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飛べない魔女

作者: はんはん
掲載日:2026/04/19

 あたしの名前は、山中ミチコ。

 30歳の飛べない魔女。

 平凡な毎日に、とても退屈している。


 10歳の時、父方の祖母にこういわれた。


「あなたは、魔女の血を継いでいるんだよ」


 父は男なので、魔女の血は一つ跳んであたしの元に来たらしい。

 父も母も知らない話だ。

 

 人の気持ちに異常に鋭敏だったあたしは、驚きよりも納得のほうが大きかった。

 相手の目を見ると、まるで話しかけてくるかのように気持ちが流れ込んでくる。

 なぜか祖母の心だけは読めない理由も、これではっきりした。


「魔女の力は三つあるの。飛ぶ力、心を読む力、そして使い魔を作る力」


 まずは飛ぶ力を試した。

 大好きだった魔女アニメに感化されたあたしは、ホウキ片手に駆け回った。

 頭に赤い大きなリボン、黒猫のぬいぐるみを背中に縛り付けて、毎日のように練習した。

 

 祖母が「魔女にも向き不向きがあるからね」と遠慮がちに言ってくれた日、ぼろぼろになったリボンを投げ捨てて、飛ぶことはあきらめた。

 

 心を読む能力には長けていたあたしは、あとは完璧な黒猫を見つけて使い魔にする事だと意気込んだ。

 使い魔にすれば、同じ時を生き、同じ時に死ぬ。

 人生の完璧なパートナーをつくるのだ。




 20年がたち、完璧な黒猫は未だ見つかっていない。

 耳の形が気に入らなかったり、毛皮がくすんでいたり、泣き声が変だったり。

 人の心を読む能力だけで生きてきたあたしは、コミュニケーションを無難にこなす女に成長した。

 自分が魔女であることすら、忘れていることが多くなった。


「ミチは、あのデブ夫にしなよ」


 自分の言ったセリフに爆笑する女は、同僚の館川リサ。

 同じ出版社の事務員だ。

 

 めずらしく早く終わったという営業男子に誘われて、晩ご飯兼飲み会。

 金森とリサ、そして今日初めて見る新顔の男。

 いつもの三人に、ひとり増えて四人になった。

 それがリサの言うところのデブ夫だ。

 

 丸くてポチャッとしたやわらかそうなボディーは、この暑い時期には近づきたくない。

 冬なら、ぬいぐるみ代わりになることもあるかも。

 眼鏡をかけた顔は、それほど悪くない。


「わたしは金森さんがいいかなぁ、なんてねえ」


 今度は少し大きめな声。

 相手に聞こえることを期待しているのが丸わかりだ。

 実際、背の高いかろうじてイケメンの金森は、まんざらでもない顔をしている。

 目を見るまでもなく、男女関係なくドロドロした心のうちがこぼれている。


 トイレから戻った時、席にはデブ夫だけが残っていた。


「あれ? 二人はどうしたの?」


 あたしの問いに、二人は先に帰ったと言う。


「ありえない!」


 怒りをあらわにするあたしに、なぜか彼は何度も謝った。




 酔っぱらってしまったのは、ひさしぶりかな?

 召使のように従うデブ夫を連れて、ブツブツ文句を言いながら歩く。

 少し楽しい。

 酔っ払いのベールをめくれば、ちょっとウキウキしている自分がいた。


「そういえば名前は?」


 あたしの問いかけに驚いた顔。

 もしかして紹介済みだったのだろうか?

 ちょっと失敗。


「出渕です。出渕ヨシカズです」


 やっぱりデブ夫じゃん!

 爆笑するあたしに困り顔のデブ夫の目を見た。


(なんて素敵な人なんだろう)

 

(なんて綺麗な人なんだろう)


(僕もこんな風になりたい)

 

 熱望に近いものを感じて、思わず目をそらす。

 あたしの容姿は、客観的に見て並みだと思う。

 これほどに熱烈な思いを受けるほどではないはずだ。

 

 男である以上、若干の欲望も感じたが、それ以上に純粋な思いが溢れていた。


「でぶ君は、酔っぱらってるのかな?」

 

「僕は飲んでませんので。あと、出渕です」


 そうなんだぁと、適当に話しながら歩く。

 27歳の出渕は、IT関連の仕事を辞めて1週間前に転職してきた。

 実家は電車で2時間。

 妹がいる。


 明日には忘れているであろう話をしながら歩いていると、駅から少し離れた緑地公園まで来ていた。

 思ったより時間が過ぎていた。


 北と南に分かれた緑地公園は、真ん中を2車線の道路が横切る。

 道路の上には東と西に1本ずつ陸橋がかかっている。

 

 東側の陸橋を渡っていると、それがいた。


 美しかった。

 これまで見た中で、これほど完璧な姿は出会ったことがない。


 しっぽの先までピンと伸びたスリムな姿勢。

 黒い光沢をもった毛並みは、街灯の明かりを美しく照り返す。

 黄玉トパーズの瞳は、知性すら感じるほどに高貴だ。


「やっと見つけた!」


「山中さん、どうしたんですか?」


「黒猫! つかまえるのよ!」


 あたしは、全速力で走りだした。




 ぜえぜえと荒い息を吐きながら、街灯にもたれた。

 西側の陸橋の上。

 出渕が自販機からお茶を取り出している。

 自販機の横には、清掃業者が忘れたのかデッキブラシとゴミ袋。


「もう帰りましょう。4時半ですよ」


「だめ。今を逃せば、二度と見つからない」


「でも、今日も仕事がありますし」


「仕事なんかどうでもいい。あの子を捕まえて、あたしはちゃんと魔女をするの」


 出渕がさらに何か言っていたが、あたしの耳には届かなかった。

 

 黒猫がいた。

 反対側の陸橋の上。

 早朝の白々とした光の中、シルエットのように姿が見えた。


「あたしはもう、飛べるはず!」


 放置されたデッキブラシを掴むと、あたしはまたがった。

 この橋から、あっちの橋まで50メートル。

 普通に回り込んでいたら絶対に間に合わない。

 二度と遭えない。

 最初で最後のチャンスなんだ!


 出渕の制止の声も無視して、あたしは飛んだ。

 空へ向かって、飛んだ。

 デッキブラシじゃ様にならないけど。

 あの完璧な黒猫の元へ。




 飛んだと感じたのは一瞬だった。

 飛び出した分だけ前に進み、あっけなく重力に負けた。

 だが、待ち受けた衝撃は無かった。

 地面30センチほどで浮いていたのだ。

 

 これを飛んだとは、言えない。

 まさしく浮いた。それだけ。


 鈍い音がしたのは、直後だった。

 後ろから聞こえた。

 少し嫌な予感がした。

 

 振り向いた先には、出渕が横たわっていた。


「なんで!」


 かすれた自分の声。

 出渕は、飛び出したあたしを助けようとしたのだろう。

 酔っ払ったバカな女に、必死で手を伸ばしたのだろう。


 怖い。


 目を見るのがこわい。

 あたしを恨んでいるだろう。

 こんな女のせいで、死んでいく自分を呪っているのかも。


 でも、自分のせいで人が死ぬ。

 この責任は取らなくてはいけない。

 一生背負って生きなければいけない。


 目を見た。

 死に行く男の目を見た。


 そこにはただ、安堵だけがあった。


(無事でよかった)


(彼女は生きてる)


(よかった)


「なぜなの?」


(よかった……)


「あたしなんかのために」


(よか……っ……)


「なんであなたが死んじゃうのよ!」


(よ……か……)


「わかった。わかったわ」


(………………)


「あなたを、あたしの使い魔に命じます」




 あたしの名前は、出渕ミチコ。

 32歳の飛べない魔女。

 平凡な毎日に、とても満足している。


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― 新着の感想 ―
どうも。魔女大好きオジサンです。アリス・マーガトロイドがとくに大好き。 それはおいといて。素晴らしい傑作でした。魔女を書くことも読むことも大好きな僕がとても感動してしまうほどの。 「魔女」って何だ…
最後の一文のために書かれていたのかな、なんて感じました。 なんとなくミチコさんのために、ヨシカズさんがダイエットもしてくれそうなところも含めて良かったです。 素敵な作品を読ませてくださって、ありがとう…
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