プロローグ 科学者の手記
2002年 4月3日
これから私は、「ヒトを殺傷する能力を持つクローン人間」を作る。もしも研究が成功すれば、このクローン人間は画期的な人間兵器となりうるだろう。
クローン人間を作成するにあたり、堕胎された胎児の遺体を高値で買い取ってきた。この胎児の遺伝子から、クローン人間を作成するつもりである。人権を持つ人間のクローンを作った場合は問題となりうるだろうが、堕胎児のクローンならばどうだろうか……。
私はバイオエシックスを追及しているわけではない。私が求めているのは、結果だけだ。
本日から、研究に入る。買い取った胎児の性染色体はXX、すなわち雌だ。万が一研究が頭打ちになった場合は、雄の堕胎児も買い取るつもりである。
2002年 6月9日
クローン人間はともかく、「ヒトを殺傷する能力」を開発するのは難しい。ここでいう「殺傷する能力」とは、ナイフで刺したり銃で撃ち殺したりするような、単純なものではない。完全犯罪をも可能とさせる能力、だ。野暮な言い方をすれば、「魔法のような能力」だろう。
私はあくまで科学的に、その魔法を作りだすつもりだ。問題は、いかなる能力にするかである。他殺には見えない、殺し方。これを考えねばならない。
2005年 2月15日
私の開発した成長促進剤を投与することで、一般的なヒトの何倍もの速さでクローン人間を成長させることに成功した。また、成長促進剤を打つのをやめた段階で、クローン人間の成長は、一般的なヒトと変わらない成長速度に戻る。この「倍速成長」は、かなり役立つ技術である。
現在は4倍速程度だが、これが20倍速になれば、クローン人間を1年間で20歳にまで成長させることができる。ただし、これは身体年齢の話である。知能は1歳児のままだ。まずはここを改善する必要がある。
2007年 5月5日
脳に特殊な電磁波を与えることで、身体年齢に相応の知能を持ったクローンを作りだすことに成功した。現在の最高倍速は20。つまり1年で、20歳の人間と変わらないクローン人間を作成することが可能である。残るは、「ヒトを殺傷する能力」のみである。
2007年 8月27日
かなり惜しい線まで来ていると自覚している。あと少し、あと少しの辛抱だ。微弱電流の調整が、困難である。
2008年 9月23日
「ヒトを殺傷する能力を持つクローン人間」が、遂に完成した。長い闘いであった。クローン人間を作るのみならず、殺す能力まで開発できたことを、私は誇りに思っている。この情報は、きっと高く売れるだろう。私が欲しいのは金だけだ。次の研究テーマもすでに決めてある。この情報を売り飛ばし、得た大金でまた新たな研究を始めようと思っている。
売り飛ばす前に、今回の研究成果について軽く書き残しておこう。
ヒトを殺傷する能力。これはすなわち、「ヒトを自殺に追い込む能力」である。
私の作りだしたクローン人間には、手のひらに特殊な微弱電流が流れている。その手で、殺傷する対象の頭に触れるだけでいいのだ。この微弱電流は、頭蓋骨や脳漿を容易に貫通する。そして、脳内の特定のシナプスを攻撃する。
結果、セロトニンの再取り込みを活性化させ、さらにはレセプターの働きを……ここでは簡潔に書くが、要は対象を一瞬で鬱状態にまで追い込むのである。
クローンの手のひらに流れている微弱電流はさらに、違う神経伝達物質にも作用する。これにより、ヒトを極度の活動状態にさせる。
激しい「鬱状態」と「活動状態」が拮抗した場合、ヒトはどうなるか。狂い、果てには自決を選択する。すなわち私の開発した能力は、『対象を発狂させ、自決させる能力』と名付けるのが一番妥当であろう。
刃物や銃器などで、直接手を加えることなく人を死に追いやる。最高の人間兵器である。
一応書いておくが、この微弱電流はクローン自身には効かないように遺伝子操作を施してある。よって、この能力でクローン人間が自決することはできない。
完成品は、N-197。見た目はただの成人女性にしか見えない。そのうえ、彼女の顔立ちは整っており、スタイルも抜群である。
これほど華麗な人間兵器が、他にあるだろうか。