構図だけで、平民側のみに罰則が生じてしまう。
「生憎と此方は寸止めをしましたよ?攻撃を受けたと思う部分に痛みはないでしょ?それよりこんな場所で剣を抜いても良いのですか?」
最後通告をするが、頭に血が上った三人はレオンハルトの言葉に聞く耳を持たない。
三人とも武器を構えた所で、やれやれと言った風にレオンハルトも武器を持たずに構える。このレベルならば体術で対処できるだろうし、身体強化の魔法も無くて良さそうだとはんだんした。傍から見れば三対一で加えて三人は武器を持って殺しに掛かろうとしている。
止めに入った方が良くないかと周囲が騒ぎ始める中、三人が一斉に襲い掛かってくる。
(ああ、遅いな。素人当然の動きで良く此処まで威勢を張れたものだ)
一人目の剣を躱し、素早く懐に入り込んで今度はきっちり打撃を鳩尾に入れ意識を奪う。次いで二人目の攻撃を躱しつつ、短剣を持つ相手の手に手刀を入れる。衝撃で短剣を落とし、驚く表情をしている所に顎に一撃、掌打を打ち上げる様に叩き込んだ。
二人が意識を失い。残る一人となった人物は我武者羅に剣を振るおうとするので、背後に回り込んで頸椎に手刀を落とし、意識を刈り取った。
あっと言う間の出来事に周囲が驚いていると、警備兵が到着し三人は捕縛される。レオンハルトも事情と身分の開示を求められて、冒険者カードと貴族当主の証である家紋入りの短剣を見せる。
「Bランク冒険者この年齢でッ!?こ、これは大変失礼致しましたアヴァロン伯爵様ッ!!」
Bランク冒険者と言う部分にも驚く周囲の人だったが、こんな子供が伯爵の当主だと言う事の方が驚いたようだ。それにアヴァロンと言えば、王都を救った英雄として知られている。通行人の中には彼の正体を知る者も居たが、多くの者は彼を魔族殺しの英雄と結びついていなかったようで驚きを隠せずにいた。
「気にしなくても良い。それより彼らですが、私の経営するお店に悪さをしようとして注意したらこういう状況に至りました。面倒をおかけしますが、三人の対応をお願いします」
レオンハルトは、警備兵に事情を説明している中、店内でも同じように驚く者たちで溢れかえっていた。
「あの少年が、まさか」
「お前が注意してくれなかったら、俺があそこにいたかもしれないな・・・」
それから、店内にいたお客に迷惑料として、こう言う時の為に用意している粗品を配る。中には液体石鹸ではなく固形石鹸だが、身体用の石鹸とは違い衣類専用の石鹸で、まだ商品化していない代物だ。
いずれは商品化する予定だが、まだ数に限りがあり、しかも納得の行く物がなかなかできない物。物としての完成度はそこら辺の衣類用石鹸に比べれば勝負にならない水準ではあるが、レオンハルトが納得できない以上商品化しない方向でいる。
粗品の固形石鹸も言わば完成された試作品ということ。非売品な上、汚れが良く落ちるのでこれを受け取った者から商品化の問い合わせが殺到していると後日、報告を聞いて急いで改良する羽目になったのは言うまでもない。
商会の会頭が魔族殺しの英雄と言う事で、更に王都内で噂され商品の品質良し、価格はお手頃、安全と信頼性抜群と言う事で、今まで以上に客が訪れるようになった。
そんなある日。
「旦那様、集客率が多すぎてお店が大変な事になっています」
今のお店は、それほど大きくはなく二階建ての建物となっている。一階部分に商品を陳列できる空間と店員が休憩など取れる場所、お金を管理したりする管理室。後は、応接室が二つあるだけ、その応接室の一室は、薬の相談などをする相談室にしているので、大きな取引とかで使用できる応接室は厳密に一部屋しかない。二階部分は、商品の在庫保管場所なっている。それと簡易ではあるが調合室を設けており、簡単な薬をそこで作る事も出来る。
最近は、店外に列が出来る程の人気のお店になり、商業ギルドから「店舗増築をした方が良いのでは?」と打診されている。
「お店を開店させたばかりだけど・・・大きい場所へ移転した方が良いのかな・・・」
実際、クイナ商会の収益はかなりの物で、周辺の商会に比べで桁違いの利益をもたらしている。それもそのはずで、商品の仕入れは自分たちでほぼ賄えているし、材料なども自分たちで採りに行っている。下請けなどに依頼するお金などはかかっていないに等しい。
出費として一番大きいのは人件費だが、これも一日で全員分の一月分を賄えるだけの利益を出している。次に出費として大きいのは商業ギルドへ治めるお金だろう。商業ギルド側からしても最初の手続き以外なにもしていないに等しいので、何かとアドバイスをしようとしている。担当のテスタロッサは、商業ギルド代表のエドゥアルトから色々調べる様に言われ日々、ギルド内を駆けまわっている。
他のギルド職員からしたら担当が一つしかないのに高額の給与を貰い、羨ましいくおもっているが、自分がその立場に立たされるのを想像するとぞっとする。担当が一つでこれだけのプレッシャーは中々経験できる事ではないのだ。それも相手が上級貴族と言うのだから余計に気を使う様だ。時々、訪れたらかなり疲れていた様子だったので、お店で売っている体力回復水薬を無償で手渡しておいた。
受け取った彼女の表情が、苦笑いしていたのは言うまでもない。
余りの忙しさから、使用人だけではカバーしきれず、孤児院の子供たちにも手伝いに来てもらっている。流石に接客をさせるわけにも行かないので、店外にまで伸びた列の整理や陳列棚の整理、在庫の補充と言った雑務を中心にしている。
中には、ローレたちが作っている水薬作りに興味を示した子供たちには、調合や調薬のやり方を教えていた。流石に商品として出せる代物は出来ないが、切傷程度なら治せる物は出来てきているので、もう少し練習をすれば何割かの確率で商品として問題ないレベルになる考えている。
そうそう子供たちと言えば、子供たちの勉強を見てくれそうな人物に心当たりがあると言っていた筆頭執事のフリードリヒ。その後、その人物に確認を取ると甲斐甲斐しく承諾してくれて今は、孤児たちが暮らす屋敷に通いながら勉学を教えてくれている。
フィリベルト・ハウプト氏。ハウプト男爵家の生まれだが、成人の折に貴族を抜けているそうで、そのまま家名だけは残しているそうだ。年齢は六十歳後半と思っていたよりも年齢が高かったが、その分教師として教えていた期間が長く、子供たちに教えるのもお手の物だった。偶然なことにアンネローゼが学生の時にお世話になった恩師でもあるそうで、当初はかなり驚いていた。
孤児たちに今後手伝ってもらうにしてもこれからの方針を考えなければならない。それに皆で話し合う必要もあると思う。実質の経営者は自分だけれど、あそこの管理を任せているのはクリストハイトを筆頭にディートヘルム、ゲレオン他にも使用人や奴隷たちが働いてくれている。
彼らの意見も聞いたほうが良いと思い。その日取りを考えることにした。この際、個々に意見を聞いて回るという非効率的なやり方ではなく。一同を集めた話し合いの場を設けることにした。それに伴いその日の店舗はお休みと言う事にする。
事前に告知をした方が良いだろうとお店の入り口にお休みの日時の案内表示を出すことに、貴重な品はすべて魔法の鞄に入れておけば店舗に空き巣が入られても被害は殆どないだろう。
シャルロットやフリードリヒと相談して、クイナ商会の事を話し合う日程を決めた。日時は、早い方が良いだろうと言う事で次の休みの前日。この日は申し訳ないが、円卓の騎士の面々も王立学園を休みにしてもらう事にした。
翌日、まずはディートヘルムに店舗の入口に店舗を臨時休業する旨を告知してもらう。それに合わせて、レオンハルトたちも教職員へ休む事を伝えた。レーア王女殿下も一緒に参加したがるが、公に発表されていない以上同席させるのは世間的にまずいため、遠慮してもらった。代わりに発表されたらすぐに一緒に買い物をしてほしいと懇願されることになった。
王女殿下を何処に連れて行けば喜んでもらえるのだろうかと一瞬考えたが、まだ日にちがあるので、おいおい考える事にする。
授業を終えて、急いで帰り支度をする。因みに本日も御令嬢からお誘いを受けた件数は脅威の十七件・・・過去最多を更新してしまった。此処連日更新記録が止まらず、同級生のみならず上級生、下級生からも声を掛けられる始末。日々増えていく背景には、クイナ商会の商品の良さも含まれているらしい。これはシャルロットが他の女子生徒から聞いた情報で、ティアナやリリー、エルフィーたちも同様の情報を仕入れていた。
「今日も繁盛しているな」
何時もの様に帰宅後、着替えをしてクイナ商会へ訪れる。ユリアーヌとヨハン、クルト、ダーヴィト、エッダ、アニータの六人は冒険者ギルドに寄ってから来るそうで、レオンハルトとティアナ、リリー、エルフィーがクイナ商会に来ていた。
シャルロットとリーゼロッテは、孤児院に寄ってから来るとの事。何でもアンネローゼに確認したい事があるそうで内容は教えてもらえなかった。
お店の近くに来ると何やら人だかりが出来ている。馬車を降りて人だかりの所へ行くと原因となっている場所は如何やらうちのお店の様だ。普段なら来店の為に並ぶ列も今はかなり乱れている。
「ご主人様ッ!!」
お店の入口に立っていた人物が此方に気づき走り寄ってきた。
「ローレ何かあったの?」
慌てる彼女を見てただ事ではないと察する。すると、彼女から病人が店内にいるとだけ教えてもらい。直ぐにお店の中に入る。お店の中も普段の賑わいとは別に皆何処か気が気ではない様子。
そのまま相談室に案内されると、部屋の中には狐の獣人であるルナーリアとエルフ族のフェリシア、そして、病人と思われる一人女性がソファーに横になっていた。二人が看病をしている隙間から見た女性は、顔面蒼白の状態で冷汗を垂らしながら痛みに耐えている様だった。
「何処か痛いんですか?」
直ぐにその人物の元に駆け寄り声を掛ける。見た目は二十代前半。最近具合が悪い日が続くが教会に行ったり、治療院に行ったりするお金が無い為、痛みを和らげる安い薬がないかこのお店を尋ねに来たそうだ。
訪れた時は今より幾分よかったそうだが、店内に入るための列に並んでいると具合が悪化し、偶々列の整理をしていた孤児院の子供たちが発見。ローレたちの手で此方に運び込まれたそうだ。
ローレやルナーリアは、調薬は出来るようになってきているが、病人の診察をする事は出来ない。フェリシアも同様である。
相当具合が悪いようで、本人からは呻き声の様な悲痛な声が漏れているだけ、今の情報はフェリシアが聞き出した情報だった。
「痛みにムラがあるのか?」
今の様子から良く聞き出せたものだと思ったが、一時的に話が出来る程落ち着いた時があったのかもしれないと思い話が出来た時の様子を聞いた。
「はい。痛みの強弱はあるようですが、此方に担ぎ込まれてからは話が出来たのは二回ほどです」
担ぎ込まれてどれくらいの時間が経過したのかも聞いてみたが四半刻も経過していないとの事。現在、ゲレオンが治癒士を呼びに治療院に行っていて、ディートヘルムたちが他のお客たちに不安がられない様懸命に対応してくれているそうだ。
外の列がいつもと少し雰囲気が違っていたのは、これが原因なのかと理解した。
兎に角、まずは彼女の診察から行う事にする。両手でおさえている腹部。恐らく此処が何らかのことが起こっている場所なのだろうと推測し触診した。元来より人は痛みがある場所を手で抑えると言う行為をする事があり、これは手当て療法と言って患部に手を当てる事で気持ち的に痛みを緩和させてくれる効果があると言われている。民間療法の一つなので、これをする事で治ると言うわけではないが・・・。
逆に言うと、この様におさえていると言う事はそこが痛いと言っている様な物。左下の腹部を圧してみるが、痛みの訴えに変わった様子は見られない。今度は右下の腹部に圧を掛けてみる。
「うっ!!」
右下の腹部を抑えると彼女は強い痛みを感じたのか呻き声が漏れた。
「右下腹部の痛みが原因だね。もしかして・・・」
レオンハルトは思い当たる病気を視野に入れ、今度は魔法で彼女の体内の状態を確認する事にした。『構造解析』と『分析』の二種類。この二つは人体以外にも物体に対しても使用できる優れた魔法だが、思いのほか使える人が少ないと言うか使おうとする人が少ない。
今回の場合、『構造解析』は前世で言う所のコンピュータ断層撮影、通称CTスキャンや核磁気共鳴画像法、通称MRI検査の様な物。『分析』はその結果を基に色々な物を数値化する。簡単に言えば血液の数値等を見る事が出来ると言う事。血液検査で同様のCPRの数値が高ければ感染症などによる炎症反応の有無も調べられると言う事。
この域まで来ようと思うとかなりの魔力制御が要求されるし、知識も蓄えておかなければ使っても大した結果は知りえない。
触診と魔法による検査の結果、彼女の病状は急性虫垂炎。所謂盲腸と言う病気だ。だた、彼女の場合は数日痛みを我慢して耐えてきた事で、症状が悪化し虫垂壁に穴があき、膿が体内に広がって腹膜炎を引き起こしていた。
「これは、虫垂炎のようだな。腹膜炎も起こしているし、すぐに治療をしないと助からないな」
警備に当たっているランと俺たちが乗ってきた馬車の御者をしていたエリーゼに直ぐシャルロットを呼んでくるように指示を出す。ティアナにも二人に同行してもらう事にした。エルフィーに補佐に入ってもらい。ローレとルナーリア、フェリシアの三人にも手伝いをしてもらう。
治療中は他の男連中の立ち入りを遠慮してもらうが、相談室の机やソファーと言った家具の配置が邪魔になるので、壁際に移動してもらいその間、簡易診察台を魔法の袋から取り出して設置した。
いざと言う時の為に色々作っておいた物の一つだ。
ディートヘルムには通常通りには行かないにしても営業を再開するように指示を出す。使用人や他の奴隷たちも同様だ。子供たちには、引き続き外の列の整理をする様に伝えた。ただ、普段より店内のお客の人数を減らす様にしてもらう。
ゲレオンが治癒士を呼びに行っているそうだし、直にシャルロットたちもやってくるだろうから。
薬の販売と相談は一時中断、応接室の方も使用を禁止しておいた。
「まずは、魔法で・・・・」
レオンハルトは、魔法と医術で女性の処置に当たる。エルフィーや他の者たちも急性虫垂炎や腹膜炎が何なのか分からないので、レオンハルトが指示するように点滴や水薬などの処置を行っていく。途中からシャルロットが加わり、処置速度が格段に上がる中、ゲレオンが呼びに行った治癒士たちも合流するがその時には九割がた治療が終わっていた。
治癒士たちが驚いたのは、彼らの持つ未知なる治療とその技術力。この世界の急性虫垂炎は治療方法がまだ見つかっておらず、死の病の一つと言われていた。
虫垂炎が死の病だったら、他の病気はどうなるんだと思うが、意外と特殊な水薬で症状を抑える事が出来るようだし回復させる事も出来る様だ。
そう言った所はファンタジー感を覚えさせられる部分だろう。
「い、一体これはっ!?」
「取り敢えず、もう大丈夫だとは思いますが、我々は薬を販売する商店です。すみませんが、彼女の引き取りをお願いできますか?治療費はこれで」
レオンハルトは大銀貨を五枚程渡す。流石に担いで治療院に行かすわけにもいかないので、エリーゼたちに馬車で送り届けてもらうようにした。
相談室から出る時、お客たちが歓喜の声に震えていたが、病人だった彼女を起こさない様に皆に声を掛けて送り届ける。
「ふう、さて皆さん業務に戻ってください。シャルとエルは悪いけど相談室の片づけを任せても良い?重い物はユーリたちがもうすぐ来ると思うから、来たら移動してもらうようにこっちで頼んでおくよ。ティアは、リリーと一緒に俺と奥の部屋に行こうか」
それぞれに指示をだし、奥の部屋に移動する。ディートヘルムとゲレオンも同様に奥の部屋にやって来た。クリストハイトは、今日は商会の方は休みで、屋敷の方でドワーフ族のベルトとブラム、元鍛冶師のインゴルフたちで、レカンテートの街の整備を行う話し合いをしている。
「ディートヘルム。ローレたち三人も今日は疲れているだろうから、今日はゆっくり休ませてやってくれ」
レオンハルトの言葉に頷き、ローレとルナーリア、フェリシアの三人を応接室で休ませる事にした。治療はレオンハルトとエルフィーが主体で行いシャルロットも途中から加わってくれたがそれまでは、その三人がレオンハルトの指揮の元、治療のお手伝いを行っていたのだ。医術の知識もエルフィーの様な経験もない彼女たちには、この治療中の時間はとても重労働に感じていた事だろう。
さて、今後体調不良の人物が薬を買いに来た時、今回の様に外で待たされると言うのはどうなのだろう。少し前までなら良かったが、此処数日で外もだいぶ冷え込み始めている。季節も冬の中月・・・数字上だと十九月と寒さが身体に染みる季節だ。そんな季節にましてや体調がすぐれない人物を外で待たせると言うのは流石に酷ではないか。
今回のこの事を教訓に何らかの対策が必要と認識させられたのだ。
今日お店に来るようにしていて、本当に良かったと心から思える。
奥の部屋で対策を考えていると、ユリアーヌたちが冒険者ギルドから戻って来たのでダーヴィトとクルト、ヨハンの四人で相談室の机やソファーの位置を戻す様にお願いしておいた。エッダとアニータには、抜けた三人の穴埋めをお願いする。
入れ替わるように入ってくるシャルロットたち。リーゼロッテもアンネローゼと共に入ってきた。シャルロットとリーゼロッテは、一緒に行動していたのだが、レオンハルトの指示でシャルロットだけが先にお店に来て、リーゼロッテはアンネローゼ後からお店にやって来たのだ。
「大変だったみたいね?大丈夫ってレオン君なら問題ないか」
開口一番に心配の声を掛けてくるかと思いきや、幼少の頃から普通の子供とは異なる事ばかりしてきたので、あまり心配したと思っていないかのようにアンネローゼが声を掛けてくる。
今更感はあるが、俺も万能ではないと言いたくなるが、割と今までの生活で如何にかなって来ているので口に出す事はしなかった。
この場に集められた者は一様に不思議な顔をしている。何時もの主たる面々ではないし、加えて言うならばアンネローゼやディートヘルム、ゲレオンもいる。レオンハルトが何か相談する時に最近何かと補佐でいるヨハンではいない。
アンネローゼは偶々、居合わせただけなのだが彼女なら問題ないだろう。
「集まってもらったのには、他でもない・・・・。今後の行く末についてだ。まだ商会を立ち上げて日が浅く、お店をオープンしたばかりだが、このクイナ商会は既に王都中に名を轟かせつつある」
皆、黙って頷く。
正直、ディートヘルムやゲレオンは開店当初から感じていた事を今更ながらに言われているのだ。驚くようなことは一切ない。
「先日の不良冒険者で俺との関係性が公になったし、今日の事でもあっと言う間に話が知れ渡るだろう」
別に隠していた訳ではない。出来れば知られずに居たかったと言う気持ちはあるが、何せただでさえ注目度を浴びすぎて学園内でも大変なのに私生活にもその手が及んでくるのは・・・。
「そうでしょうね。それに加えてシャンプーやリンスと言った画期的な商品もある事だし、要らぬ手が来そうで怖いわね」
「アンネ先生の言う通りです。ですが、これはある意味チャンスなのかもしれません。本当は皆で集まって話し合う時に提案しようと思っていたのですが、アンネ先生もいますし・・・王都にいる孤児院の子供たちを暫くの間、労働者として扱おうとかと」
「なっ!!旦那ッそれはチャンスではなく、賭けですよ」
「そうよっ!!それに子供たちは今手伝っている子たちぐらいしか何の戦力にもならないわよ?」
「レオンくん、私もその意見には反対かな?まだ幼い子供を働かせるのはどうかと思う・・・」
ディートヘルムやアンネローゼ、シャルロットが反対意見を出す。そして、言葉には出さなかったが、この場に居る者全員が同じ意見の様だ。
一見、学問の経験のない子供・・・それも普通なら家の手伝いなどをする程度の年齢の子供も働かせようと言っているのだ。まあ、勉強は孤児院に居た時からアンネローゼたちがそれなりに教えたりしていたし、今お手伝いをしてくれている年長組の子供たちは専属の講師から勉学を学んでいる状態だが、年少組はまだその域に達していない。
知名度が上がる事で今以上に来客数が増える事は間違いないし、そんな中で子供の世話をしながら教えるなんてことは、誰にとっても良くない状況だ。
普通に考えれば・・・だけど。
「皆の反対する理由はわかる。けど、こう言う風に考えてもらえないだろうか?」
真剣な眼差しで語るレオンハルト。今彼が考えている事を聞き、改めて先程の発言を思い返す一同であった。
いつも読んで頂きありがとうございます。
誤字脱字の報告もありがとうございます。
今年の投稿日ですが、現在20日、24日、25日、31日で考えております。
お暇があれば、また読んで頂けると嬉しいです。




