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無銘の神童と有銘の乙女~無能と呼ばれる俺を、最強の少女たちが独占したがる理由~  作者: まめだいふく
第2章:摩耶島合同合宿・三強激突編

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第24話:八坂の来訪、火花の再会


 翠嵐閣の広大な食堂は、今や三校のプライドと愛憎が渦巻く、この世で最も危険な「晩餐会場」と化していた。


 中央に鎮座する迅の目の前には、三者三様の「愛の結晶」が並べられている。氷華の透き通るような氷彫刻を添えた冷製薬膳、恋火の炎を纏ったままの激辛爆炎焼肉、そして静の試験管に入った虹色の栄養解析ペースト。


「……迅様、まずは私の料理からお召し上がりください。合宿の規律を正すには、まず胃袋から……これが正妻の、いえ、規律局長の務めです」

「何言ってんのよ! 男ならガツンと肉でしょ! 迅、アタシ様が骨まで抜いてあげたこの肉、あーんして!」

「……二人とも、非科学的だね。迅くんの今のバイタルには、僕の計算したこのペーストが最も吸収効率が良い。……さあ、迅くん。僕の指から直接、味わってよ」



 迅を巡る熾烈な「あーん」合戦。


 その光景を、背後に控える各務理亜は、先ほど迅の「鋼」に触れた指先を自身の胸元に密かに押し当てながら、無機質な瞳でじっと見つめていた。彼女のブラックボックスには、主である静ですら知らない「迅の熱」が、今もなお疼くように記録されている。


 そんな、摩耶島の熱い空気がさらに加熱しようとした、その時だった。



「――おーっほっほっほ! 相変わらず、下俗な騒ぎを繰り広げていらっしゃいますわね、不知火恋火さん?」


 食堂の豪華な両開き扉が、重厚な音を立てて左右に開け放たれた。


 そこに立っていたのは、真夏の摩耶島には不釣り合いなほど、重厚かつ優雅な縦ロールの金髪を揺らした少女。八坂女学院が誇る伝統と格式の象徴、西園寺撫子(さいおんじ なでしこ)


 そしてその傍らには、漆黒のシェル装甲を部分的に展開し、軍用ライフルを背負ったまま、氷のように冷たい視線を向ける短髪の少女、桐生葵(きりゅう あおい)



「なっ……ななな、なーっ!!? なんでアンタたちがここにいんのよっ!! 撫子に、葵まで!!」


 恋火が、手に持っていた焼肉のトングをガシャンと落とし、椅子から飛び上がった。


 八坂女学院。恋火がかつて「至宝」として君臨し、そして迅という光を追いかけて「出奔」した、因縁の古巣だ。


「あら、ご挨拶ですわね。我が八坂の至宝を『御剣』という野蛮な学園に貸し出したまま、音沙汰がないと思えば……。まさか、このような掃き溜めで、一人の男に媚びを売って堕落していようとは。八坂の誇りはどこへ捨ててきたのかしら?」


 撫子が扇子を優雅に広げ、口元を隠しながら勝ち誇ったように笑う。


 その隣で、葵が静かに一歩前へ出た。彼女の背負った重火器から、微かなフォトンのチャージ音が鳴り響く。


「……恋火。貴女のバイタル、以前より緩んでいる。男の色香に当てられ、戦士としての魂を売ったという報告は事実だったようね。……失望したわ。そんな不浄な男の毒に侵されるなんて」


 葵の冷徹な言葉が、食堂の空気を一瞬で氷結させた。


 迅は、箸を置くこともなく、ただ静かに視線だけを入り口の二人に向けた。その眼光の鋭さに、撫子が一瞬だけ身震いするが、彼女はすぐに高慢な笑みでそれを上書きする。


「……不浄、だと?」


 迅の低い声が響く。


 恋火は、八坂の二人から向けられる「侮蔑」の視線に、一瞬だけ顔を伏せた。だが、彼女の心にあるのは後悔ではない。迅という絶対的な「主」を見つけたことへの、爆発せんばかりの誇りだった。


「……撫子、葵。アンタたちに何と言われようと構わないわよ。……そうよ、アタシ様は変わったわ。八坂の誇りなんて、迅に出会った瞬間にどうでもよくなったの!」


 恋火は椅子を蹴り飛ばすように立ち上がり、迅の隣に跪くと、その逞しい腕を抱きしめ、豊満な胸をこれでもかと押し付けた。


「アタシ様は、もう八坂の至宝なんかじゃない! 迅の奴隷……いいえ、迅の『専用の道具(おもちゃ)』なんだからぁぁぁッ!! コイツが右と言えば右を焼くし、左と言えば左を爆破する! アタシ様の魂も、肉体も、全部迅のものなのよッ!!」


 食堂全体が、恋火の衝撃的な「奴隷宣言」に静まり返った。


 撫子が「……無、無恥ですわ……!」と顔を赤らめ、葵が軽蔑の眼差しを強める中、もう一人の乙女が猛然とテーブルを叩いた。


「――黙りなさいッ!!」


 氷華だ。彼女は白銀の髪を逆立て、愛刀の柄を握りしめながら、恋火と撫子を交互に睨みつける。


「恋火さん、貴女という人は! 奴隷だの道具だの、そのような卑屈な言葉で迅様を汚すなど万死に値します! 迅様の隣に立つ資格があるのは、規律を重んじ、正妻としての品格を保てるこの私……鳳凰寺氷華だけです! 八坂の余所者も、留学中の不心得者も、まとめて私が『規律』の下に裁いて差し上げますッ!!」



 御剣の「規律(正妻?)」と、八坂の「本能(奴隷?)」。



 そして、それらを「下俗」と切り捨てる新たな来訪者、撫子と葵。


 迅を中心とした巨大な支持率の渦に、新たな火種が投げ込まれた。


「……ふん。面白い。……静、理亜。……これ以上飯が不味くなる前に、この喧騒をどうにかしろ」


 迅が不敵な笑みを浮かべ、再び肉を口へと運ぶ。

 その背後で、理亜の瞳が怪しく明滅した。

 

「……了解しました、迅様。……私のメモリに、『西園寺撫子』および『桐生葵』を……『迅様への接近を阻むべき排除対象』として、永久登録パーマネントログいたしました」


 助手である理亜の「バグ」を含んだ忠誠心までもが牙を剥き始め、摩耶島の合宿は、もはや制御不能な多重衝突へと突き進んでいく。




「おーっほっほっほ! 聞きましたわ、葵さん? 『アタシ様は迅の道具』ですって! あの八坂の誇り高き朱雀が、今やただの壊れた玩具のように男の足元で悦んでいるなんて……。お可哀想に、その燃え盛る炎も、今や安っぽいライターの火程度にまで落ちぶれましたのね?」



 西園寺撫子が扇子をパチンと閉じ、軽蔑と嘲笑が混ざり合った視線を恋火へと投げかける。


 対する恋火は、迅の腕にさらに強く抱きつき、その豊満な胸をこれでもかと押し付けながら、勝ち誇ったように鼻で笑った。


「ふん! 撫子、アンタには一生わかんないわよ。誰かの『最高の道具(おもちゃ)』になることが、どれだけ誇らしくて、気持ちいいことか! アタシ様はね、この迅にだけは、魂の底まで使い倒されたいの!八坂のちっぽけな誇りなんて、迅のこの腕の熱さに比べたら、ゴミみたいなもんよッ!!」



 恋火の「アタシ様」という尊大な自称。それは、かつて八坂女学院で誰もが跪いた王者の名残りであり、同時に、その王者が唯一「主」と認めた迅に対する、最大級のデレの裏返しでもあった。


「……恋火。貴女のその乱れた心拍、そして不潔なまでに昂ったフォトン波形。……もはや『至宝』の名が泣いているわ」


 桐生葵が、背負っていたライフル『黒曜石(オブシディアン)・零式』のグリップを静かに握る。


 彼女の冷徹な殺気が食堂の空気を切り裂くが、迅はそれを微風ほどにも感じさせず、静かにワイングラスを傾けていた。


「……不潔なのは、俺の飯に銃口を向けるその無礼な態度の方だ、小娘」


 迅が短く放った言葉。

 それは言葉の形を借りた「物理的な圧力」となって葵を襲った。


「っ……!?」


 葵の膝が一瞬ガクンと折れかけ、彼女は驚愕に目を見開く。アークシェルを展開しているにもかかわらず、その装甲を透過して「魂」を直接圧し潰すような威圧。


「……あら? 意外と骨のある殿方ですわね。……いいでしょう。不知火恋火さん、貴女がそこまで執着する『理由』、この私が直々に精査して差し上げますわ」


 撫子が優雅に一歩前へ出た。彼女の周囲に、八坂女学院秘伝の幻惑術式を構成する「紫煙(しえん)の蝶」が舞い始める。


「迅様、とお呼びしましたかしら? ……このような殺風景な食堂では、お話も弾みませんわ。明日、摩耶島の最北端にある『幻惑(げんわく)茶室(さしつ)』にて、私とお茶を一杯いかが? 八坂の伝統に裏打ちされた、本物の『雅』というものを教えて差し上げますわ」

「なっ……なーっ!! 撫子、アンタ、迅を誘惑するつもりでしょ!? ダメよ! 迅はアタシ様のものなんだからッ!!」

「恋火さん、少しは黙りなさい! 迅様、八坂の無礼な誘いに乗る必要などありませんわ! 明日は私が、規律局特製のアウトドア演習プランを用意しております……っ!」


 氷華と恋火、二人の乙女が迅の左右から縋り付き、再び猛烈な「独占欲」が爆発する。


 だが、迅は撫子の瞳の奥に潜む、冷酷なまでの「支配欲」を瞬時に見抜いていた。


「……茶か。いいだろう。……お前の淹れる茶が、俺の退屈を紛らわせるほどのものであることを期待しているぞ」

「あら……嬉しいですわ。それでは明日、楽しみにしておりますわね。……うふふ、葵さん、行きましょう。不浄な空気に当てられすぎて、鼻が曲がってしまいそうですもの」


 撫子が勝ち誇ったように背を向け、葵と共に食堂を去っていく。


 残された食堂には、迅の返答に絶望する恋火の叫びと、白銀の髪を逆立てて怒りに震える氷華の殺気、そして……。


「……迅様。……西園寺撫子の茶室、潜入調査およびフォトンの先行解析、必要ですか? ……私の内部プロセッサが、彼女の術式を『不愉快』と定義しています」


 背後で控える理亜が、瑠璃色の髪を妖しく明滅させながら、独占欲を無機質な声音で隠しきれずに囁いた。


 新たな獲物。新たな敵。


 摩耶島の合宿は、もはや御剣と八坂の全面戦争へと、迅を核とした巨大な渦へと変貌を遂げていく。



「……ふん、逃げたか。八坂の狐共が」


 氷華が、撫子たちが去った扉を鋭い眼光で射抜いた。その声に甘えはなく、ただ侵入者を排除した守護者の如き冷徹な響きがある。


「迅様。あのような女の誘いに乗るなど、規律を乱す行為です。八坂の幻惑術式は不潔極まりない。貴方の身に万が一のことがあれば、規律局長として、そして……貴方の隣に立つ者として、私は自分を許せない。明日の茶会は、この私が断固として阻止いたします」


 氷華は白銀の髪をきつく結び直し、迅の正面に毅然と立った。その態度はどこまでも真っ直ぐで、だからこそ重い。


「何言ってんのよ氷華! アタシ様がついてれば、撫子の術なんて火炎一発で吹き飛ばしてやるわよ! 迅、アタシ様を連れて行きなさい。アンタの『道具』として、最高に暴れてあげるからッ!」


 恋火が迅の腕にさらに体重をかけ、挑発的に氷華を睨みつける。


 二人の乙女の視線が激突し、食堂の空気が火花を散らす中、静が眼鏡を指で押し上げながら、冷ややかな声で割って入った。


「……二人とも、うるさいよ。迅くんのバイタルがノイズで乱れている。……西園寺撫子の誘いは、僕にとっても興味深い『サンプル』だ。八坂の術式が迅くんにどう影響するか、僕のデバイスで全て記録させてもらう。……迅くん、明日は僕のドローンも同行させるからね」

「……好きにしろ。俺の歩む道に立ちふさがるなら、誰であれ『黒鉄(くろがね)』の錆にするだけだ」


 迅はそう言い捨てると、食事を終えて席を立った。


 その後ろ姿を、四人の乙女たちがそれぞれの熱を帯びた瞳で追う。


 食堂の隅、影に潜むように控えていた理亜が、音もなく迅の傍らに寄り添った。


「……迅様。……明日の『茶会』への対策。……私のナノセンサーを、あらかじめ貴方の衣服の内側に、より『深度(しんど)』を増して配置することを提案します。……これは、防衛のためです。……決して、私が貴方の肌に触れたいからではありません……」


 無表情な理亜の言葉。だが、その指先は迅の背中に触れる際、わずかに震えていた。


 静の助手としてではなく、一人の「バグを抱えた観測者」としての独占欲が、彼女の冷静な計算を狂わせ始めている。


 氷華の正妻としての意地、恋火の道具としての献身、静の科学的執着、そして理亜の秘めたる狂恋。


 三校の思惑が絡み合う摩耶島の夜は、撫子の「幻惑の茶会」という新たな爆心地へと向かっていく。


ここまで読んで頂きありがとうございます!

誤字脱字など御座いましたらコメント下さい。


「面白そう」「続きが気になる」と感じましたら、ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです

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