16 君の手を
ワニの水槽、イルカの水槽、クラゲの水槽。その横を、俺たちは無言で歩き続けた。
クローン人間も、人間だ。
俺がそう言ったあと、彼女がずっと黙っていたからだ。
だけど、ペンギンの水槽の前で、彼女はふいに口を開いた。
「私は、堕胎された胎児の遺伝子から作られた。難しいことは分からない。ただ……私は本当は、この世には生まれてなかった。……望まれて、いなかった」
凍ったように動かないペンギンの群れを見ながら、彼女が話す。
「気づけば、生ぬるい溶液に満たされた試験管の中だった。そこで私は、すさまじい速度で成長したの。……試験管の中で、1年で、20歳になった」
俺がよっぽどおかしな顔をしていたのだろう。彼女は俺の顔を確認してから
「聞き流してくれていいわ」
諦めたようにそう言って、ペンギンへと視線を戻した。
「死んだはずの人間なのに試験管の中で生まれて、すさまじい速さで成長して、おまけに人を殺す能力まで持っていて。……私のこと、気持ち悪いとか怖いとか思わないの?」
「なんでそんなこと言うんですか」
俺は彼女の手に触れようとした。それを悟った彼女が、俺の手を払いのける。
「あなた馬鹿なの? ……この手で何人殺したと思ってる?」
驚愕。恐怖。それとも、不安? 彼女の声が若干震えているのは、なぜだろう。俺は彼女の手を見ながら、静かに尋ねる。
「その手で頭に触れられた人間は死ぬ、と言ってましたね。……それじゃ、あなたの手を握っても死ぬんですか?」
俺はなるべく小さな声で尋ねた。周りに人は少なかったものの、あまり聞かれたくない内容ではある。彼女は自分の右手を自分の左手で握ってから、ゆっくりと目を閉じた。
「……死なないわ。あくまで死ぬのは、頭に触れたときだけ。それ以外の場所なら、大丈夫」
「だったら」
俺は自分の手を差し出した。
「手、繋いでもいいですか?」
彼女は俺の手を一瞥して、それから自分の手を見た。その様子を見ながら、俺はふと思い出した。
「電流が走ってない、電気椅子」
その単語を聞いた彼女が、俺の顔を見る。
「確かに、座るのは怖いです。けど、あなたに触れるのは怖くない。それは俺が自殺志願者だからとか、そんな理由じゃなくて」
彼女の眼を見ながら、言った。
「あなたが電気椅子じゃなくて、人間だから。処刑道具じゃ、ないから」
それを聞いた彼女が、また眼を伏せた。時間がゆっくり進んでいるような水槽のなかを、大きな魚が泳いでいるのが見える。
「…………」
彼女はこちらを見ずに、なにも言わずに、恐々と右手を差し出してきた。指先が、震えている。俺は無言で、彼女の右手を握った。できる限り、そっと。
「――……あつい」
下を向きながら、彼女が震える声で、言った。