第11話:放課後の強制デート
昨夜の「勲章騒動」は、天霧迅が望んでいた静寂を木っ端微塵に粉砕した。
登校するなり、廊下の左右からは畏怖と好奇の混じった視線が突き刺さり、滞空する撮影ドローンの数はいつもの三倍に増えている。もはや、彼をただの無能と呼ぶ者は一人もいない。
「……はぁ」
迅が溜息をつきながら下駄箱を開けると、そこにはラブレターではなく、大量の挑戦状と取材依頼のホログラムタグが雪崩のように溢れ出した。
「おっはよー、迅! 昨日は災難だったわね。でも、おかげでアンタの『価値』が世界中に証明されちゃった!」
背後から、一切の遠慮なく抱きついてきたのは不知火恋火だった。彼女は昨夜の深刻な空気などどこへやら、いつも以上の熱量で迅の肩を叩く。
「……離せ。昨日言ったはずだ、俺に関わるなと」
「あはは! 却下よ! アンタが凄い奴なら、アタシ様が隣にいる理由がもっと強くなるじゃない。……ってことで、はいこれ!」
恋火が迅の目の前に突きつけたのは、真っ赤なホログラムの許可証だった。
「……放課後外出許可証?」
「そう! 学園長公認のデート。行き先は繁華街。アタシ様とアンタで、一日中遊び倒すのよ!」
「断る。なぜ俺がそんな……」
「これは命令です、迅様」
廊下の先から、凛とした、しかしどこか熱を帯びた声が響いた。歩み寄ってきたのは規律局長、鳳凰寺氷華だ。彼女は昨夜、迅の正体を知って涙を流した時と同じ、切実な光を瞳に宿して迅を見つめていた。
「学園長曰く、迅様の支持率は現在、ポジティブな興味とネガティブな不信感で二分されています。このままでは『不安定なバグ』として再凍結、あるいは強制排除の恐れがある……。それを防ぐため、不知火恋火との『親睦』を深め、コンテンツとしての安全性をアピールしなさい。とのことです」
「……親睦だと? 昨日の今日で、よくそんなふざけたことが言えるな」
迅の冷ややかな視線に、氷華は一瞬だけ唇を噛んだ。彼女にとって、迅を恋火に貸し出すようなこの命令は、断腸の思いに他ならない。しかし、「迅様」という呼び名を隠さなくなった彼女にとって、彼を学園のシステムから守ることこそが最優先事項だった。
「……行かなければ、迅様を今すぐ第2拘束区へ連行しなければなりません。……選んで下さい、迅様。不本意ながら、私も『監視』として同行いたします」
迅は、自分を逃がさないという強い意志を瞳に宿した二人の少女を見比べ、天を仰いだ。
「……好きにしろ。ただし、俺は接待するつもりはないぞ」
こうして、光を捨てた元神童と、彼を奪い合う二人の少女による史上最も物騒なデートの幕が上がった。
二人の背後では、支持率の計測器が早くも異常な数値を叩き出し始めていた。
国立御剣学園に隣接する巨大繁華街「セクター3」。ここは街全体がフォトンのネオンに彩られ、あらゆる店舗が支持率と連動したサービスを提供する、承認欲求の坩堝だ。
「ねえ迅、見て! あそこのクレープ、今この街で一番支持率が高いのよ! アタシ様とアンタで食べれば、ボルテージが爆発すること間違いなしね!」
恋火は迅の腕を強引に引き、パステルカラーに彩られたスイーツショップへと突き進む。背後からは、表情を一変させた氷華が、軍用モデルの端末を片手に正確な距離を保って追尾していた。
「不知火恋火、迅様への過度な接触は控えなさい。また、そのクレープの糖分は迅様の戦闘コンディションを乱す可能性があります」
「うるさーい! 氷女は黙って後ろで記録でもしてなさいよ!」
迅は、自分に向けられる無数のスマートフォンのレンズと、滞空するドローンの羽音に、隠しきれない不快感を露わにしていた。
「……並んでまで食う価値があるのか、これは」
「価値? 違うわよ迅、これは『経験』を共有することに意味があるの!」
恋火が買い求めたのは、フォトンを練り込んだ光るホイップが山盛りになった特大クレープだった。彼女はそれを迅の口元に突きつける。
「ほら、あーん! しなさいよ!」
その光景がドローンで中継された瞬間、視聴者たちのコメント欄が「最強ヒロインの猛攻w」「神童の反応が見たい」と埋め尽くされる。だが、迅の反応は彼らの期待とは全く異なるものだった。
迅は、差し出されたクレープを食べる代わりに、恋火の手首を軽く掴んだ。
「……甘い匂いが強すぎる。隠れているつもりなら、もう少しフォトンを抑えろ」
迅の視線が、店外の街路樹の影に向けられる。
恋火と氷華がハッとしてそちらを向いた瞬間、茂みからカメラを構えた数人の生徒が飛び出してきた。支持率目当てのパパラッチ志望の生徒たちだ。
「なっ、なんだ……!? 気配を殺していたはずなのに!」
「……お前たちのフォトンの波長は、この街の喧騒の中でも浮いている」
迅はクレープを一口も口にすることなく、流れるような動作でパパラッチたちの間を通り抜けた。その際、彼らが手にしていた隠しカメラのメモリーカードだけを、視認不可能な速度ですべて抜き取っていた。
「……これは預かっておく。コンテンツが欲しければ、正々堂々と狙いに来い」
抜き取られたカードを指先で弄ぶ迅の、冷徹かつ圧倒的な手際。
その瞬間、配信のコメント欄が沈黙した。
『――今の見たか……? 全く無駄がない。鞘に手すら掛けてないのに』
『「迅様」って呼んでる規律局長、今の見て顔真っ赤にしてるぞw』
『怖い。でも、めちゃくちゃ格好いい……。何これ、今の仕草エロすぎない?』
本来なら初々しいカップルのやり取りを期待していた視聴者たちは、迅の放つ戦士の静寂と、そこから漏れ出る不器用な厳しさに、未知の魅力を感じ始めていた。
「も、もう! 迅ってば格好つけすぎ! でもそこが最高にイケてるわ!」
恋火が頬を染めて叫ぶ。
「……迅様。今の制圧行動、規律局長として……いえ、鳳凰寺氷華として高く評価します。ですが、その……手元のカード、私に渡しなさい。証拠品として、私が……大切に管理します」
氷華が、動揺を隠すように迅に歩み寄る。その瞳は、任務と言いつつも、迅の活躍を誰よりも近くで見られる喜びに微かに潤んでいた。
「……次はどこだ。茶番なら、さっさと次に進めろ」
迅の意図せぬギャップが、支持率システムの数値を異常な速度で引き上げ始めていた。
セクター3の最上層に位置する「スカイガゼボ展望台」。
夕陽がフォトンの高層ビル群に溶け込み、街全体が琥珀色に染まる時間帯。ここはカップルたちの聖地であり、同時に最も支持率が稼ぎやすいロマンチックスポットとして知られている。
「……はぁ、やっと着いたわね! 見て迅、あそこから学園が一望できるのよ!」
恋火は展望台のフェンスに身を乗り出し、無邪気に笑った。その横顔は、戦場で猛威を振るう「暴君」の面影はなく、ただ放課後を楽しむ一人の少女そのものだった。
一方、氷華は迅から数歩離れた位置で、相変わらず規律局の端末をチェックしている。だが、その指先はわずかに震え、街の灯りが反射する瞳はどこか熱を帯びていた。
「迅様。……スカイガゼボのボルテージが最大値に達しました。学園長からは『ここで最も劇的な接触を行い、配信を締めくくれ』との指示が来ています」
「ちょっと氷女、さっきから『迅様』『迅様』って、呼び方まで変えて気色悪いわよ! 迅はアタシ様のものなんだから、アンタが様付けで呼ぶなんて100年早いわ!」
「貴女に許可を取る必要はありません。迅様は……私にとって、あの日からずっと特別な存在なのですから」
二人の間に火花が散った、その時だった。
展望台を囲むドローンが一斉に赤い警告灯を点滅させ、周囲の気温が急激に低下し始めた。
「――何!? フォトン・アラート!? 敵襲よ、迅!」
恋火が即座に『朱雀』を顕現させる。氷華もまた、レイピアを抜き放ち、迅の前に立ちふさがった。
展望台の中央、光の粒子が収束し、ホログラムの巨像が出現する。それは学園の防衛システムをハッキングして作られた、疑似的な試練――学園長・千早が仕組んだ、デートのフィナーレを飾るための舞台装置だった。
「下がってろ」
迅の声が、爆音を切り裂いた。
彼は抜刀せず、ただ一歩前に出た。迅は流れるような動作で氷華と恋火の腰を引き寄せ、敵のレーザー掃射から二人を庇うようにして床へと滑り込んだ。
「迅……っ!」
「迅様……!」
至近距離で重なる体温。
迅は敵の動きを冷徹に見定めながら、耳元で短く告げた。
「……恋火、右から熱量を叩き込め。氷華、左から回路を凍結させろ。俺が隙を作る。……三秒だ」
迅は二人の背中を押し出すと、自身は影のように地を這い、仮想敵の足元へ潜り込んだ。鞘に収まったままの『黒鉄』を、敵の動力源である空間の歪みに突き立てる。
二人の少女による完璧な同時攻撃。炎と氷が混ざり合い、仮想敵は美しい光の塵となって夜空へ霧散した。
静寂が訪れる。
ドローンは、夕闇の中で肩を並べる三人の姿を、劇的なアングルで捉え続けていた。
『――速報! 天霧迅、二人の少女を同時に救出!』
『「迅」と呼ぶ暴君、「迅様」と呼ぶ令嬢。神童を巡る三角関係は新たなステージへ!』
『支持率ボルテージ、ついに学園創立以来の最高記録を更新!!』
配信画面が「おめでとう!」というチップの嵐で埋め尽くされる中、迅だけは一人、汚れを払うようにマントを翻した。
「……親睦は終わった。帰るぞ」
ぶっきらぼうに歩き出す迅。
その後ろを、顔を真っ赤にした恋火と、そっと自分の胸元を抑えながら「迅様……」と呟く氷華が、競い合うように追いかけていく。
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