伝説の武器? 武器屋のオヤジが作ってるけど
鉱山近くの町の匂いは独特だ。山から吹き渡る風は金属の匂いを含んでいる。ほんのりと硫黄の香りも漂っていて、いかにも武器や防具作りが盛んといった風情だ。冒険者一行は、鉱山のすぐそばにある町を訪れた。
「今度こそ、伝説の武器の情報があってるといいね」
「ガセネタは、もうこりごりだ」
この町の武器屋のオヤジが伝説の剣を作るらしいという噂を聞きつけて、冒険者たちはやってきた。
冒険者一行は今までダンジョンに入ったり、強敵を倒したりと、伝説の武器がありそうな場所を探索してきたが、一向に見つからなかった。
彼らが伝説の武器を探しているのには、理由がある。邪竜を倒そうとしているのである。硬い鱗で覆われた邪竜の身体は、一般的な武器ではかすり傷さえつけられない。特殊な武器──もっというならば、伝説の武器が必要だと、彼らは考えていた。
切り出した石で整備された町並みを歩きながら、冒険者一行は武器屋に足を踏み入れた。
壁にいくつもの武器や防具が飾ってある。剣、槍、弓、斧、盾といった基本的なものから、どうやって使うのかいまいちよくわからない武器まである。
「……らっしゃい」
薄暗い店内から、店員らしき男の声がした。ひどく無愛想で、客を歓迎する気配のない声だった。
「伝説の武器を探しています。何かご存知ないですか?」
「……何に使うんだ、そんなもの。大体、伝説の武器が見つかったとして、お前たちに使いこなせんのかよ」
武器屋のオヤジはいっそう不機嫌になって、皮の分厚い手をひらひらと振った。
冒険者一行は内心いらっとしたが、居住まいを正して、ごく真面目に答えた。
「邪竜を退治したいんです」
まだ見たこともないけど──と、冒険者一行のリーダーはそっと胸の内で言葉を付け足した。
邪竜に挑んで、冒険者ランクを上げるのが目的だ。
「ああん? 邪竜だァ? ……お前、うちの武器は竜の炎で鋳造してるってこと、知ってて言ってんのか」
「え、竜の炎!?」
「そうだよ! お前、この町じゃ、竜ってのは神聖な生き物として崇められてるんだぞ。鉱山から採掘した金属を鋳造するのに、みんな竜の炎を使ってんだ。酒場で言おうもんなら、袋叩きだよ」
「危なかったー! 教えてくれてありがとう! おじさん!」
冒険者一行の魔法使いが、雰囲気が悪くなったのを察して会話に割り込んでくる。
「ああ、そういうのいいから」
武器屋のオヤジは無愛想にそう言うと、「で、買うの? 買わないの?」と、接客の心得がまったくなさそうな口ぶりで、つるりとした自分の頭をなでた。
「買います。今僕たちが使っている武器よりも、いいものがあれば」
「……言ってくれるねぇ」
内心のいらだちがにじんだ冒険者リーダーの言葉に、武器屋のオヤジはニヤリと笑うと、いくつかの商品をテーブルの上に出してきた。
「お前さんたちが使えそうなのは、このへんだな」
冒険者一行の目の前に並べられたのは、武器屋の片隅に無造作に立てかけられていた剣だった。何本も似たような剣がある。
リーダーは武器屋をぐるっと見渡す。装飾の見事な剣もあれば、幾重にも金属を織り重ねて作ったような分厚い刃の剣もあった。
「えぇ……もっとすごそうな武器、たくさんあるじゃないですか」
「あーダメダメ。お前さんたちにはまだ扱えねぇ」
「手っ取り早く、強くなりたいんですよ!」
「ダメだって。俺の作った武器は、技量がなくちゃ、使いこなせねぇ。なめてもらっちゃ困るよ!」
冒険者一行は黙って視線をかわす。この武器屋のオヤジ、めんどくさいな……と、彼らの目が語っていた。
「どうしてもって言うなら、その辺のダンジョンで鍛えてから来い!」
結局、冒険者一行は何も買わずに武器屋をあとにした。扉を閉めて少し歩いたあと、魔法使いが石造りの階段をガンと蹴った。
「なーに、あれ! 失礼しちゃう!」
唇をとがらせて文句を言う魔法使いを、リーダーは「まあまあ」となだめた。この町で武器を手に入れることは難しそうだ。それなら長居しても仕方がない。
「俺たちもそこそこ強くなったはずだし、もう邪竜を倒しに行っちゃおうか」
こうして冒険者たちは、伝説の武器を持たないまま、邪竜討伐に向かうことにした。
***
邪竜が出現する場所は、かつて小さな町があったエリアである。件の邪竜は、廃墟となった町をうろうろしているという。
きっとこの小さな町を滅ぼして棲みついているのだろうと、冒険者一行はおそるおそる邪竜の様子をうかがった。
邪竜というから魔獣や人間を食べているかもしれない……冒険者たちは警戒したが、当の邪竜はむしゃむしゃと草を食んでいるだけだった。
「邪竜のくせに、草食ってるぜ。弱そう」
「噂というのは尾ヒレがつくからね。意外とそんなに強くない……なんてこともあるのかも」
冒険者たちは意を決して、邪竜に攻撃を開始する。魔法使いが風の刃を生み出して攻撃をしかける。のんびりと草を食べていた邪竜が顔を上げた。間髪入れずに、冒険者一行は剣を抜いて襲いかかった。
邪竜は「またか」というように一つばかり荒い鼻息を吐くと、長い尾をぶんと振った。尻尾の起こした風圧で、風の刃が跳ねかえる。
今まさに邪竜の足元に斬りかかろうとしていた冒険者が、跳ねかえった魔法を食らって吹き飛んだ。
邪竜は億劫そうに羽ばたくと、宙に飛んだ。そうしてあくびをするように、大きく口を開ける。
「強すぎる……草食ってるのに!」
邪竜の口に、強烈なエネルギーがたまっていた。ブレスが来る。炎か、はたまた別属性のブレスか……冒険者一行は尻もちをつきながらあとずさる。
「レベルが違いすぎるよ!」
邪竜は長い首をもたげた次の瞬間、冒険者たちに向けて息を吐き出した。
轟音とともに衝撃波が冒険者たちを襲う。
「キャッ」
魔法使いが衝撃波でうしろに転がった。衝撃波だけでこの威力だ。つづくブレスの威力が、さらに強力だということは明白だった。かろうじて耐えていた冒険者一行のリーダーは、緊急離脱用の転移石を探す。あわてていて見つけられない。
邪竜の口の中で、ちりりと炎が上がった。
強力な炎のブレスに焼かれる──。
ぎゅっと目を閉じた冒険者一行だったが、邪竜のブレスの衝撃は、いつまで経っても彼らを襲わなかった。
「──なんだ?」
閉じた目を恐々と開ける。冒険者一行の目の前で、誰かが大きな盾を構えて、炎のブレスを防いでいた。
「勇者だ──」
冒険者一行のリーダーは腰を抜かしたまま、あんぐりと口を開けた。竜の吐く炎の高温で、あっという間に口の中が乾いた。
炎のブレスのすさまじい閃光で、勇者のうしろ姿だけがぼんやりとわかる程度だ。熱であたりの空気も歪んでいる。
やがてブレスがおさまると、次第に冒険者一行を助けた人物の輪郭がはっきりしてきた。
つるりとした頭が、汗で輝いている。
鉱山の町にいた、武器屋のオヤジだった。
「なんで……」
「竜がいるって聞いたからよ! スカウトに来たんだ」
武器屋のオヤジは珍しく快活に笑うと、さらりと剣を抜き放った。
冒険者一行はあっと息を飲んだ。鉱山地帯の武器屋を訪ねたときに、武器屋のオヤジが冒険者一行に紹介した剣の一振りだった。十把一絡げでまとめ売りされていた、兵士に卸すようなごく普通の剣が、邪竜の硬い鱗を傷つけられるわけがない。
冒険者一行はあわてたが、無愛想な武器屋のオヤジはうろたえない。
怒った邪竜の爪がオヤジを襲う。オヤジが邪竜の爪を剣で受け止める。剣が折れるのではないかと危惧する冒険者一行の目の前で、オヤジは手首をほんの少しひねると、邪竜を押し返した。邪竜があとずさって距離を取る。
「え! なんで!? だってあの剣──」
「俺の武器は、技量がないと使いこなせねぇっつっただろ?」
武器屋のオヤジは不機嫌にそう言うと、指笛を吹いた。近くの空中に待機していた竜が、急降下してくる。冒険者一行は新手の邪竜かと身構えたが、武器屋のオヤジは身軽に跳躍し、その上に飛び乗った。そういえば、鋳造を竜が手伝っていると言っていた。武器屋のオヤジは剣を構えたまま、相棒の竜の上に立つ。
「そいや!」
武器屋のオヤジが跳躍する。
剣を上段に構えて空中から振り下ろす。邪竜もさるもので、渾身の一撃ははずれた。しかし地面にめりこんだ一撃は衝撃波を放ち、廃墟となった町に残っていた崩れかけの壁や石畳が大きな音をたてて砕けた。
武器屋のオヤジが再び剣を構える。十把一絡げの剣には、刃こぼれ一つない。
「うそ……」
魔法使いが絶句する横で、武器屋のオヤジは警戒する邪竜に向けて、「どうどう。どうどう」と、なだめる声をあげた。
警戒を解かない邪竜に、武器屋のオヤジが話しかける。
「お前、俺んとこで仕事しないか! うちの竜は交代要員がいなくて、隔日でしか鋳造できなくて困ってんだ。……おい、うちの! 竜語に翻訳頼むわ」
「人語くらいわかるぞ」
「お、いいね。話が早い! 飼われてたとかか?」
邪竜は着地すると、長い首をもたげて羽根をたたんだ。そうして胸を張ると、武器屋のオヤジに向き直り、ゆっくりと語りはじめた。
「この町で、人と暮らしていた。戦乱が起きて、人間は避難したがな。……かつての主に、拝命されたのだ。逃げるための刻を稼いでほしいと」
「え、でも戦乱はもう何年も前の──」
「できる限り、刻を稼げというのでな」
邪竜に滅ぼされて廃墟になったものだとばかり思い込んでいた冒険者一行は、目を白黒させた。
ならば、邪竜というのはいったいなんだ。邪でもなんでもなく、ごく普通の、むしろ人間に融和的な竜でしかないではないか。
放心状態になった冒険者一行は、いつしか邪竜と呼ばれるようになってしまったやさしい竜と、武器屋のオヤジを交互に見つめた。
「はー、律儀なこった。何年前だ?」
「五年は刻を稼いだ」
「もう十分だろうよ。主を探すか、自由に生きるか、俺んとこに来るか、好きにしていいぜ!」
「そういうものか。人と竜の刻の流れは違うから、いまいちよくわからん」
武器屋のオヤジはぺちりと自分の後頭部を叩くと、冒険者一行に向き直った。
「ほら、お前らも帰った帰った!」
「……その剣と盾、売ってください! 伝説の武器なんでしょう!?」
冒険者のリーダーはそう言って身を乗り出したが、武器屋のオヤジは皮の分厚い手をひらひらと振って「ダメだよ!」と無愛想に言った。
「どうして」
「あんなに適当に売ってたじゃない!」
「ケチ!」
口々に食い下がる冒険者一行に、武器屋のオヤジは剣を鞘に収めると、腕組みをした。たくましい腕の筋肉が盛り上がった。
「だから伝説の武器なんて、使う側の技量次第だって言っただろうが! こいつは普通の剣と盾だよ。……ほれ、竜、お前も帰るぞ。飯くらいは、うちで食っていけ」
「ありがたく、お言葉に甘えることにしよう」
武器屋のオヤジは邪竜と呼ばれた竜に声をかけると、自分の竜に飛び乗った。二匹の竜はバサバサと羽ばたいて、宙に浮かぶ。冒険者一行は風を受けて、目を細くした。
二匹の竜を連れた武器屋のオヤジが、あっという間に遠くなる。
ぼんやりとそのうしろ姿を見送って、冒険者一行は晴れ渡った空をながめた。
「……ダンジョン、もぐろうか」
<おわり>




