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無銘の神童と有銘の乙女~無能と呼ばれる俺を、最強の少女たちが独占したがる理由~  作者: まめだいふく
第1章:黎明の抜刀編

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第13話:感応オーラの予兆


 昨日の襲撃で半壊した校舎の修繕が急ピッチで進む中、学園内には言葉にできない重圧が満ちていた。


 天霧迅という男が、アークシェルなしで刺客を屠ったという事実は、支持率ランキングの上位陣ランカーたちに、未知の脅威を植え付けていた。


 そんな喧騒を余所に、迅は規律局の特別訓練室にいた。


 全面が対フォトン用強化合金で覆われたこの空間は、外部からの電波を完全に遮断する。氷華が「昨日のチップの解析結果を報告する」という名目で、迅を二人きりで呼び出したのだ。


「……迅様、こちらが昨日の刺客から回収したチップの解析データです」


 氷華が操作するホログラムに、複雑なコードの羅列が浮かび上がる。


 彼女の横顔は、いつになく真剣だった。しかし、その瞳は時折、手元ではなく隣に立つ迅の「傷ついた肩」へと吸い寄せられている。包帯越しにも分かる、痛々しい打撲の痕。それを見るたび、氷華の胸の奥で、規律とは程遠い、破壊的なまでの加害欲と守護欲が混ざり合う。


「送り主は……不明。ですが、このコードの記述癖は、数年前の旧連邦軍・独立隠密部隊のものです」

「……やはりか」


 迅は低く呟き、腕を組んだ。


「奴らの狙いは俺の命ではなく、『黒鉄』だと言った。……システムに管理されない唯一の鋼を、彼らは恐れている」

「迅様。……私には、まだ理解できないことが多すぎます。なぜ貴方は、これほどまでに強大でありながら、フォトンを……アークシェルを拒むのですか? 私が、私のエネルギーを貴方に分かつことができれば、あのような無惨な傷を負うこともないはずなのに!」


 氷華が、耐えきれなくなったように迅の胸ぐらを掴んだ。


 潤んだ瞳。そこには、規律局長としての誇りなど欠片もなかった。ただ、一人の少女として、想い人が傷つくことに耐えられないという、剥き出しの懇願(こんがん)があった。


「……俺のフォトンは、お前が思っているような綺麗なものじゃない。一度溢れれば、すべてを焼き尽くす黒い汚泥だ」

「それでも構いません! 貴方が黒に染まるなら、私はその黒を抱いて共に沈む覚悟です!」



 その瞬間だった。


 訓練室の緊急アラートが、耳をつんざく音で鳴り響いた。



『――緊急事態! 訓練室B-4、重力回路が暴走! 外部からの強制介入を検知!!』



 突如として、部屋全体の重力が数倍へと跳ね上がった。


 床に叩きつけられそうになる氷華。迅は即座に彼女の腰を抱き寄せ、膝を突くことなくその重圧を筋力だけで撥ね退けた。


 だが、異変はそれだけでは終わらない。


 遮断されていたはずの壁を透過して、数条の「白いフォトンレーザー」が氷華の背後を狙って放たれた。


「ちっ……!」


 迅は抜刀の構えを取る。だが、この重力下、そして氷華を庇いながらの体勢では、天霧流の円の動きが制限される。


 レーザーの光が、氷華の喉元を焼く寸前――


「……壊れろっ!!」


 迅の咆哮が響いた。


 彼が氷華を、自身の身体と『黒鉄』の間に挟み込むように強く抱き寄せた、その瞬間。


 迅の心拍と、氷華の極限の恐怖が、完璧な同期を果たす。


 フォトンを持たないはずの迅の身体から、そして鞘に収まったままの『黒鉄』から、眩いばかりの「銀色の光」が噴き出した。


 「――っ!?」


 氷華は、自らの視界が白銀に染まるのを信じがたい思いで見つめていた。


 迅の腕の中に抱かれ、その剛健な体温を感じた瞬間、彼女の深層意識(フォトンの源泉)が、迅という巨大な空孔くうこうへと濁流のように流れ込んだのだ。


 それは本来、アークシェルを通じた「給電」や「リンク」といった生易しいものではない。


 乾ききった大地が雨を吸い込むように、迅の肉体が氷華のフォトンを喰らい、独自のエネルギーへと変換していた。



 ――キィィィィィィンッ!!



 鞘に収まったままの『黒鉄』が、高周波のうなり声を上げる。


 黒ずんでいたはずの鉄の肌が、内側から溢れ出す銀色の光に焼かれ、透き通るような白銀へと変貌していく。それはシステムの管理する色鮮やかな極光オーロラとは一線を画す、冷たく、静謐な、死の輝きだった。


「迅様……これは……?」

「……分からん。だが、体が熱い」


 迅は、背後から迫る十数条のフォトンレーザーに対し、氷華を片腕で抱き寄せたまま、もう一方の手に握った『黒鉄』を無造作に、しかし完璧な初速で振り抜いた。



「――天霧流・(ばち)空月(くうげつ)



 銀色の閃光が、訓練室の空気を文字通り割った。


 放たれた斬撃は物理的な刃の届く範囲を超え、銀色の衝撃波となって廊下を埋め尽くす重力場を真っ向から切り裂いた。


 重力定数を狂わせていた不可視の圧力が、ガラス細工のように砕け散る。


 迫りくるフォトンレーザーは、迅の放った銀色の余波に触れただけでそのエネルギー構造を解体され、ただの光の塵へと還っていった。


「馬鹿な……!? 重力回路そのものを、物理で斬ったというのか!?」


 モニター越しにその光景を見ていたであろう刺客、あるいは運営の誰かの驚愕が、通信機から漏れ聞こえた。


 だが、迅の攻勢は止まらない。


 銀色に輝くオーラは、迅の脚部の筋肉に爆発的な瞬発力を与えていた。


 彼は氷華を抱きかかえたまま、床を蹴る。


 鋼鉄の床が、迅の踏み込みだけで巨大なクレーターとなって陥没した。


 迅はそのまま、レーザーの射出孔がある強化壁へと肉薄する。

 

「『感応(かんのう)』……。お前のフォトンが、俺の飢えを呼び覚ましたか」


 迅の声には、普段の冷徹さに加えて、かつての「神童」が持っていたであろう、戦場への根源的な高揚が混ざり合っていた。

 

 彼は銀色に輝く『黒鉄』を逆手に持ち替え、壁の向こう側に潜む「何か」を、壁ごと貫くべく突きを放った。



 「――天霧流・(ばち)()とし(つぶて)



 銀色に燃え盛る『黒鉄』の石突が、対フォトン用強化合金の壁面を撃ち抜いた。


 本来、いかなる物理衝撃も吸収するはずの装甲が、迅の放った一撃の前では、凍てついた薄氷のように脆く砕け散った。壁の向こう側に潜んでいた自動狙撃ユニットは、その余波だけでスクラップへと変わり果て、火花を散らして沈黙する。


 同時に、訓練室を支配していた重力場が霧散し、元の静寂が戻った。


「……はぁ、……はぁ、……」


 迅の身体から、銀色のオーラがゆっくりと引いていく。


 それと呼応するように、氷華もまた深い眩暈に襲われた。自分のフォトンの深淵を、迅という巨大な力に直接掻き回されたような――身体の芯を熱く貫かれたような、凄絶な脱力感。


「迅様……、今のは……」


 迅は、銀色の輝きが消え、再び無機質な鈍色に戻った『黒鉄』を静かに見つめていた。


 自分の右手に残る、わずかな痺れ。そして、氷華のフォトンを吸い込んだ瞬間の、あの不気味なまでの万能感。


「……お前のフォトンを、俺が『喰った』。ただそれだけだ」


 迅は、未だに自分の腰に回されている氷華の手を、荒っぽく振り払った。


 だが、その態度はいつもの冷徹さとは違っていた。氷華には分かった。彼は今、自分でも制御しきれない未知の力に、恐怖と苛立ちを感じているのだ。


「いいえ。……喰ったのではありません。『重なった』のです」


 氷華は膝をつき、肩で息をしながらも、陶酔しきった瞳で迅を見上げた。


 乱れた髪、紅潮した頬。規律局長としての威厳など、もはやどこにもない。


 彼女が感じたのは、ただのエネルギー供給ではない。迅の魂の奥底、彼が黒い汚泥と呼んで忌み嫌う孤独な深淵に、一瞬だけ自分の光が触れたという、確固たる勝利の感覚だった。


「私のフォトンが、貴方の力に変わった。……これこそが、私と貴方の絆の証明です。他の誰にも、例え不知火恋火にさえも、この『共鳴』は許しません」


 氷華は、迅が脱ぎ捨てようとしたマントの裾を、汚すように強く握りしめた。

 

「貴方の『黒』を、私の『氷』で満たして差し上げます。……もう、アークシェルなど必要ありません。貴方の隣には、私という唯一の『電源こころ』がいればいいのですから……」


 迅はその言葉を、吐き捨てるような沈黙で聞き流した。


 しかし、自分の手の平に刻まれた氷華のフォトンの残滓は、消そうとしても容易には消えてくれなかった。


「……勝手にしろ。ただし、次に俺の体に無断で流し込めば、お前のフォトンごと斬るぞ」


 迅は背を向け、破壊された壁を抜けて去っていった。


 独り残された訓練室で、氷華は迅が残した銀色の火花の跡を、愛おしそうに指でなぞる。



 ――感応(かんのう)



 それは、システムの支配を超えた、狂気的な純愛の始まりだった。


ここまで読んで頂きありがとうございます!

誤字脱字など御座いましたらコメント下さい。


「面白そう」「続きが気になる」と感じましたら、ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです

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