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14.旅順

久しぶりの更新。お気に入りありがとうございます!



形の良い眉を吊り上げながら、アルバートが近衛騎士の詰所に入ってきた。

「……なんだ、もう少し静かに……」

「兄上、何をお考えか!!!」

何の事かと眉をひそめると、アルバートは書類の一枚を目の前に突き出す。

「アイルファード国王の護衛です!国境からとはいえ、参加するとは!せっかく……兄上?」

「なんだ」

ライザックの目の前に居るアルバートの怒声が止まる。

「…………なんですか、その顔」

アルバートの目の前には顔の半分が形と色が正反対に変わってしまっている兄がいた。

「ファウド卿に殴られた」

「は?」

「心配するな。ごく私的なことだ」

「そんなことは分かっています。なんですか、何やらかしたんですか、兄上」

腰に手を当てて呆れたようにアルバートはため息を吐く。

「……別に」

「おや、手を出したという話ではないんですね」

「そ!……そんな事あるはずないだろ」

「それが関係しているから殴られたんだと思いました」

項垂れてもう一度ため息を吐くアルバートにライザックは嫌そうに顔を歪める。

「……まぁ、あながち間違いでもないかもしれないが、いや、でもな」

「……分かりました。分かりましたから、とりあえず、その顔をどうにかして下さい。あと、護衛参加の理由は分かりましたから、止めません」

どうせ止めても無駄だろうし。

ぼそりとそう続けるアルバートにライザックはいつもの笑みを浮かべる。

「おう。悪いな」

「……ところで、彼女は来るんですか?」

「さあな。国王の魔力が要るから国に戻ったってんなら、来るだろうと俺は思ってるが……来るかもしれないし、来ないかもしれない」

肩をすくめてみせると、アルバートは心配そうな顔をする。

「……行きたいんだよ。できるだけ近くまで」

昨日のライザックとは違い、吹っ切れたように笑う彼にアルバートは何も言えなくなる。

「……とりあえず、魔導師を呼んできます」

おかしいのは顔だけであってくれと、アルバートは願わずに居れなかった。

目の前の兄が最近調子が悪いのはうすうす感じてはいる。

だから、気を利かせて遠征などの仕事を回さないように気を付けていたのに。

あんな顔をされてはもう何も言えないではないか。



*************



「ロキは本国に居た方がいいのでは?騎士団長は陸軍の副将出身。ロキは彼についてた方がいいでしょう」

ミラはアルティアラインの結婚の式典に参列することになっているアントニオを護衛する人員配置についての会議をしているところだった。

「そうは言いますが、テロルゴはほぼ内陸の国です。海軍の将を同行させてもなんの得にもなりません」

「オルトヴァレス殿、私に敬語は使わないでください。今は私があなたの部下です」

「そうでした」

「……また」

小声で声をかけてもオルトヴァレスが敬語を崩すことはなかった。

「私も、ロキ将軍が同行された方がよろしいと思います」

そう手を挙げて発言した青年にミラは視線を向ける。

発言した青年騎士は屈強な身体を持っているのだろうと、分厚い騎士服ごしでも容易に想像できた。

「ステム、理由を聞こうか」

ステムとオルトヴァレスから呼ばれた青年はこちらを向く。

ユージーン・ステム。現在の海軍副将を務める男である。

浅黒い肌、藍色の髪の毛は短くヘイゼル色の瞳がよく見える。

ロキほどではないが、高級将校になるには十分若い。

「王女殿下の婚礼前から問題となっている霧の多い海峡を根城にする海賊の活動が、最近活発化しています。極力海軍の戦力を分散させたくありません」

「それは、そうだな」

今まで黙っていたアントニオが口を開く。

「確かに……陛下がテロルゴに行かれる際も陸路ですから、海軍将校を自国に残していく方が得策ですね」

ミラが呟いた陸路、という言葉にアントニオは舌打ちする。

「……本当なら、海賊ぐらい俺が片付けてもいいんだけどな」

「陛下」

いくらアントニオが歴代屈指の魔力と素養をもってしても、紋章で攻撃をするときばかりはどんな力が発揮されるか分からない部分もある。

紋章を使わない魔法を使うという方法もあるが、どうなるのかは誰にも分からないので、魔法自体が得策だとは思わない。

両刃の剣なのだ。紋章というものは。

「解っている……だから、おとなしくしているのだろう」

「ありがとうございます、陛下」

にっこり笑うと、なぜか周りがざわついた。

「?」

首を傾げていると、面白そうにオルトヴァレスがロキの方を見る。

「異存はないか、ロキ」

「はい。問題ありません」

いつものくだけた様子を微塵も見せないロキにミラは驚いた。

「では、出発は明後日の明朝。各隊隊長、またはそれ以上の将校不在の場合代行者を立てておくように。以上だ」

アントニオのその言葉で会議は終了となった。


ミラが練兵場にでも行くかな、と思っていた所に、ロキが剣を持って通る。

「ロキ将軍、練兵場に行かれるのですか?」

ミラの言葉にロキが驚いたような、嬉しくなさそうな顔をする。

「……はい。団長がこれから訓練に参加されるとのことなので。陸海の副将は参加命令が出たもので」

「騎士団長殿が?」

オルトヴァレスが訓練に参加すること自体はそんなに珍しくはない。珍しくは無いのだが……。

陸海両軍の頭である副将を呼びつけるというのは、いささか珍しい。

「……ロキ、なんかオルトヴァレス殿の様子がおかしいんだけど」

ロキだけに聞こえる声でいつもの口調に戻してミラが訪ねると、今度はロキは嬉しそうな顔でオルトヴァレスの方を見た。

鬼気迫る雰囲気を隠そうともしないオルトヴァレスがそこにいたのである。

周りの将兵は気がついていないのだろうが、付き合いの長いミラとロキは気がついていた。

「姐さんも気がついたッス?あれ多分ステム将軍のせいッスよ」

「どうしてそこでステムの名が出てくる?」

「ステム将軍が、団長サンのオクサンにプロポーズしたんスよ」

プロポーズ、という言葉にミラはロキの顔をまじまじと見る。

「本当に?」

「ッス。団長サンがいる前でしたから、よく覚えてるッス。ちなみに、俺もいました」

「……なんて?」

「ふつーに、『結婚してくれ』だったッス」

つまりステムは、婚約中とはいえ、間もなく結婚する女性に、しかも目の前に当の婚約者がいるというのに求婚したというのか。

「……それはまた、思い切ったことをするな」

他人事ではあるから、普通なら面白がって聞くこともできるが、当人がオルトヴァレスなだけに全く笑えない。

「ねー、オクサンがソッコーで断ってなかったら、今頃ステム将軍はこの場にいなかったッス」

「なんて断ったんだ?」

「有名ッスよ?……あ、姐さんいませんでしたもんね。えーと、確か『私には旦那がいるし、そもそもその旦那がいる前でなんにも考えずに結婚申し込んでくるデリカシーのない男なんかこっちが願い下げだ、おとといと行きやがれ』……的な?」

「私の婚約者はそんな汚い言葉を使わないよ」

ミラとロキが振り返ると、オルトヴァレスが困ったように笑って立っていた。

「まぁ、内容はほとんど訂正のしようがないが」

「内容はあってるんですか」

おとといきやがれ……。

どうやら、オルトヴァレス同様に彼の婚約者も彼を大事にしているらしい。

「……オルトヴァレス殿、婚約者殿は良い女ですね」

なんとなく、そういうとオルトヴァレスは本当に嬉しそうに首肯する。

「えぇ、本当に。私にはもったいないくらいです。……でも、譲ませんけどね」

にっこりと続けるオルトヴァレスに、ミラは苦笑する。

「ステムは気の毒ですが、彼女はオルトヴァレス殿を愛してらっしゃるようですしね」

そういうと、騎士団長は顔を赤らめた。




明後日の朝、アントニオを乗せた馬車がゆっくりと動き出す。


「……で?なんで、あのバカ王はまだあそこにいるのかしら?」

うっとうしい、という顔を前面にさらけ出しミラが馬上から王城の正門を睨みつける。

そこには、自分が乗るべき馬車にも乗らずに最近懐妊が発覚した愛妻の王妃の手を握り締めて口づけをし続けている。


「……いってらっしゃいませ」

「……すぐ帰る」

この、まるで永久の別れを惜しむ瞬間をこの夫婦は何度も繰り返していた。

「ミリアム、もう一度……」

「いい加減にしろ」

もう一度妻に口づけようとするアントニオの頭ををミラはひっぱたいた。

「おまっ、一応俺国王だぞ?」

「国王ならさっきの馬車にちゃんと乗っておけ。姉上を手放したくないのであれば、そもそもどうして国王夫妻での訪問にしなかった」

ミラのこめかみに青筋が浮いているのは気のせいではない。

「しょうがないだろう、国主不在はこの国にはあまりい事ではない。本当は叔父がいればよかったんだが……」

栗色の、我が父をミラは思い浮かべる。

彼はアイルファードにもう一度行ってくるといったまま、まだ戻らない。

しかし、そんなこと今までもあったことなので、誰も心配などしていなかった。

心配しようと、その心配を無駄にしてきた男である。

そしてこれからも無駄にし続けるのだろう。

「居ないものはしょうがないでしょう。……で?どうする気ですか?」

「……ミリアム、では行って来る。留守中は、くれぐれも無理をしないでくれ」

「大丈夫ですわ。もしも何かあれば、陛下はお分かりになれますでしょう?」

にっこりと微笑むミリアムの唇にアントニオはもう一度口づける。

「あぁ、愛しているよ。……行くぞ」

マントを翻し、アントニオは馬にまたがる。

「では、姉上。何かありましたらオルトヴァレス殿か……私に」

心臓の上に手を当てて、頭を下げる。

同様にミリアムも心臓の上に手を当てた。

「えぇ、ミラ。貴女も気を付けて。いってらっしゃい」

手を振り、ミラも馬にまたがる。

「では、行ってまいります」

馬の頭を返し、先に行くアントニオの馬を追いかけた。



国境付近でテロルゴの騎士団が合流する、とはあらかじめ聞いていたので、もしかするとという期待のようなものがミラの中にはあった。

「……ロキ、今日中にこのまま野営地に向かうのか?時間的にギリギリだと思うのだけど……。陛下は何て?」

「このまま邁進する気らしいッス」

その言葉に思わずため息が出る。

「馬を飼育している担当者に今度臨時ボーナスを贈ろう」

「それは良いッスね」

目の前にある馬車に結局アントニオは乗ろうとしなかった。

代わりにアントニオの服飾品などが詰め込まれている。

自分たちの馬は別として、アントニオの馬はほぼ走り通しだった。

駿馬で、一等馬であるその馬は昔からアントニオが乗っているので長距離を走っても今のところ問題はなかった。

しかし、他の騎士達の乗っている馬の方が先に音を上げるだろう。

「それにしても……明日には国境か」

馬車の速さを考慮してそんなに速度を出しはしないものの、普通貴人が旅をする場合はこの三倍は期間がかかるであろうと思われるのだが、我が国の貴人は奇人だった。

そのおかげで、予定よりも早く国境にたどり着いたのだが。

「国境ではテロルゴ騎士に会えるんスよね?強ぇ奴居ますかね?」

今のロキにはワクワク、といった言葉がちょうどよさそうである。

「あぁ、いるんじゃないか?アイルファードよりもテロルゴは騎馬隊が優秀だからな。しっかり技術を貰おう」

そもそも、ロキを連れてきたのは、軍事バランスもあるがそれよりも多くの事を実地で学ばせたいというオルトヴァレスの方針も関係していた。

机仕事は嫌いだが、ロキには知識欲がある。

国土のほとんどが海洋に面しているアイルファードは、騎馬よりも軍船技術の方が優れている。

だから、とにかくロキにはテロルゴでさまざまな事を学ばせるつもりでいる。

「姐さんはテロルゴに居た時、誰かと手合せしたんスか?」

「……チンピラとな」

そういえば、あの暴漢たちは結局彼が目的だったのだろうか?

当人たちの気配は大したことなかったが、その直後に感じた殺気は恐ろしく洗練されていた。

まるで――、

「姐さん?」

顔を覗き込んでくるロキを手で払う。

「なんだ、近い」

酷いッスー、と非難めいたロキの声を無視する。

そう、あの気配はまるで―、


まるで、自分と同じ気配だった。



*************



「王サマ、呼びました?」

国境の野営地で、ロキはアントニオの居るテントに呼び出された。

テント、と言っても国王が野営する場所であるから、そんなに簡素でもない。

むしろ、宿屋の一室よりも快適な造りになっている。

首を傾げる黒猫のような騎士をアントニオは面白そうに眺める。

ミラがある日何の予兆もなく連れてきた少年。

『こいつ、今日から私の隊の騎士にします』

そしてそのままどこかに連れて行った時の少年の目をアントニオはよく覚えていた。

誰も信じたくない、という絶望とわずかに残った希望の瞳。

その瞳を持った黒猫が、こんなに大成するとは思ってもいなかった。

「?何スか」

「いや、どうだ?面白そうなのはいたか?」

アントニオは口には出さないものの、このロキという青年が気に入っていた。

戦闘はもちろん、何よりこの青年は頭がいい。

オルトヴァレスはロキを育てたがっているが、それは彼だけではなかった。

もちろんミラもだが、アントニオもその一人である。

「さっき、すれ違ったあのでっかいオッサン、誰ッスか?」

「あぁ、テロルゴの将軍だ。ディノーバ将軍だったか」

「……テロルゴの奴らの中ではこの野営地で多分ピカイチッスね。あのオッサン、多分姐さんと団長さんの中間位ッスよ」

「へぇ、……それは強いな。ロキ、自分は勝てると思うか?」

ミラとオルトヴァレスの間、ということはロキが自分よりも強いと認めたということだ。

「強いかどうかと、勝負は別問題ッス。でも、勝てない相手にムリヤリ突っ込んでいく気もないッス。……状況に応じて、ッスね」

つまり、ロキは必要にならない限りは喧嘩を吹っ掛ける気はないらしい。

「それを聞いて安心した。……ミラはどこだ?」

辺りを見回すが、目当ての人物はいない。

「あぁ、姐さんなら……」

ロキが続きを言おうとした直後、テントの外が騒がしくなる。

「……どうした?」

「ちょっと待って下さい……何があった?」

「ほ、報告いたします!!ま、魔物が本陣近くに出現!半数は近辺の村に向かっているとのことです!」

兵士の一人がテントに入ってきて叫ぶ。

その言葉に、アントニオは立ち上がった。

「数は!!」

「およそ三百!」

「残りの三百は?!」

「分かりません、半数はこちらに向かっていたようですが、いつの間にか姿が……」

その言葉にロキはアントニオを見る。

「陛下はここに。近衛の隊長はどこに行った!」

怒鳴りながらテントを出ると、青毛の馬が走り去っていった。

「将軍!こちらに向かっていたと思われる魔物が林の中で全滅していました!」

膝を付き報告する兵士にもミラの行方を聞くが、不明とのことだった。

「ロキ、ミラを探してこい!必要なら加勢!」

テントから出てきたアントニオに敬礼をとる。

「はっ!!近衛隊、陛下の警護を。陸軍は陣営守備を確保しつつ近隣の村に斥候を向かわせろ!」

部下の返事を聞かず、ロキは馬に乗り疾駆した。

目の前の木々をものともせず、ただただ血の臭いを探る。



「……!姐、さん」

「やあ、ロキ。遅かったな」

やっと見つけた彼の大切な女は、魔物の血にまみれていた。 

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