11.夢
昼下がり。
顔色は何ら変わらないものの、不機嫌を大放出させたミラが部屋の扉を開ける。
「……ロキ」
振り返ると猫のような青年は机に突っ伏したまま動かない。
「女史、今日はロキも頑張りましたよ」
にっこりとフォローを入れるオルトヴァレスの顔色は変わらないものの、疲労はにじみ出ている。
「オルトヴァレス、そんなにロキを可愛がっていては……」
「今日は、最後まで付き合ってくれましたから。それに、最初は要領こそ悪かったものの最後の方は仕事も早かったですし。……余程女史に良いところを見せたかったようですね」
ミラがロキの方に目を向けても、何も反応はない。
熟睡しているのだろう。
「仕方がない。昼食の準備が済むまでは寝かせてやりましょうか」
「ええ」
にっこりと笑うオルトヴァレスに毒気が抜かれたように、ミラも笑ってしまった。
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「えぇっ!!姐さんの隊にオレ入ってないんスかぁ?!」
「入ってないッス」
そっけない返事を返し、ミラは食事を口に運ぶ。
「ロキは新しい隊の人員リストを見ていなかったのか?」
オルトヴァレスが首を傾げる。
先程まで嫌というほど顔を突き合わせていた理由――。
それは、アイルファードの騎士団に新規の騎士団を組織する事による大規模な人員移動の書類整理のためだった。
そもそもの元凶はロキである。
上官にも原因はあるが、そもそもオルトヴァレスは最近、アントニオがアルティアラインの婚姻の式典出席するので、その護衛の準備で連日執務室にこもっていた。
そこは、しょうがないという事にしておく。……しておくことにミラがした。
「見てないッス!!……や、見たけど。自分の名前が有るか無いかなんて気にしませんっした!!」
自分は入っていると思ったのか、少し焦っているロキをミラは面白そうに笑って眺める。
「……机仕事ができるようになったら考えるかもしれないな」
「マジで?じゃあ、オレやるッス!!」
ロキが立ち上がるのを見てオルトヴァレスは苦笑する。
「女史……そろそろロキをからかうのをやめてやってください。……って」
「もういませんね」
お茶を啜りながら、ロキが飛び出して行った部屋の入り口を見る。
開け放された扉からは気持ちのいい風が流れ込んできた。
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所変わってテロルゴでは。
「兄上。少しは休んでいただけませんか」
「なんだ、今までは仕事しろってうるさかったじゃねぇか」
近衛騎士の詰所で机の上の書類を片づけているのはライザックだ。
今までのアルバートに押し付ける様に仕事から逃げていた男と同一人物とは考えられないほどに、ライザックは机にかじりつくように仕事をしている。
現に、今もアルバートの方に目も向けずに仕事に取り組んでいる。
「限度があります。休んでください」
「チッ……しょうがねぇな。じゃあ、鍛錬所……」
「にも、行かないでくださいね。ここ三日だけで訓練を厳しくしすぎです。さすがに兵が着いて行けていません」
立ち上がろうとするライザックの進路をアルバートは的確に潰していく。
「陛下のところも、アルティアライン様のところも駄目ですよ。今お二人はご一緒されてますから。あと、マリーのところも駄目です。そんな顔の大男が来たら営業妨害も甚だしいですから」
「……あそこには当分行かねぇよ」
「そうですか。じゃあ、部屋で寝てください。できれば明日の昼まで」
「こんな日が昇ってる頃から寝てろってのかよ?」
頷くアルバートに、ライザックは不愉快そうに顔を歪める。
「日が昇っていようと寝てください。兄上、あんたいつから寝てないのか自覚してます?」
「……あー、いつだ?」
「ミラさんが居なくなってからです」
ミラ、と言葉を紡ぐだけでライザックの顔が動く。
「とにかく、寝てください。それ以外は禁止です」
「……チッ、わーったよ」
書類も何もかも、興味を無くしたようにライザックは何かに対して目もくれずに部屋を出た。
いつもはアルバートが使っている自分の部屋に入る。
騎士団の詰所の部屋でも良かったのだが、多分今自分が部下に顔を見せるとおびえられるだろう。
それほどのものだったという自覚はある。
自分のどこにもやれない苛立ちを周囲にぶつけていたことも自覚もある。
これほど自分は小さな人間だったのかと、考えさせられる程の態度だった。
「……それにしても……」
ライザックは窓から外に目を向ける。
日は高々。ほぼ真上に太陽がある。
「本当の丸一日寝ろって事かよ」
呆れたように、半ばやけくそになってライザックは寝台に体を沈めた。
『将軍、姫様を……よろしくお願いいたします』
勝手だよな。
『守ろうなんて、絶対に考えないで』
姫さんは守らせといて。
『私、あなたの事が好きみたい』
あんたは、なんてむごい顔を向けるんだ。
「っ!!!はっ……夢か?」
窓の外を反射的に見ると、日が落ちてもいなかった。
辺りを見回すと、寝る前とこれといって変わった様子はない。
「……だから、寝たくないんだ」
あんな、夢。
もう二度と見たくない。
見るのも、考えるのも。
まっぴらだ。