18 不可能
ナポレオンフィッシュという魚がいる。一言で言うなら、ものすごくブサイクな、でかい深海魚だ。
への字に曲がったたらこ唇と、突出したおでこ。なんていうか、ものすごく独特な顔つきの魚である。
そのブサイクな魚を、美人な彼女が真剣な顔で見ている。というか、見つめあっている。ナポレオンフィッシュがこちらを向いているので、どうしても見つめあってるように見えてしまう。
そのシュールな光景に、俺は思わず腹を抱えて笑った。
「なによ」
「だ、だって……」
そう言ってる間も、ナポレオンフィッシュは彼女のことをじっと見ていた。
ペンギン。アシカ。イルカ。ラッコ。水族館の中にいるかわいい生き物たちの中で、彼女が最も気に入ったのは……エイだった。
彼女は人気のある可愛い生き物たちをスルーし、エイばかり見ている。いやまあ、エイもかわいいと言えばかわいいんだけど、
「なんか、UFOみたいじゃないですか?」
ふわふわ……いや、ひらひら? 泳ぐエイを見ながら、俺は苦笑した。
「でも」
彼女はお腹を見せながら泳いでいくエイを見つめて、言う。
「笑ってるように見えるわ」
「ママー、エイさん笑ってるねー」
隣にいた小さな子供が、まったく同じタイミングで同じ感想を言った。俺と彼女は顔を見合わせて、それから笑った。
「あらー本当ねー」
小さな子どものお母さんは、子供の頭を撫でながら「ほら、またエイさん来たよ」と笑っている。それを見た彼女が、ふいっと顔をそむけた。
俺は繋いでいた手を、少し強く握る。彼女は、握り返してこない。
「……自分の意志では、止められないのよ」
囁くような、誰にも聞こえないような、彼女の言葉。
「手のひらの微弱電流は、自分の意志では止められない。きっと……私が死ぬまで、永遠に止まることはないわ」
頭を撫でている母親と、嬉しそうに甘える子供。
彼女が目をそむけた、その光景は、
彼女には、一生できないかもしれないこと。