第17話:不協和音のダンス
第2試合の待機エリア。
恋火が仁王立ちで迅に詰め寄っていた。
「……アンタね、次こそはアタシ様をちゃんと守りなさいよ!」
第1試合の屈辱を晴らそうと躍起になっているが、その頬はどこか赤らんでいる。迅の背中に触れた瞬間の、あの圧倒的な強さと体温が、彼女の胸の奥で燻ぶっていた。
「守る? ……必要ない。お前はただ、燃えていればいい。視界の邪魔にならない場所でな」
「っ……! またそうやって可愛くないこと言って! アタシ様が本気を出せば、アンタの出番なんて……!」
その時、会場のホログラムが激しく明滅し、千早の艶やかな声が響き渡った。
『――さあ、狂乱の第2戦を始めましょう。対戦相手は、変幻自在の暗殺者……「水鏡の双子」ペアです!』
ゲートが開くと同時に、地鳴りのような歓声が二人を包む。
対面に現れたのは、実体を持たないかのように揺らめく、フォトンの薄衣を纏った双子だった。
「物理の剣なんて、私たちの『液状フォトン』の前では無力。空気を斬るのと同じよ」
双子が同時に手をかざすと、ステージ全体が粘度の高い青い液体フォトンで満たされ、迅の足場を奪う。同時に、無数の「偽物の残像」が迅を包囲し、どれが本実体か判別不能な全方位攻撃を仕掛けてきた。
「あはは! どこを斬るつもり? 鋼の刀じゃ、水は斬れないわよ!」
四方八方から迫る、液状の刃。
アークシェルを持たない迅にとって、触れれば即座に肉体を切り刻む死の包囲網。
「迅! アタシが蒸発させてやるから、下がって……!」
恋火が割って入ろうとした、その刹那。
迅は無造作に左腕を伸ばし、恋火の細い腰を強引に引き寄せた。
「っ、え……!? ちょっと、迅っ!?」
突然の「お姫様抱っこ」。
恋火の絶叫が響く中、迅は彼女を抱えたまま、液体でぬかるむ地面をあえて強く踏み抜いた。
「――位置が高い。そこなら、お前の火力が一番通る」
「え、あ、……な、何言って……っ!?」
腕の中に収まる恋火の体温と、腰を支える迅の大きな手の感触。
恋火の思考が真っ白にショートする中、迅は残像の群れに向かって、迷いなく『黒鉄』を抜き放った。
「ひゃ、うあ……っ!? な、何、これ、何よぉぉぉっ!!」
恋火の絶叫が、液状フォトンの波紋を揺らす。
視界が激しく上下し、次の瞬間には迅の逞しい胸板に顔が押し付けられていた。無骨な心音と、鋼のような筋肉の躍動。これまで自分を「お姫様」として扱ってきた男たちは数多くいたが、これほどまでに乱暴に、そして絶対的な力で自分を「所有」する腕は初めてだった。
「暴れるな。――恋火、最大出力で出せ」
「えっ、出せって、何を……っ!?」
「熱だ。お前の『朱雀』を、その全身から放射しろ」
迅の指示は、もはや命令だった。
通常、二人のフォトンを合わせる『共鳴』は、波長を合わせるための繊細な儀式を必要とする。だが、迅はそんな手順をすべて無視した。
彼は恋火を抱えたまま、彼女から溢れ出す制御不能の「怒りと羞恥の炎」を、自らの『黒鉄』の刀身へと物理的に巻き取ったのだ。
「――熱膨張」
迅が短く呟くと同時に、恋火の紅蓮の炎を纏った『黒鉄』が、真っ赤に熱せられ白光を放つ。
それまで「水」のように攻撃をいなしていた双子の液状フォトンが、熱せられた鋼に触れた瞬間、爆発的な蒸気を上げて蒸発し始めた。
「な、なんですって!? 液体フォトンが、気化させられて……!?」
「これも、ただの屈折だ。――風で散らす」
迅は恋火を抱き抱えたまま、一歩踏み込む。
液体が蒸発して生じた濃霧の中を、迅の『黒鉄』が超高速で円を描いた。熱せられた刃が空気を急激に膨張させ、巨大な熱風の渦となって、双子が隠れていた残像の森を一掃する。
「あはは! 凄い、ボルテージが止まらないわ!」
運営席で千早が声を弾ませる。
モニターの端で跳ね上がる「支持率メーター」は、もはや恋火個人のファンだけではない。最強の少女を文字通り「小道具」のように扱いながら、圧倒的な暴力で場を支配する迅の姿に、全視聴者が抗いがたい快感を覚えていた。
「っ、あ……。あ、あ……あ……」
腕の中の恋火様は、もはや敵のことなど目に入っていなかった。
至近距離で見つめる迅の横顔、首筋に触れる彼の吐息、そして、自分をしっかりと支える腕の重み。
彼女の脳内では、かつてないほどの『朱雀』のフォトンが暴走し、その出力は理論上の限界値を軽々と突破していた。
「……終わらせるぞ」
迅の瞳が、霧の向こうで実体を晒した双子を射抜く。
「――極光・昇天!」
双子が絶望と共に放った、最後にして最大出力の液体フォトンの津波。それは闘技場全体を飲み込み、すべてを水底へと沈める巨大な青い壁となって迫る。
だが、迅は逃げない。腕の中に、この学園で最も熱い火種を抱えているからだ。
「……恋火、火力を一点に絞れ。俺が道を拓く」
「っ、あ……。わ、わかったわよ! アタシ様を……『道具』にしたこと、後でたっぷり後悔させてやるんだからぁぁっ!!」
恋火が叫ぶと同時に、彼女の背後に顕現した『朱雀』が、これまで見たこともないほど白く、眩い輝きを放った。お姫様抱っこによる密着が、二人のフォトン――いや、魂の境界を強制的に融解させる。
「――天霧流・撥・陽炎」
迅が、恋火を抱えたまま、全身のバネを込めて『黒鉄』を縦一閃に振り下ろした。
超高温の炎を纏った鋼の刃が、迫り来る青い津波に触れた瞬間、爆鳴と共に周囲の水分が瞬時にプラズマ化し、巨大な光柱が天を突いた。
水は斬れない。だが、蒸発させ、衝撃波で吹き飛ばすことは可能だ。
波を両断した熱風の刃は、そのまま双子のアークシェルを紙細工のように焼き切り、彼女たちを後方の壁へと叩き伏せた。
――静寂。
沸き立つ水蒸気がゆっくりと晴れていく中、闘技場の中心に立つ迅の姿が、ドローンによって世界中へ中継される。
その左腕には、いまだにお姫様抱っこされたまま、魂が抜けたような顔で迅を見上げている恋火の姿があった。
『――決着! 勝者、天霧迅 & 不知火恋火! ……な、なんという圧倒的な支持率……! 観測不能、計測不能です!!』
実況の声が裏返る。画面端のボルテージメーターは、恋火が迅の首に腕を回した瞬間、限界を突破して爆発した。
「……おい、いつまで掴まっている。もう終わったぞ」
迅が無造作に、恋火を地面に降ろす。
恋火はガクガクと震える膝でどうにか立ち上がったが、その顔は自身の炎よりも真っ赤に染まり、耳まで火が出そうなほど熱を持っていた。
「……あ、……あ、アンタ、……最低……。アタシ様を……あんな……みんなの前で……」
いつもの高飛車な口調はどこへやら、彼女は自分の肩を抱くようにして俯き、モジモジと地面を蹴る。もはや「暴君」の面影はなく、そこにあるのは、初めて愛という暴力に触れた少女の姿だった。
だが、その光景を、地獄の底から響くような視線で見つめる者がいた。
「……不潔、です」
観客席の最前列。氷華が、握りしめた扇子を真っ二つに叩き折っていた。
彼女の周囲だけ、気温が氷点下まで急降下し、石造りの手すりにミシミシと亀裂が入っていく。
「迅様の左腕、あんな女の腰に触れるなんて……。……消毒。ええ、万死に値する汚れですわ。私がこの手で、徹底的に、清め直さなければ……!」
恍惚と殺意が入り混じった氷華の瞳が、モニターの中の迅を凝視する。
勝利の歓喜。
だが、それは同時に、三人の少女たちの愛憎が、より激しく燃え上がる合図でもあった。
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