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無銘の神童と有銘の乙女~無能と呼ばれる俺を、最強の少女たちが独占したがる理由~  作者: まめだいふく
第1章:黎明の抜刀編

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第6話:アタシ様、獲物を見つける


 翌朝、国立御剣学園の登校風景は、戦場の跡地のような緊張感に包まれていた。


 昨夜、第三演習場を半壊させた「紅蓮の暴君」不知火恋火の襲撃。本来ならば他校への侵略行為として厳罰に処されるべき事態だが、運営トップの千早が動いたことで、事態は奇妙な方向へとねじ曲げられていた。



『――臨時ニュースです。昨日発生した八坂女学院との交戦は、両校合意の元で行われた「緊急合同演習」と認定されました。なお、この演習におけるボルテージの最大値は過去最高を記録。これに伴い、不知火恋火選手は本日より「短期交換留学生」として我が学園に滞在します』



「はあ!? 合同演習だあ!?」

「交換留学って……あのアタシ様が、この学園に居座るってことかよ!」


 校内掲示板に流れるニュースに、生徒たちは戦慄した。


 だが、その戦慄を最も肌で感じていたのは、当の本人に獲物として定められた天霧迅だった。


「おーい! 迅、見ーつけた!」


 校門を潜った瞬間のことだ。


 空を引き裂くような快活な声と共に、上空から巨大な火の玉が降ってきた。


 それは衝突の直前で鮮やかな紅蓮のマントを広げ、重力を無視した優雅な着地を見せる。不知火恋火だ。


 今日の彼女は、八坂女学院の制服ではなく、御剣学園の漆黒の軍服を身に纏っていた。だが、その着こなしはあまりにも奔放だ。上着のボタンを大胆に外し、腰には大剣を無造作にぶら下げている。何より、彼女が歩くたびに周囲の空気が陽炎のように揺らぎ、物理的な熱を振り撒いていた。


「……何の用だ。留学生なら、大人しく案内係にでも付いていろ」


 迅は足を止めず、溜息混じりに言い放つ。


「冷たいこと言いなさんな! アタシ様がわざわざ他校の制服まで着てアンタを待ってたんだから、もっとこう、情熱的なリアクションを見せなさいよ!」


 恋火は迅の隣に並び、当然のようにその腕に抱きつこうとした。


 だが、迅は紙一重の体捌きでそれを回避する。恋火の指先が、迅のハーフマントの裾を掠める。


「あはは! やっぱり速いわね! アンタのその、一切のフォトンを感じさせない静かな動き……やっぱり最高だわ。アタシ様の熱が全部吸い込まれちゃいそう!」


 恋火の瞳は、冗談抜きで爛々と輝いていた。


 彼女にとって支持率や順位は、強さを証明するためのただの飾りに過ぎない。彼女が求めているのは、自分の魂を、その紅蓮の火を、力尽くで捩じ伏せ、黙らせるほどの圧倒的な個。


 昨夜、迅がマントの一振りで見せた真空の壁。あれこそが、彼女が人生で初めて出会った「自分を止めてくれる力」だった。


「おい、見ろよ……。不知火恋火が、あの『外格』にベタ惚れだぞ」

「支持率0%の奴が、他校のトップランカーを『従者』にしてるのか?」


 周囲のドローンが、二人の姿を逃さず捉え、ネットの海へと放流する。


 公式支持率は依然として「0%」のまま。だが、二人のやり取りに付随して発生する『情動(エモーション)・エネルギー』は、学園のシステムを悲鳴に近い音で唸らせていた。


「いい、迅? アタシ様は決めたの。アンタをアタシ様の専属従者ペットにして、毎日毎日、その冷たい目でアタシ様を躾けてもらうんだから!」

「……寝言は寝て言え。俺は授業がある」

「授業? そんなのサボっちゃいなさいよ! アタシ様と実戦演習デートの方が、よっぽど支持率ポイント稼げるわよ!」


 恋火が強引に迅の肩を抱き寄せようとした、その時。


「――そこまでです。校内での過剰な身体接触は規律違反、及び公序良俗に反します」


 凍てつくような声と共に、廊下の床が瞬時に白く凍りついた。


 銀髪を靡かせ、氷華が規律局の精鋭を引き連れて現れる。彼女の瞳には、昨夜の困惑を超えた、明確な怒りの光が宿っていた。


「あら、氷の女。また邪魔しに来たの?」

「不知火恋火。貴女は交換留学生であって、学園の風紀を乱す権利は与えられていません。……天霧迅を放しなさい」


 氷華のレイピアから、鋭い氷晶が放たれる。


 恋火は不敵な笑みを浮かべ、大剣の柄を叩いた。


「放さないわよ。こいつはもう、アタシ様が見つけた『獲物』なんだから!」


 新入生、留学生、そして規律局。


 三者の火花が、登校初日の学園を早くも溶解させようとしていた。


「放しなさい」と「放さない」。


 氷華と恋火、二人の少女の間で飛び交う言葉は、物理的なフォトン以上の質量を持って廊下に圧着していた。


「いい、氷の女。アンタの言う『規律』ってのは、弱者が群れるための言い訳でしょ? アタシ様の世界じゃ、強い奴が欲しいものを手に入れる。それが唯一のルールなのよ!」


 恋火が迅の腕を強引に引き寄せる。彼女の肌から伝わる熱量は、軍服越しでも火傷しそうなほどに高い。だが、恋火の瞳は、迅を単なる所有物として見ているのではなかった。


 彼女は、迅の瞳の奥にある、あの底知れない深淵を覗き込みたくて堪らないのだ。


「……不知火、貴女に彼を理解することはできないわ」


 氷華の声は、怒りよりも深い悲鳴に近い。


「天霧家がかつて守ってきたもの。彼が光を捨ててまで手にした『孤独』。それを、ただの情熱で焼き尽くそうなんて、傲慢もいいところよ」


 氷華の足元から伸びた氷の蔦が、恋火の足首を絡めとろうとする。


 だが、恋火はそれを力尽くで踏み砕いた。


「傲慢で結構! アタシ様はね、この男の目を見た時に震えたのよ。みんなアタシ様の炎を見て、熱いとか、怖いとか、綺麗だとか……そんなことしか言わない。でも、迅は違った」


 恋火が、迅の顔を覗き込む。


「アンタの目は、アタシ様の炎をただの現象として見てた。……そんな風にアタシ様を扱ったのは、死んだ爺ちゃん以外にアンタが初めてなのよ」


 恋火の言葉に、迅は一瞬だけ、まつ毛を震わせた。


 不知火恋火。


 八坂女学院のトップランカーとして、常に偶像であることを強要されてきた少女。彼女の放つ極大の火力は、周囲を熱狂させる一方で、彼女自身を孤独な頂点へと隔離していたのだ。


 そこに現れた、フォトンを持たず、彼女の熱に一切の動揺を見せない天霧迅という異物。


 彼女にとって、迅の存在は、初めて自分を「一人の人間」として、あるいは「ただの剣士」として対等に扱ってくれる救いだったのかもしれない。


「……熱いのは嫌いじゃないが、騒がしいのは嫌いだと言ったはずだ」


 迅は、二人の間を割るように、右手をそっと動かした。


 それは、剣を抜く動作ですらない。


 ただ、二人が放つフォトンの衝突点に、自身の無機質なハーフマントを割り込ませただけだ。


「――喧嘩なら演習場でやれ。ここは、学ぶ場所だろ」


 迅の腕が、恋火の拘束をスルリと抜ける。


 まるで水が指の間を通り抜けるような、不可思議な脱力。


 恋火は自分の掌に残った、微かな温度だけを反芻するように、呆然と自分の手を見つめた。


「……迅。貴方は、どこまで私たちを拒絶すれば気が済むの?」


 氷華が、痛ましげに声を漏らす。


「拒絶じゃない。俺は、俺のやるべきことをしているだけだ」


 迅は振り返らず、教室へと歩き出す。


 その背中は、どんなフォトンの光よりも、冷たく、そして強固に完結していた。


「……あはは! やっぱり最高! 拒絶されればされるほど、アタシ様の火に油が注がれるわ!」


 恋火が、顔を真っ赤にして叫ぶ。彼女のデバイスが奏でるボルテージは、もはや計測不能の領域へと足を踏み入れていた。


「待ちなさい、不知火恋火! 彼を追いかけるのは私が許しません!」

「アンタに許可なんて取ってないわよ! 迅、待ってー!」


 嵐のような二人が去った後、廊下には、溶けた氷の水たまりと、焼け焦げた壁の跡だけが残されていた。




 恋火の追撃は執拗だった。

 教室への移動中も、購買部へ向かう廊下でも、彼女の放つ熱が迅の周囲を常に焼き焦がさんばかりに渦巻いている。


「ねえねえ迅! さっきの廊下での身のこなし、やっぱりフォトンを使ってなかったわよね? どうやってるの? 筋肉に直接命令してるわけ? それとも、アタシ様の心が読み取れるとか?」

「……ただの予備動作の観察だ。お前は動きが派手すぎて、次の挙動が全部風に乗って流れてくる」

「あはは! 派手なのはアタシ様の仕様よ! でも、それを風で読むなんて……やっぱりアンタ、アタシ様が今まで出会ったどの男よりも強いわ!」


 恋火は満足げに笑うと、背負った真っ赤なマントを誇らしげに翻した。彼女にとって、迅の冷淡な態度は拒絶ではなく、自分という太陽を直視できる唯一の対等な強度の証明に他ならない。


 一方、学園内を移動する二人の背後には、常に一定の距離を保って移動する白い一団があった。


「……規律局各員、配置を確認。不知火恋火が天霧迅に対し、物理的・精神的な干渉を深める前に、両者を隔離します」


 氷華が通信機越しに冷徹な指示を出す。彼女の歩く軌跡には、微かな氷の膜が張り、恋火が残した熱量を強引に冷却していく。


 氷華の瞳は、迅を追い回す恋火の姿に、今までにない危うさを感じ取っていた。


(あの不知火恋火が、これほどまでに執着するなんて……。支持率システムが、彼らの接触を運命的なノイズとして検出し始めているわ)


 氷華の胸元のデバイスは、警告色を発し続けている。迅がフォトンを持たないからこそ、恋火のような極大な光を持つ存在と並んだ際、コントラストによって迅の存在感が異常なまでに強調されてしまうのだ。


「――そこまでです、不知火恋火! これ以上の付きまとい行為は、学園規律第12条、及び他校生に対する接遇規定に抵触します」


 ついに氷華が迅と恋火の前に立ち塞がった。彼女のレイピアから放たれた冷気が、恋火の熱波を正面から押し返す。


「またアンタか、氷の女! 規律だの規定だの、アンタの口からは四角い言葉しか出てこないわけ?」

「学園の秩序を守るのが私の職務です。天霧迅、貴方もです。これ以上の騒乱に加担することは、貴方の『暫定凍結』解除を遠ざけることになると自覚しなさい」


 氷華の視線が迅に向けられる。それは叱責の形を借りた、彼女なりの保護の意思だった。しかし、迅は依然として、二人の少女の火花を他人事のように見流している。


「……俺は何もしてない。こいつが勝手に付いてきているだけだ」

「勝手じゃないわよ、これはアタシ様の『愛の狩猟』よ!」


 恋火が不敵に笑い、大剣の柄に手をかけた。その瞬間、校内のボルテージが跳ね上がる。支持率システムが少女同士の決闘という最良のコンテンツを予見し、周囲のドローンたちが一斉にフォーカスを合わせた。


「不知火。ここで貴女を『更生』させ、御剣の規律を刻み込んであげます!」

「あはは、受けて立つわよ! 迅、見てなさい! アタシ様がこの氷を全部溶かして、アンタの隣に相応しいのは誰か教えてあげる!」


 炎と氷。再び激突しようとする二つの極大エネルギーを前に、迅は深く溜息をつき、マントの襟を立てた。


 廊下の空気が、熱膨張と急冷の狭間で悲鳴を上げていた。


 恋火から放たれる紅蓮の火の粉が床を焦がし、氷華の足元から伸びる氷の蔦が壁を白く侵食していく。



「――雪月花(せつげつか)・一の型。銀世界(ぎんせかい)!」

「あはは、温いわよ! 紅蓮鳳凰(ぐれんほうおう)火焔(かえん)旋風(せんぷう)!」



 二人の極大フォトンが衝突する寸前。

 その中央に、一筋の影が滑り込んだ。


「よせと言っている」


 迅の声は低く、しかし二人のフォトンの唸りさえも容易に突き抜けた。


 彼は左肩のハーフマントを大きく翻しながら、独楽こまのように鋭く回転した。



 ――天霧流(あまぎりりゅう)(ばち)空月(くうげつ)



 迅のマントが描いた円軌道。その瞬間に発生した強烈な気圧差が、衝突しようとしていた炎と氷のエネルギーを、まるで蓋をするように強引にねじ伏せた。


 炎は窒息し、冷気は霧散する。


「な……っ、私のフォトンを、物理的な風圧だけで……!?」

「あはは! やっぱり最高! アンタ、本当にアタシ様をワクワクさせるわね!」


 氷華が驚愕に目を見開く傍らで、恋火はさらに頬を紅潮させて迅を見つめる。


 だが、迅の視線は彼女たちの背後――廊下の突き当たりに立つ、一人の女性に向けられていた。


「――見事な手際ね、天霧君。マント一枚で、本校と八坂のトップランカーを黙らせるなんて」


 カツン、カツンと乾いた靴音を響かせ、学園長・千早が歩み寄ってきた。彼女の傍らには、何十枚ものホログラム・モニターが浮かび、リアルタイムで上昇し続ける支持率のグラフを映し出している。


「理事長……」

「学園長! 邪魔しないでよ、今いいところなんだから!」


 恋火が抗議するが、千早は不敵な笑みを浮かべたまま、手元の端末を操作した。


「不知火さん。貴女の情熱は、今のこの狭い廊下では収まりきらないわ。……そして鳳凰寺さん。貴女も、規律という盾の裏で、彼の実力を『証明』したいと思っているのではないかしら?」


 千早の言葉に、氷華が言葉に詰まる。


 千早は迅を指差し、不敵に告げた。


「今日の放課後、旧校舎の地下にある『未登録(アンレジスタード)演習場』を開放するわ。そこはシステムの監視が届かない、文字通りの無法地帯。そこで、白黒つけなさい」

「地下演習場……。あそこは、封鎖されたはずでは?」


 氷華の問いに、千早は唇を指に当て、妖艶に微笑む。


「公式にはね。でも、世界は『支持率0%の無能』が『最強の暴君』を制する瞬間を求めているのよ。天霧君……貴方に拒否権はないわ。これは、貴方の『凍結解除』の条件に加えてもいいのよ?」


 迅は、不愉快そうに目を細めた。


 運営側の演出という名の悪意。だが、このまま恋火に追い回され続けるよりは、一度力で黙らせる方が、平穏への近道であることは確かだった。


「……いいだろう。一回きりだ」

「決まりね! 待ってなさい迅! アンタをアタシ様の色に染めて、最高の『従者』にしてあげるんだから!」


 恋火の歓喜の咆哮が、廊下に響き渡る。


 その様子を冷ややかに見つめながら、迅は自身のマントを整え、再び静かに歩き出した。


 バグを巡る物語は、ついに非公式の決闘という最悪で最高の舞台へと向かっていく。


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