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「うふふふふ……♪」




 月がキレイ。空気は冷え冷えとしていて昼間の熱を忘れさせてくれる。街の灯りはキラキラしてて、行き交う人は精気がなくて。紅に染まった視界はあたしを童話の世界に(いざな)うの。

 この素敵な昂揚感。いえ、解放感? 寝静まった仄暗い街を歩くあたしは舞台女優のよう。今にも歌い出しそうなくらい、楽しくて楽しくて仕方がない。

 恋をしているドキドキとも違う。切羽詰まったハラハラとも違う。楽しい気分が躰の底から湧き出してくるような、サイコーにハイな気持ち。呑んだ事はないけど、お酒に酔うってこんな感じかも知れない。


「うふふ……あはは……♪」


 思わず笑みが漏れる。クルクルクルと身を翻して、コロコロコロと踊るように街を歩く。時折、濡れた右手を舐めながら。

 はしたないのは分かってる。でも美味しいんだもん、このジュース。熟れた果実の汁みたい。例えるなら、苺とマンゴーと柘榴のカクテル。甘くて、酸っぱくて、ちょっとだけ苦くて、それでいて香ばしい。これがオトナの味ってヤツかしら?


「おっ、お嬢ちゃん楽しそうだね。何か良い事でもあった?」「んだよ、まだガキじゃねーか。お前ロリコンなのかよ、正直引くわ」「分かってねえな、あんなババア相手にするより若い方がいいに決まってんじゃねーか。肌の柔らかさとか締まりとか。それにめっちゃ可愛いぜ、このコ」「うっわ、犯罪者。まあ俺は楽しめりゃー何でもイイよ。こんな時間にハイテンションで若いコが一人で歩いてるなんざ酔ってるかラリってるか相当の好きモノだろーしな。へへっ」


 唐突に声を掛けられた。振り返ると二人組の男の人。髪型は爆発したみたいにツンツンだし、錨の入った服装も左右に揺れる歩き方も顔のピアスの数も常軌を逸した風体。現代に降り立った漆黒の堕天使がどうとか、如何にも遊んでますみたいな人達だ。そう言えば、『あの時』も二人組だったなー。


「なぁに? あたしと遊んでくれるの? あたし、楽しい事だぁいすき♪」


 楽しい気分そのままに、甘い猫撫で声を出してみる。目の前の『ソレ』は疑う事もなく愉悦に頬を緩めた。や、元々ニヤニヤしてたけど、今は舌なめずりでもしそうな感じ。


「おっ、ノリいいねぇ~。大丈夫大丈夫、お兄さん達に任せてくれれば楽しい事も気持ちいい事もし放題だよ。朝までたっぷりと……ね♪」


「おいおい、マジ犯罪だぜ? まあ合意の上でなら何の問題もねーよなぁ。取り敢えず、すぐそこの『お城』にでも入ろうか。へへっ」


 二人であたしを挟み込むように両肩に手を回す。せっかく捕らえた獲物を逃さないようにする為か。そんな事しなくてもあたしは逃げたりしないのに。


「そんな所に入るよりぃ、ここで××たいなぁ……♪」


 建物の隙間、細い路地を指さした。月明かりさえ差し込まない暗闇の空間。じっとりと湿っていて、鼻を突く生ゴミの饐えた匂いが篭もる普通のヒトなら見向きもしないだろうソコは、あたしにとって格好の『遊び場』だ。


「……おいおい、マジで好きモノだぜこのコ。まさか自分から外でとか言い出すなんて」


「ほれ見ろ、俺の見立てに間違いはなかっただろーが。思わぬめっけもんだぜ、このコ。そーかそーか、そんなに我慢出来なかったのか。可愛い顔してイイ趣味してるねぇ、キミ」


「ねぇ、早くぅ……♪」


 二人は興奮を隠しきれず、我先にと暗がりへ足を踏み込む。あたしからすれば哀れな羽虫みたい。あ、これからあたしに『ご馳走』してくれるんだから、羽虫はちょっと酷かったかも。まあどうでもいいか。

 あたしは暗がりの奥、袋小路になっていて表通りからは死角になっている箇所に誘い込むと、最初にあたしを口説いて来た方の男に抱き付く。そして襟をはだけさせ首筋を露わにすると、ゆっくり舌と唇を這わせた。


「うおっ、マジかよ、超積極的じゃんこのコ。ヤベエ、たまんねえ」


「早く代われよ、てめえ。一人だけ楽しもうたってそうはいかねえぞ」


 二人はあたしの躰をまさぐる。胸やお尻を揉みしだいて、服の中に手を差し込んで来た。躰中を毛虫が這い回るみたいでちょっと不快だけど、『ご馳走』を目の前にしてはその程度。渇望する喉は焼けるように熱く、水気を求めて悲鳴を上げる。


「ねぇ……もう我慢出来ない。アナタのをノみたいの。ノませてもらってもイイ?」


 男を見上げるあたしは、我ながら艶っぽい。トロンと垂れた目尻に欲望の光を湛えながら、はしたなくおねだりする。


「うほー、たまんねえわマジ。遠慮しなくたって幾らでも飲ませてやんよ。上の口でも下の口でもなぁ!」


「おい、こっちも頼むぜ。待ってらんねーわ」


 目の前の『ご馳走』はあたしの言葉を受けてズボンのベルトを外し始める。でもあたしはそんな所作など気にも止めずに再び抱き付いて


「じゃあ、遠慮なくノませて貰うね……♪」


 甘噛みで内出血の浮いた、首筋へとむしゃぶり付いた。


「おいおい、それはそれで可愛いけどそっちはもういいだろ。そろそろこっちを頼…………」


 男の声が消えた。首筋に歯を立て、皮膚に穴を空ける。滑らかな肉の感触を舌で感じ、息を吸うようにチをノみ下す。ああ、コレ。この味。苺とメロンと柘榴のカクテル。……あれ? マンゴーだっけ? まあどっちでもいいや。オイシイ事には変わりがない。


「あ……あ……あ……ぁ……ぁ……ぁ……」


 耳朶をくすぐるように喘ぎ声が響く。白濁した悦楽と紅い恐怖、そして取り返しの付かない流失感が混じり合う絶望のオーケストラ。それが極上のスパイスとなってチの味を何倍にも高めてるみたい。あたしはニクを噛み千切り引き裂く。ニクはオイシクないからタベたりなんてしない。裂け目から噴き出すチをゴクゴクゴクと喉を鳴らしてノミ下す。


「えっ……あ……え……?」


 恍惚に表情を壊していく男とは対照的に、他方の男は目の前の光景を理解出来ないでいる。夢見心地だった数秒前からの反転に付いて来れていない。


「ぷはぁっ」


 窒息寸前まで嚥下し、あたしは満足感に浸りながら口を離した。舌で口の周りに付いたチを舐め取る。


「お兄さん、顔に似合わずなかなかオイシカッタよ。ありがとう♪」


 叫び声を上げる事なくウゴカナクナッタ男に、お礼のキスをする。口紅は付けていなかった筈なのに、真紅のキスマークが男の頬を彩った。あたしの支えを無くした男は、そのまま大の字にひっくり返る。男性器を丸出しにしているのがみっともない。


「ひ……ひぃっ!!?」


 ようやく状況を理解したのか、他方の男がこれまたみっともない悲鳴を上げた。同時に駆け出す。ふふふ、あたしから逃げようったってそんな事は不可能なのに。


「つっかまーえた♪」

「ぐげっ!?」


 逃げ惑う男の襟首を掴む。首が絞まった所為か、蛙が潰れたような無様な悲鳴を上げて派手に倒れ込む。あたしはそのまま男を引きずって、再び暗がりへと投げ戻す。


「な、何でもする! 金なら全部出す! 乱暴しようとしたのは謝るから! 命だけは、命だけは助けてくれぇぇぇぇぇ……!!」


 ゴミと腐った水溜まりに這い蹲り、服を泥と撒き散らされたチでびちゃびちゃに汚しながら男はあたしに土下座する。何度も何度も頭を地面に擦り付ける。謝罪なんかどうでもいい。だってあたしは謝られるような事はされてないのだから。

 ブルブル震えて可哀想。大の男がこんな風に縮こまって、形振り構わずこんな小娘相手に土下座してる。や、これはこれで可愛いかも知れない。そんな風に思えるあたしは小悪魔の素質があったりして。


「くすくす、だぁめ、許してなんてあげないんだから♪」


「ひッ!?」


 男の髪を掴むと強引に引っ張り上げて、さっき同様首筋を露わにする。許す許さないの話じゃない。単純に楽しいだけ。今あたしを支配している感情は喜怒哀楽の『楽』だけ。それもこれも楽しいから、チをノみたいからやってるだけだ。別に怒っている訳でもお金が欲しい訳でもない。


「ひ……ひぎゃぁぁぁぁアアアアアア!!!?」


 正面から首筋に齧り付く。狂ったように叫ぶ男の悲鳴が心地良い。ドクン、ドクンと生命の鼓動を舌で味わいながら、深紅のカクテルをノみ下す。さっきみたいな喘ぎ声もイイけど、こうやって派手に叫んでくれるのもゾクゾクしちゃう。

 クイ破った喉から、ひゅーひゅーと空気が抜けて行く。獣臭い体内の香りが鼻腔をくすぐり、より一層渇望が増す。噴き出すチを文字通り浴びるように、ノんでもノんでもノミタリナイ。もっとノミタイ。もっとホシイ。もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと




「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」








「………………ッ!!?」


 唐突に世界が切り替わる。それこそ布団を蹴り飛ばすくらいの勢いで跳ね起きた。暗闇に覆われた自室。見慣れた天井。仄かに香るのは、寝る前に焚いたアロマの香り。お気に入りのピンクのパジャマは水を被ったように汗でビショビショだ。


「はっ……はっ……はっ……!」


 動悸が治まらない。酸素を求め行き場を求め、乱れた呼吸は肺の中で暴れている。髪から滴る汗の粒が、断続的に布団に落ちる。全身を覆う不快感。暑くないのに熱い。寒くないのに冷たい。


「……夢……か……」


 次第に動悸は治まって来た。同時に意識もハッキリする。先程までの見るに堪えない狂った光景は全て夢だった。それはそうだ、あたしは夜の街を出歩いたりはしていない。今夜も四苦八苦しながら宿題を終わらせゆったりとお風呂に入って、いつも通りの時間にベッドに入った。あんな光景に覚えなんかある訳がない。


「……………………」


 ……でも、この身体に残る恐ろしいまでの現実感は何だろう。男の人に身体を触られた感触も、首筋に喰らい付いた感触も、喉を流れる液体の感触も、噎せ返るような血の匂いも、全てありありと思い出せる。あれが現実の筈はない。筈はない……のに。

 ベッドから起き上がって姿見を覗く。そこにはいつものあたし。汗でずぶ濡れになってはいるが、いつもと何ら変わりはない。勿論……身体には血の一滴さえ付いてはいない。


「………ふう」


 夢であった事を再確認して、ようやく一息ついた。全身を包む安堵感。あんな怖い夢を観ちゃうなんて……疲れているのかな。最近ガラにもなくテスト勉強とかしてるから。時計を確認すると午前3時。まだこんな時間か。今から寝に入っても十分に睡眠時間が確保出来る。


「……………………」


 ……でも流石に寝るのが怖い。またあの夢の続きを観てしまったらと思うと……。あれが夢なのは分かり切ってる。幾ら狂った世界観でも夢は夢だ。……でも怖いものは怖い。

 夢の中の血に塗れたあたしは、無邪気で、淫靡で、凶暴で、美しかった。血に染まった服はワインレッドのドレスを着ているみたいで、血を啜った唇は真っ赤なルージュを施したよう。

 そして何より、夢の中のあたしはとても楽しそうだった。元気が取り柄のあたしでさえ、あんな高揚した気分になった事はない。学校や社会のしがらみに一切囚われていないような、自由な気持ち。あんなに楽しそうになれるのは、何処か羨ましいとさえ思う。


「……………………」


 ぶんぶんと頭を振って否定する。アレが羨ましい? 冗談じゃない。あんな化け物になりたいなんて思う訳ない。アレは自分の悦楽の為なら犠牲など厭わない化け物だ。そんなモノとあたしは関係ない。…………関係、ない。

 汗で濡れたパジャマを着替えて部屋の隅に蹲る。結局あたしはこの日、朝日が昇るまで一睡も出来なかった。しかし不思議と体調は悪くない。朝になったら夢の事は忘れていた。お肌の調子もいい。いつもと変わらないテンションで朝の支度を済ませ、いつもと変わらないテンションで登校する。……そう、夢を観た以外はいつもと全く変わらない朝だった。




 この、悪夢を観た日。ちょうど同じ時間にホテル街で三人の惨殺死体が見つかった事を、あたしはまだ知る由もなかった―――――







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