13 やるべきこと
ちょっと外の空気を吸ってくると言って、私は部屋を出た。少し不安そうな、腫れぼったい眼をしている彼を残して。
店の外に出て物陰に移動すると、私は携帯を取り出した。この携帯に、登録しているアドレスはない。私は自分が知っている唯一の電話番号を親指で押して、携帯を耳にあてた。プルルルル、と特徴のない呼び出し音が、しばらく続く。
「……どうした」
ふいに呼び出し音が途切れ、変声器でも使っているかのような低い男の声が頭の中に響いた。
「今度のターゲットのことを確認しておきたいんだけど」
「ちょっと待て」
受話器の向こうから、紙がこすれるような音が聞こえてくる。資料を探しているらしい。店の外にいても聞こえる、女性の金切り声を聞きながら私は待った。
しばらくしてから、何の感情もない無機質な声が資料を読み上げた。
「名前、三宅優。年齢は21。カラオケ店で働いているフリーターだな」
私は目を閉じて、ため息をついた。その音が聞こえたのか、受話器の向こうの男は、嘲笑するように言った。
「ターゲットにはもう接触したのか?」
「ええ」
「なんでわざわざ、そういうことをするのかな。お前の能力なら、ターゲットと親密になる必要はないだろう。頭に触れるだけでいいのだから」
「それは、今は関係ないでしょう?」
不機嫌な声で答えると、忍び笑うような声が聞こえてきた。
「……で、要件はそれだけか」
「彼を始末しなければならない理由を教えてほしい」
「…………」
「彼は普通の男の子だわ。何の変哲もない。殺す理由が分からない」
「――珍しいな、おまえがそんなことで電話してくるとは。情でも移ったか?」
何かを刺すような、低い男の声。私はわざと、抑揚のない口調で言う。
「別に。気になっただけよ」
「……ふん」
男は気に食わないような声を出すと、資料の続きを読み始めた。
「父親からの依頼だ。確かに珍しいケースではある。この息子には、特に目立った問題行動はないし、実の父親が「削除依頼」をしてくるなんてな。ただこの依頼者は、『息子は妻を殺した。だからあいつも同じように苦悩し、そして死ねばいい』と言ったそうだ。……俺も、詳しいことは知らないが」
「…………」
彼の話を、彼の涙を思い出す。
例え私が手を下さなくても、彼はそうやって死んでいくだろう。
「どうした?」
「なんでもない。もう切るわ」
「……やるべきことは、分かってるな?」
ゆっくりとした確認。私はここではないどこかに目をそらしながら、言った。
「三宅優、の、……処分」
私がそう言ったのを確認し、一方的に電話が切られる。
通話終了を告げる電子音を聞きながら、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。