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無銘の神童と有銘の乙女~無能と呼ばれる俺を、最強の少女たちが独占したがる理由~  作者: まめだいふく
第1章:黎明の抜刀編

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第4話:支持率0%の波紋


「昨日の動画、見たか?」

「ああ、あの『外格』の転校生だろ。一瞬すぎて何が起きたか分からなかったけど、桐生の野郎が文字通りフリーズしてたな」


 翌朝。国立御剣学園の空気は、前日までとは決定的に異なっていた。


 校門から校舎へと続く並木道、そこかしこで生徒たちが自身の網膜ディスプレイを操作し、昨夜からネットの海を埋め尽くしている「ある映像」を熱心に再生している。


 それは、迅が桐生の『アーク・ガントレット』を鞘一本で無力化した、わずか数秒の記録。


 公式の試合ではないため、本来なら注目されるはずのない一幕だった。しかし、その映像に添えられたキャプションが、人々の常識を根底から揺さぶっていた。



『フォトン検出:0%。アーク・シェル:未展開。――勝者、天霧迅』



「バグだろ、これ。運営のシステムにエラーが出てるんじゃないのか?」

「でも、あの衝撃波をまともに喰らって、マント一つ焦がしてないんだぜ。……天霧って、数年前まで『神速(しんそく)寵児(ちょうじ)』って呼ばれてたあの天霧家の……」


 囁き声は、昨日のような嘲笑ではなく、困惑と、どこか期待の混じったざわめきへと変質していた。


 その喧騒の中を、迅は昨日と同じく、袖を捲り、裾の綻んだハーフマントを靡かせて歩く。


 彼の周囲だけ、フォトンの光が遮断されたかのような静寂が保たれていた。


 迅が自身の個人端末デバイスを開くと、そこには異常なまでの通知が溜まっていた。


 だが、そのすべてはシステムエラーの警告か、あるいは発信元不明の誹謗中傷、そしてそれらを遥かに凌駕する正体不明の投げ銭の通知だった。



『支持率:0%』



 画面に表示された非情な数字。


 世界は彼を認めていない。数値上、天霧迅はこの学園の最低辺に位置したままだ。


 だが、その数字のすぐ横にある『非公式注目度』のゲージだけが、限界を超えて真っ赤に振り切れている。


「……目立ちすぎたか」


 迅は小さく舌打ちし、端末を閉じた。


 彼が求めているのは、かつての栄光でも、ましてや誰かからの支持でもない。ただ、己の剣を研ぎ澄まし、あの日の約束を果たすこと。


 だが、この学園はそれを許さない。ここはすべてがコンテンツとして消費される、巨大な見世物小屋なのだ。




 同じ時刻、学園の最上階。


 天空に浮かぶ庭園のように設えられた、学園運営局の会議室。


 そこでは、学園長である千早が、巨大なホログラム・ディスプレイを眺めながら、満足そうにワイングラスを揺らしていた。


 ディスプレイに映っているのは、迅の戦闘データの解析結果。


 赤と青のグラフが激しく交差し、そこには『測定不能』という警告文字が点滅し続けている。


「面白いわね。今のシステムが構築されてから十数年。初めて、私の『計算』を拒絶する素材が現れたわ」


 千早の隣には、規律局の正装に身を包んだ氷華が、直立不動で立っていた。


 彼女の表情は氷のように固く、その視線は迅のデータから逸らされている。


「学園長。天霧迅の行為は、学園の序列を著しく乱すものです。……彼を、このまま野放しにするわけにはいきません」

「あら? 氷華さん。貴女、彼のことなら誰よりも詳しいはずじゃない? 幼馴染の再会が、そんなに無機質なものでいいのかしら」

「……私事と公務を混同するつもりはありません。今の彼は、規律を壊すバグに過ぎない」


 氷華の声は震えていなかったが、彼女のデバイスからは、微かなノイズが漏れていた。


 千早はクスクスと喉を鳴らして笑い、グラスを置いた。


「いいえ。バグではないわ。彼は『劇薬』よ。……最近、この学園の支持率は頭打ちだった。誰もが綺麗な光の剣筋に飽き、台本通りの恋愛ごっこに飽きていた。そこに、この『無色透明の暴力』が現れた。大衆が何を求めているか、貴女には分からない?」


 千早が指を鳴らすと、ホログラムが迅の支持率0%という数字を大きく拡大した。


「世界は今、この『0%』が、どこまで『100%』を叩き潰すかを見たいのよ。……氷華さん。規律局として、彼をさらに追い詰めなさい。彼が剣を抜かざるを得ない状況を、私たちが『演出』してあげるの」

「それは……」

「これは命令よ。御剣学園の、ひいては世界のエンターテインメントの未来のためにね」


 氷華は唇を強く噛み締め、深く頭を下げた。


 翻る群青のマント。その裏側で、彼女のフォトンは行き場を失い、激しく渦巻いていた。



 学園長・千早の宣言通り、放課後の学園は異常な熱気に包まれていた。


 だがそれは、迅を歓迎するものではない。運営によって意図的にリークされた「天霧迅はシステムの脆弱性を突く不正プログラムを利用している」という真偽不明の噂が、瞬く間に学園中を駆け巡ったのだ。


「不正……? あの動き、やっぱりインチキだったのか」

「支持率0%の奴が上位ランカーを倒すなんて、物理的にありえないもんな。最新のアーク・シェルを『バグ』で無効化してたらしいぜ」


 午前中までの期待感は、急速に正義感を隠れ蓑にした敵意へと塗り替えられていく。


 人は、理解できない強さに出会ったとき、それを不正と断じることでしか心の均衡を保てない。


 迅が寄宿舎への道を歩いていると、頭上の巨大なホログラム・モニターが突然、激しい警告色に染まった。



『――緊急通達。外格・天霧迅に対し、多数の生徒より規律審査の要請がありました。これを受け、学園運営は彼の公式ランクを暫定凍結とし、支持率の流入を完全に遮断します』



「……徹底してるな」


 迅は足を止めることなく、モニターを一瞥しただけで歩き続ける。


 暫定凍結。それは、この学園において社会的な死を意味する。学園内の店舗での買い物も、施設の利用も、すべては支持率に基づくポイントで決済されるからだ。支持率0%かつ凍結された者は、食事にありつくことすら困難になる。


「おい、そこまでだ、不正野郎」


 前方から、昨日よりもさらに武装を強化した数人の生徒が立ちふさがった。彼らのマントには規律補助員の腕章が巻かれている。運営が、一般生徒に正義の代行という免罪符を与えたのだ。


「お前のせいで、御剣学園の支持率全体の平均が下がってるんだよ。お前がここから消えるまで、俺たちが『更生』させてやる」


 彼らがアーク・ブレードを抜いた瞬間、周囲には数え切れないほどのドローンが飛来した。


 運営が仕掛けた「公式生放送」だ。


 画面の向こう側では、何十万もの視聴者が、この正義のリンチをコンテンツとして消費しようと待ち構えている。



『いけ! 不正者を叩き出せ!』

『やっぱり光らない奴はダメだな』

『でも、昨日の動きが本物なら返り討ちに……あ、期待しちゃうな』



 コメント欄には、悪意と好奇心が濁流のように流れる。


「……退けと言っても、無駄なんだろうな」


 迅が静かに、腰の『黒鉄』の柄に手をかけた。


 その瞬間、彼の背負ったチャコールグレーのマントが、物理的な殺気を孕んで低く唸った。


 だが、迅が剣を振るうよりも早く。


 上空から、絶対零度のフォトンを纏った銀色の閃光が降り注いだ。


「――そこまでにしなさい。規律の執行は、規律局の専権事項です」


 空気を凍りつかせるような凛とした声。


 氷華が、空中からマントを大きく広げて舞い降りた。


 彼女の着地と同時に、周囲の地面には美しい氷の結晶が広がり、迅を囲んでいた生徒たちの足元を瞬時に凍結させた。


「鳳凰寺局長……!? なぜ貴女が……。これは運営の公認を受けた『検分』のはずですよ!」

「黙りなさい。運営が何を許可しようと、現場の規律を管理するのは私です」


 氷華は迅を背にするように立ち、レイピアを構えた。


 彼女の背中越しに、迅にはその微かな震えが伝わってきた。


 彼女の胸元のデバイスは、真っ赤なアラートと、深い同調の青い光が交互に明滅し、もはや機能不全を起こしている。


「……鳳凰寺。余計な真似をするな。こいつら程度、俺一人で十分だ」

「貴方は黙ってなさい! ……これ以上、私の前で規律を汚す真似をしないで」


 氷華の言葉は、迅に向けられたものか、それとも自分自身に向けられたものか。


 彼女は、迅を守るという規律違反を犯しながら、その実、自分の心を守ろうと必死に戦っていた。


 しかし、その場に集まっていたドローンのライトが一斉に、ある一点へと向けられた。



 演習場の壁を、凄まじい衝撃波が突き破る。



「アッハハハハ! 堅苦しいわねぇ、お二人さん! 規律だの不正だの、そんなの『アタシ様』が全部燃やしてあげるわよ!」



 紅蓮の炎を纏ったマントが、夕闇を焼き尽くさんばかりに翻った。


 爆煙を切り裂き、演習場に降り立ったのは、燃え盛る太陽そのもののような少女だった。



 八坂女学院の至宝――不知火(しらぬい) 恋火(れんか)



 彼女が肩に担いだ大剣『朱雀』から放たれる熱波は、氷華が作り出した氷の結界を一瞬で蒸発させ、辺りを白い霧で包み込む。


「八坂の……不知火恋火!? 貴女、他校への無断侵入が何を意味するか分かっているの!」


 氷華が鋭く叫ぶが、恋火はそれを鼻で笑い、霧の向こう側に立つ迅へと熱い視線を向けた。


「固いこと言いなさんな、氷の女! アタシ様はね、昨日ネットに流れたあの『熱い』動画を見て、居ても立ってもいられなくなったのよ!」


 恋火は迅の目の前まで一気に踏み込むと、紅蓮のフォトンを纏ったマントを大きく広げ、まるで彼を包み込むように羽ばたかせた。


「見たわよ、アンタのあの『鞘打ち』! フォトンもねぇ、支持率もねぇ、だけど誰よりも速く、誰よりも真っ直ぐにアタシ様のハートを射抜いたわ。決めた! アンタ、今日からアタシ様の専属『従者ペット』になりなさい!」

「……断る。それと、修理代は八坂に請求しておくぞ」


 迅は依然として冷淡だったが、事態は彼の意図を超えて加速していた。


 周囲を飛び交う無数のドローンが、この「氷の令嬢」と「紅蓮の暴君」、そして「無能の外格」が織りなす異様な光景を全世界に配信し続けている。



『――緊急警告! 予測不能なカップリング支持率が発生中!』

『計測対象:天霧迅 & 鳳凰寺氷華 & 不知火恋火』

『属性判定:【三角関係・修羅場】。ボルテージ、限界突破!』



 管制室のモニターが、かつてない数値を叩き出す。


 迅の公式支持率は「0%」で凍結されている。しかし、彼を奪い合う二人の少女の支持率が、迅という特異点を介して異常なまでの相互増幅を起こし始めたのだ。


「誰が『従者』よ! 彼は今、我が規律局の監視下にある不審者です。部外者は下がりなさい!」


 氷華がレイピアを突き出せば、氷の粒が舞う。


「あはは! 監視なんて名目の『独占欲』でしょ? アンタみたいな寒い女に、この熱い男は勿体ないわ!」


 恋火が大剣を振るえば、火の粉が爆ぜる。


 二人の少女が放つ極大のエネルギーが迅の頭上で激突し、光の嵐が巻き起こる。


 その中心で、迅は自身のマントの襟を立て、深く溜息をついた。


「……勝手にやってろ」


 迅は戦う二人に背を向け、悠然と歩き出す。


 だが、その背中に向けられる情熱という名の支持率は、もはやシステムが制御できる範疇を超えていた。


 公式には存在しないはずの男が、世界の中心で最も激しい輝きを放ち始める。


「見てなさい、迅。私が貴方に、本当の『規律』を教えてあげるわ」

「逃がさないわよ、迅! アンタをアタシ様の色に染めてあげるんだから!」


 背後から届く二人の宣戦布告。


 千早の目論見通り、天霧迅は最強の少女たちを惹きつける「劇薬」として、その真価を世界に晒してしまった。


 支持率0%。


 けれど、世界中が彼というバグから目を離せなくなっていた。


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