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無銘の神童と有銘の乙女~無能と呼ばれる俺を、最強の少女たちが独占したがる理由~  作者: まめだいふく
第1章:黎明の抜刀編

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第15話:システムの綻び


 闘技場の砂塵が舞い、勝利のファンファーレが鳴り響く中、迅は一度も振り返ることなく選手通路へと姿を消した。その後ろを、泥のついた肩を震わせ、怒りと屈辱で顔を真っ赤にした恋火が、罵声を浴びせながら追いかけていく。


 だが、真の異常事態は、彼らが去った後の観客席、そしてネットワークの海で起きていた。


「……なんだよ、今の」

「連携もクソもない。ただの暴力じゃないか。あんなの、僕たちが憧れた星導術師の戦いじゃない……」


 困惑の声が広がる。御剣学園が推奨する「美しき連鎖」――互いのフォトンを共鳴させ、光り輝くアーク・シェルで守り合いながら華麗に舞う。それがこの世界の「正解」だったはずだ。


 しかし、迅が示したのはその対極。パートナーを囮にし、物理法則を肉体一つでねじ伏せ、敵を泥の中に叩きつける「闘争」の原液だった。


 掲示板には、凄まじい勢いで批判の言葉が並び始める。



『天霧迅、追放しろ』

『不知火様への冒涜だ』

『あんなのは「剣」じゃない。ただの鉄の棒を振り回す野蛮人だ』



 だが。


 批判の嵐とは裏腹に、システムが弾き出す「現実」は残酷なまでに迅様を肯定していた。


「――学園長。ボルテージが……下がりません。いえ、計測不能な速度で上昇を続けています」


 運営ルーム。オペレーターの震える声に、千早は組んだ脚を揺らし、恍惚とした笑みを浮かべた。


 モニターには、批判コメントを圧倒するほどの勢いで投げ込まれる、黄金色のチップの山が映し出されている。


「皮肉なものね。口では『美しくない』と罵りながら、彼らの指先は正直だわ。……みんな、飢えていたのよ。システムに管理された『綺麗なおままごと』ではなく、血の匂いがするような本物の奪い合いに」


 投げ銭の額は、学園創立以来の記録を数分で塗り替えた。


 批判は注目へと変わり、注目は熱狂へと変質する。大衆は、迅という異物が放つ「泥臭い闘争」に、無意識のうちに魂を掴まれていた。


 一方、静寂を取り戻したはずの通路で、迅は行く手を阻まれていた。


「……迅様。……迅様っ!」


 氷華だ。彼女は先ほどまでの絶望から一転、何かに憑りつかれたような、熱に浮かされた表情で迅の前に立ちはだかった。


「規律違反です……。パートナーを囮にするなど、言語道断。即刻、私が再教育を施さねばなりません。……今すぐに、私の個人執務室へ。一分、一秒でも早く。貴方のその……野蛮で、最高に恐ろしい剣を、私だけの管理下に置くために……!」


 氷華の指先が、迅様の胸元に触れようと震える。


 恋火を足蹴にした迅の非情さが、氷華の歪んだ独占欲に、これ以上ないほどのガソリンを注いでいた。


 学園内のカフェテリアやトレーニングルームに設置されたモニター群は、依然として迅の一撃をリプレイし続けていた。


 画面の中で、恋火の肩を「踏み台」にする迅の冷徹な横顔。それを見る生徒たちの反応は、真っ二つに割れていた。


「あんなの、パートナーシップの否定だ。規律局は何をやってるんだ!」

「でもさ……見てよ、あの磁場を切り裂いた時の速度。アークシェルなしであんなことが可能なんて、僕たちの常識が間違ってたのか?」


 不満を口にしながらも、彼らの視線は画面から離れない。批判の声を上げる指が、無意識に「お気に入り登録」や「少額のチップ」を迅の個人アカウントへと流し込む。


 管理された美しさに飽き果てていた大衆の深層心理が、迅という「野良犬」が撒き散らす泥を、本能的に求めていた。


「……あいつ、本当に最低」


 選手専用のシャワー室。恋火は、鏡に映る自分の右肩を見つめていた。


 軍服に刻まれた、汚い靴の跡。本来なら、即座にフォトンで浄化し、跡形もなく消し去っているはずの屈辱の印だ。だが、彼女の手は止まったままだった。


「アタシ様を……あんな風に扱うなんて……」


 肩に残る鈍い痛みと、その後に続いた空気を断つ衝撃波の残響。


 恋火の胸の中で、怒りとは別の、形容しがたい高揚が疼いていた。自分を一個の人間としてではなく、ただの「足場」として扱った迅。それは、彼女を「最強の少女」として崇めてきた周囲の誰よりも、残酷に、しかし誰よりも強く「彼女という個体」を利用したことを意味していた。




 一方、学園の深部にある電脳解析室。


 氷華は、規律局長としての職務を放棄し、狂ったように迅の戦闘ログを解析していた。


「支持率のグラフが……壊れている。これは、愛ではありません。……恐怖と、それ以上に深い『渇望(かつぼう)』です」


 グラフは垂直に立ち上がり、学園のメインサーバーに過負荷をかけている。


 迅がシステムを無視すればするほど、システムそのものが迅を渇望し、より多くのチップを吸い上げるという皮肉な循環。


 氷華は、モニターに映る迅の背中にそっと指先を這わせた。


「迅様。……貴方がこの歪んだ世界を壊すというのなら、私はその破片をすべて拾い集め、私だけの箱庭を作ります。……もう、誰にも貴方を批判させない」


 氷華の瞳に宿る光は、すでに規律の守護者のそれではない。


 彼女の独占欲は、システムの綻びと共に、より深く、より暗い淵へと沈み込んでいた。


 その時、解析室のメインモニターに、警告音もなく一通のプライベート・メッセージが割り込んだ。



『――「完璧」なんて、つまらないよね』



 氷華の眉がぴくりと動く。


 メッセージの送信元は、学園の外部――いや、この国における「もう一つの知の頂点」からのものだった。



「――見て。これが、人間が隠し持っていた『本音』よ」


 運営本部の最上階。千早は、窓の外に広がる学園の夜景を背に、空中に浮遊する膨大なデータを指先で弄んでいた。


 画面には、迅を「野蛮」と叩きながらも、彼の戦闘リプレイを繰り返し視聴し、高額なチップを投じる富裕層や他校の生徒たちのリストが延々と続いている。


 支持率システムとは、本来、美しき調和を維持するための「檻」だった。


 しかし、迅という劇薬が投入されたことで、その檻は内側から溶け始めている。人々は、自分たちが構築した「綺麗な恋の物語」が、一振りの鋼によって無慈避に解体される瞬間に、抗いがたい快感を見出してしまったのだ。


「清廉潔白な『規律』も、燃え盛る『情熱』も、彼の前では等しく無価値。……さあ、天霧くん。君がどこまでこのシステムを壊せるか、私は特等席で見守らせてもらうわ」


 千早の唇が、妖艶な弧を描く。彼女にとって、学園の秩序が崩壊することすら、最高のエンターテインメントに過ぎなかった。



 一方、迅は一人、月明かりだけが差し込む旧校舎の屋上にいた。


 昼間の熱狂も、恋火の怒鳴り声も、氷華の執拗な視線も、ここまでは届かない。彼はただ、手入れを終えた『黒鉄』を鞘に納め、遠くの街並みを眺めていた。


(……うるさい街だ)


 自分の意思とは無関係に、自分を「商品」として消費しようとする世界。


 だが、迅の瞳は冷めていた。どれほど支持率が跳ね上がろうと、どれほど称賛と罵倒を浴びようと、彼の目的は一つしかない。この歪んだシステムの中心を、その刃で貫くこと。



 その時。


 迅の視線が、学園の結界の外――数キロメートル先にある、別の「光」へと向けられた。


「……見られているな」


 迅の呟きは、夜風に消えた。

 

 その視線の先。


 国立御剣学園と双璧を成す、科学技術の粋を集めた「八咫やた工科大学附属高校」。


 その薄暗い研究室の中で、巨大なモニター群に囲まれた一人の少女が、楽しげに足を揺らしていた。


 彼女の瞳には、先ほど迅が放った「真空の刃」の軌道計算式が、幾千ものコードとなって映し出されている。


「あはは、凄いなぁ。物理法則を味方につけるなんて、僕たちへの挑戦状かな?」


 中性的な容姿、悪戯っぽく光る瞳。



 彼女――しずかは、モニターの中の迅の顔に手を伸ばし、まるで宝物を見つけた子供のように、不敵な笑みを深くした。


「いいよ、認めてあげる。君は本物の『バグ』だ。……だったら、僕がその化けの皮を剥いであげる。……楽しみだね、御剣の神童くん?」


 システムの綻びは、もはや学園内だけに留まらない。


 新たな勢力、新たな欲望。物語は、より巨大な「嵐」へと足を踏み入れようとしていた。


ここまで読んで頂きありがとうございます!

誤字脱字など御座いましたらコメント下さい。


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