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無銘の神童と有銘の乙女~無能と呼ばれる俺を、最強の少女たちが独占したがる理由~  作者: まめだいふく
第1章:黎明の抜刀編

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第2話:銀髪の規律、氷の再会



 国立御剣学園の朝は、喧騒ではなく「波長」で始まる。


 生徒たちが登校するたびに、校門に設置されたゲートが個々のフォトンの周波数を読み取り、その日の支持率エンゲージをホログラムのランキングとして空中に投影する。



『おはよう、皆。今日の幸運なトップランカーを発表するわ!』



 校内放送を兼ねたAIの快活な声が、朝の冷たい空気を震わせる。


 生徒たちは競うように自らの『情動(エモーション)・チャネル』を輝かせ、誰がより高い支持を得ているかを確認し、あるいはマントのなびかせ方を調整して、周囲の視線チップを集めようと躍起になっている。


 そんな極光オーロラの波が押し寄せる校門付近において、天霧迅の存在は、やはり異質だった。


「……おい、昨日の『外格』だぜ」

「本当だ。マントもボロボロ。フォトンも支持率も0。よく平気な顔で登校できるよな」


 好奇と蔑みの視線が迅を射抜くが、彼はそんな雑音を、通り過ぎる風程度にしか感じていない。


 袖を捲った軍服に、色の褪せたハーフマント。そして、最新のアーク・ブレードを嘲笑うかのように腰に鎮座する、黒い鉄の棒。


 迅が歩くたび、周囲の華やかなフォトンの光が、彼の影に吸い込まれて消えていくような錯覚を周囲に与えていた。


「そこまでよ。通路を塞ぐのは規律違反です。速やかに教室へ移動しなさい」


 その声が響いた瞬間、喧騒は一瞬で凪いだ。

生徒たちが慌てて道を空け、背筋を伸ばして最敬礼を捧げる。


 人波を割って現れたのは、昨日、並木道で迅を見つめていた少女――。


 規律局局長、鳳凰寺氷華だった。


 今日の彼女は、昨日よりも一層、冷徹な「規律の体現者」としての空気を纏っていた。


 一点の汚れもない純白の軍服。歩調に合わせて完璧な周期で揺れる、群青色の重厚なフルレングスマント。


 そのマントの裾は、まるで氷の刃のように鋭く切り揃えられ、彼女の周囲には物理的な冷気が漂っている。


「鳳凰寺局長……。おはようございます!」


 生徒たちの挨拶を、氷華は氷晶色の瞳で一瞥するだけで受け流し、真っ直ぐに迅の前へと進み出た。


 彼女の胸元にある、鳳凰寺財閥の家紋を象った精緻なデバイス。それが今、かつてないほど激しく明滅していた。


「……天霧迅。貴方の編入手続きは、規律局において最終確認中です。学園の調和を乱すような行動は、たとえ『外格』であっても容赦しません」


 氷華の言葉は刃のように鋭い。


 だが、迅の目線は、彼女の言葉よりもその胸元のデバイスへと向けられていた。


「……鳳凰寺。そのデバイス、壊れてるんじゃないのか。さっきから『拒絶(きょぜつ)』のアラートが出っぱなしだぞ」


 迅が淡々と指摘した通り、氷華のデバイスからは、周囲の生徒たちには見えないほどの微細な、けれど絶え間ない赤い警告光が漏れ出していた。


 それは通常、戦いにおいて「敵意」や「極度の不快」を感じた際に表示される、システム上のエラー信号だ。


「……っ。余計な心配は無用です。これは私のフォトンが、貴方の『欠陥』に対して過剰に反応しているだけ。戦う意志すら持たない者が、私の視界に入る不快感を示しているに過ぎません」


 氷華は突き放すように言い放ち、マントを翻して迅の横を通り抜けようとした。


 だが、迅とすれ違うその瞬間。


 彼女のデバイスから、エラー音とは明らかに異なる、澄んだ和音コードが一瞬だけ響いた。


 それは、支持率システムにおいて『共鳴(レゾナンス)』の兆しとして定義される、最も純度の高い光の音だった。


「……!?」


 氷華の足が止まる。


 彼女は自分の胸を手で抑え、信じられないものを見るかのような目でデバイスを見つめた。


 今のは何。


 戦えない者に用はない、と。そう自分に言い聞かせ、彼を切り捨てたはずなのに。


 なぜ、私のフォトンは、あの日と同じように彼を求めて鳴ったのか。


「鳳凰寺?」


 怪訝そうに振り返る迅。


 氷華は咄嗟に顔を背け、より一層冷たい声を絞り出した。


「……何でもありません。さっさと行きなさい。貴方の顔を見ていると、私の規律が濁る」


 彼女は逃げるようにその場を去った。


 残された迅は、首を傾げながら、彼女の去り際に激しく波打った群青色のマントの残像を、静かに見送っていた。


 国立御剣学園の教室は、最新のホログラム技術によって、常に生徒たちの「順位」が視覚化される戦場だ。


 各デスクの横には浮遊する小型モニターがあり、そこには各生徒の直近の支持率推移と、彼らに寄せられた視聴者からの「チップ」の額が表示されている。


 迅が教室の扉を開けた瞬間、騒がしかった室内が、打ち水を打ったように静まり返った。


 そして一呼吸置いてから、ヒソヒソという低い囁き声が、害虫の羽音のように広がる。


「……本当に来たよ。昨日の『外格』」

「見てよ、彼のデスク。ポイント表示が完全に『ゼロ』だわ。あんなの、このクラスの平均を下げちゃうんじゃない?」


 迅はそんな声に一切の反応を見せず、一番後ろの窓際の席へと歩を進めた。


 椅子を引き、腰の『黒鉄』が邪魔にならないよう角度を調整して座る。


 彼の周囲だけ、空気が重く沈んでいる。フォトンの光が溢れるこの教室で、迅の席だけがモノクロームの世界に取り残されたかのようだった。


 授業の内容は、最新の『星導(せいどう)演算』に基づくフォトン制御理論。


 講師が「いかに情緒を安定させ、最大効率のシェルを形成するか」を説く中、迅は教科書を開くこともなく、ただ窓の外の雲を眺めていた。


 彼にとって、剣とは「制御」するものではなく、己の「命」そのものを叩きつけるものだったからだ。


「……天霧君。聞いているのかしら?」


 壇上の講師が、憐れみを含んだ視線を迅に向ける。


「君に実技は無理でも、理論だけは学んでおかないと、この学園では『生存』すら危ういわよ。フォトンを持たない者は、災害級の『黒いフォトン』に晒された時、自分を守る術がないのだから」

「……ご指導、痛み入ります」


 迅は短く、事務的に答えた。


 その瞳の奥には、講師すら射すくめるような、絶対的な虚無と静かな闘志が同居している。講師はそれ以上関わることを避けるように、慌てて視線を教科書へと戻した。


 

 一方、その頃。


 規律局の局長室では、鳳凰寺氷華が一人、重厚なデスクに座り込んでいた。


 部屋の明かりは落とされ、窓から差し込む青白い月光のような光が、彼女の銀髪を透き通らせている。

氷華は、自らの胸元から外したデバイスを、机の上に置いていた。


「……ありえない」


 独り言が、冷たい部屋に落ちる。


 デバイスの履歴画面には、先ほど校門で迅とすれ違った際のログが残っていた。


 通常、嫌悪感や拒絶を感じた際、フォトンの波形は鋭く尖り、乱れる。



 だが、あの瞬間のログは――。


 一瞬だけ、すべてのノイズが消え去り、凪のような、深く澄み渡った青い直線を描いていた。


 それは、支持率システムにおいて『|完全なる同調(シンクロ)』の直前にのみ観測される、伝説的な波形。


 幼い頃、二人で剣の稽古に明け暮れていた時、確かに一度だけ見たことのある輝き。


「なぜ……。今の彼は、あの日からすべてを捨てた、輝きなき残骸に過ぎないはずなのに」


 氷華の手が、無意識に群青色のマントを握りしめる。


 彼女はこの数年間、天霧家という名門が崩壊し、迅が姿を消してから、自分に言い聞かせ続けてきた。


 戦えない者には、価値はない。


 光を失った者に、隣に立つ資格はない。


 規律とは、強き者が弱き者を導くための絶対的な法なのだ、と。


 だが、あの校門での一瞬、彼女のフォトンは、主の理性を嘲笑うかのように、天霧迅という「無」を祝福していた。


「……認めない。あんなの、ただのバグに決まっているわ」


 氷華はデバイスを荒々しく掴み、再び軍服へと装着した。


 その指先が、微かに震えていることに、彼女自身も気づかないふりをしていた。


 ガチャン、と重苦しい音を立てて副局長室の扉が開く。


「局長、次の視察の時間です。演習場に、また『外格』の者が現れたとの報告が入っております」


 部下の言葉に、氷華は即座に冷徹な仮面を被り直した。


「……行きましょう。不純な分子は、早いうちに摘み取らねばなりません」


 翻る群青のマント。


 それは彼女の、揺れる心に蓋をするためのカーテンのようでもあった。




 午後の実技演習。第三演習場は、数百人の生徒たちが放つ多色多光のフォトンによって、巨大な宝石箱をひっくり返したような眩い輝きに満ちていた。


「アーク・シェルの展開訓練」――それが今日の課題だ。


 生徒たちは各々のデバイスを起動し、マントを翼のように広げて、自身の体を守る光の障壁を構築していく。


「見てろ、俺の『金剛(こんごう)シェル』を! 支持率も上がってきたぜ!」

「私のほうがもっと綺麗よ、見て、このフォトンの揺らぎ!」


 自己顕示欲と闘争心が混ざり合い、演習場のボルテージは刻一刻と上昇していく。


 そんな光の狂宴の端で、迅は一人、壁に背を預けていた。


 彼の手元にはデバイスもなければ、シェルを形成しようとする気配すらない。ただ、腰の『黒鉄』の重みを確かめるように、マントの影で静かに佇んでいる。


「……何をしているの、天霧迅」


 頭上から、氷を砕いたような鋭い声が降ってきた。

監視用の空中回廊から、氷華がゆっくりと降りてくる。彼女の背後には、規律局の腕章を巻いた数人の精鋭たちが控えていた。


 氷華が地面に降り立つと、周囲の生徒たちの光が恐縮したように道を空ける。彼女が纏う純白の軍服と群青のマントは、その場にいる誰よりも高く、尊い規律の輝きを放っていた。


「見ればわかるだろ。見学だ。俺には、お前たちがやってるような『手品』の種がないんでな」


 迅は目線を上げず、淡々と答える。


 その態度に、氷華の後ろに控えていた部下が一歩前に出た。


「貴様、局長に対して不敬だぞ! 外格の分際で……!」

「――控えなさい」


 氷華が片手を挙げてそれを制す。彼女の視線は、迅の瞳の奥にある「何か」を探るように、執拗に射抜いていた。


「天霧迅。この学園は、戦う意志を持つ者のみを評価する。フォトンが出せないのなら、貴方はただの『標的』でしかない。……ここにいる生徒たちが、貴方を『排除すべきノイズ』だと判断すれば、規律局としても止める理由はないわ」


 彼女の言葉は、周囲の生徒たちへの暗黙の許可のように響いた。


 支持率に飢えた生徒たちが、ニヤリと下卑た笑みを浮かべ、迅を取り囲み始める。


「そうだよな。シェルも張れない奴がここにいるのは、学園のレベルを下げるよな?」

「テストしてやろうぜ。俺たちの攻撃に、その『鉄の棒』でどこまで耐えられるか!」


 殺気混じりのフォトンが迅に集中する。


 だが、迅は依然として壁に背を預けたまま、ふっと短く息を吐いた。


「……やれやれ。規律局の局長様が、いじめの音頭取りか。落ちぶれたもんだな、鳳凰寺」

「っ……! 貴方に言われる筋合いはありません!」


 氷華の胸元のデバイスが、激しく赤く明滅する。


 それは怒りか、それとも――彼を危険に晒している自分への、無意識の拒絶反応か。


「やりなさい! 規律に基づき、不適格者の実力を検分します!」


 氷華の号令とともに、数人の生徒が同時にアーク・ブレードを振りかざした。


 光の刃が迅の頭上から降り注ぐ。


 逃げ場はない。シェルもない。


(……なぜ。なぜ貴方は動かないの、迅!?)


 氷華は心の中で叫んでいた。


 かつての彼は、誰よりも速く、誰よりも美しく剣を振るっていた。


 たとえフォトンを失っても、あの鋭い眼光が偽物であるはずがない。



 直撃の瞬間。


 迅の右手が、ようやく『黒鉄』の柄へと伸びた。


 抜刀はしない。


 ただ、鞘ごと刀を微かに傾け、足の位置を一歩だけずらす。



 ――(きし)む音。



「え……?」


 攻撃を仕掛けた生徒の一人が、呆然とした声を漏らした。


 渾身の力で振り下ろした光の刃が、迅の『黒鉄』の鞘を滑り、そのまま地面へと吸い込まれたのだ。


 迅は最小限の動きで、複数の刃の合間を縫うように立ち回っていた。物理的な受け流しのみで、エネルギーの塊であるアーク・ブレードを無効化してみせたのだ。


「……規律だの検分だの、騒がしいんだよ。静かに稽古させてくれ」


 迅の低い声が響く。


 その瞬間、演習場の大型モニターに映し出された氷華の『支持率エンゲージ』が、一瞬だけエラーを起こして激しく乱高下した。


 彼女の心臓の鼓動が、システムを通じて全生徒に「ノイズ」として伝播する。


「局長……? デバイスの数値が、不安定です!」


 部下の焦りを含んだ声に、氷華は我に返った。


 自分の頬が、異常に熱い。


「……実技演習、一時中断! 天霧迅、貴方の扱いは……後ほど改めて審議します。今日は、もう下がりなさい!」


 逃げるようにそう言い放つと、氷華は背後の群青色のマントを翻し、足早に演習場を後にした。


 残された迅は、周囲の困惑した視線を浴びながら、腰の刀をゆっくりと叩き、再び壁の影へと沈んでいった。


 彼女の氷晶色の瞳に、動揺の火が灯ったことを。


 そして、自分の『黒鉄』が一瞬だけ、彼女のフォトンに呼応するように熱を帯びたことを。


 迅だけが、誰にも気づかれぬよう静かに噛み締めていた。


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