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心をほしがった人形2

 魔女が二人の子どもを拾ったのは、ほんの気まぐれだった。みすぼらしい身なりをした幼い少年と少女。魔法ですいとすくいあげて、家の中へ連れて行くと、彼らはぽかんと魔女を見つめてされるがままになっていた。

 魔女は自分のために作っていたスープをテーブルに並べ、子どもたちを椅子まで運んだ。

「さっさとお食べ。」

「あ、あの、あなたは。」

「とろいがきは嫌いだ。お前らの命は私のものだよ。」

 ぎろりとにらむと、子どもたちはあわててスープを口にした。食事をとりながら、少女は泣きだし、少年は魔女を睨んでいた。

 食べ終えた子どもたちを風呂に放り込み、ぴかぴかになった彼らをじろじろと眺めた。きれいになった彼らはかなりましに見えた。少年は朴訥として人の良さそうな顔の作りであったが、その表情は警戒心によって険しくなっていた。そして少女の顔を見て、魔女はわずかに眉を上げた。少女は、目を見張るほどの美少女だったのだ。


 魔女はまず、少年たちを太らせた。彼らはあっという間に健康的になり、頬はつやつやと輝いた。そうなると、特に少女の美しさはいっそう際立った。

 それから彼らをこき使った。館中の掃除をさせ、料理の世話をさせ、弱音を吐けば厳しく叱りつけた。最初は不満げにしていた彼らであったが、温かい食事と寝床は必ず与えられることに気がつくと、次第に魔女に信頼を寄せるようになっていた。魔女もそれには気がついていたが、多少居心地が悪く感じる程度だった。

 やがて魔女は少女を呼び出して、改めてその容姿を値踏みするように見た。

「お前さんは美しいね。」

「あなたの方が、美しいわ…。」

「心にもない世辞はいらないよ。お前、両親がほしいかね。」

「両親?」

 唐突な話に、少女は目を見開いた。しかし少女と少年は生まれて間もなく捨てられた、孤児である。家族という存在に憧れを持っているのは明らかだった。

「お前に両親をやろう。魔女に相応しいように、それなりの家柄を用意するよ。」

 魔女は、力をつけるまでは何の後ろ盾もない。師匠になる南の魔女自身には、悪評がある。家柄の良い子女であるというだけで、その魔法への信頼性は高まるのだ。魔法自体の評価が認められるまでは、良い家柄と養子縁組するのが良いとされている。

「魔女に?」

「そうだ。私は後継者を探していたんだ。お前さんは賢いし、美しい。魔女にぴったりだと思うがね。代わりにお前の欲しいものを与えてやる。両親がほしいだろう。」

 決めつけるような言葉に、少女は悲しげにうつむいた。

「いらないって言ってもくれるんでしょう。私を魔女にするために」

 その表情すら美しく、魔女はいらだちを押さえながら言う。

「その美しさは普通の人間には酷だよ。魔女になった方がお前さんにもいいと思うがね」

 その瞳に真珠のような涙が浮かんだが、それがこぼれ落ちる前に少女は頷いた。


「いいかね、こいつを魔女にする。」

 魔女は少年に言った。

「才能がある。私の後継者だ。お前さんには残念ながら何の才能もないがね。拾ってやった以上、人並みの暮らしができる程度まで育ててやるから感謝おし。」

「後継者って。」

 少年は聞いた途端、身を乗り出した。

「あなたは引退するのですか。」

「魔女に引退もくそもあるかい。…けどまあ、あとを継がせたら、私はいつでも死ねるってもんさ。」

 そう魔女が言うと、少年は顔を青ざめさせた。少女まで同じ表情をしたので、魔女は意外に思う。

「認めません!」

「わ、私だって…そんなこと聞いてません。」

 魔女は一呼吸置いて、少年たちを睨みつけた。

「いいかね。」

 まず少女に目をやる。美しい少女は身をすくめた。

「お前さんは頷いた。魔女になるって言ったね。違えることは許さない。」

 そして少年を見遣った。彼はまっすぐに魔女を見つめていた。

「お前さんに口出しされることは何もない。不満があるなら出て行きな。」

 魔女はあえて少年の視線を真っ向から受けた。しばらくの間があいたが、目を逸らしたのは少年の方だった。

 やがて少女は、町に住む裕福な家庭と養子縁組をした。平日は魔女の館に泊まり込みで修行をし、週末だけ両親となった夫婦の下で過ごした。両親は優しく、古くから南の魔女と関わりがあったために彼女らへの理解があり、少女との関係も良好だった。しかし週末に館を離れるときには、きまって少女は悲しげな顔をして魔女を見るのであった。

 

 魔女の修行は順調に行われていた。力を行使する楽しさに少女は目覚め、修行にもさらに熱心に身を入れるようになった。一方少年は変わらず、館の雑務をこなすだけだった。否、近頃、魔女の周りをうろちょろしだした。

 魔女が大きい荷物を抱えていると、決まって少年が飛んでくる。

「手伝います。」

「自分の仕事はどうした。」

「もう終わりました。」

 少年は本当に終わらせているから、始末に困る。

「手伝わせてください。」

「何も褒美はないよ。」

 少年は黙って魔女から荷物を奪い取ると、さっさと運び始めた。魔女はしばらくあっけにとられたように少年を見ていたが、やがて「勝手におし。」と踵を返した。


 そんな彼らの関係が少し変わってしまったのは、ある夜からだ。

 少女が町の両親の下に帰ってしまったあと、きれいな月が上っている夜のことだった。少年がなんとなく目を覚まして、用を足した帰りのことだ。

 廊下の奥からすすり泣く声がした。

 それが魔女の書斎から聞こえてくるのだと少年はすぐに気がついた。そこはそれまで、少年も少女も入ることの許されていない部屋だ。

 少年はそっと書斎の戸を開け、そして目を見開いた。

 魔女が一人床に座り、身を伏せている。

 彼はあわてて駆け寄って、魔女に触れる寸前で立ち止まった。

 すすり泣く声は止まったものの、その身は震え、いつもの尊大は態度はどこへいったのかと思えるほど、魔女は小さくなってしまっている。

 少し逡巡して、少年はそっと手を差し出した。

「魔女さま?」

「近寄るな。」

 魔女はうずくまったまま呻いた。特に何があったわけではない。魔女はときどき、どうしようもなく孤独になって、悲しくなって、こうしてうずくまることしかできなくなるのだ。

「魔女さま。」

 もう一度少年が呼ぶと、魔女は恐る恐る顔を上げた。涙に濡れ、途方に暮れたようなその表情を、少年は愛おしく感じていた。安心させるためにと作った微笑みは、魔女をいっそう怯えさせた。

「私をどうする気。」 

「どうもしません。ただ、そばに。」

 差し出された手を、魔女は、とうとう取った。魔女はその晩ずっと、少年の手を握って離さなかった。



※※※


「じゃあここらで、もうひとつの秘密を覚えているかね?」

「もう一つ?」

 ここで子どもたちは揃って首を傾げた。老婆は笑いをかみ殺す。この話は何度もしているから、子どもたちだってすっかり覚えてしまっている。このくだりも、子どもたちの中では定番なのだ。

「覚えていないのかい?しょうがないねえ、婆が言うよ。」

 子どもたちは老婆に向き直り、次の言葉を待った。

「東の魔女はたった一つだけ、過ちを犯したことがあった。」


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