第19話:システムの暴走・乱入者
「いい加減にしろ、お前たち。ここは戦場だぞ」
迅の冷徹な声が、火花を散らす恋火と氷華の間に割って入った。
左腕を氷華に抱きしめられ、右側からは恋火が猛烈な剣幕で掴みかかろうとする――まさに、熱波と寒波の板挟み。観客席の支持率は、この「修羅場」そのものを最高のエンターテインメントとして消費し、チップの雨が降り注いでいた。
「戦場だからこそ言ってるのよ! 迅、その女から離れなさい! 凍傷になるわよ!」
「……ふん。不潔な高熱で迅様の細胞を焼こうとする貴女に、言われたくありません。迅様、このまま規律局の特別保護シェルターへ参りましょう。貴方を汚す全てから、私が隔離して差し上げます」
二人の瞳に宿る執着が、それぞれの星導武具を共鳴させ、闘技場内の大気が異常な対流を起こし始めたその時。
――ピーーーーー、という耳を刺すような電子ノイズが会場を支配した。
『あらあら……。支持率が上がりすぎて、システムのリミッターが外れてしまったみたい。……でも、これこそが視聴者の望む「刺激」よね?』
モニターに映し出された運営理事長・千早の顔は、狂気と愉悦に歪んでいた。
彼女が手元の端末で「強制執行」のキーを叩くと、闘技場の中央、迅たちの目の前の空間が、黒いフォトンを放ちながら亀裂のように裂けた。
「……ッ!? なんだ、あのプレッシャーは……!」
恋火が即座に身構える。
裂け目から這い出してきたのは、全身を黒い流体金属のようなアーク・シェルで覆われた、人型を逸脱した異形の怪異――。
『紹介するわ。最新の自己進化型AI搭載・星導人形。……通称「虚|ろなる処刑人」。予選の締めくくりに相応しい、最高の「障害物」よ』
黒い人形が、その腕を鎌のような形状に変異させる。
それは感情も支持率も持たない、ただ「対象を解体する」ためだけに最適化された、殺戮の機械だった。
人形が踏み込んだ瞬間、衝撃波だけで闘技場の床が爆ぜる。その速さは、先程までの学生たちの比ではない。
「……チッ。あの女、どこまで悪趣味なんだ」
迅は、いまだに自分を離そうとしない二人を、今度は自分から強く引き寄せた。
「っ、きゃあ……!? 迅様!?」
「ちょ、アンタ……っ!!」
両脇に、この学園最強の「火」と「氷」を抱え、迅が真っ向から黒い死神へと踏み出す。
黒い処刑人の鎌が、空気を断ち切りながら迅の頸椎めがけて振り下ろされる。
だが、迅は退かない。左腕に氷華、右腕に恋火を抱き寄せたまま、最小限の体捌きでその「死」を紙一重で回避した。
「迅、危ないわ! 早くアタシを降ろして、あいつを――!」
「……黙っていろ。お前たちの『出力』、俺が使い切ってやる」
迅はそう告げると、二人の腰をさらに強く引き寄せた。
あまりの密着ぶりに、氷華は冷気を出すのも忘れて「ひゃぅっ……」と甘い声を漏らし、恋火に至っては顔から火が出そうなほど紅潮している。
「……不知火、氷華。今から俺の『黒鉄』に、ありったけのフォトンを流し込め。――同時にだ」
「「えっ!?」」
二人は驚愕に目を見開いた。
相反する「熱」と「冷」。これらを同時に一つの物質に注ぎ込めば、凄まじい熱応力で刀は粉々に砕け散り、注いだ本人たちにも甚大なバックラッシュが返る。それが星導術の常識だ。
「……俺を信じろ。それとも、ここでこの機械の錆になるか?」
迅の射抜くような眼差し。
その瞳に、二人の少女は抗う術を持たなかった。
「……信じます。貴方の望みなら、この身が砕けても!」
「アンタがそう言うなら……やってやるわよ! 後で絶対、責任取りなさいよね!」
二人が同時に、自身の最大出力を迅の持つ『黒鉄』へと解き放つ。
赤と青、極限のエネルギーが鋼の刃の上で激突し、凄まじい閃光と衝撃波が闘技場を震わせた。本来なら爆発するはずのその力を、迅は「物理的な圧力」と「卓越した剣気」のみで刀身に無理やり封じ込める。
「――二極・螺旋」
『黒鉄』の刃が、白熱と極寒を繰り返しながら超高速で振動し、周囲の空間そのものを歪ませ始めた。
黒い処刑人が、予測不能のエネルギー反応に反応し、その全身を盾状に変異させて防御姿勢をとる。
だが、遅い。
迅は二人を抱えたまま、地を蹴った。
重力も、摩擦も、そして星導術の理論さえも置き去りにする、光速の踏み込み。
「――|天霧流・極・断界」
迅の咆哮と共に、赤と青の螺旋を纏った『黒鉄』が振り下ろされた。
それは剣技という名の、純粋な物理的破壊。
超高温によって分子結合を弱められた刹那、絶対零度の冷気がそれを強制的に収縮させる――。繰り返される微細な膨張と収縮の連鎖が、黒い処刑人の「自己進化装甲」を構造から崩壊させた。
漆黒の人形は、防御の形を保ったまま真っ二つに裂け、次の瞬間には背後の外壁もろとも爆散した。
爆炎と、舞い散る氷の粒。
その幻想的なカーテンの向こう側で、迅はゆっくりと、抱きかかえていた二人を地面に降ろした。
「……終わったぞ。立てるか」
恋火と氷華は、足元が覚束ない様子で、互いに迅の肩を借りるようにして寄りかかる。
二人の瞳には、恐怖ではなく、ただ一人の男への「信仰」にも似た情熱が灯っていた。
「……信じられない。アタシたちの力を、こんな……。ねえ、迅……アンタ、本当に人間なの?」
「迅様……ああ、素晴らしいです……。私の冷気と、この女の汚らわしい熱が混ざり合って、あんなにも美しい光になるなんて……。これこそが、私たちが目指すべき『規律』……いいえ、愛の形ですのね!」
会場を包んでいた静寂が、一拍置いて、耳を劈くような爆音の歓声へと変わる。
支持率のグラフは天を突き抜け、運営のシステムが過負荷で火花を散らす。
全人類が目撃した。アークシェルすら持たぬ一人の男が、学園最強の二人の少女を従え、システムの理を力でねじ伏せたその瞬間を。
『――チェックメイト! 予選Aブロック、完全制覇! 勝者……天霧迅!!』
千早の高笑いが響き渡る。
その視線は、モニター越しに迅の肉体をなぞるように、淫らなまでの愉悦を孕んでいた。
「素晴らしいわ、迅くん。……貴方という個体は、私の想像を遥かに超えている。……いいわ、次のステージを用意してあげる。……もっと激しく、もっと残酷で、もっと『愛おしい』地獄をね」
画面が暗転し、会場には優勝を祝う紙吹雪が舞う。
だが、迅を取り囲む状況は、もはや「大会の予選」という枠組みを完全に逸脱していた。
「迅様、さあ、早く控え室へ! 私が、隅々まで『アフターケア』をして差し上げます!」
「ちょっと、どきなさいよ氷女! 迅を支えるのはアタシの役目よ! アンタ、ちょっとは熱でフラフラしてるでしょ!?」
両側から腕を組まれ、強引に引き摺られていく迅。
その光景を、観客席の片隅で静かに見守る白緑色のサイドポニー――静の瞳が、妖しく光った。
「……面白い。二極の螺旋、ね。……僕の演算を上書きしてくるなんて、最高の『バグ』だ。……待っててよ、迅くん。……君のその中身、全部僕が暴いてあげるから」
嵐の予感。
予選という名の前哨戦は、こうして幕を閉じた。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
誤字脱字など御座いましたらコメント下さい。
「面白そう」「続きが気になる」と感じましたら、ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです




