9.強情
執務室で、いつもの椅子に、いつもの様にファガースは座っている。
机を隔てて向こう側。目の前にライザックが居た。
「……消えた、か。ライザック、お前の心当たりは彼女だったんだな?」
「……あぁ」
ライザックの眉間にはあらん限りの力が込められている。
「アルティアラインは今どうしている?」
「ポネーがついている」
ファガースは頷き、立ち上がる。
「彼女に会って来る。お前は、どうする?」
「……仕事に戻る」
その言葉には何も言わず、ファガースは後宮に向かった。
アルティアラインの部屋の扉を叩く。
「どうぞ」
小声ではあったが、返事はしっかり聞こえたのでドアノブに手をかけた。
「……、っく」
しゃくりあげる女性。
先程まで泣きじゃくっていたのだろう、その彼女の背中を優しくさするもう一人の女性。
なんとなく、なんとなく想像はしていたが……。
「陛下」
どことなく疲れたように顔を上げたアルティアライン。
立ち上がろうとするのを手で制す。
「そのままで。……ライザックから話は聞いたよ」
「そう、ですか……」
ため息をつく彼女に今お茶を淹れる彼女はいない。
ずっと背を伸ばし続けていたアルティアラインが一気に小さくなってしまった。
「……姫様……、すみません。少し下がってもいいですか?」
ぐすんとハンカチを鼻に当てて、泣きじゃくっていた侍女が立ち上がる。
「えぇ。そのまま今日は下がっていいわ」
自分にも礼をして退室していく侍女を見送る。
「……茶を淹れよう」
そういうと、彼女の返事を待つことなくファガースは手際よく準備をする。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
アルティアラインは眉を下げながら、カップのお茶を口に含んだ。
「……おいしい、です」
その言葉を聞いて今度はファガースがため息をつく。
彼はアルティアラインの隣に座ると、先程彼女が侍女にしていたように背中を撫でる。
「貴女は少し口を軽くするくらいがちょうどいいと思う。私に前に言ったろう?不遜になれと。あなたもなればいいんだ」
言った後で、自分が言ったことが面白かったのか、ふふ、と笑みが崩れた。
「……ないです」
ぽつりと呟いた言葉にファガースは顔を彼女に寄せた。
「おいしく、ないです」
「うん」
「私は、濃い味のお茶が好きです。ミラが淹れたのはもっと濃かった」「うん」
「温度も。こんなにぬるくミラは淹れたことありません」「あぁ」「ミラはいつも私の体調にあったお茶を淹れてくれて」「あぁ」「ミラは、」
アルティアラインの言葉はそこで詰まる。ファガースはアルティアラインの頭を引き寄せた。
「ミラは、いつも私達兄妹と、いっしょにいて、自、ぶんの、ことを、た、たい切に、しないし、」
アルティアラインの背中をファガースは絶えず撫でつづける。
「……私が、ミラの、こと。連れてきたのが、いけなかったんです」
そしたら何も変わらなかったのに。という言葉にファガースは自分の手をアルティアラインの肩においた。
「アルティアライン、……少なくとも」
アルティアライインが本当に何も変わらずにずっとそのままでいるという事が不可能であると解かっている事ぐらいファガースも知っている。
もちろん、彼女に何の原因がないという事も。
「少なくとも、貴女や彼女、ミラがテロルゴに来たことで私達は楽しい時間を過ごしてこれた。特に私とライザックはね。だから、」
ありがとう。
そう言うと彼女の肩が跳ねる。
「……陛下、それって」
「うん?」
顔を上げたアルティアラインの顔は目のまわりが少し赤くなっているが、涙は出ていない。
ファガースは思わず笑みを浮かべる。
「貴女は強情だな」
ファガースの手は見えない涙の跡を消すように頬をたどり、泪を彼女の目から拭い去るしぐさをする。
「……陛下ほどじゃありませんわ」
アルティアラインはいつもの様に微笑むと、夫となる人の手の甲をきゅっ、とつねった。
サブタイトルは男になりきれない鈍い国王。
しかも無自覚