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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

一体十八万円

作者: スリーS

「注射した?」

 注射と言うのは、メンストレーションを止める為のホルモン剤と精神や体調を整える薬剤のカクテルである。週一回打たなければ、私達の体は著しくその性能が落ちる。

 私と同じ顔と体、そして教育を受けたはずなのに、δ-百番はいつも注射を忘れてしまう。それを確認するのは隊長のν-九十三番である私の役目だ。

 同一規格のはずなのに個体差が出るのは、やはり生物を弄るのは一筋縄ではいかないということなのか。

 私達はクローン技術によって造られた兵士だった。戦争によって人間を工業的に製造する技術が開発され、手軽に労働力と兵力を増強することが出来るようになった。戦争が長引いてコストが追求された結果、私達のような少女の外見で生産される人造兵士が増えたのだ。

 それなりの性能と銃が撃てる腕があればそれだけで脅威になるので、材料と成長時間の節約の為に体は小さくなった。それが副次的に敵兵への心理的効果に繋がっているから質が悪い。例え敵だとしても、子供に銃を向けるのはストレスになる。相手が引き金を引くのを躊躇ってくれれば儲けものなのだ。

「やだ、また忘れてた」

 百番が答える。

「忘れずに打ちなさい」

 私は百番専用の薬ケースから、無針注射器を百番に渡した。薬液が詰まった無色透明のガラス管が照明の光に反射する。

 瓶詰めの幼少期――人工羊水に浸かっていた時に睡眠学習で得た知識が繰り返される。




 私の部下のζ-六番が何かおかしいと気付いたのは、別の分隊のζ-九十一番が『精神汚染』の名目で処分された時だった。

 私は六番に話し掛けたが、大丈夫と言って聞かなかった。

 私達RXクラスで構成される中でも、同じζタイプの子とは隊という区切りを超えて仲が良かった。

 ただ仲間が死んでも、死に無頓着である人造兵士は悲しくないはずなのだが、九十一番が処分されて、六番は明らかに悲しみを押し殺すような顔をしていた。

 その確信を得たのはある作戦のことだ。

 作戦内容は難民キャンプに潜伏するゲリラの掃討。

「ゲリラと民間人を見分けられるのですか?」

「お前には出来るのか? 出来ないなら少しでも疑いのある者を全て排除しろ」

 私が作戦内容に疑問を呈すると、命令を下した司令官はそう言った。

 人間を発見し次第、殺害する。

 掃討とは名ばかりの殲滅だった。

 倫理観の欠けた汚れ仕事をさせるには、私達は最適だろう。

 人を殺すこと自体に抵抗はない。何故なら、私達は人殺しの為に造られた道具であるし、それ自体がレゾン・デートルであるからだ。それに疑問を持っただけでも人造兵士を処分する理由になる。

 深夜に目的のキャンプに到着し、私達は銃を構えて作戦を遂行する。開始の合図と同時に、隊の仲間は小銃の引き金を引いた。

 私が最初に撃ったのは銃声に驚いて出てきた男だった。胴体に数発当たり、男は倒れる。射出口を中心に衣服は赤く血に染まる。急所に当たらず即死しなくとも、放置しておけば死ぬだろう。

 誰彼構わず、動く標的は狙って撃つ。私の隊は追い立て役だった。村から逃げる人間は別働隊に任せてある。

 近くから、遠くから、銃声と悲痛な叫びが耳に突き刺さる。言葉は分からない。理解出来たって、命乞いか恨みの声だろう。それらをやり過ごして、いつ来るか分からないゲリラの反撃に注意しながら、周辺を制圧する。

 私は視界に入った怪しい動きをしているテントに斉射した。薄いシート程度でライフル弾は止められない。数秒後、銃撃で出来たシートの裂け目から、死んだと思われる人間が倒れてきた。短い悲鳴を上げたのかもしれないが、殺人兵器である私には届かない。

 難民からすれば、悲惨な地獄は三十分間も続いた。

 私達からすれば、任務は三十分で終了した。

 抵抗らしい抵抗と言えば、野犬を追い払うのに使うような拳銃を持ち出されたことだけだ。ゲリラは元から居なかった、というのが妥当な答えだろう。

 任務を終えた私達がこの場に残る意味は無い。後続部隊に任せ、私達は帰投する予定だった。

「ζ-六番が居ませんよ」

 部下の百番が報告する。

 皆同じ顔なので、服に付けられた番号で区別しなければならない。見回してみるが、確かに見当たらなかった。

 負傷して動けないのか、或いは死亡してしまったのか。もし、そうであっても代わりのRXクラスが補充されるだけだ。

 クローン兵士は軍隊という体をとっているものの、実際はただの道具だ。使えなくなったら修理もされず、ゴミのように処分される消耗品だ。戦争では人間の命は安い。殊に明確に価格が設定されている私達は。

 道具に意志は必要ない。そのことについて疑問を持てば、直ぐに『精神汚染』と判断されて処分されてしまう。

 兎に角、部下の管理は私の仕事でもある。手分けしてδ-百番、α-七十八番と私でキャンプ跡地を捜索することになった。

 どこを向いても銃で撃たれた血塗れの死体が視界に入ってくる。私達が築いた、見渡す限りの屍山血河。理性では慣れたはずだと思っていても、鉄の匂いが生理的に吐き気を催す。

「隊長、来て下さい! 六番を発見しました!」

 七十八番が叫ぶ。彼女の呼び掛けに分隊全員が揃った。

 六番は震えながらテントの中で直立不動だった。六番はテントの奥に居る女性と――匿われているように見える乳飲み子の方を向いていた。両方共血を流して死亡しているらしい。

 私は六番に怪我が無いことを確認し、ひとまず安心する。

「帰るよ、六番」

 百番が六番の肩を揺すって声を掛けるが反応しない。

「もうすぐ帰投時間です」

 七十八番が急かしている。私もそれに釣られて時計を確認すると、確かに残り時間が迫っていた。

 どう六番を連れ戻そうかと考えあぐねていると、彼女が泣いていることに気付く。涙が目尻から流れ、地面に落ちて血と混じる。

 彼女は自分が何をやってしまったか、理解してしまったのだ。人殺しが如何に人道に外れているか知ってしまった。それは処分対象である『精神汚染』の兆候だった。

 私は銃床で六番を気絶させる。意識の無くなった体を受け止め、涙で濡れた彼女の顔をホコリだらけの袖で拭う。

「いいか、私達は何も見なかった。敵が六番を気絶させた上で殺そうとしていた。私はそれに反撃しただけだ」

 私は辻褄が合わせに小銃を地面に向けて数発撃つと、血混じりの泥が跳ねた。

 七十八番と百番に言い含めると彼女らは事情を察し、頷いてくれた。




 それからと言うものの、六番のコンディションは明らかに落ちていった。

 そしてある日、私は六番が宿舎から抜け出しているの発見した。嫌な予感がしたので拳銃を携帯し、六番を尾行することにした。

 六番はある場所で蹲っていた。かつて六番と処分された九十一番が仲良く話し合っていた場所だった。

 私は物陰に隠れて様子を伺う。もう少し詳しく見ようと身を乗り出そうとするのがいけなかった。

 ぱきり、と不注意で枝葉を踏み折ってしまう。

「誰?」

 六番の問い掛けに観念し、私は姿を見せる。ただし拳銃を向けたままだ。彼女も私に銃を向けている。

 正面から見る六番の顔はすっかり泣き腫らしていた。

 刹那の沈黙を経て、私は口を開いた。

「貴女それがどういうことか分かっているよね」

 味方に銃を向けていることではない。その泣き腫らした顔では『精神汚染』のレッテルを受けて処分されてしまうのだ。

「まだ間に合う。銃を下ろして、それから顔を洗ってきなさい」

 私は諭すように言った。

「何故そんな冷たい言葉を言うの? 何故悲しんじゃいけないの? 九十一番は死んだ時、私はとても悲しかった。でも皆は平気な顔をしている。何故?」

 六番は涙を流し続ける。手が震えていては銃も狙いが定まらないだろう。

 彼女は不安定な状態だった。何時間違って引き金を引きかねない。彼女の撃った弾丸が私に当たらなくとも、銃声で大騒ぎになり、彼女が『精神汚染』されているとばれてしまう。行き着く先は処分だ。

「皆注射を打っているから。貴女も打ちなさい。そんな気持ちは薄らぐから」

 恐らく六番は長期間注射をしていない。あれは『精神汚染』を防止する為の薬剤も入っているから、一時的でも効果はあるはずなのだ。

 私だって仲間を失いたくないという一心の言葉だった。

「私は平気な顔しているのが耐えられなかった。同じζタイプの九十一番を忘れるのが物凄く怖くなったの。九十三番は怖くないの? 皆を忘れることが。皆に忘れ去られることが」

 悲鳴なんて生まれた時からずっと聞いてきたはずなのに、六番の声にならない悲鳴はずっと心を蝕む。

「私達に恐怖や悲哀の感情はないはずだ。今貴女が感じているそれはまやかしだ」

 そう信じたかった。

「それこそ嘘。九十一番だって、私の殺した母親だって泣いていた。悲しんでた。本来私達は悲しむ事の出来る生き物なのよ。九十一番は言ってた。注射はそれを抑える薬だって。だから私も止めたの」

「だが、注射しないのは規律違反だ。それをしなければたちまち『精神汚染』され、処分されてしまう。注射が無ければ、私達は生きていく術が無くなるんだ! 道具が人を殺すのにいちいち悲しんでいたら、逆に殺されてしまう! 用無しになってしまうんだ!」

「それでいいじゃない! 私はもう悲しい事なんてしたくないの! もう殺したくないの!」

 私は苦し紛れの言い訳を叫んでいた。とっくに話し合いの余地は無く、永遠の平行線を彷徨っているものを引き戻そうと、無駄な努力をしているだけだった。

「私は人が死んでいくのを見たくはない! だから撃つ!」

 造られた人間にあるかも分からない生への欲望がそうさせるのか。『精神汚染』された人物の言動は支離滅裂だが、腐っても殺人兵器、六番の殺意の焦点が引き絞られていくのを感じる。

 だから私は、気を逸らすために六番自身が気付いていない違和感を指摘してやる。

「足に、血が垂れているわ」

 それこそ、生への欲望だと言わんばかりに。

「え?」

 六番は一瞬だけ気を取られる。

 その間に私は拳銃によるダブルタップ――二連速射を行う。

 睡眠学習によって刷り込まれた人殺しの業は遺憾なく発揮された。

 六番は地面に突っ伏せる。私は止めを刺す為に注意しながら近づき、六番の握っていた拳銃を足で払い除ける。安全を確認したと同時に、頭部にもう二発銃弾を撃ち込んだ。




 公には私が六番の『精神汚染』を確認し、処分したことになっている。そのことに対して七十八番と百番はあまり意に介さなかった。それが人造兵士の正常な反応なのだ。何事も無かったかのように時間は流れ、じきに処分した六番の代わりが補充されるだろう。

 私はこの事件以降、自分が処分されるのではないか怯えるようになった。心休まる日は無く、この苦しみが何時まで続くのか自分に問う日々になった。

 自分を偽っているのが自覚できる。いっそ楽になりたい気分だった。

 こうなってしまったのも、私は知ってしまったからだ。

 知恵の実を食べた者は、その罪を知らなかったでは済まされなくなるのだ。

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