5.自覚
―――イライラする。
私には持てないものを持っているのに。
私にはできないことができるのに。
それをしない、陛下が。
*************
「貴方がたに殺される前に、自分で死にます」
それは、私にできること。
「……本気、だったか?」
「えぇ。本気でした」
なにが、とはもはや聞かなくともわかっている。
目の前で姫様が頭を垂れている。
姫様の横顔は、よく似ている。
「……な、あんた、もしも殺されるんなら……いや、なんでもない。忘れてくれ「んー、ディノーバ将軍です、ね。ノーランド将軍は多分必要になったら迷いがないと思うので嫌です。ミシェル様は、ポネーが可愛そうなんで、嫌。……アルバート様と陛下は、論外です。アルバート様は何かと私にも気を使っていただいてて……。この前もいろいろお菓子の差し入れいただきましたし。そもそも人を殺すタイプじゃないでしょう?少なくとも、直に手を下さないでしょうから。陛下は言わずともがなです。姫様、そして祖国との関係悪化は私は望んでいません。その点、将軍は問題ありません。そこそこ私を殺すことに悩んでくれそうですし」」
「……待て。そこまで聞いてない」
お互いにしか聞こえないような声で話しているので、誰にも聞こえていない。
「ダメですか?……じゃあ、ノーランド将軍で」
「なんで真っ先に嫌だって言ったやつに戻るんだ」
「そういう時は中途半端が一番きついんです。私を殺すことを嫌がるか、そうでないか」
それが問題です。
……全員嫌がるだろう、とライザックが呟く。
「あ、でも私しぶといですから。簡単には死にませんよ?恨みごとの一つでも言わなきゃもったいないですから」
「だから聞いてねえって」
将軍がイラつき始めている。
……からかいすぎた……。
「将軍なら、いいです」
「それは、どういう……」
将軍がこちらを無効とした瞬間、
バタンッ
扉が開く。
そこには、驚きに目を見開いた騎士がいた。
かなり機嫌の悪い将軍をなだめながら、ふと懐かしいのか、忌々しいのかわからない気配を感じ、将軍を押しのけて騎士の前に出る。
……やっぱり。
手紙には姉と、父の魔力の気配が残っていた。
父の魔力だけならドアにもある。
……ってことは、ここまで来たのね。
ドアに触れるが、ほとんど気配程度しか感じ取れなかった。
あの人の事だ、どうせ驚かせたかったのだろうが。
それにしてもたちが悪い。
騎士……見習いか……が驚いているではないか。
*************
昼の騒動が嘘のように夜の帳も降りた頃。
姫様も床に就かれて、自分の部屋に下がった時だった。
窓を見上げると、月が輝いている。
満月よりも今日のような少し欠けた月が私は好きだ。
「……窓から入っては来られないんですね」
窓から目を離し、腰掛けたベッドの正面に昼間の迷惑な男が立っていた。
「やだな、猫じゃないんだから」
ネコの方がよっぽどかわいいわ。と心の中で悪態をつく。
「その様子だと、手掛かりはなし、ですか」
「あぁ……。王都中を探し回ったけど、……いなかった」
母が見つからず、私の前に現れる父はいつも疲れと嘆きを隠そうとしない。
いつも掴みどころのない父がその姿を崩すのは、母が絡んだ時だけだ。
「そう、ですか」
「まぁ、もうちょっとこの国を探してみるよ」
栗色の髪をかき上げて、疲れたように笑う父は年相応に見える。
……年齢は言わない。
本人曰く、『年なんて数えるだけ無駄』らしい。
「……」
「納得していないだろう。姫の側を離れること、それから、「国に戻る事」」
父の言葉を先読みする。
言われなくても分かっている。
「……私が、国に戻ることは……、あの人のためになるんでしょうか……」
「あいつがどうとかは問題じゃないね。お前は、あいつなしじゃいけないだろう?」
下を向く。
「……わからない、です」
「なにが」
言葉を続けない私に父は痺れを切らせたように頭をかく。
「当ててやろうか?自分は、国に帰って生き永らえるほどの人間なのか。あと、国に帰りたくないのは、あいつに会いたくないからなのか、それともここに残りたいからなのか。……答えなんてわかりきってるだろ?まず前者。それに関しては、さっきも言ったけどお前の意思なんて関係ないね。お前は彼女と僕の娘だ。彼女の娘を見殺しにするつもりはないよ。……後者は……、知らない。両方じゃない?」
あからさまに後半適当すぎるだろ。
「……いいですよ。どうでも」
「……可愛くないねぇ、僕に似たな?」
「自覚があるようで何よりです」
その言葉を最後に、お互いの間に沈黙が流れる。
「……じゃ、僕は行くよ。探すなら早い方がいいし」
……会話に飽きたな……。
そういうと、父はドアノブに手をかけた。
「あぁ、忠告として言っておく。お前は僕に似たから多分そうだっていう話。……一つじゃないよ」
「?何がですか」
「お前が愛せるものも、愛されるものも。それだけって目を向けてると、必ずいつかしわ寄せがくる。……いろんな形でね」
じゃあ、今の父の姿はどうなっているんだ。
というのが、顔に出ていたらしい。
「僕はまた別の話だよ。僕は彼女に注ぐ愛以外はいらない。逆もまたしかりだよ。そのためのしわ寄せならばっちこいだね」
「……嫌われているという選択肢はないんですか?」
「…………嫌わ……れてるのかな」
父はやはり母のことになると途端に余裕がなくなる。
「さあ?嫌じゃなくとも逃げる可能性もあるかと」
「……お前みたいに?」
「私は逃げていません。……引いただけです」
父は私の言葉にふーんと相槌を打つ。
馬鹿にされている気がするのはきっと気のせいではない。
「で?また引くのか?」
「は?」
首を傾げると面白そうに笑う。
私は父のこの笑顔が嫌いだ。
いくつになっても負けた気になる。
「あの男の事、憎からず想っているだろう?」
「それは、好きってことですか?意味が分かりません。あの男って……誰ですか」
本気で思い当たらない。
ずっと姫様の近くにいたせいか祖国でもろくに男性相手の人脈は同僚以外にろくに持っていない。
その数少ない交流を持った男性たちの中に恋仲になるようなのはもちろんいない。
大抵、既婚者もしくは婚約者がいる男どもばかりだ。
「?飴色の短髪の方は君のいい人じゃないのかい」
「あぁ、……そんなはずがないでしょう。仕事でしか話はしませんし」
つい先日の城下町への観光はノーカウントだ。
あんな血なまぐさい出来事は確実に仕事だ。そうに決まっている。
「そうか。僕はお前がそう思っているならそうでいいよ」
……とどのつまりはどうでもいいんじゃないか。
というか、
「ばっちこいって……古いですよ」
「そう?最近流行ってるんじゃないの?」
*************
「あなた、ちょっとよろしい?」
振り返ると、控えた言い方で華やかな、……言いたいことをいうと化粧も髪も自重しろと言いたいくらいに華美な、侍女数名が立っていた。
しかも見事な鶴翼……フォーメーションである。
「?えぇ。はい」
今は、アルバート様の書類を姫様に届ける最中だ。
今日は王宮の方の執務でアルバート様が動けないらしく、私が動いたというわけである。
呼び止められた侍女の先導について行くと、人目に付きにくい場所に歩いて行っているのが分かった。
「あなた、最近ライザック様にベタベタしすぎではなくって?」
「ライザック様は皆に優しいのよ、あなただけではないの」
「そうよ、あなたのようなみすぼらしい娘、ライザック様につり合うはずがないわ」
まさかの名前が出てきた。
話を聞く限り、私はディノーバ将軍が国賓に強く出られないのを良い事に媚を売っていると見られているらしい。
「あなたのような娼婦に!ライザック様を近づけたくありませんわ!!」
うわぁ……なんかヒートアップしてきた……。
ってか、私が娼婦?
彼女たちは、思考回路がマヒしているのか、言いたい事だけを言っている。
多分、自分が何を言っているのかもわかっていない。
「……解かりました。つまり、要は将軍と会話しなければいいんです?」
「それだけではありません!ライザック様を王女の部屋に連れ込むのもやめて下さいまし!!」
……誰が。誰があんなの連れ込むんだ。
「連れ込む……って、部屋に来られるのは止められませんから……」
「まぁ!それはあなたが連れ込みたいからでしょう!」
「……いえ、あの。王女殿下と将軍が話をされるのも、仕事の一つですから」
耳かきの膝枕とか、膝枕とか、膝枕は別にして。
「そんな事が仕事になるはずがありませんわ!」
なるんだよ、仕事に。
「やはり、あなたは仕事と言って将軍を独り占めしようとしているのですね!!」
侍女の……鶴翼ファーメーションの先頭……が手を振り上げた。
べちん、と間抜けな音が耳に入り、少ししてから鈍い痛みが広がった。
あぁ、この人は人を叩きなれていないな。下手だ。
もう一発、と思ったのか、別の侍女が手を振り上げる。
「――そこまでだ」
建物の陰から出てきたのは、
「ラ、ライザック様……」
「……少しやりすぎではないか?」
手を振り上げたままの侍女に将軍が近づく。
「仕事をし辛くなるのは私の望むところではない。この侍女も、あなたも、私の仕事にはなくてはならぬ存在だ。……解かってもらえるか」
……誰だ、こいつ。
「は、はいっ。申し訳ありません、ライザック様!」
顔を真っ赤にして、年相応の侍女たちが仕事に戻っていく。
「……はれてる」
「ええ。よけそこねました」
「嘘つけ」
「嘘じゃないです」「嘘だ」「だから嘘では」「暴漢に襲われて無傷だった奴が侍女の張り手を避けられないはずがない」
将軍と居ると舌打ちをしたくなる。
別に的確に正解を言って来るからではない。
なんか……腹立つ。それだけだ。
「それにしても……人気あるんですね」
「話を逸らすな」
腕を組んでいる将軍は、なんだか……。
「……娘が深夜帰宅したのを玄関で待ち構えている父お「なんか、言ったか?」」
……絶対聞こえてたな。