07 チョコレートパフェ
ラブホテルへ入っていった彼女の後ろ姿を思い出しながら、冷凍食品の在庫確認という地味な仕事をしていたら、玄関マットが鳴った。時刻を確認すると、午前1時前。一瞬だけ、出たくないと思った。
フロントへ向かい、客の姿を確認する。やはり、彼女だった。ただ、いつもと様子が違う。俺にだけそう見えたのかもしれない。
タンクトップに長袖カーディガンを羽織った彼女は、何故かさみしそうに見えた。そして少しだけ、ほんの少しだけ充血した眼。
「……いらっしゃいませ」
自分の声が予想以上に低くなったことに、自分で焦った。今は仕事中だ。営業スマイルと機嫌のいい声に切り替えて、続けた。
「いつもの通りでいいですか?」
「ええ」
彼女の声はいつもの通り、透き通ったアルト。だけどその声は、少しだけ震えていた。
ルームに通してしばらくしてから、内線が鳴った。
「ミルクティー。それから、チョコレートパフェ」
驚いた。彼女が甘い物を頼んできたのは、これが初めてだったからだ。そして、緊張した。
俺は、チョコレートパフェを作るのが下手くそだった。
なんとか出来上がったいびつなチョコレートパフェとミルクティーを持って、彼女の部屋へと向かう。彼女の向かいの部屋から、せわしないタンバリンの音と、音程なんて気にしていないような歌声が聞こえてきた。確かこの部屋には、大学生の男女混合6人組を入れたはずだ。相当盛り上がってるんだろう。皆でサビを大合唱している声が、廊下に大きく響いている。これだけの大音量なら、彼女の部屋にも聞こえているはずだ。
楽しそうなこの声を、彼女は今一人で、どんな思いで聞いているんだろうか。
ノックをして、声をかけてからドアを開ける。彼女はソファーに座って、煙草を吸っていた。それはいつもと同じ。だが、彼女の座り方はいつもと違った。俺がアパートの風呂に入る時みたいに、ソファーの上で体育座りをしている。一瞬注意するべきかと思ったが、ブーツは脱いで、ソファーの下に並べられていた。煙草を持っていない左手は、膝を抱えている。
「甘い物も、食べるんですね」
ドリンクとパフェをテーブルに置きながら、声をかけてみる。目の前に置かれたいびつなチョコレートパフェを見て、彼女は苦笑いした。
「嫌いなんだけどね」
だったらどうして注文したのか。自分の不得意なチョコレートパフェを作った労力はいったい何だったんだ、という意味不明の感情に襲われた。
そんな俺の気持ちなんて知らないであろう彼女は、ぽつりと呟いた。
「いま食べたら、どんな風に感じるかなって」
それがどういう意味なのか、俺にはよく分からなかった。
その日、彼女が店を出て行ってからすぐに、俺の勤務も終わった。急いで店から出てみたが、やはり彼女の姿はなかった。もしかしたら彼女に会えないか、と思っていた。そしてあわよくば、少しだけでも話せないか、と。彼女のことを、もっと知りたかった。
――自分はどうして、ここまで彼女のことを気にしているんだろう。もしもこれが、
もしもこれが恋愛感情なら、俺はさっさと捨てるべきなのに。