うろな高校天文部
「先輩。星、見えないっすけど」
「そりゃあ曇りだからねぇ」
高校の屋上にあるベンチで、先輩と部活と称して空を見上げる。
楽しいとかつまんないとかそーゆーんじゃない。なんか落ち着く。
「それにしたって、こんな曇ってる日にまで部活しなくてもいいじゃないですか」
「せっかく夏休みが明けたんだよ? それでヨシオに会えたし、再会記念ってことで部活してるのに、なんだねその言い草は!」
「先輩。近所迷惑っす」
先輩のうるさい声が近隣住民の迷惑になるくらいのレベルでこだまする。
時刻は夜の8時半。
『高校生が騒いでる!』と通報されれば、ちゃんと怒られる時間だ。
先輩は俺のことを『ヨシオ』と呼ぶ。
吉田富雄でヨシオだ。
「ごめんごめん。でもヨシオに会えたのは嬉しいよ?」
「先輩がこの町に住んでないのが悪いんですよ」
「はぁ。こんなに綺麗な夜空を見れるなら、この町に住んでたかったなぁ」
空を見上げながら先輩がつぶやく。
先輩は隣町に家があり、電車で通っている。
でもこの町から見る星空は綺麗なんだとか。
「ヨシオはいいよね。こうやって毎日のように星見れるんだもん」
俺は別に星は好きじゃない。かといって嫌いというわけでもない。
むしろ好きなのは先輩のことだ。
星を見ている先輩を見ているのが好きなのだ。
でもこんな気持ちを春から抱いているが、伝えられるほど勇気のある人間じゃないのは自分が一番わかっている。
だからこうやって天文部なんかに入ってまで、先輩のそばにいようとしている。
我ながらセコイ。
「まぁ毎日見てたら見飽きますけどね」
「飽きるの?」
「時々見るから綺麗なんですよ。毎日見てる100万ドルの夜景とかだって、毎日見てたらただの夜景じゃないですか」
「それは麻痺してるんだよ。綺麗なものは綺麗だもん」
「そんなこと思えるのは先輩だけですよ」
そんなところが好きなんだけどさ。
「んもー。またヨシオはそうやって私のこと馬鹿にしてさ」
「馬鹿にしてないっすよ」
「そんなんだからロマンチストになれないんだよ。月明かりが予想以上に明るいこと知ってる?」
「月、っすか」
「そう。月。部屋を真っ暗にしてカーテン開けたらさ、結構明るいんだよ? ヨシオ、そんなこと知らなさそうだもん」
「知りませんて。ってゆーか、それってロマンチストと関係あるんですか?」
そう口にして先輩を横目で見る。
そして思う。
屋上には明かりがない。それでも先輩が見えているのは月明かりのおかげなのかと。
先輩の楽しそうな顔が見えてるのは、月明かりのせいでか? それとも先輩が明るいからですか?
…こんなこと言ったら笑われるわ。
心の中で自己完結して小さく笑う。
「…だから昔から月明かりは……って、何笑ってんのさ。どうせまた私のこと馬鹿にしてたんでしょー」
「そんなのいつものことじゃないですか」
「ひでー。後輩がひでーよ。オー人事オー人事」
「上司が部下のこと相談するんすか」
「人間関係のトラブルで匿名で電話するもん」
「まともに取り合ってくれませんて」
ポコスカと俺のことを叩いてくる先輩。
別にこのままでもいいじゃないですか。
俺はこんな関係、結構好きですよ。
このまま先輩と月を見上げる時間がずっと続けばいいのにと思う。
そして、星が見えなくても星を探して楽しそうに空を見上げる先輩を、俺は今日も今日とて横目で見るのであった。
おしまい。