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15.再会

国境の野営地の中にあるテントの中で一番大きなテントの中に入る。

このテントはもともとアイルファードの王であるアントニオを迎えるために設けられたので、居心地は王宮の部屋に劣らない。

「この度は、御足労いただきありがとうございます、アイルファード国王陛下」

「国境まで御苦労。君は確か王女がそちらに向かう際にも居たな?」

「はっ、テロルゴ王国近衛騎士団騎士ディノーバ・ライザックです」

敬礼すると、アントニオはそれに応える。

「あぁ、『黒き死の風』か。噂は聞いている。ぜひ我が国の将と手合せ願いたいものだな」

「光栄です」

頭を下げると、アントニオが手を振り退出を促す。

もう一度礼をとり、ライザックはテントの幕をくぐった。



「あ、失礼」

テントをくぐる際に背は高いが、ほっそりとした体躯のせいであまり大きな印象を与えない青年とすれ違う。

黒い髪に黒い瞳。テロルゴでは珍しい相貌の青年はその瞳からか、猫のように見える。

「……」

じっとこちらを見ていた青年はやがて興味を失ったかのようにテントの中に潜った。

ライザックは青年の行動に若干の疑問は生まれたものの、何も言われないので、そのままテントを出た。


なにはともあれ、護衛対象のアイルファード国王には会えたので、自分のあてがわれているテントに戻ろうとしたその時だった。

「魔物だー!!」

兵士一人の絶叫がやがて多数の喧騒に変わる。

「状況は?」

「川向こうの村に向かっています!!」

「川向こう……アイルファードか?!」

アイルファードの王女が自国に嫁ぐということは、アイルファードとテロルゴは同盟を結ぶ。

国境で魔物と遭遇したのであれば、なおさらだ。

「お前はアイルファードの国王陛下にこの事をご報告申し上げろ。だれか、俺の馬を持ってきてくれ!!」

自国の騎士達に指示を飛ばす。

「魔物が村に到達する前に殲滅させるぞ!」

「ディノーバ将軍!」

「なんだ!」

敬礼する若い兵士を見る。

青年はアイルファードの鎧を着ていた。

「我が国の国王より伝言です!国境の問題はこちらに任せるように、貴殿の活躍に期待する。なお……」

「……なお?なんだ、早く言ってくれ」

「その、うちの、その、「猛獣」を連れ帰ってくれと」

「猛獣?」

「は。で、では自分は確かに伝えましたので!!」

「あ、おい!」

猛獣、の意味をライザックが聞くよりも先に兵士は走っていった。

まるで逃げるように。


「閣下!」

「あぁ。テロルゴ騎士はアイルファード国王陛下の安全の確保。付近に群れからはぐれた魔物がいる可能性が高い。だからこれが最優先だ。いいな?」

敬礼をする若い騎士から青毛の馬を受け取る。

「アルト、魔物の臭いを追えるか?」

愛馬に話しかけると、馬は疾駆する。

兄から譲り受けた駿馬は迷うことなく陣営の近くの森の中に潜りこんだ。

ライザックは手綱を操りながら、手元の剣をいつでも抜ける様にしておく。

間もなく、馬はスピードを緩める。

「アルト、何か――!」

何かあるのか、と前方を見ると、鬱蒼と茂る木々の中に切れ目が見える。

川だ。

アルトは川が苦手なわけではない。

しかしアルトはそれ以上進みたがらなかった。

ライザックにはすぐにその理由が分かった。



川が、赤いのだ。

それが、血であることはライザックはすぐに分かった。

アルトは川も血も苦手ではない。

戦場に出た経験もあるし、そもそも『黒き死の風』なんて子供が喜びそうなうすら寒い二つ名もアルトという青毛の馬が要ればこそだ。

そんな雄々しいほどのアルトが近づきたがらないほどの血が川を流れている。


「アルト、お前はここに居ろ」

躯をなでて、ライザックはアルトから降りる。

剣の柄に手をかけたまま、川の上流へと歩いて行く。

すると、人の話声が聞こえてきた。


「そんなに血、川に流して大丈夫なんスか?」

「あぁ、あの魔物の群れは毒が無い魔物だったし、ここから海に流れ出るから問題ない」

聞きたかった声に心が震える。

「……海はもっと問題あるんじゃないッスか?」

「人間的にはね。それよりもロキ、将軍殿がこんなところに居てもよろしいので?」

将軍、という言葉にライザックがどきりとする。

「大丈夫ッス。陸軍は団長サンが居ただけあってしっかりしてるッス。それに、王サマも姐さんのこと心配してたッスよ」

「……過保護だな、アントニオも」

そっと木の陰から声の方を見ると、川につかり頭を洗っている女と木にもたれかかっている男の姿が見える。

女の髪が水にぬれ、日の光に反射して輝いている。

ミラ、と声にならない声で彼女を呼ぶ。

「オレも心配したッス。なのに、行ったら行ったで魔物は既に全滅って……速いッス。速すぎッス」

ロキ、と呼ばれた男は先程国王のテントですれ違った青年だった。

「あんな敵、将軍の手を煩わせることもないかと思いまして」

恭しく礼をするミラにロキはあからさまに嫌そうな顔をする。

「それにしたって、ッス。今度からは単独で行動しないように。他の騎士や兵士に示しがつかない」

「はい、了解しました将軍」

面白そうにミラが返事をする。

ミラは笑いながら川から上がる。


「……ロキ、先に陣営に戻っておいてもらえる?着替えてから報告に行くから」

「了解ッス。姐さん、気を付けて下さいね」

ミラが頷くのを確認すると、ロキはその場から姿を消す。



「……さて、そろそろ出てきません?ディノーバ将軍?」

声をかけられ、ライザックは納得しながらも驚いていた。

「よく分かったな。俺の気配の消し方、下手だったか?」

「いいえ、素晴らしい気配の消し方です。実際さっきの彼は気がついていないでしょうね。私も、多分魔物と戦っていなければ気がついていませんでした」「あぁ、そりゃどうも。……さっきの男は誰だ?」

「アイルファードの陸軍副将、実質現場の最高責任者です」

ライザックが顔を合わせたのは国王だけで、ロキとの顔合わせはテントですれ違っていたのみであったので、それで納得がいく。

「へぇ」

肩をすくめる。

「ロキは父上……ファウド卿が気配断ちしていても気配を読める程です。……それほどまでに気配が消せるのなら、出来れば城下町のあの一件でやってほしかったですけど?」

「……彼が気がつかなかったのは誰かさんが血の臭いを辺りにまき散らしているからだろう?」

「血の臭いごとき、どうにかなるものでもないでしょう?」

ごとき、の言葉にカチンときたライザックは腕を組んで仁王立ちになる。

「悪かったな?うちの愛馬は戦場にも連れていっているが、血の臭いごときで立ち止まる程血まみれの何かが居たみたいでな」

「……そうですか、将軍の愛馬はどっかのどなたかのように無神経では無い様ですね。似なくてよかったですね、主人に」

その言葉にライザックのこめかみに青筋が浮かぶ。

「無神経?……あぁ、そうかもな」

その言葉を最後にライザックはそっぽを向く。

「なんですか。なんでそんなに突っかかって来るんです?」

子どものように何も言わないライザックにミラはため息をつく。

「用もないなら陣営に戻っていいですか?……どうせ、血が臭う女ですから、将軍も御不快でしょうし」

上着を拾い上げるミラの手をライザックが掴む。

「あんた、俺になにか言うことはないのか」

「言うこと?……あぁ、姫様にお変わりはありませんか?」

ライザックは脱力する。

「……あぁ、元気だよ」

「皆さんにも?」

「……体調の意味だったら、全員元気。誰かさんの起こした問題なら、奇病として保留中」

ミラが起こした侍女の集団記憶喪失の一件は原因不明の奇病であり、目下原因解明中、としている。

それも、長くはもたないだろうが。

「そう、ですか。……将軍は、その問題は解決したいですよね?」

「まぁ……そりゃそうだな」

ライザックがそう答えると、ミラは何も言わずに微笑んだ。

ミラの掴んでいた手を離さないまま、彼女の上着を見る。

もちろんだが、上着は来ていないミラの今の恰好をライザックは冷静になって考える。

……薄着過ぎる。

「……上着と、これ羽織ってくれ」

ミラの手をようやく放すとライザックは自分が着たままだったマントをミラに突き出す」

「え?良いですよ。それに濡れる……」

「いいから。着てくれ」

有無を言わせないライザックの様子にミラが折れた。

「……ありがとうございます」

マントを受け取ると、上着を着た後でそれを羽織った。

ライザックは肯くと、ふと自分の足もとに目を向けた。

「……不用心だな」

刃がむき出しの細剣を拾い上げる。思っていたよりも軽い。

「……軽いでしょう?騎士としては騎士剣を持っておくべきなんでしょうが、私には体格的に細剣の方が扱いやすいんです」

ライザックがミラに剣を手渡すと、ミラは剣を鞘にもどす。

じっとミラを見ると、ミラもライザックをじっと見つめる。

「日が暮れます。戻りましょう」

「なぁ、あんた」

私撰を先に外したのはミラだった。

その腕をもう一度つかむ。

「なんでしょうか?」

「どうして急に居なくなった」

「……あまり、面白い話ではありません」

首を振る彼女の腕をつかむ手に力を加える。

ミラが顔をしかめた。

「かまわない」

「……場所が不都合です。将軍、他者に話を聞かれないような場所をご存知ですか?できれば、建物の中で」

そうミラが提案すると、ライザックはしばらく考え、やがてこう言った。

「あるぜ。あんたも行ったことがあるし、あそこなら大丈夫だ」

「決まりですね。……お話しましょう」


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