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001 プロローグ

 真っ白な天井に真っ白の床。壁も真っ白になっている部屋。しかし、部屋全体が真っ白なのに意外に不快にならないその色合いは、壁などに飾られている素朴な絵や一輪挿しなどで緩和しているからであろう。


 もちろん絵や一輪挿しだけではない。


 いくつかある内、一番初めに目が向いてしまうのは、壁面に映し出されている星の座標マップであろう。


 一見、天体観測で持ち出すような物に見えるが、映し出されているのは星ではなくもっと広範囲を示す銀河の位置が記されたマップだ。名前があるとすれば、銀河座標マップとでも言う様なそんな代物だ。


 しかも、映し出されていると言う表現の通り、立体映像とは少し違うが映画館の3Dをよりハッキリした座標マップが壁の一角に存在している。


 その他にも、本棚のような物の中に無数の画面が表示されおり、そのどれもが見たことのない文字でずらっと並んでいた。まあ並ぶと言ってもどちらかと言えば、マト○ックスのような配列数字が流れているそんな感じの表示の仕方だった。


 そんな未来的な物がいくつかある中、見慣れたものも存在している。


 どこかの会社のオフィスの様に、部屋の中にはいくつも並べられた机が存在し、その机の上には、紙のような書類が山積みになっていた。机の開いているスペースには、パソコンをもっと未来的なスクリーンにした物も置いてあった。


 そんな部屋の中を一人の女性が慌てた様子である机の主の所へ向かう。机の配置場所から考えるに部屋で一番権限を持つ者の机だ。簡単に言えば市役所の様な机配置に全体が見渡せる上司の机があるそんな感じに位置しているからだ。 


「ヴァーリ様、大変です」


 女性が声をかけたその者は、机の上に山積みになっている書類をものすごい速さで見てはサインや印を押していた。


「どうしたんじゃ?」


 女性の顔を見るどころか、顔を上げず手元の資料を読みながら尋ねた。女性のほうも息を切らしていたのか、一呼吸空けてから用件を上司に伝える。


「お忙しい所すみません。しかし、一刻を争うと判断しましたので報告に上がりました」


 女性の言う通りヴァーリと呼ばれる上司は、かなり忙しそうにしていた。ほとんど眠らずに仕事をしているためか、目の下にクマもできているそんな状態だった。


 ブラック企業とかそう言った感じではなく。ただ休める程仕事が片付いていないのだ。


 ヴァーリは、女性の言う「一刻を争う」の発言で、資料を眺めるのをやめ、顔を上げる。


「邪神が再び動き始めました」


 邪神とは、文字通り邪悪な神の事だ。人の負の感情により力を増幅させ、常に何かしらの厄災を振りまく忌み嫌われる神様だ。一部では、邪神を崇拝する宗教や邪神こそ正義と言う者もいないわけではないが。そもそも神に善悪があるのかは、今は置いておくとしよう。


 女性からの一言で、ヴァーリは驚き勢いよく立ち上がった。そのせいで、ヴァーリが先程まで座っていた椅子は、後ろで倒れそのことで部屋全体に大きな音を響かせてしまった。


 周囲にいたヴァーリの部下たちは、何事かと作業をしていた手を止め、視線が自ずと二人に注がれることとなる。


「ああ。すまない。皆は作業を続けてくれ。・・・・で、どの邪神が動き出したんじゃ?」


「それはまだわかりませんが、どうやらTH74,FLLS-2A-SGS003の座標の星、別名アルゴリオト星の魔王が復活したようです」


 TH74,FLLS-2A-SGS003は、我々が知っている緯度と経緯のことだが、それを彼らはここまで複雑に使用している。星の座標であることから超銀河座標や銀河座標に近いかもしれないが、それもあくまで自分たちが作った物だ。他の座標の示し方があってもおかしくないのだ。


 ヴァーリは、女性の話を聞いて暫し悩んでいる。


 女性も上司の表情に変化があることに気がつき、持っている資料を握り締める。周囲の部下たちもその雰囲気に当てられたのか、手元にあるスクリーンの操作パネルの手が止まってしまっていた。


 文字通り女性の持ってきた内容は、一刻を争う出来事か、それ以上の重要案件であったからだ。


 ヴァーリは、静かに顔を上げるとこの後の行動を整理し始めたのだ。先程までは、「なぜ?今動き出したのか」「そもそも、どの邪神が動いた」「あのエリアの・・・」など独り言を呟く様に考えていたが、こんなことをしている場合ではないと冷静になり、行動したのだ。   


 整理するのに数秒の時間があればよかった。


 ヴァーリは、今度は椅子を倒すことなく席を立ち、大きな深呼吸をする。


「皆よ。良く聞くんじゃ。邪神が再び動き出し、ある星では魔王が復活したそうじゃ。先の動きの対応もまだ出来ていないこの状況じゃが、早急な対応が必要じゃ。分担して事に当たってくれ」


 ヴァーリは、自身の部下にそれぞれ指示を出した。ある者には、勇者の手配を。またある者には、離れた同僚の仕事を引き継ぐようにと。


 ちなみに、女性が来る前にヴァーリがしていた事は、蛙のような姿をした神、邪神ゴル・ゴロスが数年前に魔王を復活させ、その魔王の討伐に向かった勇者(軍神テュールの教え子たち)が揃って全滅し、そのため新しい勇者を転生させるための準備をしていたのだ。


 それと同時にもう一件、我々の単位で言えば一昨日に当たるその日に、洞窟と暗黒の神にして黒い触手の塊である邪神シアエガが、魔神復活のために悪しき者を転生させたと情報を得た為、確認と対策の手はずをとっていたのだ。


 そんな中で再びどこかの邪神が動いたのだ。しかもすでに魔王が復活していると言うので、同時進行で対応しなければならない状態だ。


 一つだけ救いがあるとすれば、先程ヴァーリが目を通していたのは、軍神テュールからの勇者候補の資料だった。アルゴリオト星の件と勇者の再編成を余儀なくされた件は、同じ段取りで良いので幾分楽かもしれない。


「レリエム。すまないが、至急アルゴリオト星の勇者の状況を教えてくれ」


 レリエムと呼ばれた女性は、手に握り締めていた資料をヴァーリに手渡した。


 受け取った資料を手元のスクリーンに入れ、操作パネルを使って閲覧し始めた。資料には、過去に送られた勇者の記録や勇者の血を引く者の数などが表示されていたが、血を引く者に関しては実力がかなりバラバラになってしまうためそれほどあてには出来ない。


 ちなみにアルゴリオト星には、現存する勇者は四名いると記されていた。詳しく見てみるとどうやら数年前にも魔王が数体出現し、魔王討伐のために勇者を四名も転移させていたのだ。その者たちに任せようとも思ったが、その魔王がまだ一体も倒されていない。


 逆に言えばアルゴリオト星は、度々邪神やそれに順ずるものに襲われていまだその脅威を退けていないそんな星であった。むしろ増援の勇者を送らなければいけないぐらいレベルだ。


 アルゴリオト星の資料を見ていると一人の部下がやって来た。


「ヴァーリ様失礼します。テュール様より準備完了との事です」


 報告に来た部下は先程、勇者の確認を任せた者だった。


 その者から勇者の座標が書かれた資料を受け取る。すぐに資料に載っている勇者を確認し、邪神ゴル・ゴロスの件とアルゴリオト星の件に送る勇者を選抜し、軍神テュールに伝えるように指示を出す。後は、手はずが整い次第こちらに連絡が来るようにし、まだ手をつけていない書類を片付けることにした。


 そして、そう時を待つことはなく連絡が来たため、ヴァーリはすぐさま書類を置き、転移のための準備を始めた。


 レリエムより星の座標と星の中の場所の座標を聞き、転移者用の装置に座標を打ち込んでいった。


「最後の方です。GG49,SDED-6S-MFA946,E49,D18になります。ヴァーリ様大丈夫ですか?」


 一体どれだけ数字を打ち込まなければならないのか、連日の不眠不休で行った仕事は、ここに来てピークを迎えていた。


「ああ大丈夫じゃ。転送座標点は、TH74,FLLS-2A-SGS003で、それからGG49,SDDE-6S-MFA946,E49,D18っとこれでよいな」


「お待ちください。ヴァーリさ・・」


 ヴァーリは、転移者の座標を間違えて打ち込みそのことに本人は気がついていない。それを指摘しようとレリエムが声をかけようとするもヴァーリはそのまま転移ボタンを押してしまった。


「あーようやく少し休めそうじゃな。ん?レリエムどうかしたか?」


 ボタンを押して背筋を伸ばすヴァーリだったが、顔面蒼白になって隣に立っているレリエムに声をかける。


「ヴァ・・・ヴァヴァ・・ヴァーリ様。て・・てん、転移者の座標が・・・間違っております」


 レリエムは、顔面蒼白から非常に焦った様子で上司であるヴァーリに真実を伝えた。


 ヴァーリも最初は何を言っているのか理解できない様子だったが、すぐさま再起動したのか。慌てて転移者の座標が打ち込まれたスクリーンを見て確認した。


 彼らの技術がいくら優れていても転移を一度してしまったら、強制的に座標地点に転移してしまう。転移をキャンセルすることも中止することも出来ない。転移者が転移先から元の世界に戻る事はできるが、それを行う為の準備に、最低でも四十年から五十年は待たなくてはならない。


 ここでの準備とは、言わばクールタイムと言っても良いかもいれない。


 もしこれがなければ、もっと多くの者が転移を行ったり、繰り返したりして好きな異世界に行くようになってしまう。


 単発の転移に関しては、大きな問題はないが転移を繰り返す場合は、行き来する時空が乱れ、そこから歪が発生し、空間そのものが消滅してしまう事態が起こってしまうのだ。


 詳しくは語らないが、転移後に一定期間あければ時空への影響が減少する。ただ、多くの者は再転移をすることなく人生を終えてしまっている。


 再転移する頃には、転移者はかなりの年齢になっているし、そもそも片道切符と割り切って転移するので、帰ってきても自分の居場所がないのだ。


 ここで、少し疑問に思うかもしれないが軍神テュールが現在育成していた四人の勇者は、もともとそこの世界に住んでいる勇者を育成しているのであって、彼ら彼女らは転移者ではないことだけは伝えておこう。


「な・・・なんじゃと。なぜじゃあ・・いやそれよりも、この転移者がどこのものか知りたい。モニターに出せっ!!」


 ヴァーリは、焦りの表情を浮かべながら近くにいた部下に指示を出し、モニター操作をさせた。 


 大きなメインモニターらしきモニターに、転移予定者の場所が映し出された。


 そこは、とても綺麗な青色をした星で、そのまま小さな島国の中央あたりまで視界を下ろしていく。


「わかりましたヴァーリ様。GG49,SDDE-6S-MFA946にあるのは、太陽系第三惑星地球と言う名前の星のようです。このまま拡大を続けます」


 部下の一人が打ち間違えてしまった場所に位置する星を特定して報告した。そして、その者は操作パネルで映し出された地球を拡大していき、更なる正確な位置を割り出していった。


 青の星地球から日本列島を含むアジア周辺、日本列島とどんどん拡大し、最後は山や谷しかないような場所が映し出された。


 映し出されたと同時にE49,D18と言う場所に車が一台山道を下っており、今まさに転移しているのであろう光が、車の車内から漏れ出していた。


 ヴァーリは、すぐさま目の前の操作パネルで、転移先との仲介地点にこの場所を指定して打ち込んだ。一度発動し、転移しかけている者は何をしても中止することは出来ない。しかし、転移先との間にヴァーリたちがいる場所を仲介させることは出来るのだ。であれば、事の顛末を説明する必要があると判断し、今いる場所に呼び寄せることを選んだのだ。 


 ギリギリのところで打ち込みが終わり、ホッとする束の間。転移させた人が乗っていた車は運転手がいないまま山道を下っていた。運転手がいないことでブレーキをかける者もおらず、必然的にスピードは加速。山道は直線ではない。


 結果、ガードレールや自然の壁にぶつかり暴走車となってしまった。


 さらに悪いことが、無人暴走車は上ってくる対向車も巻き込む形で事故を起こしたのだ。巻き込まれた車は、ガードレールを突き破り山道を飛び出して、崖へ転落。乗っていた運転手の命に関わる事態が発生する。


 その一連の出来事はヴァーリを含め、彼の部下たちも唖然とした表情でモニターを見ていた。


 しかし、崖へ落ちる車を見つけるとヴァーリが、慌てて操作パネルに手をやり、転移用装置を起動させた。


「ダメじゃ」


 ヴァーリは、急いで手元のパネルを操作するも転移を行うにはあまりにも時間が足りないことに気がついた。


 表情に焦りが見え始めた時、もう一つの解決策を見出した。


 転移者用の装置から別の装置にパネルを変更。


 転落している車の落下地点に座標を設定し、ボタンを押す。


「ええいー。間に合うんじゃー」


 車が地面に衝突する前に、座標となった場所が淡い光に包まれる。よく観察すれば、そこには何本もの光の輪が等間隔で現れていたのだ。


 車が光の輪の中を通過し、地面に衝突。大きな爆発が起こった。


 ヴァーリの操作が間に合わなくて地面に衝突したのではない。ヴァーリがとった行動は、転移措置から転生措置に切り替えただけだ。そちらのほうが手間のかかる手順を踏むことなく直接介入させることが出来るからだ。


 変わりに対象となった者の肉体は、そのまま朽ちてしまう。今回は、衝撃と爆発で身元不明の遺体になってしまうが。 


 事がすべて終わったヴァーリは、間に合ったことを喜ぶ気力はなかった。彼はこれから転生者と転移者に説明をするとともに、転生者の肉体を作る必要があったからだ。 


 この後の仕事量を考え、げんなりした様子で部屋を退出した。











 俺は、今現在非常に危機的状態に陥ってしまっている。


 どの位の危機かって?


 それは――――――。


 高さ百五十メートル以上はあると思われる崖を車に乗った状態で転落している最中だからだ。


「きゃあああぁぁぁ」


 落下する車内で、女性の悲鳴とも呼べる声が響き渡る。その声は、聞いているほうの鼓膜が破れるのではないかと思うほど高く大きな声だった。実際急激な高低差により気圧が変化し、それに伴い鼓膜が押されるように感覚もあった。


 辛うじて俺は、悲鳴を上げる彼女を見ることが出来た。その瞳に移った彼女は、シートベルトをしているため身体が浮く程度で済んでいた。おそらくシートベルトをしていなければ、後部座席やその後ろに置いている荷物などのように縦横無尽に動き回ることになっていただろう。


 身体が浮き、身体を支えようとダッシュボードを触ろうとしていた。しかし、目を閉じているため触れず、目尻に大粒の涙を浮かべ落下による現象で涙が上へ流れていた。


 全体的な感覚で言えば、ジェットコースターが非常に近い。あれに乗っている時も急降下する際バーなどを持ったり足を強く踏みしめて身体を固定しようとしたりする。しかも悲鳴に関して言えば、少しの恐怖と残りはスリルから出る悲鳴だ。だから何処か悪ふざけやノリで悲鳴を上げる部分もある。


 だが、今回は娯楽によるものではない。レールもなければ、命の保障すらないのだ。故に悲鳴も心の底から湧き上がる恐怖と絶望による悲鳴になり、それは正真正銘の悲鳴と言えるものだった。


 斯く言う俺も・・・・。


「うわあああぁぁぁ」


 彼女と同じように悲鳴を上げていたが、俺の場合は恐怖が半分しか占めていなかった。残りの半分は、この状況を覆すことが出来ないか考えていた。


 彼の中で状況を覆す事とは、自分が助かる道ではなく、隣で悲鳴を上げている彼女をどうにかして助ける道がないかと言う物だった。しかし、150m以上もある高さの崖から転落中に加え一緒に車に乗っている状態では、どう考えても助け出すことはできない。車に乗っていなくてもかなり難しいが、まだそっちの方はやりようがあった。


 其れゆえ、彼が咄嗟にとった行動は、幸か不幸かエアバックはすでに萎んでいた為シートベルトを外し、運転席から助手席にいる彼女を庇う様に身を投げ出し、抱きしめることだった。


 どちらも助からない現状で、彼女の恐怖を少しでも和らげると言う選択を選び強く抱きしめる。


(くっそーなにがどうなっているんだ?このまま終わるのか?それよりも彼女を―――)


 抱きしめながら考えた事は、なぜこの様な事態になってしまっているのかだった。 


 崖から転落は、脇見運転やスピードの出しすぎによる運転操作ミスでもなければ、もちろん自殺でもなかった。自殺などであれば、今抱きしめている彼女を庇う行動は、少し矛盾している。場合によったら直前で改めた可能性はあるが、今回はそれに該当しない。


 俺は、この様な事態になった事を改めて思い直してみた。ただ、思い直しながら今置かれている現状での落ち着きように自分自身少し驚きもあった。


(人間ってどんな状況になっても考えることは出来るんだな。それよりも崖から落ちる直前・・・)


 何処か他人事のように思いながら、崖から落ちる前の出来事を思い出す。 











~三日前~


 俺、伏見(ふしみ)優雨(ゆう)は、いつもの様に仕事場のデスクに座りPC(パーソナルコンピューター)で、企画書を作っていた。この会社に就職して六年近く経過し、今では上司と部下の板ばさみの立ち位置に立つ二十八歳の独身だ。二年程前に遠距離恋愛だった彼女と別れ、仕事に追われる人生を歩んでいる真っ最中だった。


 そんな中、突然上司に呼ばれ、訪れると社外研修会に参加するように言われた。研修の内容は五、六年近く仕事をしている人が受ける。言わば、新人教育方法や中間管理職のあり方などを教えてくれる内容で、自社は毎年誰かが参加しているようだ。


 しかも社外研修なので自分一人が参加するのだと思っていたら、そうではなかった。自社からは五人参加する予定だと知らされた。


 一人目は、二階堂(にかいどう)(れん)。配属先は違うが俺と同い年の同期入社した男性だ。短髪で少し明るい茶髪にしており、背丈は俺よりも少し高い百八十前後ある。顔立ちとルックスも申し分なく、芸能界でも食べていける外見だ。加えて、性格も良く誰にでも優しく接することが出来、裏表のない性格から社内で絶大な人気を持っている。


 蓮とは、入社初日からの付き合いだが、今では社内で一番仲の良い仕事仲間だ。休日でも時々、一緒に遊びに行ったり、飲みに行ったりもしている。彼が一緒ならある意味気を使わなくても良い気がして、少し研修が楽に思えた。


 二人目は、窪塚(くぼつか)琴莉(ことり)。配属先は、会社の受付をしている一つ上の先輩だ。彼女もまた蓮と同じくらい有名で、社内のアイドル的存在だ。とある出来事がきっかけで、蓮や他のグループと一緒に遊びに行く一人でもある。少し落ち着いた茶髪に、いつも髪のセットはハーフアップ。毛先はカールの時もあればストレートにしている時もある。可愛いと言うよりも綺麗と言う方が似合う外見だ。身長も平均的な女性より少し高いぐらいで、顔立ちやプロポーションからすれ違う人の半分近くは振り返ったりするレベルだ。まさに容姿端麗を再現したような女性だ。


 あまりの見た目のよさに、ナンパは後を絶たず、芸能のスカウトも何度かあったと耳にしたことがあった。


 三人目と四人目に関しては、顔も見た事がない。そもそも働いている場所自体違い、現地で落ち合うことになっている。一応男性と女性のペアで、男性の方は窪塚の同期になる人で、女性の方は、優雨や蓮の後に入社した一つ下の後輩になる。男性と女性の職場も違うが三駅分しか違わないため一緒に来るのだと聞いていた。 


 そのため、優雨と蓮、窪塚の三人で行くことになったのだが、場所が地味に遠く前日から出発しなければならなかった。しかも新幹線や電車などは近くになく、バスも一時間に一本と少ない。田舎と言うよりは山の中にある建物なので、周囲には研修用の宿泊施設ぐらいしかない為、車で向かうことになった。


 ただ、蓮が前日の夕方まで私用があるらしく、用が済み次第向かうので一緒には行けないと言って来た。山道ばかりなので、片道六時間ぐらいかかり宿泊施設に到着するのが恐らく日付が変わるぐらいになるらしい。


 当初三人で行く予定が、先に優雨と窪塚が昼前ぐらいに出発し、後から蓮が夕方に出発する段取りになった。


「よかったな」


 軽い打ち合わせの後、蓮から他には聞こえない程度の声で俺にそう言って来る。


「おまえ、まさか・・・」


 俺は、蓮がどういった意図でそのような事を口にしたのかすぐに理解できた。蓮に疑いの目を向けると蓮は少し焦って弁解してきた。


 これは、蓮しか教えていないが、俺は一緒に行く窪塚琴莉の事が一年前ぐらいから好きになっていた。正確に言うと自覚したと言うほうが正しいかもしれない。


 確かにこれだけの美人だと誰でも一目惚れはあると思う。


 現に自覚する前から少し気になる程度の存在ではあったが、ある事が俺に好きだと自覚させた。


 それをお酒の席でつい蓮に話してしまい。なぜか俺の恋愛に協力してくれている。


 時々、お節介過ぎる時もあるのが困り者ではあるが。 


 蓮の言葉を聞き、もしかして二人きりにさせるための口実で、私用があると言ったのではないかと疑ってしまった。何せ前科持ちであったから疑わざる終えない、今回はただの勘違いで済んだ。


 蓮の私用の内容は、祖父の法事があり夕方までかかるようだ。なので、二人きりになれるチャンスだと言いたいのであろう。結果的に二人で行くことは決まっているのだが・・・・。


 皆と別れた後俺は、研修の日の分も仕事を前倒しで済ませないといけないので、夜遅くまで残業し、帰ってからは泊まりの準備を整えた。 


 




 





~当日~


 八月七日の日曜日。天気予報通り晴天となり、空を見上げると雲一つない紺碧の綺麗な色が上空を彩っていた。休日に加え良い天気もあってか、伏見優雨が現在いる駅周辺は多くの人で賑わいをみせていた。友達同士で遊びに来ている学生、手を繋いで幸せそうにしているカップル、家族サービスで訪れている親子など、実に楽しそうに過ごしている人たちが多くいるようだ。中には、暑さでぐったりしている人もいるようだが・・・。


 集合場所を駅にしたのには、俺たちが働く会社が今いる駅から徒歩五分ほどで、普段俺や窪塚は電車通勤をしている。今回は車で来ているから彼女の家近くにある最寄り駅に迎えに行こうとしたのだが、やんわり断られた。別に嫌われているからとか、家を知られたくないからなどの理由ではない。家の場所は、皆で遊びに行った時に家まで送ったことがある為すでに知っている。


 断った理由は、一度会社に寄り研修の参加費を受け取る必要があったのだ。窪塚は、会社に寄ってその後最寄り駅に来るのは大変だろうと言う理由から、会社の近くの駅に集合することになったからだ。


 会社に寄り参加費を受け取る際に再度、車の走行距離を必ず確認するよう釘を刺された。なぜ再度なのかと言うと、上司から研修参加の事を言い渡され、参加者で打ち合わせ前に経理の人に場所や交通、宿泊について聞きに言った際、自家用車を使うように言われたのだ。


 さすがに出発当日は、日曜日と言う事で会社の車を使う事はないが、連泊の研修だと会社の車をずっと使用されるのは困るようだ。そこで、自家用車を使うように言われた。当然、走行距離に応じてガソリン代を出すと経理の人から言われている。


 この時、車を持っていない又は運転免許証がない人はどうするのだろうかと思ったが、俺たちには関係なかったので触れない事にした。


 そんな些細な事を思い出しながら、俺は乗降可能なロータリーに車を止め待つ。


 相手を待たせないため、普段は十分前行動をするのだが、先に会社へ寄る為三十分前行動をしていた。と言っても駅に着いたのは集合時間の七分前ではあったが。 


 車の中で充電していたスマートフォンが鳴り響く。


 LINE(ライン)やメールではなく着信だ。しかも相手は窪塚からだった。


 慌てて電話に出ると今改札口を出た所だと報告の連絡だったため、俺は自分がいる位置を伝えた。


 一応、集合時間を決める時に北口か南口かだけ決めていたのだ。後は実際ロータリーに行ってみないと、どの位置に停められるかわからないからだ。南口は、タクシーやバスなどの出入りが激しく人通りもあるので、今回は北口のロータリーで待つことは決めてある。


 ついでに言うと北口は、こういった駅での待ち合わせに適している部分もあった。その理由は、なぜか銅像が三つあり集合するときは、和服像前(和服の女性が立っている像)だったり、山人像前(登山家の格好をした人の像)だったり、サフ像前(サーフボードを持っているサーファー像)だったりする。それぞれ少し離れており、テレビでよく見るハチ公前に比べて分かりやすいようになっている。


 これらの像が何であるかは知らないが、俺はその中でもロータリーに一番近い和服像前の近くで見知った女性が姿を現した。


 女性は勿論、窪塚のことで、彼女はピンクと黄色の花が膝のあたりに散りばめられた白いワンピース姿に白い日傘を差していた。


 彼女の姿を見つけるとすぐに車から降りる。


 車内は冷房が程よく効いて過ごし易かったが、一度(ひとたび)外へ出ると蒸し暑さで汗が噴出しそうな感じがした。


 それもそのはずだ。先程会社に立ち寄った際は、日陰の所が駐車場だったのでそこまで感じなかったが、今は諸に直射日光に晒されている。時刻もまだ十時前だと言うのに駅に設置されている温度計は三十五度を上回っていた。


 暑いのを堪え、手を振って彼女を呼ぶ。


「窪塚さん。こっちこっち」


 最初は、彼が何処にいるのか分からない様で周囲を見回していたが、声をかけられたことで彼の居場所を把握することが出来た。


(やっぱり、私服姿も綺麗だな。周囲の人が振り返ってるしってか周りの目線が痛い)


 そもそも、優雨も窪塚も私服姿なのは、研修が始まるのは明日の朝からなので、今日は宿泊施設にチェックインするだけなのだ。研修会では、私服は駄目なのでスーツを各自持参している。


「こんにちわ伏見くん。今日はよろしくね」 


 彼女は、停めていた車の所まで来ると笑顔で彼に挨拶をした。


 優雨は、その笑顔で一瞬ドキッとしてしまうが、すぐに平常心に戻った。彼女のような美人に笑顔を向けられると誰でも緊張するよなと考えながら挨拶を返す。


「こんにちは。それにしても暑いなー。あ!荷物積み込むから預かるよ」


 職場でもプライベートでも先輩にあたるが、彼女は何故か敬語があまり好きではないらしい。以前、遊びに行った時に敬語で話をしていたら、普通に接してほしいと言われ、それに対し俺は理由を聞いた事がある。


 どうやら彼女にとって、敬語で話されると言うことは何処か他人行儀に感じてしまうようだ。これが通りすがりの人に話すならいいが、親しい人は敬語で話されたくないのだろう。


 俺は、彼女からお礼を言われ少し嬉しい気持ちになりながら、彼女の荷物を車に積み込む。


 ずっしりとした白いキャリーバック。中にはスーツや二日分の着替えに必需品などが入っているのであろう。自分のキャリーバックよりも重たかったが、女性は男性と違い持っていくものが多い。そのことを忘れてしまっており、持ち上げる時に少し驚いてしまった。


 持ち上げる時に驚いたぐらいだが、積み込むのに何ら支障はない。


 積み込みが終わり、二人は車に乗り込む。車内は冷房を入れていた為、外の蒸し暑さから一気に開放された。


「あんまり綺麗にしてなくてごめんね」


「大丈夫だよ。それに、伏見くんの車に久しぶりに乗ったけど、綺麗にしていると思うよ」


 実際、車内はそれほど汚れているわけではなかった。多少は埃などが端っこに残っているが、何処の家の車も似たり寄ったりのレベルである。あまりに酷い車は、ゴミがたくさん車内に残っていたり、仕事道具なのか生活用品なのか分からない物がたくさん置いてあったりするが、優雨は普段電車通勤で車を頻繁に使わない為汚れ自体はそこまでないのだ。


「窪塚さんが乗るの分かってたから、昨日慌てて掃除したよ。普段使うことないし、誰かを乗せることも少ないからね」


 優雨は冗談っぽく言うが、事実昨日慌てて掃除したり、ガソリン入れたりして動いていた。


 窪塚は、笑いながらお礼を伝えた。そして、優雨の最後の言葉に疑問を覚えた。 


「あれ?伏見くん彼女さんは?」


 彼女の突然の爆弾発言で、優雨は一瞬むせこんでしまった。

 

「だ、大丈夫?何か、何か飲んだほうが・・・」


 彼女は、自分の鞄に入っているミネラルウォーターを取り出そうとする。


 普通の時の自分なら心の中で喜んでいたかもしれないが、今はそれどころではない。咳き込んでいる状態でそこまでの思考が働かなかったのだ。


 それに、むせている時に飲み物を飲むのは、逆効果でもある。そもそもむせている人に飲み物を飲む事は、気管に入り込んだ不純物を出す行為を阻害し、ひどい場合は不純物が肺に入り込んで胸が苦しくなってしまうのだ。 


「ケホッ。大丈夫だよ。ちょっとビックリしただけだから」


 手で飲み物はいらないとすると、手に持っていたミネラルウォーターを握り締め、心配そうに見つめる窪塚。


 優雨は乱れた呼吸を正常にするため、深呼吸をした。  


 呼吸を落ち着かせるも、軽い咳き込みは今も時々している。


「それで、彼女だっけ?えーっと、今はいないよ。急にどうしたの?」


 そもそも、何処から俺が誰かと付き合っている話になっているのか。彼女は、俺が二年程前に当時付き合っていた人と別れたことは知っているはずだ。それをこのタイミングで確信のあるように聞いてきた事が気になっていた。


「前に二階堂くんが、伏見くんに春が来たみたいな事を言ってたから、私はてっきり彼女でも出来たのかと思ってたんだけど、違ったんだ。・・・・ょ・った」


 俺が以前、お酒の席で話した事を二階堂は彼女にそれとなく伝えていたようだ。しかし、彼女はそれを自分自身だとは気がつかず、別の人と恋愛関係になったと勘違いしていたようだった。


 好きな女性の前で、自分が誰かと付き合っているなどと言う誤解は、正直辛いものがある。


「あいつの言っている事は、真に受けたらだめです。それより最後何て言ったの?ナビの音声でうまく聞こえなかったから」


 窪塚の「よかった」と言う発言は、タイミングが良いのか、悪いのか分からないほど絶妙なタイミングで「目的地ガ設定サレマシタ。案内ヲ開始シ・・・・」と彼女の言葉とかぶってしまい聞き取れなかったのだ。


 彼女は、内容までは聞こえていなかったものの、自分が思わず口にしていた事を聞かれてしまい動揺する。


 しかし、動揺は一瞬で直にいつもの彼女に戻って、たいした事ではないと彼に伝えた。  


 彼もそれ以上は気にしない事にして、先程の会話を続けた。 


「しかし、蓮のやつ変な事を窪塚さんに言うなよな。明日、問い詰めてやらないといけないな」


 シートベルトを締めながら、優雨は蓮にどう問い詰めるか考えた。


 蓮の協力してくれる事は、正直嬉しいのである・・・・が、それを彼女に伝えるのは少々やりすぎの気もする。共に飲みにいったり、遊びに行ったりする中なので少しぐらい痛い目に見ても関係は崩れない。


 優雨は、蓮への軽い仕返しを考えたのち、会話の流れで確認したいことを彼女に尋ねることにした。


「ところで、窪塚さんはどうなの?付き合っている人はいるの?」


 これは、一年程前にも聞いたことがあるが、聞いてから一年経つため、今はどうなのかは知らない。


 窪塚は、流れ的に自分にもこの話題が来ることを予想していた様子で落ち着いた表情をしていた。


 俺は、彼女のその落ち着いた表情が「実はいるんですよ。彼氏」と言わないか不安な気持ちに駆られてしまった。


 やはり、好きな人のことは知りたいが、誰かと付き合っていると考えると俺は、こんな質問をするんじゃなかったと後悔し始める。


「えーっと。お付き合いをしてる人はいないよ」


 暑さのためか窪塚の頬が少し赤くなっていた。


 それに気がつかず、と言うよりも彼女の現在誰とも付き合っていないと言う情報を聞いて優雨は、心を高ぶらせていた。


「い、いないんだ。でも窪塚さん程の人なら、いない事のほうが不思議だね。実は好きな人がいたりして」


 冗談交じりで窪塚の真意を聞けたら良いなぐらいの気持ちで尋ね。それと同時に、ずっと車を停めているわけにも行かないのでサイドブレーキを外し、アクセルを少しずつ踏み込んで車を動かした。


 車内は、静まり返っており、エンジン音が普段は気にしないレベルにもかかわらず、今日はやけに大きく聞こえた。


(うわー。何も言ってこない。良い感じの空気を壊してしまったなー)


 後悔先に立たずとは、まさにこの事である。良い結果だけを気にしていて、悪い結果を想定していなかったのだ。


 普段は、何事に対しても慎重に行動しているのだが、やはり先程の言葉が嬉しくてつい先んじてしまったのだ。 


 駅前通りの信号が赤になり車を停止。この空気をどうするか考えているとその重い空気が、彼女の言葉によって変化した。


「あの実は、・・・実はね。好きと言うより気になっている人は・・・・・いるのよ」


 気になる人を思い浮かべているのか。少し赤くなっていた頬がより赤みが増したように見えた。


「でも、まだ誰にも話したことがないから、皆には秘密にしておいてね」


 窪塚の話は恐らく真実なのであろう。事実、彼女のそういった話は今までに聞いたことがない。


 優雨は、平常心を保ち秘密にすることを誓った。


 車が動き出し、少ししたところでコンビニが見えてくる。


 お昼ご飯をお店で食べても良かったが、飲み物もほしかったこともありコンビニによってお弁当を買うことにした。


 今すぐ食べるわけでもないし、俺は運転しながらなのでサンドウィッチとパン、それに飲み物を購入した。彼女は、サラダに同じくサンドウィッチと飲み物を購入していた。


 一時間ほど市内を走りった後、目的地に向かうための最初の山を越える山道に入った。


 その頃には、お互いに他愛もない話題で盛り上がっており、出発の時の地雷は踏まないように注意していた。


 八月でも山道は、市内と比べ気温が低く、窓を開けて運転をしていた。その為か、当然のことながらセミの鳴き声が良く聞こえていたが、話に盛り上がっていて気になることはなかった。


 時折見せる自然に出来た新緑のトンネルは、通る者を癒してくれている、そんな風に感じられた。


 どれくらい走行したのだろうか。二つ目の山の頂上付近を走行している時に違和感に気がついた。


 四十メートルほど前方にある右に大きくカーブしている先から大きな音が聞こえたのだ。カーブしている先が崖の壁で見えないため何の音かまでは分からなかった。


 初めは、曲がった先で事故でもあるのかと思いきや、音は次第に近づいてきていた。何か金属の様な物同士が擦れるそんな音や物が壊れる音も混ざって聞こえる。


 そして、音の正体が分かった。


 カーブ手前にいた中型のトラックが、突如何かにぶつかって車体の向きが変わった。何かとは反対車線を走っていた車だ。そもそも衝突した車は、反対車線を走っていたのかすら怪しい。トラックの運転手からしたら一瞬の出来事でわからなかっただろうが、離れた位置から見ていた優雨には衝突事故の瞬間、違和感を覚えた。


 車とトラックの衝突の仕方が、異様だったのだ。普通、曲がりきれずトラックと接触したのなら、トラックの中央より少し後ろあたりに衝突する。ドリフトや直進にしてもやはり中央より少し前側に衝突するはずだ。それが、どうしてか運転席のそれも前タイヤのあたりに突っ込んできた車の助手席側のボンネットが衝突したのだ。


 トラックは、衝突の衝撃で、ぶつかったところを基点に荷台の部分が大きく左に流され、道路に設置されているガードレールに接触。そのままガードレールを変形、壊しながら向きを変え停止した。荷台の一部が崖から飛び出している形になっているが、後輪もしっかり地に着いていたので、そのまま後退して崖から落ちるようなことはなかった。


 ただ、事故を起こした車の方は違っていた。トラックに衝突したのにも関わらず、勢いを失うどころか逆に状況を悪化させているかのように此方に向かって横向きに転がってきた。


 車とトラックが衝突した位置が優雨たちの位置から三十メートルぐらい先だったのに、今は十メートル程先の位置に転がってきた車がいた。その様子はまるで、映画のワンシーンでも撮っているかのように転がってきて、優雨は慌ててハンドルをきった。


 辛うじて避けることができると思ったその瞬間、神の悪戯でもあったかの如く、転がってくる車も優雨たちの乗っている車目掛けて方向を変えた。


 実際、本当に神の悪戯があったわけではなく、転がってくる車がまるでラグビーボールのように不規則に転がってきていたため、避ける寸前でたまたま運が悪く、軌道が変わってしまっただけの話なのだが、それでも避けようとした優雨たちにとってはたまったものではない。


(なっ!!くそったれーーーっ!!)


 優雨は、その出来事に驚きの表情を見せると同時に心の中で悪態を吐く。しかし、悪態を吐いたところで現状が変わるわけではない。さらにハンドルを先程とは逆にきって避けようとするも、二台の車の間隔はすぐ傍だったためハンドルをきったところで避けれるわけもない。優雨の表情は、衝突の覚悟を決める。せめて、隣で目と瞑り身体を強張らせている彼女を衝突後に守れるようにと。


 そして、その瞬間は来た。


 激しい衝撃が、身体を強く打ちつけ前後に激しく揺れた。頭部も前後に揺さぶられたことで首がもぎ取られそうになる。実際はむち打ち程度なのかもしれないが、折れていても不思議ではないほどの衝撃だった。


「きゃあ!!んーんー!!」


 大きな音と共に、優雨たちが乗っていた車は、衝撃でガードレールにぶつかり、車体後方が大きく崖へ突き出す形になってしまった。先程のトラックと同じ現象である。違うのは、トラックよりも車体後方が崖に突き出している事だろう。転がってきた車はと言うと勢いを失い車体がひっくり返ったまま道路中央に停止していた。


「痛ったー。ハッ!!窪塚さん大丈夫?」


 衝撃で、エアバッグが膨らみどうにかエアバッグから脱出できた。むしろ、衝撃もそうだがエアバッグで窒息死するかと思うぐらい息が出来なくて驚いてしまった。脱出した直後、身体を痛めたのか動かすと電流が流れるような痛みが全身に走った。ある意味痛みのおかげか、措かれている現状を直に理解し、慌てて彼女のほうを確認する。彼女もまた、エアバッグで窒息しかかっていた。彼女の場合、衝撃の時悲鳴が聞こえたが、直にエアバッグによって悲鳴が呻き声に変わって聞こえていたのだ。 


 そんな彼女もどうにかエアバッグから脱出してきた。その姿を見る限りでは彼女も無事なようだ。 


「ぜ、全身が痛い・・・けど、私たち・・・どうなったの?」


 息が出来ず、苦しかったようで、しんどそうな呼吸をしていた。彼女のほうは目と瞑っていたこともあり現状をなかなか理解していない様子だったが、それでも会話も出来ているので重症ではないことに安心した。


 現状の理解と言っても優雨と窪塚とでそう差が有るわけではない。優雨もまた、それほど理解しているわけではないのだ。理解と言うよりもただ冷静になっていると言ったほうが正しい。周囲を確認しようにも身体が痛く後ろを確認することは出来ない。前は衝撃でフロントガラス全体にヒビが入っており所々割れて穴が開いているが、その穴から見えるのは自分の車の歪んだボンネットや山の崖(対向車側の登り斜面)が見える程度だった。少し浮遊感があり、重心が後ろへ向いていることが気になり横を見ようとすると、窪塚が違和感を口にした。 


「そ、それより何か・・・・変な臭いがしない?」


 その言葉で、俺もその変な臭いを意識することが出来た。


 どこかで嗅いだ事のある臭いだが、事故の直後だ。急ブレーキをかけた時にできるタイヤの焼けた臭いやエンジンが故障しているのか鼻に付く臭いも感じられた。そして、嗅いだ事のある臭いはこれらの臭いとは別の物だ。 


「ガソリンが漏れているのか?」


 優雨と窪塚が感じ取っていた臭いの正体は、ガソリンだ。それも、性質が悪い事に転がっているほうの車から漏れ出しているようだった。彼らにとって、どちらの車から漏れ出しているのかは大した問題ではない。それよりも早く車内から脱出するほうが優先だ。


 俺は、急いでシートベルトを外そうとした瞬間、大きな爆発音が聞こえた。音と共に割れたフロントガラスの一部から黒煙が見え、そのまま爆風によって自分たちの乗っていた車は金属とコンクリートが擦れ合う変な音を立てながら、崖へと転落していった。


 つまりは交通事故による二次災害が発生したのだ。 

 

 崖から落ちていく優雨たちの車は岩肌がむき出した地面へ衝突、本日二度目の爆発を引き起こした。


 その山では二つの黒煙が黙々と天高く上り、連日ニュースに取り上げられることになったらしいが、彼らはそれを知る由はなかった。


読んでいただきありがとうございます。

自分の趣味で始めたので、所々おかしな部分が出るかもしれませんが、ご了承ください。

誤字、脱字、感想やご意見等あれば受け付けております。返事は難しいかもしれませんが、極力改善していきたいとおもいますので、温かく見守ってください。

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