05 ガラスの向こう
俺は基本的に、ヒトが嫌いじゃなかった。いや、むしろ好きだった。だからこそ、人と深く関わりあいたくなかった。
カラオケ店の店員は、接客業だ。だけど、そんなにみっちり接客するわけじゃない。お客様を部屋にお通しして、ドリンクや食べ物を持っていって、お会計をする。その程度の接客。人には軽く触れるけど、深くは触れない仕事。そして時給は悪くない。だからこそ、俺はこの仕事を気に入ってるんだ。とか、ごちゃごちゃ考えてる俺は、なんだかんだでただのフリーターだ。
その日の仕事は遅番で、夜の11時から翌朝の9時までのシフトだった。休憩時間が短いのがきついが、客は大して入ってこないので楽な時間帯だと思う。
遅番の多い俺は、ほとんど昼夜逆転したような生活だった。昼から夕方にかけて寝て、それから出勤する。昼夜逆転した生活は身体に悪いと聞くが、そんなのは別にどうでもよかった。
腹も減ったし、眠る前に何か食べよう。俺はフラフラと冷蔵庫に近づいてから、冷蔵庫の中には飲み物しか入ってないことを思い出した。
外から聞こえる、暑苦しい蝉の鳴き声。
「……外に出るの、面倒くさいなぁ」
けれど、腹が減っている。俺は食べ物を買うために、しぶしぶ外へ出た。
「――暑い」
思ったことをそのまま口にしてみる。しかし俺が独り言を言ったところで、涼しくなるはずもない。蒸し暑く、日陰もない道路にうんざりしながら、駅前のコンビニに向かった。
「いらっしゃいませー」
間延びした店員の挨拶と、冷房のきいた店内の空気にほっとする。俺は真っ先に弁当コーナーに向かおうとして、いつも読んでいる週刊誌の発売日が今日だったことを思い出した。ドアの近くにある雑誌コーナーに向かい、「本日発売」のプレートが立てられている雑誌を一冊手に取る。ガラス張りのせいで、雑誌コーナーは少し暑いな。そう思いながら顔を上げると、ガラスの向こう側を彼女が、……野良さんが歩いているのを見つけた。
彼女は見知らぬ男と歩いていた。男は、一言で表せば男前だった。彼女とよく似合っている。釣り合ってるともいう。ああ、あれが彼氏なのかな、とぼんやりと思った。
彼女は笑っていた。ただ、あまり楽しそうではなかった。男の方は楽しそうだった。というか、男の俺から見ても下心が丸見えだった。彼女の腰に添えられた男の手が、それをことさらに強調しているように見える。
俺は手に持っていた雑誌を元の位置に戻すと、何も買わずに急いでコンビニから飛び出した。「ありがとうございましたぁー」と、やる気のなさそうなコンビニ店員の声が背後から小さく聞こえた。
バレないように注意しながら、彼女たちの後ろをこっそりと歩く。彼女の行方が気になったからだ。
だいたいの予想は、ついていたけれど。
やはり、というか。彼女は、近くにあるラブホテルに吸い込まれていった。