15 質問
盆休み明けの平日。そんな今日は、水族館も空いていた。小さな子どもを連れた女の人や、大学生らしきカップルがちらほらいるくらいだ。まあ俺たちも、はたから見れば『大学生くらいのカップル』だろう。
彼女は、快適な室温の水族館に足を踏み入れ
「涼しい」
綺麗な顔でほほ笑んだ。どれだけ暑いのが嫌いなんだ、と内心で苦笑する。暑いのが苦手な割に、長袖のカーディガンを着ているのが少し不思議だった。
とりあえず道なりに、水族館の中を進んだ。トンネルのような作りになっている水槽の中を、ボーっとしながら通り抜ける。色とりどりの熱帯魚が、ゆったりと泳いでいた。水族館に来るのは久しぶりだったせいか、俺はいつの間にか、魚を見るのに夢中になっていた。
「ちょっと。デートだったんじゃなかったの? なんで私たち、黙ってるの」
彼女にそう突っ込まれて、俺は慌てた。そうだった。デートだった。俺は話題を振ろうとして、そして、
「…………」
見事に沈黙した。
「……なにか話す話題、ないの」
呆れたように彼女に言われるが、これといって思いつかない。
「野良さん、なにか話したいことありませんか。俺、聞き役の方が得意なんですよ」
我ながら受動的な奴だなあと思う。へらへらと笑う俺の顔を見て、彼女は苦笑した。それから上を見上げて何か考えた後、
「もしもあなたの目の前に電気椅子があるとして」
いきなりこう切り出した。
「電気椅子?」
「死刑に使う道具」
「ああ、あれですか」
と言ったものの、実物は見たことないので想像するだけなんだが。
「それがあなたの目の前にあるとして、『電気は通ってませんから、安心して座ってください!』って言われたら、座れる?」
座れる? と言いながらこちらを見た彼女の眼は真剣だった。青い水槽の光を反射して、彼女の顔が青白く見える。俺は、できる限り真剣に考えて、答えた。
「ちょっと怖いですね。もしかしたら電気が流れるかもしれないですし、その椅子の上で何人も死んでるんだって考えたら……」
俺の答えを聞いて、彼女は笑った。
「そうね。……じゃ、もう一つ」
彼女は、今度はまっすぐ前を向いたまま、言った。
「クローン人間って、人間だと思う?」
「人間でしょ」
この質問には即答した。彼女は不思議そうな顔で、俺の目を覗く。
「なんで?」
「なんでって、クローンだとしてもあなたは人間じゃないですか」
我ながら論理的でもなんでもない答えだが、そう思ってるんだからそう答えるしかない。目の前にいる彼女は、確かに人間なのだ。こうして話して、笑って。
「……ふーん」
腑に落ちないような、彼女の反応。その様子を見た俺は頭をひねってもう一度考え直して、
「あなたは人間ですよ」
やっぱり、そう答えた。
「人工的に作られた、しかも人を殺す能力を持った生物でも?」
「それでも」
「……そう」
小さな声で返事をして、彼女は眼を伏せた。