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無銘の神童と有銘の乙女~無能と呼ばれる俺を、最強の少女たちが独占したがる理由~  作者: まめだいふく
第1章:黎明の抜刀編

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第16話:八咫の僕っ娘


 予選第1試合から一夜明けても、学園内の熱狂は一種の瘴気(しょうき)のようによどんでいた。


 校門前には他校の偵察ドローンが滞空し、迅様が歩くたびに「物理の神童」という新たな称号と共に、支持率の変動グラフがリアルタイムで空中投影される。


「……鬱陶しいな」


 迅は、自分に群がる視線のノイズを切り捨てるように、足早に人気のない渡り廊下を進んでいた。


 その後ろを、今日は一段と厳しい表情の氷華が、規律局の精鋭を引き連れて歩いている。もはや彼女にとって、迅の周囲を「清掃」することは、局長としての義務を超えた聖域の守護に等しかった。


「迅様、ご安心を。不埒な隠し撮りドローンはすべて、我が局の電子妨害ジャミングで撃墜させました。貴方の静寂を乱す者は、例え他校の人間であろうと私が排除します」

「……お前が一番うるさいと言ったはずだがな」


 迅が溜息混じりに足を止めた、その時だった。


「あはは! 排除なんて、怖いこと言わないでよ。御剣の規律局長さんは、独占欲が強すぎて周りが見えてないんじゃないかな?」


 頭上から、場違いに軽やかな声が降ってきた。


 迅が即座に視線を上げると、そこには渡り廊下の屋根の縁に腰掛け、楽しげに両足をぶらつかせている人影があった。



 白緑(びゃくろく)色――淡いミントグリーンの髪。


 その長い一房を、頭の片側で高い位置に結い上げたサイドポニーが、風をはらんで優雅に揺れている。氷華の月の光のような銀髪ロングとは対照的な、人工的でどこかサイバーな美しさ。身に纏っているのは、御剣の軍服とは異なる、機能美を重視した八咫工科大学附属のタクティカルジャケットだ。


「……貴女、何者です。ここは本校の敷地内、許可なき他校生の立ち入りは厳禁です」


 氷華が瞬時にレイピアの柄に手をかけ、氷のように冷たい殺気を放つ。


 だが、その少女――静は、怯えるどころか「おっと」と身を翻して着地した。サイドポニーの尾が、彼女の身軽な着地に合わせて一拍遅れて跳ねる。


「僕の名前は静。八咫工科の特別専攻生だよ。……天霧迅くん、君の昨日の試合、12,000回はリプレイさせてもらったよ。物理法則を味方につけたあの動き……計算外の変数が多すぎて、僕のメインフレームが知恵熱出しちゃった」


 静は、迅の胸元に自身の端末を近づけた。


 そこには、昨日の「踏み台」の瞬間の筋繊維の動きや、空気抵抗の解析図が、異常なまでの密度で並んでいる。


「……ストーカーか。用がないなら失せろ」

「冷たいなぁ。僕はただ、君を『解剖』しに来ただけだよ。……システムが作り出した偽物の英雄ヒロインたちに囲まれて、君、退屈してるでしょ?」


 静の視線が、迅の背後にいる氷華様と、遠くからこちらを睨んでいる恋火の方へと向けられる。


 その瞳には、御剣の「支持率」という概念そのものを、時代遅れの玩具と見なすような、冷徹な科学者の傲慢さが宿っていた。


「君みたいな本物の『バグ』は、あんな茶番には相応しくない。……僕が、その化けの皮を剥いで、もっと『本質』を見せてあげる」

「……解剖、だと?」


 迅の声音が一段と低くなる。それは不快感というより、目の前の少女が放つ、正体不明の「無機質な殺意」に対する本能的な警戒だった。


「そう。君の筋肉の収縮、重心移動の癖、そしてその『黒鉄(くろがね)』という鉄塊が空気を断つ時の音響データ。……すべてを数値化して、僕のデバイスに読み込ませたいんだ」


 静はそう言って、腰のベルトに装着された小型の円盤状ビットを数機、空中に放った。ビットは青いレーザーを放射しながら迅の周囲を旋回し、彼の「肉体データ」を強制的にスキャンし始める。


「――無礼な。迅様の御身に許可なく触れるなど、万死に値します!」


 氷華様が激昂し、レイピアを抜き放つ。瞬時に大気が凍りつき、静の足を止めようと床から氷の棘が這い寄った。だが、静は表情一つ変えず、サイドポニーを揺らして軽くステップを踏むと、手元のデバイスの透過キーボードを叩いた。


熱力学(ねつりきがく)・第(ぜい)法則。――分子運動、停止フリーズ


 静が呟いた瞬間、氷華様の放った氷の棘が、静の数センチ手前で不自然に崩壊し、ただの水溜りへと変わった。それどころか、氷華様の周囲の気温が急激に上昇し、彼女のフォトンによる冷却効果が完全に相殺キャンセルされてしまう。


「なっ……!? 私の術式が、中和された……!?」

「術式? あはは、古いね。それはただのエネルギー変換だよ、局長さん。八咫の『局所的エントロピー制御』の前では、君の魔法なんて数式の一行に過ぎない」


 静は興味なさそうに氷華様を一瞥すると、再び迅へと視線を向けた。ミントグリーンの瞳の中で、解析データが高速で更新されていく。


「さて、迅くん。君はフォトンを使わない。……それはつまり、君の動きはすべて古典物理学の範疇にあるということだ。……僕にはね、君が次の一歩をどこに踏み出し、どこに剣を振るうか、すべて『線』で見えているんだよ」


 静が指をパチンと鳴らす。


 すると、空中に滞空していたビットから、迅様を包囲するように高周波の振動刃が展開された。それは、アークシェルを斬るためではなく、肉体そのものを「分子レベルで解体」するための科学の牙だ。


「……試してみるか。お前のその『線』が、俺の速さに追いつけるかどうかを」


 迅が、わずかに腰を落とす。


 鞘に収まったままの『黒鉄』。だが、そこから放たれる気圧の変化が、静の演算デバイスに「異常値」を叩き出し始めた。


「……予測開始。――左、32度。深度0.8。君の『一歩』は、もう僕の掌の上だ」


 静が冷徹に告げた瞬間、包囲していたビットが一斉に高周波の刃を突き立てた。逃げ場はない。静の演算によれば、迅がどの方向に回避しようとも、0.02秒後にはその四肢を振動刃が切り裂くはずだった。


 だが。


「――天霧流・(くぐ)り・(へび)()


 迅の姿が、静の視界から「消えた」。


 回避ではない。彼は襲い来る刃に向かって、自ら倒れ込むように重心を崩したのだ。重力に従い、地面スレスレまで沈み込んだ身体は、静が算出した「回避円」の座標から完全に逸脱していた。


「……えっ?」


 静の瞳が驚愕に揺れる。


 迅は地を這うような異形の歩法で、ビットの包囲網をその「下」から潜り抜けていた。演算が弾き出したのは「立位」あるいは「跳躍」を前提とした最適解。泥臭く、しかし研ぎ澄まされた迅様の身体操作は、科学が想定する「理想的な戦士」の枠組みを嘲笑っていた。


「しまっ――」


 静がデバイスを操作しようとした時には、すでに迅の鞘の先が、彼女の喉元を寸分違わず捉えていた。

 


 静寂。


 渡り廊下を吹き抜ける風が、迅の黒い髪と、静の白緑色のサイドポニーを揺らす。


「……数式は、風までは読めないようだな」

「あは、あははは……っ! 凄い、凄いよ迅くん! 筋肉の弛緩だけであんな急制動をかけるなんて……。僕のモデルに、君という新しい変数が書き込まれたよ!」


 喉元に突きつけられた「死」を前にして、静は狂喜に満ちた笑みを浮かべた。彼女にとって、敗北ですら最高のデータ供給源に過ぎないのだ。


 静は、迅様の鞘を指先でそっと押し退けると、楽しげに一歩後ろへ下がった。


「今日はここまで。僕の目的は、君に『僕』を刻むことだったから。……御剣の大会、せいぜい楽しんでね。予選を勝ち抜いた先、本選の舞台で……僕が君を、最高の環境で『解体』してあげる」


 静はそう言い残すと、ビットを回収し、再び重力を無視したような足取りで屋根の上へと跳ね上がった。


「迅様、待ってください! 今すぐ追撃し、あの無礼な輩を……!」

「……よせ、氷華。あいつの狙いは、俺たちの手の内を晒させることだ。これ以上付き合う必要はない」


 迅は静かに刀を納めると、静が去った空を、射抜くような眼差しで見つめた。

 

 『弧光の祭典』。


 それはもはや、御剣学園内部の支持率競争という枠を越え始めていた。

 

 千早の野望、氷華の執着、恋火の熱情、そして静の知的好奇心。


 あらゆる欲望が、天霧迅というたった一人の「異物」へと収束していく。

 

 


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