表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/25

16  君の手を

 ワニの水槽、イルカの水槽、クラゲの水槽。その横を、俺たちは無言で歩き続けた。


 クローン人間も、人間だ。

 俺がそう言ったあと、彼女がずっと黙っていたからだ。


 だけど、ペンギンの水槽の前で、彼女はふいに口を開いた。


「私は、堕胎された胎児の遺伝子から作られた。難しいことは分からない。ただ……私は本当は、この世には生まれてなかった。……望まれて、いなかった」

 凍ったように動かないペンギンの群れを見ながら、彼女が話す。

「気づけば、生ぬるい溶液に満たされた試験管の中だった。そこで私は、すさまじい速度で成長したの。……試験管の中で、1年で、20歳になった」

 俺がよっぽどおかしな顔をしていたのだろう。彼女は俺の顔を確認してから

「聞き流してくれていいわ」

 諦めたようにそう言って、ペンギンへと視線を戻した。

「死んだはずの人間なのに試験管の中で生まれて、すさまじい速さで成長して、おまけに人を殺す能力まで持っていて。……私のこと、気持ち悪いとか怖いとか思わないの?」

「なんでそんなこと言うんですか」

 俺は彼女の手に触れようとした。それを悟った彼女が、俺の手を払いのける。


「あなた馬鹿なの? ……この手で何人殺したと思ってる?」


 驚愕。恐怖。それとも、不安? 彼女の声が若干震えているのは、なぜだろう。俺は彼女の手を見ながら、静かに尋ねる。

「その手で頭に触れられた人間は死ぬ、と言ってましたね。……それじゃ、あなたの手を握っても死ぬんですか?」

 俺はなるべく小さな声で尋ねた。周りに人は少なかったものの、あまり聞かれたくない内容ではある。彼女は自分の右手を自分の左手で握ってから、ゆっくりと目を閉じた。

「……死なないわ。あくまで死ぬのは、頭に触れたときだけ。それ以外の場所なら、大丈夫」

「だったら」

 俺は自分の手を差し出した。


「手、繋いでもいいですか?」


 彼女は俺の手を一瞥して、それから自分の手を見た。その様子を見ながら、俺はふと思い出した。

「電流が走ってない、電気椅子」

 その単語を聞いた彼女が、俺の顔を見る。

「確かに、座るのは怖いです。けど、あなたに触れるのは怖くない。それは俺が自殺志願者だからとか、そんな理由じゃなくて」

 彼女の眼を見ながら、言った。


「あなたが電気椅子じゃなくて、人間だから。処刑道具じゃ、ないから」


 それを聞いた彼女が、また眼を伏せた。時間がゆっくり進んでいるような水槽のなかを、大きな魚が泳いでいるのが見える。

「…………」

 彼女はこちらを見ずに、なにも言わずに、恐々こわごわと右手を差し出してきた。指先が、震えている。俺は無言で、彼女の右手を握った。できる限り、そっと。


「――……あつい」


 下を向きながら、彼女が震える声で、言った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ