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無銘の神童と有銘の乙女~無能と呼ばれる俺を、最強の少女たちが独占したがる理由~  作者: まめだいふく
第1章:黎明の抜刀編

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第18話:氷の監獄、熱い視線


 試合終了後の通路。

 勝利の余韻に浸る観客たちの歓声が壁越しに響く中、迅は独り、控室へと向かっていた。


「……あ、あの、迅……!」


 後ろから、まだ顔を真っ赤にしたままの恋火が、おずおずと服の裾を掴んでくる。先程までの勢いはどこへやら、彼女の指先は小刻みに震えていた。


「なんだ」

「……あ、ありがと。……助けてくれたこと。……それと、その、お姫様抱っこの……力の強さ……忘れないんだからっ!」


 捨て台詞のように叫んで走り去る恋火。その背中からは、朱雀の残り火が幸せそうにぽわぽわと舞い上がっていた。



 だが、迅が再び歩き出そうとした瞬間。



 ――足元の床が、一瞬で白く凍りついた。



「……そこまでです、泥棒猫」


 通路の角から現れたのは、氷華だった。


 その背後には、凍てつく冷気を纏った規律局の精鋭たちが、まるで行刑官のように整列している。氷華の銀髪は怒りで逆立ち、その瞳には、先程の試合の中継映像を100回は見返したであろう狂気の光が宿っていた。


「迅様。……汚れています。あまりにも、ひどく」

「氷華か。何の用だ」

「用? ……決まっております。貴方の左腕。あの不知火恋火の卑しい腰に触れた、その穢れた部位を……今すぐ私が、()(そう)(しん)(けつ)して差し上げます!」


 氷華がレイピアを抜くと同時に、通路の壁、天井、床のすべてから巨大な氷の牙が突き出した。迅を閉じ込めるための、絶対零度の監獄。


「迅様、動かないでください。……貴方はただ、美しく、清らかであれば良いのです。私の管理下にない『熱』など、この学園には必要ありません」


 氷華の支持率が、怒りと独占欲によってマイナス方向の限界値――すなわち、対象を凍結・静止させる「静寂の極致」へと叩き込まれる。

 

 だが、その時。学園のスピーカーから、千早の残酷なアナウンスが響いた。



『――緊急告知! 予選第3戦は、異例の「同時進行・別会場バトル」を行う! 迅は第1闘技場、氷華は第4闘技場へ! ……愛しい人を想いながら、離れた場所で血を流しなさい?』

「……なんですって?」


 氷華の顔が、驚愕と絶望に歪む。迅の側にいたい。今すぐその腕を消毒したい。その願いを嘲笑うかのように、千早は二人を引き離そうとしていた。


「……離れろ、と言うのですか。私と、迅様を」


 第4闘技場の中心。氷華が発する冷気は、もはや物理的な法則を無視し、観客席の防護障壁アークパネルを内側からミシミシと凍りつかせていた。


 対戦相手は、御剣学園でも有数の実力者とされる、剛剣使いの三人組。だが、彼らは氷華の姿を見た瞬間、本能的な恐怖で足がすくみ、一歩も動けずにいた。


「おい、規律局長……。いくら何でも、その殺気は異常だぞ。これはただの予選だ――」

「黙りなさい。ゴミの分際で、私に話しかけないで」


 氷華は、彼らを見てすらいなかった。彼女の視線は、闘技場に浮かぶ巨大な空中モニターに釘付けになっていた。そこには、別会場で試合を開始しようとする、迅の凛々しい後ろ姿が映し出されている。


「迅様……見ていてください。貴方の視界を汚す不浄な者たちは、私がすべて凍土に埋めて差し上げます。そして、その後に貴方の腕を……不知火の残り香ごと、私の氷で白く塗り潰して……!」


 氷華の背後に、巨大な氷の女神像――星導武具『()(れい)ヴァルキリー』が顕現する。


 それは本来、国家級の災害を鎮めるための広域凍結術式。それを、たった三人の学生相手に起動したのだ。


「――永久に跪け。絶対零度・処刑場」


 氷華がレイピアを地面に突き刺した瞬間、第4闘技場は文字通りの「死の世界」へと変貌した。


 床から噴き出した超低温の冷気が、敵のアークシェルを構造レベルで破壊し、中の人間を呼吸すら許さぬまま氷柱へと変えていく。抵抗の余地も、悲鳴を上げる時間すら与えない。



『――な、なんと……! 第4会場、開始わずか3秒で決着! 対戦相手を完全に沈黙させました!! だが、彼女はまだ止まらない! モニターに向かって……何かを叫んでいます!!』



 実況の声が、恐怖に震える。


 氷華は、凍りついた対戦相手を背に、カメラに向かってその震える手を伸ばした。


「迅様! 見ていらっしゃいますか!? 私は今、こんなにも清らかです! あの不潔な女の炎など、私の氷ですべて消し飛ばして差し上げます! 今すぐ……今すぐ、そこへ行きますから!!」


 支持率メーターが狂ったように上下する。


 彼女の「美しすぎる狂気」に、視聴者たちは恐怖しながらも、そのあまりにも純粋で重すぎる愛に、指先を震わせながら星導チップを投げ込んでいた。




 一方、第1会場。


 迅の目の前には、十数名の武装生徒が、一斉に包囲網を敷いていた。氷華がいない会場では、迅というアークシェルなしを狩る絶好の機会だと、彼らは勘違いしていたのだ。


「――仕掛けるぞ。天霧迅、お前の伝説もここで終わりだ!」


 数多のフォトンブレイカーが迅に殺到する。


 だが、迅は抜刀すらしない。彼の耳には、会場のスピーカーから漏れ聞こえる、別会場の「絶叫」が届いていた。


「……五月蝿い女だ」


 迅は小さく吐き捨てると、正面から来る一撃を紙一重でかわし、その勢いのまま相手の喉元を掌打で突く。さらに、背後から迫る三人を、鞘を付けたままの『黒鉄(くろがね)』でなぎ払った。


 フォトンを使わぬ、純粋な質量と練度の暴力。


 迅が一人、また一人と「掃除」していくその様は、まさに戦場の支配者だった。



 だが、その瞬間。


 第1会場の分厚い防護外壁が、内側から凄まじい衝撃と共に凍結・粉砕された。


「――迅様ぁぁぁぁぁっ!!」


 瓦礫と共に舞い降りたのは、銀髪を振り乱し、全身から白煙のような冷気を噴き上げている氷華だった。


 彼女は自分の試合を3秒で終わらせた後、最短距離で迅の元へ来るために、闘技場を隔てる物理的な障壁をすべて氷漬けにしてぶち抜いてきたのだ。


「ひっ、規律局長!? なんでこっちに……ぐはっ!?」


 迅を狙っていた残りの敵たちは、氷華が着地した瞬間に放たれた冷気の余波だけで、文字通りカカシのように凍りついた。


「氷華、お前……」

「……消毒。消毒です、迅様。あの不浄な不知火の残り香が、まだ貴方の腕に、服に、肌に、こびり付いています……!」


 氷華は周囲の惨状など目に入らない様子で、迅の元へ詰め寄ると、その左腕を強引に両手で掴み取った。


 彼女の手は氷のように冷たいはずなのに、迅に触れた瞬間、その頬は蒸気が出るほど熱く染まる。


「ひゃっ、ああ……冷たい。迅様の体温、私の氷が溶けてしまいそうです……。でもダメです、もっと、もっと白く……私の色だけで上書きしなければ……!」


 氷華は迅の左腕を自分の胸元に抱きしめ、恍惚とした表情で頬ずりをする。


 その光景が、全世界にライブ配信されていた。



『――計測不能! 彼女の支持率、もはや国家予算に匹敵する勢いで上昇中! ですが、これはもはや試合ではなく……ただの愛欲の公開処刑です!!』



 実況の声も虚しく響く。


 氷華の銀色の髪と、迅の黒い髪が重なり合い、冷気と熱が混ざり合って美しい霧を作る。


 だが、そこへ――。



「――ちょっとぉ! 何勝手にアタシの迅にベタベタ触ってんのよ、この氷女っ!!」


 会場の反対側のゲートから、第2試合のダメージを気合で治癒した恋火が、朱雀の翼を全開にして飛んできた。


「迅! 離れなさい、そいつ今、目がマジでヤバいから!!」

「……不知火恋火。また現れたわね。迅様は、私の氷の檻で、永久に保管されるのです」


 再び激突する、紅蓮と絶対零度。


 迅は、自分の腕を巡って争い始めた二人を呆れた目で見つめながら、重い溜息を吐いた。



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