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D04・中華飯店

「らっしゃ~い!」

 『楼來亭』の店主の威勢のいい声に迎えられて、彼女と二人で店内に入る。店はそれ程混んではいなかった。私と彼女は入り口近くの四人席で合い向きに座った。すぐに店主の娘がお冷とおしぼりを持ってきた。

「ご注文、何にする?」

 店主の娘はぶっきら棒で無愛想に注文を訊いた。私はメニューを見ないで注文をした。

「私は麻婆豆腐とチャーハン。貴女は?」

 彼女は店内に貼ってあるお品書きを見回してから、店主の娘にオーダーした。

「私も麻婆豆腐を。それと小盛りのラーメンね」

 店主の娘は伝票にサラサラと書いてカウンターに消えていった。

 私はおしぼりの封を開けて手を拭いた。

 彼女もおしぼりで念入りに手を拭いてた。

「いつも熱心ですね。感心しています」

 私は彼女に向けて言葉を発した。彼女は照れて恐縮し、おしぼりで赤くなった顔を隠しながら答えた。

「いえいえ、そんなんじゃありません。会社では間に合わなくて、仕事を持って帰っているんですから」

 彼女は私を下から見上げた。

「おじさまこそ、スゴイです。研究だなんて」

 私は彼女の「おじさま」という言葉に少し苦笑いした。

(そうか、彼女から見れば、確かに私は「おっさん」だよなぁ)

 そんなちょっと醒めた感覚を感じながら、私は答えた。

「研究だなんて言って勝手にやっているだけで、ほとんど趣味のようなモノですよ」

 彼女は愛想笑いをして手を振った。

「とんでもない! 素晴らしいですわ」

 私は彼女に見つめられて、目を伏せてしまった。

「そう、ですか。そう言われると照れてしまいますが」

 カウンターの奥から、店主の娘が料理を運んできた。チャーハンとラーメン、そして麻婆豆腐。だが、麻婆豆腐は二人前を一皿に盛って持ってきた。私は、店主の娘にクレームを付けた。

「この麻婆豆腐はどういうことです? 別々で盛ってもらいたかったのですが!」

 店主の娘はどうしたらいいのか、訳が分からずにモジモジしていた。

「お客さん、そいつはすまねぇ」

 カウンターの向こうから店主が声を掛けてきた。

「おらぁ、てっきり恋人同士だと思ったもんで。今回は申し訳ないが、それで勘弁してくだせぇ」

 私と彼女は、お互いに顔が赤くなるのを感じた。それから顔を見合わせ、吹き出して笑った。そして、彼女が店主に向かってこう答えた。

「マスター、分かりました。このまま食べますわ」

 店主は深々と頭を下げた。

「すんませんです」

 私と彼女は、料理に手を付けた。だが、麻婆豆腐は遠慮がちに食べた。お互いの蓮華がぶつからないように気を使いながら。

 しばらくして、店主の娘が一皿の餃子を運んできた。

「これ、お詫びのサービスね」

 私と彼女は、一皿六個の餃子を仲良く三つずつ食べた。

「ここの餃子も美味しいですよね」

 ニコリと笑って餃子を頬張る彼女。

「少々得した気分ですな」

 満更でもない顔で餃子を頬張る私。

「えぇ」

 満足そうに餃子を噛み締める彼女。

 私と彼女は、店主の勘違いでちょっと幸せな気分だった。


 お互いに満腹になったところで、名刺交換をした。

 私、津村淳一は市役所の福祉課に勤務する、独身の四十一歳。

 彼女、有川知子は某中堅のIT企業のマーケティング部所属のOLで独身の二十九歳。

 この日は、たったこれだけの情報交換だった。

 ただ、最後に問題があった。それは、最後に支払いで揉めたのだった。

「私がお誘いしたので、私が払いますっ!」

「いや、年長者で男性が払うべきだ!」

 双方が譲らないのをジーッとレジで眺めていた店主の娘がつぶやいた。

「割り勘、お勧めするね」

 私と彼女は顔を見合わせて、赤くなってまた吹き出した。そして、お互いに自分が食べた分だけを支払いして、二人で店を出た。

「さよなら」と私。

「さよなら」と彼女。

 店先で彼女は右へ、私は左へと別れて歩き出した。

お読みいただき、ありがとうございます。

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