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無銘の神童と有銘の乙女~無能と呼ばれる俺を、最強の少女たちが独占したがる理由~  作者: まめだいふく
第1章:黎明の抜刀編

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間話:焦熱と極寒の聖戦


焦熱(ショコラ)極寒(フリーズ)聖戦(バレンタイン)



 国立御剣学園の2月14日は、もはや暴動に近い熱気に包まれていた。


 校門には愛の告白をコンテンツ化しようとする撮影ドローンが密集し、各ランカーたちが意中の相手に贈るプレゼントの推定価格と獲得予想支持率が、株価チャートのようにリアルタイムで掲示板に流れ続けている。


「……最悪だ」


 天霧迅は、登校早々、下駄箱から溢れ出した無数のチョコの箱を無機質に見つめていた。


 昨日、彼の神童としての正体が暴かれた影響は凄まじい。それまでは不気味なバグとして遠巻きにされていた彼が、一夜にして「世界で最も価値のある攻略対象」へと変貌を遂げたのだ。


「よお、迅! 大漁じゃねえか。これ、全部食ったら糖尿病どころか、支持率の過剰摂取で脳が焼けるぞ!」


 人混みをかき分けて現れた九条蓮が、ニヤニヤしながら迅の肩を叩く。彼のタブレットには、迅宛てのチョコの総数がすでに四桁に達していることを示すカウンターが躍っていた。


「蓮。……全部やる。お前が食うなり換金するなり好きにしろ」

「おいおい、これ全部神童への貢ぎ物だぞ? それを横流ししたら、贈った女子たちの怨念で俺が呪い殺されるわ!」


 迅が溜息をつき、その場を離れようとした瞬間――廊下の温度が異常上昇し、同時に足元から凍てつく冷気が這い上がってきた。


「――どきなさい、有象無象共! アタシ様の迅に、安物の菓子を近づけるんじゃないわよ!」


 紅蓮の炎を纏い、廊下をモーゼの十戒のように割って現れたのは、不知火恋火だった。


 今日の彼女はいつもの制服に、なぜかエプロン……というにはあまりにも戦闘的な、防刃・耐熱仕様の「料理用アーマー」を身に纏っている。


「ちょっと迅! なによそのゴミの山は! アタシ様という『所有者』がいながら、他の女から餌を貰おうなんて、いい度胸じゃない!」

「……俺が頼んだわけじゃない。それより恋火、お前その格好はなんだ」

「決まってるでしょ! アンタの凍りついた心に、アタシ様の『情熱』を直接流し込んであげるためよ!」


 恋火が背負っていた巨大な円筒状のケースを開く。

 

 そこから現れたのは、チョコ……と呼ぶにはあまりにも巨大で、禍々しく輝く「鳳凰の心臓」を模した深紅のカカオ塊だった。


 それは彼女のフォトンによって実際に脈打つように発熱し、周囲にビターチョコの濃厚な、しかし殺気立った香りを撒き散らしている。


「これ、アタシ様が昨夜から『朱雀』の熱で一万回練り直した特製よ! 表面温度は常に80度をキープ! 食べたら食道から魂まで焼き切れること間違いなしなんだから!」

「……食えるか、そんなもん。ただの溶岩だろ」

「不潔です、不知火恋火! そのような熱力学の法則を無視した物体、学園の食品衛生基準に、そして私の規律に反します!」


 氷の礫と共に、廊下の反対側から現れたのは鳳凰寺氷華だった。


 彼女もまた、規律局の軍服の上に、白銀のレースが施された完璧なまでに整ったエプロンを装着している。その手には、精巧な宝飾品と見紛うばかりの、クリスタル状に凍りついたチョコの箱が握られていた。


「迅様……。このような野蛮な女の『熱』に冒されてはいけません。貴方の渇いた喉を潤し、その高い知性を維持するために必要なのは、完全なる『静寂』。……私が分子レベルで構造を均一化した、絶対零度のホワイトショコラ『氷晶(ひょうしょう)溜息(アリア)』をご用意しました」


 氷華が箱を開くと、そこから零れ出したのは、触れるだけで指が凍傷になりそうな、美しくも危険な輝きを放つ冷気の結晶だった。


「さあ、迅様。これを一口。貴方の熱を私がすべて凍らせて、規律ある安らぎを与えてあげましょう……」


 右からは焦熱のチョコ、左からは極寒のチョコ。


 二人のヒロインが、迅の顔のすぐ横で、それぞれの愛の最終兵器を突きつけ、激しく火花を散らす。



「さあ迅! どっちを食うか選びなさい! アタシ様の『火』か、氷女の『氷』か!」

「迅様、選んでください。私の『誠実』と、この女の『暴虐』、どちらを胃に収めるべきかを!」



 迅は、自分の両腕をがっしりと掴む二人の少女と、死の二択を迫るチョコを見比べ、天を仰いだ。


「……今日は学校を休めばよかった」


 バレンタインという名の「聖戦」は、まだ一時間目も始まっていないというのに、すでにクライマックスの様相を呈していた。



「……逃げるぞ、蓮」

「は!? おい、迅! 待てよ!」


 迅は二人のヒロインが火花を散らす一瞬の隙を突き、購買部の窓から校庭へと飛び出した。背後で「待ちやがれー!」という恋火の怒号と、「迅様! 規律違反です!」という氷華の叫びが響くが、今の迅にとってはその場を去ることこそが唯一の生存戦略だった。


 だが、この学園は神童の逃亡を許さない。



『――緊急アナウンス! 現在、天霧迅の支持率ボルテージが「逃亡」によって指数関数的に上昇中!』 千早の楽しげな声が学園中のスピーカーから降り注ぐ。 『バレンタイン特別ミッション発動! 題して「逃走(エスケープ)純愛(ショコラ)追跡(チェイス)」! 天霧迅を捕獲し、チョコを食べさせた者に、本日の全支持率の10%を特別ボーナスとして付与します!』


「……っ、あのクソ女!」


 迅は舌打ちした。学園中の全生徒のスマートフォンが迅の現在地をリアルタイムで表示し始める。もはや、この学園に逃げ場はない。


「あはは! 見つけたわよ、迅! 逃げれば逃げるほど、アタシ様の炎は燃え上がるのよ!」


  上空から紅蓮の翼を広げた恋火が急降下してくる。


「逃がしません……! 貴方の動線は、規律局の全監視カメラで予測済みです!」


 地上からは氷華が氷の道を作り、滑走するように距離を詰める。


 二人の少女、そしてボーナスに目を眩ませた数千人の生徒たちが、迅という「獲物」を巡って街へと溢れ出した。


「おい、そこをどけ!」


  迅はハーフマントを翻し、行く手を阻むランカーたちの武器を『黒鉄』の鞘で弾き飛ばす。だが、追撃してくるのは恋火の炎弾と、氷華の氷の壁だ。


「迅! アタシ様の熱いチョコ、冷めないうちに一口食べなさいってば!」

「迅様、私の冷静な愛を受け取ってください! 熱いのは体に毒です!」


 繁華街の交差点。三人のフォトンの激突によって、バレンタインの装飾が次々と吹き飛び、ピンク色の火花と白銀の霧が街を覆い尽くす。そのあまりに過激で、あまりに一途な愛の形に、街を歩く一般客や配信サイトの視聴者たちの興奮は最高潮に達した。



『――凄まじい! 支持率グラフがかつてない波形を描いています! これこそが、現代の聖バレンタイン!』



「……いい加減にしろと言っているんだ!」


 迅は交差点のど真ん中で足を止め、黒いマントを大きく広げた。その瞬間、彼の周囲の空気が一変する。


「チョコだの愛だの……そんなもの、戦場にはなかった。俺に必要なのは……」


  迅が呟きかけたその時、二人のチョコが同時に彼の目の前に差し出された。


「戦場じゃない、今はアタシ様が隣にいる学園なのよ!」

「過去ではなく、今の私を見てください、迅様!」


 二人の真っ直ぐな言葉が、迅の思考を止める。 だが、その背後から、さらに凶悪な横槍が入った。


「――おやおや、盛り上がっているねえ。なら、僕も混ぜてくれないかな?」


 不意に響いた、中性的な声。 三人の間に、爆発的な衝撃波が叩き込まれた。


「――おやおや、盛り上がっているねえ。なら、僕も混ぜてくれないかな?」


 爆煙の中から現れたのは、八咫工科大学附属高校の制服をルーズに着崩した少女――静だった。彼女は巨大なメカニカルアームを自律浮遊させ、不敵な笑みを浮かべて迅を見据えている。


「静……! 貴女、他校生が何の手出しよ!」


 氷華がレイピアを構え、鋭い視線を飛ばす。


「あはは! 面白いじゃない、僕っ娘ちゃん。アンタも迅のチョコが欲しくて、わざわざ境界線を越えてきたわけ?」


 恋火が『朱雀』を構え、火力を引き上げる。


「まさか。僕はただ、かつての『神童』がどんな甘い顔をして毒を食らうのか、見学に来ただけだよ」


 静の背後から、さらに数機の追跡ドローンが展開し、迅を包囲する。彼女はバレンタインという行事すらも、迅の能力を解析するための実験場に変えようとしていた。


「……どいつもこいつも、勝手なことばかり。……蓮、これを受け取れ」


 迅は不意に、恋火の「焦熱チョコ」と氷華の「極寒チョコ」を、両手で同時に掴み取った。


「えっ!? 迅、やっと食べる気になったの!?」

「迅様、どちらを……!」


 迅は二つのチョコを強引に合体させると、凄まじい握力でそれを粉砕した。


 熱と冷気が衝突し、中和され、適温になったチョコの破片が、迅の手のひらで一つの塊となる。


「――チョコの味なんて、どれも同じだ。だが、お前たちの熱量は……理解した」


 迅はその塊を口に放り込み、一気に噛み砕いた。


 焦熱と極寒が口の中で反発し合い、意識が遠のくほどの刺激が走る。だが、その混沌とした味の中に、二人の少女が込めた「純粋すぎる想い」が、確かに迅の胸を叩いた。


「っ……、不味くはない」


 その一言に、恋火は顔を輝かせ、氷華は安堵のあまりへなへなと座り込んだ。


 支持率システムのボルテージ計が、ついに測定不能の虹色に輝き、街中に祝福のファンファーレが鳴り響く。


「ちぇっ、つまらないね。あんな不味そうな混ぜ物を平気で食べるなんて、やっぱり君はバグだ、迅」


 静は肩をすくめ、メカニカルアームを収納して闇へと消えていった。



 ――騒動が収まり、夕暮れに染まる繁華街。


 迅の周囲には、ボロボロになった恋火と氷華、そしてなぜか満足げな蓮が立っていた。


「……おい、迅。結局どっちが美味かったんだよ?」

「……知るか。……ただ、喉が焼けて、そのあと凍っただけだ」


 迅はハーフマントを直し、足早に寮へと歩き出す。


 背後では「次はもっと凄いの作るから!」と叫ぶ恋火と、「栄養学を学び直します!」と宣言する氷華の声が、いつまでも追いかけてきた。


 天霧迅にとって、どんな戦場よりも長く、そして騒がしいバレンタインが終わる。


 

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