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「ふぅむ、どうしたものかしら」




 修練の翌日。爽やかな朝日を受け、清新なる息吹に溢れたとある教室で、若き陰陽師・八乙女桃は悩んでいた。昨夜と違い制服に身を包んでいながらも、艶やかな黒髪は同じく背中で二つに束ねられている。周囲の学生達より遥かに整った顔立ち、加えて陰陽師としての経験から実年齢よりも幾分か大人びて見える。そんな彼女が、自身の机に座りアンニュイな表情で頬杖を付き、嘆息しているのだ。その様は正に一枚の絵画のよう。若人の悩み、大いに結構。悩みは人生にスパイスを与えてくれるのだ。

 県立御守(みかみ)東中学校。某県御守市の東学区に存在する、多感な年頃の少年少女達が集う学び舎。特筆すべき点などない至って普通の公立中学だ。とは言え、十人十色・十把一絡げとはよく言ったもので、様々な生徒が同じ校内で共に学生生活を過ごしている。成績優秀者がいれば、運動神経に優れている者もいる。友人の多い人気者もいれば、残念ながら他人とは馴染めない者もいる。

 彼女はそんな中でも、一際異彩を放っていた。確かに彼女は成績優秀・運動神経抜群・文武両道にして眉目秀麗との名目で神聖視されている節はあるが、家庭の特殊な事情により彼女自身が他者を避けている。無論、妖や陰陽師と言った怪異に関係した話を明かしてはいけない決まりはあるが、むしろそんな事を話してしまえば話した側の妄想癖を疑われてしまう。一般人と陰陽師。その隔たりは思いのほか大きいものだ。


「おっす、何朝から難しい顔してんだよ八乙女」


 がしかし、何事にも例外が存在する。桃は唐突に声を掛けられ、思案の海から浮かび上がる。


「何だ……ツキミサトか……別にいーじゃない、私が何考えてようと」


「ツキミサトじゃねえ! オレの名字は月見里(やまなし)って読むんだよ!! 何回間違えれば気が済むんだお前は!! 終いにゃオレもハチオツオンナって読むぞコラ!!」


「馬鹿じゃないの? 八乙女はヤオトメで普通に読めるでしょうが。わざわざそんな発音し辛い言い方に直すなんて、もしかしてドMか何かなの? あ、あのコとの事考えれば当たり前の事だったわね。ゴメンナサイ、今まで気付かなくて」


「僕が悪かったです。すみません、もうそれ以上は心に来るんでやめて下さいお願いします」


 月見里くんは土下座した。それはもう見事なまでのジャパニーズ土下座だった。ホームルーム前の教室、状況は当然衆人環視である。恥も外聞もあったものではない。

 この桃の下僕……もとい、桃に気兼ねなく話し掛ける男子生徒は『月見里 (かける)』。年齢相応のやんちゃさは垣間見えるものの、まだ何処かあどけなさの残る桃のクラスメイトである。他者とは一定の距離を保つ桃にとって数少ない話し相手ではあるのだが、やんちゃぶっても隠しきれない善人オーラとヘタレ具合によって桃のいい玩具としてあしらわれていた。

 彼とてクラスメイトから神聖視されている桃と最初から仲が良かった訳ではない。今年度のクラス替えで初めて顔を合わせ、都合一ヶ月程度の縁の長さである。翔と桃が知り合ったのには、幾つか段階があった。要するに、翔の友達(?)が先に桃と仲良くなり、呼応するように翔も桃と話すような仲になったのだった。


「それはともかく……で? 難しい顔して何を悩んでたんだよ。ホレ、この全知全能の王・天駆ける翔様に相談してみろよ。きっと素晴らしい解答が得られるぜ?」


 加えて、彼は所謂『中二病』だった。実際中学二年生なので致し方ないが。身近に似たような痛い発言をしている友達を見かけたら、是非会話を録音して数年後に聴かせてあげよう。きっと面白いものが見られるぞ。それに付けても、『天駆ける翔様』の語呂の悪さは頂けない。

 桃は翔から視線を外し、ヤレヤレと言った表情を隠しもせず


「…………ハッ」


 一笑に臥した。


「鼻で笑われた!? 渾身の出来だと思ったのに……!」


「貴方、確か先週は『漆黒のブラックエンジェル』とか名乗ってなかった? 重複表現が素敵すぎて思わず惚れそうだったのに」


「フッ、オレは過去を振り返らねえ主義なんだ。『男子三日置きにカツ丼食え』……だっけ? そんな言葉があったろ。ああ、惚れてくれるなよ、オレには心に決めた女が……」


「さて、忠告通り今の会話しっかり録音させて貰ったけど、これどうしてくれようかしら?」


「すみません、どうもしないで下さいお願いします」


 翔は土下座した。1分振り、本日二回目の土下座である。仰々しい二つ名を主張する割に、プライドは紙のように薄っぺらい。因みに、『男子三日会わざれば刮目して見よ』が正解だ。三日置きにカツ丼なんぞ食べようものなら体重が気になる事請け合いだろう。


「……って、だからこれじゃあ話が進まねえだろ。いいから聞かせろよ。八乙女の悩みなんて面白そうじゃん」


「……貴方、人の悩みで遊ばないでくれる?」


「だってよ、完全無欠と名高い八乙女様が悩んでるのなんて珍しいじゃんか。何つーか、年相応っつーか、お前もやっぱ人の子なんだなって」


「……貴方ね、私を何だと思ってるのよ。そもそも、私の悩みが貴方にはとても聞かせられないような内容だったらどうするのよ」


「聞かせられないような内容って?」


「頭が鈍いわね……。そんなだからあのコに全く気付いてもらえないのよ」


「うるせえほっとけ!!」


「例えば、赤裸々な性の悩みとか。どうやったらあのコみたいに胸が大きくなるのかなー、みたいな」


「………………」


「んん? 顔が真っ赤よ? 全知全能の王・天駆ける翔様はどんな回答を示してくれるのかしら?」


「う、うるせえ! そんなの自分で考えろ!!」


「まあ今の悩みはそんなのじゃないんだけどねー。あくまで例えよ、た・と・え」


「チクショウ、ドSすぎる……!!」


 ガックリ、と擬音が付きそうな程に見事に肩を落とす翔。端から見る分には実にバランスの取れたコンビではある。需要と供給が見事に合致しているのか。ただ、本人達からすればその評価は甚だ不本意であろう。桃は翔と同レベルに見られる事を。翔は自身にM属性はないと思い込んでいる故に。


「……別に、大した事じゃないわ。少し呼び名を変えたいなーと思って」


 うなだれる翔を慮ってなのか、独り言のような口調でぼそりと言葉を紡ぐ。そしておもむろに―――




「ねえ、『マジカルフォース☆バーニングクレセント』って名前、どう思う?」




 と、意味不明どころか理解不能な一言を翔に投げ掛けた。


「………え? あ、いやあの、どうって言われても……」


「やっぱり『煉焼結界』なんて名前じゃダサ過ぎると思うのよね。とてもじゃないけどセンスが感じられないわ。所詮先人の浅知恵よ」


「え、えっと……だから一体何の話……」


「ああ、三角形だから『デルタ』って単語を使うのもアリね。シンプルに『フレイムデルタ』とかカッコイイかも知れないわ。うん、悪くない。で、陣の型に応じてスクエアとかペンタゴンとか。まあ『マジカルフォース』は外せないけど。『陰陽術』なんて仰々しくていけないわ」


「うへぇぇぇ、何言ってるのこの人怖い……」


 ……そうなのだ、桃の悩みと言うのは『陰陽術の名称について』である。陰陽師の修行に当たり、桃は常々その術名が気に入らないと感じていたらしい。

 そう、要するに桃も立派に中二病患者なのだ。桃とて翔の事をバカに出来ないネーミングセンスである。きっと某プ○キュアや○ーラー○ーン当たりに感化されているのであろう。それにしても、折角作者が頑張って命名したのに、登場キャラの分際でそれにケチを付けるとは一体何事か。


「やーねぇ、ゲームの話に決まってるじゃない。自分で技名を入力出来るゲームがあってね、デフォルト名じゃ気に食わないから考えてるのよ」


 とは言え、一応オブラートに包む事は忘れない。ゲーム内の話だと思わせればある程度荒唐無稽な内容でも無理なく道理が通るのである。


「……そ、そうか。ああ成程、ゲームの話だったのか……。オリゃまたてっきり……」


「てっきり、何よ?」


「い、いや! 何でもない! 何でもないから睨むな! お前に睨まれると何か妙に萎縮すんだよ……!」


「そりゃ、アンタと私じゃ霊力量が段違いだからね。耐性がない人間がまともに受ければ萎縮くらいするわよ」


「…………は?」


「何でもないわ。それより技の名前の事だけど……」


 桃がそこまで言い掛けた刹那、




「おっはよー!! ヤオちゃんは今日も元気かニャー!?」




 聞く者全ての脳天に直撃するような、ピーカンにも程がある挨拶が耳を(つんざ)いた。


「ああ、おはよ、ヒゲブ。元気は元気だけど、アンタには敵わないわよ流石に」


「ヒゲブじゃねえよ! オレの時と同じボケすんじゃねえよ! ヒゲブじゃなくて日下部(くさかべ)だく・さ・か・べ!!」


「何言ってるの? 当たり前でしょ? そもそも私はレーナの事を名字で呼んだ事なんてないじゃない。大体ヒゲブとか、それ何処のセ○シーコマ○ドーよ。女の子に向かって失礼じゃない?」


「そうだそうだー! カーくんは残念だー!」


「チクショウ、ドSにも程があるわドチクショウ……!!」


 再びガックリとうなだれる月見里翔14歳。君の人生はまだ二割程度だ。強く生きてくれ。それにしても桃、そのツッコミは女子中学生の範疇を超えているぞ。

 この、朝から他者を圧倒するテンションを誇る女子生徒は桃と翔のクラスメイトであり、翔と同様桃に臆する事無く話し掛ける数少ない人間の一人。名を『日下部 礼菜(れいな)』という。

 長い髪を両側面で一房ずつ束ねている、所謂『ツーサイドアップ』という髪型が特徴の元気っ娘である礼菜は、翔の幼馴染である。前述した桃と先に仲良くなった友達(?)とは彼女の事だ。

 礼菜が桃と仲良くなったのにはある理由があった。それは……


「んー♪ ヤオちゃんは今日も可愛いニャー♪ 好き好きー♪」


「朝から暑苦しいわよ、レーナ。少しは自重しなさ……」


 桃の首に抱き付き、スリスリと頬を擦り合わせる。……そうなのだ、礼菜は桃の事が大好きなのである。それも思春期の女の子特有の一時の気の迷いというか、甘美な幻想というか、フワフワとした甘酸っぱいアレな何かなどではなく、彼女の場合は果てしなくガチ。要するに『GL』だとか『百合』だとか『レズビアン』といった表現で定義される部類の感情を有しているのであった。

 同時に正反対の男性同士の恋愛、所謂『BL』などにも造詣が深く、曰く、


『同性愛こそ人類の進むべき道なのだー♪』


 だそうである。その道を辿ったら間違いなく人類は滅亡するのだが、その辺はどうお考えで?


「………ん………?」


 一方、礼菜に抱き付かれた桃は幽かな違和感を覚えていた。これ程密着して尚、幽かにしか感じられない程度の違和感。ぬらりと忍び寄る言いようの無い予感に、桃は首を傾げたのであった。


「ん? どーしたのヤオちゃん?」


「……いえ、何でもないわ。それより、そろそろ離れないとそこの天駆ける何とか様が爆発しちゃうわよ?」


「……………………」


 見れば、二人の様子を傍で見ていた翔が顔を真っ赤に染めて呆然自若としていた。そこはやはり中学二年生男子。美少女二人がキャッキャウフフしている絵面など、毎日見ても見飽きる事などない。ウブな彼ならこのリアクションは致し方ないだろう。


「あ、カーくんもおはよー♪ 顔真っ赤だけど、熱でもあるの?」


「い、いや! 大丈夫だから! ……お、おはよう、礼菜……」


 桃から離れ、翔に近寄った礼菜は翔の顔を覗き込むようにして心配する。しかし、その仕草は翔にとって逆効果。何故なら翔の言う『心に決めた女』とは、何を隠そうこの礼菜の事なのだから。……お分かりだろうか。つまりこの三人、若干歪ではあるが所謂『三角関係』なのだ。

 桃は今の所恋愛に興味無し、仮にあったとしても当然ノーマルだろう。翔は礼菜の事が好きだが、当の礼菜は桃が好き、加えて同性愛嗜好者である。しかも翔の気持ちに全く気付いていない。どう転んでも上手く収まりそうにないこの三角関係。救いなのは翔が桃を目の敵にしていない事か。ここが拗れていれば泥沼の様相を呈していたのだが。勿論桃はこの関係を把握しており、翔の弱みを握って日々弄んでいるのであった。南ー無。


「で、カーくんはいつBLに走ってくれるの??」


「走らねえよ! つか走れねえよ! オレにそんなトリッキーな素養ねえよ!!」


「またまたー♪ クラス委員の五百旗頭(いおきべ)くんとか空手部の九十九(つくも)くんとかどーよ? 絵的にベスカプだと思うんだけどナー♪」


「無理だから!! ぜってー走らねえから!! つかウチのクラス珍しい名字多すぎね!?」


「アンタはどう考えてもヘタレ受けよね。それ以外は認めないわ」


「チクショウ、ダブルでドSとかどんなご褒美だよこんチクショウ!!」


「ところでレーナ、『マジカルフォース☆アトミックファイヤーデルタ』って名前、どう思う?」


「んー、もうちょっと捻りが欲しいかなー。どうせならいっその事『エンドオブインフィニティ』とかどう?」


「うん、カッコイイわね。流石レーナ、私とは発想力のベクトルが違うわ」


「え……何で普通に会話が成立してるの何この人たち気持ち悪い……」




 ……こうして、今日も変わらぬ一日が始まる。一抹の不安と共に。桃はその小さな小さな破滅の兆しを胸に押し込め、吐き出すように言葉を紡ぐのだった。


「………まさか、ね―――――」






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