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16.前夜

お気に入りありがとうございます!


ミラは、明るい店内に入る。

「いらっしゃい、おや、こないだライザック様と一緒だったお嬢さんじゃないか」

「こんばんは」

カウンターに笑顔を向けると、マリーが笑顔で出迎えてくれる。

「……あんた、上に将軍が待ってる。マリー、案内してやれ」

カウンターからマリーの旦那と思しき男性が声をかけてきた。

いかにも無骨そうな、明け透けに言えば無愛想な主人である。

夫妻が経営する食堂の奥の階段を上がったところには客室があるらしい。

「……じゃ、ごゆっくり」

階段を上った所でマリーはそこから奥には行かず、そのまま階下へ降りて行った。

階段から一番離れた一室にライザックはいた。

彼の目の前に椅子がそこに在り、そこに腰掛ける。

窓の外を見ると、大通りの灯りが見える。

階下の喧騒はほとんど聞こえない。

まるで、この空間がどこかほかの場所にあるように。


「……来たか」

「えぇ。来ました」

ライザックは無言で立ち上がり、自分は窓の外を眺めはじめた。

座れということなのだろう。

ミラは椅子に腰かけた。


「……どこまで、知っているんですか?」

こちらに向けられたその瞳を見返す。

ライザックは自分が知っていることをかいつまんで話した。

ミラが紋章の力で生き延びていること、アイルファードの国王の力なくしてはその維持も難しいこと。

「ほとんど知っているじゃないですか」

予想はしていたが自分が話すことがもうない、とミラは思った。

「聞かれた通りです。これ以上は話すことがありません」

「……アイルファードの国王陛下のもとに居なきゃならなくなったことはこの際どうでもいい。どうしてテロルゴに来た?」

アイルファードの国王のもとにいないといけないのであればテロルゴにアルティアラインと来たことはどういうことなのか。

ライザックが知りたいのはそういうことなのだろう。

「簡単に言えば、逃げました」

「逃げた?」

「えぇ。……国王陛下と王妃が面倒なほどにいちゃつくのを見ているのが嫌になりまして。……姫様がいなくなったらもっと面倒だな、と」

ミラの言葉にライザックは不愉快そうに眉をひそめる。

「おい」

「はい」

「言ったな?話すって」

頷くミラにライザックは腰をかがめて視線を合わせる。

「……全く、騙されやすい男だったらよかったのに。脳筋かと思えばそうでもないし」

「……喧嘩なら買うぞ」

青筋立てて拳を握りしめているライザックに、ミラは面白そうに笑う。

「……ホント、嫌に勘はいいし、腹立つことに色々話したくなるんですよね」

「……本当に買うぞ?」


「ここからは、他言無用でお願いできますか。姫様はもちろん、陛下や他の方々にも」

ミラの表情が真剣なそれに変わる。

ライザックはその視線に迷うことなく応じた。

「もちろんだ」

「……前にファウド卿がこの国に来た時、私の母にも爵位があるという話をしたのを覚えていますか?」

ライザックが頷くとミラはため息を吐く。

「まぁ、その話は私も初めて聞いたのですが……そもそも、どうして母が父から逃げたのか、疑問には思いませんでした?いえ、正確には、逃げることができたのか、ですけど」

「……どういうことだ?」

「父はあなた方の背後をとれるような男ですよ?その父がどうして母を逃しているのか……とは考えられませんか?答は至極簡単なんですよ。父でさえも捕捉できない何かが母を守っている。そして、それは彼女自身の先天的ななにかではなく、……後天的なものなんですよ。……はい、ここで問題です。私や姫様、アイルファードの王家の誰もが持っている、生まれた時から所持している能力は何でしょう?」

途中から、ミラの言わんとするものがなんなのかはライザックも察しがついていた。

「紋章、か」

「正解です。父は、母に紋章を与えたんです。……それがどうやってなのかその方法は不明ですが。確かに現在母は紋章を持っています。そして、紋章の能力で母は父から逃れた。それが私の話の大前提です。ここまでは良いですか?」

ライザックは首肯する。

「紋章というのは、本来であればアイルファード王家の人間にしか持てないものであったはず、です。父はそれを破った。禁忌とまでは言いませんが、それ相応の副作用がありました」

「副作用?」

「……これを罰と呼ぶべきなのかは迷いますが、母が紋章を植え付けられたとき……母は身ごもっていました。それが、ミリアム、です。」

「王妃か……?ちょっと待て。確か、あんたと王妃は」

「はい、双子です」

疑問符がライザックの頭に浮かぶ。

なぜ、今彼女は王妃の名だけを口にしたのか。

どうして、自分がそこにいなかったかのように言うのか。

「疑問を持たれる理由は分かっています。しかし、この表現で間違っていないのですよ」

「どういうことだ」

ライザックは寒気のような、嫌な予感しかしなかった。

「結論のみを言いますが、身ごもっていた母の身体は急に自分の中に入ってきた紋章の魔力に耐えられませんでした。そして母のお腹の中の胎児も。……それで、赤子の魂は二つに分かれたんです。私と……ミリアムに」

「!それで……双子か」

「えぇ、ただ……ぴったり半分こ、というわけにはいかなかったんです」

ミラが苦しげに顔を歪める。

「ここで、姫様が一つ勘違いをされている事を話さなければなりません。姫様……アイルファードの国王もそうですが、あの兄妹は決定的な勘違いをしています」

「勘違い?……何をだ」

「私の魔力が無くなり、蔦の紋章が私を殺そうとしている、という考えそのものが、間違いであったとしたら?」

「……なんだと?」

「その勘違いでいろいろと都合が良かったので話を訂正したことがありませんでしたが、これでは将軍の疑問である『どうして私がわざわざ姫様に付き添ってテロルゴにやって来たのか』が矛盾してきますよね?」

ライザックはその問いに頷く。

この話、そもそもの大前提が間違っている、とミラは言っている。

「結論から言いますと、私の命はどちらかと言うと蔦の紋章のお蔭で何とかなっています」

「……待ってくれ、訳が分からない」

「分からなくても結構です。もともと、理論的な現象でもなんでもないですから」

ミラのその答えにライザックは怒ればいいのかどうすればいいのか分からなくなっしまった。

「私と王妃の魂は半分ではなく、二対八……もっと差が大きいかもしれませんが、それぐらいの配分で分かれているんですよ。分かります?」

「……なんとなく、いや分からん」

ライザックの返答を受けてミラは辺りを見回す。

すると、ベッドの横にあるサイドテーブルに水差しがあるのを発見した。

「つまり、……これが、ライザック様の魂とします」

ミラはコップに水差しから水を注ぐ。

満たされたコップはライザックの目の前に置かれた

「……これが十割だとすると、私と王妃は、……こんなもんですね」

ミラは、もう一つのコップに水を注ぐ。

「……」

ライザックは自分の目の前にあるコップを見る。

その中には、水がほとんど注がれていない。

「もちろん、これが私です。つまり、私は魂の欠片、しかもごく小さい欠片でできているんです」

ミラはほとんど水を入れなかったコップに口をつけると、一気に傾ける。

「……紋章で生きてるってのは」

「本来なら姿かたちを保っているのも奇跡ですよ。いつ霧散してもおかしくない存在、それが私」

想像以上にミラの存在、背景すべてが重い、ライザックは正直にそう感じた。

「確かにあの事件がきっかけで私に国王の紋章が使われたのは事実ですけど、それは蔦の紋章から私を守っているというよりも、蔦の紋章を補助しているだけなんですよ。……ただ、その紋章も作動しなくなりますけどね」

ミラは、遠い、ここではないどこかを見つめる。

「作動しなくなる理由は?」

「国王の紋章は国王に代々受け継がれます。大抵、それは国王が崩御した際なんですけど。アントニオ国王陛下の後継者は母親の中で継承したみたいで。……つまり、ミリアムの子に鳳凰の紋章は継承されました。そして、それによる鳳凰の紋章の……私への干渉も、無くなりました。……これから、私が消えるのも時間の問題かもしれません」

「待て、あんた今自分は蔦の紋章のお蔭で何とかなってるって言ってなかったか?」

「人ひとりをなんとかできるほど紋章は万能じゃなかったってことですよ。……まぁ、もとより生まれなかった女です。……過ぎた幸せを手に入れられました。もう、満足しています」

「……もうなんて使っといて満足なんて言ってんじゃねぇぞ」

驚いてライザックを見ようとすると、襟首を掴まれる。

「勝手に引っ掻き回しといて何が満足だ。何が過ぎた幸せだ。満足してたんならなんでテロルゴに、ここに来た?どうして俺の前に現れたどうせ消えんなら俺の記憶ごと一緒に消えろ!!」

一気にまくしたてると、ミラは力なく笑う。

「……テロルゴに来たのは、姫様の……菊の紋章の主が幸せになるのを見届けたいからと、蔦が望んだから。私が望んだから。……アイルファードに戻ることにしたのは、私が消滅するときに周りを巻き込む可能性が高いから。アントニオが居る方がまだなんとか手が打てる可能性があるから。……そんなことはもう無駄だってわかっているし、私自身、もう十分すぎるほどに生きたと思ってるんですけどね」

「……じゃあ、なんで泣いてる」

「え……」

パタタッと軽い音を立ててライザックの手に水が落ちるのが見えた。

それがミラの涙であると、彼女が気がつくのに時間はかからなかった。

「恐いんじゃねぇのか」

「恐くありません」

「嘘つけ」

ミラは首を振る。

「本当に。恐くはないんです」

「じゃあ、なんだ、っ……!」

言葉を最後まで発せずに、ライザックは言葉を失った。

今までライザックはミラの襟を掴んでいたはずだ。

それが、今はミラがライザックの襟を掴んでいる。

ミラは唇を離すと、ライザックを突き飛ばした。

「……さよならです」

「おい!!」

窓を開け放ち、ミラは姿を消した。


「……なんなんだ、一体」

ライザックは自分の口を擦る。

開け放った窓からは何も聞こえない。

階下の酒場がどこか遠い世界に感じた。




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