相合傘したガール
雨がしとしとと降る放課後、私は燃えていた。
今日は部活動のない月曜日、そして彼が傘を持ってきていないのもチェック済み、であれば私と相合傘に持ち込む余地は十分にある。
雨模様の空を眺めながら、私は下駄箱で健気に彼を待つ。片想いをする乙女の健気さは、はっきりいって忠犬ハチ公をも上回る勢いである。うそ、それは言いすぎた。
彼を想いながら溜息などついていると、私の待ち望んだ声が廊下の方から聞こえてきた。
彼は友達と一緒に下駄箱に来たみたいだった。でも、あの友達とは下駄箱で別れるはず。ほら見ろ、友達は先に学校を出て行った。
ゆっくりと靴を履き替えている彼に、私は勇気を振り絞って声を掛けた。
「あの、神崎くん。一緒に帰らない?」
少し声が震えてしまったが、ちゃんと彼に伝わったみたい。
「ん? いいけど、珍しいね、吉田さんがそんなこと言うなんて」
彼が疑問に思うのも当然だ。彼に一緒に帰ろうと誘うのはこれが初めてだし、教室でもそれほど話す間柄でもない。ただ、一方的に私が彼を見つめているだけなのだ。
「ほら、神崎くんとは帰り道が一緒だし」
微妙なツンデレをかましてしまう私。
「あはは、そういやそうだな。じゃ、行こうか」
来た! ここで私が颯爽と傘を……!
「いやー、置き傘しておいてよかったー」
ぬかったー! 置き傘の可能性を考えていなかったー!
でもまだ手はある! それなら私が傘を忘れたことにすればいいのだ。幸いにも私の傘はまだ傘立てにある。忘れた体を装うことは可能だ。
「あれ、吉田さん、傘ないの?」
尋ねてきた彼に、私は苦笑いを浮かべて答える。
「うん、そうなの。……どうしよう」
決まった。困り顔プラスか細い声、そして助けを求めるような上目遣い、はっきりいってこれで相合傘してくれない男は男にあらず。私が見込んだ彼は間違いなく男だから、相合傘を提案してくれるはず!
「それなら、はいこれ。俺、置き傘二本あるから」
彼の言葉がよく聞き取れなかった。
「に、にほん? え? 日本のこと?」
「いやいや、どうしてそうなる。二本、二つって意味だよ」
「あ、あはは、そうだよねー」
私は乾いた笑い声を漏らしつつ、そのコンビニで買ったであろうビニール傘を受け取った。
いや! ここで諦めてなるものか! このチャンスを逃すわけにはいかない!
私は受け取った傘を強く握り、その骨をぐしゃぐしゃにした。おそらく私の今の握力は男子どころかゴリラにも引けをとらないだろう。
「あれれー? この傘、ちょっと壊れてるかも?」
「え、本当? うわ、なんだこれ、こんなバキバキにした覚えないんだけどなー。誰かに使われたのかな」
彼は私を疑いもせずに傘をまじまじと見ていた。ごめんね、後でちゃんと弁償するね。
「じゃあ、どうしよっか。これじゃあ吉田さん濡れちゃうよな」
「それなら、その、神崎くんの傘を、ふた」
「あ! 俺カッパ持ってたんだ」
私が相合傘の提案をする前に、彼はカバンから雨合羽を取り出していた。彼はそれをいそいそと着こむと、自分の傘を私に渡してきた。
「はい吉田さん。この傘使ってよ」
「う、うん。ありがとう」
私は途方に暮れた。まさか彼がここまで用意周到の構えで学校に来ているとは思わなかった。なかなか合羽を持ってきている人はいないだろう。
ううん! まだ諦めちゃだめ! こうなったら雨合羽も……!
幸いといっていいのかわからないけど、雨合羽もコンビニで買った安いものと思われる。後で弁償するとして、これも破壊しに行くしか……!
私は彼の背後に忍び寄り、ごく自然に言う。
「神崎くん、カッパにゴミついてるから取ってあげるね」
「ん、ありがとう」
そうして私は右手を一閃、彼のカッパを引き裂いた。
「ちょっ、神崎くん! このカッパ切れちゃってるよ。背中ががばって開いたドレスみたいになってるよ」
「うそ? うわ本当だ! なにこれすげーセクシー!」
彼は笑いながら自分の背中を見て言った。なんて器の大きい人なんだろう。改めて好きになった。
「んー、どうしよう。これじゃあ俺が濡れちゃうな」
「だからね、この傘を、ふた」
「あー! 思い出した! カバンのポケットに折り畳み傘が入ってるはず!」
私が相合傘の提案をしようとすると、彼はまたしても雨具の存在を思い出した。もしかすると彼は私と相合傘したくないのかもしれない。涙でそう。
「これで帰れるね。いこっか、吉田さん」
「う、うん」
彼は昇降口を出ようとしていた。
でも私はまだ諦めきれない。なんとかして彼と相合傘がしたい!
その思いが通じたのか、彼が外に出た瞬間、突風が吹いた。
「うわっ! 風つよ、あぁっ!」
まさに神風――!
折り畳み傘の骨が逆に曲がりキノコ状になった。
「あーあー、逆関節になっちゃったよ」
彼は苦笑いを浮かべながらよくわからないことを言った。
ともあれ、私に絶好のチャンスが訪れた。ここで相合傘できなかったらいつできる!?
「あの、神崎くん。この傘をね、ふた」
「こうなったらしょうがない。あの手を使うか」
彼は私の言葉を聞かずに、学校の植え込みに近づいていった。彼が近寄っていった一角には、何故か無駄に葉の広い植物――里芋が植えられていた。里芋の葉は水をよく弾くけど、どうしてそれがそこにあるの!?
「これで凌ぐしかないね。いこっか吉田さん」
彼はその葉を差しながら屈託なく笑った。
結局、私はその笑顔にやられ、葉を差す彼と帰路を共にした。
でも、相合傘の野望は未だ私の胸の内で燻っている。
いつか絶対、彼と相合傘してやるんだから!
吉田さんが得たもの
・ゴリラ並みの握力
・高速手刀
・神風