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3.デート

お気に入りありがとうございます!

テロルゴはアイルファードの西にある隣国です。


「……城下町の西は治安があまり良くない、というのは聞いていましたけど……。東も芳しくはないご様子で。」

「俺も今知ったんだよ。悪かったな、巻き込んで。……なんとか、あんただけでも……。」

逃げれねぇかな。と呟く背中を肩越しに見ると、ミラは口の端を上げだ。

「将軍が御存知ないというのは、それほど向こうが巧妙だったのか……、ただ将軍が職務を怠っていたのか……どちらですか?」

「……あんた、俺にだけは容赦ねぇよな?」

その言葉に思わず笑ってしまう。

「笑える……ってことはまだ余裕だな?」

「えぇ。……でもきっと逃げられないでしょうね……囲まれていますし。」

「!分かるのか。」

将軍が振り返るのが分かる。

「問題は、将軍ではなく私です。武器もなにも持っていませんから。」

「あんたは、俺が。」

「守ってやる……とか言わないでくださいね。」

自分が言おうとした言葉を言うなと不快そうに吐き捨てるので、思わず息が詰まってしまった。

そうしているうちに囲まれていた輪が徐々に縮まっていっていた。

「守っていただかなくてもいいですから、……後ろ。後ろだけ、任せますから。守ろうなんて、絶対に考えないで。」

「……分かった。けど頼むから無理はすんな。」

ライザックが自分の腰から何かを引き抜く。

「使いな。」

受け取ると、それはダガーだった。

将軍が持っている実用的な剣とは違い、煌びやかな彫刻が柄に彫られている。

刃渡りは中指一本分位で、将軍が使うのだと考えると小さい気がする。

「これ……?」

「小さいが、切れ味は保証する。あんま武器とか持たせたくないんだが、……非常事態だしな。武器持ってるからって頼むから自分から挑むなよ、あくまで、逃げることが大前提な。」

ライザックはもう一度正面に向かって剣を構える。

正直、小ぶりなダガーを一本持っているだけの侍女に背後を任せるなんて普通なら絶対にしない。

そもそも数少ない休暇に誰かを伴って城下に降りる事すらしない。

ほんの数刻前の自分の行いにライザックは思わず舌打ちをした。





*************




「休暇……、ですか?」

「そう、テロルゴに来てからずっと私と一緒に居るじゃない?ポネーは一度休暇をとったんだもの。ミラも休んだら?」

原稿に目を通していると、アルティアラインから唐突にそう言われた。

「観光がてら一度城下に降りてみたらどうかしら。」

「観光……ですか。……あ、姫様。ここ、てにをはがおかしいです。」

「え。どこ……あ、ほんと。んー、ここは……ねぇ、ポネー?白騎士が城下に降りた時の同僚との会話、敬語って……おかしいかしら?」

「白騎士は敬語が基本ですから……。あ、でも同僚には荒っぽい口調ってのもいいんじゃないですか?」

見習い時代はそんなに敬語を使う事に固執していないとか……。

そう続けると、アルティアラインは目を輝かせる。

「それ、いい!それなら同僚は……少し軽い感じの男がいいわね。でも、芯は通ってる人。」

「……姫様、それは姫様が好きな男性像でしょう?」

ミラがそう言うとばれたか、と舌を出す。

「前作にもそういう人物を出しましたよね?……最後の方、彼が主人公だと思われても仕方ないくらい登場頻度を増して。」

「……だって好きな登場人物の出番は増やしたいじゃない?」

拗ねたように言うので、ため息をつく。

「別に出すなとは言ってません。……でも魔王との対決で一騎打ちするのがなんで勇者じゃないんですか!」

「だから、実は魔王の息子ですって設定で何とかしたじゃない!」

ミラは頭を抱える。

そう、確かに魔王の息子が勇者と協力して父親を止めるシーンには自分も感動した。だが、

「……今回は駄目ですよ。いいところは白騎士に。」

ただでさえ寡黙な白騎士は、行動で王女への愛を情熱的に語るという設定なのに、

「これ以上喋る人物が出てくると、白騎士が居るのに居ないような人になっちゃいます。」

「確かに……二度も主人公が空気と化すのは怖いわね……。」

同僚の人物像をまだ諦めていないアルティアラインにミラは苦笑する。

「そこさえ回避されるのなら、私はいいと思いますよ?」

「ホント?ミラが言うのなら大丈夫ね!名前は何にしようかしら?」

ほんの少しの後押しだけで、先程の勢いを取り戻したアルティアラインにもう一度苦笑する。

「……あ、ミラ、お茶淹れて?」

「はい、姫様。」

…………大丈夫かしら?







「失礼します、姫様。ディノーバ将軍がいらしています。」

扉を叩く音がしてから、少しだけ間が開けられる。ポネーの顔がのぞかせた。

「そう、お待ちいただいているの?」

はい、と返答するポネーにミラは少し驚いた。

「あら、ここまで顔を出されるのかと思ったのに。」

「それは……寝室にいらっしゃると言ったので……。」

「さすがの将軍も解ったのかしら。」

皮肉でそう言うとポネーが曖昧に笑う。

原稿を修正前と後に分けてから、寝室に寝具以外で備え付けられている机の引き出しにしまいこむ。

「じゃあ、ミラ。お茶お願いね。ライザック様とポネーの分も。」

「はい、姫様。」

さっきと同じ返事だけれど、自分の頬が引きつっているのはミラ自身が一番よくわかっていた。







「いらっしゃいませ、ライザック様。お待たせいたしました。」

すでにソファに座っていたライザックの向かい側にアルティアラインが座る。

「姫さん、体調が悪いのか?……悪かったな、いきなり来て。」

そう思うのなら訪問の連絡を寄越しやがり下さいませ、とミラは心の中でつぶやく。

アルバート様を始めとする陛下の……恋人方は姫様にお会いになる時は遅くともその日の朝に連絡を伝えに来る。

しかし、目の前のこの男……将軍だけはいつ来るのか測れない。

本人はたいしたもてなしをされずとも全く気にも留めていないが、こちらとしてはいい迷惑である。

「いいえ、大丈夫です。」

「ポネー、お茶の給仕手伝ってくれる?」

四人分のカップにお茶を注いで、お茶菓子と一緒にワゴンで運ぶ。

「そうそう、姫さんこれ。アイルファード産の蜂蜜。ついこの間城下に降りたらな、見つけてよ。」

コトンとガラス瓶の重い音を立てて、机の上に置かれる。

アルティアラインが手に取る。ミラが覗き込むと、渡された。

瓶の蓋を開けると蜂蜜の匂いがする。

匂いは問題ない。

「失礼します。」

小指に蜂蜜をすくって舐めた。

「……大丈夫ですね。アイルファード産というのも間違いないです。」

薬の気配はない。

「あぁ、そこはちゃんと確認してるぜ。」

ニヤリとこちらを見るディノーバ将軍を黙殺する。

茶葉の棚に近づき、奥まったところにしまいこんだ瓶を取り出す。

それを蜂蜜の瓶と一緒にワゴンに置いた。

確かにテロルゴでも蜂蜜は手に入る。

しかし蜜蜂の種類が異なるのか、蜜のもとの花が異なるのか、味が違う。

以前テロルゴの蜂蜜をお茶に淹れたところ、アルティアラインが蜂蜜のくせを気にしていたのでそれ以来淹れていない。

蜂蜜なしで淹れるのなら、違う種類のお茶を淹れているので敬遠していた。

ただ、故国から持ってきた茶葉に蜂蜜を淹れて飲むのはアルティアラインはもちろん、ミラも好んでいたので、気に入らないが嬉しいのも事実だ。

「すみません、ライザック様。」

眉を下げて謝るアルティアラインにライザックは手を振る。

「あぁ、そこは気にしてねぇよ。でも、やっぱ運河があるつっても王都までの流通が少ねぇよな。商業都市に行けばけっこう盛んだけど。」

「商業都市……オクトでしたよね?」

「そ。姫さんが王都に来るまでに立ち寄ったところだな。」

アルティアラインが頷くと、ライザックはソファの背もたれに腕をまわす。

「オクトはこの国で唯一海に面している都市だからな。やっぱり流通が盛んになる。アイルファードからの輸入品もほとんどがオクトから入ってくるな。」

「えぇ、アイルファードは国内の流通のほとんどが海路を使っていますから。逆に陸路の流通はほとんどないです。」

この国に来た時の事を思い出す。

馬車の中で本を読んでいる姫様と

「本読んでて……酔いませんか?」

「全然?」

そんな会話をしたことを思い出す。

「……海賊の動きが活発になっていなければ私たちも海路でオクトまで行く予定でしたから。」

姫様が嫁ぐ国への道のりを海賊によって変更せざるを得なかったことに最後までイラついていた陛下を思いだす。

陛下の紋章が発動する寸前に姫様と王妃陛下と一緒に抑え込んだのをよく覚えている。

「姫さんが王妃になったらそこんところも力入れねぇとな。」

「ありがとうございます、ライザック様。」

楽しそうに、嬉しそうに。

姫様が笑うので、ミラも思わず笑顔になる。

たまにはいい事も言うじゃない、将軍でも。





「……ところで、ライザック様。お願いがあるのですが。」

「いいぜ?俺にできる事ならな。」

将軍の持ってきた蜂蜜を淹れたお茶を淹れた頃、久しぶりの味に上機嫌の姫様が将軍に話しかける。

「ありがとうございます。ミラに、城下を案内してはもらえませんか?」

「姫様?!」

まさか自分の名前が出ると思っていなかったので驚く。

「いいぜ。」

さらに二つ返事で返した将軍を瞠る。

正気か?!

「よかったです。いつならよろしいですか?」

「いつでもいいぜ。なんなら午後からでもな。」

「や、午後からは女官長に呼び出され……。」

「私が話しておくわ。」

つまり、気が変わる前に行って来いという事か。

いや、行く気にさえなっていないが。

原稿の確認をだしに話題を変えて、しかも姫様も何も言われないので、とうに忘れているものだと思っていた。

「で?どうすんだ?」

「…………………………お願い、いたします。」

「……分かった。昼過ぎに城門の辺りに居てくれ。」

嫌々返事をすると、苦笑しながら将軍が立ち上がる。

「……ポネー、一緒にい……。」

「だーめ。ポネーはミラの代わりもしてもらわないといけないから。」

駄目もとでポネーを誘おうとするが、やはり姫様に却下される。

「はぁ……、じゃあ午後からお休みさせていただきます。」

「あら、午後からといわず今から休んでいいのよ。」

ため息をつきながら午後までに片づけられそうな仕事を考えていると、姫様がお茶を飲みながら本を開く。

「別に急ぎの仕事はないんでしょう?じゃあ、今から身支度を整えたら?」

「え。」

「えぇ、あとは私に任せてミラさんは着替えてきてくださいな。」

「ええ。……この恰好のままじゃ。」

「あからさまに使用人の恰好して?観光?……どうせなら白騎士物語の姫君みたいに平民の服を着て歩きなさいな。」

ミラは自分の眉間に皺が寄るのを感じた。

「それ、白騎士と城を抜け出した時の話ですよね?……私に?それを、しろと?」

白騎士物語で、白騎士が姫に頼まれて城下に連れて行く、という話があった。

その中に、怪しまれなように平民の少女の服を着て舞うように歩く姫に、騎士が惚れ直す……。というようなエピソードがあるのだが。

「互いに認めてはいないものの、あれは白騎士も姫も相思相愛状態なんですよ?……なんで将軍と。」

「おーい、まだ俺いるんだぜー?」

少しは遠慮してくれー、と冗談めかして言う将軍の存在を実は半分ほどは覚えていた。

「あ、すいません。」

頭を軽く下げると、将軍は苦笑したまま扉を開く。

「じゃあ、待ってっからな?」

「はい、ミラをよろしくお願いいたしますね、ライザック様。」

将軍に頭を下げる姫様に将軍は手を振る。

「……じゃな。」

パタンと軽い音を立てて扉が閉まった後、ぽつりと呟く。

「先に、行って待っててやる。」

「……素直じゃないわね?」








*************









「かわいいな、あんた。」

たいしたこともなげに、将軍が褒める。

「あ、ありがとう……ございます。」

気のせいだ。

私の顔が、熱いのも。……赤いのも。

将軍よりも速く城門に着いて待っておいておこうと思っていたのに、姫様とポネーに助言されながら準備していたら、遅くなってしまった。

最初は化粧だの、髪を巻くだの言われていた。

そんな必要はないと、反抗できる限りは尽くした。

でも姫様はスカートだけは譲ってはくれなかった。

結局、膝下の丈の蒲公英色のワンピースに薄桃色のカーディガンを羽織っている。

正直年が年なので、若作り、もしくは少女趣味としか思えない。

「あぁ。で、だ。話が変わるんだが、あんた、泳げるか?」

「……はぁ?」

半分はため息のような返事と、半分は疑いを込めた返答をする。

アイルファードが海に面している国だから、海で遊んだことはある。

それに、……。いや、忘れたい過去は忘れよう。

「泳げます、けど?」

「じゃあ、船から落ちても何とかなるか?三十秒でも耐えてくれりゃ何とかなるんだが。」

「……そんな命の危険性のあるところに行くんですか?」

「や、運河にそって街に行って……とか考えているんだけどな。たまに船上で喧嘩する馬鹿がいるんだよ。最悪、船が転覆する可能性を考えておいてくれや。」

「よく泳いでたのは海なので……運河では分かりません。」

自分が微妙な顔をしているのは分かっている。

分かっている……が。

「将軍。将軍は女性には人気がおありで、でもお付き合いされる女性から別れを告げられるタイプでしょう?」

「あぁ。良くわかるな。」

そうだろうな。

思わず将軍の過去にお付き合いした女性がかわいそうになった。

女性と二人で街に出かけるというのに、真っ先に心配することが運河で溺れた時の対策……というのは。

相手が恋仲ではないとしてもいただけない。

「……将軍は、こういうことには手馴れているものだと思っていました。」

「手馴れてなんか……ねぇよ。」

ふと顔を見上げると、将軍と目が合った。

将軍は、紺色のパンツと白いシャツを合わせている。黒い軍靴はいつもと変わらない。

多分、いつもの騎士の制服を脱いだだけだ。

もちろん、帯剣もしている。

「いえ、いいんじゃないでしょうか。……あ、将軍。あれ、あれですか?船って。」

「あぁ……あんた、ゴンドラ見んのは初めてか?」

頷くとライザックは話を続けたそうな顔をしていたが、そのまま話に乗ってくれた。

「アイルファードによくあるのは帆船ですから。王宮に入る時は、そんな余裕なかったですし。」

王宮に続く階段をゆっくり降りる。

馬車が使う道は別にあるから、ミラは初めて城下街の景色を見た。

運河にたゆたうゴンドラがゆっくり行きかう。

その両脇に流れるように立ち並ぶ建物。

「とりあえず、街の真ん中までいくか。」




ゴンドラの船着き場まで行くと、将軍が先にゴンドラに乗りこむ。

「ほら。」

「え。」

「え。じゃなくて、ほら。つかまれよ。」

手を差し出すので、思わず後ずさる。

「……はぁ、じゃあ。」

将軍の手に指先だけを置く。

体重を預けないままゴンドラを揺らさずに乗ると、少しだけ不満そうに見られた。

「……まぁ、いいか。」

将軍に促され座る。

ゴンドラは客を乗せる事が頻繁にあるせいか、ソファとは呼べないまでも布張りの椅子が設けられている。

「……わぁ。」

思わず感嘆の声が漏れる。

こんな橋のすぐ下を通れるなんて。

思わず感動して将軍の方を向くと、将軍は限界まで頭を下げている。

船頭も配慮してか、遅すぎず速すぎないように船を進める。

「……ふふ。」

思わず笑ってしまう。

「ん?……今、笑ったか?」

「あ、まだ……。」

頭を上げると危ないです。と告げようとする前に、

ゴンッ!

という少し鈍い音がする。

「~~~~!!」

頭に手を当てて俯いている将軍の手の上に自分の手を重ねる。

「痛いですか?……あの、」

将軍の顔が赤くなる。

あ、そうか。

当然だ。

侍女に橋に頭打つところを見られ、挙句に頭に手を置いて心配されるなんて、将軍としても、男としても恥ずかしいに違いない。

「すみません、たんこぶになってますか?」

手をどけると将軍の手がピクリと動く。

「将軍?」

問いかけるとかすかに頷くのがみえた。

「痛いですか?どこかで休みます?」

将軍は頭を横に振って顔を少しだけあげた。

まだ顔に朱が走っている。

「……さっき、笑ったよな?」

「わ、笑ったのは将軍が頭をぶつける前です。」

将軍は笑ってそう言うので、弁明のつもりで返した。

「いや。笑えんのなら、笑えや。」

何故こんなにも将軍は楽しそうなのだろう?

笑え、と言われたのでとりあえず笑顔を作ってみる。

「あー、いい。俺が悪かった。」

苦笑いで手を振るので、首を傾げる。

……?私、何か悪いことした?





「今日って……、お祭の日だったんですか?」

ゴンドラから下りて街を見渡す。

広場なのか、噴水の周りを屋台が取り囲む形で出店している。

にぎやかで、人が多い。

「ん?や、ここはいっつもこうだぜ?」

「いつも?!」

驚いて振り返ると、将軍はまだ頭をさすっていた。

「あ?あぁ……どこの国にもあんだろ?毎日が祭みたいな街が。」

「ありますけど……多分。でも、」

王都の、街がこんなに騒がしいなんて。

アイルファードの王都が閑散としているわけではない。

王都の中でも眠らない場所や店は沢山あるし、騒がしくないわけではない。

しかし、広場でこんなにも騒がしいくはない。

「あんた、こういう雰囲気は嫌いか?」

横に首を振ると、将軍は笑う。

「でも得意でもないだろ?」

得意でもないと言われ、顔には出さないで微妙な気持ちになった。

確かに私は人ごみが嫌いなわけではない。嫌いなわけではないが……。

「……えぇ、少しだけ、苦手です。」

育ちのせいにするつもりはないが、それでも子供の頃の体験が今の意識に繋がっているのも事実だ。

「じゃあ、こっちだ。飯は?食ったか?……食ってないんだな?じゃ、いいな。飯にしようぜ。」

昼を食べていない旨を告げると、将軍に手を引かれて広場を通り過ぎる。

将軍が人と私を接触させないように上手く誘導しているのには気づいていた。

……やっぱり、手馴れているじゃない。





広場を通り抜けると、先程の喧騒とはうって変わり、心地よい程度の音に包まれる。

「……ここって、酒場……ですよね?」

席に着いて、周りを見渡す。

酒場特有の煙草と酒の臭いが薄く、不快にはならない。

他の客も、男よりも子供連れの女性の方が多い。

「この酒場はな、昼は女将が、夜は旦那が開いてるんだ。だから、昼は酒場というよりも食堂になるんだな。」

将軍が説明していると、後ろから一人の女性が近づいてきた。

「おや、ディノーバ様のとこの坊ちゃんじゃないかい。珍しいね、今日は女連れかい?」

将軍が笑いながら振り返る。

恰幅のいい、いかにもお母さん、という感じの女性だ。

おそらく、彼女が将軍の言っていたこの店の女将なのだろう。

「坊ちゃんはやめてくれよ。女連れ……っても、遊びじゃねえからな。」

将軍の笑顔がだんだん苦笑いに変わっていく。

「へぇ、いつものじゃないのかい……。なるほど、確かに別嬪さんだ。」

私の顔を覗き込みながら、女将は口を大きく開けて笑う。

「ミラ・ファウドです。」

「マリーだよ。ミラがファーストネームでいいんだね?」

頷くと、女将のマリーさんは厨房の方へ身体を向ける。

「で?なににするんだい?」

「あー、……あれあるか?」

「あれかい?あるよ。」

「じゃあそれに……。」

注文しているのは分かるのだが、あれと言っているので中身はわからない。

「じゃあ、待ってておくれ。」

にっこりと人懐っこい笑顔で女将は厨房の奥に消えて行った。

女将が姿を消してすぐに将軍が向かい側に座る。

「……あのさ、」

呟くように呼ばれたので将軍の方を向く。

「はい?」

「あんた……ファウドって名前なんだな。」

少し、恥ずかしそうに。

でも、どこか寂しそうに将軍は言った。

「あー、はい。……ちょっと違うんですけど。」

「?違うって……偽名か?」

首を傾げる将軍に軽く一発お見舞いしたくなった。

「……犯罪者でもなんでもないのに偽名を使う意味がありません。」

「じゃあ……、」

なんでだよ?と聞く将軍に丁寧に一から説明する。

「まぁ、知ってもどうにかなるもんじゃないですけど。……えっとですね、ファウドは私の父の名前で。父は……その、本家から一度出奔しまして……。本家筋の名前を名乗れないんです。」

「……それで、その姓名をを名乗ってるのか?」

「いえ、私は本家の名前を名乗れるんですけど……いろいろ面倒なもので。」

父の名前を名乗っています。というと、将軍は微妙な顔をしている。

「……難しい事してんなぁ。」

「あと、アイルファードでは生まれた時にもう一つの名前を与えられます。」

「もう一つ?」

頷いて続ける。

「一生の中でそれを実際に使う事はしません。中には忘れてしまう人もいるくらいで……。生みの親からではなく啓示によってつけられます。」

「……魂の名みたいなもんか?」

もう一度頷いた。

「そうですね、その名を握ればその人物の命を握ったも同然です。」

「そんな危ねぇもん、よく廃止しないな。」

苦々しく言う将軍に思わず苦笑する。

「啓示ですから。それに、廃止するしないという考えそのものがないんだと思います。あと……。」

その先も言おうとして詰まった。

ここから先は王家の人間だけが知る領域になる。

テロルゴ国王の覚えめでたき将軍であろうと話すわけにはいかないだろう。

王家一人ひとりが持っている紋章。

それに関係していることくらいは言っても問題ないかもしれないが、さすがにしゃべりすぎた。

「あと?なんだ?」

「えーっと……。」

「……な、」

「さー、お待ちどうさま!!」

将軍が何か言おうとするところに狙ったように女将が食器を置く。

「坊ちゃんのご要望通り、果実の蜂蜜漬けだよ!」

パンや肉料理よりも主張するデザートの器。

蜂蜜漬けといっていたので、赤や黄色の果肉が纏っているのは蜂蜜なのだと分かる。

「なぁ……確かに最初にこれあるかって聞いたけどよ。……でかくねぇ?」

あれと言っていたのは蜂蜜漬けの事だったのか。

「何言ってんだい!いつもはこれの倍くらい食べるだろ?」

将軍の顔が赤くなる。

将軍が咳払いをしているが、マリーさんは笑っているだけで、微動だにしない。

それにしても……、将軍は、

「……甘いものが、お好きなんですね。」

そっとデザートの鉢を将軍に押しやる。

「いやっ、好きなことは好きだが……、いや、でもな。」

「坊ちゃんはねぇ、この季節に収穫された果物の売り物にならない分を蜂蜜に漬けてあるのが好きでねぇ。樽一つ分位なら余裕で食べれちゃうみたいなんだよ。」

「……へぇ、坊ちゃんは樽一個分も食べるんですか。」

「しかも東の方の蜂蜜が好きみたいでね、わざわざ持ってきといて作れって言うときもあるくらいなんだよ。」

「……東の。」

将軍の方を向いたら将軍が電光石火の速さで目を逸らした。

……なるほど。

口許が緩む。

将軍の顔が耳まで真っ赤になった。

あぁ、なんて面白い人なんだろう。








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